第一幕・第四話 お勉強のお時間です
魔王軍の人々と積極的に関わるようになった私は、もはや日課になりつつある城の散歩をしていた。
散歩を始めて数日、ケルと共に色々歩いて回っているが、とにかく部屋数が多くて未だに全てを把握しきれていない。人間の慣れとは恐ろしいもので、最初はあんなにビクついていた薄暗い廊下も、今では気にならなくなっている。
二階の廊下を歩く私は、規則的に響く頭上からの音に顔を上げた。
「今日も精が出るねぇ、ドラキュリオは。人力じゃなくて、魔法とかで直せないの」
天井を見上げながら話す私に、魔界の番犬は首を横に振って答える。
「今回ばかりはダメだよ。メリィがカンカンに怒ってるからね。確かにいつもはおじいちゃんの魔法ですぐに元通りだけど、反省させるために今回は自分の力で直させるんだって。ちゃんと直さなかったり、ズルしたりしたら出禁にするって言ってたよ」
「それはお気の毒に。まぁ自業自得なんだけどね」
数日前、魔王を挑発して城の一室と壁を破壊させた吸血鬼の王子は、現在罰として復旧作業に当たっている。ガラスの破片や瓦礫が散乱していて危ないとのことで、私は現場を直接見ていないが、ケルの話によると壁に盛大な大穴が開いているとのことだ。
「あ、こんにちはー。今日もご苦労様、ラン君」
私は通り過ぎざま、廊下の蝋燭を交換していた魔族に声を掛けた。
その魔族は特殊なランタンを持った全身真っ黒の悪魔で、目だけが白くボヤッと光っている。お城中を定期的に巡回して、消えそうな蝋燭を交換し、持っているランタンで火をつける作業をしている。城の光を絶やさないようにするのが彼のお仕事だ。
城で生活をして少しずつわかってきたことだが、魔族には下位魔族と上位魔族の二種類が存在するようだ。下位魔族のほとんどは言語を喋れない者ばかりで、同種族間でしかスムーズなコミュニケーションが取れないようだ。異種族間ではもっぱらジェスチャーなのだそうだ。そして驚くべきことに、言語が喋れない下位魔族には名前の習慣がないらしく、私は便宜上勝手に彼を『ランタンのラン君』と呼んでいる。
ラン君は私に片手を上げて答えると、小さな悪魔の羽を羽ばたかせて次の蝋燭へ向かっていった。
下位魔族はラン君のように非戦闘員も多く、それぞれお城の雑用を任されている。掃除をする者、ご飯を作る者、買い出しや庭の手入れ等、まとめ役であるメリィの指示の下、みんな真面目に働いている。そうして忠実に働く代わりに、強い魔王の庇護下で平和に暮らしているのだ。
「ところでケルちゃん、折り入ってお願いがあるんだけど~」
私は兼ねてからお願いしたかったことをケルに思い切って切り出す。彼は両手を合わせて懇願する私を見上げ、相談の先を促した。
「前に案内してもらった大浴場があるじゃない?あそこの使用許可をケルちゃんから魔王にお願いしてもらえないかなぁ。私がお願いしても絶対だめって言いそうだし。私いい加減お風呂に入ってサッパリしたいんだよ~」
私はしゃがんでケルに目線を合わすと切実にお願いした。
この世界に来てからというもの、石鹸と濡れタオルで身体を拭くことしかできていない。女の身としては匂いも気になってくるわけで、できる限り早急に今の現状を打破したかった。
「むむ~、たぶんケルがお願いしても無理だと思う。あそこは魔王様にとって大事なところだから」
「大事なところって…。魔王専用の大浴場ではないって案内してくれた時言ってたよね」
「うん。あのお風呂はね……、先代の魔王様が姫様のために造ってあげたものなんだよ」
「…ひ、姫様?」
私が首を傾げると、ケルは少し寂しそうな微笑みを浮かべながら話してくれた。
「姫様は魔王様のお母さんのこと。先代の魔王様が、少しでも快適に姫様が城で過ごせるようにって、わざわざ城を改築して造ったんだよ。だから…、魔王様にとっては大事な場所なんだ。もう、姫様も先代の魔王様もいないから…」
悲し気な表情を浮かべるケルを初めて見て、私も同調して心が沈んでしまう。
(今の現状を変えることばかり考えて、私魔王についての情報収集はろくにしてなかったな。敵の親玉なのに。……もう、ご両親は他界してるんだ)
私はケルの話を聞いて、なんとなく自分に置き換えて考えてみた。幸いまだ両親も兄弟も健康そのもので身内の死を経験していない私は、大事な家族を失ったらその家族の思い出が残るものを大切にするだろう。私は心の葛藤と戦いながら立ち上がると、盛大にため息をついた。
「仕方ない。すっっごく入りたいけど、大浴場は諦めよう。お母さんとお父さんの思い出が残る大事な場所だもんね。確かに他人に入られたくないって思うかも」
私は納得しつつもガッカリした顔を隠せず肩を落とした。
「……お姉ちゃんは、優しいね。ケル、優しいお姉ちゃん大好きだよ!」
ケルは尻尾を振りながら私に抱きついてきた。単純な私は、それだけで沈んだ気持ちを再び上昇させた。
(あぁ~、ケルちゃんはやっぱり可愛いな~。この世界での一番の癒し)
私はひとしきりケルに癒されると、探検へと頭を切り替えた。
「大浴場が入れないとなると、どこに行こうかな~。そういえば、このお城って遊ぶところとかないの?結構働いている魔族も多いし、みんなが息抜きしたり、暇潰したりするところ」
「むむ?あるよ!遊ぶところ!娯楽室」
耳をピンと立て、ケルは元気に答えてくれた。
私はさっそく案内を頼むと、ケルにくっついて二階の一室にある娯楽室へと向かった。
娯楽室は城の北側に位置し、ちょうどドラキュリオが破壊した部屋の真下に位置する。かなり広いスペースが与えられており、娯楽室に入る扉も両開きでかなり大きいものだった。好奇心に胸を高鳴らせ、金色で豪華に彩られた娯楽室の扉を開けると、そこには多くの魔族が羽を伸ばしていた。
両腕が鳥の翼になっている魔族たちは、自分の羽根をダーツ代わりに的当てを競っている。手前のテーブルでは漫画やゲームなどでよく登場するスライム型の魔族が、これまた自分の身体の一部を使ってオセロと思われるゲームをしていた。他にも鎧を着た骸骨が腕の尺骨を使ってビリヤードをしていたり、色々な種族の魔族が思い思いにくつろいでいた。
私はその光景に、思わず口をポカンと開けて入り口で立ち尽くしてしまった。
「む~?中に入らないのお姉ちゃん」
「エッ!?あ、あぁ。ちょっと入り口ですでに度肝を抜かれちゃったよ。まだそんなに色んな種類の魔族に会ってないし、娯楽の遊び方にも驚いちゃった」
私はケルを伴って部屋に入ると、極力目立たないよう壁際から様子を観察した。
「みんな和気あいあいと楽しんでるね~。ケルちゃんもこの娯楽室はよく利用するの?」
「む~、ケルは最近あんまり来ない。カードゲームとか前はよくやってたんだけど、必ず負けちゃうから嫌いになった。ケルはすぐ顔に出るし単純だから手札が読みやすいってよく言われた」
ケルはしょんぼりと耳と尻尾を垂らす。私は心の中で大いに納得すると、頭を撫でて彼を励ました。
「でもね、たくさん負けて悔しかった時、ケルの代わりにケルベロスがみ~んな負かしてくれたんだ!あの時は嬉しかったなぁ」
ケルは当時のことを思いだしているのか、本当に嬉しそうな表情をしている。
(ケルベロスといえば、確か大事な時とか困った時にしか会えないレアな子だよね。その子はケルちゃんと違って単純…、というか顔に出ない子なのかな。確か魔王に直接頼まれ事受けてるみたいだし、しっかりした子なのかも)
私が顎に手を当て考えを巡らせていると、カードゲームをしている奥のテーブルから黄色い声が上がった。
「やっだぁ~!このままじゃサキュア負けちゃう。あのカードがくればサキュア誰にも負けないんだけどな~」
可愛らしい声とぶりっ子口調に興味を引かれ、私は声のした奥のテーブル近くまで目立たないよう壁伝いに移動する。
人垣からひょっこり顔を出して見てみると、ちょうどディーラーらしき魔族がプレイヤーにカードを配り終えたところだった。全員が手札をオープンすると、先ほどの可愛い声の主が喜びの声を上げた。
「やったぁ!サキュアの勝ちね~。それじゃあ来週の見回り当番は、負けたみんなが代わりにやってね」
少女はイカサマだと騒ぎ立てる面々をウィンク一つで黙らせると、上機嫌で席を立った。
少女はフリルがたくさんついたピンクのワンピースを着ており、ライトパープルの髪をツインテールに結わいていた。背中には小さな悪魔の羽があり、スカートの下からは悪魔の尻尾が少しのぞいていた。
少女は人垣をかき分け出口へと向かおうと歩き出したが、壁際に佇む人間がちょうど目に入ったのか、妖しく微笑むと真っすぐこちらへと歩いてきた。
「あ~ら、愚かでか弱い人間がこんなところで何をしているのかしら。人質だからってあんまり歩き回ってると、出合頭に間違えて殺しちゃうわよ。ね~、みんな~」
少女は背後の魔族たちに呼びかけた。
すると、一部の魔族が興奮しながら彼女に同意して叫んだ。その殺気立った大声に驚き、私は無意識に隣のケルの服を掴む。
「む~。意味もなく周りにチャームをまき散らすのやめなよサキュア。それに、お姉ちゃんをイジメるのならケルが許さないよ」
私の前に立ちピンと耳と尻尾を立てて抗議するケルに、サキュアと呼ばれた少女はとぼけた様子で答える。
「失礼ね~。サキュア別にまき散らしてないわよ。可愛さが勝手に溢れ出して、みんな自然とサキュアにメロメロになっちゃうだけよ」
自分の髪を指にクルクル巻きつけながら少女は悪びれもせず言う。
そんなやり取りをしている間に、先ほど殺気立っていた魔族たちは別の魔族たちに一発ぶん殴られると遠くに引きずられていった。その光景を耳打ちすると、ケルが全ての種明かしをしてくれた。
「あのサキュアは魅了魔法を得意とする魔族で、たまにここでカードゲームをすると、よく魅了魔法を使ってイカサマしてるんだ。負けそうになるとディーラーにチャームをかけて良い手札がくるようにズルするの。でも、簡単な魅了なら強い衝撃を与えるとすぐ正気に戻るから大丈夫だよ」
「ちょっと~、勝手に人のこと色々話さないでよ。…あんた、サキュアの魅了魔法を舐めないことね。あんたと同じ星の戦士にも魅了の使い手がいるけど、サキュアが本気を出したら魔王様すらメロメロになっちゃうんだから」
眼前に人差し指を突き付けてくるサキュアに、私は疑いの目を向ける。
「え、本当にあの魔王が魅了なんてものにかかるの」
「かかるわよ!サキュアの愛があれば魔王様にも!」
「絶対かからないよ、魔王様には。お姉ちゃんに嘘教えないでよサキュア」
ケル相手にムキーッと悔しそうに地団駄を踏むサキュアをひとまず放っておき、私は先ほど得た新しい情報をさらに詳しく聞き出す。
「あたしと同じ星の戦士にも魅了の能力者がいるの?」
「む~、確か『魅惑の踊り子』って言われてる人だったと思う。その舞で敵味方関係なく魅了して、敵を味方につけたり盾にして戦う恐ろしい人だって聞いたよ。他にも味方の兵士を実力以上に強化して、限界を超えて戦わせたりするんだって」
「限界以上に戦わせる…。な、なかなか鬼畜そうな人だね…」
私はまだ見ぬ仲間に不安を覚える。
私とケルが二人で話していると、自分の存在を無視するなとばかりにサキュアが間に割って入ってきた。
「せっかくサキュアがいるのに無視しないでよ!ちょうどサキュア、あんたに会ったら一言言っておこうと思ってたのよ」
サキュアは無理矢理ケルを押しのけて私を正面に見据えると、真剣な顔つきで釘をさしてきた。
「いい?あんたは人質としてこの城にいるんだから、まちがってもサキュアの魔王様に色目なんて使わないでよ。まぁ、見るからに色気もそっけもない女だから、魔王様に相手にされるなんてことはないと思うけど」
「…えっと~、魔王ってこの子と恋人だったりしないよね?」
「しないしない。サキュアが一方的に魔王様のこと好きなだけ」
あり得ないとは思いながらも、一応念のために私はケルに確認した。
「だよね~。魔王のことよく知らないけど、この子みたいな可愛らしいタイプは好みじゃないと思う」
「な、なな、なんですって~!!魔王様のことよく知りもしないくせに、何でそんなことが言えるのよ!」
私の不用意な発言で、サキュアは一気に堪忍袋の緒が切れてしまった。私はケルの肩を叩くと、目で部屋の出口を示した。
「ケルもお姉ちゃんと一緒。サキュアと魔王様は合わないと思う」
部屋の出口へと向かいつつ、嘘を吐けないケルは正直に答える。
「どっちかっていうとほら、私は落ち着いてるメリィとかの方が似合いそうな気がする」
怒りの形相で追いかけてくるサキュアに言い訳をしながらなんとか出口にたどり着くと、そのまま私たちは廊下へと躍り出た。まだ追ってくる気配があるので、ひとまず一階へと続く階段を目指した。
「あの子にだけは、あの不愛想人形だけには魔王様は渡さないわ~!」
「うわ~、まだ追いかけてくる~。見かけによらず、魔王モテモテだね」
「女の子はみんな、一度は『魔王の姫君』になることを夢見るからね。しょうがないよ」
廊下の曲がり角を走り抜けながら、私は頭の上に?マークを浮かべる。
「魔王の姫君って、魔王の恋人というかお嫁さんのこと?…へぇ~、魔族の女子の間ではそういうのに憧れるんだ。私の世界でいう白馬の王子様に憧れるようなものか」
私の問いかけに、走りながらケルは首を縦に一つ頷いて答えてくれた。世界や種族が違うと憧れる男性像がこんなにも変わるのかと興味深く感じた。
ようやく下へと降りる階段に到達したところで、タイミングがいいのか悪いのか、ちょうどメリィが階段を上ってきたところに出くわした。
「二人とも、そんなに廊下を走ったら危険よ。ケル、あなたは以前にも魔王様に注意されたことがあったでしょう。魔王様に見つかったらまた叱られるわよ」
表情一つ変えずに淡々と注意してくるメリィに、それどころじゃないと私は話を遮った。
「今サキュアって子に追いかけられてて!というか、今メリィがあの子に会ったら火に油で…」
私が全てを説明する間もなく、サキュアはすぐ後ろに迫っていた。メリィは私の背後に迫る少女を一瞥すると、私とケルを階下へと先に逃がしてくれた。
「あの娘も懲りないわね。彼女は私がお仕置きしておくから、あなたたちはもう行きなさい」
「!メリィ!!ここで会ったが百年目~!今日こそ魔王様をたぶらかす人形を駆逐するわ」
サキュアはあっさり標的を変えると、メリィに敵意むき出しで襲い掛かった。
「あなたこそ、魔王様に所構わず擦り寄って。魔王様が迷惑しているのが分からないのかしら」
二人が繰り広げる女の戦いにビビりながら、私は階段を一気に駆け下りた。
(ここで会ったが百年目とか、現実の会話で初めて聞いたわ。……どこの世界でも、女の争いって怖いね…)
私とケルは二人の戦闘音が聞こえないところまで足を緩めず走るのだった。
娯楽室を飛び出した私たちは、庭園でのんびり休憩を取り終えた後、今は一階の西廊下を歩いていた。
ケルと城の中を見て回りながら話しをする内に、自分がどれだけ魔族の常識やこの世界のことについて知らないかが分かってきた。
(さっき聞いた魔王の家族の話もそうだけど、私はまだまだ知らないことが多すぎる。ここから脱出するために城の中の探索を進めてきたけど、それより先にこの世界のことや魔族のこと、星の戦士についてもっと具体的に知ったほうがいいかもしれない)
「ケルちゃん、このお城に歴史の本とか星の戦士や魔族について書かれた本とかないかな。図書室的なお部屋」
「む?書庫室ならたくさん本があるけど、お姉ちゃん魔族語読めるの?」
ケルの指摘に、私は一瞬思考が停止した。
(そうじゃん!本読んで調べればいいと思ったら、字が読めないじゃん!……いや待てよ、そういえば星に能力を授けられた時に異世界でも言葉が通じるようにしてもらったんだっけ。もしかしたら字も読み書きできるようになってたり…)
私が首を捻りながら考え込んでいると、ケルが不思議そうに尋ねてきた。
「お姉ちゃん、どうして急に歴史とか魔族のこととか知りたくなったの?」
「ん?どうしてって~、……私、何にも知らないからこの世界のこと。星の戦士である自分のこともよくわからないし、そもそも魔族と人間が戦ってる理由も知らないし。戦争してるならそれに至った経緯とか、少なくとも何かきっかけがあったはずでしょう。そういう歴史的背景も知らなきゃ、自分の立ち位置決められないじゃない。私はケルちゃんたちの敵の星の戦士なのかもしれないけど、私は自分の世界では善良なただの一般市民だから。そもそも戦って人を傷つけるとか考えられないよ」
私は率直に今の自分の気持ちを告げた。ケル相手ではもしかしたら難しくてきちんと伝わらないかもしれないが、話すことで少し心の中を整理できた気がする。
「あなたの曇りなき正直な気持ち、確かに伝わりました」
突然耳に届いた見知らぬ声に、私は驚いて声の主を探した。
ほんの束の間胸に手を当てて目を閉じていただけだったのだが、いつの間にか目の前にいたはずのケルの髪の毛が黒髪からグレーへと変わっていた。耳や尻尾の毛並みも全て灰色に変わり、愛嬌のあった可愛い笑顔も、今や少し凛々しい表情になっている。
目の前に起こる明らかな変化から、先ほどの声の主はこの男の子で間違いないだろう。
「あなたがもしかして、ケルちゃんの言っていたケルベロス?」
「そうです。僕は魔界の番犬が一人、『叡智のケルベロス』。以後お見知りおきを、お姉さん」
そう言って会釈をすると、ケルベロスは少しだけ頬を緩めた。ケルと違って固い印象で、かなりしっかりした人物のようだ。魔王から直々に命令を受けるだけはありそうだ。
「ボロを出さないかここ数日ケルを通して見張っていましたが、どうやらお姉さんは魔王軍に害をなす人間ではないようですね。先ほどケルに言った言葉にも、一つも嘘は含まれていませんでした」
見た目はほとんどケルと変わりないのに、落ち着いた声で口から出る言葉は真面目なことばかりで、私の頭はギャップに混乱してしまった。
「ケルちゃんを通して見張ってたって…?というかずいぶんはっきり嘘じゃないって言い切ってるけど、もしかして嘘発見器的な能力が?」
左手で頭を押さえるしぐさをする私に、ケルベロスは慌てて駆け寄ってきた。
「ごめんなさい。突然入れ替わったから混乱していますね。僕に嘘を見抜く力はありませんが、『無垢のケル』は他人の嘘を見破ることができるんです。だからお姉さんが嘘をついてない、本心で話してることがわかったんです。ケルから少し聞いていると思いますが、僕たちは三人で一つの身体を共有しています。表に人格が出ていなくても見ていることはできますから、見聞きした経験も共有しているんです」
ケルベロスの説明を聞きながら、私は多重人格者の特殊さを理解した。
「あなたたちのことはなんとなく理解した。ちなみに興味本位で聞くけど、あともう一人の子は何て呼ばれてるの?確か戦う時に出てくるって聞いたけど」
「はい。『狂気のケロス』、彼は僕たちの中でも戦闘に特化しているので、戦う時に表に出てきます。ケロスは機嫌を損ねると手がつけられなくなるので、彼と一緒の時は注意してください」
サラッと物騒なことを言ってきたケルベロスに、私は興味本位で聞いたことを後悔した。
(最後の一人がメチャクチャやばそう…。よりにもよって狂気のケロスって。呼び名が不穏すぎる。会った時はなるべく大人しくしていよう)
私がまた少し考え事をしている間に、ケルベロスはゆっくり先に歩き出していた。足音が遠ざかり始めたのに気づき、私は早足で彼に追いついた。
先ほどまで特に目的地を決めずに歩いていたのだが、ケルベロスはしっかりした足取りで私を先導していく。そしてある部屋の前で立ち止まると、私を振り返って再び口を開いた。
「先ほどお姉さんはこの世界について知りたいと言いましたね。魔族や星の戦士について知りたいと。もし僕でよろしければ、一からご説明しましょう。魔族である僕の口から語られる言葉をお姉さんが信じる信じないかは別として、ですけど」
私は素直に喜びの声を上げようとしたが、最後に引っかかる言い方をされ、言葉を飲み込んでしまった。ケルベロスは私の反応を待つようにじっと見上げている。
(確かに。全然考えが及ばなかったけど、私はこの世界について何も知らないから、たとえ今ケルベロスに嘘を教えられてもそれが嘘だとは判別しようがない。魔王軍に都合のいいように吹き込まれる可能性も大いにあり得る。それに、ケルベロスは魔王から何か命令を受けていたようだし。これはもしかして罠だったり……)
私が頭の中でグルグル考え始め、次第に難しい顔で小さく唸り始めたところで、ケルベロスが小さく笑い声を漏らした。
「すみませんお姉さん、少し意地悪な言い方をしました。お姉さんがあまりにも疑うことを知らないようなので、そういう危険もはらんでいる可能性があるのだと気づいてほしくて。お姉さんが住んでいた世界はよほど平和なところだったんですね。敵地だというのに警戒心が薄いから」
私は目をしばたたかせると、大きく息を吐き出した。さすが叡智のケルベロスと言うだけあって、見た目に似合わずかなり聡明なようだ。今後の私を心配して、わざわざ警戒心を持たせるよう仕向けてくれたらしい。
「ありがとうケルベロス。確かに私簡単に悪い人に騙されそうだね。もう少し気をつける」
「ふふ。分かっていただけて何よりです。では、この部屋でご説明しましょう。安心してください。叡智のケルベロスの名にかけて、偽りの知識は与えませんから」
ケルベロスは扉を開いて私を部屋に招き入れると、背後を警戒しながら後ろ手でゆっくり扉を閉めた。
部屋の中は中央に大きな長机があり、左右にそれぞれ椅子がいくつか並んでいる。部屋の右側には一段高くなっている場所があり、そこには肘掛け付きの豪華な椅子が一つ置いてあった。
ケルベロスは部屋の壁際へと移動しながら、壁際近くの空いている椅子に座るよう指示してきた。私は大人しく椅子に座ると、壁のホワイトボードのような物の前に立ったケルベロスに向き直った。
「さて、ではお勉強を始めましょうか。もし分からないことがあったら遠慮なくどうぞ」
「は、はい。よろしくお願いします」
こうしてケルベロス先生によるラズベイルの歴史授業が始まった。
ケルベロスはまず部屋の棚に置いてある、二つの地球儀がくっついたような模型を手で示した。
「まずこの世界ラズベイルですが、魔族が住む魔界・人間が住む人間界に惑星【ホシ】が分かれて存在しています。この星球儀を見ていただければわかりますが、こうしてホシが常に隣り合っており、必ず一点は魔界と人間界が接している場所があります。ここはホシの境界が曖昧で、運が悪いと互いのホシに迷い込んでしまうことがあります。ここのことを『ホールスポット』と言います」
ケルベロスは二つの星球儀がぶつかり合っているところを指さす。私はウンウンと頷き、手を上げて先生に質問した。
「じゃあそのホールスポットに入ったら、人間は魔界に、魔族は人間界に行っちゃう可能性があると。でももしそうなっても、ホールスポットに居続ければ逆に戻ることもできるんだよね?」
「良い質問ですね。確かに理屈で言えば、ホールスポットにいれば戻れる可能性はあるでしょう。ですが、互いのホシは常に不規則に回り続けており、それに伴いホールスポットも移動し続けています。そもそも普通の人間や下位魔族にはホールスポットの特定ができないので、ホールスポットに居続けるというのはあまり現実的ではないですね」
クルクルと二つの星球儀を回しながらケルベロスは答えた。
(ふ~ん。地球と違って自転の方向はでたらめなのか。昔学校で受けた理科の授業の記憶が全然ないけど、自転がそんな一定方向じゃないなんて大丈夫なの?)
私が首を捻って考え込んでいる間にも授業は続いていく。
「だから昔はよく人間が魔界に迷い込むことがあったんです。その時は今みたいに人間と魔族の仲は悪くなかったので、魔族の魔法で人間界に送り返してあげていました。逆に、人間界に迷い込んでしまった魔族は、上位魔族の迎えが来るまで人間界にいるしかなかったですが。人間は魔法が使えないので」
ケルベロスの話によると、当時の人間はまだ星の戦士がおらず、特殊な力を使える者などいなかったのだという。それだけ人間界に脅威となる者がいなかったということらしい。そのため、偶然人間界に来た魔族がそのまま魔界に帰らず人間界に住み続ける者もいたようだ。
当時の魔界は戦の真っ只中で、各種族が権力争い・領域争いで大変だった。力の弱い下位魔族は魔界にいるより、争いのない平和な人間界を好んだのだ。そういったこともあり、少しずつ人間界に魔族が増えていったという背景らしい。
「この二つの惑星を包み込むように、外側に大きな惑星があるんです。その惑星をラズベイルと言います。まあ、この世界の総称ですね」
ケルベロスは人差し指に魔力を込めると、壁のホワイトボードに分かりやすく図を描いた。どうやらホワイトボードは魔力に反応して色が変わる仕組みらしい。
「えっと、つまり、大きい惑星の中に惑星が二つ入ってるってこと?全然想像できないんだけど。その図は理解できるけど、普通あり得ないでしょ。惑星の中に惑星って。存在できなくない?地中の中に埋まっちゃってるじゃん」
私はホワイトボードを指さしながら抗議する。眉に皺を寄せる私に苦笑しつつ、ケルベロスはできる限りかみ砕いて説明をする。
「ラズベイルはとても特殊なホシで、人間界と魔界の惑星を維持するためだけに存在する惑星です。惑星といっても物理的に存在しているようなものでもなくて、ホシの意識の集合体と言えばいいのでしょうか。ラズベイル自体は異空間なんですよね」
「?????」
まだかなり説明の序盤だと思うのだが、私は既に話についていけなくなりつつあった。頭の上に?マークが浮上し増殖していく。
「外側に広がるラズベイルが光の調節をしたり、それぞれの惑星に生命エネルギーを供給したりして世界の維持に努めているんです。ようするに、ラズベイルがホシとしての役割を成さなかったら、いつまでも夜だったり、草木が育たなくなって大地が荒廃したりするんです」
(………つまり、ラズベイルは太陽みたいな役割をしているってことかな。ホシの意識の集合体ってのはよくわからないけど)
「なんとなく、わかったようなわからないような」
「理解するのは難しいかもしれませんけど、でもお姉さんは実際この世界に来るときに一度ラズベイルを通ってここに来ていますから。僕の言うことは信じられるはずですよ。星の戦士の力を授かるときにホシと話してるはずですし」
ケルベロスの言葉に、私はポカーンと口を開けて回想する。初めてこの世界に来た時、真っ白な何もない空間を漂った記憶がある。そこで姿の見えない誰かに助けを求められ、星の戦士の力を授けられた。
「あ、あ、アレがラズベイル!何にもない上も下もないただの空間だったけど!?」
「ですから先ほども言ったように、物理的に存在している惑星ではなくホシの意識が作り出した異空間なんです」
「あそこで話しかけてきた人がラズベイルのホシ自身ってこと…?ようするに、この世界の神様みたいなもの?」
私の問いに、ケルベロスは斜め上を見て少し考える素振りをする。
「神、ですか。……まあ、それと同義で問題ないかと思います。この世界にはホシとはまた別に人間が生み出した神なる存在がいますが。とりあえず、人間が抱く神と同じ存在で理解していただいて結構です」
「ふ~ん、ようやくさっきよりは理解できたかも。実際に体験していたおかげで」
ケルベロスは良かったです、と一言呟くと、次の説明へと移った。
「この世界の仕組みを理解したところで、一つの疑問が浮かび上がるかと思います。お姉さんが知りたがっていた『どうして人間と魔族が戦争するに至ったか』。元々魔族は弱い人間になど興味はなかった。だから強い魔族はそもそもホールスポットに近づかない。ホールスポットを見極められない弱い下位魔族は、たとえ人間界に行ったとしても、平和を求めて静かに人間界で暮らす。人間と魔族の全面戦争など起こりえない」
核心へと迫っていく説明に、私は相槌を打ちながら静かに聞き入る。
「そんなある日、魔界に一つの転機が訪れます。先代魔王様が、ある一人の女性と出会ったんです。ホールスポットで魔界へと迷い込んだ、人間の女性でした」
ケルベロスは目を閉じて、懐かしむように話し始めた。
「その女性はとある国の貴族のお嬢様で、とても育ちの良い優しい女性でした。少しおっとりした方で、先代の魔王様相手にも一切物怖じせず、いつでもにこにこしてらっしゃいました。当時、戦続きで疲れていた先代様は、その不思議な魅力ある人間にあっという間に心奪われてしまいました」
「も、もしかして、その女性と先代魔王は恋仲に!?」
私は目を輝かせながら話の続きを期待する。ケルベロスはにこっと笑うと、続きを語り出した。
「先代様は強いのはもちろん、心が広く、面倒見のいいお優しい性格なので、女性の方も心惹かれ、お二人は恋人同士になりました。始めはお相手が人間ということで、周囲からかなりの反発がありましたが、その女性の人柄に触れ、次第に皆二人の関係を認めるようになりました」
「うんうん。それでそれで、結婚したんだよね!二人は!私ハッピーエンドしか認めない性質だから」
両手を握りしめて私は先を促す。すごい話に食いついてくる私に、ケルベロスは手で落ち着くようなだめた。
「魔界を統一して落ち着いた頃、お二人はめでたく結婚。その後今の魔王様もお生まれになります。それからの日々が、お二人の中で一番幸せな時間だったでしょう」
静かにまた目を閉じてしまったケルベロスを見て、私は途端に表情を暗くした。
今戦争状態ということは、この後に戦争が起こるきっかけとなった出来事があったのは明白だ。
「ここで話が終わればハッピーエンドなのに。二人が幸せになった後に何があったの?」
「魔界が統一された後、暴れたりない魔族が時折人間界で悪さをするようになりました。女性はそれに心を痛め、先代様は人間界まで行き魔族をこらしめることが度々続きました。この頃から、事態を重く見たホシが一部の人間に星の戦士の力を与えるようになりました」
「へぇ~。それが星の戦士のルーツなんだ。人間側が魔族に対抗する防衛手段ね」
一つ頷くと、ケルベロスは話を続けた。
「そんなことが十数年続いたある日、ついに先代様は体調を崩して寝込んでしまわれました」
「え、えぇ~~!?魔王って、寝込むの!?すごい最強なイメージしかなかったんですけど」
「確かにお強いですが、もう何百年も生きて高齢にさしかかってましたからね。それに全盛期はずっと戦に明け暮れて、前線で身体を酷使し続けていました。いくら魔王といえど、無茶な身体の使い方をすれば寿命が縮まります」
当時を思い出しているのか、ケルベロスの耳や尻尾は力なく垂れている。その姿を見て、自然と私の心も同調して沈んでいく。
「先代様をずっと看病していた女性は、ある日、人間界でどんな怪我や病気でも治す星の戦士がいるとの情報を得ました。女性はすぐさま魔族の力を借りて人間界へと行きました。先代様をお救いするために。ですが………、二度と女性は魔界へと、先代様の下へと戻ることはありませんでした」
「ど、どうして?一体、何があったの…?」
ケルベロスの口から語られた結末は、女性の悲しい最期だった。
女性は星の戦士の助力を得るため、まず貴族の家である実家を頼った。数十年ぶりに会った娘との再会を家族は喜んだが、実は行方不明になる前に、両親は娘に内密で既に婚約者を決めていたのだ。しかし、帰ってきた娘は魔王の妻となっていた。娘はその国一番の美女と言われており、婚約者の相手はその国の王子だった。
娘は両親よりその事実を知らされるも、自分の愛すべき者は魔王とその子供だと言って実家を飛び出した。なんとか情報を集め目的の星の戦士がいる街まで辿り着くも、先回りしていた元婚約者の王子と近衛兵に捕らえられ、その場で処刑されてしまったのだという。
女性のあまりに理不尽な結末に、私は本気で腹を立てて声を荒げた。
「な、何でその子が殺されなきゃいけないのよ!何にも悪いことしてないじゃん!そもそも両親が勝手に進めた縁談の話じゃない!美女が自分の妻にならなかったくらいで殺すなんて、なんて心の狭い王子なの!そんなやつの治める国なんてロクなもんじゃないわ」
憤慨する私に一瞬呆気にとられたケルベロスだったが、すぐに声を立てて笑い出した。
「プッ、ククク、アハハハ!本当にお姉さんは面白い人ですね。そんなに共感して怒ってくれるなんて」
「ちょ、ちょっと、今真面目な話で笑いの要素なんてなかったんですけど」
思いきり笑われ、私は少し拗ねるようにむくれた。ケルベロスは慌てて表情を引き締めると、話を元に戻した。
「すみません。馬鹿にするつもりではなく、お姉さんの人柄を褒めたつもりだったんですけど不謹慎でしたね。……さて、話を元に戻します。その後の先代様についてです」
人間どもに妻を殺された先代魔王は、かつてないほど怒り狂い、病床から戦場へと舞い戻った。
女性は今や多くの魔族から慕われており、女性を失った悲しみは先代魔王だけではなく、魔界全体へと及んでいた。そのまま魔界と人間界の長きに渡る戦争が始まったのだ。星の戦士と魔族との戦いは激しく、戦争の途中で先代魔王は病状が悪化し、そのまま息を引き取った。そこからは今の魔王が戦を引き継ぎ、現在に至るのだという。
「それじゃあ、お母さんが亡くならなければ、そもそもお父さんも病気が悪化して死ななかったわけだよね。……魔王は、お母さんとお父さんの仇を討つために戦い続けてるんだ。…なんか、悲しいね。終わりって、あるのかな。人間を全員殺すまで戦い続ける気なの?」
私は悲しみと困惑の入り交じった顔をする。
始めは復讐心で始まったのかもしれないが、その復讐が今度は人間側の復讐を生み、どんどん積み重なって今の長い戦争に至っている。どこかで断ち切らない限り、どちらかが屈するか滅びるまで終わらないのではないだろうか。
私が沈黙していると、ケルベロスが近づきそっと腕に触れてきた。
「いつまで戦い続けるのか。その答えは僕にも分かりません。ただ…、魔王様も最近疲れ果てています。人間との戦いだけではなく、他にも色々抱えておりますので。だから僕も、早く平和な世に戻り、魔王様のご負担がなくなればいいなと思っています」
魔王を想い、優しく笑う男の子に、私も自然と笑顔を作り同意した。
室内に優しい空気が流れる中、突然大きな音を立てて部屋の扉が開け放たれた。私は驚いて身体をビクつかせると、ドカドカと部屋に入ってきた二人組に視線を移した。
「作戦会議室に人の気配がするから誰かと思って入ってみりゃあ、お前だったのかケルベロス」
「レ、レオン様!それにジャック殿も」
ケルベロスはサッと私と二人組の延長線上に立つと、軽く会釈をして二人に挨拶をした。
「無断で会議室を使うのは禁止されてるはずだが、まさかお前が使ってるとはなぁ」
心底意外そうに大柄な虎の姿をした男は言った。禁止と聞いて、私は驚きケルベロスを見る。
「申し訳ありません、レオン様。どうか今回のことはご内密にしていただけると助かります」
ケルベロスは虎男に頭を下げた。どうやら様付けにしているところから、かなり上位の魔族であることが窺えた。虎男はいかつい鎧姿で、背中には2mは超える巨大な斧を背負っていた。
「まぁ同じ獣人のよしみだ。別に黙っててやってもいいけどよ、何でまた会議室なんか使ってたんだ」
レオンと呼ばれた男が疑問を口にすると、横に控えていた和装の男の人が遠慮がちに答えた。
「たた、多分、ケルベロス君は、星球儀と作戦ボードが使いたかったんじゃないかな。彼女に、色々説明してあげてたんだよ」
そう言って、男の人は私を手で指し示した。私はふとその手に視線を移し、内心驚きの声を上げた。
(あ、あの人の手、木の根みたいになってる。よく見たら髪の毛にも白い可愛いお花が咲いてるし。植物タイプの魔族なのかな)
私は鮮やかな黄緑色の髪に、小さな白い花を咲かせている彼を興味津々で盗み見ていた。
「さすがはジャック殿、情報分析がお早いですね。ジャック殿の言う通り、ここならば説明するのに都合が良かったので少々お借りしていました。ちょうど今、あらかた説明し終えたところだったんです」
「ほぉ~!その嬢ちゃんが例の星の戦士か!どうだケルベロス、強えのか。その嬢ちゃんは」
目をギラつかせながら大股でこちらに近づいてくる虎男に、私はビビってケルベロスの真後ろに陣取った。
「大丈夫ですよ、お姉さん。見た目は怖いかもしれませんが、レオン様は話の分かるお方ですし、僕ら獣人の族長で責任感の強いお方です。曲がったことが大嫌いで、男気溢れる族長なので、同族からはすごく頼りにされてるんですよ」
「おいおい、イキナリ褒め殺しかぁ。…たく。そこまで言われちゃあ、嬢ちゃんに喧嘩吹っかけるわけにはいかねぇな。どんな能力の持ち主なのか興味あったのによぉ」
ガシガシと頭を掻くと、レオンはあっさりと戦意を失くしてしまった。ケルベロスの言う通り、どうやら根は悪い男ではないようだ。
「俺様は七天魔が一人、『豪爪のレオン』だ!よろしくな、嬢ちゃん。んで、こっちの細っこいのが」
「しし、七天魔が一人、『翠毒のジャック』です。よ、よろしく、お願いします」
ジャックのお辞儀に合わせ、私も二人に自己紹介を済ませる。
「それにしても、お二人はどうして城に?特にご予定はありませんでしたよね」
ケルベロスの問いかけに、ジャックは耳に届くほどのため息をついた。隣に立つレオンも苦笑いをしている。
「じじ、実は、今朝方連絡がありまして、何でもまたキュリオ君が魔王様にちょっかいを出して城を壊したとか」
その件か、と私とケルベロスは心の中で同時に理解した。
「城を修復するのに木材が足らないそうで、急遽僕が材料提供にかり出されたというわけです」
うんざりした表情のジャックに、お疲れさまです、と私とケルベロスは同情しながら口にした。
「毎度毎度アイツも懲りないよな~。俺は早めの定例報告だったんだが、たまたまジャックと会ったからよ、久々にジャックの茶でも飲んで帰ろうかと思ってたところよ。せっかくだしお前らも一緒にどうだ」
「ジャック殿の茶会ですか!いいですね、ぜひともご一緒させてください。ジャック殿が育てられた御手製のハーブティーはとても美味しいと評判なんですよ。お姉さんもきっと気に入るはずです」
「へぇ~、ハーブティーかぁ。それは楽しみ!」
ケルベロスはレオンとジャックに先に行っているよう促すと、使った星球儀やホワイトボードを急ぎ片付けた。使う前の状態に戻ったことを確認すると、ケルベロスは私の手を引いて茶会へと歩き出した。
「今日全てを知ったあなたがこれからどういう選択をし、どう進むのか。……ここからは全てあなた次第です」
振り返って凛々しい顔でそう告げる魔界の番犬に、私は手を握り返し、気を引き締めてただ一つ頷くのだった―――。