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第三幕・魔王編 第六話 魔界を統べる王【後編】

「この向こうが、玉座なんだね…」

 玉座の間に通じる扉の前に立ち、私は緊張した面持ちで呟いた。

 隣に立つ魔王を見上げると、彼は色々な感情が入り交じった顔をしていた。ようやくここまで追い詰めたという喜び、今まで蓄積された怒り、何としてでも倒すという気負い。今は魔力を上手くコントロールできているが、一歩間違えれば感情と共に魔力が暴走しそうで、私は戦う前から不安を抱いた。

(クロウリーは狡猾で狡賢い男。きっと私たちの嫌がることをしてくるはず。さっきのメリィのことだってそうだった。戦力的に弱い私を優先的に狙ってくるだろうし、わざとフェンリスを挑発して魔力を暴走させようとしてくるかもしれない。自滅しないように気を付けないと)

 私は扉に手を伸ばす魔王の手を掴み、真剣な眼差しで彼を見つめた。

「な、なんだ。どうしたいきなり。怖気づいたか」

 私が両手で手をぎゅっと握ると、彼の周りに漂っていた張り詰めた空気が和らいだ。先ほどまでの気負いや焦りも消え、一旦感情を上手くリセットできたようだ。

 私は昨夜と同じ手の温もりを感じながら語りかける。

「私はまだこの世界に来て数か月で、戦争自体も途中参加だけど、フェンリスにとっては数年に及んだ辛い苦しい戦争だったと思う。大切な家族や大事な配下をたくさん亡くして、ようやく全ての元凶である仇の前に辿り着いた。…だからこそ、亡くなった人の色々な想いを背負っているし、負けられないって気負う気持ちも分かる。フェンリスは優しすぎるから」

「ッ!?……普通だ。優しすぎではない。そもそも優しい魔王など威厳も何もあったものじゃない。俺を優しいなどと言う奴は身近にいる幹部やお前くらいだぞ」

 魔王は事実を認めたくないのか、照れてというよりかは軽く拗ねながら言う。

 出会った当初はこんな風に彼と話せる関係になれるとは思っていなかったが、今はこの近い距離感が居心地良く嬉しくもある。

「はいはい。とにかくそのフェンリスの優しさに付け込んで、クロウリーは絶対卑怯なことや挑発するような言葉を言ってくるはず。それをいちいち真に受けて魔力や殺気を暴走させないこと!冷静さを失ったら相手の思う壺だよ!クロウリーの口車に乗って、相手の土俵で戦わないこと!」

「お前に改めて言われんでも分かっている!…冷静を欠いて勝てる相手ではないからな。なにせ父上がやられた相手だ。父上も母上のことがなく、自分を見失っていなかったら、己の手でクロウリーを討てていただろう」

 魔王は悔しそうに、辛そうに目を細める。

「……なら尚更フェンリスが冷静に対処してお父さんの代わりにクロウリーを討ち取らないとね!きっとこれで最後だし、フェイラスさんもどこかで見守ってるよ!フェンリスの雄姿をね!むしろピンチの時は陰ながら助けてくれるかも。フェイラスさんは息子を溺愛してたから」

「フン。俺の図体がデカくなっても、父上の溺愛っぷりは変わらなかったからな。現世に未練が多くて、案外お前の言うように星の輪に戻らずまだそこら辺を彷徨っているかもな。それならばクロウリーを呪って少しでも戦いやすくしてくれるといいんだが」

 魔王は冗談めかして言うと笑みを覗かせた。だいぶ気持ちに余裕ができたようだ。私は魔王に笑い返すと、握っていた手をゆっくり離した。

「…ありがとう、えり。気持ちの整理はついた。この戦い、絶対勝つぞ」

「うん!」

 魔王は扉に手を当てると、重い両扉を押し開いた。



 玉座の間に足を踏み入れると、そこにはクロウリーがたった一人で待ち構えていた。

 玉座の間はかなり広い空間になっており、あちらこちらから機械の動作音が響いていた。どうやらここがこの城の心臓部分を担っており、百キロ以上の重さがある大きな歯車から小さな歯車まで、何千という部品が床や壁で動き続けている。そして一際目を引くのが、天井部分に広がる大型の機械だ。その機械には膨大な魔力が集中しており、まるで生き物のように不気味に赤く明滅を繰り返していた。そしてその部品に取り込まれるように、機械魔族や三つ目族を始め、色々な種族がチューブに繋がれて天井の一部と化していた。

 もはや機械の栄養源のようになっているその魔族たちを見て、私は玉座にいるクロウリーを無視して天井を見上げて固まった。

「フェンリス…。あれって……」

「…あぁ。どうやらクロウリーは想像以上のクソ野郎のようだ」

 怒りで声を震わせながら魔王は言った。

 同じ魔族ではない私でも相当なショックを受けているのだ。魔族を束ねる王である彼からすれば、この他者の命を弄ぶ行為は腸が煮えくり返るものだろう。この部屋に入る前に気持ちを落ち着かせていなかったら、この光景を見ただけで魔王は怒りで暴走していたかもしれない。今はまだ辛うじて冷静さを保っている。

「グフフフフ。ようこそワタシの玉座へ。どうです?ワタシの最高傑作は。使えなくなった駒を、生かさず殺さずのギリギリで維持し、体内で生成される魔力や生命エネルギーを変換し、この城の機械を動かす動力に変えているんです。前までは使えなくなったらすぐに処分していましたが、この装置のおかげで大分駒を有効活用できるようになりましたよ」

「貴様ぁ!人の命を何だと思っている!自分の配下を玩具の駒のように扱いおって!よくもそれで俺を殺して魔界を統べる王になろうなどとぬかしたな!」

 魔王は黒いオーラを全身から噴き出し、刺さるような殺気をクロウリーにぶつける。私は殺気の影響を受けないよう、少し彼から距離を取った。

「グフフ。配下だけでなく、魔界全体を自分の手駒として扱いたいから魔王になろうとしているのですよ!ワタシはもっともっと魔機士としての道を極めたい!禁術を行使し、更なる禁断の高みに!魔機士の悲願、永遠の命、永遠の魂、永遠の器、永久の魔力!手駒が多ければ多いほど、実験に事欠きませんからねぇ!ゆくゆくは人間界もワタシの実験場にするつもりです。あなたの言うような共存など生ぬるい。人間のような寿命の短い弱い生き物は、所詮搾取される側なのですよ。グフフフ」

 いっそ清々しいほどの下衆っぷりに私の心は冷め、自然とマイクを口の前で構えた。

『黙れ』

 私の冷たい声音が言霊となり、クロウリーの不愉快な笑い声を強制的に黙らす。顔は真顔で思考もとてもクリアだが、私はかつてないほど冷静に怒っていた。

「あんたのような人格破綻者が、フェイラスさんやフェンリスと同じ魔界を統べる王になるなんて口にするのもおこがましい。私は異世界の人間だけど、魔王を満たす条件くらい分かる。魔王に求められるのは純粋な強さだけじゃない。魔界に住む様々な種族をまとめる統率力。争いが起きた時に迅速に治められる行動力、決断力、判断力。周りの声に耳を傾け、他者を思いやり尊重することができる包容力。そう言ったリーダーの素質を持たない、人望も持たない奴は絶対に魔王にはなれない!あんたの性格は最初から出世できない悪役止まりなのよ!」

「な、な!なんだと小娘がぁ!」

 私の言霊が切れたクロウリーは、顔を真っ赤にしながら怒り狂った。どうやら狡賢いクロウリーも、意外と怒りの沸点は低いようだ。簡単に平静を失っている。

 逆に魔王はと言うと、私の静かな怒りを感じ取って冷静さを取り戻したようだ。溢れ出した黒いオーラが体の周囲に留まるように一定になっている。よくある隣で大泣きされると逆に泣けなくなるのと同じ現象だ。

「忌々しい最後の星の戦士め!思えばお前が絡んできてから少しずつワタシの計画が狂っていった。その度に修正して上手く事が運んでいたというのに、先日のキナリス国跡地での全面戦争で全ては台無しになった!先代と姫君に化けたあなたたちに誘き出されたからと言って、普通に戦えばサラマンダーやネプチューンが負ける要素などなかったはずなのに!まさか強い魔王像を持つあなたが人間の姿を見せ説得するなど…!」

 クロウリーは私と魔王を交互に睨みつける。すぐ傍に浮かぶ分厚い魔法書には、怒りに比例してどんどん魔力が集まっていった。

「フン。全てを知る俺からすれば哀れなものだ。お前は何度も俺を追い詰めていたのだからな。しかしあの全面戦争、お前には到底理解できない大きな星の力が働いていた。先の戦、お前が勝つ見込みは始めからゼロだったのだ」

「大きな星の力、だと!?」

 私の妄想の力でタイムリープをしていた事実を知らないクロウリーは、ただただ苛立ちを募らせた。

「強い種である魔族が、星の力を借りることでしか満足に戦えない弱き人間と手を組むなど…。利用して捨て駒にするならまだしも、共存の道を模索するなど!ワタシは絶対に認めません!ましてや弱い人間の血を引くハーフの魔王など!」

 クロウリーは魔法書を開くと、複数の術式を一気に展開させた。私たちもそれぞれ武器を構えて戦闘態勢に入る。

「俺も貴様の存在を認めるわけにはいかない!母上を罠にかけて殺し、父上を死に追いやっただけでなく、多くの人間や魔族を操り不幸に陥れたお前を!ここで全てに決着をつける!」

 代々の魔王から受け継ぎし暗黒剣を振りかざし、魔王は因縁の相手クロウリーに向かって行った。




 クロウリーの激しい魔法攻撃を結界と暗黒剣を駆使して防ぎながら、魔王は流れるような剣捌きで敵の急所を狙う。クロウリーは常時三重の結界を展開し、攻撃を喰らって暗黒剣の特殊効果である束縛を受けないよう注意して戦っている。

 父親仕込みの剣術の腕前は素人の私でも分かるくらい洗練されており、十分達人級の実力のように思えた。これにケチをつけるのは、先代をよく知るサラマンダーや幹部たちくらいだろう。

 魔力を乗せた暗黒剣で斬りかかりその都度結界を破壊する魔王だったが、すぐさまクロウリーが結界を修復するのでまだ一度もダメージを与えられていない。かくいうクロウリーも、超級から下級魔法を色々織り交ぜて魔王に攻撃を繰り出しているが、結界や剣で防がれダメージが入らない。とても拮抗した戦いだった。

「どうしたクロウリー。俺を殺し魔王になるのではなかったのか。このままでは先に超級魔法を乱発しているお前の魔力が尽きるぞ」

「グフフフ。そう心配せずとも勝負はここからですよ。何しろワタシには最高傑作がありますから」

 クロウリーは一度魔王から距離を取ると、天井にある例の機械に魔力で信号を出した。すると、明滅を繰り返していた機械は赤い光を放ち、クロウリーに向けてエネルギーを照射し始めた。赤い光を浴びたクロウリーは、みるみるうちに魔力を回復していく。

「なに!?減った魔力が…!」

「どうです?溜めた魔力と生命エネルギーを直接照射し、いつでも魔力と傷を再生できる優れものです。ただ城全体のエネルギー供給をするだけでなく、戦闘のサポート機能も兼ね備えているのですよ。ワタシが今まで生み出した中で一番の出来栄えですね。暗殺人形を生み出した先々代を越える代物でしょう?」

「ふざけるな…!その魔力と生命エネルギーは部品となっているあの魔族たちのものだろう!自由を奪い、命を削るなど、貴様はつくづく外道だな!」

「外道とはずいぶんな物言いですねぇ。あそこにいる魔族たちは元々この領域に住むワタシの配下です。配下をどう使おうがワタシの勝手でしょう。彼らは七天魔であるこの私の手駒なんですから」

 さも当然のことのように言うクロウリーに、私と魔王は絶句した。根本的にこの男の考えや価値観は自分たちと違いすぎる。常に自分中心で、他者から見たら悪意としか思えないことも、本人からすれば悪意でも何でもない普通のことなのだ。自分より劣るものが自分に全てを捧げることが当たり前な感覚。

(狂ってる…。自分の仲間を機械の部品に組み込んじゃう時点で相当ヤバイとは思ってたけど、本当に救いようのないクズだわ)

 私はマイクを構えると、魔力が全回復したクロウリーを睨みつける。

「フェンリス!ここからは私も援護する!あっちが魔力と傷を回復するんなら、こっちは手数と火力で勝負だよ!」

「よし!再生する暇を与えずに一気に倒すぞ!」

「グフフ。第二ラウンドといきましょうか」



 私の言霊で力や素早さが強化された魔王は、クロウリーを翻弄しながら結界を破壊していく。さっきまでは一振りで一枚しか破壊できなかった結界も、今や言霊のおかげで二枚一気に壊している。

 悪態を吐きながらクロウリーは結界をその都度張り直しているが、徐々に速度が追いつかなくなっていた。

『視界よ閉じろ!』

「ぬっ!?急に視界が暗く!?ぐぁっ!?」

 私の言霊で一時的に視界が奪われたクロウリーは、動揺している隙に最後の一枚の結界を破壊され、ついに魔王の一太刀を浴びた。斬りつけられた左半身が黒い透明の鎖で拘束される。

 クロウリーは空間転移で咄嗟に距離を取ると、魔力を流し込み無理矢理鎖を引き千切った。弱い魔族相手なら今ので決まっていたのだが、クロウリー相手ではもう何重もの鎖で拘束しなければ動きを封じるのは難しいだろう。

 ようやく視界が戻った様子のクロウリーは、私を忌々しそうに見ると召喚魔法を発動させた。

「いい加減目障りな小娘ですねぇ!まずは先にあなたから始末しましょうか!お前たち、あの小娘を肉塊にしてやりなさい!」

 召喚魔法で私の周囲に大型の機械魔族が四体現れた。どれも両手にドリルやハンマー、大剣、ボウガンを装備している。

 四方を敵に囲まれた私を助けに魔王はすぐさま動こうとしたが、もちろんクロウリーがそれを許すはずもなかった。

「おやおやどこに行こうというんです?両親の仇であるワタシを放って。ワタシを殺すのがあなたの望みでしょう。小娘など二の次でいいのでは?グフフフフ」

「本当に人をおちょくるのが得意だな貴様は!」

 怒りのオーラを発し、魔王はクロウリーを斬りつけた。

 若干冷静さを失いクロウリーのペースに乗せられている魔王を見て、私は機械魔族を相手にしながら声を張り上げる。

「フェンリス!こっちは自力で何とかするから、クロウリーの相手に集中して!挑発に簡単に乗っちゃダメだよ!…『砕けろ!』」

 私は大剣を振り上げた敵に言霊をぶつける。大剣はひび割れたかと思ったら、次の瞬間真っ二つに折れた。私は難なく攻撃を躱すと、敵に背を取られないよう上手く立ち回りながら妨害の言霊を続ける。

「チッ!すぐにクロウリーを片付けて助けに行く!それまで耐えていろ!」

「了解!というか一人で何とかするから大丈夫!私も星の戦士なんだから、やる時はやるんだからね!」

 私は足手まといにだけはなりたくないと、自分自身を鼓舞して機械魔族に立ち向かった。敵の攻撃を妨害する言霊やその場に足止めする言霊を使い、妄想する準備を整えていく。

(三回分の妄想が残ってるけど、敵は全部で四体いる。おじいちゃん直伝の魔法を使うのもありだけど、できれば一回分の妄想で敵を一掃するのがベスト。何か良い妄想は……)

 逃げ回る私を執拗に追いかけてくる機械魔族を見て、ふと頭の中を良いアイディアが駆け巡った。

(あいつらはクロウリーに命じられて私を狙ってる。ということは、この間の変身魔法を応用して、お互いの姿を私に見えるよう認識を妄想で変えてしまえば同士討ちできるかも!気配や魔力で私の居場所を感知していたとしても、それを阻害するよう合わせて妄想に組み込めば十分いけるはず!よし!)

 私は壁際に追い詰められないよう立ち回りに気を付けながら、言霊で時間を稼ぎつつ妄想のイメージを固めた。

 私が蒼白の光を放ち能力を使おうとしているのを察知したクロウリーは妨害しようと魔法を放つが、魔王が暗黒剣の波動で魔法を弾き飛ばした。

 魔王の援護を受けつつ、私は固めた妄想を現実に解き放った。

『私の分身になれ!!』

 妄想の影響を受けた機械魔族たちは蒼白の光に包まれ、ショートしたように一度ピタリと動かなくなった。そして蒼白の光が消えると、隣り合っていた機械魔族同士戦い始めた。私の想定通りの結果だ。

「やった!作戦大成功!」

「なに!?あの小娘、一体何をした!?」

「フン。隙だらけだぞクロウリー!」

 同士討ちをする手駒に気を取られているクロウリーに、魔王は容赦なく連撃をお見舞いする。結界が消し飛び連続で斬りつけられ、体にはいくつもの鎖が纏わりついた。

「クソ!全く使えない駒どもめ!……そもそもあの暗殺人形が小娘の能力を聞き出せていれば、まだ事前に対策を立てられたものを」

 クロウリーは再び魔力で乱暴に鎖を解除すると、失われた魔力と傷を天井の機械で回復した。

「また完全回復しちゃったの?もうキリがないね。あの天井の機械をまず何とかしないと。このままじゃ先にフェンリスが魔力切れしてバテちゃうよ」

 私は同士討ちして機械魔族が動かなくなったのを確認してから魔王と合流した。

「俺の魔力はまだ大丈夫だが、それより先にあいつらの命が尽きる。何とかして助けてやりたいが、強力な結界が張られている。力ずくであの機械ごと壊そうにも、それだけでかなりの魔力を消費しそうだ。それに、それを黙って許すほどあいつはお人好しではない」

 魔王は天井の機械に囚われる魔族たちを辛そうに見上げた。クロウリーに魔力と生命エネルギーを供給する度、彼らからは低い呻き声が漏れている。機械の一部となり意識を失っているが、苦しそうな呻き声だけは何度も届いている。

「………結界が邪魔でどうしようもできないなら、無理矢理あの機械から外しちゃえば?私の妄想で強制的に彼らを魔王城に空間転移させるよ。そうすればクロウリーに供給されるエネルギーも止まるでしょ」

「お前にしては冴えてるな。できるか、その妄想」

「任せてよ!私の妄想が成功したら、一気にクロウリーをやっつけちゃって!回復さえなかったら絶対に負けないんだから!」

 私の言葉に魔王は自信を持って頷くと、暗黒剣に大量の魔力を流し込んでクロウリーと距離を詰めた。

 私が妄想に取り掛かっている間、魔王は私に注意が向かないよう、考えぬ暇を与えないくらい剣と魔法で攻め立てた。その勢いにクロウリーも何かを感じ取ったようだったが、目の前の相手に対処するので精一杯で、私に注意を払う余裕はなかった。

 結界を割られ、逃げ惑いながら束縛する鎖を解除するクロウリーを尻目に、私は回復される前に準備した妄想を解き放った。天井の機械に囚われた魔族たち一人一人に空間転移の魔法陣が出現し、強制的に機械と分離されて次々転移されていく。

 頭上の異変を感じ取ったクロウリーは、口をわなつかせながら取り乱したように叫んだ。

「な、な、ワタシの、ワタシの最高傑作が!クソ!貴重な部品どもを勝手に転移させるとは!あらゆる魔法の干渉を受けない結界を張ってあったというのに、星の力めぇ~!」

「これでもう貴様を再生するものはない。思う存分殺らせてもらう!」

「くっ!ハーフの分際で生粋の魔族を従えようなどと!ワタシは認めん!魔神族だろうが、弱き人間の混ざりものなど!!」

 魔力の回復が見込めなくなったクロウリーは、もう半ば自棄になりながら強力な魔法を連発した。敵の終わりが見えた魔王は、温存していた魔力を一気に解放し、今出せる自分の全力を持って真正面からクロウリーを捻じ伏せた。超級魔法を超級魔法で相殺し、一瞬で間合いを詰めると魔力を乗せた暗黒剣で急所を数か所連続で刺し貫いた。

「ぐ、あぁ…あ、……あぁ…。このワタシが、混ざりもの、如きに…!」

「クロウリー。俺は魔界に住む魔族たちを従えようなどと思ったことはない。昔母上が教えてくれた。魔界を統べる王は皆にとって父のような存在。配下たちは皆かけがえのない家族で、父として皆を守って導く存在でならないと。俺はハーフでまだまだ未熟だが、魔族の皆が住みやすく平和に暮らせるような魔界を作っていくつもりだ。それが、魔界の王たる者の責務だ」

 堂々と言い放った魔王は、胸を刺し貫いていた暗黒剣をクロウリーから引き抜いた。口と胸から血を噴き出し、クロウリーは膝から崩れ落ちて床に倒れ伏した。

 赤い血だまりが広がり、私は思わずその光景から目を逸らした。たくさんの人を苦しめた男とはいえ、人の死を目の当たりにしてさすがに素直には喜べなかった。

 魔王は剣についた血を振り払うと暗黒剣をしまった。

「ようやく、全てが終わった…。長い、長い戦いが」

 魔王は目を閉じると天を見上げて呟いた。やっと肩の荷が下りたような、安堵した声だった。

「……お疲れ様、フェンリス。ついにやり遂げたね」

「えり…。お前の協力があってこそだ。お前のおかげで囚われていた魔族たちの命を助けることができたし、クロウリーを討つこともできた。本当に感謝する」

 魔王は私のところまで歩いてくると、珍しく素直に感謝の気持ちを伝えてきた。

「お礼なんていいよ。私たちは魔王軍と星の戦士同盟軍なんだから、力を貸すのは当たり前でしょ。とにかく大きな怪我とかなくてよかッ…!?キャアァ!?」

 話している途中で突然城全体を突き上げるような振動が襲った。同時に機械が壊れる大きな音が響き、より一層不安がかき立てられた。大きくバランスを崩した私は魔王に受け止められ、なんとか無様に転ぶのだけは回避する。

「な、何なの突然!?この領域ってもしかして地震も多いの?」

「いや。この揺れ方は地震じゃない。これは…」

 魔王は背後を振り向くと、まだ辛うじて息をしているクロウリーを睨みつける。

「グフッ。……ただでは、死にませんよぉ。…せめて、あなたたちも道連れに……!」

「もしもの時は城が崩壊するよう予め仕込んでいたか。フン。最後の最後までこの魔王に楯突きおって」

 魔王は虫の息で倒れるクロウリーにトドメを刺そうと魔法を構える。しかし頭上から奇妙な音を聞き、私は上を見上げながら鋭い声で彼に呼びかけた。

「フェンリス!天井の機械が!」

「ッ!?チッ!俺に掴まっていろ」

 天井に設置されていた大型の機械が、城の崩壊に伴い次々と落下してきた。魔王は私を抱えながら、落ちてくる機械を浮遊魔法で躱していく。瓦礫で退路が絶たれる前に、魔王は出口へと急いだ。

「クロウリー。天井の機械で押し潰されちゃったかな」

「……瓦礫が邪魔で見えんな。だが元々虫の息だった。圧死だろうが出血死だろうがどっちでも構わん。…チッ。城の崩落と合わせて魔法が一部制限されているな。どこまでも用意周到な奴だ。空間転移が封印されているから、自力でサキュアたちと合流し脱出するぞ」

 私たちは玉座の間から飛び出すと、横揺れが激しくなってきた城の中を急ぎ進むのだった。




 玉座の間から階下の階段広場まで戻ってくると、ちょうど全員がそれぞれの戦いを終えて集まっていた。

 私たちと合流しようとしていたようで、ジークフリートは自分のマントを風呂敷替わりにし、そこにパーツがバラバラになったメリィを包んで持ち運ぼうとしていたようだった。

 ドラキュリオは背中にボロボロになった従弟のドラストラを背負っており、自身もあちこち血が滲んで傷だらけだった。相当派手な従弟喧嘩を繰り広げたらしい。幸いドラストラは気を失っているだけのようで、死んではいないようだ。

 サキュアは階段を下りてきた私たちを見ると、大騒ぎしながら出迎えた。

「魔王様~!ご無事で何よりです~!ちょうど今向かおうとしていたところだったんですよ!城の様子が何だかおかしくて、すぐにお助けしにいかないとって」

「この城の崩壊、まぁたクロウリーの嫌がらせ?…それで、討てたの?」

 ドラキュリオの問いに、魔王はいつもの余裕の笑みを見せて当然の如く答える。悩みの種がなくなりすっかり本調子のようだ。

「フン。当然だ。この俺を誰だと思っている。クロウリー如きに遅れなど取らん」

「おぉ!ではついに、先代様とリアナ姫の仇が取れたのですね!おめでとうございます、魔王様!」

 ジークフリートは主君の宿願達成を心から祝う。サキュアも魔王に擦り寄り喜びを分かち合った。

「へぇ~。その余裕、すっかりいつもの魔王様じゃん。まぁ偉そうなこと言っても、どうせ魔王様一人の力じゃなくて、えりちゃんの力と応援があったからでしょ。ボクだってえりちゃんの応援があったら誰にも負けない自信あるし~」

「なんだと…?」

 城が崩壊しているという非常事態だというのに、魔王とドラキュリオは毎度のことながら喧嘩モードに入る。本当にある意味仲が良すぎて困る二人だ。

 私は呆れたため息をつきながら二人の間に割って入る。

「ほらほらそこまで!早く脱出しないと瓦礫に潰されてぺちゃんこになっちゃうよ!」

「フン。仕方ない。お前の喧嘩は外に出てから買ってやる」

「臨むところだよ!…と、言いたいところだけど、今回はストラがいるから不戦敗でいいや」

 ドラキュリオは背中で眠る従弟を見やる。魔王もそれに釣られてドラストラに視線を移した。

「操られていたようだったが、正気に戻せたのか?」

「あ、ウン。たまたま。ボクの渾身の魔力を波動でぶつけたら、ストラにくっついてた機械魔族が運よく弾け飛んだんだ。どうやら操ってた機械魔族の正体はコレみたいだヨ」

 ドラキュリオは蜘蛛の形をした小型の機械魔族を取り出して見せた。想像していたより小さい機械魔族だったため、私と魔王は目を丸くして驚いた。

「こんなに小さい機械魔族だったの!?よく戦場で見る大きな機械魔族みたいなのを想像してたよ」

「ふむ。帰ったらクロロに詳しく調べさせるか」

 魔王がそう呟いた後、一際大きく城が揺れた。もうあまり時間がないようだ。

 魔王は先ほどジークフリートが突き破った窓から脱出するよう指示を出し、みんなは降り注ぐ瓦礫に注意をしながら走り出した。

(見えてきた!あの窓から脱出すれば終わりだね)

 出口が見えて油断していた私は、真横から狙う敵の気配に全く気が付いていなかった。

 私の後ろで殿をしていた魔王はいち早く敵の攻撃に反応すると、私を突き飛ばして攻撃を受け止めた。しかし、その正体不明の敵の攻撃は思いのほか強力で、魔王は力任せに壁に吹き飛ばされた。

「フェンリス!?」

 突然後ろから突き飛ばされて状況が把握できていない私は、魔王を攻撃した敵を振り返って更に頭を混乱させた。

「なに、あれ……。機械の、集合体?」

 魔王を攻撃した敵は、城を形成する機械の寄せ集めという感じだった。大きな歯車やネジ、ポンプ、チューブ、鉄板、ありとあらゆるものが繋がり一つの生き物のように意志を持って動いている。形は変幻自在のようで、その機械の集合体は一度壁の中へと溶け込んでいった。

 私は壁に叩きつけられた魔王に駆け寄ろうとしたが、ドラキュリオの危機迫った声を聞いて身を固くした。

「えりちゃん!危ない!」

「ッ!?」

 一度壁の中に消えた敵が再び私を背後から狙ってきたため、私の前を走っていたドラキュリオが異変を察知してすぐに戻ってきてくれた。

 両手が塞がっているドラキュリオは、蹴りに魔力を乗せるとジャンプしてから思い切り回し蹴りを喰らわせた。

 機械はバラバラと崩れ落ちたが、まるでダメージがないように再び部品を寄せ集め始めた。

「クソ!全然効いてない!これも機械魔族なわけ!?反則すぎ~!魔王様、生きてる~?」

 ドラキュリオは私を背に庇いながら、少し離れた壁に手をついて立ち上がった魔王に呼びかけた。

「あれしきの攻撃で死ぬか。とはいえ、嫌な気配を微かに感じ取って防御が遅れた。チッ」

「嫌な気配?」

 ドラキュリオが首を傾げるのとほぼ同時に、もう二度と聞くことはないと思っていた耳障りな笑い声がどこからともなく聞こえてきた。

『グフフフフ。私の希薄な気配を感じ取るとは、さすがワタシの器を壊した男ですね』

「この声!クロウリー!?どうして、さっきフェンリスが倒したはず」

『グフフフ。死んで魂が器から放り出される前に、この城の心臓部である機械に魂を無理矢理禁術で移したのですよ。最後の力を振り絞ってね。一か八かの賭けでしたが、無事この城全体の機械と同化できました』

 壁から機械の集合体が姿を現すと、威圧するように天井まで届くほど大きくなった。まるで妖怪のぬり壁機械版だ。

 クロウリーのあまりにも無茶苦茶な行いに、私たちはもう頭の理解を越えてしまった。

「……誰がクロウリーを討ったって?嘘つき~」

「な!?こんなデタラメな方法で生き延びるなど予測できるか!」

 じと~っとした目で茶化すドラキュリオに魔王は顔を赤くして反論する。魔王の言う通り機械と同化するなどさすがに誰も予想できないだろう。

「えりちゃん。先に脱出して。この死にぞこないはボクと魔王様で相手するから。ジークフリートには出口を確保しておくよう伝えて」

「でも……」

 私が魔王を見つめると、彼も無言で大きく頷いて脱出を促してきた。

 私はぎゅっと手を握りしめると、二人に言葉を残して崩れゆく城の廊下を再び走り始める。

「絶対に二人とも無事に脱出してね!何かあったら絶対に許さないから!」

「はいは~い!大好きなえりちゃんを悲しませるなんて絶対にしないから安心して☆」

「さっさと片付けて行くから心配せずに外で待っていろ」

 私は心配と不安で涙腺が刺激されながらも、ジークフリートが待つ脱出口を目指した。

 サキュアはジークフリートに説得されて嫌々先に外に出たようで、窓の向こうから脱出を急ぐよう叫んでいる。

 私の名を呼ぶジークフリートのところまであともう少しというところで、不吉な言葉が私の耳に突き刺さった。

『ワタシの計画を狂わせた元凶であるお前を、このままむざむざ逃がすとでも?』

「えっ」

 すぐ近くから聞こえてきた声に表情を硬くした瞬間、突如足元の感覚が消え失せた。

『お前だけでも道連れにし、魔王やお前を慕う連中の心をせいぜいズタズタにしてあげましょう!』

「えり殿!」

 城と同化したクロウリーの仕業で床が抜け落ち、私はバランスを崩して階下へと落ちていく。一番距離が近いジークフリートが駆け寄って手を伸ばすが、とても手が届く距離ではなかった。

 私の体全てが完璧に床より下にきた瞬間、誰も私の後を追えぬようにクロウリーはすぐに床を修復してしまった。崩壊まで時間の残されていない城の中で、私は完全に仲間と孤立した。




 私はバランスを崩したまま一つ下の階に落下すると、突然の状況に気が動転してろくに受け身を取れずに床に叩きつけられた。腰と背中を強打し声にならない叫び声を上げる。

(~~~~っ!!!イッタァ~~~!もう!クロウリーめぇ!落とし穴とは!フェンリスの魔力節約のために浮遊魔法を解除してもらったのは失敗だった)

 私は痛みで零れた涙を拭いながら天井を見上げる。残念ながら穴は塞がっており、すぐに上の階には戻れそうもない。

 しかし幸いまだ一回分の妄想が残っているので、クロウリーの妨害さえなければ十分一人でも脱出はできると考えていた。

「ひとまず痛みを和らげる言霊を使って」

『グフフフ。御機嫌よう、星の小娘』

「ゲッ!?ソッコー私の方来た!もっとフェンリスたちと戯れててよ」

 満足に動けない状況の私は、泣きたい気分になりながら本音をこぼした。

 狩られる寸前の獲物のような良いリアクションをする私を見て、クロウリーは上機嫌になって機械の集合体を動かした。

『良いですねぇ、その反応!やはり弱者をいたぶり蹂躙する感覚は極上です!ワタシの計画をぶち壊しにしたあなたは、原型を留めないくらいぐちゃぐちゃにして恐怖と痛みを魂に刻み込んでから殺してあげましょう。せいぜい心地良い悲鳴を聞かせてワタシを存分に楽しませてくださいよ』

 物騒なことを口走り、クロウリーは集合体を手の形のように変型させると、床に倒れる私を捕まえようと近づいてきた。

 私の本能が危険を察知して逃げろと信号を発しているが、痛みで動けないのと恐怖が体を支配してどうすることもできない。魔王から向けられる殺気による恐怖にはいくらか慣れているが、それとはまた違う、本当の命の危険からくる恐怖だった。

「こ、来ないで……」

 私は言霊マイクを召喚することも忘れ、体を震わせながら意志だけの存在である機械を見つめる。

 クロウリーは下品な笑い声を響かせながら、恐怖に涙を滲ませる私に向けて、ゴツゴツした手を伸ばしてきた。

(もうダメ…!フェンリス!!)

 心の中で助けを求めた直後、私の背後で物凄い轟音と振動が発せられた。驚きに私とクロウリーが動きを止めていると、衝撃で発せられた白い煙の中から魔王が颯爽と姿を現した。

『くっ!こんなに早く来るとは!簡単に到達できないよう城の構造を変化させて、階層の間の壁をとびきり分厚くしておいたのですがねぇ!』

「フン。お前との戦闘でかなり魔力を消費していたが、ドラキュリオたちから魔力を貰い受けたからな。おかげで魔力を回復し、分厚い壁も簡単に突破できた」

 クロウリーはまたも予定を狂わされ、苛立ちを募らせている。怒りの感情に伴い、周りにある機械がまるで磁石に引っ張られるように集合体に吸い寄せられていく。クロウリーの意志を宿す集合体の体はどんどん大きくなっていった。

 クロウリーの醜い変化を蔑んだ目で見つめながら、魔王は私の前に降り立った。

「すまない。遅くなった。怪我はないか」

「うぅ…!フェンリスぅ~!……うっ、…っ!死んじゃうかと思った……!」

 私は先ほどまで張り詰めていた恐怖が一気に解け、みっともなく魔王に抱きついて泣いてしまった。

 魔王はそんな私が意外だったのか、少し目を見開いた後、微かに楽しそうに笑った。落ち着いたら後でからかう気満々という魂胆が窺える。

「警戒心皆無の鈍感なお前でも、そうやって怖がって泣くのだな。俺の殺気でも涙したことがないのに。それどころか、反発して食ってかかってくる時さえあったというのに」

「死の恐怖とフェンリスの殺気はまた別です~!フェンリスは絶対傷つけたりしないでしょう」

 安心させるように頭を撫でてくれる魔王に、私は少し照れながら言葉を返した。

「立てるか?」

「正直言って無理です。落ちた時に腰と背中を強打してメチャクチャ痛いの」

 私は魔王にしがみつきながら申し訳なさそうに下を向いた。

『いつまでワタシを無視しているつもりです?こうなったら二人まとめて道連れにしてあげますよ!』

「チッ。死にぞこないのデカブツが。…お前はそこで大人しくしていろ」

 魔王は私に結界を張ると、立ち上がって暗黒剣を召喚した。

 肥大化して通路の幅いっぱいに体を膨れ上がらせたクロウリーは、まるで触手のような機械の腕を本体から何本も出した。そしてそれを私と魔王目がけて差し向けてくる。

『生意気な星の小娘と混ざりもののハーフめぇ!貴様らさえ大人しく早くくたばっていればこんなことにはぁ~!』

「破れた自分の弱さを他人のせいにするのか。つくづく自分勝手な男だ。そんな男が魔王を目指すなど、片腹痛い」

『黙れ!黙れ黙れぇ~!ワタシはまだ負けていない!計画は早まったが、いずれは機械の体に魂を移して永遠に生き続けるつもりだったのです。まだ十分修正はきく。あなたを殺してワタシが魔界を統べる王に君臨し、駒を使って永遠の魔力を生み出す実験を』

 クロウリーは何かに憑りつかれたように魔王に攻撃を繰り出し続ける。魔王は暗黒剣で機械の腕を斬りおとし、二度と使えないよう次々に鎖で束縛していく。私にもドリルのような機械の腕が襲い掛かってきたが、結界のおかげで傷つくことはなかった。

 妄執に囚われすぎて攻めが単調になっているクロウリーに、魔王は情け容赦なく距離を詰めると暗黒剣を本体目がけて振りかぶった。

『おやおやおや。どうやらお忘れのようですねぇ。ワタシがどういう男か。大事な者からそんなに目を離して大丈夫ですか?グフフ』

「なに!?」

 クロウリーが不敵に笑うと、私を支えていた床が不自然に盛り上がり、内側から結界を破壊するついでに私を空中へと突き飛ばした。ただでさえ背中と腰を負傷しているというのに追い討ちをかけるように攻撃をされ、これではもうしばらく痛みで起き上がることもできないだろう。

「えり!!」

 魔王は空中に投げ出された私を受け止めようとするが、クロウリーが機械の腕を三倍にしてそれを阻止してくる。

「くっ!貴様!」

『助けには行かせませんよぉ!あなたの目の前で小娘は串刺しにしてあげましょう!先ほど無理したせいであなたの残り魔力も少ないみたいですしね』

 魔王が足止めされている間に、私の突き上げられた体は重力に従って下へと落ちていく。真下には既にクロウリーが用意した機械による剣山が出来上がっており、このまま落下すれば串刺しになるのは間違いなかった。

「マイクON!…『浮け!』」

 私は言霊マイクを手元に呼び出すと、自分に向けて言霊を発した。ギリギリ能力が間に合い胸を撫で下ろしたのも束の間、今度は下で待ち構えていた剣山の機械が、私を狙って鋭く伸びてきた。

「エッ!?そんなのアリ!?」

『あなたの奇妙な能力は先ほどの戦いで把握済ですよ。大人しく串刺しになりなさい!』

 私はマイクを使って動きを止めるが、言霊の効力は大した時間稼ぎにはならない。そもそも自分を浮かす言霊も長くは持ちそうになかった。

(どうしよう!あの妨害じゃフェンリスの助けは間に合いそうもないし。……誰か、誰か助けて!!)

 浮く言霊と動きを止める言霊が切れる直前、眩いほどの蒼白の光が目の前を覆った。人の形を成した何かが光の中で動いたかと思ったら、私を襲おうとしていた機械たちをあっという間にバラバラにしてしまった。そして浮力を失くした私を浮遊魔法で受け止めると、幽霊のように体の透けたその人物はニカッと笑いかけてくれた。

『間一髪だったな娘さん。無意識に能力が間に合って良かったぜ』

「………フェイ、ラスさん?」

 目をパチクリして見上げる私の前には、女性のように綺麗な長い黒髪を一つに結い上げた先代魔王がいた。メリィの記憶で見た通り、ガッチリした体躯に自信に満ち溢れた態度、絶対的な魔王の風格に絶大な魔力。そして不思議と周りを包み込む安心感と和ます笑顔。間違いなく先代魔王フェイラスその人だった。

 突然現れた先代魔王に、息子である魔王も敵であるクロウリーも揃って動きを止めた。

『たく。クロウリーめ。俺の可愛い息子が唯一心を許した大事な女を殺そうとするとは。どうあっても我が一族に喧嘩を売らないと気が済まないらしいな』

 フェイラスは私を優しく床に下ろすと、魔王に群がっていた機械の腕を、魔力をぶつけるだけで全て粉砕した。先代魔王を知る者が口々に強いと絶賛していたが、確かに納得の強さだ。魔力を消費していたとはいえ、魔王が手こずっていた敵をあっという間に殲滅してしまった。

 フェイラスは幽霊のように透けた実体で息子に近づくと、嬉しそうに成長した息子の頭を撫でた。

『それにしても逞しくなったなぁ、我が息子よ!一丁前に可愛い娘さんを助けるために体を張るとは!それでこそ男だぜ!』

「な、な、なんで父上がここに…。本物ですか?」

 魔王は自分の頭を撫でる手を見る。実体がそもそも透けているので、当然のことながら頭を撫でる感触はない。乗せられた手は頭をすり抜けてしまっている。

『おうよ!娘さんの能力のおかげでな、魂だけの存在だった俺を一時的に実体化させてくれたんだ。さすがにもう死んでるから器はないがな。いやぁ~、未練たっぷり残してしばらく現世に留まってて良かったぜ。おかげでこうしてお前の大事な子を守ることができたし、この手で直接借りを返せそうだからな!』

 フェイラスはニヤッと笑うと、機械の集合体であるクロウリーを見据える。

「星の輪に還らず、今までずっと現世に留まっていたのですか?」

『あぁ。お前が上手くやれるか心配だったからな。親心ってやつだよ。案の定お前をイジメる奴がたくさんいただろう。枕元に立って呪い殺してやろうかと思ったぜ』

「やめてくれ。そんな親馬鹿行為は。それにイジメられてたんじゃなくて命令を聞かなかったの間違いだろう。言葉の意味が大分違う」

『なんだなんだ拗ねてんのか~。久々に会ったっていうのに』

 フェイラスは本当に嬉しそうに触れない息子を撫でまわす。魔王も笑顔の父親を見て、目や表情を緩ませている。私はそんな親子を見て、胸をいっぱいにさせて笑顔を作っていた。

 感動の再会を果たしている親子を憎々し気にクロウリーは見ていたが、先ほどからフェイラスが見えない殺気とプレッシャーを絶えず向け続けているせいで、手を出そうにも出せずにいた。

「えりの能力って言っていたが、いつの間に父上を実体化させる妄想なんてしたんだ?そんな余裕なかったように思えたが」

 魔王がこちらを向いて問いかけてきたので、私は両手を上げて首を傾げた。自分自身何故そんな妄想が発揮されたのかよく分かっていなかった。

『いつの間にって、さっきお前たちが二人で仲良く話してたじゃないか』

「え?」



『きっとこれで最後だし、フェイラスさんもどこかで見守ってるよ!フェンリスの雄姿をね!むしろピンチの時は陰ながら助けてくれるかも。フェイラスさんは息子を溺愛してたから』

『フン。俺の図体がデカくなっても父上の溺愛っぷりは変わらなかったからな。現世に未練が多くて、案外お前の言うように星の輪に戻らずまだそこら辺を彷徨っているかもな。それならばクロウリーを呪って少しでも戦いやすくしてくれるといいんだが』



『あの時に無意識に娘さんは妄想の下準備を済ませていたんだよ。何かがあったら俺がお前たちを助けてくれるってな。そんでさっき本当にピンチになった時、助けてという彼女の声を俺が感じ取った瞬間、妄想が現実になって俺が実体化したわけだ』

「………そんな奇跡みたいなことが起こると?」

『起こってるじゃないか実際に~。なんだその顔は。父上に会いたくなかったのか?』

「いや、そんなことはないですが。ただ、……結局俺は、まだまだ父上に助けられてばかりで敵わないなと」

 魔王は自信喪失とまではいかないが、己の未熟さを痛感しているようだった。

 偉大な父は優しく笑うと、成長途中の若き魔王を力強い言葉で鼓舞した。

『敵わなくて当然だろう。その年で追い越されたら俺の面目丸つぶれだ。俺なんかそもそもお前の年ではまだ魔王さえ襲名してなかったんだ。あの時の俺と比べたら、お前は十分立派な男だよ。そして、これから先、俺を越えるほどの立派な魔王になる。なんてたって俺さえできなかった、魔族と人間の共存を実現するんだろ』

「っ!!どうして、それを…」

『だから言ったろ~。未練たらたらでお前を見守ってたって。お前の素晴らしい演説も聞いてたさ。人間界と魔界の交流、優しく強いお前ならきっと実現できる。俺とリアナの自慢の息子だからな!』

「父上…!」

 魔王がフェイラスに向けて更に口を開こうとした時、一際大きな揺れが私たちを襲った。天井や床、壁が大きくひび割れて一気に瓦解しそうなところまできている。もう脱出する道を探すのさえ困難かもしれない。

『フェンリス!お前たちはもう脱出しろ!手遅れになるぞ!』

「ッ!父上は!?」

『俺はもちろんクロウリーをこの手できっちり地獄に送ってやる!魂ごと消滅させて、二度と生まれ変われないようにしてな!』

 フェイラスは目をギラギラさせると、強い威圧にビビッて萎縮しているクロウリーを睨みつけた。

『ワタシと同じで所詮魂だけの存在のくせに、偉そうなことをぉ!』

 魔王は父親に手で促されると、急いで私のところにやって来てそのまま私を抱き上げた。

『こっから脱出していけ!……将来のうちの可愛い娘さん。これからも息子のことをよろしく頼むぜ。最近は素直じゃないことも多いみたいだが、根は本当に良い子だから』

「父上!こんな非常時に余計なことを吹き込まないでいいですから!真剣にクロウリーの相手だけしてください!」

 フェイラスが天井に開けてくれた大穴に向かいながら、魔王は私が何か答えを返す前に喚き返す。

『全く。お前の将来を心配して言ってやっているのに。少しは俺とリアナの仲を見習え~』

「大きなお世話ですから!さっさとクロウリーを倒して、成仏して母上のところに行ってあげてください!」

 二人のやり取りが楽しくて、つい私は声を出して笑ってしまう。

 崩れる城の中、姿が小さくなるフェイラスに、私は声を張り上げて伝える。

「安心してくださいフェイラスさん!こう見えて私たち、フェイラスさんとリアナさんを演じるくらい仲良しなので!これからもフェンリスのことは任せてください!」

「だ、誰が仲良しだ!」

 魔王が動揺して言い返してきたが、私は肘鉄を喰らわせて彼を黙らせた。最後くらい安心してお別れさせてあげた方が心残りがなくていいだろう。

 瓦礫に塞がれ姿が見えなくなった後、私たちにフェイラスの最後の言葉が届いた。

『フェンリス!…魔界を頼んだぞ』

『…あぁ!』

 魔王は声がきちんと届くように念話を通して父に答えると、先に脱出させた配下たちと合流するため出口へと急いだ。



 二人きりになった狭い空間で、先代魔王とクロウリーは睨み合う。

 対峙してはいるが、やり合う前からクロウリーは敗北することを悟っていた。先代魔王は歴代でも最高に位置するほどの力を持った魔王。まともにやり合って敵うはずがない。だからこそ、生前は策を弄して命を奪ったのだ。

 クロウリーは生前と変わらず余裕の笑みを見せるフェイラスに憎悪の眼差しを注いだ。

『娘さんには本当に感謝しないとな。この手でリアナの仇が討てることを』

『……一度退場した者が偉そうにしゃしゃり出おって。あなたがいなければあの場であの娘を殺して魔王が苦しむ姿を見られたものを』

『あぁ!?リアナに続き、俺の息子の姫君までやらせるかよ。あいつの気持ちを分かってあげられる義娘さんには、これからもフェンリスを傍で支えてもらわなきゃならねぇんだ。あの子も、息子も、テメェには殺らせねぇよ!』

 魂に宿る魔力を解放し、フェイラスは怒気を強めた。愛する者を奪われた積年の恨みも乗り、その場は息もできないくらいに張り詰めていく。

『己の分を弁えず魔王の座を欲した愚か者め。魔界を統べる王は貴様のような男には一生懸けても務まらん。強さの欲に溺れ、魔界を統べる王の意味を履き違えた馬鹿者が、魂の欠片も残さず消え失せやがれ!』

『クソクソクソ!人間の小娘に溺れ、上を目指すことを忘れた平和ボケした連中に敗れるとは!強さこそ絶対!魔界は弱肉強食の世界だったのに!それを統べる魔界の王になり、ワタシが頂点になるはずがぁ!』

 フェイラスは力を両手に溜めながら、クロウリーが絶叫して悔しがる様を見守る。

『……お前の言う通り魔界は弱肉強食の世界で強い者こそ絶対的な存在だったが、時代はもう変わってきている。リアナが魔界に来る少し前からな。魔界は戦争続きで、魔族たちの心はすっかり疲弊していた。種を強く保つために強さは必要だが、これからの魔族にもっと必要なのは、精神を豊かにし繁栄させてくれる世界だ。俺たちと全く異なる価値観を持ち生活してきた人間界と交流すれば、魔界はもっと豊かに発展するだろう。人間は魔族にないものをたくさん持っているからな。そして、その人間と魔族の交流を実現できるのは、俺の息子が一番適任だ。魔界を統べる王として、あいつはきっとみんなをより良い方向に導いてくれる』

『ハッ!単なる親馬鹿の戯言にしか聞こえませんねぇ!戦うことでしか生を見いだせない者も多い。いずれ魔界に軋轢が生じ、戦争が始まる。その時、果たしてあのハーフが魔王として魔界を治められるかどうか。グフフフフ。せいぜい地獄で見させてもらいましょう。願わくば、ワタシの跡を継ぐような者が現れ、あのハーフを討ち果たしてくれますよう』

 クロウリーは覚悟を決めて機械の力を一点に集めると、フェイラスに向けてありったけの力をぶつけた。

『なら俺はリアナと星の輪で、フェンリスが魔界を立派に治めて生涯を終えるまで、ずっと見守っててやるよ!あいつは俺の自慢の息子だから、誰にも絶対負けないけどな!』

 両手に集めた力を解き放ちながら、フェイラスは最後に我が子の幸せを願うのだった。




 魔王と共に命からがら崩れる城から脱出すると、そう経たないうちに内部で大きな爆発が発生した。私と魔王は同時に背後を振り向き、同じ人物のことを口にした。

「発動していた星の力が消えた」

「あぁ。父上の気配と魔力が消えた。ついでにクロウリーの魔力もな。どうやら父上が今度こそクロウリーを仕留めたようだ。これでちゃんと成仏してくれればいいんだが」

 言葉とは裏腹に、魔王は少し寂しそうな表情をしている。やはり久しぶりに父親と会えたのでお別れするのが寂しいのだろう。

 本音は少し茶化したかったが、ぐっとこらえて私は微笑むと、魔王の言葉にただ同意した。

「大丈夫だよ。クロウリーをこの手で討ちとったぞ~って言って、リアナさんのところに報告しに行ってるよ」

「フッ。父上ならあり得そうだ。母上に褒められるのが好きだったからな。……ところで、誰と誰が仲良しだって?」

「…エ?」

 魔王が今更話を蒸し返してきたので、私は目を丸くして彼の顔を見上げてしまった。

 私たちの正面では、クロウリーの意志が消えた機械の城が形を保っていられず、大きな音を立てながら完全に崩れていた。

「もう!そんなにヘソ曲げなくたって。最後のお別れだったんだから、フェイラスさんが安心するように仲良しを演じたほうがいいでしょ。親を想う子心ってのがないの?」

「……そういうことか。お人好しなお前らしい」

 そう言った魔王は、どこかむすっとしたような不服そうな顔をしていた。

(あれ?なんか機嫌悪い?)

 私が不思議そうに魔王を見ていると、崩れる城から離れて待っていたドラキュリオたちが声を上げながら近づいてきた。

「魔王様~!えりちゃ~ん!」

「魔王様~!ご無事で何よりです~♪」

「キュリオ!サキュア!」

 二人は合流すると、私と魔王の無事を喜んでくれた。ペガサスに乗ったジークフリートもこちらにやって来る。

「良かったよ~、えりちゃんが無事で!ボクも助けに行きたかったんだけど魔王様に止められてさぁ。仕方なく魔力だけ託したんだけど。本当に無事で良かった!」

「命の危険を冒して助けに行った魔王様に感謝しなさいよね~!本当は見捨てられても仕方なかったんだから!」

「う、うん!ちゃんと感謝してるよ!本当にクロウリーに殺されるところだったんだから!」

「確かにな。大泣きして俺の助けを喜んだものな」

 魔王は意地の悪い笑顔でこちらを見てくる。結局私の予想した通りからかってきた。

「そんな大泣きはしてないもん!」

「えぇ~。だったらやっぱりボクが助けに行けばよかったな~♪そしたらボクに泣きついてきたわけでしょ」

「フン。まずお前だったらこいつの下にすら辿り着けんわ」

「なに!?そんなことないって!ボクのえりちゃんに対する愛は負けてないからネ!」

「ちょっと~、それよりいつまで魔王様にお姫様抱っこされてるのよ!羨ま、じゃない、図々しい~!さっさと離れなさいよ!」

 サキュアは私の腕をグイグイと引っ張って引き離そうとする。背中と腰が痛む私は、半ば本気で彼女を振り払った。

「いやいや私、背中と腰を強打して自力じゃ動けないんだって!今すぐセイラちゃんに治してもらいたいくらいだから!お願いだからあまり刺激しないで!怪我に響く」

「あ、だったらボクが変わろうか魔王様?これから色々と指示出しとかで忙しいだろうし。ストラはもう配下に預けてきてボク身軽だから」

「お前に預けるくらいならジークフリートのペガサスに乗せる。いや、それかお前が代わりに指示出しで走り回れば済む話だな」

「なんでよ~!ボクを押しのけてえりちゃんを助けに行ったんだから、今度はボクがおいしい思いする番でしょ~!代わってヨ~!」

「ちょ、ちょっと!だから揺らさないでキュリオ!響いて痛いから!」

 サキュアも参戦して無理矢理引きはがそうとしてくるので、ジークフリートとペガサスがそれぞれ二人を掴んで引き離してくれた。潜入組にジークフリートがいてくれて本当に良かった。

 城が跡形もなく崩れ落ちると、城の周りで戦っていた魔王軍は一斉に歓声を上げ始めた。城がなくなったことで、クロウリーが倒され、魔王軍側の勝利が確定したと思ったようだ。魔王を称えて叫ぶ者たちもいる。

「我が軍の勝利だぁ~!魔王様万歳!魔王様ばんざ~い!」

「城を跡形もなく壊すとはさすが魔王様!」

「やっぱり魔王様が最強だぁ~!ばんざ~い!」

 地上の大騒ぎはみるみる伝播し、生き残っていた敵軍は戦意を失くして武器を落としたり、力なく座り込む者もいた。一部の三つ目族は早々に見切りをつけて空間転移して逃げたようだ。

「な、なんか、すごいお祭り騒ぎみたいになってるね。しかもフェンリスが城まで壊したことになってるし」

「最後は俺やクロウリーと言うより、父上が壊したようなものだが」

「あ!そうそう!さっき先代様の魔力を感じ取ったんだけど、あれって何!?」

「あぁ。えりの能力で一時的に父上が現れてな、クロウリーは結局父上がトドメを刺された」

「先代様が!?一時的、ということは、もうお会いにはなれないのですか」

 ジークフリートの問いに、私が申し訳なさそうに頷く。

 ジークフリートたちももう一度フェイラスに会いたかったと残念そうに肩を落とした。

「魔王様最強~!魔王様万歳!ついでに俺たち獣人族も最強!獣人族ばんざ~い!」

「「「あ゛ぁ!?」」」

 レオンが豪快に笑って大声で叫ぶと、隣に布陣して戦っていた魚人族がすぐに反応した。対抗心を燃やし、負けじと大勢で叫び返した。

「「「魚人族こそ最強!!!魚人族ばんざ~い!!!」」」

「なに~!?おい野郎ども!負けるな!俺たち獣人族が最強だ!」

 レオンは配下に命じると、更に全軍で一族を称えて叫び返した。すぐにそれに張り合って魚人族は叫び返す。

 魔王を称える叫びから一転、地上が一族同士の応援合戦へと変わった。

 私たちが呆れて地上を見下ろしていると、空にいた竜人族が面白がって地上に降りて応援合戦へと参加していった。

 私は大音量に両耳を押さえると、苦労の絶えない魔王に同情の眼差しを送った。

「本当に大変だね。このみんなをまとめる王様は」

「個性豊かと言えば聞こえはいいが、我の強い自由人ばかりだからな。幹部どもが率先して自由なのも悪い。コラ!これ以上面白がって参戦しに行くな!絶対離すなよジークフリート!」

 引っ掻き回そうと下に降りようとしたドラキュリオの行動をいち早く察知し、魔王は拘束するジークフリートに厳命した。

 大きな戦いを終えて疲れが見える魔王だが、魔界を統べる王として、念話を通して配下たちの騒ぎを静めにかかった。

 私はそんな彼の腕の中で、眉間に刻まれる皺に苦笑しながら彼の頑張りを温かく見守るのだった―――。

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