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第三幕・魔王編 第五話 前へと進むために

 長い間ずっと繰り返し同じような夢を見ていた私は、ようやく全てから解放されて深い眠りについた。相当疲れていたのか、夢すら見ないほど熟睡しきっていた。

 それからどのくらい経ったのだろうか。失われた体力が回復し、眠りが浅くなってきた頃、私は顔に嫌な感覚を感じ取った。

(………ん?何だろう。誰かが、私の頬に触れて……)

 私はすぐ近くに誰かの気配を感じ取った。その人物は私の頬にそっと手を触れると、親指で優しく撫でた。

 しばらくされるがままになっていたが、その人物が頬を指で軽くつまむような仕草をしたため、私は目を閉じたまま驚くべきスピードでその手を掴んだ。

「ッ!?」

 軽く息を呑んだ気配を耳にし、私はゆっくりと瞼を開いた。そこには案の定私の頬を引っ張ろうとしていた魔王がいた。

「……油断も隙もない。寝ている人の頬を引っ張ろうとするとは」

「…フン。貴様がいつまでも眠りこけているのがいけないのだろう。むしろ起こしてやった俺に感謝するがいい」

 相も変わらず偉そうな彼に、逆にいつも通りすぎて安心してしまった。少し前まではもっと余裕がなく、常に張り詰めて魔王としての責務に当たっていたはず。私が寝ている間にだいぶ心に余裕ができて、いつもの偉そうで意地悪な彼が戻ってきたようだ。

 私の頬から大人しく手を放した魔王の手を解放したところで、私は急速に頭が回転を始め、今の状況を理解し始めた。

 寝心地の良いふかふかのベッドは魔王のもので、私は魔王のベッドでずっと寝かされていたようだ。そして何故か彼は私と一緒にベッドに横になっており、肩ひじをついて私を眺めている。

「な、なな!?何で一緒に寝てるの!?いつから!?」

「何だその言い草は。そもそもここは俺の部屋で、これは俺のベッドなんだが?自分のベッドで寝てなにが悪い。俺は貸してやってる側だぞ」

「い、いや!そうかもしれないけど!」

 私は耳まで真っ赤にすると、羞恥から布団で顔を半分隠した。ついでに寝癖も修正する。

 魔王は私の反応が面白くお気に召したのか、意地悪な笑顔で追い討ちをかけてくる。

「安心しろ。他の奴らにはお前の醜態は黙っておいてやる。寝言やらいびきやらな」

「エッ!?嘘!?ね、寝言なんて言ってないもん!嘘つかないでよね!い、いびきだってそんなすごいものかいていないはず…」

「寝ているくせに何故そう断言できる。真実を知るのは俺だけだ」

「うぅ~!絶対嘘でしょう!メチャクチャ悪い顔で笑ってるもん!完璧からかってるでしょう!」

 ギャーギャー言い返していると、魔王は私の頭をポンッと一つ叩くとベッドから出た。そして辛うじて聞こえる声で、そのぐらい元気ならもう大丈夫だな、と小さく呟いた。背中を見せているのでわからないが、優しい声音だったので多分笑ってくれていた気がする。

 魔王は魔法でさっといつもの服に着替えると、ベッドから身を起こした私にいつか聞いた台詞を言い放つ。

「一応病み上がりだからな。勝手に一人で出歩くなよ。大人しく部屋にいろ。能力を使うことも禁ずる。朝食はケルに言って後で届けさせる。それが済んだらクロロの診察も受けてもらうからな」

「また一人で出歩くの禁止令!?部屋からも出ちゃいけないの!?記憶が朧げだけど、無事この間の戦争には勝ったんだよね?もうそんなに警戒する必要ないんじゃ」

「駄目だ。もう貴様のことは一切信用できん。俺に何の断りもなくあんな大掛かりな妄想をし、一週間以上も眠り続ける始末。己の体への負担など何一つ考えていなかっただろう、馬鹿者が。お前を野放しにするとろくなことがないともう学んだ。ひとまずケルをつけるが、ケルがいない時は出歩くのは禁止だ。いいな!」

「そ、そんな要注意人物扱い…」

 魔王の脅すような睨みに気圧され、私は渋々頷いた。

 彼が部屋から出て行った後、私は改めて現状把握をした。

(私、タイムリープの妄想が解けてから一週間以上も寝てたんだ。まさかそんなに体に負担がかかっていたとは。確かに能力が解けた後、自分じゃ指一つ動けないくらい衰弱してたもんなぁ。口は悪いけど、根は優しいからフェンリスも心配してくれてたってことだよね。……もしかして、毎日横でいつ目覚めるか見てたわけじゃないよね?)

 私は先ほどまで彼が寝ていた隣を見やる。とても広いダブルベッドなので、普通に二人並んで寝ても狭くはない。別に密着していたわけではないのだが、今更心臓がドクドクと大きな音を立てて鳴っている。

(オタクには刺激が強すぎるイベントだ。あ、あまり意識しないほうがいい。さっきだってメチャクチャからかわれたし。フェンリスからして見れば、いじると面白い玩具ぐらいにしか思われてないだろうしね。変に意識したら、またいじられて遊ばれそう)

 私は胸に手を当てて心を落ち着かせると、ケルが来るまでに軽く身なりを整えるのだった。




 それから四日後。体調が万全になった私は今、ケルと一緒に作戦会議室へと足を運んでいる。ここ数日は忙しい魔王に代わり、ケルベロスがずっと寝ていた私に現状報告をしてくれた。

 キナリス国跡地での決戦後、クロウリーはずっと自分の領域に立て籠もって力を蓄えているらしい。協力関係にあったガイゼルとももう接触していないようで、完全に孤立状態なのだそうだ。

 魔王軍は引き続き星の戦士たちと協力を続けており、双方共に裏切者との最後の決着に備えて準備を進めているとのことだった。この長きに渡る戦争の元凶であるクロウリーとガイゼル。二人が裁かれるのももう時間の問題だろう。

「……それにしても、魔王の過保護にも困ったもんだよねー。昨日はケルちゃんが用事でいなかったから、ジャックが訪ねて来てくれるまで一歩も部屋から出れなかったんだよ」

 私はむくれた顔を作りながら、手を繋いで一緒に歩くケルに文句を垂れた。

 目を覚まして以降も、私は引き続き魔王の部屋で寝泊まりを余儀なくされていた。自分の部屋に戻って休もうとしていたところ、結界が弱くて危ないからと強制的に魔王の部屋へと戻されたのだ。

 私はまた魔王の隣で寝ることになるのかと警戒したのだが、彼は仕事が忙しいのか一度も部屋で寝ていない。きっとまた会議室で椅子に座りながら寝たりしているのだろう。

(どこでも寝れるって前に言ってたけど、さすがに毎日だと体壊すんじゃ…)

 私が心の中でそう呟いていると、ケルが楽しそうな笑い声を上げてから私に同情してきた。

「仕方がないよ。お姉ちゃんがずっと眠り続けている間、魔王様すっごく心配してたから。過保護にもなっちゃうよ。それにお姉ちゃんは魔族じゃなくてか弱い人間だから、余計心配になっちゃうんじゃない」

「それにしたって厳しすぎ。いくらフェンリスの部屋が一番強力な結界が張ってあるからって、何もずっと寝泊まりさせなくても。後はもうクロウリーを倒すだけなんだし、そんなに城の中でまで警戒しなくても大丈夫じゃない?もう内通者問題だって解決してるし」

「む~。油断は禁物だよ。いくら城の中だって、クロウリーが何か仕掛けてこないとは限らない。そしたら魔王様と仲が良いお姉ちゃんが狙われる可能性もゼロじゃないよ」

「フェンリスと仲が良い?第三者から見るとそう見えるの?」

 私はしょっちゅう言い合いやイジメられている図を思い出し、心外とばかりに苦い顔をした。ケルは私の顔を見て更に笑顔を深める。

「仲良しだよ!先代様とリアナ姫に成りきっている時だって、息ピッタリだったもん!お姉ちゃんと一緒にいる時の魔王様はいつも心が穏やかだし」

「そりゃあたくさん練習したから息ピッタリにはなるよ。ていうか、心が穏やか?あれで?」

 私は苦笑いしながら、ちょうど到着した作戦会議室の扉を開ける。

 中には魔王と任務の報告をとっくに終えているであろうサキュアがいた。相変わらず魔王に絡みまくって迷惑をかけているようだ。

「あぁ~!来たわね!二人目の恋のライバル!ちょうど挨拶に行こうと思ってたところよ!」

 サキュアは魔王から離れると、ツカツカと私に歩み寄ってきた。

 彼女はドラキュリオたちに救出された次の日に目を覚まし、付きっきりで看てくれたメルフィナから全ての事情を聞かされたそうだ。操られている間の記憶もちゃんとあり、すごい勢いで愛する魔王にそれは深々と謝罪したらしい。もちろん魔王は特に罰を与えることもなく、今まで通りサキュアを働かせている。彼女は一応クロウリーの配下だったが、今は再びドラキュリオ所属の配下に戻したそうだ。

「久しぶりサキュア。無事に正気に戻ったそうで何よりだよ」

「うっ…。そ、そうね。その節は迷惑をかけたわ」

 私は彼女の怒涛のペースに飲み込まれないよう、先手を打って話しかけた。予想通りサキュアは出鼻を挫かれている。私はそのまま彼女の攻撃にさらされないよう、ケルを間に挟んで魔王の下へ移動しようとする。

「でもそれはそれよ!よくもサキュアの目を盗んで魔王様を誘惑してくれたわね~!しかも今、魔王様のお部屋に寝泊まりしているそうじゃない!なんて羨ましいことしてくれてんのよ~!サキュアだってまだ一度も魔王様のお部屋にお邪魔したことないのにィ!人間だからってか弱いことアピールして、無理矢理お部屋に居座ってるんでしょう!卑怯よ~!魔王様のお優しい心に付け込んで~!」

「ちょ、ちょっと!サキュア落ち着いて!濡れ衣だから!私は自分の部屋に戻りたいと思って」

「問答無用よ~☆」

 結局サキュアとのバトルは避けられず、間に入っていたケルがサキュアから守ってくれた。いつもならばメリィが彼女の暴走を止めてくれるのだが、メリィはまだクロロの研究室で眠ったままだ。

 私はケルに任せて魔王の傍へ移動したが、魔王はサキュアの猛アタックを受けていたせいか既に疲弊していた。

「だ、大丈夫?」

「お前たちがもう少し早く来てくれていればな」

「いやまさかサキュアに絡まれているとは思わないからさ。クロロがいればよかったのにね」

「あいつはさっきロイド王のところに使いに出した。こんなことならあと一時間遅く使いに出すべきだったな」

 魔王が本気で後悔しているので、私はくすくすと笑ってしまった。彼はジロッとこちらを睨んでくるが、笑っている私を見たら何も言わずに睨むのを止めた。いつもなら頬を引っ張るか憎まれ口を叩くのだが珍しい。

「いいから外野はすっこんでなさい!」

「うわぁ!?」

 ケルを無理矢理排除したサキュアは、ズンズンと私の前に歩いてくる。胸倉でも掴んでくる勢いで距離を詰められ、私はじりっと後退った。


 サキュアが何かする前におじいちゃん直伝の結界を張ろうとしたその時、勢いよく会議室の扉が開かれた。

「フェンリスよ。話があるというからわざわざ妾が来てやったぞ。おぉ!えりも一緒か!……ん?」

 開かれた扉を見やると、そこには先日和解したネプチューンが立っていた。彼女はサキュアに詰められている私を見ると、すぅっと殺気を纏わせる。

「フェンリスに付きまとう女狐が。えりに詰め寄って何をしておる。今すぐ離れねば妾の矛で貫くぞ」

「え、ちょ、何でこっちの味方するわけ!?普通同じ魔族の味方じゃないの!?」

「フェンリスに必要なのは魔族の娘ではない。リアナのような優しき人間じゃ!」

 ネプチューンはトライデントを出すと、サキュアを矛で追いかけ回した。さすがに相手が七天魔ともなると歯が立たないのか、サキュアはひたすら逃げ回っている。

 ネプチューンとは二日前に会っており、何故か私はとても気に入られていた。戦場で見た時は高飛車な女王様で、おじいちゃんからもキツイ性格の人だと聞いていたのだが、これからも魔王を支えてやってくれと親身に頼まれてしまった。メリィの記憶で見たリアナ姫と話していた時と雰囲気が似ており、私がリアナ姫と同じ人間のため気に入ってくれたのかもしれない。妄想でリアナ姫に変身して騙したことも謝ったのだが、意外にも怒られずに済んだほどである。

「なんかよくわからないけど、ネプチューンが来てくれて助かった。危うく暴走サキュアに巻き込まれるところだったよ」

 私はサキュアに吹っ飛ばされたケルを引っ張り起こす。

「…ネプチューンはすっかり母上がいた頃に戻ってしまってな。まるで俺の叔母か姑のように振る舞っている。もしネプチューンに何か言われても鵜呑みにしなくていいぞ」

「はぁ。要するに、大事な親友の息子が心配なわけだ。とにかくネプチューンとも和解できて良かったよ」

「うんうん!お姉ちゃんにも優しいしね!魔王様のことをこれからもよろしくってお姉ちゃんに頼んでたよ!」

「な!?勝手になにを!…ネプチューンが言うことは右から左に流しておけ。いいな!」

「そ、そんな念押ししなくても。まだフェンリスの子供の頃の話とかは聞いてないよ」

「そんな話はしていない!子供の頃の話など聞いたらただじゃおかないぞ!」

 軽くオーラを纏って取り乱している魔王に、私は黙って了承した。

 それからネプチューンの手でサキュアが追い出され、会議室はやっと静かになった。魔王に呼ばれてやって来たというネプチューンは、本題に入る前に明日の予定について魔王に問いただした。

「明日は確か例の日じゃが、どうするつもりじゃ?いつものように全員を外出禁止にするつもりかえ?」

 外出禁止と聞き、私は明日が何の日なのかを理解した。明日はどうやら魔王が一日人間になってしまう日のようだ。いつもなら城にいる全員を外出禁止にし、外からも人を招かないようにする。そして人間の姿を誰にも見られないよう、魔王はいつも閉じこもっているはずだ。

 しかしこの間の決戦の日に魔王は全員に人間の姿を晒している。クロウリーを除く幹部たちからも特に批判は受けていなかった。もう人間の姿を見られても問題はないだろう。

「………いや。特に制限は設けない。皆いつも通り過ごせばいい。俺は…、引き籠ったりするかもしれんが」

「なんじゃ。まだハーフを気にしておるのか。いつまでもうじうじみっともない男じゃのう。妾は人間の時の方が好きじゃぞ。その方がリアナに面影が似ておるからのう」

「ぶれないなお前は。ひたすら母上か。まぁ、明日も色々調整しなければならぬ仕事がある。それが片付くまでは引き籠らん」

 あれほど頑なに他の人に人間の姿を見せるのを嫌がっていた魔王が、ここ数日でとても成長していた。私はそれがとても嬉しく、自然と笑みがこぼれた。

「さて、俺はネプチューンと話がある。お前たちは席を外せ」

「えぇ~。私も話があってきたんだけど」

「お前の要望は却下だ。今まで通り俺の部屋で寝ろ。一人の時は出歩くのは禁止。星の戦士に会いに外に出るのも安全面を考え許可できない。以上だ」

「まだ何も言ってないのに!いつの間にか過保護すぎやしませんか」

 私は魔王に抗議の姿勢を見せる。それを彼は鼻で笑って言い放った。

「俺はもう学習したからな。お前の辞書には警戒という言葉が無いと。自分の身を疎かにする奴に自由など与えん。悔しかったら警戒心を学ぶことだ」

「な、なんですってぇ~!たった一回危ない目にあったくらいで厳戒態勢すぎるっての!そう何度も同じ目に合わないってば!」

「普通ならばそうだが、緊張感のないお前に限っていえば十分同じ目に合う可能性が高い。次もまた俺とクロロが守ってやれる可能性はないんだぞ。自分の希望を通したければ、せめて自分の身を守れるようになってから言え」

「うぐぐぐ。今に見てなさい。私には妄想という最強能力があるんだから!」

 私は悔し気に言い返すと、大股で会議室を後にするのだった。

「またあいつは…。ケル、無茶な妄想をしないよう見張っておけ。もしもの時は力ずくで止めて俺に報告しろ」

「うん!わかった!」

 素直に返事をすると、ケルもパタパタとその後を追いかけて行った。

 むくれて出て行った背中を見送った魔王は小さく息を吐いた。その様子を見ていたネプチューンは楽しそうに笑う。

「アッハッハ!ずいぶんと大事にしているのう。まるで先代様を見ているようじゃ」

「別にそういうつもりじゃない。あいつは元々この世界の人間ではないから、こちらの世界の事情に巻き込んで命を落とすようなことがあってはならないと思っているだけだ」

「ほ~う。それはお優しいことじゃのう。まぁでも、用心しておくに越したことはないのう。先代様の時もリアナが狙われた。同じようにえりが狙われても不思議ではない。えりのことで困ったことがあったら妾に相談せよ。力になるぞ」

「……お前があいつに余計なことを吹き込まないのであれば頼ってもいい」

 魔王の言い草に、またもネプチューンは大笑いするのだった。




 次の日。私はケルと共にまた作戦会議室へと訪れた。

 昨日口喧嘩をしたというのになんで会いに来たのかと言うと、人間の姿をしている魔王に会いたかったからである。人間の姿をしている時の彼は、纏う空気が柔らかくなり、言動もいつもよりほんの少しだけ優しい気がする。目元の鋭さもなくなるので、どちらかと言うと人間顔の方が私は好みだった。

(まぁただ単純に人間の時の方が優しいから好きなだけかもしれないけど)

 私たちが会議室へと入ると、すでにそこはカオスな状態になっていた。

「ええい!お前たちいい加減に帰れ!任務があるやつはさっさと任務に行け!」

「や~だよ~!クロウリーの奴が攻めて来たら大変だからネ。特別に今日はボクが傍で守ってあげるよ」

「お前はただ任務をサボりたいだけだろ。じいの結界もあるし、いざという時はクロロもいる。鬱陶しいから離れろ」

「元人間のクロロじゃ頼りないってばぁ!この間の戦場の時だってボクが守ってあげたかったのに、じーちゃんに役目を取られちゃったんだから。今日はボクが傍にいる!」

 ドラキュリオは椅子に座る人間姿の魔王の隣から意地でも動かない。そしてその反対側には、正面扉にいるはずのジークフリートが控えていた。

「ジークフリート。お前まで何故ここにいる。正面の守りはどうした」

「ウィンスにきちんと見張らせております。俺もドラキュリオと同じく、今日は魔王様をお傍でお守り致したく」

「いらん。さっさと持ち場に戻れ。ドラキュリオじゃないんだ。二度も言わせるなよ」

 ジークフリートは渋々頷くと、名残惜しそうに魔王の傍を離れる。

「それでレオン。貴様にはドラキュリオと同じく魔界の治安維持を頼んでいたはずだが、何故ここで油を売っている」

「いやぁ。決戦の時は遠目だったから全然見えなくってよぉ。せっかくだから久々に人間の姿を拝みに来たぜ。ガキの頃以来だな。あの頃より少し可愛げがなくなったか」

「冷やかしは帰れ!さっさと仕事をしろ!」

「そうじゃぞ脳筋な獣よ。フェンリスの仕事の邪魔をするでない」

「誰が脳筋な獣だ!お前こそ魔王様の叔母気取りしてんじゃねぇぞ魚ババア!ついこの間まで敵だったくせに!」

「誰が魚ババアじゃ!串刺しで焼かれたいのか!」

「喧嘩だったら外でやれお前ら!」

 血管がはち切れそうな魔王を気遣い、ジークフリートが持ち場に戻るついでに二人を会議室から退場させた。

「苦労が絶えないわねぇ魔王様。言う事をきかない者たちばかりで」

「お前もな、サラマンダー。人間界で物資の輸送を任せていたはずだが?」

「あら。私はちゃんと配下に命じて任務を遂行してるわよ。今日はたまたま報告に寄っただけ」

「報告?なんだ」

「物資の輸送の速さを競うレースを坊やが仕掛けてきてね。面白そうだから乗ってみようかと思うんだけれど」

「却下だ!何を考えているんだあの空賊は!物資の荷崩れが起こるから絶対に止めろ!」

「残念だわ。じゃあ緊張感に欠けるけど、物資を輸送した後にレースすることにするわ」

 サラマンダーは妖艶な笑みで微笑むと、人間姿の魔王に手を振って立ち去って行った。

 どっちにしろレース勝負をするのは決定事項らしい。


 どっと疲れている魔王を憐みつつ、私は彼の前までやって来た。

「今日は大盛況だね~。みんな魔王に会いたくてわざわざやって来たんだ。愛されてる~」

 私はちょっと茶化して言ったが、それに言い返せるほどの体力がすでに魔王にはなかった。まだお昼前なのにだいぶお疲れのようだ。

「お前は何の用だ」

「別に特に用はないけど。私もフェンリスの顔が見たかっただけ。ケルちゃんもそうだよね」

「うんうん!人間の魔王様は久しぶり~」

 ケルは魔王の膝に飛びついて嬉しそうに尻尾を振っている。魔王は表情を緩めると、優しくケルの頭を撫でてやった。子供の頃によく一緒に遊んでいたケルとドラキュリオには、何だかんだ言って甘いようだ。

「おじいちゃんとジャックは会いに来てないの?」

「おじいさんとジャックは皆と違って常識のある大人ですからね。きちんと与えられた任務をこなされていますよ」

 クロロはサボリ魔のドラキュリオにチクチクと視線を送る。

「そっか。あれ?そう言えばサキュアは?一番に会いに来そうなのに」

「サキュアならとっくに追い出されたヨ。ネプチューンの怒涛の攻めで。二日連続でいるなんて~、って泣いて帰って行ったよ」

「あはは。それは哀れな」

「フン。それに関してだけはネプチューンの働きを認めてやってもいい」

 魔王はうんうんと頷くと、対サキュアとしてこれからネプチューンを召喚することを決めたようだ。

 それからドラキュリオと一緒に会議室を追い出されるまで、しばらくの間みんなで他愛のない話をして過ごした。




 その日の夜。私は特に約束などはしていないが、バスケットを持って白い扉の前にやって来た。

(今までの経験上、フェンリスはこの時間だったらお母さんのお墓の前で黄昏てる気がする)

 私はランタンを掲げると、白い花畑が広がる部屋を目指して階段を下りた。靴音を鳴らしながら短い通路を歩いていくと、事前に人が来る気配を感じ取っていたのか、魔王はこちらを向いて待ち構えていた。

 私が手を振って名前を呼ぶと、彼はフイッと顔を背けてしまった。勝手に照れ隠しだと解釈し、私は笑顔でフェンリスの前に立った。

「今日も一日お仕事お疲れ様」

「……何の用だ」

「もう!いつもそればっか。たまにはもっと違うこと言えないの?」

 人間の時はあまり眉間に皺を寄せないのか、ただただむすっとした顔をしている。魔族の時はすごい大人びた印象を受けるが、人間の時はふとした表情の時にあどけなさが出る時がある。そんなところも密かに私は気に入っていた。

「じゃあ、その持っているものはなんだ。またジャックのお茶か?」

「よくぞ聞いてくれました!今日はジャックさんのお茶の他に、とっておきのものを用意しています!」

 そう言うと、早速私はバスケットの中からレジャーシートを取り出し、ティータイムの用意を始める。

 私の勝手な行動にも慣れたのか、魔王は無言で座ると私を眺めながらお茶が出てくるのを待っていた。十分に蒸らしてからお茶を注ぐと、ティーカップを魔王の前に置く。

「これでお茶は完了。さぁフェンリス、ここからがとっておき!……ジャーン!疲れた時の甘い物!私特製手作りプリンです!」

 プリンの上にクリームの層が乗っているカップを見せつけると、魔王は一瞬興味をそそられたようだったが、すぐに真顔に戻ってしまった。

「……前にも言ったが、別にもうプリンは好物じゃないぞ」

「うっそだ~!今一瞬プリンを見て目を輝かせてたよ」

「輝かせてない!誰がプリン如きで喜ぶか!」

「も~。素直じゃないなぁ。ケルちゃんなんか昼間喜んで食べてくれたのに。メリィの記憶通りに作ったから、フェンリスが子供の頃に食べてたものと一緒なはずだよ。メリィの作ったプリン大好物だったでしょ」

 私がプリンとスプーンを差し出しても、何をそんなに意地になっているのか、頑として彼は手をつけようとしなかった。そんなにプリンは子供っぽい食べ物なのだろうか。私の世界では万人に多く食べられているスイーツなのだが。

 私は最終手段とばかりに、いつもの仕返しが如く悪い笑みを浮かべた。

「ほら!フェンリス!せっかく作ったんだから!潔く食べないと無理矢理食べさせるよ!あ~ん!」

「ッ!?な、なに馬鹿なことをやっている!?絶対食べないからな!」

 頬を赤くして顔を背ける魔王。その取り乱しっぷりが可愛く、更に私は調子に乗って彼を追い詰めた。

「そうやっていつまでも我儘言わないの!ほら、あ~んして!あなた♪」

「あ゛!?お前それは、むぅ!?」

「隙あり!」

 私はニシシっと笑って、振り返った魔王の口に無理矢理スプーンを捻じ込んだ。彼は驚きに目を丸くした後、恨めしそうな目で私を見た。見事な私の作戦勝ちである。

「どう?美味しい?」

 にこにこ問いかける私を見るうちに意地を張っているのが疲れたのか、魔王はため息をついて観念した。

「………クリームが足らない」

「!アハハ!そういうかと思って、実はちゃんとフェンリス用にクリームたっぷりプリンを用意してます!はい、どうぞ」

 私はバスケットから一回り大きいカップを取り出す。そっちのプリンにはクリームがたっぷり乗せてある。フェンリスの前に置いてあげると、彼はじっとそれに釘付けになった。

(よっぽどプリンとクリームの組み合わせが好きみたいね)

 私は手元のプリンを口に運びながら微笑まし気に彼を見守る。

 そして私がお茶とプリンを堪能していると、魔王が私と私の手元を交互に見て何か言いたそうにしていた。

(もしかして私の分のプリンまで狙ってる?さっきまであれほど食べるのを拒否していたくせに)

「もっとプリン食べたいの?」

「そうじゃない。…お前が気にしていないならいい。俺のスプーンはどこだ」

「え!?あ、ごめんごめん!肝心なスプーン忘れてたね」

 私はバスケットからスプーンを取り出して魔王に渡す。ようやく彼はプリンにありついて心なしか嬉しそうにしていた。

(私の手元を見ていたのはプリンじゃなくてスプーンだったのか。俺の分はどうしたという無言の催促…)

 私はカラメルまで到達したプリンを味わいながら、ふと自分のスプーンを見る。

(…ていうか、これさっきフェンリスにあ~んしたスプーンじゃん!ついつい普通に食べちゃってたけど!さっきフェンリスが言ってた気にしてないならいいってそういうこと!?)

 私は今になって自分がどんどん恥ずかしくなってきていた。せっかく作ったプリンを食べてもらいたい一心で、普段なら絶対しないあ~んなどという恋人のようなイベントまでやってしまった。頬を赤らめて照れるフェンリスの反応が可愛く、後先考えずリア充イベントに手を出すとは、なんと愚かなことをしてしまったのだろう。

(うぅ。もう今更だけど、恥ずかしくて顔見れない…)

 機嫌良くプリンを堪能しているフェンリスの横で、私は気分が安らぐジャックのお茶を飲んで心を落ち着かせるのだった。



 ドキドキのティータイムを終え、私は鼻歌を歌いながら後片付けをする。すると、花を愛でていた魔王がご機嫌斜めで口を挟んできた。

「おいえり。その鼻歌は止めろ。せめて歌うなら別の歌にしろ」

「え?どうして?私のお気に入りの曲なのに」

「その歌はもう縁起が悪すぎる。またクリスタルに閉じこもる気か?」

「いやいや。そんな気全然ないから。なんかトラウマになっちゃってる?せっかく良い曲なのになぁ。ヒロインや仲間のために何度でも過去に戻ってやり直す、そんな主人公の心情を描いた歌なんだよ。この主人公がまたイケメンでかっこよくてさぁ~♪」

 私はついついオタク熱を発揮し、興奮した口調で話してしまった。

「イケメンでかっこいい?所詮物語の人物だろう。なにをそんなにはしゃぐ」

 冷静に若干引いた声で言う魔王に、私の熱は一瞬で冷めた。

「仰る通り。確かに二次元の話ですけど~。二次元には三次元にはないロマンや癒しがあるんです~」

「何を拗ねている。作り話の男なんかで。実際に過去に戻ってやり直し、お前を眠りから救ったのは俺だぞ」

 魔王は私の頬に手を伸ばすと、いつもと違って優しくふにっと摘まんだ。視線が交わると、何故か心臓がドキンと跳ねて鼓動が早くなった。

「そ、そうですね~。フェンリスが最後まで諦めなかったから。ちゃんと感謝してるよ」

 私は視線を逸らしながら、なるべく不審に思われないように言葉を返す。

 魔王は頬から手を放すと、さして気にせず話題を変えてきた。変な空気にならずに大変助かる。

「お前にはまだ言ってなかったが、近いうちにまた星の戦士たちを城に招こうと思っている。それぞれ最後の決着をつける前に、わだかまりは解消しておいたほうがいいかと思ってな」

「わだかまり?」

 ティーセットをしまい終わった私は、首を傾げて先を促す。

「お前も知っての通り、隠密殿様はネプチューンの側近であるタイガという者に、大事な側近を討ち取られている。戦争をしているから生き死には当然だとしても、憎しみは消えずに残っているだろう。せっかくの機会だから、大事な決戦の前に場を設けてやろうと思ってな」

「そういうこと…。でも、その場って、話し合いとかするの?殺しちゃってごめんなさいって」

「まさか。おそらく戦いになるだろうな。昨日ネプチューンを呼びつけたのも、その話をするためだったんだ」

 当然のことのように『戦い』という魔王に、私はすぐに待ったをかける。

「ちょっと!戦いになるのはダメでしょ!せっかく同盟を結んでるのに!場合によっては同盟破棄ってこともありえるじゃん!もっと穏便に解決しようよ!」

「穏便って。命を奪っているんだ。どう転んでも穏便になんていかないだろう。当人たちがやり合って気が済むというのなら、俺はそれを尊重するまでだ。結局のところ、場を提供するだけで、他者が口を挟むべきじゃない」

「それは…、そうなのかもしれないけど……」

「大丈夫だ。ネプチューンには絶対に殺したりするなと言い含めてある。殺されるとしたら、ネプチューンか、もしくはタイガだろう」

 魔王はレジャーシートから立ち上がる。配下が殺されるかもしれないというのに、彼は全然気にかける様子がない。配下の強さを信じているのか、はたまた凪と通じ合えると信じているのか。

 私はもやもやしながら立ち上がると、レジャーシートを畳み始めた。

「それといい加減、小僧とも話をしなければな」

「え?小僧って、カイトのことだよね?なに?カイトともわだかまりがあるの?」

 シートを折々しながら魔王を見ると、彼は遠くを見つめて哀し気な目をしていた。彼がそんな目をする時は、決まって故人を思い出す時だった。

「どうしたの?大丈夫?」

 心配して私が腕に触れると、魔王は私の手を握ってポツポツと言った。

「約束したのだ。最期の時に。だが、それを守って、生きている者の歩みが鈍るのなら、俺は……小僧に話すべきなのかもしれない」

「カイトに、話す……。一体、誰と約束したの?」

「…前の、星の戦士のリーダー。ラルシェルドという者だ」

「カイトの、前のリーダー?」

 私はその後、魔王が一人でずっと胸に抱えてきた秘密を打ち明けられた。




 それから二日後。魔王城に星の戦士一行が訪れた。名目上は最終決戦に向けての調整だったが、本当の目的は凪とネプチューンたち、カイトと魔王の和解の機会を設けることだった。

 午前中に作戦会議室でクロロが中心になって打ち合わせを終えると、一緒に昼食を取ってから午後は交流の時間になった。

 ロイド王を通じて話は通してあったのか、凪と佐久間は特に反対することなくネプチューンと一緒に移動していく。

「すでに訓練場にはタイガを待たせておる。話はそちらについてからしようぞ」

「…うむ。承知した」

 三人が重苦しい空気で会議室から出て行くので、事情を知らない面々はその組み合わせから不穏な想像をしたようだ。

「ちょっと、あの三人の組み合わせ大丈夫なの?嫌な予感しかしないわよ」

「凪様の側近だった、日向様の仇ともいえる方ですからね。ついて行ったほうがよろしいでしょうか?」

「そこで僕を見て判断されても。とりあえず嫌な予感とかはしないから、命の危険とかはなさそうだよ。放っておいていいんじゃない。外野があまり口を出してもよくないし。良い機会だからお互いに腹を割って話せば」

 ニコがそう言うので、セイラとメルフィナはひとまず納得したようだった。神の子への信頼は絶大なようだ。

「ねぇねぇ神の子!賭け事で負けたことないんでしょ?だったら試しにカードゲームに付き合ってヨ!本当に負けないのか検証するから。ケル!サキュア!お前らも一緒にやろ!」

「む?いいよ!キュリオがイカサマしないなら」

「なに言ってんだ。相手は神の子だぞ。むしろイカサマしないときっと勝てない。どうにかして三人で勝つんだ!」

「しょうがないわね~☆じゃあサキュアが一発魅了しちゃう?」

「アンタたちねぇ、卑怯なことするならアタシも魅了で参戦するわよ」

 そこからワイワイと賑やかになり、神の子・踊り子・聖女チーム対ドラキュリオ・ケル・サキュアチームのカードゲームが始まった。その横で、クロロとレオンが勝敗を予想して賭け事を始めている。ジャックは純粋にゲームの観戦だ。

 ちなみにフォードとサラマンダーは昼食が終わるなり二人して外に出て行った。レースの続きがどうとか言っていた気がする。そしてジークフリートは城の門番、おじいちゃんは任務で魔界の巡回に行っている。

 そんな中、魔族たちとすっかり打ち解けている仲間たちを見て、カイトは複雑な表情を浮かべている。魔王は椅子から立ち上がると、輪に入れていないカイトに声を掛けた。

「おい小僧。少し話がある。ちょっと付き合ってもらおうか」

「なに?………俺は別にお前と話すことなどない」

 カイトの冷たい拒絶によって、一気に魔王の眉間に深い皺が刻まれた。微かに黒いオーラが纏い始めている。私は魔王のイライラがこれ以上増えないよう、慌てて間に入った。

「カイト!私からもお願い!カイトにとってとても大事な話なの。場所を変えて落ち着いて話さない?」

「えりさん…。えりさんも一緒なら、まぁ、いいですけど」

「フン。俺だって最初から小僧と二人でなど話すつもりはない。安心しろ」

 魔王の棘のある言い方を聞き、カイトがギロッと睨みつける。話をする前に既に一触即発の状態だ。私は二人の間に入ると、定期的に宥めながら一緒に西の庭園へと移動するのだった。




 西の庭園に辿り着くと、私は噴水の縁に腰掛け、魔王とカイトは向かい合うようにその前に立った。

 遠く離れた反対側の東の訓練場から風に乗って微かな戦闘音が聞えてきているが、魔王は気にせず早速本題に入り始めた。

「話というのは他でもない。先代の星の戦士のリーダー、ラルシェルドについてだ」

「ッ!?ラルさんの!?……今更なんだ。謝罪でもするつもりか?」

 途端に殺気を漲らせ始めたカイトに、私は立ち上がって間に入ろうとする。しかし、魔王が手を上げてそれを制止てきた。私は言葉を飲み込むと、浮かした腰を元に戻した。

「今までラルシェルドに代わりリーダーとしてやってきたのだ。いくらお前でも薄々違和感に気づいてはいるだろう。俺の配下たちが無暗やたらに命を奪うような奴らではないと。少なくとも、父から俺の代になってからは、クロウリーが倒すべき相手だと明確に位置付けていた。だから俺は特に人間を不必要に追い詰めるような指示は配下たちに与えていなかった」

「……だったら、なんだ。お前は俺の持つ違和感の正体を知っているのか。ラルさんを殺したのも本当はお前じゃないって言いたいのか!?何人もの人間が血塗れのお前が去って行くのを見てる!今更言い逃れなんてできないぞ!………っ。ラルさんは、素晴らしい人だったんだ。気さくで、仲間想いで、ニコの予言みたいなものじゃないけど、収集した情報と経験則から、的確にみんなに指示を与えていた。それでみんな何度も助けられて、強くて頼りになる人だった。それなのに…!」

 カイトは憎悪に満ちた瞳を魔王に向ける。昨日魔王から全てを聞かされている私は、切なさで胸が苦しくなった。憎しみをぶつけられている魔王は、昨夜と同じ哀しい目でカイトを見ていた。

「ラルシェルドは、お前にとって指針になるような男だったのだな。だからこそ、ラルシェルドは真実を伏せておくよう頼んだのだろう。お前の理想を壊し、お前の剣が鈍らぬように」

「なんだよ。真実って。ラルさんと最期に何か話したのか!?」

「あぁ。本当は死に行く者の最期の願いを聞き届けてやるつもりだったが、生きている者が迷い、前に進めぬのならば、リーダーを継いだお前にだけでも全てを話すしかあるまい」

「ラルさんの、最期の願い…。一体、ラルさんに何があったんだ!?」

 魔王は静かに目を閉じると、数年前の記憶を遡り始めた。




 魔王が先代の跡を継いでから一年ほど経った頃、奇妙なほど戦況が魔王軍有利に傾き始めた。各戦場で次々に星の戦士が命を落とし、魔王軍の脅威となる能力者が数を減らしていったのだ。信用している配下たちには、もう無暗に人間の命を奪うなと言い含めてあった。それにもかかわらず、星の戦士たちは不自然に命を落としていた。

 魔王はすぐさまクロロに指示し、その原因を探らせた。しかしその調査の途中で、事態は急展開を迎えた。星の戦士たちを悪戯に殺し回っていた犯人と魔王が戦場で遭遇したのである。

『まさか、貴様だったのか。星の戦士たちを殺し回っていた犯人は。全く理解できんな。お前の仲間たちではなかったのか』

 魔王は今まさに仲間を手に掛けて返り血を浴びている、星の戦士のリーダー、ラルシェルドに問いかけた。

 ラルシェルドは涙を流しながら、殺した仲間が身につけていたスカーフを回収する。

 男の意図が読めず、魔王は警戒を強めるが、ふとすぐそばに半分以上機械化している人間を見つけて言葉を失った。正確に言うならばもう人間ではなく、機械魔族に近かった。その人間は女だったが、心臓になる部分に見知った魔力が宿っていた。機械魔族と同じ技法で造られており、魔力は憎きクロウリーのものだった。

 嫌な予感がして改めてラルシェルドを観察すると、彼にもクロウリーの魔力が宿っていた。完璧に傀儡になっているようではないが、精神魔法をかけられているのは間違いなかった。

『…いつからだ。いつからクロウリーの手駒に成り下がった』

『さすがは魔王だな。少し見ただけでお見通しとは。…クロウリー軍が俺の故郷の村を襲ったのは知ってるだろ。多分お前さんの命令じゃないと思うが』

『あぁ。あいつが勝手に村を半壊させたやつだな。もちろん覚えている。すぐさま謹慎処分にしたからな』

 ラルシェルドは機械化した女を引き寄せると、悔し気に涙を流した。

『その時に俺の恋人は魔族に殺された!体はバラバラになってて、一部しか遺体が見つからなかった!絶望している中休まず戦場に向かった俺は、すぐにクロウリーの奴に機械化した彼女を見せられたんだ!…そして、奴は取引を持ち掛けてきた。彼女の魂は星に還っていない。言う事を聞けば、再び機械化した彼女に魂を宿らせ会わせてやると!』

 ラルシェルドは怒りと哀しみで体を震わせた。魔王もクロウリーのあまりの所業に、怒りで腸が煮えくり返っていた。一体何人もの人生を歪めれば気が済むのかと、今すぐ目の前で激昂したいほどだった。

『それで、クロウリーの指示で、仲間を殺して回っていたのか。恋人と、再び会うために…』

『……彼女には、もう何度も会っているんだ。仲間を一人殺す度にな。だが、一日経つと彼女の魂はクロウリーの力で封印されてしまうようで、何も話さぬ機械に戻ってしまう』

『そして再び仲間を殺すのか…。全く、糞みたいな仕掛けだな』

 魔王は吐き捨てるように言うと、怒りで黒いオーラを膨れ上がらせた。

『会う度に彼女には止められるんだが、もう俺自身も精神魔法がかけられているようで、抗えなくなっている。……愚かなことだと分かっていた。もう死んでいるというのに、彼女の魂を助けるためだと自分を正当化した。一番初めに仲間をこの手にかけた時に、俺はもう堕ちて、引き返せなくなってしまったんだ』

『お前のその選択で、お前を信じ、ついてきた罪のない多くの仲間たちが命を落とした。同情はするが、もうお前は手を汚し過ぎた。行きつくところは星ではなく地獄だろうな』

『…だろうな。それでももう構わん。これ以上俺が仲間の命を奪う前に、お前さんの手で殺してくれ。彼女ごと。魔王ほどの力だったら精神魔法を解くこともできるだろうが、仲間の血で染まった手でこれ以上戦えない。いや、生きていたくない。……殺してくれ』

 ラルシェルドはもの言わぬ機械化した恋人を抱きしめながら、敵である魔王に懇願した。

 ラルシェルドとは戦場で何度か戦ったことがあったが、いつも自信に満ち溢れ、常に周りを引っ張っていくリーダーシップのある男だった。こんな弱く、情けない姿を見たのは後にも先にもこの時が初めてだった。

 魔王は敵ながら、その実力を認めていた男に頼まれ、断腸の思いでその願いを聞き届けた。

『やっぱりお前さんは良い奴だったな。剣を交えていたから分かる。魔王と恐れられちゃいるが、根っこは俺たち人間とそう変わらん善人だってな。戦争なんてもんがなきゃ、お前さんとは友人になれたと思うのに』

『フン。お前のような甘い友人はいらん。色々と世話が焼けそうだからな。もし今度生まれ変われるとしたら、大局を見極め、自分にも厳しい者になれ。…そうすれば道を誤ることもあるまい』

『ハハッ。顔に似合わずやっぱ優しいわアンタ。優しいついでにもう一つだけ。仲間たちには今回のことは黙っておいてくれないか?真実を告げても混乱するだけだ。特に俺を慕うカイトなんかは、信じるものが揺らぎ剣が鈍りかねない。人間側を弱体させて戦争に勝つのがお前さんの目的ではないんだろ、きっと。だったら頼む。秘密にしておいてくれ』

 魔王は遺言として、その願いを受け入れた。仲間の間で慕われていた彼のままで人々の記憶に残るように、自分の胸の中にだけしまっておくことにした。

『いつか人間側と和解する時がきたら力になってあげたかったが、すまないな…。虫のいい話だが、俺の仲間たちが奴の餌食にならないよう、守ってやってくれ…』

『最期の願いが多すぎるぞ馬鹿者』

 瞳に哀しみを湛えながら暗黒剣を召喚した魔王は、機械化した彼の恋人ごと苦しませずに一刀両断したのだった。

 そして間もなくして、異変を嗅ぎ付けた人間の兵がその場に駆け付ける。魔王は機械化した恋人を傍に残すと人間側に不審に思われると考え、隠すように抱えてすぐに空間転移してその場から離れたのだった。




 魔王からラルシェルドの死の真相を聞かされたカイトは、途中から言葉を失って立ち尽くしていた。余程ショックを受けているのか、先ほどからろくに瞬きをしていない。

 昨夜私が話を聞かされた時も相当ショックを受けたのだ。実際に知り合いだったカイトでは衝撃の度合いも私の比ではないだろう。

 全てを話し終わり、じっとカイトの反応を待っていたが、やがて彼は絞り出すように呟いた。

「………あの頃、時々ラルさんの立てた作戦が裏目に出ることがあったんだ。それまでは隙のない作戦ばかりだったのに。それで時折責任を取ってラルさんが援軍に行ったり、何も言わずにどこかに姿を消す時があって…。でもそれは、俺たちのために影で色々と動いて戦局を変えようとしてくれているんだと…!」

「………。あの頃に一気に星の戦士の数は減った。奴の剣の腕はかなり良かった。更に仲間同士だったのだから、背後から簡単に殺れただろう。もっと早く俺が異変を感じ取れて入れば、もっと被害が出る前に抑えられたかもしれん。……今のお前には、気休めにもならん言葉だろうがな」

 魔王は俯いてしまったカイトを心配するように見つめる。いつも小僧呼ばわりしているが、大事な者を亡くした痛みを知っている魔王は、カイトのような人を放っておけないのかもしれない。

 私たちはカイトが落ち着くまでずっと待っていた。

 遠くではネプチューンのもののような水飛沫が上がっており、反対側でも和解するために互いに向き合っているようだった。

 やがてカイトは顔を上げると、涙を堪えて歯を食いしばっていた。

「お前の言うように、俺も馬鹿じゃない。あの頃の違和感や、周りにいる魔族たちが冷酷で残忍な奴じゃないとは気づいていた。同盟を結んでからずっと観察していたが、当時俺たちの仲間を容赦なく殺していただろう魔族のようには誰も見えなかった。当時はあんなに頻繁に殺されていたのに」

 カイトは感情を高ぶらせ、拳をぶるぶると震わせている。私と魔王は静かにカイトの心の叫びを聞いていた。

「でも、それでも、ラルさんはリーダーとして立派な人で、尊敬していた人だったから、魔王を憎まずにはいられなかった!同盟を結んでからも、魔王を憎む気持ちだけは心の中にずっと燻っていた!…けど、あの繰り返す決戦の日から、俺はもう分からなくなった。俺の命を犠牲にして明日へと進むかと思ったら、あんたは普通に一日をやり直した。ラルさんを殺した男なのに、俺の命を助けた。それからもう、あんたを素直に憎めなくなった」

「カイト……」

「苦しいのなら今まで通り俺を憎めばいい。実際俺がラルシェルドを殺したことに変わりはない。死ぬことを選んだのは本人の意思だがな。憎んでお前が前に進めるのならば、いくらでも憎まれてやる」

 堂々と魔王が言い放つので、カイトはキッと魔王を睨みつけた。涙を溜めるその目にはもう、先ほどまでの憎しみは宿っていない。

「なにをかっこつけてる!真実を知ってなお、お前を憎むほど俺は愚かじゃない!そして、あの頃より俺は成長してる!哀しみも辛さも多く経験してきたからな。ラルさんの心配したように俺の剣が鈍ることはない!俺が憎しみをぶつける相手はお前と同じ。クロウリーってことだろう」

 力強い声で言い切ったカイトを見て、魔王は瞳に明るさを戻し鼻を鳴らした。

「フン。迷いが吹っ切れたようで何よりだ。ただクロウリーを憎むのは勝手だが、あいつは俺の獲物だから小僧にはやれんぞ。小僧はガイゼルで我慢しろ」

「そんな心配は無用だ。お前が討ち損じた時に俺が仕留めるからな」

「俺が討ち損じる?万、いや、兆に一つもその可能性はないな」

 眉をピクッと吊り上げ、魔王はカイトに言い返した。それを皮切りに、二人は子供のようなくだらない言い合いを繰り広げる。

 喧嘩するほど仲が良いとも言うので、私はしばらく二人の好きにさせておいた。



 東の訓練場の戦闘音が止んだ頃、二人の言い合いも終わり、作戦会議室へと戻ることになった。先に歩き出したカイトに、魔王はラルシェルドから回収したある袋を手渡す。

「小僧。これを渡しておく。ラルシェルドが死の際に持っていたものだ。恐らく手に掛けた仲間たちの遺品だろう。都合が悪いのでこちらで回収しておいたものだ」

「…これは、ハニサのバンダナ。…こっちは、マーシルのブローチ。……うっ、うぅ。ジルベルトの……!」

 カイトはいずれも血の汚れがついている遺品を見て、ポロポロと涙を落とした。

 ラルシェルドは自分の手で奪ってしまった仲間の命を一生忘れないよう、戒めとして遺品を持ち歩いていたようだ。罪の意識を忘れないように。

 カイトは仲間の遺品が入っている袋を抱きしめながら、魔王にもう一つ回収したものの行方を訊ねた。

「ラルさんの、恋人はどうしたんだ?現場から連れ帰ったんだろう?」

「クロロに頼んで丁重に保管してある。あの時の俺の攻撃で魂は既に星へと還っているから、魂がない器だけの存在だがな。全てが終わったら引き取りに来ればいい。ラルシェルドと同じ墓にでも入れてやれば、奴も喜ぶんじゃないか」

「…あぁ、そうだな。この戦争が片付いたら、俺が責任をもって引き取りに来る」

 カイトは涙を拭うと、遺品の袋を抱え直した。

「それで、仲間たちには話すのか?真実を。俺からはもう誰にも話すつもりはない。後は小僧の判断に委ねる。お前が星の戦士たちのリーダーだからな」

「………あぁ。いつか、王様と凪様にだけはお話ししよう。最低限のご報告はしておいたほうがいい」

「私もそれが良いと思うな。一人で哀しいことを抱え込み過ぎるのは良くないから。いくらみんなを引っ張るリーダーだとしてもね」

 私がにっこり笑うと、カイトはぎこちない笑みを返してきた。心の中に抱え込んでいた疑問や違和感が消え、前へと進めるようにはなったが、これから彼には色々と支えが必要だろう。幸い私を含めた多くの仲間たちに囲まれているので、あまり心配せずには済みそうだ。

 私たち三人は庭園を後にすると、仲間たちの待つ会議室へと戻るのだった。




 会議室の扉を開けると、中は予想以上に大盛り上がりだった。カードゲームは白熱しており、魔王軍側が悲鳴を上げている。特に一番ドラキュリオの声が騒がしい。

「クッソ~!もはや神の子のその強運はイカサマだぁ~!ズルだよズル!使用禁止!」

「使用禁止とか言われても、別に能力とかじゃないんだけど。ちゃんとハンデはあげてるじゃん。それで勝てないんだから、単にそっちの実力不足でしょ」

「うっわ~☆ムカツク~。可愛げな~い。男のくせにサキュアの魅了も全然効かないし。やっぱり強烈な神の加護のせい?」

「む~。負けてばっかりでケルつまんない。ジャックが出してくれたフルーツも全部神の子に取られちゃうし」

 ケルは耳と尻尾をしゅんとさせ、ニコが頬張っている新鮮なフルーツを恨めしそうに見た。どうやら勝者にはジャックが用意したフルーツが与えられるらしい。同じチームのセイラやメルフィナも食べる権利があるようだが、フルーツはニコの大好物なようで遠慮して食べていないようだ。

「いや~。キュリオたちが弱すぎて賭けになりませんね。レオンももうキュリオたちに賭けてくれませんし」

「あんなに圧倒的に負けてちゃあ、いくら身内だとしても賭ける気失せるぜ」

「途中ケルベロスが編み出した戦法も良かったんですがね。三人格を毎ターン交代させながらゲームをする。手札が読まれにくくて、神の子が相手じゃなければ勝てていたでしょう」

 レオンはいつの間にか酒を飲み、クロロは賭け事でレオンから巻き上げた鉱石や獣の牙を吟味していた。

「な、なんか、すごい楽しんでるね。みんな仲良さそうで良かった良かった」

「はぁ~。やかましすぎるわ。おいレオン!なに勝手に酒を飲んでる!緩み過ぎだぞ!」

「お!おかえり!魔王様もいっぱいどうだ?」

「…人の話を聞け」

 魔王はうんざりした顔で上機嫌のレオンを見る。カイトは横目でそれを笑うと、仲間たちの輪に戻って行った。

「あ!えりちゃん戻ってきた~!ボクの勝利の女神様!えりちゃんの声援があれば、今度こそ勝てる気がする!」

「そんな馬鹿なことあるはずないでしょ~。いい加減諦めなさいよ。しつこい男は嫌われるわよ。それに…、えりを狙ってるならもう手遅れじゃないかしら」

 メルフィナはニヤッと笑うと、魔王と一緒に立っている私の方に視線を向けてきた。その途端、ドラキュリオはカードをひっくり返して叫び出した。

「手遅れなんかじゃな~い!いくら魔王様でもそれとこれとは話が別なんだからネ!魔王様!こっち来てカードゲームで勝負だ!」

「ハ?やらんぞ俺は。これからクロロと打ち合わせがある」

「逃げる気か~!魔王様ともあろうお方が!」

 安い挑発をしてくるドラキュリオに、魔王は大げさなため息をついた。そんな彼に声をかけようとした時、真後ろの扉が開いて四人の人物が入って来た。東の訓練場で戦っていたであろう凪と佐久間、ネプチューンと側近のタイガだ。タイガは長身の男で、サメを思わせるような鋭い牙を持つ魚人族の男だった。

 四人ともあちこち傷だらけになっていたが、特に目を引いたのは右腕がなくなっているタイガだった。処置はされていたが、まだ血が完全に止まっていないのか、血がじんわりと包帯を濡らしている。

 セイラは傷だらけの四人を見て、すぐさま能力を発動させる。

「どうなさったのですか皆さま!?そんなに傷だらけで!そちらの方、右腕はお持ちですか?もしあれば私の力で元通りにくっつけることができるのですが」

「殿様に斬られた腕ならもうないぞ。負けた者のけじめとして、妾が空の彼方に吹っ飛ばしてやったからのう。今頃魚の餌にでもなってるかもしれん」

「え…?凪様に、斬られた?それに、捨ててしまわれたんですか!?」

 セイラは状況が理解できず、頭上に?マークがたくさん出現している。

 魔王はタイガを一瞥してから、すっきりした顔の凪に話しかけた。

「ほう。魚人族相手に勝ったのも驚きだが、まさか仇を生かすとはな。右腕を奪うだけでよかったのか?」

「あぁ。貴重な場を設けていただいたこと、感謝するでござるよ。おかげで大事な最後の戦の前に、自分の気持ちを整理することができた。勇斗もな」

 凪に振られ、佐久間も静かに頷いた。少し目が赤いのは、きっと涙を流して思い切り感情をぶつけたからに違いない。実際にその場を見てはいないが、西の庭園にいる時に激しい力がぶつかり合っていたのは感じ取っていた。

 二人とも心のしこりが取れてすっきりしているようなので、私もほっと一安心した。

「元々拙者の側近は、戦争の折の正々堂々とした一騎討ちに敗れて散った。いくら殺した相手とて、いつまでも憎んではおれぬよ。ましてや今は同盟を結んでいる間柄。いくら魔王殿やネプチューン殿の許可があっても、命を奪うなどできぬでござるよ」

「フン。律儀な男だ。細かいことなど気にせず討てばいいものを。誰も責めなどしない。むしろ魔族は強い者に従う傾向があるからな。正当な理由があれば非難はされぬ」

「ふむ。魔族独特の価値観でござるな。しかし、命を奪うことだけが復讐ではござらんよ。あの者にとっては、生き続けることも十分罰に値するであろう」

 そう言うと、凪はネプチューンの我儘に付き合わされている側近を哀れな目で見た。

「タイガよ。聖女の力でもう傷口は塞がったであろう。早速ジャックと協力しお茶の準備をするのじゃ。妾はこれからえりとお茶会をするからのう。茶菓子は妾の好きなゼリーでよいぞ。領域に戻って取ってくるのじゃ。そのついでに配下たちにも指示を与えておいてくれると助かるのう。クロウリーとの決戦が近い故、部隊の再編成が必要じゃ」

「うわぁ。早速えげつない量の雑用。もはや側近というより召使いッスよ。本当に我儘女王様ですね」

「今のところネプチューンの相手が務まるのはあの男だけだからな。俺とクロロもいつもあの側近に任務の指示を伝えていた。人の話をろくに聞かない我儘なネプチューンに話すより、話の通じるまともな側近に話を通したほうが早かったからな」

「生きて女王の我儘に振り回されることが、あの男の罰になると思ったのは確かでござる。しかし、それより拙者が重きに思ったことは、あの優秀な側近がいなくなったら、魔王軍にとって大きな痛手になるだろうと判断したからでござるよ」

「あの我儘女王を野放しにしたら周りが大変スからね」

 凪と佐久間の素晴らしい配慮に、魔王は心から深く感謝していた。魔王軍と交流を重ね、二人も魔王がとても苦労人であると最近分かってきたようだ。

 こうして最後の大きな戦いを間近に控え、私たち同盟軍は互いの確執を無くして絆を深めた。魔族と人間の共存の道は、こうやって少しずつ進んでいくのかもしれない。お互いを尊重し合いながら。

「えりよ!こちらに来て座るのじゃ!共にジャックの茶を飲もうぞ!」

「あ、はいは~い!」

 余計なことを吹き込まれるなよ、と注意を促す魔王に笑って答え、私は手招きするネプチューンの下へと走り寄るのだった―――。

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