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第三幕・魔王編 第三話 全面戦争

 全面戦争の宣戦布告をしてから四日後、私たち同盟軍は決戦に向けて着々と準備を進めた。星の戦士側との調整も特に問題なく終え、明日の正午の決戦を控えるのみだった。

 魔王軍側は明日の朝指定したキナリス国跡地に布陣する予定だが、星の戦士サイドの一部は今日の内に現地入りしていた。キナリス国跡地に遠いヤマト水軍やルナの兵、オスロの兵達だ。代表して凪がまとめ役になって問題が起こらないよう注意してくれている。なにせこの規模の戦いは初めてなので、味方同士でまず衝突が起こらないよう細心の注意を払わなければならない。また、決戦前にクロウリーが奇襲をかけてくることも考えられる。同じ星の戦士の佐久間、メルフィナ、ニコもいるので、最大限警戒はするようにしている。

 明日の朝にユグリナ騎士団とディベールの僧兵、魔王軍が布陣してこちらの準備は整う予定だが、私は決戦を間近に控えて緊張していた。

 部屋の時計はもうすぐ午後十一時を指す。しかし私は明日の戦いが気になってなかなか眠りにつけなかった。

 今日の朝の時点であらかた戦いに向けての準備は整っており、私は手持無沙汰でクロロの研究室に行ってメリィの様子を見たり、ジャックを手伝って薬の調合の手伝いをした。魔王やクロロに明日のことについてもっと話を聞きたかったが、とても忙しそうで話しかけられる雰囲気ではなかった。

「はぁ~…。明日の決戦、私は後方配置かぁ~。まぁ仕方ないよね。三回しか能力使えないし。実現できることも限られてるし」

 私はベッドの上で天井を眺めながら呟く。

(この間の成りすまし作戦も悪くはなかったけど、結局サラマンダーとクロウリーには見破られちゃってたしなぁ。なんか私にもっとできること…。意外性があって、クロウリーも思いつかないような、裏をかける妄想……)

 私はゴロゴロと右へ左へ移動しながら思案する。しかし、そんな都合よく良いアイディアが降ってくることはなかった。

「私ももっとみんなの役に立てたらいいんだけど…。……あれから全然話せてないなぁ」

 私は四日前の成りきり作戦後を思い出した。私は左腕を負傷、魔王は右腕を大怪我し、情報共有がてら二人揃ってセイラのところに行き、能力で治療してもらった。その後は決戦に向けての準備で忙しく、魔王とろくに会話をしていない。

(私がベッドを占領しているせいか、自分の部屋なのに全然寄り付かないし。ちゃんと寝てるのかなあの人。決戦前なんだから今日くらいちゃんと寝ないと)

 私は広いベッドから身を起こすと、魔王を説教しに廊下へと出た。

「多分いるとしたら作戦会議室だよね」

 私は薄暗い魔王城を慣れた足取りで歩き出した。



 内通者騒動は結局メリィだったということで結論付けられ、私は一人で城を歩き回る許可をもうもらっていた。ただ、万が一ということがあるので、未だに結界が一番強力な魔王の部屋に寝泊まりしている。

 私は作戦会議室に辿り着くと、軽くノックをしてからドアノブを回した。

「あれ?鍵がかかってる。てことは、ここには誰もいない?……フェンリス、どこにいるんだろう」

 私は顎に人差し指を当て考えると、一つだけ思い当たる場所を思い出し、そこに向かって歩き出した。

(会議室にいないなら絶対あそこだ!ちょうど明日は決戦だし、きっと報告しに行ってるよね)

 私は確信めいたものを感じつつ、自室に寄ってランタンを調達してから早足でその場所を目指した。



 魔王と人間のみが入れる白い扉をくぐり、私は暗い通路をランタンの火を頼りに進みながら目的の場所へとやって来た。そこは相変わらず白い花が咲き乱れており、月明かりと花が発する黄色い光が舞う幻想的な場所だった。

 探し人は母親の墓前に静かに佇んでおり、私の気配を察知して振り返ると、予想した通り呆れた顔をされた。

「またお前か。懲りない奴だな」

「懲りない奴って、今日は別に外出禁止令の日じゃないでしょ。フェンリスだって人間の姿してないし。…それとも、ここにはやっぱり入ってほしくなかった?」

「今更それを俺に聞くか。もうこれで三回目だぞ。お前が無断でズカズカここに入ってくるのは。ここは死者が眠る場所だというのに」

「うぐっ!」

 呆れた眼差しと正論を返され、私はぐうの音も出なかった。

 魔王にとってここは大事な母親が眠る場所。普通に考えて赤の他人がそう何度も足を踏み入れていい場所ではないだろう。それに元々先代の魔王が愛する姫君のために用意した秘密の花園だ。大事な両親の思い出が詰まった場所に入るということは、魔王の心に土足で足を突っ込んでいるようなものだ。

 今更ながら気まずげに深く反省している私を見て、魔王は面倒くさそうに私の頬を軽く引っ張った。

「馬鹿で間抜けで考えなしでお人好しな貴様に今更そんな気遣いは期待していない。俺がいない時に勝手にここに入るのは困るが、俺がいる時ならば別に来ても構わん」

「ほ、本当!?良かった。さすがあなた、根は優しいわね」

「ッ!?」

 私が少しふざけて夫婦ごっこをした時の言い回しをした途端、魔王は頬を赤くして烈火の如く怒ってきた。動揺した瞬間に頬を掴んでいた手が離れたので、私は再度頬を掴まれないように距離を取った。

「貴様、今度そのようにふざけたら両頬を引き千切るぞ!」

「ご、ごめんてば!ちょっとした冗談のつもりで。フェンリスってばまた硬い喋り方に戻っちゃったから、子供の頃みたいに砕けた喋り方に戻してあげようと」

「余計なお世話だ!というか俺の子供時代の記憶は封印しろ!でなければ頬を握り潰す!」

「ちょっとちょっと怖いんですけど言動が!ほっぺたが大変なことになっちゃう!」

 私は魔王の気が落ち着くまでしばらく言葉の鋭いナイフを受け続けた。



 魔王がようやく落ち着きを取り戻したところで、私はリアナ姫の墓前に手を合わせて一息ついた。

「それで、俺に何の用だったんだ。ここまで来たからには話があったんだろう」

「話、というか、明日の決戦のことで色々考えちゃって眠れなくて…。それに、あの誘き出し作戦が終わってからゆっくりフェンリスと話せてなかったから」

 私は無意識に彼の利き腕を見た。セイラの能力であの日負った火傷と裂傷はもう治っていたが、痛々しかったせいで私の記憶に深く刻み込まれている。

 魔王は私の視線を辿り小さく息を吐いた。

「怪我ならあの日に治っているぞ」

「わ、わかってるよ!そんなこと。でも…、すごい大怪我だったから。私を助けるために自分で自分の腕を爆発させるなんて…。私が盾になんかされたから」

「お前が気にすることじゃない。あれは嵌められた俺の落ち度だ。お前が…、命を落とさずに済んで良かった」

 魔王はあの日のように苦し気な表情を浮かべ、私があの時怪我を負った左腕に触れた。もちろん私もセイラのおかげで傷跡一つ残っていない。

「お母さんの大事なドレスごめんね。しかもリアナさんが一番お気に入りにしてた純白のドレスだったのに。破れて血もついちゃって」

「あぁ。別に構わん。母上のドレスならまだまだあるしな。そんなことで母上は怒るような人でもない」

「……確かに。とっても優しくて家族想いで、素敵な人だもんね」

 私はメリィに見せてもらった記憶を振り返る。種族や性別など関係なく、誰に対しても優しく慈愛に満ちた人だった。

「でもこの戦争が終わったら、私の能力でドレスをちゃんと元通りに復元するつもりだから安心して」

「なるほど。能力で元の状態に直すことが可能だったか。そういう点では便利な能力だな」

「へへ~、そうでしょ~。明日も、何かとっておきの妄想で役に立ちたいんだけどさ。まだ何も思い浮かばなくて」

 私は腕組みをして頭を捻る。

「無理して頭を捻るくらいだったら大人しく寝ておけ。寝不足でろくに動けなかったらそもそも使い物にならんからな」

「はいはい。それを言うならフェンリスもだけどね。明日は大事な決戦なんだから早く寝なくちゃダメだよ。寝床を奪ってる私が言うのもなんだけど。今日は私自分の部屋で寝ようか?」

「別にいい。俺は椅子でもどこでも寝れるからな」

 そう言うと、魔王はガラス張りになっている壁に向かっておもむろに歩き出す。



 ガラス張りの壁は月明かりを取り込み、夜だというのにとても明るかった。魔王城が空中を飛んでおり空にとても近いから尚明るく感じるのかもしれない。

 私は黙ってその背中について行くと、外を見つめて壁に佇む彼の横に立った。眉間に皺は寄っていないが、その横顔はどこか余裕がない。私が明日のことを考えて眠れないように、魔王も不安を感じているのかもしれない。

(フェンリスは私なんかと違って軍の総大将だもんね。王としてみんなの命を預かってるから、責任やプレッシャーも大きいはず…。もしかしてここにいたのは、お母さんに弱音を吐きに来てたのかな)

 横顔を盗み見ながらそんなことを考えていると、視線に気づいている魔王が外の景色を見ながら口を開いた。

「なんだ。言いたいことがあるなら言え」

「え!?い、言いたいことというか、……やっぱりフェンリスも明日のことが不安だったりする?クロウリーのこともそうだけど、サラマンダーやネプチューンとも明日はまとめて戦うことになるし。カイトたちも一緒に戦うけど、最終的にはサラマンダーとネプチューンは味方につけたいんだったよね?」

 私は二日前の会議で聞いた魔王の意向を確認する。

「あぁ。ネプチューンは命令違反をして人間側を襲い続けているが、考えを改め従うならば、ある程度の処分は下すつもりだが基本的に許すつもりだ。元はと言えば、母上を殺した人間を憎んで敵意を持っているだけだからな。あいつの気持ちが分からん訳ではない」

「ネプチューンはリアナ姫と親友だからね。でもきっと、それなら尚更事情を話したら味方になってくれるよ。全ての元凶はクロウリーとガイゼルだからね。怒りの矛先はその二人に向かうはず」

「そう簡単に、話を聞き入れてくれればいいがな。あいつは昔から人の話を全然聞かない。自分中心の女王だからな。母上の話だったら大人しく耳を傾けるんだが、それ以外の者だと二の次にされる」

「えぇ~。それは困った女王様だなぁ。でも言われてみれば過去の記憶の中でも、フェイラスさんの話を後回しにして自分の言いたいことを言って勝手に帰っちゃったとかあったかも」

 私は苦笑いを作り、魔王は頭が痛そうに目を瞑った。

 前々から思っていることだが、魔王軍は個性豊かなタイプが集まっているので、それを束ねる魔王がとても苦労人のように見えてしまう。戦争中に心労で倒れないことを願うばかりだ。

「明日はネプチューンに接触し、どうにか説得できればいいが…。サラマンダーについては、どうにか俺自身の力を認めさせ、早い段階でこちらに寝返らせることができれば被害も抑えられて有利に運ぶんだが。そう簡単にはいかないだろうな」

「すごい戦闘狂だもんね~。俺自身の力を認めさせるって、具体的にはどうするつもりなの?フェンリスがサラマンダーを倒せば勝ちってこと?そうすれば竜人族がみんな仲間になる?」

「いや。サラマンダーもそう単純な話じゃない。たとえ俺が全力で挑んで追い詰めようとも、素直に納得はしないだろう。城を襲撃してきた時もあいつの相手をしたが、まだまだ駄目だと言われたからな。だが、父上と比べて俺がまだまだなのは誰もが知るところ。サラマンダーが求める強さの証明とは、恐らく別のものだろう」

「ただ単純な戦う強さじゃなくて、もっと別の…、精神的な心の強さとか?そういうのをひっくるめてサラマンダーに認めてもらわないといけないってことね。う~ん。ただの戦闘狂じゃないってことだ」

 私は腕を組んで難しい顔をする。明日の戦いは前途多難そうだ。

 七天魔であるネプチューンとサラマンダーの両名は、魔王自身が接触して寝返らせるか納得させるかする必要がある。その交渉が難航すればするほど、明日の戦局は同盟軍不利に傾いていく可能性が高い。

 戦場の各所で、判断の遅れや間違った行動で、取り返しのつかない結果になることもあるだろう。

 不安が募る私の脳裏に、ある妄想のアイディアが駆け巡った。それを具体的に形にしようとした時、魔王の声が思考を中断させた。

「明日はまず俺はサラマンダーの相手をする。クロウリーはとりあえずじいに任せるつもりだ。ネプチューンは犬猿の仲であるレオンに任せておけばしばらく大丈夫だろう。二日前にも会議で伝えたが、お前はジャックや聖女と一緒に後方で備えていろ。特にお前はこの間クロウリーに狙われたからな。後ろにいるからと言って油断するなよ」

「了解。いつでも妄想が発動できるように備えておくよ。あんな奴に利用されたり殺されるなんて最悪だからね。あいつのせいでたくさんの人が不幸になってるし。そんな奴が魔界を統べる王の座を狙うなんて考えられない。そもそも魔王になれるほどあいつって強いの?策士で狡賢いってのは知ってるけどさ。魔法が得意みたいだけど、結局おじいちゃんよりかは弱いんでしょ」

「実力で言えばそうだな…。クロウリーは、魔法勝負で言うならじいと俺の次に強い。魔界で三番目の強さだろう。三つ目族は魔法に長けた一族だからな。だが、魔法以外の基礎値が三つ目族は低い。その点から、他の種族がクロウリーを魔王と認めることはないだろうな。長い歴史の中で何度か下剋上を狙う輩はいたが、それでも代々魔王は我が一族が務め続けている」

 我が一族という言葉を聞いて、私ははたと今更な疑問を感じた。魔族は色々な種類の種族がいるが、今まで魔王が何という種族と人間のハーフなのかは聞いたことがなかった。メリィの記憶の中でもそんな会話は見ていない。

「ねぇねぇ、今更なんだけど、フェンリスって何ていう種族なの?他の種族より生まれながらに強い種族なんだよね?」

「ん?あぁ、言っていなかったか。俺は魔神族という血を父上から受け継いでいる」

「ま、魔神族!?なんか聞いただけで強さが別格って感じする…。その魔神族が代々魔界を治めてきた王様なんだ。ちなみに、フェンリスの他に魔神族の人っていないの?」

「いるぞ。他の種族と違ってもう数は少ないがな」

「いるんだ!?じゃあ他の魔神族の人って今どこにいるの?明日の決戦には一緒に戦ってくれないの?」

 私は身を乗り出して尋ねてしまう。代々魔王を輩出する強い魔神族が他にもいるならば、一緒に戦ってもらえればそれだけ一人一人の負担が軽くなるはずだ。

 てっきりもう魔王しか一族の血を受け継ぐ者がいないのかと思っていたので、余計期待が膨らんでしまった。

「他の魔神族を巻き込む訳にはいかない。あいつらの力まで頼ってしまったら、それこそ俺は無能な王だと思われるだろう。それに、あいつらには墓と領土を守ってもらっているからな。こちらの事情に首を突っ込んでいる暇などない」

「墓と領土?」

「歴代の魔王が眠っている墓と、元々この魔王城があった土地のことだ。他の魔神族はその土地に住み、墓守をしてもらっている。魔神族は強い故に、一族の中でも二種類に分かれる。その身に宿す力に器が耐えられる者と耐えられない者だ。我が一族は魔界でも最強の一族と言われているが、その強い力に誰でも耐えられる訳ではない。九割が強い力に耐えられず器を壊すことになる。器が力に耐えられて使いこなすことができる者が必然的に一族の長になるんだ」

「器を壊すって、要するに持つ力が強すぎて体がそれに耐え切れずに怪我しちゃうってこと?」

 魔王は重苦しく頷くと、早い話が力を酷使すると吐血とかするな、とこともなげに言う。

「それはむしろ手伝ってなんて言えないね。血反吐吐いて戦われても困っちゃうよ。フェンリスはハーフだけど、自分が宿す強い力に体が負けずに戦えるんだね。あ、別にハーフをけなすつもりとかじゃなくてね」

 私は慌てて言葉を付け加える。

「大丈夫だ。お前が言いたいことはわかる。人間は魔族よりも脆弱な器だからな。完全に人間の血が濃い日は、俺も魔力が消え失せ魔神族としての強さを振るうことはできない。ただ幸運なことに、普段は父上から受け継いだ才と血が濃かったおかげで、俺は宿す強さに器が負けることなく戦える。もう俺以外の魔神族は強さに耐え切る器を持っていないから、必然的に俺が跡継ぎになったわけだ」

「へぇ~。魔王の息子ってだけじゃなくて、ちゃんとそういう別の理由もあったんだ。なら今回の戦いを無事に乗り越えて、尚更みんなに認めてもらわなきゃね。フェンリスこそが魔界を統べる王様だって」

 拳を握りしめて私は応援するが、当の本人の表情は浮かないままだ。いつも偉そうな態度を取って余裕ぶっている彼にしては、いつになく今日は弱気に見える。決戦を前にして不安が募っているのか、はたまた何か引っかかっていることでもあるのか。

(フェンリスは口や態度は悪いけど、何だかんだ言って優しいところがある王様だし、異世界から来た私がいきなり戦場に放り出されて戦うことがないように保護してくれた。今まで良くしてもらった分、こういう時こそ私が話を聞いて力になるべきだよね)

「ねぇフェンリス。何か悩んでいることがあるなら聞くよ」

「悩み?………そんなものはない」

「うっそだ~!だったら何でさっきからそんな浮かない顔してるのよ。いくら疲れてたって、いつもはそんな顔してないよ。もう短い付き合いでもないんだし、そのくらい顔見ればわかるんだから。何か心配事があるなら言って。人に話して解決したり、すっきりすることって結構あると思うよ」

「…………」

「ほら!騙されたと思って話してみて!」

 強情に口を引き結ぶ魔王の体を揺さぶり、私は白状するよう促した。魔王は鬱陶しそうに何度かあしらったが、私が諦める様子が皆無なのでやがて根負けしたように溜息を吐いた。

「貴様は本当にお節介でお人好しだな。それとも、俺の悩みを聞いて弱みでも握るつもりか。だとしたらお前にしては成長したなと思わなくもない。…が、その可能性は今のお前の顔を見れば限りなくゼロだろうが」

 私はその手があったか、と思いっきり顔に出ていた。彼の悩みを聞いて力になってあげようという善意の心が先行し、この機会に弱みを握っていざ魔王にイジられた時の切り札にしようなどとは考えつきもしなかった。

「本当に、……お前は変わっているな」

「ッ!?」

 魔王はとても穏やかな顔で笑った。まるで人間の時の姿をした彼と同じような優しい雰囲気が醸し出されていた。魔族の姿の時でこんなにも目や表情が優しいのは恐らく初めてだろう。少しだけ父親である先代魔王と雰囲気が似ていた。

「……クロロたちには一言も漏らしていないが、正直に言うと、俺は明日、ネプチューンとサラマンダーを説得する自信はない」

「え…?」

 先ほどまで確かに説得は難航しそうなことを言っていたが、今ははっきりと自信がないと彼は告げた。私は少し意外に思い目を瞬かせる。

(ハーフのこととかでいつも苦労していても、みんなに心配させないように絶対に弱音を吐かないフェンリスが、素直に弱音を吐いてる?私が人間だからかな。配下に弱音を吐くと頼りなく思われちゃうかもしれないし)

 私は顔を引き締めると、彼の悩みに親身になるため静かに耳を傾ける。

「俺は父上と母上の子であることを誇りに思っているが、それでもハーフという事実が俺の重荷になっていることを認めざるを得ない。いくら俺が父上の息子で魔神族であろうと、生粋の魔族である周りからしたら人間の血を持つ俺はどうしても軽んじられてしまう。もちろん俺の中に流れる人間の血を気にしていない者も多くいるかと思うが、俺自身を全て受け入れている者は少ないだろう」

 月を見上げながら話す彼の横顔は寂しげで、いつも圧倒的なオーラを纏う魔王とはかけ離れていた。初めて彼の心に触れている気がする。

「魔界を統べる王として、七天魔やその配下の魔族たちを束ねるため、俺は今まで父上のように強く頼りになる王であるように振る舞ってきたつもりだ。俺なりにな。だが……、それでも今回三名もの七天魔が反旗を翻してきた。まぁクロウリーは省いてもいいが」

「…それで、自信がなくなっちゃったの?魔王としての自分に」

 私が訊ねると、魔王は目を伏せて黙り込む。その事実を自分の中で受け入れたくないというプライドとまだまだ自分は父のようにはなれないと冷静に観察する気持ちがあるようだ。

 しばしの葛藤の時間を取ってから再び魔王は口を開いた。

「いくら取り繕っても俺の中のコンプレックスがなくなるわけではない。人間である母上を嫌いになったり疎んだりする気持ちはないが、俺はやはり人間の血が混ざっていることを歯がゆく思う。それと同時に、人間の血を理由に逃げているのかもしれないな。今のこの状況から。人間の血が混ざっていない生粋の魔族だったならば、俺はもっと上手くやれて、皆から認められていたはずだと」

「………そっか。本当にフェンリスが心の底からそう思うんだったらさ、コンプレックスなくしてみる?私の妄想で。魔族の血しか流れていない妄想を現実化させてみようか?成功したらもう今後ハーフで悩むこともなくなるよ」

 私は彼の答えが分かりきってはいたが、意地悪な質問をしてみた。母親のことを大切に想っているフェンリスなら、絶対にこの提案に乗るはずがない。予想通り彼は即答してきた。

「その妄想は絶対にあり得ないな。母上から受け継いだ大事なものを自ら手放すなど。母上に対する冒涜だ」

「ふふふ。やっぱりそういうと思った。だったら今のありのままのフェンリスで頑張るしかないね。即答するってことは、まだまだやれる証拠だよ。本当に切羽詰まっていたら、私の妄想に頼ってでも生粋の魔族になろうとするもん」

 私は微笑んで見せると、魔王はそうだろうか、と少し疑った目をする。私はそんな彼に胸を張って力説する。

「もっと追い詰められた人だったら、母親との絆より自分の現状を変えようと優先するよ。そうしないってことは、心のどこかで自分だったらみんなを認めさせられるって思ってるってことだよ。それか……、極度のマザコンか」

「なっ!?マザコンではない!その目をやめろ!」

 少し顔を赤くして私の頬に手を伸ばそうとする魔王から身を躱しつつ、私は笑顔で続ける。

「大丈夫。フェンリスはここ数年で肉親を亡くして、それでも魔界のみんなの平穏を守ろうと上に立って色々と苦労してきて、たくさんたくさん心を砕いてやって来たから、ちょっと心が疲れちゃって弱気になってるだけだよ。フェンリスの魅力は、魔神族としての強さだけじゃない。みんなに対する心配りや配慮、一見分かりにくい優しさ、困ったことがあったら何とかしてくれるっていう安心感。判断の速さや決断力など、一年未満の付き合いの私でもたくさん言えるよ。クロロたちならもっとたくさん言えると思う」

 私の言葉がちゃんと心に届いているのか、魔王は動きをピタッと止めて耳を傾けてくれている。

「お父さんとフェンリスを比べる人も確かにいると思うけど、わざわざその土俵で勝負する必要はないよ。フェンリスはフェンリスなんだから。あなた自身が持つ魅力で勝負して周りを納得させればいい。私はありのままのフェンリスで十分魔王に相応しいと思うもん。こんな個性的集団の魔王軍をまとめられるのはフェンリスぐらいだよ。他の人だったら一日ともたないんじゃない」

 私がちょっと冗談めかして言うと、魔王は笑みをこぼして同意した。

「お前の言う通り、好き勝手動く連中が多いからな、うちは。好戦的な奴らも多いし、トラブルが絶えん。そんな奴らばかりだからこそ、俺が魔王として奴らが平和にのびのびやっていけるよう守っていきたいんだ。父上が長年守ってきたようにな……。俺の、魅力か……」

「な、なに?さっき言ったことは嘘じゃないよ。別によいしょだってしてないし」

 魔王がじっと見つめてくるので、私は両手を前に出してほっぺへの攻撃を警戒する。魔王はまるで私の心を見透かすように食い入るように見てきた。

「ケルがお前にすぐ心を開いて懐いた理由がわかった」

「え?ケルちゃん?」

 予期せぬ話題をぶっこんできたので、私は疑問符を浮かべて呆ける。

 魔王はそんな私を放置してマントを翻すと、出口へと向かって歩き出した。

「お前がそこまで言うなら、騙されたと思って明日は俺の全力をぶつけて勝負するか」

「お!その意気その意気!私もさっきちょっといいこと思いついたから、明日は全力でサポートするよ!フェンリスがハッピーエンドを迎えられるようにね!」

「変に張り切り過ぎるなよ。お前も少しドラキュリオの気があってトラブルメーカーっぽいからな。バッドエンドに導かれそうだ」

「失礼な!私はキュリオみたいに問題児でもトラブルメーカーでもありません~」

 少し吹っ切れた様子に安心し、私は魔王の背中を追いかけた。

(いつものフェンリスだったら、絶対強がって私にあんな弱いところなんか見せない。魔王としての重圧や責任で内心不安なんだ…。明日、………私の妄想の力で絶対に助けてあげる。傍で見てきた姿だけじゃなくて、過去の記憶でもフェンリスがどれだけ頑張ってきたか知ってるから。必ず、あなたの力になるよ。私の今までで一番の妄想で!)

 私は先ほど頭によぎった妄想のアイディアを膨らませ、密かに固い決心をする。

 その夜、部屋に戻った私は大掛かりな妄想を成功させるため、自然と眠りに落ちるまで繰り返しある妄想を反復して脳に擦り込んでいくのだった。




 全面戦争当日。私たちは悲劇が始まった因縁の地、キナリス国跡地へと集まった。前日から現地入りしていた面々は既に布陣を終えており、魔王軍と残りの人間軍も急ピッチで布陣を整えていた。

 それぞれ側近に軍を任せ、幹部クラス全員が今一つの天幕に集まって最終会議をしている。

「いよいよだな。魔王軍と協力しての全面対決。残念ながらガイゼル王は国から一歩も出る気配がないようだが…」

「フン。臆病者の王など放っておけ。この戦いに我々が勝利すれば、どっちみち奴は孤立する。そうなればもう追い詰めたも同然だろう。今はもう目の前の敵にだけ集中しろ、小僧」

「お前は相変わらず上から目線な!いい加減俺を小僧呼ばわりするのをやめろ!」

「フン。貴様など小僧で十分だ」

 鼻で笑って余裕の笑みを見せる魔王に、星の戦士リーダーのカイトは歯をギリギリさせて睨みつける。この二人は今までも打ち合わせで顔を合わせる度にこのようなやり取りをしているので、さすがに周りの私たちも慣れてしまった。

 時間もあまりないので、それぞれクロロと凪が間に入って二人を引き離す。

「それでは最終確認を行います。まずサラマンダー軍の相手を、フォード軍と魔王様、私の軍で行います。魔王様についてはサラマンダーの説得にあたっていただきますが、それが終わり次第ネプチューン、クロウリーと戦場を移ってもらう予定です。もしサラマンダーの説得に成功した場合、我々は速やかに別の軍の援軍に駆け付けます」

「魔王殿、サラマンダーの説得は上手くいきそうでござるか?」

「………こればっかりは戦ってみなければ分からんな。相手の出方次第だ」

 魔王は表情を崩さず平静を装っていたが、昨夜彼と直接話した私には、自信がなく不安げに感じていることがわかった。

(説得、上手くいくといいけど…)

 私は隣に立つ魔王を盗み見ながら心の中で呟く。

「次にネプチューン軍ですが、凪・佐久間両名とヤマト水軍、レオン軍、ジークであたってもらいます。獣人族は泳げない者が多いので、主に上陸してきた者たちを迎え撃ってください。浮遊魔法を使える者も限られていますしね」

「わぁ~ってるよ!まぁ陸地にいても、あの年増ババアのことだから、俺たちを溺れさせようと巨大津波でもお見舞いしてきそうだがな」

「その時は俺たちが全力で救助します!お互いにカバーし合う。それが同盟軍の強みってやつッスからね」

「おう!頼りにしてるぜ、ユート」

 レオンは佐久間の背中を軽く叩いた。何度か打ち合わせしている間に大分打ち解けたようだ。

「今回姿を消したサキュア軍も恐らく参戦してくると思います。そのサキュア軍の相手を、メルフィナ軍、ドラキュリオ軍、そして輪光の騎士に任せます。サキュアは機械魔族によって操られている可能性が高いです。なので、輪光の騎士の能力で早々に正気に戻してもらえると助かります。そうすれば一気に相手の兵力を削れますので」

「カイトの魔を浄化する能力を喰らえば、あの子もきっと正気に戻るでしょうね。ただ、本当に速攻で能力を当てないと、あの子の魔力が暴走して手がつけられなくなるわ。この間も魔力が暴走して体に負担のかかる魅了が周囲に及んでいたから。あれは敵味方双方にすごい被害が出るわ」

「わかった。なるべく早く見つけて距離を詰めて能力を当てよう」

 私は話を聞きながらテーブルに置いてある地図と駒を眺めた。先ほどからそれぞれの配置を発表しながらクロロが地図に駒を置いていっている。

 兵数としてはこちらが十分上回っているが、人間一人と魔族一人ではそもそも兵力が違う。人間が百人束になってかかっても、竜人族一人にすら敵わない。兵数で勝っていてもあまり楽観視できる状況ではなかった。

「最後にクロウリー軍ですが、神の子軍とユグリナ騎士団、おじいさんでお願いします。人間側に被害が拡大しないよう、おじいさんが上手く立ち回ってあげてください」

「フォッフォッフォ。儂がクロウリーの相手か。まぁサラの相手をするよりかはマシかのう」

「狡賢く姑息な奴だからな、油断するなよじい」

 わかっておるわい、と言っておじいちゃんはまた笑った。

「聖女軍とジャック軍、そしてえりさんは後方で各軍の支援を行ってください。私の配下を各地に散らばらせて情報収集を行い、定期的に伝令を飛ばします。それを参考に支援をしてください」

「りょりょ、了解です」

「かしこまりましたわ」

 ジャックとセイラに続き、私もクロロに頷いてみせた。

 その後細かい調整を行い、各自自陣へと散っていった。

 私はジャックと一緒の配置だったので、揃って天幕を出て行こうとした時、魔王に呼び止められた。

「おいえり。勝手な行動を取ってジャックを困らせるなよ」

「な!?そんなことしません~!私はとっておきの妄想で忙しくてそんな暇ないんだから!」

「とっておきの妄想?貴様、何をしようとしている。直感的に嫌な予感しかしない」

「失礼な!成功したら大どんでん返しができる素晴らしい妄想なんだよ!」

 魔王は一切信用していない目で私を見返す。彼の中の私の評価は一体どうなっているのだろう。私は拗ねてふて腐れた顔をする。

「きき、きっと、僕たちのピンチを救ってくれるすごい妄想なんですよ。成功するように僕たちも祈っておきましょう」

 見かねたジャックが私の味方をしてくれた。魔王が溜息を吐いて口を開こうとした直後、彼を横に思い切り押しのけてドラキュリオが私目がけて突っ込んできた。

「えりちゃ~ん!もし敵が迫ってピンチになった時はすぐ呼んで!僕が颯爽と駆け付けて助けてあげるから!」

「ちょ、キュリオ!は、離れて!」

 抱きつかれて私があたふたしていると、どす黒いオーラを纏った魔王が一歩、また一歩と近づいてきた。私とジャックはその魔王を見てサーッと顔色を変える。

「ドラキュリオ。貴様、戦争前に俺の手でその首を吹っ飛ばされたいのか…?」

 まるで地の底を這うような低い声に、私とジャックはカタカタ震える。しかしそんな私たちとは対照的に、ドラキュリオはいつも通りの無邪気なニコニコ顔だ。

「いーじゃんいーじゃん。ちょっとくらいえりちゃんとイチャイチャしたって。魔王様はこの間ボクの知らぬ間にえりちゃんと夫婦役やったんでしょ。全部ケルから聞いてるんだからネー。ずるいよ自分だけ。ボクだってえりちゃんにあなたって呼ばれた~い!」

「あ!?あれは、敵をこの地に誘き出す作戦だから仕方なくやったまでだ!お前が考えるようなものじゃない!」

「エェ~!でも先代様とリアナ姫役ってことは、イチャイチャしたわけでしょ。お二人とも夫婦仲超良かったんだから。ねぇねぇえりちゃん、もしまた同じような作戦があったら、今度はボクと夫婦役やって!絶対満足させてあげるから!」

「ま、満足?」

 私が首を傾げると、次の瞬間、魔王の渾身の拳骨がドラキュリオの頭に下ろされた。ものすごい音だった。

 天幕の外に届くほどの絶叫を上げ、ドラキュリオは頭を押さえてしゃがみ込む。ジャックはすぐさま植物を操って薬の用意を始めた。

「全く。これ以上付き合いきれんな。えり、もし本当に危険な時は俺を呼べ。ドラキュリオでは頼りにならんからな」

「は、はい…」

「ジャック。馬鹿につける薬はない。放っておいていいぞ」

 魔王はそう言い残すと、マントをなびかせて天幕から出て行った。

 私は軽く涙目になっているドラキュリオの頭を撫でて愚痴を聞いてあげた後、ジャックと一緒に自分の配置へとつくのだった。




 太陽が空高く上り、正午が過ぎた頃。各方面からそれぞれの敵軍団がキナリス国跡地へと押し寄せてきた。

 キナリス国跡地は王都全体が約七年前に焼けて消失しており、国全体もそのまま手付かず草原として残っている。当初は隣国のアレキミルドレア国が領土を拡大しようとしたのだが、近隣に位置するディベールの大司祭、セイラの父が異を唱えた。それに続いてロイド王を始め諸外国が反発したため、この戦争が終わるまで不可侵の地となっていたのだ。

 広大な土地は草が好き勝手に伸びて荒れ放題だったので、戦いやすいようある程度ジャック軍の手で前もって整えられている。

「いよいよ始まるね。全面戦争…。誰も大怪我せずに勝てるといいんだけど」

 私は西の空から飛んで来る竜人族、正面から空間転移でやって来たクロウリー軍とサキュア軍、東の海から姿を現した魚人族を見て呟いた。

「だだ、大丈夫!もし大怪我しても、僕たち植物人族と聖女さんたちで治しますから!絶対に、勝ちましょう!」

「うん!私も私のやり方で、全力でみんなをサポートする!」

 私とジャックが一緒に意気込んで頷き合った時、忘れることができない下品な笑い声が直接頭の中に届いた。

『グフフフフ。ごきげんよう。魔王軍と星の戦士軍の皆さん。今日はわざわざ素敵な場を用意してくださってありがとうございます。後手後手に回る状況を打破しようとしたようですが、このワタシにはさしたる影響はありません。むしろ全員まとめて目障りなものを片付ける好機です。さぁ、存分に暴れさせてもらいましょう!』

 クロウリーの号令の下、クロウリー軍とサキュア軍は雄叫びを上げて攻め込んできた。敵の士気は上々だ。

「い、今のって」

「ね、念話だね。この戦場一帯に自分の声を届けたんだ」

 私は正面の上空に浮遊魔法で漂うクロウリーを見据える。分厚い魔法書を開き、最初から魔法攻撃全開でいくようだ。向かい合うようにおじいちゃんが既に上空で対峙している。

『フン。わざわざ死に場所を用意してもらって礼を言うとはな。面白い奴だ。せいぜい我らが同盟軍を前に一秒でも長く生き永らえるよう無様に逃げ回るがいい。全軍、一切容赦はするな!一瞬の迷いが命取りになると思え!この戦争、この地で決着をつけるぞ!!』

「「「「「おぉぉぉぉ~~~~~!!!!!」」」」」

 地を揺るがすような雄叫びが各地で響き合った。

 クロウリーの念話に続き、魔王が念話でみんなを鼓舞した。士気が最高潮に達し、全軍がそれぞれ割り当てられた敵軍へと攻め込んでいく。こうして正午過ぎ、同盟軍対クロウリー連合軍との戦いの火蓋が切って落とされた。




 戦いが始まってそこまで経たぬうちに、サラマンダー軍の戦場は苛烈を極めていた。

 マシックリック近郊でフォード軍と戦っていた時と比べて段違いに強く、人間相手でも手加減なしに竜化の力を発揮している。砲撃を近距離で喰らうのもお構いなしに、飛空艇を撃墜させようと爪や尻尾で襲い掛かってくる。

 容赦ない攻め方に戸惑う空賊たちは、とりあえず手当たり次第砲撃を行い、竜の追撃から逃れようと陣形をメチャクチャにして各自逃げ惑っていた。

『クッソ~!いつもと全然違うじゃねぇかサラマンダー!らしくねぇな。どんな心変わりだよ。これじゃあ楽しく戦えねぇぜ!』

 飛空艇内部からスピーカーを使ってフォードが口を尖らせる。

 クロロは配下たちに的確に指示を出し、陣形を乱して逃げ惑う飛空艇を援護する。

「今回はあなたと戯れるための戦いじゃないですからね。魔王様と決着をつける本気の戦いです。手心なんて加えませんよ。せいぜい魔王様の足を引っ張らないようにしてください」

 クロロは飛空艇の甲板についている通信機でフォードに答える。

 クロロは空賊団の飛空艇の一つを借りて、最前線で竜人族の相手をしている。フォードは中央の一番大きい母艦に乗っており、常時能力を発動させて周囲の飛空艇が墜落しないようサポートしていた。クロロの配下たちは全ての飛空艇にそれぞれ乗船し、クロロの指示を受けながら立ち回っていた。

 砲撃が飛び交う空から少し離れたところで、魔王とサラマンダーは向かい合っていた。魔王は暗黒剣、サラマンダーは愛用の矛を構えている。

「良かった。今日は先代様の力には頼らないみたいね。この間の手合わせももちろん楽しかったけど、やっぱり決着をつけるなら魔王様自身の力じゃないとね」

「フン。この間はあくまでお前たちを誘き出す用だ。今日こそ貴様に俺自身を認めさせてやる」

「あら。それは楽しみだわ。魔王様の全て、このサラマンダーに曝け出してちょうだい!」

 二人は魔力を同時に解放すると、距離を詰めて相手に攻撃を繰り出した。



 キナリス国西の海岸沖では、ネプチューン軍とヤマト水軍が激突していた。

 先日見たリアナ姫は偽物だと配下たちに諭されたようで、最初からネプチューンはご立腹状態だった。騙された怒りを目の前のヤマト水軍に思い切りぶつけている。

 兵の被害を抑えようとジークフリートを始め、凪、佐久間が奮闘しているが、魚人族の勢いは凄かった。獣人族も一部船に乗船しているが、陸地で戦う時よりかは大人しい。いつものように暴れられていない印象だ。

「喰らいやがれ!倍返し!」

 佐久間は体から蒼白の光を発すると、敵に向かって能力を発動させる。

 佐久間の能力である『倍返し』は、基本的にカウンター系能力だ。相手の攻撃を喰らう直前に倍の威力にして返したり、自分が負った傷を対象に倍で返したりできる。また、他者からもらった物を倍に増やすこともできる。手渡された剣を二本に増やして相手に返す、という具合だ。ちなみにこの能力を使って、決戦前の兵糧や武器準備は早く済ませることができた。

 剣を薙ぎ払って敵を一掃した佐久間は、息を整えながら周囲を見回す。

「こら!勇斗!一人で前に出過ぎだ!敵に囲まれたらどうするでござるか!」

「す、すみません!凪さん」

 頭を下げる佐久間に追いついた凪は、視野が狭くなっている未熟な側近を叱る。

「勇斗。この戦争は自分一人の戦いではない。同盟軍全員の戦いだ。仇の姿を探して戦っているようでは、いつか隙を突かれて大怪我するでござる。個を殺し、皆のため刃を振るえぬのならば、この戦下りるでござるよ」

「そ、そんな!戦いますよ俺!ちゃんと、戦いますから……。俺が、悪かったッス」

 凪は項垂れて肩を落とす側近の頭をポンッと叩くと、刀を構えてから隠密能力を発動させた。

「また側近を失う訳にはいかぬからな、あまり拙者に心配をかけるなよ」

 凪は背中を向けるとそのまま隣の船に飛び移り、味方を襲う魚人族に斬りかかって行くのだった。

「凪さん…」

「オラオラどけどけぇ~!ボサッとしてんな兄ちゃん!」

「うわぁ!?」

 いつの間にか背後に迫っていた魚人族の集団が、紫色の毛並みをした大型の犬の突進に蹴散らされた。犬のサイズはライオンより二回り以上も大きく、浮遊魔法で縦横無尽に空中を駆け抜けていた。

「たく。背中ががら空きだったぜ。危ねぇなぁ。ねーちゃんと同じ異世界の人間なんだから、油断してるとすぐ死ぬぞ」

「あ、ありがとう。ケロス、だったっけ。助かったよ」

「同じ異世界人だからねーちゃんからも守ってやってくれって頼まれてるからな。気にすんな」

 ケロスは言うだけ言うと、敵の密集地帯に向かって再び突進していった。

「…後で神谷さんにもお礼を言っておかないとな」

 佐久間は刀を握り直すと、凪を追って隣の船へと飛び移るのだった。



 サキュア軍と対峙しているドラキュリオは、中央に陣取っているサキュアのところまで道を開こうと奮戦していた。ドラキュリオのすぐ後ろから追いかけてきているカイトは、魔を浄化する能力を発動させてサキュアがかけた魅了を手当たり次第浄化している。

「強力な魅了のせいで倒しても倒しても起き上がってくるなぁもう!しかも魅了に強い耐性を持ってる吸血鬼一族と悪魔族でも、何人か魅了にかかっちゃってるし。魔力が元々少ないまだ若い者たちは荷が重いか」

「なるべく俺の能力で浄化してるが、浄化したそばからまた魅了にかかってしまうな。やはり本体を叩かないと。メルフィナが魅了で味方を強化してくれてるが、それを上書きしてしまうほどの魅了だ。まさかこんなに早く魔力を暴走させてしまうとは」

 カイトは進む先に待ち構えている悪魔族の少女を見やる。

 サキュアは持ち込んだ舞台の上に陣取り、魔力を暴走させながら周囲を魅了し続けている。体に多大な負担がかかっているようで、自分の体を抱きしめ息を乱しながら魅了を振りまいていた。このままでは途中で力尽き、どっちみちサキュアは自滅するだろう。

「クロウリーの奴、完璧にサキュアを捨て駒扱いしてるな!何としてもサキュアの命が尽きる前に正気に戻さないと!ボクにとっては大事な元配下だ。絶対に助ける!遅れるなよ、輪光の騎士!」

「わざわざ言われなくてもついて行くさ!お前こそ突っ走り過ぎて魅了されたりするなよ!」

「吸血鬼界の王子が魅了なんてかかるはずないだろう!ほら、大怪我したくなかったら道を開けな!」

 ドラキュリオは掌底で敵を吹き飛ばし、回し蹴りで群がる敵を沈め、コウモリの眷属を操って攻撃を防ぎながら元部下を救うためひた走った。



 上空で強力な魔法合戦が繰り広げられる中、神の子はダイスを振ってユグリナ騎士団とオスロから派遣された兵を援護していた。相対しているクロウリー軍は、主に機械魔族と三つ目族、スライム族で構成されている。他の種族も少し混じってはいるが、ほとんどがクロウリーか三つ目族によって洗脳されている者たちだろう。

「両者手加減なしのすごい戦いだな。爆風がここまで届いてくるんだけど」

 ニコは帽子が飛ばされないように手で押さえながら遠くの空を見上げる。

 老魔法使いとクロウリーは、互いに常時結界を張りつつ、複数の魔法を展開して休みなく相手を攻撃している。超級魔法・上級魔法・中級魔法・下級魔法を織り交ぜながら、相手の結界を突き崩してダメージを与えようと苦心していた。

「フォッフォッフォ。降参するなら今の内じゃぞクロウリー。どう足掻いても儂の方が魔力量は多いからのう。お前さんの方が先に燃料切れじゃ」

「グフフフフ。降参とは面白いことを言いますねぇ。戦争が長引けば長引くほどワタシたち連合軍の有利だというのに。そちらこそ、未来の魔王に仕える心の準備はできていますか」

「フォッフォ。未来の魔王とは面白い冗談じゃ。まだ何か企んでいるようじゃが、手を打たれる前に儂の手で葬ってくれる!」

 老魔法使いが練り上げていた超級魔法を展開させると、クロウリーも同じタイミングで相反属性の超級魔法を展開させた。上空で二つの強大な魔力がぶつかり合い、地上を含めた辺り一帯に爆風が吹き抜ける。

 ニコは爆風に顔をしかめながらダイスを振った。

「もうあの二人だけ別の場所で戦ってくれないかなぁ。帽子から手が離せないんだけど」

 攻撃の出目を三つ連続で出したニコは、苛立ちをぶつけるように雷の魔法を敵にお見舞いするのだった。




 戦いが開始されて早三時間。各方面から続々と怪我人報告が届いている。セイラとジャックはその情報を元に、二人で分担して怪我人対応に当たっていた。

「もう三時間経つのに、フェンリスはまだサラマンダーの説得を続けているの?もうそろそろネプチューンの戦場に移ったほうがいいんじゃ…」

 私はジャックが予め用意していた薬を使って怪我人の手当てをしながら訊ねる。

「う、う~ん。サラの説得に大分苦戦しているようですね。魔王様の説得を信じてクロロとフォード君が竜人族を必死に抑えてくれているけど、さっきから負傷者の報告が後を絶たない。飛んでいる飛空艇の数もかなり減っているようだし、このままだと最悪の場合、サラマンダー軍が隣の戦場に乱入してしまうかもしれない」

「えっ!?竜人族が隣の戦場に行ったらこっちの被害が更に拡大しちゃうよ!おじいちゃんは今クロウリーで手一杯だし、実質主戦力はニコ君とユグリナ騎士団だもん。人間なんかあっという間に殺されちゃうよ!」

「魔王様の説得さえ上手くいってくだされば…」

 休むことなく手を動かしながらジャックは祈るように呟く。

 するとその時、人垣をかき分けて新たな伝令が飛び込んできた。身なりから察するに、ヤマト水軍に所属する忍び部隊の者のようだ。

「レオン軍から急報です!ネプチューン軍が陸地深くまで進軍!大将ネプチューンが魔法で大津波を発生させ、陣形がメチャクチャになるほど広範囲に被害を受けた模様!陸地にいた獣人族も多数溺れ、軍の立て直しに時間がかかるとのこと!」

「つつ、ついにネプチューンが勝負に出たね。なんとかここで踏みとどまらないと。ネプチューン軍まで隣のキュリオ君の戦場に雪崩れ込んだら大変だ。気付け薬とか持って三部隊レオン軍の援軍に行って!」

 ジャックの迅速な指示を受け、配下たちは道具や薬を持ってすぐさま移動を開始する。

 それを見た伝令は慌てて大きな声で呼び止めると、言い難そうに報告を付け加えた。

「星の戦士の佐久間殿が進軍中に仇敵であるネプチューンの側近と遭遇し、戦闘の末に重傷。佐久間殿を逃がすために獣人族のケロス殿が代わりに交戦し、討ち死にに……」

「え、う…、そ……。ケロス…、が………?」

 私は伝令を聞いてただ呆然としてしまったが、頭が理解した途端瞳から涙が一筋流れた。それと同時に、急に足に力が入らなくなってその場に倒れそうになってしまう。そんな私をジャックがすぐに支えてくれた。

「ケロス殿の奮戦のおかげで、ネプチューンの側近は重傷。今はジークフリート殿が相手をしているので、討ち取るのも時間の問題かと」

「さ、さすがはジーク。ケロスの命を無駄にしないためにも、側近はここで討ち取らないと。ネプチューンと合流したら傷を癒されちゃうかもしれないからね」

「ど、どういう、こと…?」

 突然の別れに頭がついていかず、涙を流すことしかできない私は放心しながらジャックに訊ねる。

「えっと、魚人族の女王は代々エリクシールという秘宝を受け継いでいるんだ。そのエリクシールはどんな傷もたちどころに癒してしまうものだから、それを使われたらせっかくのケロスの奮闘が水の泡になってしまう。詳しい精製方法は知らないけど、百年に一度しか作れない特別な薬らしいから、多分一人分しか持ち歩いていないとは思うんだけど。彼女の性格なら自分用に取っておく可能性が高いけど、万が一側近に使われたらマズイから、ジークがトドメを刺してくれることを祈るしかないね」

「うぅ……。っく…。ケルちゃん、ケロス、ケルベロスぅ……!」

「えりさん…」

 大事な戦争中だと言うことは分かっていたが、私は顔を覆って泣きだしてしまった。

(私がこの間、佐久間君と同じ戦場だって知って、ケルちゃんに佐久間君が困ってたら助けてあげてって頼んだから…!私との約束を守るために!)

 自分を責めるように後悔する私の背を、ジャックは優しく撫でてくれた。

「ひ、ひとまず重傷者である佐久間君の手当てが最優先ですね。誰か隣に行ってセイラさんを」

「わたくしならここにいますわ」

 私とジャックは声のした方を振り向く。そこには隣の軍から移動してきたセイラが立っていた。

「こっちに来た伝令からお話は伺いましたわ。勇斗様の治療にはわたくしが向かいます。獣人族の方々の治療も合わせてお任せください」

「た、助かります。じゃあ僕たちで他の戦場の手当ては引き受けますから」

 セイラは目を真っ赤にさせて泣いている私の前までやって来ると、辛そうに目を伏せて私を優しく抱きしめた。

「えり様の大切な方をお救いできなくて申し訳ありません」

「せ、セイラちゃん……。セイラちゃんのせいじゃ…」

 セイラはそっと体を離すと、用意された馬に乗ってネプチューンの戦場へと向かって行った。

 私はその背中を見送りながら、自分より長く戦争に身を置いてきた、年下の少女の心の強さに感服した。

(私よりずっと年下なのに、強いなセイラちゃんは…。もう何人も仲間の星の戦士の死を体験してきたせいかもしれないけど。大切な人の死を悼む時間もないなんて…。やっぱり戦争なんてろくなもんじゃないよ!)

 私はぐいっと涙を拭うと、支えてくれたジャックに礼を言った。



 セイラを見送って十分と経たぬうちに、事態は更に動き出した。正面の戦場で戦っているドラキュリオたちからようやくサキュアを無力化したとの報告が入った。魔力の暴走のせいでサキュアは衰弱しきっており、かなり危険な状態とのことだった。

「サキュアまで死んじゃったりしないよね?ジャック」

「……もう戦いが始まって三時間以上が経ちます。サキュアの魔力が暴走していた時間がどのくらいかは分かりませんが、一応覚悟はしておいたほうがいいかもしれません」

「そんな……!」

 私がまた哀しみから表情を歪めた時、新たな急報が飛び込んできた。一番訪れてはならない最悪の事態だった。

「クロロ様より伝令!サラマンダー軍がついにクロロ軍、フォード軍を突破し、隣の戦場に乱入しました!神の子が急ぎ対応していますが、ジャック軍の一部を援軍として派遣するようにとのこと!」

 クロロの配下の不死者が血相を変えながら報告する。

 私とジャックは顔を見合わせると、二人して血の気を失っていった。最悪のシナリオに突き進んでいっている。

「ま、魔王様はまだサラの相手を?」

「はい…。お二方とも全力でやり合っているためもうボロボロなんですが、他の戦場に行こうにもサラマンダー殿に阻止されているようで。おじい様になんとかサラマンダー軍を対処してもらうようにとも言われたのですが」

「でもおじいちゃんはずっとクロウリーにかかりっきりで、とても援護する余裕なさそうだけど」

『グフフフフ』

 切迫する状況の中、突如頭の中に耳障りな笑い声が届いた。開戦前にも聞いたクロウリーの念話だった。また戦場一帯に強制的に念話を届けているらしい。

『各戦場だいぶ盛り上がってきたようですねぇ。それではここらへんで、更なる絶望を同盟軍の皆さんに届けましょうか』

「いい、一体、これ以上何をする気なんだ!?」

 ジャックと一緒に身構えていると、正面の戦場にいるクロウリーから強い魔力が発せられ、同時に彼がいる真下に何やら術式が展開されたようだった。

 近くにいるおじいちゃんは意図を察したのか、魔法を阻止しようとクロウリーを攻撃するが、残念ながら間に合わなかったようだ。

 魔法は発動し、クロウリーによる絶望的な展開が私たちを襲った。

「何が起こったの?ここからじゃよく見えないけど」

「これ、は……!?」

 ジャックが言葉を失っているので、私はみるみるうちに心が不安で押し潰されていく。

「た、確かなことは分からないけど、多分空間転移を発動させたんだ。大量の気配が一気に増えた。ただでさえ劣勢なのに」

「エッ!?このタイミングで敵の援軍!?」

 状況が目まぐるしく変わり、後方支援にあたるジャック軍ももうパンク寸前だった。何か手を打って早く状況を好転させなければ、もう取り返しのつかないところまで戦況は追い詰められていた。

 ジャックが配下たちに追加で指示を出そうとしたところ、正面の戦場で蒼白の光が立ち上った。そして時を置かずにたくさんの悲鳴が響き渡った。遠く離れた後方にまで兵の混乱が伝わってくる。

「まま、まさか、あの蒼白の光…!クロウリーが空間転移で呼び出した援軍って、ガイゼル軍なのかもしれない!」

「えぇ!?そんな、ガイゼルって!てっきりあいつは国から出てこないかと!ちょっと待って。じゃあ今あそこ一帯は、強制武装解除能力が!?」

「サラマンダー軍ももう乱入してきているし、最悪だね…。丸腰じゃ戦えっこない」

 ジャックは項垂れ、ほかの植物人たちも絶望に肩を落とした。

 私たちの進む道はもう、バッドエンドにしか続いていなかった。



 私は折れそうな心を何とか繋ぎ止め、昨夜決意した想いを胸に宿らせる。

(フェンリスの今までの苦労や努力を無駄にはさせない!今もきっとサラマンダーを相手にしながら苦しんでいるはず!自分の力でみんなを守れないことを、お父さんみたいにサラマンダーやネプチューンを従わせられないことを!……せめて、今の私にできる最善のことは、フェンリスやみんなが幸せになれる未来に導くこと。妄想が成功するかどうかはわからない。けど、可能性を自ら捨てたくはないから!)

 私は深呼吸すると、髪の毛の小さい花々が萎れそうなほど暗い顔をしているジャックに笑いかけた。

「ジャック。私の世界に伝わる名言を教えてあげる。諦めたらそこで試合終了ってね!最後の最後まで諦めたらダメだよ。私も絶対に諦めない。フェンリスにも、約束したから。ハッピーエンドを迎えられるように全力でサポートするって!」

「えり、さん……」

「私に任せて!誰にも真似できない、とっておきの大どんでん返しの妄想を披露してあげるから!」

 私は目を閉じると、周りの音が聞こえなくなるくらい集中力を発揮した。体の隅々まで星の力が行き渡り、蒼白の光が眩しいくらいに発せられる。

 昨夜寝落ちするまで繰り返し固めたイメージを再構築し、私は胸に溢れる想いと願いを音にしながら、妄想を現実に解き放っていった。

『時間の鐘~♪ 響く音色は 過去へと帰る道標♪』

 私から発せられた歌声は、まるで念話のように戦場一帯に響き渡る。私の隣にいたジャックは目を丸くして驚き、周りにいた配下たちも時間が止まったかのように動きを止めた。

『君と歩む未来のために 何度でも戻り戦うよ~♪』

 歌声や音色に合わせ、少しずつ妄想が現実化されていく。私が固めたイメージを元に、私を中心にして大きな魔法陣が展開された。それは蒼白の光を発し、私を包み込むようにあるものを実体化させていく。

 ジャックは配下たちに魔法陣の外に出るよう指示すると、歌に耳を傾けながらじっと私を見守った。



『平和な日々は 忘れ難くて~♪ 君と見上げた空は 何よりも美しい♪』

 サキュアを抱えて後方に引き返しているドラキュリオは、聞き覚えのある声に足を止めた。進行方向に目を向けると、蒼白の光が徐々に外側に広がって溢れていく光景が目に映った。

「この声、えりちゃん…。何をするつもりなんだろう」

 心地よい音色に包まれ、敵味方ともに少しずつ戦いの手を止め始めていた。



『あの頃の僕たちは 無限の可能性を秘めていた♪』

 後方でセイラの治療を受けながら、佐久間は仰向けになったまま空を見上げていた。

 自分のせいでケロスが命を落としたと聞き、目の前が真っ暗になっていたところだった。

「この歌声…。もしかしてえり様でしょうか。強い星の力を感じます。戦場を、どんどん覆い尽くすように」

「……この歌って、確か今流行りのゲームの曲。何で今、歌なんか…」

 佐久間は今は遠い元の世界の日常を思い出す。

『繰り返される歴史の中 戦禍の渦に飲み込まれ~♪ 繰り返される時間の中 もがき選べ確かな道を♪』

 目を閉じながら、佐久間は無意識にその良く知る歌を口ずさみ始めた。



 ボロボロになりながらサラマンダーと対峙していた魔王は、聞き覚えのある声とメロディに動きを止めた。満身創痍のサラマンダーも、呼吸を整えながら物珍し気に歌を聞く。

『時間の鐘~♪ 響く音色は 過去へと帰る道標♪』

「えり…?あいつ、一体何をするつもりだ?」

「歌なんて珍しいわね。この世界じゃ音楽と言えば楽器での演奏だから。魔王様のお気に入りのあの子の仕業かしら?」

 傷ついてあちこち血だらけになったサラマンダーが、妖艶な笑みを崩さず訊ねる。

 魔王は苛立たし気にサラマンダーを無視すると、戦場を越えて広がりを見せる蒼白の光の膜を目で追う。

『何度絶望に阻まれようと♪ 立ち止まらずに 鐘を鳴らすよ~♪』

「どれだけの規模の妄想を?あの馬鹿!己の体の負担をちゃんと考えているのか!」

 魔王は歌の中心地に向かおうとするが、しつこいくらいにサラマンダーが立ち塞がった。

「だめよ魔王様。女の誘いには最後まで付き合わないと。良い男になれないわよ」

「いい加減にしろサラマンダー!これ以上は命の保証はできんぞ!」

 暗黒剣に黒いオーラを纏わせると、魔王は鋭い殺気を放ちサラマンダーに向かって行った。



『時間の鐘~♪ 放つ余韻は あの日へ戻る道標♪』

 老魔法使いを出し抜いて戦局を有利に進めたクロウリーだったが、突然溢れ始めた星の力に焦っていた。

『君がいる未来のために 何度でも戻り戦うよ~♪』

「先ほどから星の力が止まることを知らない。最後の星の戦士の能力ですか。一体これはどういった効果が…。今のところ特に体に影響はないようですが、潰しておくに越したことはありませんねぇ」

「この儂がそれを許すと思うか?お嬢ちゃんのところには絶対に行かせんぞ!」

「グフフ。ワタシを止めるより下の加勢をしたほうがいいのではありませんか。神の子の援護があるとはいえ、もう虫の息では」

 クロウリーは地上へと視線を落とす。ユグリナ騎士団とオスロ兵が、突如現れたガイゼル軍の猛攻を受けてどんどん兵を失っていた。

『永遠とも呼べる時間のループ♪ 幾多の道を歩み 傷付こうとも~♪』

 老魔法使いは大事な友の歌声を力に変え、術式を展開する。

「お嬢ちゃんは優しい子じゃ。考えなしに力は振るわん。きっとこの状況を覆すために頑張っておるんじゃ。儂はただ、友としてお嬢ちゃんを信じるのみ!」

 老魔法使いは友のため、クロウリーの足止めに専念した。



『僕は終わらない 君に行き着くまでは~♪』

 私の想いと願い、歌声に呼応して、現実化は最終段階に入った。妄想の土台はイメージしやすいよう自分が良く知る歌とリンクさせており、今のところちゃんと成功している。後は信じて疑わない、ぶれない心と強い想いだ。

『巡る時間~♪ 駆ける御魂は 平和へ導く希望の灯♪』

(ハーフである自分に苦しみながらも、ずっとみんなを引っ張ろうと気を張り詰めながら頑張ってきた。フェンリスの努力や頑張りが報われてほしい。フェンリスをずっと支えてきたみんなの想いも無駄にしたくない!)

『たとえ最後の一人になろうと♪ 俯かずに 時間を駆けるよ~♪』

 足元の魔法陣から実体化したクリスタルは、私を守るように結晶化して体を包み込んでいく。そして私を取り囲むように四本の白い柱が現れると、その頭上に銀色の巨大な鐘が出現した。

 周りで見守るジャックたちは、現実化したその鐘を見上げて口を開けている。

『巡る時間~♪ 続く記憶は 前へと進む希望の鍵♪』

(みんなの強さを、絆を、疑うことなく信じてるから!私はいくらでも信じて待つよ。ハッピーエンドを願ってずっと)

『君と歩む未来のために 何度でも戻り戦うよ~♪』

 私の歌が終わると同時に、頭上にある巨大な鐘が大きく鳴り響いた。その音色は戦場を越えて駆け抜け、遠く世界を一周するかのようだった。

 そして鐘の余韻が鳴り終わると同時に、私の意識は星の力に溶けていった。




 鐘が鳴り終わると同時に、結晶化した異世界の星の戦士は目を閉じて動かなくなった。彼女が入るクリスタルの表面には、透明な時計が浮き出て現在の時間を刻んでいる。

 ジャックはクリスタルと頭上に吊ってある鐘を交互に見やり、状況を把握しようと努めた。

「お~い!ジャック~!」

「キュリオ君!」

 名を呼ばれて振り返ると、ドラキュリオがサキュアを抱えてこちらに飛んできていた。ジャックはぐったりしているサキュアを見て、急ぎ駆け寄った。

「サキュアは任せて!こっちで預かるよ!」

「あぁ、頼む!それで…、これって一体どういう状況?えりちゃんがなんか閉じ込められてるけど。さっきの歌ってえりちゃんの声だよネ?」

 ドラキュリオはクリスタルに手を当てて、中で眠る彼女を覗き込む。

 ジャックは前もって煎じてあった薬をサキュアに使いながら答える。

「そそ、それが、僕にも何が何だか。でも見たところ、能力発動に失敗したわけじゃないと思うんだ。見たこともない物が出現したし。何かしらの効果が得られているとは思うんだけど」

「ボクを助けてくれた時みたいに、きっとボクたちのために何かしてくれたんだよね。……まだ効果はよく分からないけど、えりちゃんが動けない以上、敵に襲われないように守ってあげなくちゃネ!」

 ジャックは大きく頷くと、配下たちに彼女周辺の守りを固めさせた。



 鐘が鳴り終わり蒼白の光が止むと、クロウリーは下品な笑い声を高らかに上げた。

「グフフフフ!何も起こらない!どうやら不発に終わったようですねぇ!あなた方の頼みの綱のようでしたが、とんだ拍子抜けだ!グフフフ!」

 老魔法使いは髭を撫でながら考え込むように出現した鐘を見下ろす。距離はあるが、ここからでもその存在感ははっきり伝わってきた。

「あの鐘の意図とは……」

「さて、大敗する覚悟はいいですか。一気に勝負を決めてあげましょう!今日はワタシが魔王に君臨する記念すべき第一歩です!」

 それから日が完全に落ちるまで、同盟軍対連合軍の戦いは続くのだった。




 その日の深夜。魔王城の作戦会議室に、老魔法使いとドラキュリオ、メルフィナを除いた全ての幹部クラスが集まっていた。皆身も心も疲れ果て、一様に暗い顔をしている。

 魔王は上座の椅子に腰を下ろして腕を組んだまま、目を閉じてピクリとも動かない。星の戦士のリーダーであるカイトも、椅子に座ったまま拳を握りしめて黙っている。

 先ほどクロロから今日の戦いの最終報告を受けたが、こちらの被害は散々なものだった。フォード軍とユグリナ騎士団、オスロ兵はほぼ壊滅。クロロ軍もガイゼルの能力によって半数以上の兵力を失った。不死者は再召喚すれば補充は一応可能ではあるが、再召喚には魔力が必要なので、失った分の頭数を明日までに揃えるのは難しい。

 セイラの能力のおかげで獣人族とヤマト水軍の兵力はそこまで削られなかったが、敵であるネプチューン軍の兵力もそこまで削ることはできなかった。

 結局今日の同盟軍の戦果は、サラマンダーを戦闘不能に追い込んだこと。サキュアを正気に戻したこと。ネプチューンの側近を討ち取ったことのみだ。

 全員が椅子に座って沈んでいる中、レオンが拳を握って何度も片方の手で受け止め、悔し気に歯をギリギリさせていた。

「クソッ!うちのケロスが、よりにもよって魚人族にやられるなんてよぉ!」

 魚人族と犬猿の仲の獣人族故に、今回のケロスの件は相当に悔しかったようだ。

 今ケロスの遺体はお城の彼の自室に運び込まれており、訃報にショックを受けたドラキュリオがずっと付き添っている。

 ずっと気が立っているレオンに向かって、凪が机に頭をつけるほど下げて謝罪の言葉を口にした。

「レオン殿。此度の件、誠に申し訳ない。全て拙者の責任でござる。勇斗が暴走しないよう、もっと拙者がきつく言い含めておけばこんなことには…」

「…よせやい。殿様のせいじゃねぇよ」

「いや。側近の不始末は、主である拙者の責任でござる。仇に遭遇した時点で、勇斗が分をわきまえて引き下がっていれば、そもそも勇斗自身も重傷を負うこともなかったはず」

 凪は隣に座る側近をチラリと見た。話題の中心になっているにも関わらず、彼はどこか上の空で別のことを考えているようだった。

 凪は魔王城に来る前から様子のおかしい佐久間に呼びかける。

「勇斗!ぼうっとしてどうしたのだ!………えり殿の姿を見てからずっと様子がおかしいぞ。何か、気になることでもあったでござるか?」

 凪の問いかけに、疲れた顔をした全員が顔を上げた。

 魔王城にやって来る前、全員がクリスタルに閉じ込められた仲間の姿を目にした。クリスタルには時計、頭上には銀の巨大な釣鐘。その異様な光景に皆目を奪われ、そして疑問を抱えた。一体彼女は何の妄想を現実化させたのだろうと。

 一般兵が戦場に残っているとはいえ、そのまま彼女を残していくことはできないということで、幹部クラスから老魔法使いが一人今も護衛として残っている。

「俺の考えが正しければ、神谷さんはきっと、とんでもない妄想に挑戦したみたいッス。もし成功していれば、俺たちはまだ今回の戦争に勝てる見込みが残っています」

 全員の注目を浴びながら、同じ異世界人の佐久間は力強い声で言った。

「それは、どういうことですか?先ほども説明した通り、私たちの戦力は今日大幅に削られてしまいました。このままでは最悪明日の午前中には勝負は決してしまうでしょう。それを、えりさんの能力で覆せると?」

「成功していれば、多分……。全てをなかったことにできるはず」

「なかったことに?」

 クロロは訝しみながら上座にいる魔王に顔を向けた。



 その直後、昼間に聞いた澄んだ鐘の音が、ガラーンッ、ガラーンッと立て続けに突如鳴り響いた。戦場から遠く離れた場所だというのに、さして離れていない場所で鳴っているように聞こえる。

 皆驚いて立ち上がり辺りを窺っていると、鐘の音に合わせて自身の体が蒼白の光に包まれていっているのに気が付いた。

 そして窓の外を見ると、夜だというのに蒼白の薄い光の膜が空を駆け巡っていた。

「一体これは、どういうことでしょう。えり様の能力なのでしょうか」

「全員狼狽えるな!……あいつの能力ならば、我々に害を与えるものではないはずだ」

 突然の出来事に取り乱す全員を魔王は一喝する。

 鐘の余韻が消えると同時に、体を包んでいた星の力は消え失せていった。

 戸惑った表情を浮かべる者たちが多い中、佐久間が制服に隠れていた腕時計を見て確信めいた口調で言う。

「どうやらちょうど零時だったみたいッスね。これで間違いない。神谷さんの妄想は現実化してますよちゃんと」

「どういうことでござるか?拙者たちにも分かるようちゃんと説明してくれ勇斗」

 凪が佐久間に説明を要求したちょうどその時、珍しく取り乱した様子の老魔法使いが空間転移をして現れた。

「たた、大変じゃ!魔王様!えらい事になっておるぞ!」

「じい!?おい、勝手に持ち場を離れて何をしている。報告なら念話でできるだろう。えりから目を離すな」

「いやいやいや!そのえりちゃんがとんでもない能力を発揮したんじゃよ!」

「時間が、巻き戻ったんじゃないですか?基準日をいつに設定したのかは分かりませんけど、少なくとも昨日の戦いが全てなかったことになっているはずッス」

 佐久間の言葉に、老魔法使いはブンブンと首を縦に振った。その場にいた全員が目を見開き、あまりの衝撃に言葉を失う。

「あれだけの戦闘で多くの兵が失われたにも関わらず、鐘の音から発せられた蒼白の光が戦場を駆け巡っていったと思ったら、夢でも見ているかのように兵が元通りに戻っていったんじゃ。恐らく昨日野営をしていた軍がそっくりそのまま戻った感じじゃな」

「なるほど。じゃあ一日前にタイムリープしたってことッスね」

 一人納得している異世界人に、ほとんどの者が状況についていけていないと視線を送った。その集まる視線に気づいて佐久間が口を開こうとした時、今度は三人の人物が扉を開けて入って来た。

「魔王様~!!ケロスが、ケルが、ケルベロスが、生き返ったヨぉ~~~!!!」

「だぁ~もう!耳元で叫ぶなよキュリオ!つかさっきから馬鹿力で抱きつきすぎ!ウゼェからもうケル坊と変わるぞ!」

「もういいよ何でも~!ケルでもケロスでもケルベロスでも~!良かったよぉ!死ななくて!」

 ドラキュリオは嬉し涙を流しながら、いつも言い合いをしている弟分を撫でた。

 死んだはずの仲間を前に、またも声を失う面々。魔王とレオンだけが、すぐに感情を表に出した。

「う、うぅ…。そうか。まだ生きてやがったか…!まだよく分かってねぇが、嬢ちゃんの能力のおかげだな!」

「……ケル。よく、戻って来てくれた」

 魔王はドラキュリオに抱きしめられ身動きが取れなくなったままのケルの頭を優しく撫でた。ケルは照れくさそうにはにかんでいる。

「えっと、生き返ったのも驚きなんだけどね、こっちも大変なのよ」

 メルフィナは困惑した顔でみんなを見回す。

 彼女は魔王城に来てからずっと、衰弱したサキュアに付き添っていた。長い間敵同士として戦っていたが、情が湧いたということで看病を買って出てくれたのだ。

「さっき戦場で聞いた鐘の音が聞こえたかと思ったら、体が急に光始めてね。えりの能力だって検討はついたんだけど、そうこうしている間に、サキュアの体も蒼白の光に包まれて、そのまま影も形もなくどこかに消えてしまったのよ」

「時間が巻き戻りましたからね。サキュアって子は元々敵側ッスから、神谷さんの能力の保護対象外なんでしょう」

 佐久間はケルに近づくと、ガバッと頭を下げて昨日命を助けてもらった礼と謝罪を口にした。

 ケルは目をパチパチ瞬くと、全然気にしないで、と明るく佐久間に答えた。その屈託のない笑みに、佐久間は無性に罪悪感が芽生えていく。無垢故のダメージというやつか。

「色々と情報が集まり私も状況に追いついてきましたが、今一度最初から説明してもらいましょうか。同じ異世界人の口から。今回のえりさんが現実化させた妄想を」

 クロロから改めて説明を求められ、佐久間は顔を引き締め真剣な声音で話始める。

 こうして、ハッピーエンドに向けて同盟軍の長い長い決戦の一日が始まるのだった―――。


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