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閉幕・おじいちゃん編 真珠に願う永遠の愛

 温かい微睡みに抱かれながら、私は安心して眠りについていた。とても苦しく経験したことのない痛みに襲われ、全身が寒くて力が入らなかったはずなのに、今は自分を包み込む優しい温もりが気持ち良くていつまでも寝ていられる。

 だが、ふと寝返りを打とうとしてあることに気が付いた。金縛りにでもあったかのように体が思うように動かない。

 体が動かないことで私の意識は少しずつ覚醒し、身じろぎをしようともがいている内に温かい眠りから覚める結果となった。



 パチッと目を開けると、何だか前にも見たような光景が目に飛び込んできた。至近距離にサイスの寝顔があり、どうやら私は彼に抱きしめられながら眠っていたようだ。前回はずっと寝顔を見られていたが、今日はサイスも一緒に寝ている。身動きが取れなかったのは、彼が抱き枕よろしく私をガッチリ固定していたからだった。

(え~っと、これは一体どういう状況だろう。私、何で一緒に寝てるんだ?)

 私は寝ている彼を起こさないよう、なんとか首を動かして情報収集をする。

 見慣れた天井と壁紙、家具。まず現在地は魔王城の自室であることが判明した。ベッドサイドに置いてあるチェストの時計を確認すると、今は朝の六時前だった。

(………私、さっきまでガイゼル王の玉座の間で戦ってたはず。…そうだ。機械魔族の攻撃で胸を撃ち抜かれて、それで……)

 私は死に際のことを思い出し、どんどん顔から血の気が引いていく。あの時は体の感覚がなくなり、凍るような寒さだった。視界が真っ白く埋め尽くされ、あのまま私は死の眠りについた。

(あの時の感覚は今でも思い出せる。……ということは、これは、夢?まさかこんなところが天国なわけないし。それとも、今目の前で眠ってる死神の彼氏があの世への案内人だったりして。……それだったら、寂しくなくていいな)

 私はそっと眠るサイスの頬に触れた。

 すると、一拍置いてからハッとした表情を浮かべてサイスが目を覚ました。完璧に油断していた私は、突然目を覚ました彼に驚いて心臓を止める勢いだった。

「び、ビックリした…!心臓が止まるかと思った…」

「……え、えりちゃん。…ッ!よ、良かったぁ~~!!!」

 サイスは耳元で大歓声を上げると、私をこれでもかと強く抱きしめた。元々かなりガッチリ抱きしめていたが、更に密着して逃さんばかりだ。正直言って魔族の力なので普通に痛い。

 私は顔をしかめて抗議の声を上げようとしたが、彼の体が小刻みに震え、しゃくり上げる声も聞こえてきたのですぐに思いとどまった。

「…サイス?泣いてる、の…?」

「………もう、二度と、会えなくなるかと思った…。本当に、本当に、……本当に、良かった!」

 サイスは少し体の力を抜くと、私の肩に顔を埋めてしばらく動かなかった。

 私は彼の気持ちが落ち着くまで、優しく背中を撫でてあげた。

(サイスがこんなに取り乱して喜ぶということは、つまり私は~、死んでないってこと?これは夢じゃない?)

 私は半信半疑になりながら、心が落ち着いてきたサイスに念のため確認をする。

「ねぇサイス、これって夢じゃなくって、本当に私は死んでないってこと?機械魔族に撃たれて、もう確実に死亡フラグ立ってたと思うんだけど」

 私の言ったフラグの意味がよく分かっていなかったようだが、サイスは私に笑顔を向けると、嬉しそうに声を弾ませた。

「死んでないぞ!これは夢なんかじゃない!夢であってたまるもんか!えりちゃんとはまだまだずっと一緒にいるんじゃから!」

 そしてサイスはまた私を抱きしめた。彼に抱きしめられるのが嫌なわけではないが、さすがにそろそろ解放してほしい。密着しすぎて実は先ほどから心臓が大変なことになっている。

「あの、サイス。そろそろ離してほしいんだけど。私、まだ全然状況が飲み込めてないし、ちゃんと起きてから話を聞きたいんだけど」

「ん?あぁ、すまん。ついつい嬉しくってのう。またえりちゃんの声が聞けて、笑顔が見れると思ったら」

 サイスはにこにこしながら私を解放した。

 私は凝り固まった筋肉をほぐしながらゆっくり体を起こすと、髪の毛を整えつつ同じく身を起こしたサイスに状況説明を求めた。

「大怪我したあの日からずっと目覚めないから心配しておったんじゃよ。もうあれから四日目じゃ。このままずっと眠り続けたらどうしようかと思ったわい」

「そんなに寝てたんだ!温かくてぬくぬくだったから、ついつい気持ち良くて爆睡しちゃったのかもね」

「温かくてぬくぬく?儂が魔王様の命令を無視してほぼほぼ添い寝しておったからかのう。目覚めるのには逆効果じゃったか?」

 サイスが頭を掻きながら気になるワードを連発したので、私はピシッと身を固くした。

「魔王の命令を無視?ほぼほぼ、添い寝?」

「そうじゃ。えりちゃんの意識が戻らず心配だったからのう。えりちゃんが目覚めるまでは絶対に任務など行かんって、突っぱねたんじゃ。だからどうしても外せない用以外はずっとえりちゃんの隣におったぞ。久しぶりに間近で寝顔が見放題じゃったし」

 無邪気に笑う彼に、私は恥ずかしさと怒りで顔を赤くしていく。いくら心配だったとしても、ある程度限度というものがある。

「……添い寝禁止令出してたはずだけど」

「エ!?あ、あぁ~。それは、そうなんじゃが~、儂、心配で」

 目を泳がせて私の目を見ようとしないサイスに、私はじと~っとした視線を注ぐ。無言の圧力をかけ続けていると、やがて彼の方から謝罪を切り出した。

「…すまん。恋人になる前に言われたことじゃったし、今はもう恋人同士だからいいかなぁと思ったんじゃ。……恋人同士でも添い寝はまだダメか」

 彼のシュンッと寂しそうな顔を見て、私の良心にグサッと一撃が入った。そんな顔をされると罪悪感が生まれるのでやめてほしい。

 私は仕方がないなぁ、と心の中で呟くと、そっぽを向きながら小さな声で答える。

「無断で添い寝をするのはダメだけど、事前に許可を取るなら認めないこともない、です」

「本当か!?それなら今度からはちゃんとえりちゃんに許可を取ってからにするぞ。嫌われたくないからのう」

 パァッと顔を輝かせたサイスは、嬉しそうににこにこ笑って言った。彼の素直な反応に釣られ、私もいつしか微笑んでいた。



 ベッドから立ち上がり、サイスに訊かれて体の異常がないか確認していると、誰かが部屋の扉をノックした。朝の早い時間に誰だろうと疑問に思っていると、私の代わりにサイスが部屋の扉を開けた。そこには不遜な態度をした魔王が立っていた。

「ようやく目覚めたか。女の分際で随分とゆっくり寝ていたものだな」

「ま、魔王様!?」

 サイスは苦い顔をすると、一歩二歩と後退る。

「おはよう。私も別に寝てたくて寝てたわけじゃないんだけど。ていうか、よく私が起きたのわかったね」

「じいの魔力が明らかに反応したからな。嬉しさのあまり魔力が増大している」

 魔王はサイスを一瞥すると呆れた表情を作る。私は苦笑いするしかなかった。

「さて、それじゃあ早速約束を果たしてもらおうか。女が目覚めたら休んでいた分倍以上働く約束だったな、じい」

 魔王は不敵に微笑むと、逃げる暇も与えずローブを鷲掴みにする。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!まだえりちゃんに肝心なことを伝えていないんじゃ!」

「なんだ。まだ伝えていなかったのか。まず一番に伝えるべきことだろう。場合によっては、二度とお前の顔など見たくないと言われるかもな。そうなったら、俺がもらってやらんこともないぞ」

 悪戯っぽい笑みを向けられ、私は疑問符を頭上に浮かべて小首を傾げる。

 魔王の言葉にサイスは焦った顔をしつつも、気持ちはどんどん沈んでいっているようだった。先ほどまでの嬉しさで舞い上がっていたテンションが見る影もない。

「他の男にえりちゃんをやるきはサラサラないが、……最終的に彼女が儂じゃない者を選ぶなら仕方がない」

「……え?ど、どうしちゃったの急に。何で、そんなこと言うの」

「じいはまだ、お前に肝心なことを伝えていない。お前がどうやって助かったのかをな」

「どうやってって……、あの時の状況からして、ニコ君が助けてくれたんじゃないの?それかセイラちゃん?…でも、さすがにセイラちゃんは一番後方の部隊にいたからないか」

 顎に手を当てて斜め下を向いて考え込む。

 目を覚ました直後は絶対死んだものだと思っていたので、今生きているのは夢だと疑ったくらいだ。サイスに死んでいないと聞かされすんなり納得して終わってしまったが、そもそも私は心臓付近を貫かれ瀕死の重傷だった。あそこから一命を取りとめるのはセイラの能力ぐらいでないと無理な気がする。

 私は言い難そうに視線を落としているサイスに問いただす。

「…サイス、あの時何があったの?私を助けてくれたのは誰?」

「………儂じゃ。あの日えりちゃんを助けたのは儂のソウルイーターの力じゃ」

「サイス、が?ソウルイーターの力って…。ソウルイーターって魂を刈る能力じゃなかったっけ?怪我を癒すこともできたの?」

 目を丸くする私に、魔王が横から口を挟んだ。サイスのペースに任せていたら日が暮れてしまうと思ったのだろう。それほど彼は萎縮し、私と目を合わそうとしなかった。

「ソウルイーターは魂を喰らうだけでなく、その喰らった魂を魔力や生命エネルギーに変換する力を持っている。普段はその変換した力を使って攻撃の威力を上げたり、使い手の魔力を補ったりしている。長年の死神族の長が使い続けてきた武器だ。ソウルイーターにはかなりの生命エネルギーが蓄えられていたはず。今回じいはそれを使って瀕死のお前を助けたのだ」

「そうだったんだ…。でも、なんでそれでそんな悪い事したみたいな顔してるの?別にサイス何も怒られるようなことしてないじゃん」

 俯く彼を覗き込みながら言うと、ビクッと体を反応させて彼はゆっくり顔を上げた。私の目を見てぐっと歯を食いしばると、今度はガバッと頭を下げた。

「ごめん!えりちゃん!儂は君の人生を変えてしまった!瀕死の重傷だったとはいえ、本人の許可も得ずに本来の命を捻じ曲げてしまった!これは儂のエゴじゃ!あの時、永遠にえりちゃんと別れることになると思ったら、儂はもう耐えられんかった!あんな形で、えりちゃんと別れたくなかったんじゃ!だから……!だから、ソウルイーターの生命エネルギーを使って君の怪我を治した。君の寿命が、逸脱して延びてしまうと分かっていても……」

 最後は絞り出すようにサイスは呟いた。

 寿命が延びる、その事実を聞いても、正直すぐにはピンとこなかった。だが、彼がこれほど自分を責めているということは、かなり大事なのだと理解はできた。

「えっと、つまり、ソウルイーターの力で怪我は治って無事助かったけど、私は寿命が延びちゃったってこと?」

「そうだな。生命エネルギーは組織を活性化させて再生する力を持つ。過度に与えられると根本的に生が作り変えられ強化されることもある。今回お前は、本来人間が持つ寿命以上の生を与えられたわけだ」

「ち、ちなみに、どのくらい寿命が延びちゃったの?」

「正確には分からんが、優に今から百年以上は確実に生きるだろうな。寿命の延びに伴って老化もかなり緩やかになったはずだ」

「ひゃ、百年以上!?」

 ようやく事態の深刻さに気付き、私は絶句した。開いたまま口が塞がらず固まってしまう。

(あ、あと、百年以上も生きちゃうって……?え、それ、もはや人間ではないのでは。逸脱し過ぎでしょ寿命。老化も遅くなるって言うし、完璧魔族寄りになっちゃってるよね。これから歳を重ねれば重ねるほど、周りの人にも不審がられるじゃん。元の世界に戻っても家族にだって…)

 私の表情がどんどん思い詰めて変化していくのを見て、サイスはますます萎縮し泣きそうな顔になっていく。

「全て儂のせいじゃ!そもそも儂があの時機械魔族の攻撃を止めていられていれば、えりちゃんが大怪我することもなかった!……儂が、失うのを恐れて力を使ったばっかりに、生を歪めてしまった。いくら儂を恨んでくれても構わん!嫌いになっても!別の男を選んでも!………ただ、生きてさえいてくれれば、儂は……」

 サイスの苦しそうな表情を見て、私は死ぬ間際に見た彼の顔を思い出した。今と同じように、彼は涙を見せて辛い顔をしていた。

 死神族の彼にとって、親しき者との別れは必然で、その度に心に深い穴が開く。恋人になったからには、将来サイスと死に別れる時はダメージがなるべく少なくすむような別れ方をしようと私は思っていた。そんな矢先にあんな瀕死の怪我を負うとは何とも運が悪い。

 私は自分を責め続けて下を向くサイスの手をそっと握った。

「……もういいよ。それ以上自分を責めないで。私も、あのままお別れしたら、死んだ後もずっと後悔したと思うから。サイスばっかりを責めはしないよ」

「えり、ちゃん…」

「寿命が延びたって言っても、今すぐ影響は出ないから現時点ではこれ以上何も言わないよ。…けど、これから何十年も先、この寿命の件で私が悩むことや辛い思いをするかもしれない。その時は、もしかしたらサイスに辛く当たることがあるかもしれないってことは先に言っておく」

「…うむ。当然じゃ。その時はいくら儂に当たってくれても構わん。えりちゃんが今こうして生きているのは、完全に儂の我儘なんじゃからな」

 泣き笑いする恋人に、私はにっこり笑顔を向ける。この件はこれで終わりだと言うように。

「まぁでも寿命が延びたってことは、サイスと一緒にいられる時間が増えて、サイスを一人ぼっちにする時間が減ったってことだよね。もちろん、寿命が延びた責任を取って、サイスがずっと一緒にいてくれるんでしょ」

「っ!?もちろんじゃ!ずぅ~っと傍にいるぞ!えりちゃんの寿命が尽きるまで!」

 元気を取り戻したサイスは、笑顔で私を抱きしめようとする。が、横から伸びてきた手にそれは阻まれた。

「丸く収まってよかったな。それじゃあ早速女を養うために働いてこい。任務は山積みだぞ。当分休みはないと思え」

 ローブのフードを掴んで部屋の外へと引っ張る魔王に、サイスは抗議の声を上げる。

「待ってくれ!せめて一ハグしてから行きたいんじゃ!どうせ軽く一週間は会えなくなるんじゃろう!?えりちゃ~ん!」

 サイスは私に両手を広げるが、魔王は気にせず廊下へと引っ張り出す。私はもう苦笑いで手を振るしかなかった。

「甘やかすのはここまでだ。これからも女と一緒にこの城に住み続けたいのなら身を粉にして働け。女一人養えないようなら、簡単にあいつに捨てられるぞ」

「えりちゃん一人くらい養える甲斐性くらい持っておるわ!任務に行けばいいんじゃろう、行けば!」

「が、頑張ってね~」

 魔王に逆切れしつつ任務に赴く恋人を、私は温かい声援で見送るのだった。




 私が瀕死の重傷を負ったあの日、ガイゼルは無事捕らえられ人間の戦争は終結した。両軍ともに被害は多く出たが、セイラの頑張りもあって死傷者は最低限に抑えられた。ガイゼルはユグリナ王国に移送され、今は城の地下牢に幽閉されているそうだ。星の戦士や各国のトップを交え、今後の処遇についてはまだ審議中らしい。

 ガイゼルがいなくなった王都シャドニクスは現在復興活動中で、カイトやサイラス団長を中心にユグリナ騎士団が壊れた街の修復作業を行っている。王によって洗脳されていた国民たちには、セイラやメルフィナ、ディベールの僧侶たちが心のケアをしているそうだ。皆とても重症で、すぐには呪縛から解けそうもないらしい。こればっかりはゆっくり時間をかけて取り組んでいくしかないだろう。

 佐久間と凪、ニコは一緒にヤマトの国の復興作業をしている。凪の優れた指揮の賜物で、特に混乱もなく復興は進んでいるらしく、来月には戦争を乗り越えた兵や民への労いを兼ねてお祭りも計画しているそうだ。

 フォードはと言うと、近隣のマシックリックの者たちに迷惑をかけないよう、戦場を海上に移して今なおサラマンダー軍と戦っている。魔王に聞いた話によると、お互いに死人は出さないよう戦っているようなので、しばらくは当人たちの気が済むまで戦わせておくことにしたらしい。フォードがサラマンダーに惚れている事実を私が伝えると、魔王は鼻で笑った後、寿命が尽きるまでに惚れさせられるといいな、と小馬鹿にして言った。同じ異種族に恋した仲間として、私は最後まで応援しようと思う。

 一方魔族側の裏切者であるクロウリーはどうなったのかと言うと、私が死にかけた次の日に魔王の手によって討ち取られた。前日にクロウリーの居城で追い詰めたのだが、あと一歩のところで逃走し、半日以上チェイスが繰り広げられたらしい。完璧に行方を見失って雲隠れされたら更に戦争が長引くところだったので、そうならずに済んでみんな本当に安心したそうだ。先代魔王やリアナ姫の仇を討ち取り、魔王もこれでようやく前に進むことができるだろう。

 魔王は魔界を統べる王として、戦争終結後は城で各領域の治安維持と人間界の支援指示で忙しい毎日を送っていた。クロロはそんな魔王の補佐として、各七天魔の伝達やユグリナ王国へのパイプ役をしている。ジークフリートは通常任務へ戻り、城の門番役として警備を担当。ドラキュリオ軍は魔界の治安維持のため、日々各領域を巡回している。ジャック軍は人間界へと赴き、薬の提供や荒廃した土地の植樹などを行って復興活動に貢献しているそうだ。人間たちからの評判もいいらしい。争いを好まない植物人だからこそ好まれやすいのだろう。

 そしてレオン軍とネプチューン軍だが、懲りずに両軍ともまだ戦い続けている。かなり白熱した戦いになっているそうで、巡回で通りかかったドラキュリオがさっさと退散するほどだったらしい。ドラキュリオの性格上、ちょっとした好奇心と悪戯心で無理矢理途中参戦でもしそうなものだが、その気さえ起きないくらいすごい熱だったそうだ。一進一退の良い勝負で、まだ決着には当分かかるだろう。

 最後にサイスだが、魔王に命じられてクロウリー軍の残党狩りをしているのだという。元々クロウリーに洗脳されて傘下に下った者は大した御咎めはないが、魔王に敵対心を持つ残党は排除せねばならない。それは魔王を支える死神族の役目だ。そういうわけで、サイスはドラキュリオ軍と連携を取りながら魔界をあちこち回っている。人間界に逃げ延びて潜伏している輩もいるので、人間界も隈なく見て回らなければならないそうだ。次に彼に会えるのは一体いつになるのかわからない。



 一日経って状況を把握した私は、部屋で大人しく休んでいた。昨日目覚めたばかりであまりまだ本調子ではないので、色々動き回るのは明日以降にしようと思っていた。

 落ちた体力を戻すためにストレッチをしていると、リズミカルに扉がノックされて一人の少女が入って来た。

「ヤッホー☆目が覚めたんだってねえり~♪心配したわよ~」

 返事も聞かずに部屋の中に入って来たサキュアは、私の元気な姿を見ると嬉しそうに抱きついてきた。いつの間にかだいぶ心の距離が縮まっていたようで、少々私は驚いてしまった。

「サキュア!ごめん、心配かけちゃって。昨日やっと目が覚めたんだ。サキュアも大きな怪我がなさそうで良かったよ。そっちも大変だったんでしょ。クロウリーのお城が崩れてそれに巻き込まれそうだったって聞いたよ」

「そうなのよー!魔王様と一緒にせっかく追い詰めたと思ったら、アイツったら城の爆破スイッチを押して逃走してくれちゃって。瓦礫を避けながら外に出るの大変だったんだから!」

 サキュアは私から離れると、勧める前に椅子に腰掛けて持参してきたお菓子をテーブルの上に広げる。こりゃ居座る気満々だなと思い、私は無言で飲み物を用意した。

「脱出した後は逃走するクロウリーを追う魔王様を必死に追いかけてさぁ、羽がもげるかと思ったわよ。結局途中で千切られちゃったから、サキュアはキュリオの軍と合流して機械魔族や三つ目族たちの相手してたんだけどー」

「それは大変だったねぇ。でも、無事にクロウリーが倒せて戦争も終わったし良かったよ。異世界からわざわざ助っ人に来た甲斐がありました」

 私がテーブルにジャック特製ティーを置きながらしみじみ言うと、サキュアは口にマカロンを放り込んで微妙な顔を作る。

「ホント。異世界から来たアンタまで死んじゃったらどうしようかと思ったわ。これ以上女友達が減るのはイヤだから」

「え?……今、なんて。誰か、死んじゃったの?」

 私はサキュアの向かいに腰を下ろすと、瞳を揺らす彼女を見返した。サキュアはフリフリのスカートをぎゅっと握りしめると、泣くのを堪えながら教えてくれた。

「メリィよ。あの不愛想メイド、魔王様を守るためとはいえ自分の身を犠牲にするなんて。そんなことされたって魔王様は絶対に喜ばないのに。本当にバカな人形なんだから。恋のライバルが減って、これじゃあサキュアの一人勝ちじゃない」

 馬鹿呼ばわりしているが、その目には溢れんばかりの涙が浮かんでいる。恋のライバルと言ってよく衝突していたようだが、本当は一番の女友達だったのだろう。

 突然の仲間の訃報に、私も大きく動揺した。昨日魔王から一連の報告を聞いた時は一言もそんな話は出なかった。どうやら意図的に知らされなかったようだ。この世界で初めてできた女友達はメリィだったが、毒舌ながらも何だかんだ仲が良かったので、私がショックを受けると思ったのだろうか。

「……そう、だったんだ。魔王を守って死んじゃったの?」

「うん…。城の中を進んでる途中で分断されちゃったから直接見てないんだけど、サキュアとジークが合流した時には核ごと破壊されちゃってた。核がなければいくらパーツを修復してもあの子は蘇らないから」

「そう…。じゃあ、クロロでももう直せないんだね」

 私がポロポロ涙を流すと、向かいに座るサキュアは私に釣られないようゴシゴシ涙を拭った。そしてティーカップに口を付けて心を落ち着かせる。先ほどの口ぶりから察するに、もしかしたらもう彼女は散々泣いたのかもしれない。そして同じタイミングで死にかけたという私を心配し、ついに目覚めたと聞いて喜んで会いに来てくれたのだろう。

 鼻をすすって私も涙を拭うと、紅茶を口に含んだ。

「それにしても、どんだけえりたちラブラブなのよ。目が覚めるまでほぼほぼおじいちゃんが添い寝してたじゃない。心配して様子を見に行きたくてもとても入れなかったわ」

 サキュアの言葉に、私は紅茶が変なところに入ってむせてしまった。ごほごほと咳き込んで喉の調子を治してから、私はやっと言葉を返す。

「そこまで知ってたの。別にラブラブじゃなくて、あれはサイスが勝手にやってたんだってば。元々私は添い寝禁止令出してたし」

「エ~!何で添い寝禁止なんてするのよ~!サキュアだったら毎日魔王様に添い寝してほしいけどなぁ~♪ていうかむしろサキュアの方から添い寝してあげる☆」

「魔王にそんなことしたら消されるんじゃないの」

 私は思わず真面目に答えてしまった。魔王が心底嫌そうな顔をするのが目に浮かんだからだ。

「さすがに消されはしないわよ。魔王様はお優しいからね!城を出禁になるくらいかしら」

「うん。絶対に止めておこうね。出禁になるから」

 私はサキュアの持ってきたマカロンをつまむ。

「それで、おじいちゃんから寿命の話はもう聞いたの?」

「ん?あぁ、聞いたよ。メチャクチャ長生きになっちゃったって。落ち着いたら元の世界に戻ろうと思ってたのに、今後色々大変になっちゃうなぁ。両親は先に亡くなるからいいにしても、兄二人はこれからも付き合いが続いていくからなぁ。絶対将来怪しまれるよ。若作りではごまかしが効かなくなるでしょ」

「え?えりって元の世界に帰るつもりなの!?おじいちゃんはどうするの!?恋人でしょ!?」

「いや、いくら何でもずっとこっちにはいられないよ。向こうの世界に家族がいるんだし。急に失踪したら心配するでしょ。定期的に元の世界に帰るつもりだよ。魔王から元の世界にはもう帰れるって昨日聞いたし。私の能力で行き来も可能だろうって言ってたから。最終的にはこっちに落ち着こうとは思ってるけど」

 最終的にこっちの世界に居続けると聞き、サキュアはほっと胸を撫で下ろす。私がサイスを捨てて戻ってこないのかと思ったようだ。あれだけ一緒に過ごしてきたのだ。今更元の世界で別の恋人を作る気などサラサラない。

(寿命も延びちゃったことだし、サイスには責任を持って私の面倒を見てもらわないとね)

 ふふふっ、と私は微笑んだ。

「寿命が延びて嫌に思うこともあるかもしれないけど、大好きな人と一緒にいられる時間が増えて良かったって思えばいいわ。少なくともサキュアは、えりといられる時間が増えて嬉しいわ。人間の生は短いからね。せっかく友達になってもすぐにお別れじゃあ悲しいもの」

「ありがと、サキュア!私も寿命が延びたと聞いた時はビックリしたけど、みんなと過ごせる時間が増えたのは嬉しい。特にサイスとは寿命の長さが全然違うからね」

「そうね~。…もしかして、おじいちゃんの策略だったりして。えりと長く一緒にいたいから、わざとソウルイーターを使って寿命を延ばしたとか♪いやん、愛の力ね☆」

「ちょっと、怖いこと言わないで。それある意味暴走した愛の力だから」

 その後も私はお菓子と紅茶が切れるまでサキュアと恋の話で盛り上がるのだった。




 それから二週間後、私は魔王城で退屈な日々を送っていた。もう体調の方は万全なので私も各地の復興作業に携わりたいのだが、それをある人物が阻んでいた。


『ねぇねぇ、私も人間界の復興作業に参加したいんだけど。あの日から佐久間君やニコ君たちにも会ってないし。心配かけただろうから直接元気な姿を見せたくて』

『……却下だ』

『なんで!?私だけ城で呑気にしてられないよ!』

『じいに頼まれているんだ。自分のいないところで死なれでもしたら困るから出歩かせるなと。もし出歩かせたら任務を放棄すると言われたからな。お前には大人しく城にいてもらわねば困る』

『そんな勝手な!ていうかどんだけ過保護なのよ。ちょっと出歩いたくらいで早々この間みたいに死にかけたりしないって』


 私は先日魔王としたやり取りを思い出した。サイスはとても理不尽な約束を魔王としており、そのおかげで私は今日も退屈な時間を過ごしている。目が覚めてすぐに任務に出て以降、サイスとも一度も顔を会わせていない。よほど魔王にこき使われているのだろう。

 ケルがいればまた違うのだが、彼は今も魚人族との戦の真っ最中だ。いなくなったメリィの代わりにお掃除もしているが、毎日この広い城を掃除しているだけでは息が詰まる。もうそろそろ我慢の限界だった。

「う~~~。もう!いい加減無理!今日という今日は脱走してやる!あとで魔王に怒られるだろうけどもう知らん!妄想あるのみ!」

 私は空間転移の妄想をすると、セイラたちがいるであろうアレキミルドレア国の王都へと転移した。



 空間転移でシャドニクスへと到着した私は、周りをキョロキョロ見回しながら仲間の星の戦士を捜した。

 戦争が終わってから二週間以上が経ち、壊れた城壁や家の瓦礫の撤去作業はずいぶんと進んでいた。もう一部は修復作業に取り掛かっている。しかし街の人々を見ると、まだ多くの人が道端に力なく座り込んだり、怯えて身を寄せ合ったりしている。洗脳の影響が根強く残っているようだ。

(武器も持たずに私たちにしがみ付いてきたほどだもんね…。そう簡単に正気には戻らないか…)

 私は街の中央広場に足を向けながらため息を吐く。すると、よく知る声が私を呼び止めた。

「もしかして、えり!?アンタ、いつこっちに来たのよ」

「メルフィナ!それにセイラちゃんも!会いたかったよ~!」

「それはこっちの台詞よ!良かったわ、すっかり元気そうで」

 私は教会の建物の前にいる二人に駆け寄った。

「佐久間様から一時大怪我をされたと聞いて、とても心配しておりました。サイス様が治療されたとは聞いておりましたが、佐久間様しか無事なお姿を見ておりませんでしたから」

「そうそう。死神のカレったら、アンタを治したらさっさと引き上げちゃったんだもの。ガイゼルを勇斗に任せてね」

「そうだったんだ。それは初耳。でもこの通り、ピンピンしてるからさ。もう大丈夫だよ。まぁ、…寿命はべらぼうに延びちゃったけど」

 私が最後にぼそっと付け加えると、二人は複雑な表情で私を見た。そこまで驚かないところを見ると、どうやらすでに二人は知っていたようだ。

「ん~。背に腹は代えられないってやつね。死ななかったんだから良しとすれば、もう。いいじゃない。えりの恋人はちょうど魔族なんだし。人間と結婚すると色々辛い思いをするかもしれないけど、寿命の長い魔族なら問題なし!それに彼の方が寿命も長いし、えりが寂しい思いをしないで済むでしょ」

「うん。そりゃあそうなんだけどね~」

「申し訳ありません、えり様。肝心な時にお力になれず…。わたくしがご一緒していればこんな事には」

 頭を下げて謝るセイラに、私は慌てて首をブンブン振る。

「そんな、セイラちゃんが謝ることないよ!今回の件は誰のせいでもないんだから!本当だったら死ぬところだったんだし、助かっただけで儲けもんだよ!サイスと一緒に過ごせる時間が増えてラッキーって思ってるところだしね」

「……そうですか。何か困ったことがあったら言ってくださいね。いつでもご相談に乗りますから」

「うん、ありがとう!」

 私がセイラに笑顔で返すと、メルフィナはニヤニヤしながらこっちを見てきた。何だろうと思っていると、扇で口元を隠しながらメルフィナは声量を落として訊いてきた。

「カレと過ごせる時間が増えてラッキーねぇ。…それで、カレとはあれからどこまで進んだのかしら。カイトに聞いた話だと、ずいぶん前に意識が戻ったんでしょう。えりの無事を祝してもう一回くらい寝たの?」

「な!?な、なな、なに言ってんのイキナリ!?してないってば!キスすらしてないから私たち!」

「えぇ~。なぁんだ、つまんないわね。ていうか、キスすらしてないってどうなの。それでも恋人?もしかしてまだウジウジしてんの、死神のカレ」

 ウジウジなんてしてないけど、と私が答える横で、セイラが目をキラキラさせながら両手を組んでいた。とても嫌な予感がする。

「わたくしにも詳しく聞かせてください!できればお二人の馴れ初めからお願いします」

「うぅ。自分の恋バナを聞かれる日が来るとは。恥ずかしいから遠慮したいんだけど。ていうか二人とも復興作業は?」

「今さっき休憩に入ったばかりなのでご心配なさらず。えり様のお話を聞く時間は十分にありますわ」

 こうして私は復興の手伝いではなく、恋バナを語らせられる破目になったのだった。



 私に散々喋らせると二人はようやく満足してくれたようで、私はやっと地獄から解放された。二人には刑事の取り調べが向いているかもしれない。

「相思相愛で羨ましいですわ~。わたくしも将来そんな伴侶を見つけたいです」

「何言ってんの。セイラちゃんだったら作ろうと思えばすぐに恋人くらい作れるよ。ねぇ、メルフィナ?」

「そうね。無条件でセイラの味方になってくれて、どんな時も命がけで守る責任感の強い男がいるわよね」

 私とメルフィナは顔を見合わせて頷き合うが、セイラには全く通じていない。首を傾げるばかりだ。

(結構戦場でも一緒になってるのに、全然意識されてないなぁカイト。恋人への道のりはまだまだ遠そうだ)

「それじゃあそろそろ休憩を終わらせて国民のケアに戻ろうかしら。えりはどうするの?」

「もちろん私も手伝うよ。今日はそのために来たんだし」

 そう答えた直後、背後からぬうっと手が伸びてきて何者かが私を拘束した。突然後ろから抱きしめられた私は驚き体を硬直させるが、耳元から聞こえた声を聞いてすぐに力を抜いた。

「ようやく確保じゃ、えりちゃん。勝手に黙っていなくなったらダメじゃろう。魔王様カンカンじゃぞ」

「サイス!どうしてここに!?」

 サイスは拘束を解くと、私の横に移動した。メルフィナとセイラは恋人の登場にニコニコしている。先ほどまで恋バナをしていたのでなんとなく居心地が悪い。

「魔王様からえりちゃんが能力を使って脱走したと聞いてな。すぐに駆け付けたかったんじゃが、ちょうど残党相手に戦ってる最中でのう。こんなに遅れてしまったわい。幸い居場所自体はすぐにわかったが。えりちゃんが来るとしたらここかユートたちのところだからのう」

「あ~あ。やっぱりすぐバレちゃったか。…でも、元はと言えばサイスが悪いんだよ。私に外出禁止令を出すから。過保護過ぎ!そんな簡単にもう死なないから!」

 私が人差し指を突き付けると、サイスは渋い顔をして口を尖らせる。

「そうは言っても、血の気が引いて冷たくなっていくえりちゃんがトラウマなんじゃもん。過保護にもなるわい」

「それは…、トラウマものかもしれないけど。でも戦争が終わって平和になったし、私もみんなと一緒に復興活動を手伝いたいの。私だけ魔王城でじっとしてるなんてできないよ」

「………ハァ。えりちゃんはそういう子じゃからしょうがないのう。わかった、魔王様には儂から話をつけておく」

 意外にあっさり納得してくれたので私は喜びの声を上げた。何だかんだで出会った当初からいつもサイスは私を尊重して色々助けてくれる。年上の包容力と言うのだろうか。少しぐらいの我儘は許してくれるからついついいつも甘えてしまうのだ。

「儂は任務があるからついててあげられんが、夕方には迎えに来るからそれまでは踊り子たちと一緒にいるんじゃよ。一人だと危ないからの」

「は~い。…私はお迎えを待つ子供か」

「カッカッカ!えりちゃんは儂の命より大切な恋人じゃからのう」

 サイスはメルフィナたちに挨拶すると、空間転移でまたどこかに行ってしまった。久々の再会だったのに何とも忙しない。

 メルフィナとセイラは顔を見合わせて笑い合うと、声を揃えてこう言った。

「愛されてるわね~」

「愛されてますわ~」

 私は頬を紅潮させると、冷やかしてきた二人に両手を上げて猛抗議するのだった。




 シャドニクスの復興活動に加わって一週間が経ったある日、私は魔王城の正面庭園でサイスを待っていた。昨日シャドニクスに迎えに来てくれたサイスが、念願の休みをもらえたので久々に一緒に出かけようと誘ってくれたのだ。今日の朝一の任務を片付けたら迎えに来てくれる予定で、私はいつもサイスが釣りをしていた橋に腰掛けながら足をブラブラさせて待っている。

(ブラック企業さながらに働いてやっと休みがもらえたんだから、お出かけしないでゆっくり城で休めばいいのに。いくら死神族でタフだからって疲れはあるでしょ。私に気を遣わなくても、別に一緒にお喋りするだけでも全然いいのに)

 私がそんなことを考えながら眼下に流れる雲を眺めていると、魔王城からサイスが浮遊魔法で飛んで来た。おそらく空間転移で直接魔王のところに転移し、任務の報告をしてから外に出てきたのだろう。

 私は橋から立ち上がると、大はしゃぎしている恋人を出迎えた。

「めちゃくちゃテンション高いね~サイス」

「そりゃあえりちゃんと久々のデートじゃからな!待たせて悪かったのう。まだ少し時間が早いから、ゆっくり飛びながら行こうかの」

(時間が早い?)

 サイスは私の手を取ると、浮遊魔法を私にもかけて晴れた空へと飛び出した。



 サイスのここ数日の任務の話や魔王の人使いの荒さの愚痴を聞きながら、私たちは空の散歩を楽しんでいた。

(いやぁ~、珍しく今日は愚痴がメッチャ多い。やっぱり疲れてるんだな)

 私は苦笑いを浮かべて相槌を打つ。

「そんだけ愚痴をこぼしながらもちゃんと魔王の任務をこなしてるんだから、サイスは偉いよね~。面倒見がいいというか、誰に対しても甘いというか」

「お世話になった先代様の息子じゃからのう。それに赤ん坊の頃から知っておるし。多少の無理難題でも多めに見てやるわい。ああ見えて魔王様は人間で言うところの成人はまだ迎えておらんからの。大人の儂が受け止めてやらんと」

「エッ!?あの見た目でまだ成人してないんだ。そっか、魔族って寿命が長いからその分成人も遅いんだ」

「種族ごとに若干差異はあるが、一般的には五十歳で成人じゃな。だから実は魔王様もキュリオと同じくまだまだ子供の部類じゃよ。だから支えてやらねばならんし、最後の死神族としての務めもちゃんと果たさねばな」

 ニッと歯を見せてサイスは笑う。

 私が死にかけた一件や普段一緒に過ごしてきた中で、彼は意外に涙もろい一面や少しお茶目で子供っぽいところがあるなと思っていた。しかし、こうして真摯に任務に取り組み魔王をサポートしているところや一族としての役目を全うしようとする彼を見ると、やはり私より遥かに大人としてしっかりしているなと思う。少なくとも私は元の世界でもそこまでの芯や責任を持って仕事に取り組んだことはない。

(ずいぶんと私は現状に甘やかされて生きてきたんだなぁ~)

 私が遠くを見て自分を省みていると、サイスが不思議に思い探ってきたので私は適当な会話で誤魔化すことにした。

「そ、そう言えば、戦争中に私たちの情報を敵に流していたのは誰だったんだろうね。戦争が終結して結局うやむやになっちゃったけど。特定しておかないとまた反乱とか起こされちゃうんじゃないの」

「…あぁ。その件なら問題ない。もう魔王様が直々に対処されたからの。その者の人生が歪まないよう、特に名の公表もしないつもりじゃ」

「……そうなんだ」

 適当な話題を振ったつもりが、結果として彼が悲し気な表情をすることになった。心なしか空気も少し重い。元々情報を流していたのは身内の中にいる人物ではと疑っていたから、本当に親しい人物だったのかもしれない。

 それから目的地に着くまでの間、サイスが新しい話題を振ってくれるまで私は悲し気な雰囲気を打破することができなかった。




 目的地の上空に辿り着くと、私はあっと声を漏らした。

「ここって前に連れて来てもらった流星の泉!なんか懐かしいなぁ!もうずいぶん前のことのように感じるよ」

 サイスに手を引かれ、私は森に囲まれた泉にゆっくり降り立つ。以前来た時同様、のどかでとても空気が澄み渡っていた。

「今日はいつかのリベンジをさせてあげようと思ってのう。この間は願い事する余裕もゆっくり花を愛でることもできなかったじゃろう。時間帯もこの間と同じで調節したからの。また水底から綺麗な景色が見れるはずじゃ。ぜひ潜るといい」

「あ、なるほど。だからお城で合流した時にまだ時間が早いって言ってたんだ」

 私は相変わらず段取りの良いサイスに感心する。前回も私にサプライズをするために色々段取りしてくれたが、わざわざ自分のことを考えて用意してくれると素直に嬉しい。こんな優しい彼が恋人になってくれて、私は幸せ者だろう。

「う~ん。でもまた息が続かなくて願い事失敗しそう~。結構深いんだよね~、この泉」

「あぁ、心配いらんよ。今回は儂の魔法で水の中でも息ができるようにしてあげるからのう。ついでに陸と同じように会話もできるようにしてやるわい」

「え?……それってもはや、ズルし過ぎて願い事の効力なさそうだね」

 私は至れり尽くせり過ぎて笑ってしまう。

 サイスが魔法をかけてくれている間に、私は太陽の光を浴びる大きな泉を覗き込む。水底には前見た時と変わらず黄色い水光花が咲き誇り、砂利に見紛うほどの真珠が満たされていた。底に留まる用の木製の棺は遠く、またあそこまで潜るのは大変だなぁと心の中でぼやく。


 しっかり準備運動をして体をほぐした私は、少しひんやり感じる泉の中に浸かった。私は服が濡れた分抵抗が増した水の中をざぶざぶ進む。泉の中央まで来たところで、縁に立つサイスを振り返った。

「それじゃあ行って来るね~」

「ウム。溺れる心配はないからゆっくり景色を楽しむといい」

 片手を上げて答えるサイスに小さく手を振ると、私は一応大きく息を吸ってから潜り始めた。

 どこまでも濁りのない透明な水を掻き、私は服の抵抗に負けないよう必死になって底を目指す。水の中でも息ができる魔法をかけてもらっているが、無意識に息を止めて我慢しながら潜っている。今まで水の中で息ができる状況など体験したことがないので、本能的に息を止めてしまうのだろう。

 なんとか水底に辿り着いた私は、前回見る余裕がなかった水光花を間近で観察した。本来は水色の花で、日光を浴びている昼間だけ黄色の花弁に変わる不思議な花。私は水に揺れる花にそっと手を触れる。

(この黄色い花が水色に変わるんだよね。もしかして日光の光を遮るとすぐに水色に変わったりするのかな。…う。い、息がそろそろ持たない)

 私は両手で口を押えると、少し迷った末に覚悟を決めて口を開いた。いくつか気泡が零れたが、私の口や鼻に水が入り込むことはなかった。どういう魔法か分からないが、ちゃんと新鮮な空気が私の肺に流れ込んでくる。心臓を少しドキドキさせながら、私は不思議な水の世界を体験した。

『おぉ~、ちゃんと息できてる。少しくぐもって聞こえるけど声も出せるし。本当にサイスって何でもできちゃうんだなぁ。さすが魔王軍最強の魔法使い』

 私は気を取り直すと、底に設置されている棺に向かった。足と手を引っかけて棺に体を入れると、水底から水中を見上げた。そこにはいつか見た光輝く世界が広がっていた。

 泉に降り注ぐ陽光は水に触れると屈折し、水に含まれる魔力に反応してキラキラ色を変えている。この泉の中でしか見られない虹の世界を、私は酸素を気にせず堪能した。普通の人間では味わえないとても贅沢な時間だ。

 十分に景色を目に焼き付けたところで、私は目を閉じて当初の目的である願い事を星に祈った。真珠を泉に捧げて祈る男性と違い、女性の祈り方は難儀すぎると改めて思ってしまう。

(う~ん。前に来た時は元の世界に戻りたいって願い事だったけど、今はもう帰ろうと思えばスターガーデンからすぐ帰れるしなぁ。………やっぱり願うんだったら、サイスと一緒に長く幸せに過ごせますように、かな)

 私が一心に彼との幸せを願って祈りを捧げていると、不自然な水の流れを感じた。願い事が終わり、何だろうと目を開けると、いつの間にかサイスが棺の前までやって来ていた。私の驚く反応が予想通りだったのか、彼は楽しそうに笑っている。

『なんでサイスまで泉の中に入って来ちゃってんの!?』

『一人上で待ってるのが寂しくなってのう。なかなかえりちゃん戻ってこないし』

『あ、ごめん。綺麗な景色に見惚れちゃって』

 私が申し訳なさそうにすると、いつものようにサイスは笑い飛ばした。

『カッカッカ!冗談じゃよ。せっかくだから元々儂も一緒に入ろうと思ってたんじゃ。これを捧げるついでにな』

 サイスはローブをごそごそ探ると、一つの変わった貝を取り出した。白とピンクのグラデーションになっており、元の世界でも見たことがない貝だ。二枚貝で外側が凹凸の突起のようになっている。

 私が興味を引かれてじっと貝を見つめていると、サイスが優しく微笑みながら貝を手で開ける。まるで婚約指輪の入っている箱をパカッと開くかのようだ。

『わぁ~!おっきい真珠!しかもピンク色じゃん!可愛い~!どうしたのそれ』

『今日のために調達してきたんじゃよ。ネプチューンの領域に行ってな。男は願い事をするために真珠を捧げるのが決まりじゃから、ちょうど魚人族が獣人族とゴタゴタしている隙に探してきたんじゃ。いや~、ここまで上等なものを探すのは苦労したわい。あとでネプチューンにバレたら殺されるかもしれんのう。無断で領域から取ってきたから』

『エ゛ェ!?大丈夫なの!?』

『カッカッカ!いざという時は天敵のレオンを盾にするしかないのう』

 サイスが笑いながらあっけらかんと言うので、私も笑うしかなかった。死神族は最凶と言われる一族なので、強すぎて危機意識があまりないのかもしれない。

『それじゃあ儂も願い事をしようかのう』

 サイスは貝から大粒の真珠を取ると、水底に向けて手放した。ピンクパールはゆらゆら落ちていき、やがて他に沈む真珠たちの仲間入りをした。

 真珠の行方を目で追っていた私は、貝を閉まって真剣な表情で目を閉じて祈る彼に視線を戻した。長めで念入りに祈っているので、一体何をお願いしているのだろうと気になってしまう。

 目を開いて私と目が合うと、サイスはにっこりと笑った。

『ずいぶん長いこと祈ってたけど、一体何をそんなにお願いしてたの?いくら大粒の真珠を捧げたからって、そんなに欲張ってたら一つも叶えてもらえないよ』

『大丈夫。これでも一つしかお願いしとらんよ。何度も何度も念押ししてただけじゃ。願い事は~、……きっとえりちゃんがしたものと同じ願いじゃ。なんて、ちょっと自惚れ過ぎかのう』

 照れくさそうに笑う彼を見て、私の心はぽかぽか温かくなり愛し気に恋人を見つめる。

『ううん。自惚れなんかじゃないよ。私も同じ願いだって思う』

『えりちゃん…』

 サイスは棺の中に納まって水底に留まっている私を引き寄せると優しく抱きしめた。彼は風や水の魔法を使っているようで、浮力によって体が水面に浮き上がる気配がない。ひんやりした水の中にも関わらず、私は身も心も火照り始めていた。

『えりちゃんに背中を押され、儂は少しずつ変わった。一族最後の生き残りで、大罪人の息子で、いつもネガティブな思考になっておったけど、えりちゃんのおかげで未来に前向きになれた。…寿命が長くなったせいで、えりちゃんには将来辛い経験をさせることもあるかもしれんが、儂が一生傍で守り、愛し続けていくからな。この気持ちだけは、永遠に変わらん』

『サイス……』

 虹色が広がる水の中で、まるでプロポーズみたいだなと私は思いながら、くすぐったい笑みを浮かべて彼のキスを受け入れた。心臓がドキドキし頬に熱が集まっていても、水の中なのでちょうどいい。

 そっと唇が離れた後、そのままついでに私の額にもキスを一つ落としてからサイスは体を離した。

『これでもう願いは叶ったも同然じゃな!二人でお願いしたから効力も二倍じゃ』

『フフフッ。魔法でズルしたからどうでしょうね。……あ~あ。でもあの真珠もったいないなぁ。ピンク色で可愛かったのにぃ』

『カッカッカ。えりちゃんがそう言うかと思って、実はちゃんともう一個用意してあるぞ。今度アクセサリーにしてプレゼントするからの』

 ウィンクするサイスに、私は嬉しさのあまり思わず震えてしまう。

『ほ、本当に!?ありがと~!もう完璧すぎ、サイス~!私には勿体無いくらい!』

 ぎゅっと首に抱きつく私を、サイスは優しく抱きしめ返した。

『そんなことないぞ。魔族の中で最凶と恐れられる死神族を愛してくれる心優しい人は、えりちゃんくらいしかおらんからの。これから先も、ずっと儂だけを見ていてくれ』

 二人の声と水の音しか聞こえない静かな世界で、私たちは二人だけの甘い水中デートを楽しむのだった―――。


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