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第三幕・おじいちゃん編 第五話 究極の選択

 サイスと魔王の決闘から四日後。私は今サキュアと自室でお茶会をしている。サキュアはついさっき魔界の巡回から帰ってきたばかりで、息抜きがてら恋バナをしに来たのだと言う。先ほどから私はサイスとのことを根掘り葉掘り訊かれていた。

「ついに恋人同士かぁ~♪いいなぁ~☆サキュアも魔王様とラブラブした~い!」

「魔王とラブラブはかなりハードル高いんじゃ…。私も別に、まだ大して恋人同士らしいことはしてないけど。あれからずっとサイスは魔王にこき使われっぱなしで全然会えてないし」

 魔王との一騎討ちを経て、ようやくサイスは命を狙われる心配がなくなったのだが、その代わり魔王の命令で魔界と人間界を飛び回っていた。

 私も一緒について行こうとしたのだが、魔王に断固として認められなかったので、ここ数日は渋々魔王城で待機していた。

「報告に戻ってきたと思ったら、ソッコーで魔王様にまた追い出されてるもんね~。でも死神族ってすごくタフらしいから、一か月くらい体を酷使しても大丈夫よ☆」

「いやいやいや!ブラック企業すぎる!死神族とか関係なく、誰にでも休みは必要だよ。いくら戦争中だからって」

「もうこの戦いも佳境に入ってるからね~。さっき外から戻って魔王様に報告してきた時に聞いたんだけど、レオンたちがネプチューン軍を退けたみたいよ。…ただ、ネプチューン軍は魔界の領域に戻って、何故かレオン軍と交戦中らしいわ」

 ジャック御手製の紅茶を飲んでいた私は、ピタッと止まってティーカップから口を離す。

「え゛!?なんで魚人族対獣人族が始まっちゃってんの!?犬猿の仲とは聞いたことあるけど」

「いつの間にか人間そっちのけで両方とも火が付いちゃったんじゃないの。とにかく当分獣人族は動かせないって魔王様が嘆いていたわ」

 ヤマトの国の戦場が一つ片付いたのも束の間、今度は魔界で新たな戦場ができてしまった。

 先日獣人族の集落で宴に参加して打ち解けたばかりなので、私は仲良くなった獣人族たちが無事であるようにと祈るばかりだった。

「じゃああとはガイゼル王とクロウリーをどうにかするだけだね。今ガイゼルがいるアレキミルドレア国の戦場には、カイトやセイラちゃん、メルフィナとキュリオ、クロロ軍の一部が参戦してるんだっけ」

「えぇ。でも二日前にクロウリーは戦場に顔を出したきりで、もうガイゼルの戦場にはいないみたいよ。今はもう自分の領域に閉じこもっているみたい。おじいちゃんに偵察させて確認したから間違いないって言ってたわ」

「…サイスってばそんな偵察までさせられてるんだ。大変だなぁ。今度会ったらたくさん労ってあげないと」

「じゃあ、早速たくさん労ってもらおうかの」

 私とサキュアは二人して飛び上がると、バッと入り口の開いた扉に目を向ける。そこには見るからにくたびれた表情をしたサイスが立っていた。

「サイス!?いつの間に、というか、いつから?」

「気配消し過ぎ!女同士の会話を盗み聞くなんてサイテーよ!おじいちゃん!」

「すまんすまん!つい今しがた来たばかりじゃよ。儂の名前が聞こえたから、何を話しているのかとついつい聞き耳を立ててしまってのう。それじゃ……」

 サイスは部屋に入ってくると、何故か私の真後ろに陣取った。

「愛しい恋人に癒してもらおうかのう」

 彼はそう言って、後ろから椅子に座る私を抱きしめた。対面に座るサキュアはそのシチュエーションを見て、黄色い声を上げて興奮している。魔王と自分だったらと脳内妄想まで口にしていた。

「ちょ、ちょっとサイス!サキュアの前で」

「はぁぁぁぁ~~~。癒されるぅ~~~。やっぱりえりちゃんの傍は居心地がいい。…全く魔王様は人使いが荒すぎるんじゃ。いくらノロケた罰だとしても、連日人間界や魔界を飛び回って戦ったり偵察したりは神経が疲れるんじゃ」

「…………」

 文句をかき消すほどの深いため息を吐かれ、甘えるようにギュッとして肩に顔を埋めるサイスに、私はもう何も言えなくなってしまった。先ほど立っている時に見た顔も実際に疲れた顔をしていたため、ただ甘えているだけではなくて、本当に疲れているのだろう。

 私は労いの意味を込めて、よしよしと彼の頭を優しく撫でてやった。

「……早く戦争を終わらせて、また二人でのんびりいつもの場所でお喋りしたいのう。儂はあの時間が一番好きじゃ。…時々ケルやキュリオも混ぜて楽しくの」

「ふふふ。あの正面庭園の釣りをしてるいつもの橋ね。もうずいぶん前のことのように感じちゃう」

「最近はずっとバタバタしておったからのう。…さてと、エネルギー充填完了じゃ。それじゃあ二人とも、一緒に作戦会議室に来てくれるか。魔王様がお呼びじゃ」

 サイスは私から離れると本題を口にした。どうやら私たち二人を呼ぶために来たらしい。

「もしかしてついに、総攻撃ってやつ?さっき魔王様に報告しに行った時にそうなるんじゃないかなぁ~って思ったのよね。ネプチューンとサラマンダーは片付いたも同然だし、残すは本命の二人だけよね☆」

「そういうことじゃ。大幅に配置換えをすると言っておった。他の者ももう集まっておる。行くぞ」

 私たちはサイスと一緒に会議室へと向かった。ついにこれが、この戦争最後の作戦会議だ。




 作戦会議室に入ると、そこには魔王と参謀、ジークフリート、ドラキュリオ、メリィ、ジャックがいた。皆椅子に腰掛けもせず、円形になるように魔王の周りに立っている。私たちもその円に加わるように並んで立った。

「よし、集まったな。今回集まってもらったのは他でもない。ついにあの裏切者を討つ時が来たからだ!長きに渡り尽力してきたお前たちには礼を言う。お前たち一族の努力と力があってこそこの時を迎えられた。…これが、最後だ。明日の決戦、今一度お前たちの力を俺に貸せ!父上と母上の仇であるクロウリーをこの手で討ちとるために!」

「「「もちろんです、魔王様!」」」

 その場にいる者全員が笑顔で王の声に応える。先代の魔王と先代の姫君、リアナ姫の仇を取る。みんなの心は一つになっていた。

 クロウリーに色々手を打たれない様、決戦は急遽明日に決められた。魔王の指示の下、クロロが各自の配置を説明する。

「最終決戦とういうことで、今回は魔王様自ら戦場に赴きます。今クロウリーは自分の領域に籠っておりますが、おじいさんの見立てでは自分の居城に閉じこもっているとのことです。なので今回は、領域攻めプラス城攻略になるかと思います。クロウリーの領域はご存知の通り、異常気象地帯です。天候が不安定で視界は不明瞭、戦う環境としては最悪です。城近辺は気候が安定しておりますが、道中は竜巻や豪雨、雷に雪など、あらゆることが想定されます。各自相応の準備をお願いします」

「……す、すごいところに住んでるんだね。クロウリーは」

 私は隣にいるサイスに小声で話しかける。この間偵察に行ったばかりの彼は、うんざりした顔で私に頷いた。

「クロウリーの領域には三つ目族や機械魔族、スライムたちが待ち構えていると思います。城に向かうまでに妨害してくることはもはや明白です。できる限りこちらの戦力を奪い、クロウリーを手助けしようとしてくるでしょう。中には洗脳された他種族もいるかと思いますが、今回はあまり時間をかけるのは得策ではありません。洗脳を解く余裕がなければ容赦なく排除してください。魔王様からの許可も出ております」

「あぁ。洗脳されている奴には悪いが、やむを得ん。時間をかけているとまたクロウリーの奴がろくでもないことをするかもしれんし、逃げられる可能性もあるからな」

 魔王の言葉に皆が頷いて同調する。

「配置についてですが、ジャック軍は後方支援をお願いします。主に怪我人の手当てですね。敵も最後の抵抗で死に物狂いで襲ってくる者もいると思います。負傷したら無理せずジャック軍のいる後方まで下がるようお願いします」

「けけ、怪我人の手当てだったら、いくらでも任せてください。戦うよりかは貢献できますから」

 争いを好まない植物人は、後方支援ならば右に出る者はいない。みんなが安心して背中を任せられる者たちだ。

 ジャックの意気込みを聞き、魔王は頼むぞ、と一言だけ口にした。

「次に先陣を切って道を切り開く軍ですが、これはあえて言わずとも分かっているでしょうが、ドラキュリオ軍でお願いします。なるべく魔王様を疲弊させないで城まで進軍したいので、道中の露払いは吸血鬼一族と悪魔族で行ってください」

「了かぁ~い☆やっとガイゼルの戦場から外れられるよ~。ガイゼルの能力のせいでずっと魔力を使えなかったからさ、すごい戦いにくかったんだよネ。これで思う存分暴れられる!」

 よっぽど嬉しいのか、ドラキュリオはウキウキした様子だ。昨日休みをもらって全軍ガイゼルの戦場から撤退してきたばかりらしいが、本人からはあまり疲れは見られない。一日休んだだけでもう体力は回復したのだろうか。

「城への潜入は少数で行います。城外の足止めを多くしたほうが立ち回りやすいので。潜入組は魔王様、ジーク、メリィ、サキュアでお願いします」

「了解した。魔王様の御身は必ず俺がお守りする」

「サキュアもサキュアも!魔王様から片時も離れずお守りしますので!」

「では私は、魔王様を狙うサキュアからその身をお守り致します」

 メリィは早速手にしたデッキブラシを構えると、向かいに立つサキュアに殺気を漲らせた。魔王はため息を吐くと、ジークフリートに間に入るよう命じる。

「人選にやや不安を覚えるな」

「仕方がありません。レオンやケロスはネプチューン軍にかかりきりですから。私の軍は今回魔王城の守りに付きますしね。ジークフリートに頑張ってもらうしかないです」

 すでにメリィとサキュアの板挟みになって苦労している魔騎士を見て、私は魔王同様不安しか感じなかった。ジークフリートは優しすぎるので、女性の上手いあしらい方は不得意な気がする。

「ん?え~と、儂とえりちゃんの名がまだ出ていないんじゃが。儂らはどこに配置されるんじゃ?」

 サイスは杖で右肩をトントン叩きながら訊ねる。サイスの本来の姿をまだ見慣れていないドラキュリオやジークフリートは、珍しいものでも見るような目を向けている。

「あぁ、お前たちバカップルは別の戦場だ。二人で人間たちの援軍としてガイゼルの戦場に行ってこい」

「バ、バカップル!?ちょっと言い方酷いんですけど!?」

「そうじゃ。まだそんな目の前でノロケておらんじゃろう。これからいっぱい見せつけるつもりじゃからな」

「ちょ、何言ってんの!?」

 魔王に変な返しをするサイスに、私は即座にツッコミを入れる。

 私とサイスが親し気にやり取りしているのを見て、私たちの関係をまだ知らないドラキュリオは魔王に恐る恐る問いかけた。

「ね、ねぇ、さっきバカップルとか言ってたけど、まさかあの二人恋人になったなんてことないよネ?」

「そのまさかだ。フン。じいに先を越されたな、ドラキュリオ」

「えぇ~~~!?ウソ!?やだやだやだ!どうしてよりによってじーちゃんなんだよ!ボクのほうが若くてピッチピチだよ!今からでも遅くはない!ボクも恋人候補に立候補する~!えりちゃんのためだったらもう一度ガイゼルの戦場で戦ってもいいし」

「馬鹿言うな。お前は今回先陣を切ってクロウリーの領域を攻める役割だ」

「残念じゃったのう。えりちゃんはもう儂の恋人じゃ。ピッチピチなお子様より、大人な儂の方が魅力的なんじゃよ」

 本気で悔しがっているドラキュリオを、サイスは楽しそうにからかっている。メルフィナがサイスのことを見た目より幼いところがあると言っていたが、今この状況を見ると、確かにその通りかもしれない。

(幼い、というより、ずっと浮かれっぱなしなのかもしれない。さっきもいっぱい見せつけるとか言ってたし。大事な人を作ることをずっと諦めてたみたいだから、恋人ができて本当に嬉しいんだろうな。浮かれすぎててこっちは照れて、ちょっとくすぐったい気分だけど)

 乙女二人をなだめ終わったジークフリートは、私の傍に来ると祝福の言葉を送ってくれた。

「二人が恋人同士になっていたとはな。こんな状況だが、おめでとう。戦争が終結したら、改めてみんなで二人を祝おう」

「ありがとう、ジーク!そのためにも、明日はお互い頑張ろうね!」

 私とジークフリートはにこやかに笑い合うが、ドラキュリオはまだ納得がいっていないようで暴れていた。

「そもそもあんな老人の姿からそんな若返った姿になるのがまず反則なんだヨ!えりちゃんが気になっちゃうのも当然じゃん!老人のままだったら絶対恋愛対象外だったのにー!」

「そんなことを言ったらお前さんだってそれは仮の姿じゃろう。悔しかったら本来の姿で口説いてみるんじゃな。儂と比べたらそこまでギャップはないじゃろうが。あぁでも、もうえりちゃんは儂の恋人だから口説いても無駄か」

「なにをー!こうなったら意地でも別れさせてやる!えりちゃ~ん!ボクの方が将来玉の輿だよ~!吸血鬼の王になるからネ!」

「スペック勝負か!?わ、儂だって一応死神族の長の血筋じゃぞ!……配下はゼロじゃが」

 二人の不毛なアピール勝負が始まったので、魔王は呆れながら伝えることだけ伝えて各自を解散させた。みんなが会議室を後にする中、ジークフリートだけが困る私を見捨てず一緒に最後までアピール合戦を見届けてくれたのだった。




 その日の夜。私は明日の決戦に備えて身支度を整えていた。

 ベッドに座りながら能力で生み出した魔法書を手に取り、どの属性のどの強さの魔法が残っているのかをページをめくって確認する。だいぶ使っているので、もうかなり穴あきのページが増えていた。

 明日行くガイゼルの戦場には、ずっと戦い続けて疲弊しているカイトとユグリナ騎士団、治療を担当しているセイラ、参戦したばかりでまだ余裕のあるメルフィナとニコ、そしてネプチューン軍を退けたばかりの佐久間が明日合流する予定だ。国がバタついていて援軍に行けない自分の代わりに、佐久間だけでもとわざわざ凪が寄こしてくれるらしい。仲間想いで義理堅い殿様だ。

「若干残ってる魔法が偏ってるなぁ。やっぱり攻撃魔法っていうと、火とか雷の魔法を優先して使う節があるからな~。あと風と氷もか。水と土があんまり使ってないんだよねー」

 ペラペラページをめくっていると、コンコンッと扉がノックされた。返事をしながら魔法書を閉じると、ニカッと笑いながらサイスが部屋に入って来た。昼間はだいぶ疲れた顔をしていたはずなのだが、今はもうケロッとした顔をしている。死神族がタフだと言われている意味がよくわかった。

「えりちゃん!寝る前に少しデートしないか?最近ずっと任務続きで一緒に過ごせてなかったじゃろ」

「え?今からデート!?もう夜だよ。明日は大事な決戦なんだし、早く寝て体を休めたほうがいいんじゃ。サイスだって昼間あんなに疲れてたじゃない」

「儂ならもう十分回復したから心配ない。それに、デートと言ってももう時間がないから、デートという名のただの散歩じゃ。夜空でも見ながら魔王城の周りを軽く飛ぶだけじゃよ」

 デートと散歩という単語を聞いて、私はかつての会話を懐かし気に思い出す。

「ふふ。今度は散歩という名のデートじゃなくて、デートという名のただの散歩ね」

「そういうことじゃ」

 ウィンクをして私の手を取ったサイスは、夜の散歩へと私を連れ出した。



 私たちは東の庭園から浮遊魔法で空へと飛び立つと、星空を眺めながらゆっくり空中散歩を楽しんだ。

 戦争の話には振れず、手を繋ぎながら出会った当初の頃のように、私の世界の話やこの世界の文化や名所の話で盛り上がる。とても穏やかで優しい時間。この世界に来てから彼と過ごすこのお喋りの時間は、私にとってとても安らげる大事な時間だった。

 見知らぬ世界に突然やって来て不安だった頃、サイスは毎日私を気にかけてくれていた。行動範囲が狭く、城で退屈していた私にいつも付き合ってお喋りをしてくれた。

(あの頃は祖父のように慕ってただけだったけど、本当の姿を見た途端恋に変わっちゃうなんて…。現金な奴なのかなぁ、私。あの鎌を持って戦ってる姿を見てから意識し始めちゃったんだよね。これが俗にいう一目惚れってやつ?)

「えりちゃん?どうしたんじゃ。何か上の空じゃが。眠くなってきたか」

 少し考え事をしている間にサイスの話を聞き逃していたらしい。私は慌てて首を横に振る。

「ごめんごめん。ちょっと考え事しちゃってた」

「考え事……。明日の決戦のことか?そんなに心配せずとも、えりちゃんの身は儂が必ず守る。いくらガイゼルと相性が最悪でもな」

 考え事を勘違いされたが、本当のことを言うのは恥ずかしいので特に否定するのは止めておいた。

 相性が悪いと聞いて、そういえばと私はガイゼルの能力を思い出す。

「ガイゼルの強制武装解除って、確か魔力もゼロにされちゃうんだよね?武器の鎌も持てないし魔法も使えない。サイスとの相性最悪じゃん!なんで魔王はサイスをガイゼルの戦場に配置したの?」

「ん~。儂とクロウリーをぶつけたくなかったんじゃろうなぁ。死神族の次に三つ目族は魔法に長けた一族じゃから、本気でやり合ったら地形ごと吹き飛び魔界が荒れそうじゃ。それに両親の仇だから自分で相手したいという気持ちもあるじゃろうが、儂が嵌められて命を狙われたことにも内心腹を立てているんじゃろ。魔王様はお優しいからのう。その件も含めて明日は戦うつもりなんじゃろうな」

「いつもながら分かりにくい優しさだなぁ。…でもだからって不利すぎじゃない。魔法も武器も使えないうえに、サイスはキュリオと違って体術が専門でもないし。残ってるのはタフさしかないよ」

「カッカッカ!タフさがあれば人間相手なら十分戦えるがのう。…大丈夫じゃ。儂には死神族の長から代々受け継がれているソウルイーターがあるからの」

 サイスは繋いでいた手を放すと、手元に鎌を召喚する。間近で見ると刃の部分が実に大きいことがわかる。こんな刃で一振りされたら簡単にスパッと首が持っていかれるだろう。

「このソウルイーターは鎌の中でも特別での、意志を持つ鎌なのじゃ」

「意志を持つ?」

「とても希薄じゃが、意志を持っている武器なんじゃ。だから元々ソウルイーターと心を通わせられない者は、そもそも使い手として持つことすら許されない。ソウルイーターと意志の疎通ができて、本来初めて一人前の長と認められるんじゃ」

 サイスが鎌の刃を優しくなぞると、ソウルイーターが微かに白く光ったような気がした。

「明日はガイゼルの能力で鎌を手放すことになると思うが、一応ソウルイーターと心を繋げば遠隔操作も可能なんじゃ。儂の意志に従って敵を攻撃してくれるはず。……まぁ、遠隔操作はかなり神経を使って気力が消耗するから普段なら絶対使わないんじゃが。明日はそうも言ってられんからのう」

「なるほど。その奥の手があるから魔王は心配せずにサイスをガイゼルの戦場に配置したわけね」

「あと能力が発動していない間はアイテムでいくらでも魔力は回復できるからな。その隙にまたバンバン魔法だって撃てる。いくらでも戦いようはあるぞ」

 サイスは鎌を軽く振ると魔法で消してしまった。

 心を通わせる武器と聞いて、私は元の世界の漫画やゲームを思い出す。昔からよくある設定ではある。

「ちなみにソウルイーターとはよく喋るの?男性?女性?」

「ん?さっきも言ったが、意志は宿っているがとても希薄なんじゃ。普通に会話できるほどではないんじゃよ。多分、完璧に魂が宿っていると意志が強くなり過ぎて、使い手を襲うことがあるからだと思う。だから意志が希薄なんじゃ。最低限の意思疎通しかできん」

「武器が使い手を襲う…。それはちょっと怖いね。私の世界にも使い手を殺してしまう妖刀なんて話が伝わってるよ。実話かどうかはわからないけど」

 私は江戸時代の刀を思い出す。妖刀ムラマサと言えば有名だが、本当のところは誰にもわからない。

「代々伝えられてきた話じゃと、ソウルイーターに宿る意志は初代死神族の長と言われておる。だからさっきの答えは男性じゃな」

「へ~。死んでも子孫を見守ってくれているんだね」

「そうじゃな。今はもう、儂しか見守る相手はいなくなってしまったが…」

 寂しそうに星空を見上げた彼の手を、再び私は手に取り優しく握った。こちらを見たサイスと視線が交わり、私はにっこり微笑む。

「でも、もう一人ぼっちじゃないでしょ。私だっているし、魔王軍のみんなも一緒だよ」

「………そうじゃな」

 微笑み合うと、二人一緒に空を見上げる。雲より高く飛んでいる魔王城の空には遮るものなどどこにもなく、目の前には満天の星空が広がっていた。大好きな人と見るその光景を、私は一生忘れることがないだろう。

 星空に気を取られている私の横で、サイスが不意に動いた。頬に柔らかい感触が押し当てられ、彼のオレンジの前髪が額にかかった。

 そっと気配が離れたところで、私はようやく頬にキスされたのだと認識した。

「な、な、な!?急に、なに!?」

「カッカッカ!少しくらい恋人らしいことをしてもいいじゃろ。大事な決戦前じゃから一応唇は避けておいた」

「そ、そういう問題!?」

「平和になったら今度こそ唇に口付けるぞ」

 サイスは幸せそうに笑うと、私の手を引いて東の庭園へと下りていく。

 私は部屋に送ってもらった後もしばらく胸のドキドキが治まらず、決戦前夜だというのに早く寝付くことができなかった。




 次の日の朝。私とサイスはクロウリー組と別れてアレキミルドレア国へとやって来た。ヤマトの国から駆け付けた佐久間とも合流し、野営地の大きな天幕で主要人物が一堂に会した。星の戦士のリーダーであるカイト、ユグリナ騎士団の騎士団長サイラス、癒しの聖女セイラ、魅惑の踊り子メルフィナ、神の子ニコ、異界の戦士佐久間、同じく異界の戦士である私と死神サイスが集まった。

 ドラキュリオ軍が撤収して兵数はかなり減ってしまったが、その代わり星の戦士は今までで一番多く集まっている。星の戦士の能力はお互いの能力に干渉しない。兵数は負けていても十分勝機はあるだろう。

「今回の作戦なんじゃが、部隊を二つに分けるのはどうじゃ。城突入組と街・平原制圧組」

 サイスが挙手して発言すると、メルフィナとニコ以外が疑うような目でじ~っと彼を見つめた。目をパチパチさせると、サイスは居心地悪そうな顔を浮かべる。

「え~と、そんな穴の開くほど見つめんでも」

「本当にお前があの老人なのか?身長からして全然違うじゃないか。俺より高いし」

「いくら魔法って言ったって、これはもはや詐欺レベルッスよ。フードを取ったらこんなイケメン魔法使いが出てくるって。漫画じゃないんスから」

 カイトと佐久間は何が気に食わないのか、納得がいかないようでサイスに絡んでいる。自分より高身長でイケメンなのが許せないのだろうか。

「素敵な恋人ができて良かったですね、えり様」

「あ、あ、ありがとう…」

 メルフィナからもう話を聞いていたようで、セイラは真っ先に祝福してくれる。人生初彼氏の私は、まだあまり慣れておらずいちいち照れてしまう。

 いまいち緊張感のない私たちに呆れ、最年少のニコが無理矢理話を戻してくる。

「はいはい。話を戻すよ。あまり時間もないしね。部隊を分けるっていうのは僕も賛成。全員で城壁の外の兵をいくら攻めたって、城壁を突破して中に入らないことにはいつまで経っても攻略できないからね。突入組が先に王都内に潜入して中から城門を開き、そのまま城に突入してガイゼルを捕らえる。制圧組は平原の敵を倒し、王都内に残る兵も無力化し制圧する」

「なるほど…。今までは空間転移を扱える者がいなかったからその戦法は取れなかったが、今回はサイス殿がいるからな。中から敵を切り崩すことが可能なわけだ」

 サイラス団長はテーブルに置いてあるこの近辺の見取り図に目を落としながら言う。見取り図の上にはいくつか駒が置いてあり、敵味方の現在の布陣通り駒が置かれていた。

「でも最初の空間転移で潜入しても、その後に魔法を派手に使ったらすぐにあの自己中王に能力を使われて魔法が使えなくなるわよね。大丈夫なの?潜入したからには城門は開けてもらわなきゃいけないし、欲を言えば城壁に設置されている大砲や兵器もある程度破壊してほしいんだけど」

「ガイゼルの能力を使われたら確かに儂は魔法が使えなくなるが、愛弟子であるえりちゃんがいるから問題ない。儂直伝の魔法で兵器くらい簡単にぶっ壊せるじゃろ」

 ポンッと私の肩に手を置き、サイスは弟子を自慢するように高らかに笑う。私の能力の弱点を知っているメルフィナは、解せない顔で眉根を寄せる。

「でもえりの能力は一日三回までしか使えないでしょう。そんなに当てにできないわ」

「大丈夫じゃよ。能力で生み出した特別な魔法書があるからな。それで攻撃魔法はいくらでも使える」

 私は腰に提げていた魔法書を取り出すと、自分の能力も合わせてみんなに説明した。

「まぁ心配なら、まず王都内に侵入する前に儂が一発派手にブチかましてもいいがのう。その後ガイゼルに能力を使われても、えりちゃんの能力で空間転移はできるし」

「それなら能力を使われる前にありったけ魔法で兵器を破壊してもらい、その後えりさんの能力で王都内に侵入。アイテムで一旦魔力を回復してもらって、その後もう一度ダメ押しで魔法攻撃、でどうだ?」

「はい。わたくしはカイト様のご意見に賛成です」

「俺も特に異論はないッス」

 特に反対意見はなく、全員一致で部隊を分けることに決定した。

「あとはどう部隊を分けるかだけど、城突入組は死神さんと神谷さんは決定だね。できれば少数精鋭のほうがいいけど。あまり目立つと敵が集まって進みにくくなるし、時間をかけるとガイゼル王が逃げるかもしれない。お殿様がいれば楽だったんだけど。…死神さんの考えは?」

「儂としてはあと前衛と回復が欲しいのう。制圧組のほうが敵は多いから聖女の同行までは希望せんが、ちょうど神の子なら回復も攻撃もできるから来てくれれば助かるの」

「それじゃあ僕と死神さんと神谷さん。あとは~…」

 ニコは天幕内をぐるりと見回すと佐久間で目を止めた。

「佐久間さんで決定ね。ちょうど前衛だし。カイトさんたちはユグリナ騎士団の指揮に必要だから」

「俺ッスか!が、頑張ります!魚人族との戦いは不完全燃焼だったし、こっちで一丁やってやりますよ!」

「ユート、だったか。よろしく頼むぞ」

 サイスは肩に力の入る佐久間をポンポン叩きリラックスさせる。

 細かい作戦の打ち合わせを済ませると、私たちは部隊ごとに分かれて配置につくのだった。



 王都シャドニクス前の平原には、敵味方が向かい合うように布陣している。ユグリナ騎士団を率いるサイラス団長とカイトが前に陣取り、メルフィナが率いるルナからの援軍少数とヤマトの国からの援軍少数、オスロの援軍少数が後ろに続き、セイラ率いる僧兵が一番後ろに布陣している。

 私たち突入組はその更に後方に待機しており、ガイゼルの能力が届くのに一番時間がかかる場所にいる。

 連日戦い続けているユグリナ騎士団の疲弊は蓄積しており、なるべく早くガイゼル王を捕らえて早期決着をつけたいところだ。

「それじゃあ派手に開戦と行こうかのう。能力を発動されるまでになるべく撃ちこまんとな」

 サイスは色とりどりの術式を展開すると、遠くに見える城壁と兵器に向かって属性の違う魔法を連続で撃ち出した。どれも上級以上の魔法で威力は絶大だった。雷の魔法は城壁を壊し、火の魔法は兵器を爆発させ、土の魔法は城壁に巨大な落石を、風魔法は大砲をバラバラに切断し、水魔法は濁流で兵を押し流した。

 開戦して一分、もう王都城壁内は大混乱だった。

「カッカッカ!この最強の魔法使いであり最凶の死神にかかればこんなもんじゃ!」

「うわ~。なんつーえげつない魔法。チートかってくらいに威力が半端ない。ネプチューンの水魔法もヤバかったけど、サイスさんの魔法は段違いッスね」

 佐久間は俄かに騒がしくなった壊れた城壁付近を見ようと、手をかざして目を細める。

 この機に乗じて制圧組は一気に進軍を開始したようだ。

「儂でもさすがに水辺ではネプチューンの水魔法には敵わんがな。さて、奴の効果範囲に入る前にどんどん撃ちこむかの」

「視界に入る範囲がフィールド系能力者の効果範囲なんだっけ?」

「そう。僕とセイラさん、メルフィナさんもだけど、見えている範囲を指定して能力を使うタイプだね。だからガイゼル王も、高いところから見渡してこちらを特定してくるはず。遠すぎると上手く範囲を指定できないから、城壁付近まで出張ってくると思う」

「あぁ、だから端っこの一か所だけ攻撃せずに安全な城壁を残してるんだね」

 私は無傷の城壁の一番右端を見る。そこにガイゼルを誘き出す作戦のようだ。

「能力を発動されたらすぐに神谷さんの力であそこに空間転移し、近くにガイゼル王がいれば即座に捕獲する。そうすればわざわざ城に突入して捜す手間も省けるしね」

「………ニコ君て、参謀向き?」

 私は最年少の優秀な星の戦士に舌を巻く。そして隣にいる佐久間は自分のことのように自慢げに言った。

「そうなんスよ!ニコって星の戦士の会議でもバンバン意見言うし、あの凪さんも認めて感心してるくらいだから」

「…別に。僕としては感心するほどのことじゃないんだけど」

 私たちがニコに一目置いていると、突如地面から蒼白の光が立ち上った。サイスに目を向けると、展開していた術式が瞬く間に消えてしまった。ガイゼルの能力が発動して魔力が空になったらしい。

「フム。時間切れじゃな。急ぎえりちゃんの能力で移動するかの」

「了解!任せて!」

 私は精神を集中させると、空間転移の妄想のイメージを固める。移動場所は遠くに見える攻撃を受けていないあの城壁だ。

「よし、行くよ!『空間転移!!!』」

 私たち四人は蒼白の光に包まれると、最後の決戦の地へと乗り込んだ。




 王都への侵入を拒むシャドニクス城壁へと転移した私たちは、早速周辺を捜索してガイゼルの行方を捜した。魔法攻撃の影響でパニックに陥っている兵たちを倒しながら進むと、ニコの読み通り大して苦労せずに、街の大通りに面する城門付近にいたガイゼルを発見することができた。

「見つけたよ!ガイゼル王!」

 ニコは手元のダイスをいつでも振れるように準備しつつ、兵たちを盾に隠れているガイゼル王に呼びかけた。

 初めて対面したガイゼルは頭に王冠を乗せた小太りの中年男で、白いファーが周りに付いた高価そうな赤いマントを羽織り気難しい顔をしていた。両手の指には大粒の宝石が付いた指輪をしており、見るからに趣味の悪そうな男だった。

「貴様ら、いつの間に誰の許可を得て我が都に足を踏み入れた!おい!お前ら!とっとと侵略者どもを排除しろ!」

 王命を受けて、兵士たちが銃や剣、矛を構えてこちらににじり寄って来る。

 サイスは私たちの一歩前に出ると、無詠唱魔法で城門を破壊しつつ兵を風魔法で壁に叩きつけた。

 ガイゼルは先ほどまで私たちがいた場所に能力を使用していたため、アイテムで魔力を回復済みのサイスは問題なく魔法が使えた。

 ガイゼルは忌々しそうに舌打ちすると、すぐさま能力を自分の周辺に発動させた。

「魔族め、よくも城門を…!まぁいい。これでもうお前は魔法も武器も使えん。おい!貴様ら!いつまで地面に突っ伏しておる!早く足止めせんか!ワシは城に戻る!兵が少なければ民も戦わせろ!盾にすれば少しは時間も稼げるだろう」

 ガイゼルは厳しく兵を叱責すると、マントを翻して城へと戻って行く。

「そう簡単に逃がさないよ」

 ニコはダイスを振って能力を発動させる。攻撃の出目が二つと支援の出目一つ。水の攻撃魔法と味方の素早さを上げる効果が発動した。

 水魔法は大きな鉄砲水が二発発射されたが、兵たちが壁となってガイゼルを守った。支援魔法で素早さが上昇したサイスと佐久間は、背中を見せて逃げるガイゼルに迫ろうとしたが、突然両脇の家から飛び出してきた民間人に飛びつかれて追うことができなかった。

「クソ!一体何なんスかこの人たちは!ちょっと離れてくれよ!」

「クロロから聞いていた通り、この国の民は本当に王に洗脳されているようじゃのう。王を守るために子供まで丸腰で挑んでくるとは」

 サイスは腕や足にしがみ付く子供を無理矢理引きはがすと、ポイッと家の中に放り込んだ。大人は容赦なく一撃で気絶させている。

 私と同じ異世界人で簡単に人を気絶させる芸当ができない佐久間は身動きが取れず、結局サイスが救出してあげていた。

「あ~あ。フォードと同じで悪運強いなぁ、ガイゼルは。この場で捕獲できれば一番良かったんだけど」

「一般の人まで出て来られちゃったら仕方がないよ。怪我させる訳にはいかないもん」

「でも、これからはそんな生易しいこと言ってる余裕はないかもね。見て、どんどん集まってくるよ」

 ニコの言葉に従い城に続く大通りに目を向けると、まるでゾンビ映画でも見ているかのように脇道からどんどん民間人が顔を出した。皆一様に質素な衣服に身を包み、ガリガリな人ばかりだった。

「凪さんからガイゼル王ばっかりが贅沢しているって聞いてたけど、本当に国民は困窮してそうな人ばかりじゃないか。それなのにガイゼルが絶対だって教育されて洗脳状態だなんて、凪さんの爪の垢でも飲ませてやりたいよ」

「隠密殿様は義理人情に厚いと有名じゃからのう。さて、兵士だけでも厄介なのに民の相手もか。おまけに儂は魔法が使えんしのう。ソウルイーターの遠隔操作は疲れるんじゃが」

 サイスは呼びかけて鎌を召喚するが、もちろんガイゼルの能力で手に取ることはできない。意思疎通を取り標的を攻撃するよう命じる。

 ニコはダイスを振って援護をしたかったが、能力を使うのに躊躇いがあるようだった。ニコの能力は加減などが一切できない。相手が民間人だろうと攻撃の出目が出たら容赦なく発動してしまう。極力兵士相手に能力を使うしかなかった。

 佐久間は『倍返し』という能力を授かっており、相手から受けた攻撃を倍にして返したり、他者からもらったものを倍に増やせたりできる。また、ずっとダメージを蓄積させてから倍にして返すこともできるカウンター系能力者だ。佐久間は先ほどから上手く敵の攻撃を引き出し、能力を発動させてカウンターをしながら着実に倒していっている。この世界に来てから相当剣術の修行も頑張ったのか、刀の扱い方も様になっていた。

 そして私はというと、みんなが戦っている最中ある妄想を思いついた。今はそのイメージを現実化しようと、急ピッチで妄想に勤しんでいる。

(何の罪もない民間人を傷つける訳にはいかない。洗脳するガイゼルから助けるためにも、私たちの邪魔もしてほしくない。だから、この戦いが終わるまではお互いに干渉できないようにする!この妄想で、一気にガイゼルのところまで行ってやる!)

「神谷さんメッチャ光ってるけど、何の妄想を?」

 佐久間は手を伸ばしてくる民間人を避けながら、蒼白の光に包まれる私を振り返った。

 準備の整った私は、練りに練った妄想を現実に解き放つ。

『絶対不干渉領域!!』

 私を中心に蒼白の光が駆け巡り、周囲を取り囲む円形の薄い領域ができた。範囲としては魔王城の作戦会議室二個分といったところか。

 まだみんな何の能力が発動したのか分からず、困惑した表情を浮かべている。

「えりちゃん大丈夫か!?今の妄想は何を!?」

 想像以上に体に負担がかかり、私はその場に膝をついた。

「民間人が、私たちに触れられないように。私たちも、民間人を怪我させないように。お互いに、干渉できないような妄想をしたん、だけど…。上手くいったかな?」

 普段は実際に見たりしたものを妄想するのだが、今回は実際に目にしたことはなく、妄想とゲームや漫画の知識で補完してイメージを作り上げた。そのため、体力と精神力がかなり持っていかれたのか、全力疾走した後のように息切れしていた。

「試してみるか。ユート!試しに民間人に捕まってみてくれ」

「えぇ!?捕まる!?なんでスか!一人に捕まったら俺あっという間に身動き取れなくなるッスよ!」

「大丈夫じゃ!えりちゃんの能力が成功していれば捕まらない!」

 大声を張り上げて二人は遠距離会話をする。

 佐久間は目が虚ろになってゾンビのように手を伸ばしてくる民間人に、覚悟を決めて無抵抗でその場に立ち尽くした。すると、お互いの体が透けて、民間人の手は佐久間の体をすり抜けていった。反対方向からも佐久間を捕まえようと子供がしがみ付きにいったが、そのまま体を貫通してすり抜けてしまった。

「お、おぉ!スゲー!なんか体が半透明になって若干怖いけど、本当に触られない!」

「すごいね。神谷さんの能力。これで民間人は気にせず戦える。兵士はさすがにスルーできないんだよね?」

「うん…。兵士まで干渉できなくするのはさすがに私の体が持たない。…この妄想は私を中心とした半径数メートルだから、私からあまり離れすぎないようにね」

「あの薄い蒼白の膜ができてる範囲内じゃな。よし、兵士を突破して城を目指すぞ!奴はとっくに城に戻ったじゃろうからな。えりちゃんは儂に掴まるんじゃ」

 私はサイスに支えられながら、大通りを進んでシャドニクスの城を目指すのだった。




 兵士を排除しながらシャドニクスの城に辿りついたのも束の間、城の中には武装した兵士たちがわんさか待ち構えていた。中にはメイドや料理人までいる。

 息が整って体調がいくらか回復した私は、魔法書を構えてサイスの後ろに立った。

「いやぁ~、大歓迎じゃなぁ。これは押し通るのに骨が折れそうじゃ」

「ガイゼル王はおそらく一番上の玉座にいるはず。手間だけど排除して進むしかないね」

「メイドやコックは民間人扱いッスよね?包丁や花瓶持ってる奴いるんですけど」

 佐久間は顔を引きつらせながら、目を血走らせているメイドやコックを見た。まるで侵入者を排除しないと自分たちの命が危ないくらい、全員が危機迫った表情だ。

「私的には民間人だから大丈夫だと思うけど…」

「神谷さんが言うなら大丈夫じゃない。妄想も神谷さんを基準にして発動しているはずだから、神谷さんの認識がまず正しいはず」

「それなら兵士だけ相手にして突破すればいいな。喰らえ、倍返し!」

 佐久間は蓄積したダメージを解き放って前方の敵を斬り払った。

「えりちゃん、儂からあまり離れんようにな」

 サイスは私に一声かけると、ソウルイーターを操って兵士を鎌で薙ぎ払っていく。ソウルイーターはサイスの手の動きに合わせ、縦横無尽に空中を動き回る。心を通わせて遠隔操作をするのは疲れると言っていた通り、サイスはすごい集中力を持って鎌を操作していた。

 私は少しでも彼の負担を減らそうと、魔法書のページを破いて攻撃魔法を炸裂させる。

 サイスと佐久間が前衛をし、私とニコが後衛で援護しながら、私たちは着実に城の奥へと進んで行った。



 玉座に続く階段がある大広間へと出ると、そこにはまたこれでもかと伏兵とメイドたちがいた。

 もういい加減にしてくれとうんざりした佐久間に向かって、近くにいたメイドが果物ナイフを投げる。

 私は短い悲鳴を上げると、佐久間を真後ろへと引っ張った。学ランの首が絞まり、佐久間が変な声を上げた。

「ぐぇっ」

「ご、ごめん佐久間君!咄嗟だったからつい」

「げほっげほ…。今のメイドさんの攻撃じゃありませんでした?避ける必要なかったんじゃ」

「民間人の手を離れて投擲された武器は能力対象外だから。普通に刺さるよ。逆に銃の攻撃は手元に持っている武器から発射されたってことで能力の対象だけど」

「マジッスか!?」

「ごめんね。中途半端な能力で」

 私が申し訳なさそうにすると、佐久間がブンブンと首を振った。

「怪我する前に聞いておいて良かったね。それじゃあ投擲攻撃は注意して対処しないと。民間人を全く無視は危険だね」

「玉座の間まではあともう一息じゃ。気を抜かずに行くぞ」

 そこからは正に激戦だった。倒しても倒しても不屈の闘志で兵は立ち上がり、何度でも私たちに向かってくる。あまり使いたくなかったが、と言って、渋々サイスは攻撃しながら鎌で微量の生命エネルギーを奪って体力を削ぎ、鎌の技をお見舞いして次々と兵士を床に沈めていった。

 ニコもひっきりなしにダイスを振り続け、辺りを水魔法で水浸しにし、時折罠の出目で落とし穴を発動させていた。

(床が穴ぼこだらけになっていくけど、しまいには穴の開きすぎで床が外れてみんなで下の階に落ちたりしないよね…?)

 私はページ数の少なくなった魔法書を気にしながらそんなことを考えてしまった。

 大広間を突破してなんとか階段を上り始めた時、背後ですごい数の足音が聞こえてきた。振り返ると、まさかの兵の増員だった。私と佐久間は同時にげっそりした顔でため息を吐く。

「一体どこにそんな兵力を隠してたんスか。魚人族と戦う時より過酷になってきたんスけど」

「でもあれを放って上にはいけないよね。挟み撃ちにされちゃう」

「………ここは僕と佐久間さんが残るよ。僕たちで敵を足止めしておくから、二人でガイゼル王を捕らえて来て」

「「エッ!?」」

 私と佐久間はまたも一緒に反応する。

 ニコは至って冷静で、サイスも真剣な眼差しでニコの提案を熟考した。

「……任せていいんじゃな?」

「その代わり、なるべく早く片付けてくれると助かるよ。僕には幸運の女神様がついてるから死にはしないと思うけど、佐久間さんはわからないから」

「おい!だったら俺にもいざとなったら幸運をわけてくれ!」

 佐久間は敵にカウンターを返しながら必死に声を上げる。

「わかった。儂たちであっという間に拘束して戻ってくるぞ。それまでここは頼んだ。行くぞ、えりちゃん」

「…気を付けてね、二人とも」

 私は後ろ髪を引かれながら、サイスの後を追って階段を駆け上った。

「神谷さんが行っちゃったことだし、これからは民間人にも注意しなきゃね」

「そうじゃん!どうすんだよ!神谷さんの能力がなきゃ干渉されちゃうじゃんか!」

「僕の脅威的な引きで、罠の出目出しまくって民間人を優先して落としていくから、それまでなんとか耐え忍んでくれる?」

「頼むぞニコ~!お前だけが頼りだぁ~!」

 佐久間とニコはお互いをカバーしながら、なんとか敵兵を食い止めるのだった。




 サイスと一緒に玉座の間へと突入すると、そこにはガイゼル王と怯えながら盾になっている数人の大臣たち、メイドたちがいた。ガイゼルは侵入してきた私たちを忌々し気に睨みつけると、盾になっている者たちに攻撃するように命じた。大臣やメイドたちはその手に似つかわしくない魔晶石を用いた銃を持っている。

「何をもたもたしている!さっさと侵入者を排除しろ!それができなければ貴様らはこの場で死刑だぞ!」

 大臣やメイドたちは恐怖で目を血走らせると、こちらに向けて次々に銃の引き金を引いた。

 火や氷、風など、様々な属性の魔晶銃で攻撃されたが、私の能力によって干渉できず、攻撃は全て体をすり抜けていった。

「な、なんだと!?攻撃がすり抜けた!?…さては貴様の能力か小娘!チッ!小賢しい」

「もうここまでじゃガイゼル。先代様の大事な姫君、リアナ様を間接的に殺した罪、その身で贖ってもらうぞ。大人しく捕まってもらおうか」

「リアナ……?あぁ、貴様ら魔族の姫になった女か。最後には狂った人間の婚約者に殺され、国ごとワシの手で葬ってやったやつだな。この人間界の王になるため、あの頃から色々魔族に協力してやってきたというに、ここまできてワシの計画をぶち壊そうとするとはな。貴様らは万死に値する!この場で即刻死刑にしてくれるわ!」

 ガイゼルは背後にある高級そうな赤いカーテンの奥に向かって呼びかけると、とっておきの増援を呼び出した。カーテンを引き裂いて現れたのは、大型の機械魔族二体だった。どちらも両手には剣やドリル、鉄球をつけており、胸元にはレーザーを発射できる装置がついていた。

「厄介な。ここでクロウリー特製の機械魔族二体とはの。どっちも攻撃力が高そうじゃ。えりちゃん!儂のソウルイーターで魂を刈って戦闘不能にするから、それまで危ないから下がっとるんじゃ」

「わかった!気を付けてね!」

 ガイゼルは大臣たちを盾にしたまま、機械魔族二体をこちらにけしかけてきた。

 サイスは遠隔操作でソウルイーターを操ると、一体目の機械魔族の攻撃を躱してから二体目の機械魔族に鎌を繰り出す。鎌の刃は紫色のオーラを纏い、対象の魂を喰らった。

 魂を抜かれた機械魔族は、抜け殻のようにガクンッと足から崩れ落ちて動かなくなった。

「クソ!儂の能力の範囲内なのに、なぜあやつは武器を操れるんだ!忌々しい魔族め!」

 ガイゼルはメイドから魔晶銃を奪い取ると、サイスに向けて連続で引き金を引く。

 星の戦士は民間人ではないので、鎌で防御をしてサイスはその攻撃を弾いた。

「よし、これで一体片付いた。あともう一体じゃな」

「ッ!?危ないサイス!」

 魂を抜いて無力化したと思っていた機械魔族は、一分と経たぬうちに復活し、サイスに重い鉄球を振りかぶった。

 私は警告と同時に魔法書のページを破ると、氷の最上級魔法を発動させた。巨大な氷塊が頭上に出現し、機械魔族を二体同時に押し潰してそのまま凍り付かせた後、派手に弾けて攻撃した。弾けた氷は四方八方に飛び散り、ガイゼルをも攻撃する。幸い能力のおかげで大臣やメイドたちには魔法は干渉せず、無傷で済んだ。本来魔法は術者が攻撃対象と認識している者にしか効果が発動しないようにできるので、能力がなくとも影響はなかったかもしれないが。

「すまないえりちゃん。助かったぞ」

 サイスは一旦態勢を立て直すために私の隣に下がって来た。その目は機械魔族二体に注がれ、注意深く相手を観察している。

「おかしい。あの機械魔族、確かにソウルイーターで魂を刈ったはずなのに、また魂が宿っている。まさか……」

 サイスは気配を探るように少しの間目を瞑り、そしてすぐに驚きに目を見開いた。

「あの機械魔族、魂が複数宿らされておる!」

「魂が、複数?それってつまり?」

「クロウリーが儂対策としてガイゼルにあらかじめ与えておったんじゃろう。儂が人間側の援軍に派遣されることまで見越しておったか。恐ろしいほど用意周到な奴じゃのう。ここまでくると気持ち悪いわい。儂のソウルイーターで魂を刈っても、すぐに機械内で違う魂が補充されて動けるようにしておるとは。こりゃあ無力化するまで時間がかかるぞ」

 サイスはソウルイーターを構え直すと、私の氷魔法を喰らってだいぶ体力の削られた機械魔族に向き直る。

「えりちゃん、すまないが魔法で援護してくれるか。なるべく早く魂を刈りつくすつもりでいくが、少し長期戦になりそうじゃ」

「任せて!後ろからもう一体に狙われないよう、私が魔法で援護するから!もう少しで魔法書も全ページ使い終わるし、そうしたらまた魔法書のページが補充されて属性とか残りの魔法を気にせず思い切り戦えるしね」

 私がサイスに答えていると、機械魔族の後ろで叫び声が上がった。慌てて目を向けると、私の氷魔法を喰らって血を流しているガイゼルが激昂していた。手に持っている銃をメイドや大臣たちに向け、次々に発砲している。

「な、何やってるのアイツ!?メイドさんたちを撃つなんて!」

 ガイゼルは悪態を吐きながら、許しを請ったり逃げ惑う者たちを容赦なく撃ち殺していく。

「糞の役にも立たん奴らめ!何故王のワシが傷つき、貴様らは無傷なんだ!それでもワシの盾か!何のために貴様らを立たせていたと思っている!盾にもならん奴らに存在価値はない!目障りだ!消えろ!」

「お、お許しください王様!ご慈悲を…ギヤァッ!」

「や、止めてぇ!キャァァ!!」

 大臣やメイドたちは背中や頭を撃たれ、火だるまになったり、風で切り刻まれ、雷で撃ち抜かれていった。私の世界の銃と違い、魔晶銃は属性ごとに違う効果が発動するので、通常の銃より痛みや苦しみが強そうだった。

「サ、サイス!」

「非道な真似を!機械魔族は儂が抑えておくから、えりちゃんは能力を使って彼らを安全な場所に空間転移させるんじゃ!あと一回使えるじゃろ。怪我人が多いからジャックや聖女のいるところがいい」

「わかった!」

 私はすぐさま目を瞑り精神を集中させる。そうしている間にも耳には悲鳴が突き刺さるが、歯を食いしばって無理矢理感情を押し込む。蒼白の光が体を巡ったのを確認すると、私は瞳を見開いて妄想を解き放った。

『空間転移!!!』

 ガイゼルの怒りの矛先になっていた大臣やメイドたちは、蒼白の光に包まれて魔法陣と共に玉座の間から掻き消えた。私はほっとして肩の力を抜く。

「さっきから悉くワシに楯突きおって!おい!あの小娘から始末しろ!」

 ガイゼルは機械魔族に命じ、私は機械魔族からロックオンされた。

 サイスは上手く立ち回りながら二体を相手していたのだが、機械魔族たちはサイスを無視して私と距離を詰め始めた。

「コラ!お前たちの相手は儂じゃ!えりちゃんに近づくな!…ソウルイーター!」

 サイスが鎌に呼びかけると、鎌は怪しく紫色の光を発し、クルクル弧を描きながら回転すると、二体連続で機械魔族の魂を刈り取った。

 機械魔族たちは続けて足をついて倒れる。しかし、すぐに目に光を宿すと、何事もなかったかのようにゆっくり起き上がった。

「クッ。少しずつ復活の速度が上がっておる。えりちゃん!狙われておるから、常に敵から距離を取ることを第一に考えるんじゃ!援護の魔法は二の次でいい!」

「了解!て、エェェ~~~!?」

 返事をした直後、機械魔族の一体が私に向かって大剣をブン投げた。物凄い速度で一直線に飛んでくる大剣に、私は驚きのあまり反応が遅れてしまう。

「えりちゃん!クソ!魔法が使えれば!」

 サイスは鎌で軌道を変えようとしたが、遠隔操作に時間がかかり間に合いそうもなかった。



 私が魔法書のページを破るのと、人影が視界の隅を横切ったのは同時だった。人影は私の前に躍り出ると、カウンターで大剣を敵に倍の威力で弾き返した。

「さ、佐久間君!」

「ギリギリ間に合ったみたいッスね。良かったです」

 佐久間は刀を油断なく構えながら疲れた笑みを私に向けた。援軍に駆け付けてくれたのはいいが、すでに相当疲労困憊の様子だ。

「ユート!助かったぞ!よくぞえりちゃんを守ってくれた!そっちは自力でどうにかしたのか」

「いや。ニコが一人で絶賛奮闘中ッスよ。嫌な予感がするって言うんで、加勢に行くように頼まれたんです。まさか、ガイゼルだけじゃなくてこんなのと戦ってるとは思いませんでしたけど」

 佐久間は大型の機械魔族を見上げ、疲れすぎているせいか最早力なく笑ってしまっていた。

「こんなの見ちゃうと、つくづく俺たちの世界は平和だったんだなぁとか思っちゃいますよ」

「そりゃあね。あんなのが街中に闊歩してたら、自衛隊でも対処するの嫌がるよ。というか、ニコ君一人で平気なの?いくら強運の持ち主だって言っても、限度があるでしょ」

「あぁ、しばらくは大丈夫スよ。俺が立ち去る前に一発系の出目が出てましたから。みんな一斉に発狂して頭抱えてました」

「何それ。一体どういう状況?」

「今日の一発系の出目は、対象に悪夢を見せる効果だそうです。大方ガイゼルに怒られる悪夢でも見てるんじゃないかってニコが言ってました」

(このタイミングで悪夢を見せる能力が発動するとか、神の子の強運には恐れ入るわね)

 私はニコの強運を少しでもいいから分けてほしいくらいだった。

 佐久間が加勢し、ちょうどこれで前衛が二人になった。サイスと佐久間で機械魔族を一体ずつ相手し、私が魔法でその援護に入る。

「ユート。お前はカウンター能力者じゃからあまり無理はするなよ。えりちゃんと協力して焦らず倒すんじゃ。儂は一体片付けたらガイゼルの捕獲に移る」

「了解ッス。こっちの一体は任せてください」

 星の戦士の加勢が増え、ガイゼルはギリギリと歯ぎしりをする。自分の思い通りにいかないことが立て続けに起こり、血管が浮き出るほど怒りが心頭していた。

「低能で小物の分際で、このワシの邪魔ばかりしおってぇ!そもそもこの世界の人間でもない者が、図々しくこの世界のことに首を突っ込むなぁ!」

 ガイゼルは佐久間や私に向けて魔晶銃を撃ってくる。私は横に走りながらそれを躱し、佐久間はもちろんカウンター能力で倍にして返した。頭に血が上っているのか、佐久間の能力を忘れて銃を撃ったらしい。結局自分に跳ね返って自分の首を絞める結果となった。

「グォッ!…小癪な能力めがぁ!」

「そんな怒りのこもった目で見られても。俺の能力知ってるだろうが。自業自得だ。そのまま大人しくしてろ」

 雷の魔晶銃を喰らい、ガイゼルは体が痺れて動けないようだった。

 今の内に私たちは機械魔族を倒しにかかる。

 サイスは新しい魂が宿る度にソウルイーターで魂を刈り取り、ようやく十度目にして機械魔族は完璧に動かなくなった。

 魂をたくさん喰ったソウルイーターは、心なしか怪しい紫色のオーラが増している気がする。刃は心臓の鼓動のように紫色に明滅し、サイスはご機嫌じゃなぁ、と鎌に呟いていた。

「さぁて、いよいよお前の番じゃなガイゼル。まずはリアナ姫の分として一発思い切りぶん殴らせてもらおうかのう。その後は生命エネルギーを動けんくらいに奪わせてもらおうか」

 両手の拳をボキボキ鳴らしながら、サイスは笑顔でガイゼルに近づく。いつも優しい笑顔を浮かべるサイスだが、この笑顔からは怒りが滲み出ていた。

 ガイゼルは未だ痺れている体を引きずりサイスから逃れようとするが、簡単に捕まりその左頬に思い切り拳をもらった。無様に地面に倒れ込み、口を切って血を流す。

「うわぁ~。痛そう~。やっぱり人間より魔族の方が力が強いから、ただ殴るにしてもすごい強いッスね」

 佐久間はまるで自分が殴られたかのように顔をしかめながら言った。

「ガイゼルは魔族の人たちにとってリアナ姫を殺した元凶の一人だからね。怒って当然だよ」

 私はページを使い切って、全てのページが補充された魔法書からお気に入りの火魔法ページを破る。私たちが相対している機械魔族ももうボロボロで、これが最後の攻防だった。

「佐久間君!私が魔法で追い詰めるから、敵が攻撃を繰り出したらカウンターでトドメを刺しちゃって!」

「はい!任せてください!」

 私は間髪入れず、ページを破っては魔法を発動し続けた。火の魔法を頭にぶつけ、地面を凍らせて敵の態勢を崩すと、地の魔法で頭上に岩石を降らせた。機械魔族は私の怒涛の攻撃を喰らい、残る力を振り絞り両手の大剣を振り上げた。

 攻撃を喰らう直前にすかさず佐久間は能力を発動させると、カウンターで機械魔族を両断する。両手と頭が切断され、機械魔族はその場に倒れて動かなくなった。



 私と佐久間は勝利の歓声を上げ、お互いに親指を突き上げてグッドサインを出した。

 私たち二人が喜び合う中、ガイゼルはサイスの鎌に生命エネルギーを吸われながら、憎々し気にその光景を睨みつけていた。

「何故だ。何故このワシがこんな目に…!ワシは選ばれしこの国の支配者、星に選ばれし戦士だぞ!いずれこの人間界を統一し王となる者だ!それなのに…!」

「まだそんな夢物語のようなことを言っておるのか。お前は人として人格が破綻しておる。そもそも王たる器でもない。守るべき国民を手駒や奴隷のようにしか見とらんお主は、もう今後誰も相手にせんじゃろう。ロイド王や星の戦士によって裁かれ、一生惨めに牢生活でも送るんじゃな」

「………牢生活、だと?このワシが…?許さん。許さんぞ!こんな形では終われぬ!ワシだけが犠牲になるなど~!」

 半ば半狂乱になりながらガイゼルは大声で叫ぶ。体力のない体を無理に動かし暴れようとしているガイゼルを見て、佐久間がサイスの加勢をしようと走り出した。

「何が犠牲じゃ。お前の身勝手な望みと振る舞いで、一体何人もの罪なき命が犠牲になったと思っているんじゃ。犠牲というのはその者たちのことを言う、…ん?」

 サイスは言葉の途中で何かを感じ取ったのか、鎌をガイゼルに向けたままこちらを振り返った。私は首を傾げ、駆け寄った佐久間は不思議な顔をする。

「どうしたんスか?サイスさん」

 佐久間はサイスに声をかけるが、彼は何の反応も示さない。その目は私たちが倒した機械魔族に注がれている。疑問に思って私も機械魔族に目を移すと、微かにその足が動いたのを確認した。

 私が閉まっていた魔法書に手を伸ばすのと、サイスが声を発したのは同時だった。

「えりちゃん!まだその機械魔族は魂が消失しておらん!倒せておらんぞ!」

「……死ね!死ね!死ねぇ!貴様ら全員死んでしまえぇ~~~!!!」

 ガイゼルが玉座の間に響くほどの大声を上げるのと同時に、頭と腕のない機械魔族は両足で上体を起こして私に狙いを定めた。

 そこからはまるでスローモーションのように私の目には映った。

 サイスが遠隔操作でソウルイーターをガイゼルから機械魔族に切り替えると、その背中目がけて鎌を薙ぎ払った。私は雷の魔法のページを魔法書から破ると、雷の矛を機械魔族に向けて放つ。私とサイスの挟み撃ち攻撃に見舞われながら機械魔族も同時に攻撃に転じており、胸元に力を溜め込むと、レーザー光線を私に向けて放った。頭がないにもかかわらずその狙いは正確で、人の気配や熱を感知する機能がついているようだ。

 ほんの数秒の出来事だったが、何故か私にはその時間がとても長く感じられた。まるでその数秒が、人生の中でとても大事な分岐点のような。


 私とサイスの攻撃は機械魔族に致命傷を与えた。私の雷の矛は胴体を貫き感電させ、サイスの鎌も背中から足にかけて切断した。

 今度こそ機械魔族を倒すことができたが、機械魔族の放った一撃も私に届いていた。私は胸元をレーザーに撃たれて貫通し、その攻撃は一部心臓を傷つけていた。相討ちだった。

 私は強烈な痛みと攻撃を受けた衝撃で、機械魔族とほぼ同時に床へと倒れた。

 倒れた私を見たサイスは、すぐに顔を強張らせて私の下に駆け寄って来る。

「えりちゃん!!!」

 サイスは血が溢れ出して止まらない私の胸元を見ると、自分のローブを破って圧迫止血を試みた。その顔はみるみる青ざめていっている。

 咄嗟の出来事で機械魔族の攻撃に反応できなかった佐久間は、予想だにしない展開に声を失っている。

 ただ一人ガイゼルだけが、狂ったように倒れた私を嘲笑っていた。

「ガハハハハ!いいぞ!よくやった!ワシ一人不幸になるなど堪らんからなぁ!一人でも多く道連れにしてやる!」

 ガイゼルの常軌を逸した笑い声を聞きながら、私は目の前の彼を苦し気に見上げる。恋人の瞳からは先ほどからポロポロと涙が零れ落ち、私の上へと降ってきていた。

「サイ、ス……」

「喋っちゃ駄目じゃ!すぐに聖女に治してもらうから、そのままじっとしているんじゃ!」

「俺、すぐにニコを連れて来ます!ニコの強運があれば、回復の出目くらい連発できるはず」

 狂ったガイゼルを放置し、佐久間は私たちの横を通り過ぎて下の大広間へ向かおうと走る。

「それではもう間に合わん!この傷じゃ…!それより力ずくでガイゼルの意識を失わせるんじゃ!能力が解除されれば儂の空間転移で聖女の下へ直接行ける!」

「わ、わかりました!」

 佐久間は急ブレーキをかけると、方向転換して再び床で転がるガイゼルの下へと向かう。

 私は血の気が引き、寒さが訪れ、死が刻々と迫る感覚を味わいながらなんとか言葉を紡ぐ。想いを伝える時間はもう僅かしか残っていないとわかっていた。

「ごめん、ね。こんな、別れ方で…。もっと、長く一緒にいたかったのに。……せめて、お別れ、する、のは…、寿命がよかっ、たんだけど……」

「喋っちゃ…、喋っちゃ如何!絶対、絶対助けるから!だから……!」

 手を私の血で赤く染めた彼は、嫌々と首を振ってから項垂れる。

 お互いに初めての恋人で、これからたくさん一緒に楽しい時間を過ごし、恋人らしいことをして少しずつ愛を深めていこうと思っていたのだが、もうその未来は訪れない。

(こんなことなら、もっと早く勇気を出して、私の方から告白すれば良かったかな…。そうしたら、もっとたくさん一緒の時間が作れたかもしれないし。ほっぺじゃなくて、ちゃんとしたキス、できたかもしれないのに……)

 私は両目から涙を流し、こんな形で残してしまう恋人に対する後悔が胸を締め付けた。ずっとゲームや漫画の世界にのめり込み、三次元の人を愛するということが今まで自分の中で想像できなかったが、死の際まで追い詰められ、本当に本心から自分は目の前の彼を愛しているのだと実感できた。

(もっと、一緒にいたかった…!私を、撫でて甘やかしてくれる彼が大好きで、優しい笑顔が好きで、少しお茶目なところもあるけど、戦ってる姿は目を奪われるくらいかっこよくて……!本当に、大好きだった…!)

 もう声を発することもできず、この胸の内を直接彼に伝える手段すらない。呼吸と心臓の鼓動に合わせ、傷口からは私の意思に反して血が流れていく。

「このクソ野郎!意地でも気絶しない気か!」

 佐久間は声を荒げ、必死にガイゼルを気絶に追い込もうとしている。だがガイゼルは最後の意地を見せ、何としてでも気絶しない構えだ。

「このワシをここまでコケにしてくれたのだ。せめて一人くらい道連れにせねば気が済まんわ」

「まだかユート!!こうなったらソウルイーターに魂を喰わせて」

 立ち上がってガイゼルの下に向かおうとするサイスを、私は最後の力を振り絞ってローブの裾を掴んで止めた。

(行っちゃ、ダメ…。私はもう、持たない……。せめて、最後は傍に…。一人に、しないで)

 無言で縋り付くような目を向ける私に、サイスは迷ったような表情を見せる。彼はその場に止まると、そのまま歯を食いしばりながら目を閉じて何かと葛藤し始めた。

 そして己の中で何かを決意すると、手元にソウルイーターを呼び寄せた。ソウルイーターの刃は紫色のオーラを消し、徐々に白いオーラを纏い始める。

 その間にも私の体の痛みは消え失せ、次第に何も考えられなくなった。最後に耳に届いたのは、苦悩した彼の辛い声だった。

「この選択によって、どれだけ儂のことを恨んでくれても構わん!嫌いになっても!それでも、それでも儂は!こんなところで君を失うわけには如何のじゃ!」

 視界が白く染まり、もう何も見えなかった。ただ、温かい何かが冷たくなった体を包み込んでいく。

 長き戦争の終わりに訪れたのは、大好きな人に見守られながらの優しき眠りだった―――。


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