第三幕・おじいちゃん編 第四話 最凶と最強による一芝居
獣人族と和解して二日後。儂と彼女は魔界と人間界を行き来する日々を送っていた。
魔界では他種族の領域に侵入して諍いを起こしている者の対処、人間界では死神族に恨みを持つ者の撃退。彼女の手を借りつつ、儂は魔王様から手紙で受けた命令を順調に消化していた。
一人で追手を撃退して過ごしていた時は毎日気が休まらず疲労を蓄積させていたが、彼女が傍にいてくれるようになってからは、仮眠も取れるようになり大分楽になった。特に精神面が大きく変わり、心に余裕が持てている。たとえ最凶の一族と呼ばれし死神族でも、やはり心の支えというものは必要らしい。
彼女と再会するまでは、絶対に自分の事情には巻き込まないと決めていたのに、いざ彼女の顔を見て声を聞いてしまったら、その考えはあっさりと崩れ去ってしまった。
生まれて初めてできた『友達』は、いつの間にかどうしようもないくらい心の中で大きな存在となっていた。
(始めは異世界から来た星の戦士で、頼る者もおらず心細そうにしていて、その姿が昔の一人ぼっちの儂と重なった)
儂は交代で仮眠を取っている彼女の頭をそっと撫でた。彼女はクッションに顔を埋めて小さな寝息を立てている。
今は魔界のジャックが治める領域に身を隠して休んでいるが、あと一時間もすれば追手が嗅ぎ付けてくることだろう。
朝の陽射しを通さない木々を見上げながら、儂はまた眠る彼女に想いを馳せる。
(負の感情に敏感なケルとすぐに仲良しになって、儂にも警戒心なく懐いてきて、一時は良い子過ぎて色々心配したもんじゃ。誰かに騙されて利用されんよう目を光らせないと、とな)
頭を優しく撫でていると、彼女は気持ち良さそうに少し表情を和らげた。
前々からよく彼女の頭を撫でているが、照れながらも嬉しそうに笑顔を向けてくれるので、その笑顔見たさについついいつも撫でてしまう。この間まで老人の姿をしていたので、彼女的には祖父に頭を撫でてもらっているような感覚だったに違いない。
(そんな保護者的な目で見守っていたのに、いつの間にか儂を隣で支えてくれる存在になってしもうたのう。友達になってくれた時も驚いたが、まさか危険を顧みず命を狙われておる儂を追いかけてきてくれるとは。……そこまで優しくされると、この歳でも色々欲張りたくなってくるのう)
儂は二日前に彼女に言われた言葉を思い出す。
『私が死んじゃった後に、ふといつか私のことを思い出して、やっぱりあの時名前で呼んでおけばよかった~って後悔しないのかって。死んだ後に私の名前をいくら呼んでくれたって私は返事できないし、空しくて寂しくなるだけでしょ』
(今までそんな考え方をしたことはなかったのう。でもえりちゃんの言う通り、名前を呼んで笑顔で返事が返ってきたほうがずっといい。……いつか、避けようのない別れが訪れるとしても。今のこの時間を大切にしたい)
死神族最後の生き残りになってからは、儂はいつも後ろ向きな考え方になっていた。だが、彼女の影響で少し前向きな生き方に変わってきている。
(後々後悔するよりは、欲張ってみるのもアリなのかのう)
儂は彼女の毛布を掛け直すと、愛おし気に寝顔を見つめるのだった。
それから一時間もしないうちに、彼女は欠伸混じりに目を覚ました。またも儂に寝顔を観察されていたことに少々ご立腹だ。
気のせいか、本来の姿に戻ってからは少しだけ彼女の当たりが強くなった気がする。以前なら困った笑みを浮かべながらもすんなり許してくれたことが、最近はちょっと怒った顔をするようになった。
老人扱いをして甘い顔をするのではなく、見た目通りに異性として認識を改めてくれているようで、少しだけ妙な期待をしてしまう。
(怒った顔は怒った顔で可愛いしのう。ついついイジメたくなる魔王様やクロロの気持ちがわかるわい)
儂は近くの水場に顔を洗いに行く彼女を見送った。
そして彼女が戻って来る間に、儂は人間界に移動するために身支度を整える。使っていたクッションや毛布を空間収納魔法でしまっていく。
一人でいる時は熟睡するほどの仮眠が取れなくてもさして気にしなかったが、人間の彼女が一緒となると色々と気を遣う。保護者目線は無くしておらず、毎朝の健康チェックは欠かせなかった。
彼女が身支度を整えて帰ってくると、儂は早速体調に変化がないかを訊ねた。
「えりちゃん、体調の方はどうじゃ?疲れが溜まってないか?」
「うん、大丈夫だよ。サイスこそ平気?いつも私より寝てないけど。もっと寝てていいんだよ。私ちゃんと魔法書片手に見張ってるし」
彼女は自分の能力で生み出した特殊な魔法書を見せつけながら言った。
ここ数日でかなり活躍しているため、魔法書のページはだいぶ穴あきになっている。ページを破るだけで魔法が発動する武器とは、何とも反則である。
「カッカッカ!魔王城にいる時に散々釣りをしながら寝ておったから、そこまで寝なくても睡眠は十分足りておるよ」
「いやいやいや!そんな前の分じゃ寝溜めの内に入らないから!もう、あんまり無理しないでね。少しでも助けになろうと思って一緒にいるのに、私が傍にいる意味なくなっちゃうから」
「わかっておる。別に無理はしておらんから安心せい。えりちゃんが傍にいるだけで、儂はいつでもどこでも元気満タンじゃ」
いつもの調子で笑う儂に、彼女もくすりと笑みをこぼした。
「さて、腹ごなしも兼ねて人間界のルナに行こうかの」
「ルナ?ルナってメルフィナがいる街だよね?また朝食がてら情報収集?」
「もちろん情報収集も必要じゃが、一番の目的はシャワーじゃな。昨日えりちゃん水浴びじゃなくて風呂に入りたいと言っていたじゃろう」
儂の考えを聞き、彼女の表情がパッと明るくなった。
実は昨日、ネプチューンの領域で儂に恨みを持つ魚人族を懲らしめた後、近くの泉で彼女は水浴びをした。
万が一追手に襲撃されたら危険なので、人間の街に泊まることはせず今までずっと野宿生活だった。儂の魔法で体を清潔に浄化することは毎日しているのだが、やはり女性なので魔法ではなくきちんと水で汗を流したいらしい。
男として彼女の要望にはできる限り応えたいということで、ルナに立ち寄り踊り子に頼んで風呂を借りる計画を立てたのだった。
「儂が踊り子に戦況を聞いている間に、えりちゃんはシャワーを借りるといい。踊り子はルナの中でも良い家に住んでいるし、頼めばお湯を溜めて風呂にも入らせてくれるじゃろ。まぁもし渋られたとしても、儂が魔法で水を沸かして即席の風呂を用意してやろう」
「やったぁ!昨日水浴びしたけど、すごく冷たかったから辛かったんだよねー。風邪引いちゃうからやっぱり温かいお湯に入りたい」
昨日彼女は水浴びをし終わったら震えて帰って来たため、魔法ですぐに暖めてあげたのだ。
「そうと決まれば早くルナに行こ!メルフィナにサイスと合流したことも伝えたいし」
儂は彼女に急かされるまま、人間界の砂漠の街に空間転移するのだった。
ルナのメルフィナ宅を訪ねると、幸い踊り子は家にいた。早速こちらの事情を話し、使用人が朝食の準備をしてくれている間に彼女は風呂をいただくことになった。
儂はリビングで待っている間に、メルフィナと情報交換をする。
「サラと空賊の戦場は変わりないか。やはりあそこはもう放っておいて大丈夫じゃな。心配なのはガイゼルの戦場か。クロウリーまで参戦し始めているとなると、キュリオの援軍だけではキツイじゃろ」
「クロウリーは戦場に顔を出したり離脱したりを繰り返しているみたいだけどね。アタシも今日の午後にここを発って援軍に行く予定よ。魔王軍もドラキュリオ軍に追加して明日からクロロ軍を一部投入するらしいわ」
「フム。クロロ軍か…。あまり相性は良くないが、致し方ないじゃろう。ネプチューン軍のほうはどうじゃ?」
儂は用意されたグラスの水を口に含む。
この街は相変わらず暑いが、メルフィナは踊り子業でたくさん稼いでいるのか家は涼しくとても快適だ。
「あっちもかなり被害が出ているみたいよ。でも獣人族のレオンがこの間から戦線復帰したから、だいぶ持ち直してきたって聞いたわ」
「おぉ、そうか。先にレオンを手助けしておいてよかったの。…となると、やはり当面はガイゼルの戦場が一番不安じゃな。あとはクロウリーに唆されて魔界を荒らす者たちか」
難しい顔を作る儂に、メルフィナは舞にも使う扇を扇ぎながら訊ねる。
「魔界を荒らす奴より、アナタの命を狙う奴らはどうなったのよ。まだ今も狙われているんでしょ。こんな呑気に街中にいて平気なの?」
やっとサキュア軍との戦争が終わり、ルナの街は落ち着いてきたばかりだ。踊り子が心配する気持ちもわかる。
儂は追手の傾向やこれまでの経緯、彼女と合流してからこなしてきた魔王様の命令を説明した。
「なるほどね。それじゃあ朝食を食べる時間くらいはあるのね。……それにしても、ここ最近ずっと二人で野宿してるのねぇ。ずいぶんと一気に距離が縮まったじゃない。ついこの間まではアナタと会えなくて心配だぁって、えりったらすごい沈んでたのよ。見せてあげたかったわ」
「えりちゃんが!?それは~…、不謹慎じゃが見てみたかったのう。儂に会いたがっているえりちゃん」
儂はメルフィナからリークされた情報にご機嫌になる。自分を心配して追いかけて来てくれた時も相当に嬉しかったが、離れていても自分の事を想ってくれていたというのは更に嬉しい。
儂が年甲斐もなく浮かれていると、メルフィナは少し呆れた声を出した。
「戦ってる時は圧倒的強さでイイ男だと思ったんだけど、今のニコニコ顔はちょっと子供っぽくてタイプじゃないわね~。えりが奥手な分アタシが狙っちゃおうかと思ってたんだけど、止めとこうかしら」
「カッカッカ!踊り子はわざわざ儂なんか狙わんでも選り取り見取りじゃろう。それに、儂はえりちゃんが一番大事じゃからのう。割り込む隙は一切ないぞ」
「あら、男らしく言い切ったわね。もしかしてもう恋人同士になったの?」
「こ!?恋人同士には…。儂は魔族で、しかも一番寿命の長い死神族じゃからな。人間との恋愛はハードルが高くてのう。そもそも魔族相手ですら今まで躊躇するほどだったんじゃ。確実に残される身としては、失った後のことを色々考えてしまって」
儂が渋り弱気になった姿を見せると、メルフィナは更に儂への株を下げたようだった。踊り子の男に対する理想はかなり高そうだ。
「別れなんて誰にでも訪れるものでしょう。アナタだけが特別じゃないわ。確かに寿命の関係で失った後の時間は誰よりも長いかもしれないけど、それが理由で一切恋愛をしないのは馬鹿げてる。もしその考えを今後も変える気がないのなら、早々にえりとは離れたほうがいいわ。このままじゃアナタに懐いてるえりが可哀想だもの。脈がないなら早く新しい男を探したほうがいいだろうし」
「あ、新しい男!?ダメじゃそんなの!そんじょそこらの弱い男にえりちゃんは任せられん!せめて儂並に強くなければの」
「それって魔王しかいないじゃない」
「魔王様もダメじゃ!そんなすぐ近くでイチャイチャされたら殺意が抑えられん!」
儂の抗議に、メルフィナはハァ~っと冷たいため息をついた。
「だったらさっさと告りなさいよ。それが無理なら離れなさい。えりの将来を思うなら」
経験豊富で恋愛強者の踊り子は、鋭い眼差しで儂を睨みつけた。
やはりやり手の女は怖い。優しくてウブな彼女とは大違いだ。
「……実は儂も最近は少しずつ考えが変わってきての、えりちゃんが儂の心の中に踏み込んできてくれたおかげで、昔とはだいぶ意識が変わってきたんじゃ。お嬢ちゃんを名前で呼ぶようになったし、もう少し欲張ってみたくはなっておる」
「名前ぐらい当然でしょうが。それで、欲張るって?」
「…だからそのう、友達ではなくもっと特別な関係に…」
「!?告るのね!?なんだ、その気があるなら早く言いなさいよ」
儂がもじもじしていると、扇をバチンッと閉じてメルフィナは儂の気持ちを汲み取った。
「いや、でもまだ迷っておってのう。そもそもえりちゃんは異世界の人間。儂に想いを寄せられても迷惑なんじゃ…。それに……、儂、えりちゃんに断られたらショックで立ち直れんかもしれん」
儂が本音を吐露すると、またもメルフィナは儂を冷めた目で見つめてきた。話せば話すほど、どんどん好感度が下がっていく。彼女相手ではないので別に構わないが、踊り子の口から彼女に変な情報を与えられないかだけが心配だ。
「男のくせに女々しいわねぇ。男なら潔くズバッと告りなさいよ。それで振られたら振られたでしょ」
「そんな簡単に割り切れんわい!振られたら今まで通り友達としてやっていけるかもかわらんし」
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。えりはアナタを追いかけるくらい好きなんだから。むしろ告白したら大喜びするんじゃない。えりの奴」
「本当かのう。儂のことを上手く乗せて成り行きを楽しもうとしとらんか?」
疑いの眼でメルフィナを見ると、閉じた扇を顎に当てて妖しく笑って誤魔化された。
(普通の男たちはこの妖艶な色っぽさに騙されるのじゃろうな。儂は断然えりちゃんの笑った顔のほうが好きじゃが)
「何が本当なの~?」
「おわ!?」
背後の廊下からリビングにやって来た彼女は、濡れた髪をタオルで拭きながら儂の後ろに立っていた。会話に気を取られて完璧に油断していた儂は、突然の登場に大きな声を出してしまう。彼女も目をパチクリさせて儂を見た。
「珍しいね。サイスがそこまで驚くなんて。いつでも周りの気配を把握してる風なのに」
「確かにいつもは魔法で把握しているんじゃが、今は会話に夢中で完全に油断しておったわ」
儂は椅子から立ち上がると、風と火の魔法を応用して彼女の濡れた髪を乾かしてやった。洗いたての髪から良い匂いが香り、思わず抱き寄せたい衝動に駆られるがぐっと堪える。これがドラキュリオだったならば迷わず彼女を抱きしめていただろう。
(キュリオぐらい子供ならば最悪笑って誤魔化せようが、儂ならば一発でドン引きアウトじゃからな)
儂に礼を言った彼女は、櫛で髪を梳かしながら再度同じ質問をした。
「それで、何が本当なの?二人してなんか楽しそうに喋ってたみたいだけど」
「いや、別に。大した話はしておらんぞ。戦況報告と今までのこっちの話をしていただけじゃ」
「そうなの?なんか楽し気だったように聞こえたんだけど」
少し納得がいかないようで不満げな表情をする彼女に、メルフィナは悪戯っぽい笑みを浮かべてとんでもないことを口走った。
「えり、死神のカレがアンタに伝えたいことがあるんだって。聞いてあげて」
「え?伝えたいこと?」
首を傾げて彼女はこちらを見たが、儂はすぐにメルフィナに視線を移して睨みつけた。踊り子は素知らぬ顔をしている。
(なんという奴じゃ!こちらにも心の準備とタイミングがあるというのに!)
この恨みいつか必ず、と胸に刻み込んでいると、彼女が不信感を持った声で話しかけてきた。
「サイス?何メルフィナ睨んでるの」
「い、いや。これについては後でじっくり抗議させてもらう」
儂は彼女の真正面に立つと、一度大きく深呼吸をしてから覚悟を決めた。ここまでお膳立てされてしまっては、男として引き下がるのは格好が悪い。もし当たって砕けた場合は、踊り子を締め上げよう。
「……この間名前で呼ばないと後悔する話をえりちゃんに聞いてから、儂の心の中で少しずつ変化が出てきたんじゃ」
「変化?」
「あぁ。欲張りになってきてしまったんじゃ」
儂は愛おし気に彼女を見つめながら続ける。
「これまでは深く人に関わって大事なものを増やすのを躊躇っていたんじゃが、えりちゃんの話を聞いて名前を呼び始めてから、どんどん儂の心は欲張りになっておる。今までずっと我慢してきたせいか、欲求が溢れてきてのう。後で後悔しないように色々欲しくなってきたんじゃ」
「そうなんだ。とっても良い変化だと思うよ。寿命の長い死神族だからって理由だけで、色々諦めちゃうのは絶対損だと思うし。おじいちゃんのフリして今まで我慢してきたこともあるだろうから、これからはもっと積極的に求めていけばいいんじゃない。やりたいことや欲しいものをさ」
儂の気持ちの変化が嬉しいのか、彼女は笑顔で同意してくれた。彼女の笑みに後押しされ、ついに儂は本題を口にする。
「それじゃあ早速なんじゃが、今まで儂らは友達という関係じゃったが、もしえりちゃんさえ良ければ~……、恋人にランクアップさせてくれんか?」
「…え?エェ~~~!?!?!?恋人!?」
予期せぬ話の展開に、彼女は目が飛び出さんばかりに驚いた。そして石化魔法でも掛かったかのようにしばらく動かなかった。
儂は石化が解けるまで見守ろうかと思ったのだが、一分待っても固まったままなので、手を彼女の顔の前で動かしながら呼びかけた。
「お~い。えりちゃん。現実に帰って来るんじゃあ」
「アハハ!えりってば予想以上の反応ね。面白いわ」
メルフィナの少し馬鹿にしたような笑いを聞いて、彼女はようやく我へと返った。それと同時に、儂を見てみるみるうちに顔を朱色へと染めていく。
「えっと…、友達じゃなくて、恋、人?」
「そうじゃ。えりちゃんが嫌じゃなければ、儂は友達じゃなくて恋人という特別な関係になりたい。魔族で、死神族で、異世界の男である儂を受け入れてくれるなら」
熱のこもった瞳で見つめると、彼女はもう茹蛸みたいに真っ赤になった。あれだけ赤ければ湯冷めの心配はないだろう。
彼女は床に目を落としてじっと考え込んでいたが、やがて照れながらも小さな声で嬉しい返事を聞かせてくれた。
「………サイスが、私でいいなら。…私も、サイスのことは好き、だし」
「ッ!やったぁ!!一発オッケーじゃあ!これで儂たち恋人同士じゃな!くぅ~!今度魔王様に会ったら自慢しよう!」
「え!?自慢!?止めときなよ!絶対馬鹿にされるのが落ちだよ!」
「そんなことないぞ。魔王様は内心ではえりちゃんのことをかなり気に入っていたはずじゃからな。きっと悔しがるぞ~。カッカッカ!」
大はしゃぎする儂を横目に、メルフィナは彼女に祝福の言葉を送った。
「良かったわね、えり。念願の初恋人がゲットできて」
「う、うん。まだ全然実感が湧かないけど。…でもまさかサイスが私の事をそんな風に想ってくれてたなんて。ずっと孫みたいに思われてるんだと思ってた」
「だから前にも言ったでしょう。アンタと話している時だけ浮かれてるって。好きな相手じゃなかったらあんな態度取らないわ」
メルフィナは年甲斐もなく喜んでいる儂を見る。彼女と恋人同士になった今、踊り子の好感度の変動など気にせず儂は浮かれていた。
「まぁ、年の割にはだいぶ子供くさいところがあるけど、ウブなえりにはちょうどいいんじゃない。せいぜい末永くお幸せにね」
「うん!ありがとう!」
めでたく恋人同士になった儂たちは、少し豪華な朝食をご馳走になって踊り子に祝ってもらうのだった。
朝食を取り終え、追手のことも考えてそろそろお暇しようかと思った頃、血相を変えた一人の男がメルフィナ宅を訪ねてきた。
「大変です!おじい様!」
「ん?…不死者ということは、クロロの配下じゃな。ルナに元々常駐している者か」
不死者の男は頷きながら、逸る心を落ち着かせた。
クロロの配下は大きく二つに分かれており、実践部隊と諜報部隊だ。実践部隊は主に戦場で戦うのが役割で、この部隊は元々魔族だった不死者が割り当てられている。腕に覚えのある人間の不死者も一部いるが、ほとんどは生前魔族だった者ばかりだ。そして諜報部隊は、人間の不死者ばかりが配置されている。生前と同じように人間社会に溶け込み、情報収集をする役割だ。人間界の各街や村に配置され、定期的にクロロに報告を行っている。
今目の前にいる男も、ルナに元々配置されていた諜報部隊の不死者だ。
「クロロの配下?…どうして私たちがここにいるってわかったの?」
「クロロ様から、常に星の戦士の動向は見張っておくように前々から言われておりますので。先刻お二人がメルフィナ邸を訪ねるところは見ておりました」
不死者の男の言葉を聞き、踊り子は眉を潜めた。今や協力関係にあるというのに、常に見張られているのだと知り気分を害したようだ。それも無理はないだろう。あとで苦情を申し入れられそうだが、今は火急の件が先だ。
「それで、何が大変なんじゃ。儂にわざわざ伝えに来るということは、クロロからの伝言でもあるのかの」
「そうなんです。ついさっきクロロ様から通信機を使って全配下に情報共有されまして、おじい様を見つけ次第お伝えするようにと」
「そんなに急いでるならサイスに直接念話しちゃえばいいのに。念話を使って敵に居場所がばれちゃうとしても、緊急の場合はしょうがないんじゃない」
念話がはらむ危険を知らない彼女は、クロロの手間のかかるやり方に疑問を呈した。
「居場所がばれることもそうじゃが、それよりも念話は情報漏洩の危険があるんじゃ。魔法を使って敵に念話を傍受される可能性があるんじゃよ」
「念話を、傍受!?何それ。魔法でそんなこともできちゃうの!?」
「さすがに誰でもそんなことができる訳ではないが、クロウリーや儂、魔王様やクロロ辺りはできるじゃろうな。三つ目族ももしかしたら何人かできる者がいるかもしれん。念話をしている相手に接続し、秘密裏に会話を盗み聞くことができる。居場所が割れるより傍受されるほうがリスクが高い。敵に情報が筒抜けになるからのう。きっとクロウリーも儂の念話には常に注意を払っているはずじゃ。いつでも即座に傍受できるようにな」
魔界での戦争期には、敵の傍受を逆手に取って偽の情報を相手にリークして罠にかけることもあった。故に傍受するほうもある種のリスクはある。
念話の危険性をよく理解している魔王軍の参謀は、己の配下全員に自分が開発した小型通信機を持たせている。傍受されたくない情報については全て通信機にて連絡を行うようにしている徹底ぶりだ。
「クロロから通信機を使って連絡があったということは、あまり良くない知らせかのう。聞くのが怖いんじゃが」
「……実は、死神族に恨みを持ち、おじい様の命を狙っていた者たちが突如魔王城に押しかけていまして。あろうことか全員で魔王様を責めたてているんです」
「エッ!?魔王を!?」
彼女は驚きの声を上げたが、儂にはその理由がすぐに理解できた。
(やはり魔王様に矛先が向いてしまったか…。そうなる前になんとか片をつけたかったんじゃが…。クロウリーの奴め、儂から魔王様に標的を変更したか?)
「なんで死神のカレじゃなくて魔王のところに?自分たちじゃ敵わないから魔王に泣きつきに行ったってこと?」
「そうじゃない。大罪を犯した息子の儂の存在を黙認し続けていた魔王様を責めているんじゃ。魔王としての責任問題を追及されているんじゃよ。おそらくこれもクロウリーが周りを唆して動かしたんじゃろう」
「あぁ、なるほどね。だから責めたてているのね」
踊り子は納得したと扇を顎に当てている。
先代の魔王に息子を託された手前、自分の一件で魔王様に被害が及んではならないと今まで手を尽くしてきたつもりだったが、恨みの種を回収しきる前に矛先が変わってしまった。
(こうなってはもう、最終手段しか方法はない……!)
「うぅ~!本当にクロウリーって狡猾で嫌な奴だね!サイスだけじゃなくて魔王までも嵌めるとは!」
「今魔王城ではクロロ様とメリィ様とサキュア様、城仕えの兵たちが暴動を防いでいますが、それもあまり長くは持たないかと」
「……この場を切り抜ける方法は、もう一つしかない」
その場にいる者たちが儂に注目する。
内心ではこの方法だけは使いたくなく、男としてのプライドが決して許さないのだが、世話になった先代魔王の息子を救うためには致し方なかった。
「一芝居打って、儂がみんなの前で魔王様に負けるしかない。形だけでも魔王様に懲らしめてもらい、儂は魔王様に敵わないのだと印象づける。そして魔王様ならばいつでも儂を殺せる。何かあった時は魔王様の手で処断させられるのだという体に持っていき、それで魔王様に丸く収めてもらうしかないじゃろ」
儂は心の中の葛藤が若干滲み出てしまい、ものすごく不本意そうな声音で言ってしまった。
「クロロ様も同じことを言っておられました。とりあえず無様に負ける絵を見せて、まず怒りを静めてもらうしかないと」
「ぶ、無様に!?なかなか酷なことを言ってくれるのう。クロロは」
儂はどんどん苦い顔になっていく。
(せっかくえりちゃんと恋人同士になったというに、何が悲しくて好きな女に負けた姿を見せねばならんのじゃ!どうせ見せるなら圧倒的強さで敵に勝つところを見せたいんじゃ!)
沸々と怒りを蓄積させていく儂に、彼女は遠慮がちに声をかけてくる。
「だ、大丈夫サイス?みんなを納得させるためのお芝居だと思えばいいからさ。そんな気にしない方がいいよ!サイスがとっても強いことは私が一番よく知ってるから。みんなの前で負けても、私だけはサイスが一番って心の中で思ってるから!元気だして!」
「えりちゃん…!………儂、えりちゃんのために魔王様に勝っちゃおうかな」
「いやいやいや!何言ってんの!?勝っちゃだめでしょ!負けなきゃ!」
「だって、恋人の前で負けなきゃいけないとかどんな罰ゲームじゃ!どれだけ周りに野次を飛ばされても、えりちゃん一人の応援があったら儂は絶対に負けんぞ」
鼻息荒く儂が言うと、冷静なメルフィナが提案をしてくる。
「そんなに負ける姿を見せたくないなら、えりは別行動を取ればいいんじゃない。そっちの片がつくまで私と一緒にガイゼルの戦場の援軍に行けばいいわ」
「ダメじゃ!えりちゃんと別行動はせん!せっかく恋人同士になれたんじゃからな。儂の目の届くところにいてもらわんと。クロウリーに狙われでもしたら大変じゃしな」
「はぁ~~。だったら潔く負けなさい。えりだってアナタが一番だって思ってるとまで言ってくれたんだから、それで我慢しときなさいよ。ねぇ?」
同意を振られた彼女は、苦笑いしながら首を縦に振る。
この最終手段だけは本当に心の底から使いたくなかったが、ここまで追い詰められたからには仕方がなかった。
儂は彼女に励ましてもらいながら、魔王様や父に恨みを持つ者が待つ魔王城へと久々に帰還するのだった。
念のため魔法陣を使って魔王城に帰還すると、正面庭園には興奮した数十人の魔族たちがひしめいていた。正面扉の前には、浮遊魔法で宙に浮いて説得しているクロロとサキュアの姿が見える。地上で説得しているであろうメリィや城仕えの兵は、押し入っている魔族たちに阻まれて見えない。
クロウリーに唆されてやって来た魔族たちは、竜人族や鳥人族、魚人族、三つ目族、機械魔族のようだ。幸い和解に成功した獣人族の姿は何処にもいない。どうやらクロウリーの口車にはもう乗らなかったようだ。
「どうしようサイス。いっぱいいるよ。魔王に会う前にあいつらと戦闘になっちゃうんじゃ」
彼女は小声で話しかけながら儂のローブの裾を掴む。怯える彼女を安心させるように、儂はいつも通りの笑顔で対応した。
「大丈夫じゃよ。誰より賢く優秀な参謀なら、儂の姿を見てすぐに手を打つはずじゃ。儂と魔王様が一騎討ちになるように上手く状況を作り出してくれるじゃろう」
儂はここに来る前にかけておいた気配を消す透過魔法を一瞬だけ解く。すると、狙い通りに浮遊魔法で空中を飛んでいたクロロが、いち早く儂と彼女の姿を確認した。ちなみに、城に群がっている敵魔族たちは背中を向けているためこちらには誰も気づいていない。
クロロは人差し指と中指を頭に当て、誰かに念話を送る仕草をしている。おそらく城内で待機している魔王様に儂たちが来たことを報告しているのだろう。
クロロの念話が終わるのと同時に、空間転移で魔王様が姿を現した。ちょうど儂たちと詰めかけた魔族たちの間に転移してきたが、黒いオーラを纏い、その表情は不機嫌極まりなかった。
「な!?ま、魔王様!?いつの間に背後に転移を」
「やっと出てきたな!今まで大罪人の息子を野放しにしていた責任、どう取るおつもりですか!」
「そうだそうだ!我らが女王様を殺した男の息子を、何の御咎めもなしに手元に置くとは!いくら魔王様を裏で支える死神族だからとはいえ、それとこれとは話が別だ!」
押しかけた魔族たちは口々に背中を向ける魔王様に意見を述べたが、黒いオーラを纏う魔王様が振り返った瞬間、彼らは一斉に口を噤んだ。
興奮した彼らの意見を耳に入れたことで、今や魔王様の表情は不機嫌から殺意を帯びたものに変わっていた。好戦的な竜人族や気性の荒い魚人族でさえも、ビビッて一旦口を閉じるほどであった。
「……この魔界を統べる王相手に、責任、と口にするか。…貴様らは何様のつもりだ。この魔王に責任を問えるほど貴様らは偉いのか?」
「え、いえ、偉くは、ないですが…。ですが、奴は私たち三つ目族の先代を殺した大罪人の」
「これ以上俺を苛立たせるな。命が惜しいならな」
圧倒的魔力と重苦しい殺気がその場を支配し、クロウリーがけしかけた魔族たちはあっという間に萎縮してしまった。いくら魔族と人間のハーフと言えど、本気で怒らせると魔王様はそこらの魔族では歯が立たない。根がお優しい方のため、今まで本気で怒ることがあまりなかったこともあり、いくらか魔王様を舐めていた魔族たちもいただろう。だが、目の前の魔王様のプレッシャーと殺気を肌で感じ、今この場にいる者たちは考えを改めたに違いない。
「魔王に意見をし、責任を問えるのは死神族ただ一人。貴様らにその資格はない。……同様に、死神族を裁けるのも魔王ただ一人。我ら一族はいつの世も対の存在。代々我が一族が魔界を統べ、死神族が裏で支える。最強の一族と、最凶の一族」
魔王様は集まった魔族たちを見渡しながら魔力を練り上げていく。
(…なんじゃろう。すご~く嫌な予感がしてきたぞ。背中がゾクゾクするわい)
儂は左手で彼女に少し下がるようジェスチャーをする。
「貴様らの気持ちが全く分からぬ訳ではない。…故に、今から目の前で俺自らじいを裁いてやろう。完膚なきまでに叩きのめし、一生俺に忠誠を誓い、魔界のために尽くすことを約束させよう。それでこの件は手打ちだ。異論は許さん。良いな!」
有無を言わさぬ魔王様の殺気に満ちた念押しに、もちろん誰も異など唱えられなかった。
「クロロ!念のため結界を張っておけ!」
「了解しました」
クロロは魔王様の言葉を受け、周囲一帯に防御結界を張る。
集まった魔族たちは展開されていく結界を見ながら疑問を口にする。
「今から目の前で裁くって?どういうことだ」
「結界を張っているってことは、ここで戦うのか?」
儂の存在にまだ気づいていない魔族たちはざわざわと騒ぎ始める。
「さて、待たせたな、じいよ。半殺しにされる準備はいいか」
黒いオーラを急激に膨れ上がらせてこちらを振り返った魔王様は、透過魔法を掛けている儂目がけて一直線に向かって来た。鎌を手元に呼ぶ暇もなく、儂は魔王様の魔力が乗った掌底を喰らって空高く打ち上げられた。咄嗟に簡易結界を張りつつ両手で防御したが、それでもかなりの衝撃を受けて突き上げられた。相手が儂でなかったら一発で両腕を持っていかれていただろう。
(出だしから本気出し過ぎじゃろう!全然一芝居の域じゃないんじゃが!)
強烈な一撃を喰らい、透過魔法があっさり解かれた。
浮遊魔法で魔王様と空で対峙する儂の姿を見て、地上の魔族たちは目をギラつかせてこちらを見上げた。
「あれは、死神サイス!いつの間にこの場に!?」
「透過魔法で潜んでたんだ!もしかして恨みを持つ我々が揃っているところを狙って魂を刈りに?」
俄かに下が騒がしくなっているが、今はそんなことを気にしている余裕はなかった。目の前の魔王様が殺気を漲らせてイキイキした顔でこちらを見ているからだ。
「………さっきまでは不機嫌で殺意に満ちた顔だったのに、今は嘘のように悪い笑顔じゃのう。嫌な予感しかしないんじゃが」
「貴様が戦場を追われたせいで、こっちは大幅に予定が狂って大変だったんだ。クロウリー相手に後手後手に回ることが多く、被害が拡大し戦況が悪くなることもしばしば。挙句の果てに魔界の治安はどんどん悪くなる一方で、一旦レオンを戦場から下げることになる始末。それもこれも、……じいが女を餌にまんまとクロウリーに嵌められたからだ!」
黒い魔力の塊の玉を複数出し、魔王様は容赦なく儂にぶつけてきた。もちろんそんな生易しい攻撃だけではなく、体術も一緒に駆使して宣言通り儂を叩きのめしにかかってくる。魔力の玉は結界で対処し、体術はひたすら防御と受け流しに徹した。
祖父から一応体術についても稽古をつけてもらったが、そこまで得意な部類ではない。死神族が得意とするのは魔法と鎌の扱いのみ。魔法勝負ならどの一族にも負けない自信があるが、純粋な力勝負となると魔王様に分がある。特に魔王様は体術を得意とする吸血鬼一族のドラキュリオと年中喧嘩と称して手合わせをしているため、体術の腕前はかなりの差があった。とても攻めに転じる余裕はない。
防戦一方の儂を見て、地上にいるギャラリーたちは嬉しそうな声を上げていた。
(儂が苦戦しているのを見てさぞ面白がっておるじゃろうな。このまま大人しくやられるのがいいんじゃろうが、彼女が見ている手前、儂も簡単にやられるつもりはないぞ!どうせ負けるにしても、少しくらいカッコイイところを見せんとな!)
儂は魔力を一段階解放すると、結界に専念するのではなく、攻撃魔法を魔王様に向けて放ち始めた。
体術でごり押ししようとしていた魔王様は、攻撃魔法を躱すために一旦距離を置いた。儂はその隙にソウルイーターを手元に召喚する。体術勝負では分が悪いが、鎌があれば十分対抗できる。
儂が武器を手にしたのを見て、魔王様も一振りの剣を召喚する。先代様より受け継いだ暗黒剣。歴代の魔王の魔力と血が宿っており、刀身は赤黒く明滅している。まるで心臓の鼓動のように脈打っているようだ。剣の周りには攻撃した対象を束縛していく半透明の黒い鎖が浮かんでおり、使い手の強さによってこの鎖の強度は変わっていく。先代様の鎖はかなりの強度を誇っており、七天魔クラスでないと断ち切るのは不可能だった。
「暗黒剣まで出してくるとはメチャクチャ本気じゃな。そんなに儂にお灸を据えたいか」
「皆を納得させる小芝居とは関係なしに、今は本気で貴様に怒りをぶつけたい気分だ。じいのおかげでストレスがだいぶ溜まったからな。じいを痛めつけるのがストレス発散のはけ口にちょうどいい。ドラキュリオと違ってじいならば加減など一切必要がないからな」
「いや、加減は必要じゃぞ!いくら儂が死神族だからとて、魔王様の攻撃を受けて死なない保証があるわけじゃないんじゃぞ!」
「謙遜するな。貴様ならば死なん」
魔王様は何の根拠もないことを告げると、今度は暗黒剣を振りかざして間合いを詰めてきた。儂はソウルイーターで魂と生命エネルギーを奪わないよう鎌に制限を掛けてから、距離を縮めて攻撃を繰り出してきた魔王様に対応した。さすがに世話になった先代様の息子の生命エネルギーを奪う訳にはいかないので、純粋な鎌の腕で勝負することにした。
魔王様は幼い頃に先代様から剣術指導を受けているので、剣の筋はとても良い。最近は腕が鈍りかけていたが、戦争が始まって輪光の騎士と度々一騎討ちをするようになってからは勘を取り戻したようだ。
かくいう儂も正体を隠しているせいで鎌で戦う機会がとんと無かったので、ここ数日でだいぶ感覚が戻ってきたところだ。
攻撃を喰らって束縛魔法を受けないよう、儂は慎重に、けれど攻めの姿勢を崩さず高速で鎌を振るう。魔王様も鎌独特の間合いや攻撃、魔法に注意しながら攻撃の手を休めない。死神族しか鎌で戦う魔族はおらず、間合いや攻撃に慣れるまで少し時間がかかるのだろう。
魔王城上空で繰り広げられる最強と最凶の戦いに、地上にいる者たちはその光景に釘付けになっていた。
私は身振り手振りでクロロの注目を引くと、彼を自分のところに呼び寄せた。
「どうしましたか。そんなに慌てて」
「さっきからあの二人メチャクチャ本気じゃない?ここに来る前にサイスには魔王に負けるように言い聞かせたんだけど、どう見ても本気でやり合ってるようにしか見えなくて」
「あぁ、多分、あなたが言う通り二人は本気で戦っていると思いますよ。ここのところ魔王様はストレスがかなり溜まっているようでしたから、これ幸いにそれをおじいさんにぶつけているんでしょう。おじいさんの正体がバレていなければここまで戦況が苦戦することもなかったですし、八つ当たりするのにちょうどいいですから」
「そんなぁ」
私は空を見上げると、真剣な表情で鎌を振りつつ魔法でも応戦しているサイスを見つめた。やはり鎌を振って戦っている時の彼は纏う雰囲気がいつもと違いかっこよく感じる。いつもの優しい空気ももちろん好きだが、他者を寄せつけない強さを纏う真剣な彼もドキッとくるものがある。
私がだんだんと緊張感が抜けた顔をしていくので、クロロは不思議に思って訊ねてきた。
「この状況でなに呆けた顔をしているんです?」
「え!?いや……、戦ってるサイスはかっこいいなぁ~って…」
私が遠慮がちに答えると、あからさまにクロロは蔑みの目を向けてきた。
「ずいぶんと呑気な人ですね~、あなたは。大事なお友達の応援をしなくていいんですか。まぁ、応援しようが負けるというシナリオは変わりませんが」
「ちゃ、ちゃんと心の中で応援してるもん!今やもう大事な友達じゃなくて恋人だからね!」
「…………ハ?」
私が答えると、しばらく遅れてクロロが引きつった顔で声を出した。
「い、今、何て言いました?恋人?」
「…う、うん。恋人」
「誰と、誰がです?」
「わ、私と、サイス……」
クロロの思考がそのまま停止しかけたところで、上空でも大きな動きがあった。
儂の発言を聞いて、魔王様の身の内に溜め込まれていた魔力が一気に放出された。結界で防ぎながらも軽く吹っ飛ばされた儂は、先ほどより更に怒りが増した魔王様を見て引きつった笑みをこぼす。
(まるで獣人族のオーガのような形相じゃな)
魔王様は黒い魔力の玉を倍に増やすと、じりじりと間合いを詰めながら話しかけてくる。
「…じい。貴様、今なんと言った。もう一度言ってみろ」
「別に何度だって言ってやるぞ。ついさっきえりちゃんと恋人同士になったからな、惚れた女の前であまり無様な姿は見せられん。そうあっさり負けてはやれんよ」
「じ~い~!!!そこまで色ボケしていたか!俺が日夜軍を指揮しストレスを溜め込んでいたというのに、貴様は女に現を抜かしておったとは!少しでもじいのやる気を起こさせようと女を寄こしてやったというのに、よもや逆効果だったとはな!!」
魔王様は殺気十分で斬りかかってくると、先ほどより倍速で攻撃してくる。こうなるともはや反射神経の戦いである。容赦なく急所に突きや斬りかかり、時には斬撃を飛ばしてくる。魔力の玉も絶妙なタイミングで死角を重点的に狙って攻撃してくるので、なかなかこちらの攻撃のリズムが作れない。態勢を崩さないよう注意するのでやっとだ。
「逆効果ではないぞ。えりちゃんのおかげでやる気はバリバリじゃし、ずっと生きるのに後ろ向きだった儂が前向きになったからな。良い事尽くめじゃぞ」
「ならば何故今こんな小芝居をしなければならないほど追い詰められているんだ!クロウリーの後手に回っているからだろう!やる気があるならもっと真剣に身を粉にして働け!!」
「本当に魔王様はジジイ使いが荒いのう。手紙でたくさん任務も指示してくるし。これでもあの無茶振り通り任務を片付けたんじゃよ」
「じいのやるべき仕事はまだまだ山ほどある!俺を支える死神族ならばもっとキリキリ働け色ボケジジイ!」
「色ボケジジイは暴言じゃぞ!」
怒りと苛立ちで魔王様の攻撃は苛烈を極め、所々攻撃を喰らうようになってきた。その度に身動きが取れなくなる前に素早く鎌で束縛の鎖を断ち切っていく。対処が遅れるとあっという間に四肢が拘束されて詰んでしまうので、判断の遅れが命取りになる。
儂は祖父譲りの鎌捌きで最小限の動きで剣を防ぎ、特に鎌の技や奥義は出さなかった。鎌は元々間合いが広く、懐に入られた状態だと大振りできず隙も生まれやすい。懐に入られた際の技もいくつか持っているが、鎌で攻めるより魔法で攻めたほうがまだ戦いやすいと思った。
魔力の玉を結界で防ぎつつ、無詠唱魔法で難度の違う魔法を連発する。魔王様も結界を展開して防いでいるが、長期戦になればなるほど魔力量の多い儂に有利になっていく。儂が強力な魔法を撃てば撃つほど、結界に割く魔力を増やさねばならなくなり、攻撃手段の一つである黒い魔力玉の数は減っていくだろう。魔力玉がなくなればなくなるほど、儂は結界に割く魔力を攻撃に当てることができ、強力な魔法を撃てるようになる。
(先代様がご健在の頃は、よくこの戦法で手合わせしたもんじゃが、先代様の場合剣術が強すぎて鎌で凌ぎきれずに圧倒されて毎回束縛されるのがオチじゃったな。一時はムキになって鎌の力を使って生命エネルギーを吸って挑んだりもしたが、そのハンデをもらっても結局勝てなかったのう)
儂は暗黒剣に斬られあちこち血を流しながら、対峙する魔王様を見据える。
(………魔王様もあの時からずいぶん成長されたのう。少し前まで小柄な少年だったんじゃが)
儂は記憶にある少年の姿を目の前の魔王様と重ねていく。
今年で十三になる少年は、まだ小柄な体に似つかわしくない剣を手にしていた。相手がいないためどうしても手合わせをしてほしいとせがんできたので仕方なく訓練場について来たのだが、その剣で戦うつもりなのなら始める前から勝負はついていた。
『フェンリス様。その剣はちと扱うには早すぎるじゃろう。もう少し軽い振りやすいものにしなされ』
『嫌だ!これで戦う!この剣ぐらい振れなきゃ、とても父上の暗黒剣は振れないからな。少しずつ重さに慣れておかないと』
まだ幼きハーフの少年は、魔界を統べる王である父を甚く尊敬している。人望が厚く、強くて他種族に好かれている父を見て育っているので、当然と言えば当然か。
『その考えは立派なもんじゃが、でも実際まともに振れんじゃろう。そもそも手合わせにならんぞ』
『そんなことない。見てろ、じい』
少年は両手で剣を持つと、ゆっくり振りかぶって儂に振り下ろしてきた。もちろん儂は無言で一歩横にずれてその剣を躱す。剣が重い分かなりスローな動きなので難なく避けれた。
『……避けるなよじい!鍛錬にならないだろ!』
『避けるに決まっておる!危ないじゃろう!……はぁ。悪い事は言わん。いつものこの剣を使うんじゃ。でなければ攻撃が遅すぎて儂が寝てしまう』
『なんだと!こうなったらそのローブをズタズタに斬り刻んで、今日こそじいの素顔を拝んでやる!』
『フォッフォッフォ。できると良いのう。あと二百年はかかりそうじゃが』
少年は儂が魔法で出してやった扱いやすい軽い剣を受け取ると、父親仕込みの鋭い剣術で儂を攻撃してきた。さっきの攻撃とは雲泥の差で、素早く太刀筋も申し分ない。まだ幼いというのに剣術の才能はピカイチのようだ。親から優秀な遺伝子をもらえたのだろう。
『クッソ~!避けるなよじい!せめて結界で防げ!ムカツク~!』
『フォッフォッフォ。結界を張らずとも避けれちゃうからのう。もっと追い詰められたら使っても良いが』
可愛い顔で睨みつけてくる少年を見て、儂は弟でも相手にするかのような心境だった。
(いや、儂ももう死神族の中では子供という歳ではないか。結婚して子供をなしている者もいるぐらいだ。ならば……、息子か?いや、さすがにまだこんな大きな息子はおらんじゃろう。やはり弟か)
そんなくだらないことを考えている間に全力を出し過ぎて疲れたのか、少年は息切れの末に攻撃の手を休めた。まだ魔力コントロールが不完全なようだ。剣に魔力を乗せて振っていたが、注ぐ魔力の扱いが雑だった。魔法に特化している死神族からすると、お粗末にもほどがあるレベルだ。
『おーおー。精が出るなぁ、我が息子よ。じいに一撃くらい入れれたか』
『父上!』
少年は父親の姿を目に留めると、嬉しそうに走り寄っていく。
『今日こそあのローブをズタズタにしてじいの素顔を暴こうと思ったんだけど、剣を当てることすらできなかった。まだまだ修行が足りないや』
『そうか、可哀想に。……お前も大人げないな。一撃くらい喰らってやればいいものを』
目を細めてじとーっと見てくる父親に、儂は呆れた声で返す。
『それじゃあ本人のためにならんじゃろう。将来は魔王様の跡を継ぐ子じゃ。このくらいでへこたれてもらっては困る。剣術の腕はいいから、魔力のコントロールを練習させたほうがいいんじゃないか。まず基礎が全然できておらんぞ。ちゃんと教えてあげておるのか』
『………ほら、魔力や魔法はお前の一族の専売特許だろ。俺たちは力と剣術の特化型だから。魔力は二の次なんだ』
『将来は魔界を統べる王になる子なのに何を悠長なことを言っておる!儂たち一族とそこまで魔力だって大きな差はないじゃろう!何が二の次じゃ!ただでさえハーフだから将来何かと障害が多いじゃろうに』
儂は息切れが収まった少年を心配そうに見つめる。
今のところハーフという理由で少年に嫌がらせをしてくる輩はいないが、将来魔王を継ぐ際に何かしらの反発が起こることは容易に想像できた。実際すでに三つ目族は少年のことを快く思っていない節があった。
『そこまで言うならお前がフェンリスに色々教えてやってくれ。お前が先生なら俺も安心できるしな。よし、フェンリス。今日からじいが魔法や魔力について一から丁寧に教えてくれるぞ。好きなだけ学ぶといい。そしていつかじいを越えるんだ』
『はい!父上!じいから教わった魔法でじいを完膚なきまでに叩きのめす。良い考えですね』
『どこが良い考えじゃ。…全く、戦い始めるとイキイキして手がつけられなくなる魔王様にそっくりじゃな。竜人族並に好戦的じゃ』
儂は大げさにため息をついて見せる。
よく父親にくっついて遊びに来る吸血鬼の王子と仲が良いが、あの王子は悪戯好きで有名だった。好戦的に加えて悪戯好きまで加わったらどうしようかと不安になってくる。
(やんちゃになったら手がつけられなくなるからのう。儂が注意してよく見ておかんとな)
すっかり保護者のように決意を新たにしていると、去り際に魔王様がよく息子の少年にやっているように優しく頭を撫でてきた。
『我が一族は好戦的だが竜人族よりかは理性的だ。分別もある。欲求に忠実な竜と一緒にするな。それじゃあ、フェンリスをよろしくな。………頼むぞサイス』
少年に聞かれぬよう最後だけ小声で囁いた魔王様は、マントを揺らしながら訓練場を後にした。
何年経っていようと、魔王様にとって儂はまだ息子のような存在で認識されているようだ。目に映る姿は老人だが、魔王様は本来の姿の儂を見てくれているのかもしれない。血の繋がる家族も一族ももういないが、魔王様のその気遣いが本当に嬉しかった。
彼の恩に報いるためにも、この目の前の少年を立派に鍛え上げ、将来は支えていかなければならない。
儂は杖を握りしめると、スパルタ教育計画を頭の中で組み上げていくのだった。
昔の雑な魔力操作と比べたら、青年へと成長した彼は見違えるほど洗練された魔力操作をしていた。周囲に放散して魔力が無駄になっていることもないし、剣にも一定の魔力が常に注がれてブレもない。
(本当に、立派に成長されたな…。先代様が見たらさぞお喜びになることじゃろう)
昔の姿を重ねて少し気が緩んだのか、脇腹に重い突きを一発もらう。すぐに鎌で鎖を断ち切ったが、間髪入れずに目の前に左手をかざされた。左手にはあらかじめ術式を仕込んでいたようで、魔力を注いだ瞬間魔法が発動した。本来なら発動に時間のかかる魔法なのだが、術式を前もって書き込んでおくことで丸々短縮することが可能だ。もちろん以前儂が魔王様に教えたことだった。
重力魔法が発動し、儂の体は正面庭園の床に一気に叩きつけられた。数十メートル落下したが、背中側に結界を張って衝撃を和らげたので大したダメージはない。
まだまだ抵抗しようと思えばできるが、いい加減本気の魔王様を相手にするのは疲れたので潮時と判断した。
重力魔法を掛けたまま儂の上に下りてきた魔王様は、暗黒剣を真っ直ぐ首に突き付けてきた。特に抵抗せず大人しくしている儂を見て、見るからにイラッとした顔をしたようだが、気づかない振りをしておいた。
「おぉ!途中までかなり良い勝負をしていたようだが、最後には魔王様が勝ったか!」
「あれが最強と最凶の戦い…。やはり他種族とは一線を画す強さがあるな」
「まさか魔王様があの暗黒剣をあそこまで使いこなしておられるとは知らなかった」
儂に剣を突き付けたまま、魔王様は群がる魔族たちに声を張り上げる。
「聞けぇ!皆の者!この死神族のサイスと魔王の一騎討ち、見た通り我の勝ちだ!…宣言通り、貴様は一生俺に忠誠を誓い、魔界のために尽くすことを命ずる。良いな、死神サイス」
「……御意。魔王様の、御心のままに」
「金輪際サイスの命を狙う者はこの魔王の粛清対象となる。我自ら命を奪ってやる故、胆に銘じておけ!」
「ハハァッ!」
不満を抱えて魔王城に押しかけてきていた魔族たちは、魔王様の下知に皆頭を下げた。クロウリーの配下である三つ目族でさえも、魔王様の実力を目の当たりにして何も言えずに頭を垂れていた。
儂と魔王様の一芝居は特に怪しまれることもなく、大成功を収めたのだった。
一芝居を終えて無事に事態は収束し、詰めかけた魔族たちは本来の持ち場へと皆戻って行った。
儂たちはメリィの用意した茶を飲みながら、作戦会議室で一息ついていた。
「サイスに大した怪我がなくて本当に良かったぁ。二人が本気で戦い始めた時にはどうなることかと思ったよ」
彼女は儂の隣に座り、破れたローブから覗く腕に触る。そこにはついさっきまで切り傷があったのだが、ソウルイーターが溜め込んでいる生命エネルギーを使ってとっくに治してしまった。あとで破れたローブも魔法で直しておかなければ。
「カッカッカ!本気で戦ってたとしても、お優しい魔王様が儂に大怪我をさせるはずないじゃろう。これからも散々こき使うつもりなんじゃからのう」
チラッと魔王様に目を向けるが、先ほどからずっと突き刺さるような殺気を飛ばし続けている。いつ第二ラウンドが始まってもおかしくない殺気だ。
(なんであんなにずっとご機嫌斜めなんじゃ。……もしかして、えりちゃんと恋人同士になった儂に焼きもちを焼いておるのか!?)
「……魔王様、もしかして儂にえりちゃんを取られて怒っておるのか?」
ダァンッ!っという大きな音が部屋中に木霊するのに続いて、バキバキという嫌な音がして会議室の机が壊れた。怒った魔王様の拳を受け止めるには会議室の机は脆過ぎた。
「どうしてそういう話になる!?この色ボケジジイが!今すぐさっきの続きを始めてもいいのだぞ!今度は父上と手合わせしていた時と同様、鎌の力を使って構わん。あと鎌の技や奥義も解禁しろ。手加減することは許さん」
黒いオーラを纏って威嚇してくる魔王様を見て、ようやく儂は不機嫌の原因を理解した。
(儂が制限しながら戦っていたから拗ねておるのか。あの頃と変わらず負けず嫌いじゃのう)
「いくら命令でも魔王様相手に生命エネルギーは吸えんよ。先代様から託された大事なお方じゃからな」
「ぬるいことを。…それよりじい、最後に手を抜いただろ!隙だらけだったぞ!」
「ん?あぁ、すまんな。昔の、十三の頃の魔王様を思い出していたらついつい気が緩んでしまってのう。あの頃は重い剣さえ満足に振れんかったのに、暗黒剣をあれほど使えるように成長したとは。魔力コントロールも洗練されて、立派になったのう」
うんうん、と感慨深けに頷く儂を見て、魔王様の殺気はどんどん削がれていく。代わりに顔を赤くして普通の怒りに変わっていた。
「十三って…、いつの話をしている!俺はじいの孫や息子になった覚えはないぞ!そんな生暖かい目で俺を見るな!」
「孫や息子だとは思っていないぞ。どちらかというと離れた弟と思っているからのう。立派に成長してお兄ちゃんは嬉しいぞ」
「誰がお兄ちゃんだ!」
儂と魔王様のやり取りを聞いて、隣にいる彼女は楽しそうにずっと笑っていた。儂も彼女に釣られてにこにこ笑う。
そんな儂たちを見て、クロロが物珍しそうにしていた。
「まさかお二人が恋人同士になるとは。あまりにも寿命が違いすぎると思いますが、そこらへんは気にしていないんでしょうか」
「……じいは聡いからな。よくわかっているだろう。それでも、一緒にいることを選んだんだ。俺たちが口出しすることじゃない。まぁ、じいがあれだけ幸せそうなんだ。今はそれだけで十分だろう」
「そうですね…。上手くいけば死神族の跡継ぎも増えますし、将来的に考えればプラスかもしれません」
参謀の考えを聞き、魔王様は不敵に微笑んでいた。
「寿命なんて、種族なんて、愛の前には関係ないんですよ魔王様ぁ☆こんなに身近にカップルが生まれたことですしィ、魔王様もサキュアと結ばれてみません?」
「サキュア、今は疲れているから構ってやる余裕はないぞ」
魔王様は冷たく結界を張ると、抱きつこうとするサキュアを間合いに入れない。
お茶のお替わりを用意して戻ってきたメリィは、サキュアの所業を見つけると目にも止まらぬ速さで排除に乗り出した。
魔王様を間に挟みながら睨み合う乙女二人を見て、儂は彼の前途を心配する。
「魔王様も儂のように早く可愛い恋人ができればいいんじゃがのう」
「もう、なにノロケてんのサイス」
彼女は照れて恥じらいながら顔を赤くしていたが、そっと儂に寄り添って来た。早く平和になって、この幸せがいつまでも長く続くようにと儂は心の中で願うのだった―――。




