第三幕・おじいちゃん編 第二話 友達だからこそ
日が沈み、砂漠の街に寒い夜が訪れた。街では今日の戦いが人間側の勝利に終わり、あちこちで宴が開かれ盛り上がっていた。色々と予期せぬ事態が起こったことでかなりの人的被害が出ていたが、人々は戦いから解放されたことで哀しみより喜びのほうが勝っているようだった。
私は昨夜と同じくメルフィナの家に世話になっていたが、とても食事が喉を通るような状態ではなかった。
「いやぁ~。あのおじいさんの強さにはビックリしたわね~。一人であの人数を相手にできちゃうんだから。おまけにアタシ好みのイイ男だったわ。ずっと老人のふりをしていたなんて勿体ない。ね?えりもそう思うでしょ?」
メルフィナに話を振られたが、私は正直右から左に聞き流して全然内容が入ってきていなかった。頭の中は昼間別れてしまったおじいちゃんのことばかりで、余計なお喋りをする余裕はなかった。
メルフィナは私の思い詰めた表情を見てため息をつくと、お酒が入ったグラスをゆらゆら傾かせながら口を開いた。
「あのね~、ちょっとアンタ心配しすぎよ。あの圧倒的強さを見たでしょう。彼なら心配いらないわ。いくら魔族から命を狙われるっていっても、あの魔王並の強さを持ってるんだったら一人でもどうとでもなるわよ」
「……でも、一人じゃあもしもの時にどうしようもないよ。それに、寝る時とかはどうするの?一人じゃ無防備だから襲われたら大変だよ」
「結界得意でしょ~、あの人。寝ながらでも普通に使えるんじゃない」
お酒を飲み干したメルフィナは、俯く私を見て重症だわ、と呟いた。
私はスープをスプーンでグルグルとかき混ぜながら、今日何度目かのため息を吐いた。
(クロウリーが去り際に、各種族の魔族たちに死神の存在を触れて回るって言ってたけど、みんなおじいちゃんの正体を知っちゃったのかな…。詳しいことはよくわからないけど、話の流れから、おじいちゃんのお父さんが何か犯罪を犯した人、なのかな。それで魔族のみんながおじいちゃんの命を狙う……)
「魔王まで、敵に回ったらどうしよう……」
私が顔を青くするのを見て、メルフィナは呆れた目で首を横に振った。
「えり、一旦思考をストップさせなさい。今のアンタ、ロクな事考えないから」
向かいに座るメルフィナから人差し指を指され、私はいじけながら口をつむぐ。眉はㇵの字になっていた。
するとちょうどその時、昨夜同様私のすぐ隣で魔法が発動した。空間転移の兆しだった。
私はパッと顔を輝かせると、再会を期待して椅子から立ち上がる。しかし次の瞬間現れたのは、銀髪の白衣姿だった。
「な、なんだ…。クロロか……」
私はあからさまにがっかりした態度でみるみるうちに萎んでいく。それを見たクロロは追い討ちをかけるようにいつもの毒舌発言をしようとしたが、私が本気で塞ぎこんでいるので言葉を飲み込んだ。
「………クロウリーがあちこちに情報発信しているおかげでなんとなく状況は察していますが、一から詳しく教えてもらえますか。今日の戦況報告も含めて全部」
クロロは私ではなく冷静なメルフィナに聞いた。
メルフィナは椅子とお酒を勧めると、クロロに今日起こった出来事を順々に説明していった。
クロロはひとしきり話を聞き終えると、お酒を断り用意してもらった水を一口飲んだ。
「…なるほど。そういうことでしたか。まさかおじいさんが本当にあの死神族だったとは」
「クロロも、やっぱりおじいちゃんの正体は知らなかったんだ。……ねぇ、死神族ってどんな一族なの?クロウリーの断片的な情報じゃあ全然わからなくて」
「う~ん。それをご説明するのは、私ではなく魔王様のほうがいいでしょうね。実際一番詳しいのは魔王様ですからね。おじいさんの正体を知っていたのも魔王様だけらしいですし」
ここに来る前に、クロロは配下の部下からクロウリーがおじいちゃんの正体を広めていることを聞いたらしい。そして死神族というのを聞いて、急ぎ魔王に確認に向かったと言う。魔王は事実であることを認めると、クロロに私から事情を聞いてそのまま回収してくるよう命じたそうだ。
「ひとまずサキュアも連れて城に戻りましょう。おじいさんのおかげでこの街はもう心配ないでしょうし。何か変化がありましたら、ここに置いている私の配下に知らせてください」
「えぇ、わかったわ」
メルフィナは席を立つと、サキュアを休ませている部屋へとクロロを案内する。
私はすっかり冷めたお肉を一切れ口に入れて水でなんとか流し込むと、続けて席を立ってクロロを追いかける。
(とにかくおじいちゃんを理解しないことには手助けすることもできない。魔王から全部聞き出して、必ずおじいちゃんと再会するんだから!あんなお別れなんて、絶対納得できない!)
私は心配して沈んでいた気持ちを奮い立たせると、自分自身に気合いを入れた。
サキュアを抱えて隣室から出てきたクロロと合流すると、私はふとあることを思い出した。
「あ、そういえばクロロ。サキュアの腕にいつの間にかこんなのがくっついてたんだ。これ、クロロだったら何の機械かすぐにわかったりする?」
私は鞄にしまっていた小型の機械を取り出す。それは八つの足を持った蜘蛛のような機械だった。片手で十分持てるサイズだ。
「…それが、サキュアの腕に?見たところ機械魔族のようですが」
「エッ!?これって機械魔族なの!?……良かった。一応私の能力で凍らせたままにしておいて」
「賢明な判断ですね。そのサイズでも機械魔族です。何かしら厄介な能力を持っているでしょうから。特にそいつは、サキュアの意志を奪うほどの能力を持っている可能性が高い」
クロロは目を鋭くさせると、私の手から機械魔族を受け取った。
彼が氷漬けのままの機械魔族を睨みつけながらぶつぶつと呟いている間に、メルフィナは私の背後に回るとこそこそと話しかけてきた。
「えり、最後に一つアドバイスをしてあげる。その様子だと今までまともな恋愛とかしてなさそうだからね」
「れ、恋愛!?!?」
私は素っ頓狂な声を上げながら彼女から大きく身を引く。私のウブなリアクションに、メルフィナはお腹を抱えて笑った。
「あの死神の彼に一目惚れしたんでしょ。心配のしすぎで食事が喉を通らないくらい」
「ち、ちがうちがう!私は純粋におじいちゃんを心配してるの!私とおじいちゃんは友達なんだから」
「友達ぃ~?アンタその年で何言ってんのよ。ウブにも程があるわよ。……まあいいわ。地味で私のような色気もプロポーションもないアンタじゃ、恋愛でいきなり自信を持つのは無理か」
「………うん、ありがとうメルフィナ。私を怒らせて元気づけようとしてくれてるのね。斬新だわ~」
私は笑顔で拳を握ると、正拳突きの構えを見せる。先ほどまであれだけ暗い気分だったのに、今は嘘のように気持ちが上向いている。怒りって不思議だ。
「図星言われて本気で怒らないでよ!その年までに何も磨いてこなかった自分が悪いんでしょ」
「うぅ……!自分磨きより趣味に当てたほうがよっぽど有意義だもん!何がプロポーションだ!胸が大きければ全て許されるのか!?問答無用でフラグが立つっていうのか!?所詮脂肪の塊でしょ!つまりはデブと一緒なんだぁ~!」
「いや、デブとは全然違うでしょ」
真顔で普通にツッコんでくるメルフィナに、私は苦し紛れにシャドウボクシングで対抗する。
(リア充め!オタクは欲しいグッズには金に糸目を付けんのだよ!自分につぎ込む余裕があったら新作ゲームやグッズ買ってるわ!)
天敵を見るような目で私に睨みつけられ、メルフィナは哀れな目で私を見返す。クロロは目の前の機械魔族に興味を奪われているのか、全くこちらを気にしていない。
「とにかく、私からのアドバイスは一つ。アンタは変に意識せずに今まで通り彼に接するのが吉ね」
「………今まで通り?え?むしろ態度を変えるつもりなんて最初からなかったけど?」
「本当に~?今までおじいさんと思って接してたんだから、若返った彼相手に態度変えたりしない?」
「…………」
じとーっとした目で射られ、私は腕組みをし冷静に考えてみる。若い姿のおじいちゃんを頭に浮かべ、私を助けて微笑みかけてきたあのシーンを思い出す。鼓動が早くなり、すぐに平常心じゃなくなった。
「す、少しは意識するかも…?」
目を逸らして告げる私に、ほれ見たことかとメルフィナは言ってきた。
「でも大丈夫。今まで通りえりが接すれば、あの死神の彼も落ちるわよ」
「ハァ!?何を根拠に!?」
「何って、見てたらわかるわよ。おじいさんの時の彼、アンタにデレデレ甘々だったじゃない。本当の祖父と孫かと錯覚するほどに」
「それは本当におじいちゃんが優しくて、私を孫のように可愛がってくれてただけだってば。私が初めての友達だっていうのもあるし」
私は訂正しても、メルフィナは強気にブンブンと首を横に振った。
「もしかしたらまだ彼も無自覚かもしれないけど、でも確実にえりに愛情は持ってるわ。でなければあんたが擦り寄っていってあんなに鼻の下伸ばさないわよ」
「いつおじいちゃんが鼻の下なんて伸ばしてた!?てかフードが邪魔で鼻の下なんて見えないでしょ!白鬚しか!」
「見えなくてもわかるわよ。私が今までどれだけの男を相手にしてきたと思ってんの」
「ど、どれ、だけ……?」
圧倒的な経験値の違いに、私はプルプルと震えてしまった。
(レ、レベルが違いすぎる…。恋愛のステータスのレベルが…!私は当初割り当てられた基礎値しかない……!)
一応私より年下だが、もはや人生の先輩であるメルフィナのアドバイスをとりあえず聞き入れることにした。
「もうそろそろ移動してもいいですか。魔王様も待っていると思いますので」
すっかりおじいちゃんの恋愛話で盛り上がってしまったが、クロロは機械魔族に夢中で全然聞いていなかったようだ。
私はクロロの隣に移動すると空間転移に備えた。
「えり。もし彼に会う事が出来たら、素直に一緒にいたいって伝えるといいわ。アンタが本気でおねだりすれば彼も断れないはず。男は女に頼られて喜びを感じる生き物だからね。我儘言って甘えるのは女の特権よ♪」
メルフィナはウィンクをして私を送り出す。私を心配する彼女なりの気遣いと優しさを感じ、私は努めて明るく振る舞い手を振って別れるのだった。
魔王城へと転移してきた私とクロロは、サキュアをメリィに任せて魔王のいる作戦会議室へとやって来た。もう夜の九時を回っており、外には月と星が輝いていた。
魔王はクロロからの報告を聞き終わると、忌々しそうに一つ舌打ちをした。
「じいめ。だからあれほど女を甘やかすなと言っておいたのに。結局自分の首を絞める結果になったか」
「それって、どういう意味…?」
魔王の言葉の意味を図りかねて私は訊ねた。
「どうやって情報が洩れているのかはまだわからないが、今回は最初からクロウリーの手の平の上だったのだ。あいつの狙いは魔王軍の主力であるじいを離脱させること。しかしじいの強さは魔王の俺も認めるところ。もしかしたら奴は、だいぶ前からじいの正体に勘付いていたのかもしれん。だから今まで迂闊に手が出せなかった。…だが、お前が来てから状況が変わった」
「私?」
「じいはやけにお前を気に入り、お前を常に気にかけるようになった。挙句の果てにはお互い友達宣言する始末だ」
「なっ!?友達の何が悪いのよ!人間と魔族が友達になっちゃ悪いの!?」
魔王が小馬鹿にしたように言うので、私はムキになって突っかかった。話が進まなくなるのでクロロがどうどうと私をなだめる。
「別に悪いとは言っていない。いい年してじいが浮かれすぎなだけだ。お前はじいと付き合いが短いからわからないだろうが、お前と一緒にいるじいはドン引きするほど浮かれているぞ」
「え……?いや、そんな浮かれてる様子見たことないけど。いつも普通だったよ。確かにおじいちゃんと全然会ったことないメルフィナも、おじいちゃんが鼻の下伸ばしてデレデレしてたとか言ってたけど…」
「ほう。踊り子はなかなか優れた洞察力を持っているようだな」
私はクロロにおじいちゃんがいつも浮かれていたか質問してみたが、クロロもドン引きするほど浮かれているようには見えなかったと答えた。
「俺ほどの強さならば魔力の機微からその者の精神状態を推し量るなど造作もない。じいはお前を相手にしている時は魔力の質があからさまに増幅する。お前でも理解できるようにかみ砕くならば、気に入っている相手の前ならばいいところを見せようとやる気が上がるだろう。まさにそれだな。そのせいでじいの弱点がいとも簡単にバレた」
「要するに、クロウリーにえりさんをピンチに追い込めばおじいさんを罠にかけることもたやすいとバレた訳ですね。まぁ、魔力の機微云々という以前に、誰が見てもえりさんを構っていたのはバレバレですからね。これでは誰が情報を漏らしたのかはわかりません」
「あぁ。だが、じいをメルフィナの戦場に配置換えするのを決定したのは昨夜遅くだ。その短い間に情報は洩れ、翌朝の戦場にはすでにクロウリーが現れている。じいを罠にかけるシナリオを携えてな」
私たち三人は黙り込み、情報を漏らした内部犯について考え込む。
(おじいちゃんのこともそうだけど、星の戦士と魔王軍が手を組む作戦をクロウリーに漏らしたのもきっと同一犯だよね。一体、誰なんだろう。私たちの気づかぬ間に反魔王派が身近に潜んでるってこと?)
魔王は一つ被りを振ると、話題を元に戻した。
「とにかくだ。クロウリーはまんまとお前を窮地に立たせ、じい自ら正体をバラすよう仕向けた。これでじいは魔族から追われる立場になり、戦争に首を突っ込む余裕はなくなったというわけだな」
「魔族から追われる立場……。ねぇ、魔王までおじいちゃんの敵になったりしないよね?」
不安に駆られた私は魔王に問いただす。魔王は大きく目を見開いた後、喉の奥を鳴らして笑った。
「クックック。俺が、じいの?むしろ俺が一番あいつの味方だろう。あいつが父親のように我が一族を裏切らない限りな」
「父親のように?クロウリーもおじいちゃんの父親を大罪人って悪く言ってたけど、一体おじいちゃんのお父さんは何をしたの?」
「私も詳しく聞きたいですね。死神族がどういった一族かは前に先代の魔王様から聞きましたが、大罪人の話なんて聞いたことがないですから」
私とクロロに訊ねられ、魔王は窓の外を眺めながらゆっくりと語り始めた。死神族の歴史について。
死神族は魔界の中では元々数の少ない一族だったが、その寿命は魔族の中でも一番長かった。また、魔王の一族が魔族の中で一番優れた力を持つのに対し、死神族は魔族の中で一番魔力に長けた一族だった。
優れた力と統率力で、争いが起こる度に各種族を治めて魔界を統一してきた魔王一族。その彼らを代々裏で支え続けてきたのが死神族だった。死神族は唯一魔王に対抗できるほどの魔力と魔法を持ち、いざという時魔王を諫める立場として存在する。また、長が代々受け継いでいく特殊な鎌、ソウルイーター。その鎌は魂を刈ったり、生命力を削ぐことができる。死神族の長は、その鎌を使って魔王に仇なす敵を秘密裏に刈って魔界の平和を維持する役目も担っていた。
数十年、数百年ごとに大きな戦争が起きてはいるが、魔王と死神族、二つの一族によってその度魔界の平和は保たれていた。しかし、そんなある時事件が起きた。死神族が魔王を裏切ったのである。
「魔王を裏切ったって、どういうこと?」
今まで静かに魔王の話を聞いていたのだが、ついつい口を挟んでしまった。
「じいの父親は俺の父を殺し、自ら魔界を統べる王になろうとしたんだ」
「なっ!?先代の魔王様を殺そうとしたんですか!?……私が知らなかったのですから、私が魔族になる以前の話ですよね?」
「あぁ。俺が生まれる前、二百年近くも前の話だな」
もう昔の話過ぎて私には話を呑み込むのでやっとだった。魔族はみんな長命過ぎる。
「死神族は代々我が一族を影で支えてきたが、それは初代魔王と初代の死神族の長が取り決めたものだ。二つの一族は強い力を持っていたため、その一族同士が争えば魔界は他の種族まで巻き込み血の海になる。だから互いに手を結び、魔界の平和のために力を尽くしていこうと決めたのだ。我が一族は表立って魔族を束ねて治める者。そして死神族は裏で悪の芽を摘み、魂を刈り取る者」
「死神族は代々汚れ役を買って出ていたわけですか。魔王が表立って粛清しにくい相手でも、秘密裏に暗殺していたと」
「そういうことだな。だから昔から死神族は他の種族から煙たがられていたと聞く。寿命は長い上に、獲物の鎌で生命力を削る力を持った一族だしな。長が持つソウルイーター以外はさすがに魂を刈ることはできないそうだが」
私はおじいちゃんの持っていた大きな鎌を思い出す。紫色のオーラを纏ったソウルイーター。
(そう言えば今日助けてもらった時、機械魔族や三つ目族は大した怪我もないのに倒れてそのまま動かなかった。あれはもしかして魂を刈られちゃったからなのかな)
魔王の話では、魂を刈られるとそのまま意識を失うらしい。そしてそのまま肉体に魂が戻らなければ、やがて心臓が止まって死んでしまうのだと言う。人によって個人差はあるが、大体一時間以内には確実に死ぬそうだ。
「じいの父親は昔から死神族の役目が気に食わなかったらしい。じいの祖父と度々派手に大喧嘩していたそうだ。なぜ強い力を持つ死神族が魔王を支えなければならないのだと」
「野心の強い方だったんですね。それに下手に強い力を持っているせいで、本気で魔王の座を狙えてしまえた」
魔王は大きく頷くと、おじいちゃんの父親が犯した大罪を話し始めた。
おじいちゃんの父はソウルイーターを受け継ぎ長となった一年後、魔界の歴史に残る大罪を犯した。彼は同族の魂を次々刈り取り、ついには他種族の長の魂まで刈り取ったのだ。
前代未聞の出来事で、当時の獣人族、魚人族、植物人族、悪魔族、鳥人族の長の魂が刈られた。吸血鬼族と竜人族、三つ目族の長も狙われたが、その実力から魂を刈られることはかろうじて防げた。しかし生命力は削られ、かなり寿命を持っていかれたそうだ。竜人族の長はその時の戦いが原因で片腕を失くし、竜化することもできなくなった。結局娘のサラマンダーに長を譲ることにして今は隠居している。
他種族の魂まで刈り取って鎌に力を蓄えたおじいちゃんの父は、ついに魔王の命を狙ったが、その前に立ちはだかったおじいちゃんの祖父であるタナトスと相討ちして最後は命を落とすのだった。
最後まで話を聞き終えた私は、あまりにも内容が重すぎて表情を硬くしていた。あの優しいおじいちゃんとかけ離れ過ぎている父親で、とても信じられなかった。
「………さすがにそれは、大罪人と呼ばれても仕方ないね。一族を殺し回るだけでもヤバイのに、他の種族の人まで殺すのは…。今日の戦場で獣人族や魚人族の人たちが怒っていたのもわかるよ」
「そのタナトスさんが自分の手で後継者を殺して事を治めた訳ですか。まあ、そうでもしなければとても責任が取れなかったでしょうからね」
「責任、か……。実際取ったようで取れていないがな。今じいが魔族たちに命を狙われているのがその証拠だ。俺の生まれる前の出来事だが、死神族に対する恨みは根深い。恐らく敵意なく接するのは吸血鬼一族と竜人族くらいだろう」
「ですが、強者が好きな竜人族は力試しでおじいさんに普通に挑みそうですがね」
それを聞いて魔王は苦い顔をして頷いた。
身内同士で相討ちになりケジメをつけても、被害を受けた他種族は簡単に納得することはできない。むしろ怒りをぶつける場所がなくなり、最後の生き残りであるおじいちゃんを標的にするしかなくなってしまった。
「でも、おじいちゃんは殺されなくて良かったね。おじいちゃん以外の一族はみんな殺されちゃったんでしょ。やっぱり息子に対する愛情くらいは持ってたのかな」
「いや、じいが無事だったのはタナトスが守ったからだ。じいはあの口調からもわかるように爺さん子でな、しょっちゅう一緒にいたらしい。母親を早くに亡くし、父親が息子に無関心だったというのもあるが…。事件当日もタナトスの傍にいて、そのままタナトスが父上にじいを預けたんだ。正体を隠し守ってほしいと」
「タナトスさんは全て承知の上で先代様におじいさんを託したんですね。命を狙われることを見越して」
先代魔王はおじいちゃんも事件に巻き込まれて死んだことにし、おじいちゃんを自分の遠縁として傍に置くことにしたのだという。そして普段から姿を魔法で変え、誰にも正体がバレないよう今日まで過ごしてきた。
「俺もじいの正体を知らされたのは、父上が亡くなる直前だ。俺もそれまではじいが死神族だと知らなかったから、当時は驚いたものだ。死神族の大罪人については前々から知ってはいたが」
「そっか……。ていうか、あの口調って、おじいちゃん子だったから真似してただけだったんだ。意外と可愛いところあるよね、おじいちゃんて」
「あの老人の姿も、せっかく正体を隠すならお爺さんがいいというくだらない理由だ。あと、油断させる理由も一応はあるようだが」
筋金入りのおじいちゃん子という意外な一面を知り、私は思わず表情を緩めて笑ってしまった。
魔王は私に向き直ると、今後のことについて口を開いた。
「…今後についてだが、お前はしばらく城で待機だ。お友達とやらのお前が戦場に出ているとじいも気が散るだろう。今は自分のことで手一杯だろうからな。じいが落ち着くまで大人しくしていろ」
「えぇ~!私、おじいちゃんを助けに行きたいんだけど!じっとなんてしてられない!今も一人でいるんでしょう?危険だよ!」
私が身を乗り出して言うと、魔王はわかりやすく大げさにため息を吐いた。
「助けにではなく足手まといの間違いだろう。お前の能力についてはじいに聞いたぞ。一日三回しか使えないらしいな。よくそれで助けに行くなど言えたものだ」
「うぐ。……で、でも」
「そもそも俺でさえじいの詳しい居場所はわからない。索敵魔法にかからないように特殊な結界を張っている上に、人間界と魔界を頻繁に移動しているようだからな。クロウリーの情報発信のせいでちょこちょこ襲われているようではあるが、その度にあしらって空間転移している」
「やっぱり襲われてるんだ!そんなにたくさん魔力を使ってて大丈夫なの?魔力切れになったりするんじゃ」
私はおじいちゃんの身を案じて心配するが、魔王とクロロは顔色一つ変えておらず心配する素振りも見せていない。むしろ魔王はおじいちゃんの体たらくに呆れているくらいだ。
「じいを魔力切れにするなら、俺自ら戦うくらいしなければならないだろうな。それくらいじいの魔力量は断トツだ」
「よく疲れてたくさん魔力を消耗した振りをしていますが、あれでも二割くらいしか使っていないですからね。お城の修繕や結界の張り直しもなんだかんだすぐできちゃいますし」
「死神族は魔力量も多いが、魔力の自己回復速度も断トツだ。唯一魔王と張り合える一族だからな。お前がそんなに心配するほどのことじゃない」
おじいちゃんをよく知る二人にそう言われ、私は不満たっぷりだったが口を閉じるしかなかった。魔王の言う通り、傍に行って足手まといになっては元も子もないのはわかっていた。
魔王は私に大人しく待機しているよう念押しすると、今度はクロロに向き直った。
「さっきの報告にあったサキュアのことだが、機械魔族が原因の可能性が高いんだな」
クロロは私が渡した蜘蛛の形をした小型の機械魔族を取り出すと、魔王の目の前に差し出しながら答えた。ちなみにクロロに頼まれたので氷漬けはもう解いてある。
「えぇ。まだ詳しく調べられていませんが、どうやらこの機械魔族には寄生した対象に影響を及ぼす仕掛けがあるようです。これからすぐにでも解体して探ってみます」
「あぁ、頼む。もしそれが原因ならば、サキュアも目が覚めたら正気に戻っているはず。確か、明日には能力が解けて目を覚ますという話だったな」
私はこくんと一つ頷く。
「二十四時間目が覚めないようにって妄想にしたから、明日の昼前には目が覚める予定だよ」
「……じいに報告を受けたが、妄想を現実にする力か。何とも奇妙な能力だな」
魔王は変人を見るような目で見てきたが、私はそれよりもクロロのキラキラした眼差しの方が怖くて気になった。機械魔族よりも私の能力に興味が傾き始めている目だ。
時間が時間だったので、私は他に用件がないことを確認すると、クロロの実験の餌食にされないよう部屋へと足早に撤退したのだった。
魔王城に戻って来て二日後。私は魔王の命令に従い、部屋で大人しく待機していた。本当は妄想の力を使って今すぐおじいちゃんのところに行きたかったが、今のままでは足手まといになると思い仕方なくじっとしている。
今日の朝魔王におじいちゃんのことを聞きに行ったところ、特に異常は見られずきっと無事だろうという回答だった。
クロウリーの思惑通り、獣人族、魚人族、三つ目族、機械魔族、竜人族、鳥人族の一部がおじいちゃんを追い回しているらしい。ドラキュリオとジャックの働きかけで、吸血鬼一族と悪魔族、植物人は追手に回ることはなかったそうだ。凪と佐久間がいるヤマトの国の援軍に行っていた獣人族の長であるレオンは、追手に回る獣人族を鎮めるために戦場を離脱して奮闘しているそうだ。戦場の指揮権はそのままケルベロスが引き継いでいるらしい。
(お父さんの件でみんなに追い回されて、おじいちゃん大変だな。魔王の話だと、クロウリーの差し向けた兵以外は手加減して半殺しで止めてるらしいけど、逆に手加減しすぎて自分が大怪我したりしないといいけど。おじいちゃんは基本みんなに優しいからなぁ)
私はベッドの上でクッションを抱きしめながら膝を抱えると、ここに来てからのおじいちゃんとの日々を思い出した。
正面庭園でお菓子を一緒に食べながら雑談をして過ごしたり、書庫室で難しい魔法書を読んでもらったり、時には教えてもらった魔法の成果を見せて褒めてもらった。面倒見がいいおじいちゃんは、ドラキュリオが来た時はケルと私を交えて暇つぶしの遊びに参加してくれたし、私が魔王やクロロにイジメられてる時は必ず助けてくれた。
あのいつでも優しく頭を撫でてくれていた温かい手を思い出すと、なんだか無性に泣きたくなってきた。
「おじいちゃん……」
困っている今だからこそ友達としておじいちゃんの力になってあげたいのに、何もできない無力な自分が悔しかった。
私がいじけてクッションに顔を突っ伏していると、誰かが部屋の扉をノックした。
「はぁ~い…」
力無く私が返事をすると、扉を開けてライトパープルの髪をツインテールにした可愛い小悪魔が入ってきた。
サキュアはしょぼくれた私の顔を見ると、何故か瞳を輝かせた。
「サキュアか。確か昨日、クロロに異常がないことは見てもらったんだよね。正気に戻って良かった」
「えりの能力で氷漬けにしてくれたおかげで機械魔族の透過魔法が解けたんだってね。ありがとう♪えりのおかげで愛しの魔王様を裏切らずに済んだわ」
クロロが機械魔族を調べた結果、あの機械魔族は寄生した対象の感情を増幅させる能力を持っていた。特に負の感情を増幅させ、最終的には魔力を暴走させる力を持っていた。
サキュアの場合、魔王を想うが故に人間を全て敵と見なし、人間を憎む感情が増大していった。魔王軍が人間と手を組むことになった時には、もう感情が正常にコントロールできないところまで機械魔族に支配され、結果魔力が暴走したという訳だ。
機械魔族には高度な透過魔法が仕組まれており、おじいちゃんですら気づくことができなかった。そもそもクロウリーの精神魔法を疑っていたので、そこまで注意を払えなかったのかもしれない。たまたま私の能力、自分とサキュア以外を敵味方関係なく氷漬けにする妄想のおかげで特定できたようなものだった。
これからは精神魔法だけでなく、蜘蛛型の寄生機械魔族も注意しなければならないと魔王は唸っていた。
サキュアはご機嫌で笑顔を向けると、遠慮なく私の目の前に腰を下ろした。躊躇なく人のベッドの上に座り込む彼女に、私は目が点になった。
(何故彼女はこんなにワクワクした笑顔を向けるのだろう。ていうか、名前呼ばれたの初めてなんですけど。一応命の恩人的な意味で感謝されてるのかな)
私が戸惑っていると、サキュアは胸の前で両手を組み、興奮した様子で矢継ぎ早に質問してきた。
「ねぇねぇねぇ!あのおじいちゃんが死神族だったって聞いたんだけど、そのおじいちゃんに恋してるって本当!?今までは仮の姿で、実際はどんな男だったの?見てすぐ惚れちゃうほどのイケメン!?人間と死神の恋かぁ~♪魔王様にちょっかい出さなくなるなら、サキュアいくらでも応援してあげる☆こう見えてサキュア、恋バナ大好きだから!」
「ちょ、ちょちょ、なんか色々と勘違いしてない!?誰から情報を得てそうなったの!?私は別に、友達としておじいちゃんを心配してるだけで…!」
唐突過ぎるサキュアの圧に、私はじりじりと後退する。
「エェ~~。友達ィ~?さっきの落ち込みようで友達なの~?あ~や~し~い~」
人差し指で私のクッションをツンツンしてくるサキュアに、私は口を引き結び視線を泳がせる。
「クロロがすごい懐いてるから惚れてるのかもしれないって言ってたのになぁ~。ずぅ~っと心配してるって」
「あの参謀めぇ~。余計なことを」
「そんな恥ずかしがらなくてもいいのに~。それで、本当はどうだったの?あの死神族だから魔王様の次にかっこいい感じ?」
「えっ!?えっと、まぁ、……すごく、かっこいいと思う…」
私は記憶のおじいちゃんを思い出しながらついつい真面目に答えてしまったが、興奮するサキュアを見てすぐに我に返った。
(何を答えてるんだ私は~!これでは相手の思う壺!)
顔を赤くしてクッションで顔を隠す私に、サキュアの乙女心はどんどん刺激されていく。
「キャア~!赤くなっちゃってカ~ワ~イ~イ~☆地味で冴えない感じだったけど、やっぱり恋する乙女は可愛いわね♪今ならサキュアの次に可愛いわ!」
(やっぱ自分が一番なのか…)
心の中で冷静にツッコミを入れると、いくらか私は心の乱れが直った。
「今ならまだおじいちゃんも競争率低いし、一気にアタックして距離を詰めるべきよ!私がいつも魔王様にアピールしてるみたいに、会う機会を無理矢理作ってスキンシップあるのみ!」
「い、いや…。アピールも何も、そもそも会えないじゃん」
「どうして?会う方法くらいいくらでもあるでしょ。例えば~、わざと危険な目にあってみるとか!おじいちゃんもえりのこと少しは気にかけてくれてるんでしょ?だったらわざとクロウリーに捕まるなんてどう?ついでにサキュアを玩具にした仕返ししてきてよ☆」
「いやいやいや!現実的じゃなさすぎる!つかおじいちゃんが助けに来てくれても確実に怒られる!そのままお説教されて嫌われちゃうよ!」
サキュアのとんでもない提案に、即座に私はツッコミで切り返した。彼女は恋のアドバイスをしているのに我儘ね~、と口を尖らせる。
「じゃあ星の戦士の能力を使ったら?妄想を現実にする能力だっけ?最強じゃん!それでそのまま両想いになる妄想を~……!?!?妄想を、現実に!?両想い!?」
サキュアはギラッとした目を私に向けると、ガシッと両肩を掴んできた。
「えり、一生のお願い!」
「無理。魔王と両想いにしてって言うんでしょ?」
「よ、よくわかったわね…」
「魔王大好きのサキュアの考えてることなんてすぐにわかります~。でも、その妄想は私にもできないよ。魔王とサキュアが恋人同士になるのなんてそもそも想像できないし、信じる力と強い想いがないと成功しない能力だから。少しでも実現しないと疑っちゃったら失敗しちゃうの」
「なぁ~んだ、残念。でもいいわ!サキュアの魅力で最初から振り向かせるつもりだったから」
どこからその自信はくるのだろうかと思うくらい前向きなサキュアを見て、私は彼女を少し羨ましく思った。
「それじゃあ両想い作戦は諦めて、おじいちゃんのいる場所に移動するっていうのはアリなんじゃないの?それくらいの妄想だったらできるでしょ」
「それならできると思うけど、でも、足手まといになっちゃうから。魔王にもそう言われてるし」
私はしょぼんと肩を落とす。本音は今すぐおじいちゃんに会って直接無事を確認したり、今回のことについて話がしたい。彼の声を聞いて、いつもの優しい笑顔で笑いかけてほしい。だが、それは自分の我儘で、今のおじいちゃんには迷惑にしかならない。
ぐるぐる考えて黙りこくる私を見かねて、サキュアは容赦なく額にデコピンをお見舞いした。不意打ちの攻撃を喰らい、私は小さい悲鳴を上げて彼女を見た。
「足手まといだから何?そんなの、恋の前には些細な問題よ!」
「……え?」
私はヒリヒリと痛むおでこを押さえながらサキュアを見る。彼女はとても真剣な表情をしていた。
「そんなこと言ったら、サキュアはいつでも魔王様の足手まといだわ。どう頑張ったって魔王様のような強さには届かないもの。だからと言って、魔王様のお傍にいることを諦めたりは絶対にしない。サキュアが一番好きで、お傍にいたいと思うのは魔王様だから。それに、魔王様はお優しいから、サキュアが目の前でピンチになったら絶対に見捨てないで守ってくれるって信じてるから。好きな人を信じる強さも大切よ☆」
「サキュア…」
「確かに弱いままで一緒にいたいと願われたら迷惑に感じる相手もいるかもしれないわ。守る力をろくに持たない下級魔族とか。でも、おじいちゃんは違うでしょう。魔王様と並ぶ実力者なんだから、えり一人くらい負担になんて思わないわ。むしろ、孤独を感じている今こそ傍にいてあげるべきよ!力はなくても精神的支えになってあげれば、恋が成就すること間違いなし☆」
そう言ってサキュアは可愛い仕草でウィンクを飛ばしてきた。
それからも私は彼女の恋のアドバイスを聞き、少しずつ元気を取り戻していった。孤独な戦いを強いられている彼の精神的な支えになりたい。そう強く思ったら、私の中で強い決意とやる気が漲ってきた。
「ありがとうサキュア!なんだか私、すごいやる気出てきたかも!」
「フフン!恋の悩みなら恋愛の大先輩であるこのサキュアにいつでも任せなさい!」
「あはは。私のは恋~、かどうかはまだわからないけどね。とにかく私、少しでも足手まといにならない方法を見つけてからおじいちゃんと合流する!サキュアの言うように、心の支えも必要だもん!」
「う~ん。まだ恋と認めないのね。意外と強情なんだから。まぁいいわ。サキュアはいつでもえりの恋を応援してあげるから、頑張ってね♪」
魔王を狙う女じゃないと認定された否や、ひょんなことからサキュアとすごく打ち解けてしまった。仲良くなれるタイプじゃないと思っていたが、恋する乙女に対してはとてもフレンドリーなようだ。
私がサキュアと女子トークをしていると、また誰かがノックして部屋を訪ねてきた。ベッドから下りて扉を開くと、そこにはメリィがいくらか心配した様子で立っていた。おじいちゃんを心配して塞ぎこんでいる私を気にして、わざわざ訪ねてきてくれたようだった。
メリィは私に話しかけようとしたが、部屋の中にサキュアがいるのを見て心のスイッチを切り替えた。
「何故サキュアがここにいるの?」
「なぁに?サキュアがいつどこにいようと勝手でしょ?」
(マズイ。出会ってはいけない二人が出会ってしまった)
私は顔を引きつらせると、戦闘態勢に入るメリィに黙って道を譲った。
「散々魔王様に迷惑をかけたくせに、こんなところで油を売っている暇があるとは。やはりどこかまだ洗脳でもされているんじゃないかしら。私が洗脳が解けるまでぶっ叩いてあげるわ」
メリィは持っていたデッキブラシを構えると、情け容赦ないアサシンドールの顔になる。
「油なんて売ってないわよ!えりの恋の相談に乗ってあげてたの!所詮恋愛とは無縁の暗殺人形にはできない相談よね~!」
「へぇ~。魔王様に見向きもされない女が、人の恋にまともな助言ができるとは思えないけど。えり、サキュアの話は鵜呑みにしないほうがいいわ。失敗するわよ」
「なんですってぇ~!この冷徹鉄仮面女!」
サキュアとメリィは私の狭い部屋で向かい合うと、いつでも飛びかかれる態勢に入る。
私は二人を交互に見ると、ビシッと部屋の外を指さした。
「喧嘩なら外でやってください!私の部屋がメチャクチャになるんで」
私はサキュアに相談に乗ってくれたお礼を言い、メリィにも心配して様子を見に来てくれた礼を言ってから二人を追い出した。しばらく廊下の様子を窺っていたが、次第に戦闘音は遠くへと離れていった。喧嘩した二人に大した怪我がないことを願うばかりだった。
それから四日後。私は自分の弱点をカバーするため、自分専用の特殊武器を妄想から生み出した。武器で戦うことができれば、回数制限のある能力に頼らなくてもやっていけると考えたからだ。少しでも魔法が得意なおじいちゃんの役に立てるように前衛向きの武器にすればよかったのだが、さすがに何の心得もないので結局魔法を使う武器を生み出してしまった。
私の手には今、分厚い魔法書が一冊ある。これが私の新しい武器だった。敵から着想を得るのは不本意だったが、魔法書を武器にしていたクロウリーを少し妄想の参考にしている。
この魔法書にはおじいちゃんが教えてくれた魔法が一通り詰め込まれており、ページ数分だけ魔法が使える使用だ。該当のページを破ると自動的に術式が展開されるようになっており、無詠唱で魔法がすぐに発動する。破られたページはそのまま無くなってしまうので、使える魔法の残弾数はどんどん減っていくことになるが、ページ数がゼロになると全ページが復活する仕掛けになっているので特に問題はない。
デメリットとしては、上手く均等に使っておかないと、終盤初級魔法しか使えない事態に陥ったりするということだ。火の初級魔法のページが二十ページあるのに対し、火の上級魔法は五ページ、その上の超級魔法はニページしかない。強い魔法ほど使える回数が少なく、調子に乗って強い魔法ばかり使っていると肝心な時に弱い魔法しか使えなくなるということだ。
「う~ん。でも、各属性を合わせたらたくさん魔法が使えるし、なかなか良い妄想の武器が生み出せたよね。四日間失敗を繰り返し続けた甲斐があった」
私は分厚い魔法書を複数のベルトを使って腰に提げると、おじいちゃんの様子を聞きに魔王のいる作戦会議室へと足を向けた。
「なに!?竜人族が大量に戦場から姿を消しただと!?まさかサラマンダーもか?」
作戦会議室の扉を開ける前に、部屋の中から魔王の大きな声が聞こえてきた。どうやら話し相手はフォードの援軍に行っていたジークフリートのようだ。
「いえ。サラ殿はまだ戦場に。フォード殿の決死のアタックのおかげでなんとか踏みとどまっている状況です。フォード殿に興味を失えばすぐにでも戦場を離脱するでしょう」
「チッ!こういう時は強者好きな竜人族の性格は厄介だな。これ以上竜人族がじいの追手に片寄ったらさすがにじいも気が休まらないだろう。レオンも獣人族の説得に苦労しているようだし、何か手を打たなければ」
私は扉に耳をくっつけて二人の会話を盗み聞く。ここ数日でおじいちゃんの取り巻く状況はかなり厳しくなったようだ。
「じい殿も気がかりですが、アレキミルドレア国の戦場も心配です。二日連続クロウリーが現れ、ガイゼルと連携してかなりの被害が出ているとカイトから聞きました。キュリオが援軍に行っていますが、従弟のドラストラがサキュアと同じ状態だったそうですね。戦場で魔力が暴走して大変だったと」
「あぁ。どのタイミングでクロウリーが接触していたのかわからんが、機械魔族が寄生していたそうだ。クロウリーの奴め、色々戦場を引っ掻き回してくれる」
「魔王様の守りは万全ですか?戦場に注意を引いている間にクロウリーが襲撃してくるかもしれません」
「それは問題ない。今この城にはクロロを待機させているし、メリィとえりもいる。いくらお守りのじいがいなくても、そう易々と俺の首は取れん」
魔王がそこまで話すと、しばし二人の間に沈黙が訪れた。どうしたんだろうと疑問に思っていると、扉のすぐ向こう側で魔王の冷たい声が響いた。
「それで、お前はいつまでそこで聞き耳を立てているつもりだ?」
私は心臓をビクンと跳ねさせ、サッと扉から耳を離した。内側からゆっくり扉が開かれ、呆れた顔をした魔王と目が合った。
「気づかれていないとでも思ったか。気配すら満足に消せない分際で」
「ご、ごめんなさい。別に悪気はなかったんですけど。入るタイミングがね。話の腰を折るのも悪いし」
苦笑いで誤魔化す私に、魔王は鼻を鳴らしてじっと顔を覗き込んできた。睨まれているわけではないが、私を見透かそうとするような目だった。居心地の悪くなった私は、そわそわと魔王の様子を窺う。
「な、なに?」
「少しはマシな面構えになったか。ここ数日で色々と覚悟が決まったか」
「か、覚悟…?」
私はきょとんとして魔王を見上げる。
「この間のお前は冷静さを失った状態だった。そんな状態のお前ではじいも迷惑するだけだからな。だから足手まといだと言った。気持ちに覚悟が追いついていないようでは、実力の半分も力を出せないからな」
魔王の言う通り、当初はおじいちゃんを心配するばかりで気が逸り、感情の落差が激しかった。とても冷静な状態ではなかっただろう。
私を心配して励ましてくれたメルフィナやサキュアのおかげで、今ではちょっとやそっとじゃブレないほど気持ちが安定している。先日会いに来たサキュア曰く、これが恋の乙女のフルパワーらしい。私は友達の友情パワーだと反論しておいたが。
「……じゃあ、今ならおじいちゃんに加勢して来てもいい?」
期待の眼差しを向けると、魔王は面倒くさそうに鼻を鳴らした。
「フン。好きにしろ。じいの説得は自分でするんだな」
「やった!じゃあ能力使って早速行ってくるね!竜人族に襲われて大変なんでしょ?急がなきゃ!」
「待て!これを持っていけ」
準備をしようと部屋に駆け出そうとすると、魔王に首根っこを掴まれた。手を差し出すと、魔王から手紙を一通受け取る。
「おじいちゃんへのお手紙?」
「手紙ではない。そうだな…。一種の嫌がらせだ」
「またそんな悪い顔を…」
魔王がニヤッと意地悪な笑みを浮かべるので、私はおじいちゃんに手紙を渡さず途中で捨ててしまおうかと思ってしまった。
「もしもの時には迷わずじいを頼れよ。お前一人くらい余裕で守れるはずだ。逆に一人で無茶をすれば迷惑になるからな」
「了解です」
私は手紙を大事にしまうと、おじいちゃんとの合流に向けて身支度を整えに部屋へと戻った。
部屋で旅立ちの準備を整え終わった私は、おじいちゃんの下に空間転移しようと妄想に集中していた。いつもおじいちゃんの空間転移を間近で見ていたので、初めての空間転移でもそこまで妄想に苦戦しなかった。普通の空間転移ならば移動先の場所を思い浮かべるものだが、今回は場所を指定して移動するのではなく人物を指定してその者のいる場所に移動する。
私はおじいちゃんを頭の中に思い浮かべながら、分かり易く魔法陣をイメージして妄想を固めていく。星の力が体に満ち、蒼白の光が発せられる。
(おじいちゃん…!今、助けに行くからね!)
『空間転移!!!』
妄想を現実に解き放つと、足元に魔法陣が出現して蒼白の光の柱が私を包み込んだ。私はぎゅっと胸元を握りしめると、今一度強い覚悟を持って離れた友を追いかけるのだった。
空間転移をして辿り着いた場所は、ずいぶん前に一度見たことのある景色だった。険しい峡谷が連なり、近くには白い煙の立ち上る火山が見える。私は生暖かい空気を感じながら周囲を見渡した。
「ここは確か、魔界のサラマンダーの領域だったはず。この近くにおじいちゃんが…」
人影を捜して歩き出そうとしたその時、突如背後から拘束され口を塞がれた。私は心臓が飛び出るほど驚いたが、後ろから抱くその腕を見ると、その人物は見慣れたローブを着ていた。
「大きな声を出さず静かにしててくれるか。今殿様ばりに隠密中なんじゃ」
(おじいちゃん!!)
私は再会の嬉しさに大はしゃぎしたかったが、小声のおじいちゃんに黙ってこくこくと頷いた。
おじいちゃんはそっと私の口から手を放すと、体の拘束も解いて私の手を取った。
「ひとまずあっちの身を隠せる場所まで行くかのう。話はそれからじゃ」
数日前と比べて明らかに疲れた顔をしているおじいちゃんを見て、私はきゅっと胸が苦しくなった。何としてもおじいちゃんの力にならなければと思い、私は無意識に彼の手を強く握り返した。
谷が入り組んで死角になっている横穴までやって来ると、ようやくおじいちゃんは手を放して私を振り返った。
「お嬢ちゃん、一体どうしてここへ。儂は今多くの魔族から狙われておる。どうせもう魔王様から一通り事情を聞いておるじゃろ。なんで儂のところに来たんじゃ」
「だって、だって……、おじいちゃんが心配だったんだもん!」
ずっと背中を向けられていたため、振り返ったおじいちゃんを見てその時初めて気が付いた。彼はあちこち傷だらけで、服やローブには血がこびりついていた。
声を震わせた私は、我慢できずにそのままポロポロと涙を零した。
おじいちゃんは私が泣き始めてしまったので、泣きじゃくる子供をあやす様に慌てて私の頭を撫でた。
「あぁ~、ごめんなお嬢ちゃん!たくさん心配をかけたようで。ボロボロに見えるかもしれんが、傷はそんな大したことはないんじゃよ。儂は魔王様並にタフじゃから。だからぁ~…、せっかく会ったのに泣き顔を見せんでくれ。どうせ見るなら儂はお嬢ちゃんの笑顔が見たい」
困った顔で私を抱き寄せポンポンと頭を叩くおじいちゃん。これでは本当に孫と祖父である。
私は手の甲で涙を拭うと、乱れた心を落ち着けておじいちゃんをジロジロ観察した。
「本当に、大した怪我じゃないの?顔はすごい疲れた顔してるけど」
「この程度はかすり傷の範疇じゃよ。まぁ~、疲れてるのは本当じゃな。回復したそばから魔力を消耗させられてるからのう。探知魔法を常時展開しているとはいえ、ろくに落ち着いて寝れんし」
うんざりするおじいちゃんの目の下には、くっきりと隈ができていた。よく眠れていない証拠だ。
私は両手を握りしめると、確固たる決意を胸におじいちゃんを見据えた。
「おじいちゃん。今日からは私も一緒に傍で戦う。遠くで心配してるだけじゃなくて、一緒に戦って力になりたいの!おじいちゃんは私の大事な友達だから!」
「お嬢ちゃん……」
おじいちゃんは私の真剣な眼差しを受け止めたが、すぐに被りを振って私の両肩に手を置いた。まるで子供に言い聞かせる親のように。
「その気持ちは嬉しいが、お嬢ちゃんは今すぐ城に帰るんじゃ。儂と一緒にいたら危険すぎる。日に日に敵の数は増えておるし、特に今は好戦的な竜人族に狙われている最中じゃ。戦いに巻き込まれてお嬢ちゃんが怪我でもしたら大変じゃよ」
「絶っっ対イヤ!帰らない!魔王にだってもう好きにしろって言われたし、私はおじいちゃんの傍にいる!足手まといにならないように、今回は武器もちゃんと用意してきたんだよ!」
「う~む。お嬢ちゃん、良い子だから儂の言う事をきいてくれんか。儂の戦いに巻き込まれてもしお嬢ちゃんが怪我でもしたら、儂は罪悪感で死んでしまう」
「イ・ヤ・だ!友達が困ってる時に手を貸せないようじゃ、真の友達とは言えないよ!見て見ぬ振りはできません!それに、危ない時はおじいちゃんに守ってもらえばいいって魔王も言ってたよ。私一人くらい余裕で守れるって」
私は悪戯っぽい笑みを向けると、おじいちゃんが折れるのを期待した。
「魔王様はなんて余計なことを。確かにお嬢ちゃん一人くらい平気じゃが、もしもの事態が起こらんとも限らないじゃろ」
おじいちゃんはガクッと首を垂れると、私の両肩に手を置いたまましばし項垂れる。
「……儂もお嬢ちゃんのことは大事な友達だと思っておる。長い人生で初めてできた友達じゃ。だからこそ、儂のゴタゴタに大事なお嬢ちゃんを巻き込みたくない!頼む、儂の気持ちを汲んでくれんか」
私と同じく真剣な瞳で見つめるおじいちゃんに、再度私も自分の気持ちをぶつける。
「ここ数日、私もずっとおじいちゃんの傍に行ったら迷惑になるかと思って悩んでた。でもね、ある人からアドバイスをもらって改めたの。おじいちゃんを支える方法は力だけじゃないって。確かに私が傍にいることで足手まといに思うこともあるかもしれないけど、それでもおじいちゃんの精神的支えになることはできると思うから」
「精神的、支え?」
「誰とも連絡を取り合えず、一人ぼっちでずっと戦ってたら精神的に参っちゃうでしょ。孤独な戦いって、それだけで気分が落ち込みそうだし。でも私が傍にいれば、辛い時やしんどい時も話し相手になれるし、疲れてる時には代わりに寝ずの番もできる。いつでも励ましたり元気づけられるから良い事尽くめだよ!おじいちゃんが私を大事に思って守りたいように、私もおじいちゃんを守りたいの!友達だからこそ、ここは遠慮するんじゃなくて助け合う時だよ!」
「………助け合う…」
おじいちゃんの瞳が揺れ、少しだけ心が傾むきかけたその時、おじいちゃんの目が急に鋭さを増した。私を抱き寄せると、浮遊魔法を使って横穴から飛び出し一気に距離を取った。私たちが横穴から出たのとちょうど入れ違いに、竜の炎のブレスが横穴を襲った。間一髪である。
「今の、竜人族!?」
おじいちゃんは近くの開けた場所に下りると、私に結界を張ってからいつもの杖を取り出した。何やら呪文を唱えると、杖の先に巨大な鎌の刃が現れる。死神族が代々受け継ぐソウルイーターだ。
「全く人が大事な話をしている時に、空気の読めない奴らじゃのう。お嬢ちゃんはそこでじっとしているんじゃ。竜人族の相手は儂一人で……て、お嬢ちゃん!?」
私は上空に舞う竜三匹を睨みつけると、魔法書を取り出して目当てのページを呼び出した。魔法書は私の意志に従いペラペラと自動的にページをめくると、雷の魔法が書かれたページで止まった。私はページをビリッと破ると、上空にいる一匹の竜目がけて雷の魔法を発動した。
「いっけぇぇ~~~!!」
凝縮された高密度の雷の玉が竜の頭上で弾けると、空気を震わせながら周囲一帯に電撃を炸裂させた。おじいちゃんに見せてもらった雷の上級魔法だ。
呆気に取られているおじいちゃんに、私はどんなもんだいっと胸を張った。
「どう?私が妄想の力で生み出した新しい武器の実力は。この魔法書があれば私もまともに戦えるでしょう」
「……ク、クク。カッカッカ!さすがはお嬢ちゃんじゃなぁ!まさか妄想でそんなとんでも武器を生み出すとは!恐れ入ったわい」
おじいちゃんは愉快に歯を見せて笑うと、褒めるように私の頭を撫でた。
完全に出鼻を挫かれた竜人族は、おじいちゃんに味方する私も標的として捉えて一斉に襲いかかって来た。
二匹は大きくて鋭い爪を叩きつけるように振り下ろし、一匹は硬い鱗に覆われた尻尾を叩きつけてきた。
おじいちゃんはニカッと笑って結界一つでそれらを受け止めると、水の超級魔法を展開した。
「儂の可愛い友達に向かって物騒な攻撃をしおって。そんなデカイ図体じゃあ、魔法の恰好の的じゃぞ!」
竜を軽々飲み込む渦潮を発生させると、三匹は水に絡め取られ空に逃げることもできずに溺れた。
魔法が解かれると、体力が削られて竜化が解けた三人の竜人族が倒れていた。三人はフラフラしながら立ち上がると、今度は矛を構えて挑んできた。意外と根性はあるらしい。さすがサラマンダーの配下だ。
「よし。お嬢ちゃん、魔法で援護を頼めるか」
「っ!うん!」
おじいちゃん直々に援護を頼まれ、私は喜んで返事をした。鎌を振り回して前衛を張るおじいちゃんをサポートするため、私は魔法書を破きまくって魔法を放つ。
「いや~。ページを破くと術式が展開されるとは、面白い武器を生み出したのう」
「戦いの最中によそ見してるんじゃねぇ、死神が!」
「そうは言ってものう。実力差があり過ぎるじゃ。ホイ!」
おじいちゃんは最後の一人を思い切り峰内すると、鎌の刃を再び封印した。
無事追手を退けられ、私はほっと胸を撫で下ろして魔法書を閉じた。初めての援護で少し調子に乗ってページを破き過ぎたかもしれない。少しだけ本がスカスカになった。
「その魔法書すごいのう!魔力も詠唱もいらずにポンポン魔法が撃てるのか」
「うん!おじいちゃんと一緒に戦うために、妄想に妄想を重ねてやっとの思いで生み出した自信作だよ!」
「カッカッカ!渾身の妄想というやつじゃな!これなら十分戦える」
「ほ、本当!?じゃあこれから…て、あれ。もしかしてあの竜…」
私は北の空を見上げ、こちらに向かって飛んでくる空飛ぶ物体に顔を引きつらせる。
「倒したばかりだというのにまた新手じゃのう。一旦場所を変えるぞ。これじゃあロクに話もできん」
おじいちゃんは素早く空間転移を発動させると、私を連れて人間界へと移動した。
空間転移した先は、人間界にある孤島だった。おじいちゃんの話では人は住んでおらず、動物しかいないとのことだ。
これで一息つけると安心し、私は近くにあった大きめの岩に座った。海が良く見える高台でちょうど見晴らしがいい。潮風にオレンジの髪をなびかせながら、おじいちゃんも私の隣に腰掛けた。
「………実を言うとな、さっき星の力を感じ取ってお嬢ちゃんの姿を見つけた時、メチャクチャ嬉しかったんじゃ。ずっと一人で戦い続けて心が荒み始めてて、久々にお嬢ちゃんの顔が見たいなぁと思っておったんじゃよ。だから本音を言うと……、お嬢ちゃんが一緒にいてくれればすごく嬉しい」
おじいちゃんは照れくさそうに歯にかむと、ようやく正直な気持ちを話してくれた。私の身を優先するのではなくて、本当に望んでいる本音を。
私は満面の笑みで何度も頷くと、おじいちゃんの手を握って約束した。
「おじいちゃんが途中で気が変わって帰れって言ってももう帰らないから。私もおじいちゃんと一緒にいたい。こっちの世界に来てからおじいちゃんはいつも私を支えてくれたから。今度は私が支える番だよ!必ずこの戦いを乗り越えて、二人で一緒に魔王城に帰ろうね!」
「あぁ。二人で一緒に、じゃな!」
おじいちゃんはニコッと笑って私の手を握り返す。私たちの心は通じ合い、一緒に声を出して笑い合った。
「やっぱり、友達とはいいもんじゃな」
「友情パワーはすごいからね」
私はそう言っておじいちゃんの肩に頭を乗せて寄り添った。彼は久々に会って甘えてくる私に笑みをこぼし、自分もそっと頭を傾けた。
追手が来るまでのほんの束の間の休息だが、私たち二人にとってはとても安らかな時間であった―――。




