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第三幕・おじいちゃん編 第一話 最凶の一族

 いつものように残業を終えた私は、電車を乗り継いで家の最寄り駅へと帰ってきた。スマホのゲームアプリを閉じてお気に入りの音楽へと切り替える。駅の渡り廊下を歩きながら、私は歌を口パクしつつ改札を目指す。いつも通りの変わらない日常を何故か懐かしく感じた。

 改札を抜けて踏切を渡り、なだらかな坂を下って行く。すると坂の途中で、突如イヤホンから流れていた音楽がブツッと途切れた。私は立ち止まってイヤホンを調べている内に、ふと違和感を感じ取った。

「あれ?なんか前にもこんなことがあったような……」

 何か大事なことを忘れている気がする。そう思ってその何かを思い出そうと頭を働かせている途中で、私の意識は覚醒した。




 瞼をゆっくり開けると、見慣れた天井がぼんやりと見えた。私はもぞもぞと体を動かし、起きたばかりの目をこする。ふいに頭を動かすと、妙な圧迫感を覚えた。そのまま頭に手を伸ばすと、ぐるぐると包帯が巻かれているのに気が付いた。

「……そうだ。私、確かサラマンダーと戦って…」

 私は眠っていた脳を活性化させて記憶を呼び起こしていく。

(魔王城が襲われて、みんなに加勢しようとしたら途中でサラマンダーと遭遇したんだった。そのまま一騎討ちしたんだけど、結局私はお城の崩落に巻き込まれて……。久々に元の世界の夢なんか見たから記憶が混乱しちゃったよ)

 私は元の世界の日常を懐かしみながら、ベッドから出て身支度を整える。着替える際に頭以外にも何箇所か包帯を見つけたが、特にもう痛みを感じなかったので全て外してしまった。

 自分がどのくらい眠っていたのかわからないが、あの襲撃後城がどうなってしまったのかとても気がかりだった。私は部屋を飛び出すと、ひとまず大広間へと向かうことにした。



 せっかくなので、自分が戦っていた東の訓練場経由で大広間を目指したのだが、訓練場の半分は崩落して影も形もなかった。元々おじいちゃんの結界が張ってある頑丈な訓練場だったはずなのだが、サラマンダーの強力な攻撃と飛空艇の砲撃に耐えられなかったようだ。

 戦いの爪痕の大きさを実感していると、大広間方面から軽い足取りが聞こえてきた。

「あら。目が覚めたのね。なかなか起きないからそのまま死んでしまうのかと思ったわ」

「メリィ!良かった!無事だったんだね!」

 私はいつも通りのメイド人形に駆け寄る。見たところどこにも破損箇所はないようだ。

「それはこちらの台詞よ。体の方はもういいの?」

「うん!特にどこも痛くなかったから、巻いてあった包帯は全部外しちゃったよ。もしかしてメリィが手当てしてくれたの?」

「えぇ。私しか手が空いてなかったから仕方なく。ジャック殿の薬を使ったから治りも早かったみたいね」

「仕方なくって…。ホント一言多いなぁ。素直に感謝しづらいんだけど。まぁ、ありがとうメリィ」

 私は相変わらずのツンデレ暗殺人形にお礼を述べる。

「お礼なら私よりおじい様に言うことね。えりが城の瓦礫と共に地上目がけて落下しているところをおじい様が助けたんだから。でなければ今頃あなたは星に還っているところよ」

 メリィの言葉を聞き、私は意識を失う直前のことを思い出す。

(薄れゆく意識の中で私を呼ぶ声が聞こえたけど、あれはおじいちゃんの声だったんだ…)

 私は助けてくれたおじいちゃんに感謝したが、ふとあの日最後に見たおじいちゃんの姿が頭によぎる。サラマンダーの攻撃を喰らい、ボロボロになって倒れ伏した姿。とても私を助ける余裕なんてなかったように見えるが。

「メリィ。あの日おじいちゃんすごい傷を負ってたと思うんだけど、大丈夫だったの?お城の結界を維持できないほどだったはずだけど」

「心配いらないわ。おじい様は我が魔王軍の中でも最強の魔法使いよ。ああ見えて意外とタフだから。魔王様の次にピンピンしてたわ」

「えっ、嘘……。魔王の次に?私が窓から盗み見てた時はジークやケロスの方が軽傷に見えたけど」

「ケロス、もといケルが一番痛がっていたわね。あの子はまだ子供で、痛み慣れするほど戦場を経験していないから」

 私は頭の中で痛みに泣くケルを想像し、今すぐ抱きしめに行きたい衝動に駆られた。しかしメリィの話だと、おじいちゃん以外の主だった上級魔族は今戦場に出てしまっているそうだ。

「魔王も戦場に出てるの!?」

「えぇ。挑発されて仕方なく嫌々サラマンダーの戦場に行っているわ」

「あはは。どんだけ嫌なのよ。…それで、おじいちゃんは今どこに?」

「おじい様なら結界の修復が済んだから、今は魔力の回復を待ちつつ城の修復箇所をチェックして回っているわ。竜人族や空賊たちのせいでだいぶ城が破壊されたから」

 メリィの言葉通り、この訓練場の他にも魔王城はずいぶんと破壊されていた。窓ガラスは大量に割れ、あちこちで外壁が崩れ落ちている。廊下は壁に掛けられていた絵画が落ち、

 高価そうな装飾品や飾られていた壺が割れて破片が散乱していた。

「さっきまで大広間横の破壊された壁を調べていたから、もしかしたらまだそこにいるかもしれないわね」

「わかった。ちょっと行ってみる」

 私はメリィに片手を上げると、小走りで大広間へと向かうのだった。




 大広間へとやって来ると、メリィに聞いた通りおじいちゃんが破壊された壁を調べていた。なかなか巨大な穴が開いており、優に大人一人が通れるほどのサイズだった。おそらく砲撃か竜化した竜人族にやられたのだろう。

 私はボロボロだったローブが元通りに戻っているおじいちゃんに近づくと、その後ろ姿に声をかけた。

「おじいちゃん!」

「おぉ!お嬢ちゃん!気が付いたか!体の調子はどうじゃ?どこか痛いところはないか?」

 おじいちゃんはこちらを振り返ると、寄って来た私にいつもの笑い声を響かせた。

「うん!もう大丈夫!心配かけちゃってごめんね!メリィに聞いたよ。おじいちゃんが私を助けてくれたって」

「いやぁ~。お嬢ちゃんが瓦礫と一緒に落下しているのを見た時は胆が冷えたぞ。しかもサラと一騎討ちもしたそうじゃな。空賊のリーダーに聞いたぞ。なんて無茶をするんじゃお嬢ちゃんは」

 おじいちゃんは笑い声を引っ込めると、最後は珍しく少し怒った口調で言った。もちろん声音から本気で怒っているのではないことはわかった。おじいちゃんは持っている杖で軽く私の頭をコツンッと叩く。一応これがお説教のようだ。

「うぅ。ごめんなさい。…でも、直前におじいちゃんが結界でサラマンダーの攻撃を防いだのを見ておいてよかったよ。アレのおかげで私もなんとかサラマンダーの攻撃に耐えられから。ていうか、おじいちゃんこそ本当に体大丈夫だったの?私あの日、ボロボロになって倒れて動かないおじいちゃんを見たんだけど」

 今度は私が軽くおじいちゃんを睨む番だった。ぐるっと彼の周りを一周し、怪我がないことを確かめる。

「フォッフォッ。なんじゃ。格好悪いところを見られておったか。大丈夫じゃよ。あの時は突っ伏しながら魔力を回復していただけじゃ。大した深手は負っておらんよ。こう見えて儂は頑丈だからのう」

「そうらしいね。さっきメリィにも聞いたよ。…ところで、おじいちゃん以外みんな戦場に駆り出されてるって聞いたけど、結局作戦はどうなったの?予定通り星の戦士と魔王軍の協力体制は取れたの?」

「ウム。当初の予定通り世界中に発信したぞ。一応これで表立って動けるようにはなったが、問題はまだまだ山積みでのう」

 そう言っておじいちゃんは今の戦況を教えてくれた。

 魔王軍と星の戦士は協力関係になったが、きちんと共闘態勢になったのはクロロとセイラ軍、ドラキュリオとニコ軍だけだった。他の戦場は今も変わらず戦闘が続いている。中でも意外だったのは、魔王よりかと思っていたサキュアがまだ魔王の命令に背いてメルフィナ軍と戦っていたことだった。

「サキュアって魔王のことが好きだったはずだよね?なんでまだ人間と戦ってるの?命令に背いたら魔王に嫌われちゃうよ」

「う~む。それが儂らにもわからんのじゃよ。普段のサキュアなら魔王様の命に背くことなんてありえないんじゃが…。キュリオの報告だと、別に精神魔法で操られている様子はないそうじゃ」

「………どうしちゃったんだろう。魔王が直接会いに行って確かめれば話は早そうだけど」

「しばらくは無理じゃろうな。空賊と共にサラの熱烈な歓迎を受けていてそれどころではないじゃろうから」

 私はそれを聞いて苦笑いを浮かべる。

 今大きな戦場は四つ。一つはサラマンダー軍と空賊のフォード軍。ここには魔王自ら援軍として参加している。二つ目はガイゼル軍とユグリナ軍。ユグリナ騎士団及び星の戦士のカイトとセイラに加え、ジークフリートが援軍に出ている。三つ目はネプチューン軍とヤマト軍。ヤマト水軍を率いる星の戦士凪、佐久間が戦っている。かなり激しい戦闘が続いているらしく、魚人族と犬猿の仲であるレオン軍が援軍に行っているそうだ。そして四つ目がサキュア軍とメルフィナ軍の戦場。ここにはドラキュリオ軍と神の子が援軍に駆け付けていた。

 私たちが倒すべき相手の一人、クロウリーはガイゼルの戦場に度々顔を出す程度で、いつもどこかに姿をくらませているそうだ。早いところ最大の元凶であるクロウリーとガイゼル両名を倒したいところだが、そう一筋縄にはいかないようだ。

 人間界は各地で戦争が起こりごたついているが、魔界も今大変なことになっていると言う。

「七天魔が不在のこの機に乗じて領域を荒らす愚か者がおってな、今魔界もかなり荒れているんじゃよ。クロロとジャックの軍で手分けして治めて回っているが、どうもこれもクロウリーの仕掛けた策のようじゃな」

「え?策って?」

「暴れている輩の中に精神魔法にかかっている者が多くいるそうじゃ。クロウリー、もしくは配下の三つ目族が裏で手を引いているに違いない。魔王様が戦争でてこずっている間に魔界を荒らし、魔界を統べる王の資質を落とそうという作戦かもしれん」

 おじいちゃんはそう言って白い髭を撫でた。

 魔界を統べる王である魔王が少し目を離した隙に魔界が荒れ放題になってしまったら、確かに魔王としての資質や能力に不信を持つ者がいてもおかしくない。狡猾なクロウリーはそこまで考えて動いているのだろう。さすが魔王の座を狙う不届き者だ。

「本当に性格の悪いずる賢い男ね、クロウリーって。何が何でもぶっ倒して、早く戦争を終わらせなくっちゃね。私も明日から戦うよ!ずっと寝てた分働かなくちゃ!」

「フォッフォッフォ。病み上がりだからそんな無理せんでいいぞ。ひとまず魔王様から指示があるまで儂と共に城で待機じゃ。明後日には一度魔王様も城に戻って来るはずじゃよ」

 私はおじいちゃんの城の破損箇所マッピングを手伝いながら、魔王が戦場から戻ってくるのを待つのだった。




 それから二日後の夜、魔王がサラマンダーの戦場から疲れた顔をして戻って来た。作戦会議室に呼び出された私とおじいちゃんは、疲労を滲ませながら愚痴をこぼす魔王にしばし付き合った。

「まったく散々な目に遭ったぞ。サラマンダーの奴、狂ったように俺ばかり攻撃してきおって。息つく暇もない。竜化中は爪で追い回され、距離を置けばブレスをお見舞いされ、魔力が尽きて竜化を解いたと思ったら怒涛の矛攻めだ。あいつの戦好きは知っていたが、まさかあそこまで休みなく挑まれるとはな」

 ハァ~ッっと長い深いため息をついた魔王は、うんざりして椅子の肘掛けに腕を乗せ寄りかかる。今まで見てきた中で一番ぐったりしているかもしれない。

「フォッフォッフォ。それでもこうしてピンピンして戻って来ているんじゃ、さすが魔王様じゃな」

「ピンピン、な…。確かに大した怪我はないが、体力的精神的疲労は計り知れないほど負っているぞ」

 いつもの魔王ならここで鼻でも鳴らして当然だ、くらい答えそうなものなのだが、今日は偉そうな態度を取る余裕すらないようだ。

「俺が出て行くとやる気を出して普段よりサラマンダーはギアを上げて挑んでくる。これ以上俺が戦場に行くと逆効果だ。明日からはじいが援軍に行け。いいな」

「なんじゃなんじゃ。儂のほうがじじいなのにキツイ戦場を儂に回すのか。じじい使いが荒いのう」

「何がじじいだ。こんな時だからこそ年寄り扱いはせんぞ。サラマンダー並に体力馬鹿なんだから身を粉にして働け。そもそも、お前が女の目が覚めるまで城に残りたいと駄々をこねたせいで俺が代わりにサラマンダーの相手をしに行ったのだぞ。忘れたのか」

 魔王はおじいちゃんをギロッと睨み、おじいちゃんはそれをとぼけた様子で笑った。初耳だった私は、首を傾げながら話に割って入った。

「おじいちゃん、私を心配してわざわざ城に残ってくれてたの?てっきり城の結界修復のために残ってたのかと思ってた」

「フン。結界の張り直しなど俺でもできる。元々は俺がそれをやって、じいには戦闘能力の高いサラマンダー軍の援軍に行ってもらうつもりだったのだ。それなのに……」

 魔王のじとっとした恨みがましい目を受け、おじいちゃんは髭を撫でながらぺこぺこした。

「仕方がないじゃろう。儂の大事な友達がピンチだったんじゃ。意識が戻るまで近くにいたいじゃろ」

「……おじいちゃん!」

 おじいちゃんの優しさと友情が嬉しく、私はその腕に飛びついた。

「なにが友達だ。いい年して。……それならば友達同士で仲良く明日からサラマンダーの戦場に行ってこい。倒すまで帰ってくるなよ」

 半ばヤケクソになりながら魔王はそっぽを向いて言った。相当お疲れのようだ。

「私もサラマンダーの戦場に?」

 この間サラマンダーと一騎討ちした時の恐怖心が自然と蘇り、私はぶるっと体を震わせた。隣にいたおじいちゃんはそれをいち早く察知したのか、すぐさま魔王に命令撤回を求める。

「魔王様、お嬢ちゃんはこの間サラと一人で戦って怪我したばかりじゃ。またサラと戦うのは精神的にキツイじゃろう。お嬢ちゃんは他の戦場にしてやってくれ」

「…過保護な奴め。ならサキュアの戦場に行ってもらう。少し配置換えをしたくてな。ドラキュリオたちをガイゼルの戦場に、ジークフリートをネプチューンの戦場に移す。他はそのままだ。今のところサキュアの戦場が一番楽だからな、同じ星の戦士の踊り子とお前で乗り切れ。できればサキュアが命令を無視している原因も探れれば尚良い」

「了解!…あの魅了が飛び交う暑苦しい戦場も苦手だけど、サラマンダーと遭遇するよりかはマシだからね。頑張ります!」

「戦場には儂が空間転移で連れて行くからの。明日に備えてしっかり準備しておくんじゃぞ」

 私はニッコリ頷くと、まだ話があるという魔王とおじいちゃんを残し、先に自分の部屋へと戻るのだった。




 次の日の朝、私はおじいちゃんに連れられ、メルフィナの戦場へとやって来た。以前来た時と変わらず、射すような日差しと蒸し風呂のような空気。おじいちゃんの水と風の魔法でいくらかマシではあるが、それでも砂漠慣れしていない私としてはかなりしんどい。

「配置換えって聞いたけど、まさか援軍ってアンタたち二人だけ?あの吸血鬼の軍よりメチャクチャ減ってんじゃない」

「フォッフォッフォ。申し訳ないが儂も違うぞ。この戦場の援軍はお嬢ちゃんだけじゃ」

 メルフィナは私を見ると、露骨に心配そうな顔を浮かべる。

「ちょっと、えり一人で大丈夫なの?確かにうちは他の戦場に比べて魅了合戦だから拮抗してるけど、楽な戦場ってわけじゃないんだけど」

「大丈夫じゃよ。こう見えてお嬢ちゃんは儂の可愛い弟子でもあるからの。魔法の筋はなかなかいいぞ」

「魔法…?そういう能力なの?えり」

 メルフィナに目を向けられ、私は曖昧な笑みを返す。

「うん。まぁ、確かにおじいちゃん直伝の魔法は使えるけども~」

「なによ。歯切れ悪いわねぇ」

「そんな不安がらなくて大丈夫じゃよ、お嬢ちゃん。いつも通り魔法を使えばそう簡単に負けはせん。なにせあのサラと戦って生き残ったほどじゃ。儂のお墨付きもあるし、もっと自信を持っていいぞ」

 おじいちゃんはそう言って私の肩をポンポンと叩いた。

 私はそれに引きつった笑いで答えると、心の中で不安の声を漏らした。

(おじいちゃん直伝の魔法は使えるけど、私の能力には致命的な弱点があるんだよなぁ。今回はおじいちゃんも別の戦場に行っちゃうし、前もって能力の詳細を伝えておいたほうがいいかな)

 戦いが始まってからメルフィナに迷惑をかけてはならないと思い、私は初めて人に自分の能力を明かそうと決意した。

「あの、私の能力なんだけどさ」

「失礼します!メルフィナ様!戦いの準備が整いました!いつでも出れます!魔族の方も布陣が終わり、いつでも攻め込める状態です」

 私の言葉を遮り、一人の兵士が報告にやって来た。メルフィナの前だからか、やけに張り切ってビシッと敬礼している。

「わかったわ!すぐに始めましょう!…それじゃあこっちはもう戦を始めるから、えりは借りていくわよ」

「ウム。それじゃあお嬢ちゃん、気を付けて戦うんじゃぞ。一応病み上がりじゃから、あまり無理はせんでいいからな。危ない時は迷わず逃げるんじゃ」

「う、うん…。おじいちゃんも気を付けてね」

 私はカミングアウトするタイミングを逸し、おじいちゃんを見送った後、メルフィナと共にサキュアが待ち受ける戦場の前線へと向かった。




 戦争が始まって二時間。私はメルフィナが舞い踊る舞台の端っこにポツンと立っていた。

 私の能力が魔法系だと聞いたメルフィナは、魔法が使いやすいよう、敵兵に邪魔されにくい舞台の上に上がるよう勧めてきた。私としても砂漠の上だと歩きにくいので、お言葉に甘えて舞台に上がらせてもらったのだ。

 メルフィナは戦いが始まって以降、定期的に舞って敵味方に魅了の能力を振りまいている。同じ星の戦士である私は魅了にかかったりしないため、近くでその華麗で美しい舞を見させてもらっている。

(やっぱり能力を授かる前から踊り子をやっているだけあって、見事な舞だなぁ。途中途中休みを挟んでいるものの、もうかなりの時間踊ってるのに全然息切れしてないよ。見かけによらずかなりの体力だな)

 私は感心した様子でメルフィナを見る。すると、きりよく踊り終わった彼女と目が合った。

 メルフィナは乱れた髪を整えると、ツカツカと歩いてきて腰に両手を当てて軽く睨んできた。

「ちょっとえり!あんた援軍に来たんじゃなかったの?最初に一回火の魔法を使ったきりで全然魔法撃たないじゃない。やる気あるの!?」

「やる気はあるんだけど~、もしもの時のためにさ、色々温存しないと。これでも一応私も考えて戦ってるんだよ」

 遠慮なく詰め寄って来るメルフィナに、私は苦しみながら目を逸らし言い訳をする。あからさまに態度の怪しい私を見て、メルフィナは躊躇なく私の胸倉を掴んだ。

「へぇ~~。考えて戦ってるの。……えり、あんた何か隠してるわね。今すぐ言わないとこの服脱がすわよ」

「エ!?脱がす!?」

 私は掴まれた胸倉を見ながら驚きの声を上げる。

「私が磨いてあげれば色気のない地味なあんたでも光るでしょうから、ひとまず引っぺがして踊り子の服でも着せてみるわ」

「いやいやいやいや!そんな露出度高い服私には無理だから!しかもメルフィナほどの胸もスタイルも持ち合わせていないので、誰得にもならないよ!」

 容赦なく服を脱がしにかかる彼女に、私は言い逃したカミングアウトを必死になって叫ぶ。

「別に隠してたわけじゃなくて、さっき言うタイミングを逃しただけだってば!私の能力は回数制限があって、一日三回までしか使えないの!」

「一日三回~?」

 メルフィナが動きを止めた隙をつき、私はサッと距離をとってはだけた服を直す。メルフィナは両腕を組むと、眉間に皺を寄せて難しい顔をした。

「てことは、さっき一回使ったから、あと二回しか今日は星の戦士の能力が使えないってこと?」

「そうそう。私の能力は、一日三回妄想を現実にする能力なの。さっき火の魔法を使う妄想を現実化させたから、あと残り二回しか使えない。だからみんながピンチになった時にすごい魔法をお見舞いする予定だから、私はしばらく温存ということで」

「アンタね~、そういうことはもっと先に言っておきなさいよ!てっきりアタシは魔法でバンバン援護してくれるのかと思ってたのに!兵たちもえりの援護があるかと思ってかなり前がかりに攻めちゃってるわよ」

「ご、ごめん…。本当は最初に言っておこうと思ってたんだけどね、タイミングが……」

 私は体を萎縮させて謝罪する。

 戦いが始まって早々魔法で一度援護したのだが、その後全然能力を使用しない私を兵たちも訝しんでいた。メルフィナの魅了を受けているため、結局私の事は置いておいて戦いに専念していたようだが、もし魅了状態じゃなかったら詰められていたかもしれない。

「はぁ……。そういうことなら仕方ないわね。劣勢になったら魔法で援護するってことでいいのね?」

「はい…。あと二回だけだけど。その時は一気に戦局を変えられるような妄想を」

「あ~ら!そこにいるのはサキュアの愛しの魔王様を裏切った人質女じゃない!やっと正体を現したわね!お優しい魔王様を裏切り敵対したこと、後悔させてやるんだから!」

 話している途中で突如高くて可愛らしい声が乱入してきた。声のしたほうを見ると、先ほどまで遠い向かいの舞台で兵たちに魅了の声援を送っていたサキュアが、いつの間にか悪魔の羽を羽ばたかせて近くまで飛んできていた。

「サキュア!?ちょっと待って!何か勘違いしているみたいだけど、私は魔王軍と敵対したわけじゃ」

「何を言っても無駄よ。あの子には通じないわ。ずっと吸血鬼の七天魔も説得してたけど、あの子ったら全然聞く耳持ってないもの。なんか会話がちぐはぐで成立しないのよね」

 メルフィナは体から蒼白の光を発すると、魅了の舞に取り掛かる。

「みんなー!踊り子もろとも脱走した人質女をやっつけて、愛しの魔王様に褒めてもらうわよ~☆」

「さぁ!ここが正念場よ!ぶりっ子なんかに大人の魅力は負けないわ!全員突撃してぶりっ子の化けの皮を剥がすのよ!」

「「「おおぉぉぉ~~~~!!!」」」

 砂漠に地響きのような男たちの雄叫びが上がり、私は耳を塞いで再び舞台の端っこで戦況を見守った。

 その日、残り二回の魔法援護を途中で使いつつも、戦いは五分五分で幕を閉じたのだった。




 昼間とは打って変わって気温が下がり、夜の砂漠の街はとても肌寒かった。普段は露店が多く並んでいそうな通りも、日が落ちると同時に店じまいをして人通りがぐっと減っていた。家屋は全て石造りで、軒先にラクダを繋いでいるところがチラホラある。砂漠の街ならではの移動手段だろう。

 戦地から砂漠の街ルナへと引き上げてきた私は、メルフィナの家へとお邪魔していた。メルフィナの家はオアシスのすぐ隣にある大きな家で、街一番の踊り子として名を馳せる彼女だからこそ住める家だった。家の中もとても快適で、私の世界にあるエアコンのようなものまで設置されていた。聞いたところによると、氷と風の魔晶石が使われた最新機械なのだそうだ。

 私たちは使用人が用意してくれた食事をいただきつつ、今後の戦いについて話していた。

「今日も結局一進一退の攻防で終わっちゃったわね。やっぱり魅了同士の戦いじゃ決め手に欠けるっていうか…。せめてえりの能力がもっと使えたらよかったんだけどね」

「うぅ。面目ない…」

 私はこの街の郷土料理らしいお豆のスープを飲みながら謝る。見たこともない豆だったが、この地方特有のスパイスも効いていてとても美味だった。

「明日からはえりの能力の使いどころも考えて作戦立てないとダメね。別に攻撃魔法に限らず、違う使い方もできるのよね?妄想を現実にする能力、だっけ?」

「うん。私が目にしたことがあって、妄想しやすければ大抵のことは失敗せずに現実化できると思う」

「えっ?失敗とかあるの?」

 メルフィナがそう問いかけた時、私のすぐ隣で魔法が発動した。何度も目にしたことのある空間転移の兆しだった。私たちが目を見張る中、おじいちゃんが魔力を放ちながら姿を現した。

「フォッフォッフォ。怪我はないかお嬢ちゃん」

「おじいちゃん!」

 私は椅子から立ち上がると、喜んでおじいちゃんに引っ付いた。メルフィナからは祖父と孫に見えたかもしれない。

「もしかしてわざわざ様子を見に来てくれたの?おじいちゃん」

「良かった。どこも怪我とかはしていないようじゃのう。こっちの戦場報告を聞きがてら、お嬢ちゃんの様子を確認しに来たんじゃよ。あと、サラとの戦いに疲弊した儂自身を癒すためにな」

「あはは。おじいちゃんもサラマンダーにしつこく挑まれて疲れちゃったんだ」

 大げさに疲れた仕草をするおじいちゃんに、私は真後ろに回って肩を揉んであげた。

「ちょっと、魔法使いのおじいさん。アンタの愛弟子、今日全然使えなかったんだけど。三回しか能力が使えないんじゃあ活躍の場が限られるわよ」

「む?三回?どういうことじゃ?」

 おじいちゃんは私を振り返って首を傾げる。私は罰が悪そうに目を伏せながら、自分の能力について説明した。回数制限や能力発動に失敗した際に使える回数を消費してしまうデメリットについても全て伝える。おじいちゃんは私の回数制限を聞くと、驚いた声を上げてからすぐに考え込むように唸ってしまった。

「えり、アンタ誰にも自分の能力について話してなかったの?」

「うん…。この世界に来てから、誰を信用していいのかわからなかったし。いざという時、自分の身を守るためにも能力は秘密にしておいたほうがいいかと思って」

「……そうか。友達だというのに儂は信用されていなかったんじゃな」

 おじいちゃんが考え込むのを止めて落ち込むのを見て、私は焦ってすぐにフォローを入れる。

「違う違う!信用できなかったのは最初だけだって!今は一番おじいちゃんを信用して頼りにしてるよ!ただ言うタイミングがなかっただけで」

 私が必死になって慌てる姿を見て、おじいちゃんはいつもの笑い声を上げるとポンポンと私の頭を撫でた。

「わかっておる。ちょっとした冗談じゃよ。……でもまさか回数制限のある能力とはのう。それじゃあ確かに戦い難いじゃろう。三回使った時点で実質詰みじゃからな」

「しかも妄想に失敗した場合も一回分消費するなんて、かなり使い勝手の悪い能力じゃない?」

「デメリットが多いのは認めるけど、それでもすごい色々できることがあるんだからね。妄想の範囲は無限大なんだから」

 私は自分の能力を否定的に言われ、ちょっと悔し気に言い返す。メルフィナはそれでも軽んじているようだったが、おじいちゃんは表情を緩めて私に同意してくれた。

「儂直伝の魔法はもちろん、キュリオの毒を治したこともあったからのう。使い道が多いのは確かじゃな。回数制限さえなかったら最強だったんじゃがのう」

「それはさすがに妄想やりたい放題になっちゃうから星も許さなかったんじゃない」

 私はよくある漫画のチート能力を思い出しながら言う。回数制限がなかったらまさしくこの能力はチートだったはずだ。回数制限があるからこそゲームバランスが取れているのだ。

(まぁ、戦争はゲームじゃなくて生き死にが出る現実だけど)

 その後メルフィナから今日の戦況報告を受けたおじいちゃんは、私たちにある提案をした。

「ここで一つ提案がある。明日からは儂もこちらの戦場に参戦しようと思うんじゃが、どうじゃろう」

 私とメルフィナを交互に見ながら、おじいちゃんは突如砂漠の戦場に参戦を表明してきた。私は目をパチクリさせて驚き、メルフィナは手を一つ叩いて喜んだ。

「いいじゃない!アタシは断然賛成よ!常に魔法の援護があるに越したことはないわ」

「そうかそうか。なら明日からはこっちの戦場に移るかの」

「エッ!?ちょっとおじいちゃん、そんなこと勝手に決めて大丈夫なの!?魔王からサラマンダーの相手を頼まれてたじゃない」

「そうなんじゃが、お嬢ちゃんの能力の詳細を聞いてしまったからのう。このままじゃ明日から心配でサラの相手など務まらん。さらに言えば、老体にあのじゃじゃ馬娘の相手をずっとするのは無理じゃ。戦闘狂すぎてこちらの体力が持たんわい」

 おじいちゃんは杖で肩を叩くと、竜人族の戦場はもうこりごりだと呟いた。今日一日で相当体力を奪われたらしい。昨夜見た疲れた魔王とそっくりな態度だった。

「でもおじいちゃんがこっちの戦場に来たら、誰がフォードの援軍をするの?さすがに誰も派遣しないってのは可哀想なんじゃ」

「それについてはさっき考えたぞ。ジークと神の子を援軍に向かわせればいいじゃろう。それでしばらくの間は持つはずじゃ」

「フォードのところにニコを?あの二人、相性最悪なんだけど。大丈夫かしら。お互いに嫌がりそうだけど」

「フォッフォッフォ。間に真面目で大人の対応ができるジークが入れば大丈夫じゃろ。儂は早速魔王様に相談してくる。明日の朝には戻るから、儂が戻るまで戦いを始めてはならんぞ。お嬢ちゃんを守れんからな」

 おじいちゃんは私の頭を撫でると、空間転移をして魔王城へと帰って行った。

 私とメルフィナは席に着くと、すっかり冷めてしまった料理に口をつける。

「えりって、あのおじいさんにずいぶん甘やかされてるのね。まるで本当の孫みたいよ」

「えへへ。おじいちゃんは最初に会った時からすっごく優しいからね。それに私はおじいちゃんにとって最初の友達だから!特別なんだよ!」

 私はどこか自慢げに答える。

 先ほどまで明日の戦争に不安な気持ちを感じていたのだが、おじいちゃんが傍にいてくれることになり、今はもう食事もスイスイ喉を通るようになった。

 私は食事を終えると、水浴びをしてから明日の戦争に備えて早めに眠りにつくのだった。




 次の日、おじいちゃんが魔王城から戻って来てから私たちは戦場へと繰り出した。昨日は帰ってから魔王に相当文句を言われたらしく、戻って来たおじいちゃんはブーブー小言を言っていた。

 私とおじいちゃんはメルフィナと共に、踊りの舞台に上がって戦の始まりを待っていた。

「う~む。やはり戦の鍵はサキュアじゃな。キュリオの話では精神魔法をかけられている様子はないという話じゃが…。さて、今日はそれを見極めようかの」

 おじいちゃんは向かいにある遠くの舞台を見つめる。まだそこにサキュアの姿はない。

 メルフィナは舞台の上で戦前の舞を披露し、味方兵士を魅了の力で強化する。

「ん?あれ?おじいちゃん、サキュアと一緒に誰か出てきたけど。なんかただならぬオーラを持ってる」

「あれは!クロウリーじゃ!」

 おじいちゃんの鋭い声に、私と踊っていたメルフィナはクロウリーと呼ばれた男を凝視した。

 サキュアと一緒に向かいの舞台に上がった男は、黒いローブを身に纏い、その額には第三の目があった。見た目は四十過ぎくらいだろうか。魔族の中ではだいぶ年がいっているのかもしれない。右横には分厚い本が宙に浮いており、魔力を帯びた魔法書のように見えた。

 クロウリーはこちらの視線に気が付くと、下品な笑い声を上げながら周りにいる魔族たちに呼びかけた。

「グフフ。さぁ皆さん!魔族に歯向かう愚かな人間どもを皆殺しにしましょう!」

「みんな~!今日こそ魔王様に勝利を捧げるため、死に物狂いで戦ってね~☆」

 サキュアの魅了を受け、魔族たちは一斉に人間軍に襲い掛かって来た。いつもより勢いのある魔族たちに、メルフィナも慌てて軍の指揮を執る。

「………昨日より敵の攻勢が段違いに強い。クロウリーがいるから?」

 私は隣にいるおじいちゃんに問いかけた。すでに臨戦態勢になっているのか、ふよふよと浮遊魔法でその場に飛んでいる。

「その通りじゃ。クロウリーが強化魔法を発動している。あれでいつもの三割増しになっているじゃろう」

 クロウリーの横に浮かんでいた本を見ると、いつの間にか開かれて紫色の光を発し魔法を発動していた。

「まさかここでクロウリーが戦場に現れるとはのう。いきなり最終決戦じゃな」

「さ、最終決戦!?突然すぎて全然心の準備が出来てないんですけど!?」

「ここでクロウリーを仕留められればかなりデカイ。アイツの相手は儂がする。お嬢ちゃんは踊り子の援護をしてるんじゃ」

 おじいちゃんはそう言い残すと、クロウリー目がけて飛んで行ってしまった。

「よし!私はとりあえず、昨日と同じようにメルフィナの援護に徹しよう」

 私は両手を握りしめると、いつでも妄想できるように集中力を高めた。



 各地で戦いは白熱し、上空ではおじいちゃんとクロウリーの魔法合戦が行われている。

 この戦場に来る前に魔王から聞かされていたが、サキュアの軍は色々な種族の混合軍で編成されている。割合としては機械魔族とスライム族が多いが、他にも獣人族、鳥人族、悪魔族、三つ目族、魚人族がいる。なんでも自分たちの出身領域を出て、わざわざクロウリーの治める領域に移った者らしい。魔王は洗脳でもして引き抜いたのではと疑っていた。

 メルフィナとサキュアは先ほどから両者一歩も譲らず、魅了を施してお互いに兵をけしかけていた。

「またまた予定が狂っちゃったわね。今日こそ魔法の援護がまともに受けられるかと思ったのに。結局クロウリーが現れて後手後手になっちゃうなんて」

 メルフィナは体から蒼白の光を発しながら、華麗な舞を舞って魅了を振りまきながら愚痴をこぼす。

「禁魔機士クロウリー、だったっけ。あのおじいさんと同じで魔法を多用する魔族よね。洗脳が得意ってニコが言ってたかしら」

「そうそう。でも魔法勝負ならおじいちゃんが魔王軍で一番強いと思うから、きっと倒してくれるよ!あっちはおじいちゃんに任せて私たちはサキュアを倒そう!」

 私がそう意気込むと、前方から可愛らしい笑い声を響かせて華奢な悪魔が飛んできた。

「アハハ☆今、誰が誰を倒すって言ったのかしら。どうやら力の違いが分からないおバカさんが近くにいるようね。ね~?みんなぁ~?」

 サキュアの呼びかけに、周りの魅了された兵たちが興奮した雄叫びを上げる。何度見てもアイドルオタクの集団にしか見えない。

「サキュア!クロウリーはあなたの大好きな魔王の敵よ!どうしてあいつの味方をするの!?洗脳されてるんだったらそろそろ目を覚まして!」

「ハァ~?何訳わかんないこと言ってんの?魔王様の敵はアンタたち人間でしょ。魔王様からリオナ姫を奪ったクズともが!アンタたちさえいなきゃ、戦争さえ終われば、魔王様はずぅ~っとサキュアと一緒にいてくれる。サキュアだけを見てくれる☆魔王様に褒めてもらうためにも、アンタたちには死んでもらわないと!」

「ちょ、ちょっとサキュア…!?」

 サキュアは途中から頭を抱えてブツブツと呟き始め、見るからに様子がおかしかった。感情の起伏に合わせて纏う魔力も増している。

 私は舞台の中央にいるメルフィナに目で問いかけた。

「今までも時々何度かあったわ。妙に興奮して手がつけられなくなるの。ああなると言葉も通じない。アタシは最初魔王が好きすぎて妄想の果てにただのヒステリックを起こしているだけかと思ってたんだけど、吸血鬼の王子曰くそうじゃないみたいね」

 どうやらこの間まで援軍に来ていたドラキュリオもサキュアのこの異変には気づいていたようだ。しかし、その原因を特定するまでには未だ至っていない。

 サキュアの魔力が増していくにつれ、魅了されている兵士がどんどん肉体の限界以上に強化されていく。このまま放置すれば敵味方双方ともかなりまずいことになるだろう。

「この状態に入られるといつもかなりの被害が出るのよね。いつもはある程度発散すれば落ち着くんだけど、今回は援軍に吸血鬼一族はいないし、早く何とかして正気に戻さないと」

「人間があんな無理矢理限界以上の力を出させられたら体が壊れちゃうもんね。それに魔族の一撃も尋常じゃない威力になってるし。あんなの受けたら下手したら即死だよ。とにかくサキュアの暴走を止めないとだけど……」

 私は顎に手を当ててしばしの間考えると、平和的解決方法を一つ思いついた。

「メルフィナ!私の妄想でサキュアを無力化する!もう少しだけ時間を稼いで!」

 私は深呼吸して意識を集中すると、目を閉じて頭の中で妄想を膨らませていく。私の中で星の力が活性化し、徐々に身体が蒼白の光へと包まれていった。私は失敗しないように細部まで明確にイメージして妄想に想いを込めると、カッと目を見開き妄想を現実へと解き放った。



 砂漠上空にて魔法合戦に興じる老魔法使いとクロウリーは、お互い魔力量を気にせず思い切り戦っていた。両者とも桁違いの魔力量を保有しており、早々魔力切れなど起こさない。むしろ魔力を温存して生半可な魔法を使えば、すぐに相手の強力な魔法に打ち消されて逆にピンチに陥ることになる。それが互いに分かっているため、二人とも全開で攻撃魔法を撃ちあっていた。

「グフフ。さすがは魔王軍最強の魔法使いですねぇ。素晴らしい魔法の数々です。一秒たりとも結界に気が抜けませんよ」

「それはこっちの台詞じゃな。いつの間にこんな超級魔法までホイホイ連発できるようになったんじゃ。三つ目族の魔力の才は怖いのう」

「グフフフ。その魔力に秀でた三つ目族の長に勝るあなたはもはや化け物ですか。おとぼけ爺さん」

 二人とも怖いくらいにこやかに笑いながら殺し合いをしている。

 両者とも常時身を守る結界を維持し、牽制用に無詠唱魔法を連発。それとは別に上級魔法以上の術式を展開して準備が整い次第相手にお見舞いしている。敵が氷の魔法を使えば火の魔法を使い、地の魔法を使えば風の魔法を使う。相反属性を瞬時に使い、今のところ戦況は五分五分といったところだ。魔力が先に尽きた時点で死が確定するだろう。

「サキュアに変な細工をしたのはお前さんじゃろう。直接精神魔法をかけているようではないが、まさか魔機士として改造でも施したりしていないじゃろうなぁ」

「さぁ。なんのことでしょう。サキュアは元々恋に恋する乙女でしたよ。今も昔も魔王様一筋。魔王様を害する人間が許せないだけでしょう。グフフフフ」

「相変わらず人の神経を逆撫でする笑い声じゃのう。いい加減大人しくくたばったらどうじゃ」

「あいにくワタシより先に人間たちがくたばりそうですけどねぇ」

 クロウリーの視線に誘導されて地上に目を向けると、サキュアに魅了された魔族や人間の兵士がすごい力を発揮して暴れ回っていた。どう見ても本来持つ以上の力が引き出されている。

 サキュア自身を観察すると、彼女も必要以上の魔力を帯びて暴走している状態だった。

「イカン!あんな力の引き出し方をしたら肉体が限界を超えて壊れてしまうぞ!」

「おやおや。よそ見なんてしていいんですか。その内にあっさり殺しちゃいますよ。グフフフ」

 クロウリーは救援に行けないよう、老魔法使いを自分の下に釘付けにする。

「残念ながら、今日にてここの戦場は決着です。いつまでも貴重な戦力をここに割いておく訳にはいきませんのでねぇ」

「ついに本腰を入れて潰しにかかるわけじゃな。悪いが儂が援軍に来ている以上、人間を虐殺させる訳にはいかないのう」

「グフフフフ。手も足も出せない今この状況で、どうやって人間どもを助けるんです?」

 クロウリーが余裕の笑みを浮かべる中、地上から一際強い蒼白の光が発せられた。老魔法使いとクロウリーは同時に発信源に視線を落とす。そこには異世界の星の戦士とサキュアの姿があった。

 サキュアは星の戦士に助け起こされているが、意識がないのかぴくりとも動かない。サキュアが意識を失ったことで、魅了されていた者たちが次々と我に返った。皆一様に呻き声を上げ、限界以上に酷使した体を抱きしめうずくまる。

 予期せぬ展開に見舞われ、クロウリーの表情には明らかに動揺が表れている。

「フォッフォッフォ。お嬢ちゃんの仕業じゃな。さすがは儂の愛弟子じゃ。……残念だったのう。儂の助けなどなくともどうにかなったわい」

 勝ち誇った笑みを浮かべる老魔法使いに、クロウリーはスッと表情を失くすとあらかじめ用意していたらしい術式を展開する。

「仕方がありませんね。戦場を潰すのはあくまで『ついで』でしたから。当初の目的だけ達成させてもらいましょう。…まずは、能力不確定の危険因子から片付けますかねぇ!」

 クロウリーは指をパチンッと鳴らすと、以前から仕込んでいた魔法を発動させるのだった。



 私は妄想の能力で強制的にサキュアを眠りにつかせると、ほっと胸を撫で下ろした。

「無事に成功して良かったぁ。これで一日サキュアは目が覚めない。もう安全だよ」

 私は舞台の上にいるメルフィナを振り返った。

「やるじゃないえり!サキュアに魅了されていた者たちも正気を取り戻したし、ひとまずこれで安心ね」

「敵味方共に体を酷使しすぎて動けない人ばかりだし、今日はもう両軍撤退でいいんじゃない?」

 周りで苦しそうに痛みで顔を歪める者たちを見て言う。強靭な肉体を持つ魔族でさえもかなり辛そうだった。平気そうに動いているのは機械魔族だけだ。

 私の提案に頷き、メルフィナが軍に指示を出そうとしたその時、各所で一斉に何者かの魔法が発動した。黒い魔法陣が現れ、人間と魔族が数十人魔法にかかる。

「な、なに!?一体何の魔法!?」

「わからないわ!敵味方の区別なく発動してる!みんな!注意して!」

 私は砂漠にしゃがみこんだままサキュアを庇うように抱きしめると、辺りを警戒しながらいつでも妄想を使えるように準備した。

「ウ、ウガアァァァ!!!」

 遠くで獣の叫び声が聞こえると、次に悲鳴が周囲に木霊した。どうやら獣人族が突如暴れ始めたらしい。それを皮切りに、各所で怒声と悲鳴が絶え間なく響き渡った。

「何が一体どうなってるの!?」

「えり様!ここは危険です!ひとまずメルフィナ様のいる舞台まで下がってください」

 混乱する私を避難させようと、ルナの街の兵士が私に手を差し伸べる。

「わかりました。すいませんけど、サキュアも運びたいので手を貸し」

 そこまで言って私は言葉を途切れさせた。手を差し伸べる兵士の真後ろに、目を不気味に赤黒く光らせた同じ街の兵士が剣を振り被って立っていた。

「危ない!後ろ!」

「え?…ぐわぁ!?」

 私を助けようとした兵士は、振り返った瞬間味方兵士に斬られて倒れた。至近距離で血飛沫が上がり、私は恐怖で身をすくめた。

 よく見ると、人間を襲っている人間があちこちにいた。その全員が皆赤黒い不気味な目をしている。

(もしかして、さっきの黒い魔法陣のせいでみんな操られてるの?)

 私は血塗られた剣を振りかざす兵士から急いで逃げようとしたが、眠ったサキュアを抱えて俊敏に動けるほど私は力が無かった。

「みんな!しっかりして!目を見て操られている人間を特定して冷静に対処しなさい!えりの近くにいる者はえりを保護して!」

 舞台にいるメルフィナは意外と胆が据わっているらしく、不測の事態にもかかわらず的確に指示を出していた。

 メルフィナのおかげで味方兵士に助けられた私はなんとか危機を脱したかに覚えたが、なんと洗脳された魔族たちが退路に先回りしていた。

「クソ!このままじゃ安全地帯に戻れない!……ガハァッ!」

「おい!しっかりし、うぐぅっ!?」

 洗脳された獣人族、魚人族、鳥人族に囲まれ、私を守っていた兵士たちはどんどん砂の上に倒れていった。

(このままじゃ間違いなく殺される!……おじいちゃんはクロウリーの相手をしてるみたいだし、自分の能力で何とかしないと!!)

 私はチラッと上空にいるおじいちゃんを見上げる。おじいちゃんはクロウリーの猛攻を休まず受け続けて助けてくれる余裕はなさそうだった。

 私は無防備に眠り続けるサキュアを見て、恐怖で震える体を誤魔化す。私の力で無防備な状態になってしまったのだ。責任を持って彼女は自分が守らなければならない。

 私は覚悟を決めると、兵士たちが時間を稼いでくれている間に妄想を固めていく。

(あまり時間がないから細かい妄想はできない。もういっそのこと私とサキュア以外全員を一旦拘束する妄想がいいか。私たちの周囲一帯を動けないように氷漬け…。コレだ!)

 私は体中から蒼白の光を発すると、妄想を現実に反映させた。

『まとめて全員、凍っちゃえ!!!』

 私の叫び声と同時に、私とサキュアを除いた周囲が瞬時に氷漬けにされ始める。砂漠地帯だというのに、パキパキと音を立てて容赦なく敵も味方も凍っていく。そして、一分とかからず頭部を除いて全身が氷漬けとなった。力自慢の獣人族は氷を割ろうと暴れるが、それも考慮して妄想したので氷はヒビすら入らなかった。強度は十分だ。

「な、なんとか助かった…」

 安堵の息を漏らす私に、メルフィナの苦情がすぐに大声で飛んできた。

「ちょっとえり!なに味方まで凍らしてるのよ!」

「しょうがないでしょー!まずは身の安全確保が第一だもん!あとでちゃんと溶けるから大丈夫だよ!」

 私は大声で言い返すと、サキュアを連れてメルフィナの舞台を目指そうと歩き出す。

「…ん?サキュアの腕、凍ってる…。……何?この突然現れた小型の機械は。これももしかして、機械魔族?」

 私はサキュアの右腕に引っ付いて凍っている蜘蛛型の機械を見つめる。先ほどまでそんなものは無かったはずなのに、いつの間に彼女にくっついたのだろう。

 私が不思議に思っていると、今度は私を囲むように突如周囲に魔法が発動した。

「こんなに一度に空間転移の兆し?今度は一体なに!?」

 私は四方八方をキョロキョロ見回すと、突き刺さるような殺気に体が自然と震え出すのだった。




 クロウリーの仕掛けが発動し、地上は精神魔法に侵された人間と魔族で大混乱になった。老魔法使いはすぐにでも魔法で援護したかったが、目の前の三つ目族がそれを許さない。クロウリーの用意周到さに老魔法使いは心の中で舌打ちをした。

「まったく。儂に感知されずにあれほどのチェックをつけておるとはのう。知らぬ間にずいぶんと腕を上げたもんじゃな」

「グフフフ。まさかあなたに褒めていただけるとは。光栄ですねぇ」

 クロウリーは攻撃の手を休めずに答える。

 チェックとは、対象に魔法を発動させずに下準備だけして留めておく状態のことだ。今回クロウリーはその方法であらかじめ目を付けた人間と魔族に精神魔法を下準備しておいたようだ。そして自分の望むタイミングでそれを発動させた。本来はチェックをした段階で、少なからずその人物の魔力残滓が残るはずなのだが、今回は老魔法使いですらその痕跡に気づかなかった。

「先ほどから集中力が切れているようですが、大丈夫ですか?星の戦士が気になって仕方がありませんか」

 しきりに下の様子を気にしている老魔法使いに、下品な笑い声を上げてクロウリーは挑発した。

「そう言うならそこをどいてくれんかのう。可愛いお友達のピンチなんじゃが」

「グフフフフ。お友達とは笑わせる。あなたに友と呼べるものができるとはねぇ。それならなおさらその関係を壊して知らしめたい!」

「……知らしめる?お前さん、何を考えているんじゃ」

 老魔法使いが疑問を投げかけた時、眼下で一際強い蒼白の光が解き放たれた。下を見ると、ちょうど異世界の星の戦士とサキュアを中心に周囲が氷漬けにされていくところだった。

 その光景を見て、思わず老魔法使いとクロウリーは攻撃の手を止める。

「な……。まさか一瞬で氷漬けにするとは!サキュアの意識を奪った時といい、なんという能力!」

「フォッフォッフォ!まさか味方ごと周りを氷漬けにしてしまうとは!何とも大胆なことをするのう、お嬢ちゃんは。儂が手を貸すまでもなかったか」

 老魔法使いは上機嫌に笑うと、対峙するクロウリーに強力な術式を展開する。

「さて、こっちもいい加減そろそろ決着をつけようかのう。なるべく生け捕りにしてトドメは魔王様に譲りたいんじゃが、勢い余って死んでしまった時は許してくれるかの」

「………あの小娘、やはり生かしておくと後々危険ですねぇ。今この場で、死んでもらいましょう!」

「なんじゃ!?性懲りもなくまた仕掛けか!?」

 クロウリーの魔力を地上から感知し、老魔法使いは急ぎ下の様子を確認する。

 異世界の星の戦士の周りに空間転移の魔法が発動していた。機械魔族と三つ目族が召喚され、三百六十度敵に囲まれた状態になる。

 長年の経験から、すぐに助けねばこれはヤバイと察知し、老魔法使いはクロウリーに向けて準備していた術式を放棄して空間転移を発動する。しかし、その魔法は不発に終わった。

「…!ここで束縛魔法か!」

 あらゆるところに策を弄していたクロウリーは、見事罠に嵌まった老魔法使いを見てほくそ笑む。半透明の鎖が体に纏わりつく束縛魔法は、対象の動きを制限する魔法だ。クロウリーは老魔法使いが地上に気を取られている隙に、空間転移を使用不能にする束縛魔法をかけていた。

「さぁこれで、ジ・エンドです」

 老魔法使いは悔し気に奥歯を噛みしめると、手に持っていた杖を思い切り地上へ向けてブン投げた。




 危機を取り除いたと思った矢先に再び敵に包囲されるとは思わず、私の顔は絶望の色が浮かんでいた。

(は、早く次の妄想で攻撃を凌がないと!でも、次が最後の一回。倒してもまた敵の増援が現れたら、その瞬間にゲームオーバー。絶対に殺される…!)

 私は妄想しようにもその先の未来を想像し、死の恐怖が勝ってとても集中できなかった。

 機械魔族は武器を向け、三つ目族は魔法を撃ち出す構えを見せる。

 もうとても妄想は間に合わなかった。

(もう…、ダメ……!)

 私はサキュアを抱えたままぎゅっと目を閉じると、数秒後に襲う痛みに備えた。

 ザシュンッ!

 聞いたことのない音が耳に届いた後、ドサドサガチャガチャという何かが倒れる音が続いて聞こえた。恐る恐る目を開けると、私を取り囲んでいた機械魔族と三つ目族が全員ぐったり倒れていた。

 私は何が起こったのか分からず、ポカンと口を開けたまま呆けてしまった。

「なんとかギリギリ間に合ったようじゃのう。お嬢ちゃんに怪我がなくてよかったわい」

「おじい…!……ちゃん?」

 私は頭上から降ってきた声に喜んで顔を上げたが、その姿を見て思考がストップしてしまった。

 浮遊魔法でゆっくりと下りてきた男は、見慣れたおじいちゃんの茶色いローブを羽織っていたが、身長からして全然違っていた。私より頭二つ分背の高い男は、肩にかかるくらいのオレンジの髪をなびかせ、人懐っこい優しい笑みを私に向けていた。そして宙に浮いていた巨大な鎌を手に取り肩に担ぐと、瞬きもせずに固まっている私の頭を撫でてきた。

「大丈夫かお嬢ちゃん。怖かったじゃろう。助けに来るのが遅れてすまなかったのう」

「…え?え?え!?本当に、本当にあのおじいちゃんなの!?メチャクチャ若返ってるんですけど!?声もいつもより若々しいし!」

「カッカッカ!ナイスリアクションじゃのう。でも残念、ハズレじゃ。若返ったわけじゃなくて、元々儂はこの姿なんじゃよ。フードを被っている間だけ魔法で老人になっていただけじゃ」

 おじいちゃんはローブについているフードを親指で示すと悪戯っぽく笑った。

 見た目はジークフリートと同じくらいに見えるが、以前三百年以上生きていると聞いたのでもう若いのか若くないのかよくわからない。ただ、今私の頭を撫でる彼は、白い髭を生やすおじいちゃんの時と変わらず、私を優しい雰囲気で包んでくれていた。いつもはフードを目深に被っていたため表情が分かりにくく目線が合わなかったが、彼の瞳は綺麗な淡い紫色をしていた。

「ようやく化けの皮が剥がれましたねぇ。まさかこうも簡単に正体を明かすとは思いませんでしたよ」

 私たちのすぐ傍まで浮遊魔法で下りてきたクロウリーは、おじいちゃんを見ると少しだけ警戒心を強めた。

「仕方ないじゃろう。大事な友達が傷つくところを見て見ぬ振りはできんからのう。……たとえ、最初から儂が目的だったと知ってもな」

「おじいちゃんが、目的?」

「そうじゃ。どうやらクロウリーが今回この戦場に来たのは、儂をこの戦争から追い出すためだったようじゃな」

「おじいちゃんを追い出す?どういうこと?」

 私は全然話が見えず、疑問を返すばかりだ。詳しい説明を求めようとしたところで、ふと周囲の視線が集まっていることに気づく。辺りを見回すと、魔族が今までに感じたことのない殺気を帯びておじいちゃんを睨みつけていた。

「その通り!やはりワタシの読みは正しかったようですねぇ。絶滅したかと思っていましたが、まさかまだあの最凶の一族の生き残りが本当にいたとは!その容姿から鑑みるに、あなたはあの大罪人の息子、死神『サイス』ですね!今更誤魔化そうとしても無駄ですよ。その死神族の長に代々伝わるソウルイーターが何よりの証拠です」

 クロウリーはおじいちゃんの持つ大きな鎌を指さした。鎌は普段おじいちゃんが持っていた杖の先端部分から刃が伸びており、紫色のオーラのようなものを纏っている。

 私同様鎌に目を向けた周りの魔族たちは、更に殺気を強めておじいちゃんを睨みつけた。

(ソウルイーターって……。漫画やゲームでメッチャ出てくる単語!死神族って言ってたけど、おじいちゃんは魂を刈ったりする魔族なのかな。…ていうか初めて名前聞いた!サイスって言うんだ)

 私は城のみんなが誰もおじいちゃんを名前で呼んでおらず、別段不便なこともなかったため今まで聞くこともしなかった。自己紹介をした時も名乗ってくれなかったので、何か名前を聞かれたくない事情でもあるのかと思ったのだ。

「まさか死神族の生き残りがいたとは…!族長の魂を刈られた恨み、一日たりとも忘れたことはないぞ!」

「お前んとこだけじゃねぇ!うちの先代女王様も刈られたんだ!あいつの父親に!一族の不始末を自分たちだけで解決しやがって!俺たちの溜まった恨み、子供のお前で支払ってもらおうか!」

 獣人族と魚人族は怒りで目をギラつかせながらおじいちゃんとの間合いを詰めてきた。他の魔族たちも一様におじいちゃんに敵意を向けている。

 おじいちゃんは私とサキュアに結界を張ると、鎌を構えながらふわっと宙に浮いた。

「死神族だと正体をバラし、魔族たちの怒りを儂に向けさせ、各地で命を狙われるように仕向ける。そうして儂を戦争から排除して孤立させる、か。なかなか策士じゃのう。クロウリー」

「グフフフ。魔王軍の中で一番厄介なのは主戦力のあなたですからねぇ。魔王が一番あなたを信頼していた理由が今ならよくわかる。代々魔王を裏で支える死神族。もっと早く気づくべきでしたよ」

「………いつかは父の残したツケが回ってくるとは思っておった。今更命を狙われようが何とも思わんよ。ただ、儂を戦争から遠ざけてもお前さんが勝つとは限らんぞ」

 おじいちゃんの鎌の間合いに入らないよう少し上を飛び続けているクロウリーは、睨みをきかせる死神族に強気の笑みを返す。

「そうですかねぇ。あなたが思っている以上に、ご自分の存在価値はデカイですよ。グフフ。さぁ皆さん!この大罪人の息子を殺し、一族の無念を晴らしましょう!」

 クロウリーに煽られ、おじいちゃんに殺気を放っていた魔族たちは雄叫びを上げる。

 私はまだ手を伸ばせば触れられる距離にいるおじいちゃんに、すがるように声をかける。

「お、おじいちゃん…!」

 私に呼ばれて振り返ったおじいちゃんは、悲しい瞳に寂しげな笑顔を湛えていた。

「ごめんなお嬢ちゃん。どうやらここでお別れみたいじゃ。すまんが、魔王様にも謝っておいてもらえるか。最後までお傍で面倒見きれず申し訳ないとな」

「え……。うそ…。おじいちゃん!?やだ!どこに…!」

 おじいちゃんは左手で魔法を展開、右手に鎌を構えながらぐんぐん上昇していく。

「最後にここはちゃあんと掃除してから行くから安心していいぞ」

「ついに最凶の一族、死神の本領発揮ですか。こちらも全力でお相手しますよ!」

 クロウリーは全魔力を解放し、持っていた本はページが目にも止まらぬ速さでめくれていく。魔族たちも全員攻撃態勢だ。



 そこからはすごい戦いだった。クロウリーを筆頭に、機械魔族、スライム族、三つ目族、獣人族、魚人族、鳥人族が全員でおじいちゃん一人に挑み、そしてことごとく倒されていった。

 おじいちゃんは魔法と巨大な鎌を駆使し、多勢に無勢にもかかわらず涼しい顔で戦っていた。どういう基準かわからないが、機械魔族やスライム族、三つ目族は鎌で攻撃し、クロウリーとその他種族は魔法で攻撃しているようだった。

 置いてけぼりの私たち人間は、魔族たちが繰り広げる規格外の戦いにただただ立ち尽くすのみだった。

 敵の数が減り、形勢不利と見てクロウリーが空間転移して逃げてしまったところで、ようやくおじいちゃんは攻撃の手を止めた。

 そして、一度私に目を合わせると、何かを振りきるようにフイッと顔を背けて明後日の方向に飛び去った。

「待って!おじいちゃん!!」

 私は戦場から飛び去る背中に声を張り上げるが、最凶の死神はその声に応えることはなかった―――。


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