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第三幕・ジークフリート編 第二話 哀しみの再会

 魔王城に帰還して二日後。私とジークフリートは作戦会議室に呼び出されていた。


 ここ二日間は病み上がりだったのと様変わりした戦況の状況把握で精一杯だったため、私だけずっと休ませてもらっていた。

 逆にジークフリートは城に帰還した日から魔王の命を受け、破壊された城の瓦礫の撤去や巡回警備をしている。

 サラマンダー軍とフォード軍の手により、魔王城はボロボロになっていた。幸い私が与えられた部屋は無傷だったが、食堂や正面庭園、玄関部分は穴が空いていたり燃え跡が広がっていた。普段ならばおじいちゃんの魔法ですぐに直すのだが、あいにくおじいちゃんは星の戦士の一人、踊り子のメルフィナ軍の援軍に行っていて不在なのだという。

 サラマンダー軍襲撃事件の次の日、魔王軍は当初の予定通り星の戦士と手を組むことを全世界に公表した。ユグリナ王国国王ロイドと星の戦士のリーダーカイトを交えての共同声明だったらしい。

 その日以降人間と魔王軍の共同戦線を張っているが、戦況はまだこちらに有利ではない。各地で戦争は続いており、今はその対処に全員で当たっている状況だ。

 星の戦士側の裏切者であるガイゼルには、カイトとユグリナ騎士団が対処している。竜人族を率いて今なお暴れ続けているサラマンダー軍は、フォード率いる空賊団が引き続き相手をしている。魔王の命令を無視して好き勝手し始めたネプチューン軍は、ヤマトの国の武士と星の戦士の凪、佐久間が迎撃していた。

 人間と魔族できちんと連携が取れているのは、ドラキュリオ軍と神の子ニコ、クロロ軍と聖女セシルだけであった。この二組については各地の戦場の援軍に随時行ってもらっているとのことだった。

 そして問題は人間界だけでなく魔界にも及んでおり、クロウリーが一部の魔族を洗脳して各領域内を荒らし回っていた。今や魔界の秩序は乱れ、種族同士の衝突が頻繁に勃発していた。魔界の治安維持とクロウリーの撃退を含む対処には、レオン軍とジャック軍で当たっていた。

 私が過去の記憶旅行をしている間に、まさかここまで戦争が各地で激化しているとは思わなかった。



 魔王は私とジークフリートを交互に見ると、早速今回の任務について説明した。

「お前たち二人にはガイゼルの戦場に行ってもらうことにした。苦戦している小僧とユグリナ騎士団の援軍だ。ロイド王より援軍要請があったのでな、せいぜい小僧にたくさん借りを作ってこい」

「小僧って…カイトのことだよね?やっぱり苦戦してるんだ。ガイゼル王の能力は確か、強制武装解除だっけ。かなり最強の能力だよね」

「範囲指定の能力だから、範囲外にいれば普通に武器は使えるがな。ただ、定期的に能力の範囲を移動させているから、安全地帯はころころ変わる。ユグリナ騎士団はかなり軍の統制が取れているほうだが、それでも能力の餌食になって被害が拡大しているようだな。同じ星の戦士であるお前なら問題なく能力が使えるはず。じい直伝の魔法で援護してやれ」

 魔王に発破をかけられ、私はぎこちなく頷いた。

(援護したいのはやまやまだけど、私の能力は一日三回しか使えないんだよね~。三回だけじゃ、いくらおじいちゃん直伝の魔法でも戦局を変えるのは無理だと思う)

「魔王様。えり殿はともかく、俺はガイゼルの能力とはあまり相性が良くないですが」

 ジークフリートは大剣で戦うため、確かにガイゼルの能力を喰らったらひとたまりもない。ガイゼルと戦う相性の良い魔族は、肉弾戦で戦うのを得意とする獣人族か吸血鬼一族だろう。

 魔王もそのことについては十分承知しているようで、それでも人手が足りないためジークフリートを派遣するようだ。

「お前ならそれでもそこそこ戦えるだろう。戦場を縦横無尽に駆け抜ける足もあるし、いくらでも能力の効果範囲外に抜けられる。それにお前の武器は特別で、呼べばすぐ手元に戻ってくるだろう。丸腰にされたとしても、すぐに攻撃に転じられるはずだ」

「え!?ジークのその大剣って、呼べば手元に戻ってくるの!?すごい便利じゃん!敵に向かって投げつけても戻ってくるんだ」

「まぁ、敵に向かって投擲したことはないがな。元は聖剣で、神の力が宿っているからそういう機能が付いているんだ。今は闇に染まり、魔剣へと変わってしまったが、呼び出し機能はそのままだ」

 ジークフリートは柄に手を当てながら言った。

「小僧にはもう話は通してある。準備が整い次第、すぐに戦場へと向かえ」

 私とジークフリートはそれぞれ返事をすると、二人揃って作戦会議室を後にした。




 準備を整えた私たちは、早速ウィンスに乗ってガイゼルの治めるアレキミルドレア国へと飛んだ。

 私は道すがら、先ほど伝えられなかった私の能力についてジークフリートに説明した。

「私の能力について、みんなにまだちゃんと伝えてなかったと思うけど、私の能力は妄想を現実にする力なの」

「…妄想を、現実に?……すまない。頭の固い俺にはちょっと想像しづらい能力だな。妄想というのは具体的にどういう…。何でもいいのか?」

 仕事真面目人間のジークフリートは、今まで妄想などしたことがないのか、全然能力のイメージが湧かないようだった。私は例を上げつつかみ砕いて教えてあげる。

「本当に何でもいいんだよ。それこそジークの大好きな絵の具セット一式を妄想して現実化させてもいいし、おじいちゃんの強力な魔法を現実化させてもいい。とにかく明確なイメージとリアルな妄想、必ず現実になるという強い想いと信じる心があれば、失敗せずに成功するよ」

「ほう。それはすごい能力だな。何かと使える幅が広そうだ」

「でしょでしょ。……でもね、この能力最大のデメリットがあって、実は一日三回までしか使えないの」

「さ、三回!?」

 予想通りジークフリートは驚きの声を発した。少し間をおいてから、真剣な声音で話し出す。

「……その能力に制限がある話は、魔王様もまだ知らないんだな」

「う、うん。私の能力について他人に話したのは今が初めてだし」

「………。一度城に引き返すか」

 ジークフリートはウィンスの速度を落とし、悩みながら告げる。私は突然の心変わりに驚いて彼に問いただした。

「エッ!?どうして!?苦戦してるらしいから、早く行って助けてあげないと」

「…だが、えり殿の能力は三回までしか使えないのだろう。魔王様は、おじい殿のようにえり殿が魔法を自由に使えると思ったから今回戦場に送り出したんだ。三回しか使えないと知っていたら、おそらく戦場には送り出さなかっただろう。能力を使い切った時点で、えり殿は無力な人間なのだから」

「そ、それは……」

 私は先の言葉が続かず、俯いて口を閉じた。

 確かに私の能力は三回しか使えないが、その分使える用途は広い。戦場でも何かしらの役には立つはずだ。回数制限を理由に戦場から遠ざけられてしまったら、今後もずっと戦場に立つ機会はないだろう。

 積極的に戦場に立ちたいと思っているわけではないが、みんなが戦場で命を懸けて戦っているというのに、自分だけずっと安全地帯で戦争が終わるのを待つつもりはない。

 私は心の中で気持ちを整理し終えると、引き返そうとするジークフリートを止めた。

「待ってジーク!やっぱり私も戦場に行くよ!確かに回数制限はあるけど、それでも私の能力は妄想さえちゃんとできれば色々なことができる。もしピンチな状況に陥った時でも、私の能力で打開できるはず。切り札的ポジションで私は必要だと思う!」

「う~ん。しかし、戦場ではいつ何が起こるか分からない。戦況は刻一刻と変化する。戦場慣れしていないえり殿の場合、あっという間に三回分の能力を使い切ってしまいそうだが…。一度戦いに身を投じたら、そう簡単には離脱できない。すぐに魔王城に送ることは俺にもできないぞ」

 しっかり者の元騎士団長はなかなか了承してくれない。こんなことになるなら戦場についてから話せばよかったと後悔した。

 渋るジークフリートに私も最後は意地となり、ウィンスの首にしがみ付いて抵抗した。

「魔王城に引き返しても絶対ウィンスから下りないからね!」

「え、えり殿…。そんなキュリオみたいな我儘を…」

 ドラキュリオと同列にされたのは不本意だが、今回ばかりは仕方がない。

 どうしたものかと頭を悩ませるジークフリートに向かって、相棒のウィンスは何かを伝えるため嘶いた。

「…お前までえり殿を連れて行けと言うのかウィンス。……わかった。お前がそういうなら俺も諦めよう。まったく、すっかり二人は仲良くなったのだな」

 ジークフリートは私とウィンスを交互に見て笑った。

 どうやらウィンスが私を連れて行くようお願いしてくれたようだ。もう直接お話しはできなくなってしまったが、私は感謝の気持ちを伝えてウィンスの鬣を優しく撫でた。




 少し時間をロスしてしまったが、私たちはアレキミルドレア国上空へと到着した。現地ではすでに今日の戦いが始まっており、王都シャドニクスの前の平原では両軍が衝突していた。

 蒼白の光に包まれた一帯が一か所あり、そこでは蜘蛛の子を散らすようにユグリナ騎士団が逃げ惑っていた。おそらくあの一帯が今ガイゼルの能力が発動している場所なのだろう。

 ジークフリートは背負っている大剣を片手で引き抜くと、片手で手綱を操りながら忠告してきた。

「えり殿、輪光の騎士との合流は後にする。今から苦戦しているところに加勢して敵軍を攪乱する。振り落とされないようしっかりウィンスに掴まっているんだ」

「りょ、了解です」

 私の返事を確認すると、ジークフリートは乱戦となっている戦場へと降下した。巧みにウィンスを操りつつ、魔剣を振り回しすれ違いざまに敵を斬りつけていく。私は彼の圧倒的強さの剣技と馬術を目の当たりにし、ウィンスにしがみ付きながら見惚れてしまった。

(うわ~!やっぱりジークってメチャクチャ強い!聖騎士の力なしでこの強さなんだから、聖騎士だった頃はもっと強かったんだよね)

 ジークフリートの進軍を止めようと敵軍が群がって来たその時、辺り一帯が蒼白の光に包まれた。直後、ジークフリートは持っていた魔剣を自分の意思に反して手放してしまう。

「これって、ガイゼルの能力!」

「あぁ、そのようだ。俺が加勢して味方が崩れ始めたのを見て、能力の効果範囲を変えてきたのだろう。ひとまず敵に囲まれる前に離脱だな。ウィンス!」

 ジークフリートの呼びかけにウィンスは嘶くと、空に向かって羽ばたいた。私たちは敵に袋叩きにされる前に空へと逃げる。そしてそのまま能力の範囲外まで移動すると、ジークフリートは魔剣を手元に呼び出した。

「魔剣エクスカリバーよ!」

 ジークフリートの呼びかけに応じ、大剣は黒い光を放って召喚された。

「おぉ~!本当に呼んだら出てきた!」

「今度はあちらに攻め込むか。えり殿、またウィンスに掴まっていてくれ」

「了解!もしピンチになったら私も能力で援護するからね」

「なるべくえり殿に能力を使わせないよう努力しよう」

 ジークフリートは再び苦戦している戦場に降下すると、味方が態勢を立て直せるよう奮闘するのだった。




 ジークフリートが大活躍したその夜、私たちはユグリナ騎士団の野営地でカイトと合流した。カイトの横には、ユグリナ騎士団で団長を務めるサイラスという人も一緒にいた。

「ようやく会えた!あなたがジークフリート様ですね!戦場での太刀筋拝見させていただきました!やっぱりあなたはセイントフィズ王国でかつて聖騎士だったジークフリート様ですよね!?」

 子供のように目をキラキラさせながら話すカイトに、ジークフリートは戸惑いの表情を浮かべる。私はカイトのその様子を見て、過去の記憶で見たセイントフィズ王国の民を思い出した。聖騎士であるジークフリートを憧れや尊敬の眼差しで見ていたあの姿とそっくりだ。

「えりさんから元人間の魔族がいると聞いて、ずっとあなたのことが気になっていたんです。あなたは騎士の間では憧れの存在ですから。こうしてお会いすることができて光栄です!」

「おいおいカイト、そこらへんにしておけ。すでにかなりドン引かれてるぞ。…すまないな。いつもは頼れる優秀な副騎士団長なんだが、子供の頃から聖騎士に憧れて育ったせいで、本人を前にして歯止めが効かないようだ」

「様付けはやめてくれ。俺はもう、聖騎士では……」

 ジークフリートはカイトと視線が合うと、その視線に耐え切れずふいっと目を逸らした。もしかしたら、彼を慕うその姿がアレンと重なったのかもしれない。カイトも副騎士団長という立場上、共通する部分が多い。

 私は話題を変えようと口を開こうとしたが、その前にサイラス団長がまた話し出した。

「カイトの能力である浄化の光は、聖騎士に憧れていた想いが反映されて得られた能力なんだ。聖騎士にはなれなかったが、今や輪光の騎士として立派に活躍してくれている」

「あぁ~。カイトの能力って聖騎士への憧れからきてるんだ」

「ちょっと、サイラス団長!恥ずかしいからいちいち説明しないでくださいよ!」

 照れて顔を赤らめるカイトを見て、私とサイラス団長は笑った。カイトの人柄に触れてジークフリートも少しだけ心を開いたのか、兜を取って改めて自己紹介をする。

「俺は魔王城の門番を務める、魔騎士ジークフリートだ。……夢を壊すようでカイト殿には申し訳ないが、俺はもう聖騎士ではないし、憧れられるような存在でもない。俺のことは一兵士として扱ってくれ」

「そ、そんな、兵士だなんて!魔族になってしまった経緯は知りませんが、俺にとってあなたは十分尊敬に値する人です!今日の戦いぶりを見ただけで十分わかりました!剣技や馬術はもちろん、戦闘をしながら的確に味方に指示を出して誘導までしていましたよね。苦戦している味方の救援に向かい、声をかけて鼓舞までしていた。どこからどう見てもジークフリートさんは騎士の中の騎士です!聖騎士としての心は健在ですよ!」

 拳を握りしめ熱く語るカイトに、ジークフリートは口を挟めずその勢いに呑まれてしまった。自分の過去など知る由もない人物にここまで言い切られると、逆に自分が卑屈になりすぎているのだろうかとジークフリートは思った。

 傍にいたウィンスはカイトの真っ直ぐな心に惹かれたのか、カイトに頭をすり寄せて懐いている。

「…ウィンスが認めたカイト殿がそう言うのなら、俺にもまだ少しは聖騎士の心があるのかもしれないな」

「へへっ。ジークフリートさんも、殿なんて付けなくて俺のことは呼び捨てでいいですよ」

 微笑んでくれたジークフリートを見て、カイトは子供のように喜んだ表情をする。本当にジークフリートのことを慕っているようだ。

 ジークフリートから黒いペガサスを紹介されているカイトを横目に、私は明日からのことをサイラス団長に訊ねた。

「今日はジークの活躍もあって総崩れにはならなかったですけど、明日からはどう戦うんですか?こちらの被害もかなり出ているようですけど」

「明日一日踏ん張れば、癒しの聖女様が援軍に来てくれる予定になっている。だから明日はそこまで無理に攻め込まなくていい。敵の戦力を削いでは退いての繰り返しになるだろうな。敵は魔晶石を用いた強力な兵器を持っているし、下手に深追いするとかなりの被害を被る」

「魔晶石の兵器、ですか…。確かに今日魔法が込められたような銃を持った兵士が敵にいましたね」

 私は昼間に出くわした敵兵を思い出した。ジークフリートがいち早くその存在に気づき、味方の被害が拡大する前に仕留めていた。

 以前クロロの研究室で見た武器にどことなく似ていたので、それが危険な武器だとすぐにわかった。

「アレキミルドレア国はあの兵器を多く所持しているようで、我々もかなり手を焼いている。騎士である我々は基本接近戦を得意とするからな、間合いを詰める前に攻撃されるあの武器は相性が悪い。それに、厄介な兵器はそれだけじゃない」

 私が首を傾げると、ウィンスを撫でながらカイトがその続きを引き継いだ。

「王都シャドニクスは城塞都市で、周りを全て高い壁に囲まれている。しかもその壁には、至る所に大砲が内蔵されているんだ。だから迂闊に進軍すると、射程距離に入った瞬間狙い撃ちにされる」

「た、大砲!?……じゃあ、どうやって攻略するの?現実的に考えて無理じゃない?ガイゼルの能力があるからおじいちゃんの魔法や結界は使えないし。こうなったら兵糧攻めするとか」

「それは俺たちも考えたんだけど、今の状態じゃきっとそれも失敗する。向こうには定期的に魔族の裏切者のクロウリーが顔を出しているみたいなんだ。奴らの協力関係を断ち切らない限り、兵糧攻めをしても意味がないだろうな」

 カイトの話を聞いて納得した。クロウリーが定期的に訪れているのだったら、食糧を差し入れることなど簡単だ。

 結局のところ、ガイゼルを倒すためには同時にクロウリーの動きを封じることが必須のようだ。そして、強行突破をするにしても、何とかして兵器を無力化して城壁を突破しなければならないらしい。なかなか前途多難だ。

 私たちは明日の陣形や戦術を話した後、戦に備えてそれぞれ用意された天幕で早めに休むのだった。




 次の日、私はまたジークフリートと共にウィンスに乗って戦場を駆け抜けていた。ジークフリートは前日同様、苦戦している味方や不意をつかれそうな味方を優先して助けていた。ガイゼルの能力が使用されるとすぐにその場から離脱し、魔剣を呼び寄せて戦線復帰する。

 私が貴重な能力を極力使用しないようジークフリートが頑張ってくれているおかげで、私はウィンスにしがみつくただのマスコットのように出番がまるでなかった。

(うぅ…。これじゃあ私役立たず、というかもはや空気…。周りの人がみんな頑張って戦ってるのに何もできないなんて…)

 ウィンスにしがみ付きながらしょぼんとしていると、突如前方から轟音が響き渡った。何事かと目を向けると、城壁に埋め込まれている大砲ではなく、城壁の上に設置されている大砲から砲弾が発射されたようだった。

 砲弾は私たちがいる場所より少し前方に着弾する。味方だけでなく敵兵もろとも辺りを吹っ飛ばした。

「ちょ、ちょっと!?味方もお構いなしに撃ってきたけど!」

「ガイゼル王は冷酷で自分勝手な王と聞く。国民を自分に都合の良い手駒としか思っていないのだろう」

「そんな!?王様のくせにひどすぎない!?なんでそんな奴が王様やってんのよ」

 私が怒りを露わにすると、かつて優れた王に仕えていたジークフリートも大いに同意した。

「全くだ。何でも生まれた時から王の言うことは絶対だと教育されるそうで、参謀殿が言うには一種の洗脳に近いそうだ。国民は皆現状に疑問すら持たなくなってしまうらしい」

「何それ…。最低な王様…」

 大剣を振り回し話しながら戦場を横切っていると、続けざまに大砲の発射音が各地で鳴り響いた。

 城壁方面に顔を向けると、大砲は大きく弧を描きながら私たちがいる場所目がけて落ちてくるところだった。

「いかん!離脱しなければ!」

 ジークフリートはウィンスを操って着弾点から移動しようとしたが、それをさせまいと敵兵が示し合わせたように群がってきた。

 ジークフリートが露払いをしている間に、私は大急ぎで結界の準備に取り掛かった。敵兵を倒してから離脱しようとしてもおそらく間に合わない。ついに私が役に立つ時がきたのだ。

(大砲を喰らってもビクともしない強力な結界を…。大丈夫、サラマンダーのブレスに比べたら大抵どうにかなるはず!結界の層は念のため二重三重のイメージで…)

 私が蒼白の光を纏い始めたのに気づき、ジークフリートは焦って戦うのを止め、私が敵に攻撃されないよう気を配り始めた。大砲は私がどうにかすると信じてくれたようだ。

 大砲がはっきり視認できる距離になり、もう数秒で着弾というところまで迫った時、私は練り上げた妄想を現実へと解き放った。

『結界よ、大砲を防いで!!』

 私は向かってくる大砲に両手を広げ、周囲一帯に結界を展開させた。三重の層になっている蒼白の結界は、大砲が着弾しても壊れることはなかった。一番外側の層だけヒビが入ったようだが、人的被害はゼロに抑えられ完璧だった。

 着弾した時の爆発から生じた白い煙が消え去ったところで、助かった味方の兵たちが歓喜に沸いた。

「おぉ~!さすがは星の戦士様だ!あの大砲を防いでしまわれるとは!」

「死を覚悟したが、まさか助かるとは!ありがとうございます、星の戦士様!」

 まるで英雄のように感謝され、私はその盛り上がりについて行けず戸惑った。その様子を見ながらジークフリートも険しい声で告げる。

「えり殿、大砲を防げたのはいいが、元を絶たねば根本的な解決にはならない。準備が整えば敵はまた撃ちこんでくるだろう。能力を使えるのは後二回。とても楽観視できる状態ではない」

「うん。でもね、私良い事思いついちゃった。一度に全てを破壊するのは無理だけど、長距離砲である城壁の上に設置されている大砲をいくつか破壊するのならできると思う。あれが無くなればだいぶ被害が減らせるでしょ」

「確かに城壁に内蔵されている大砲と違って、上に設置されているものはここまで届くほどの長距離砲。それを破壊できれば多くの味方を救うことができるが、どうするつもりだ?」

 私は不敵な笑みを浮かべると、ジークフリートに上空へ移動するよう依頼した。

 下から魔晶銃で狙ってくる輩がいるため、銃弾が届かないところまで浮上すると、私は再び精神を集中させた。

「今こそ、おじいちゃん直伝の超威力魔法を試す時!私オリジナルの妄想を加えて、一気に大砲をぶっ壊しちゃうよ!」

「なっ!?魔法で壊す気なのか!?おじい殿の魔法の威力が凄まじいのは知っているが、それでもこの距離から破壊なんてできるのか?」

 ジークフリートは遠くにそびえ立つ城壁を見つめた。優に五キロ以上距離が離れている。

「大丈夫。そこは妄想で都合の良いように変えちゃうから。おじいちゃんに前に見せてもらった魔法で、特に威力の強いやつをお見舞いすればきっと上手くいくはず!」

「……特に威力の強いやつ。何故か不安な気持ちを駆り立てられるが、本当に大丈夫か?」

 嫌な予感を覚えているジークフリートに、私は大丈夫を連呼して彼を納得させた。

 深呼吸をしながら妄想の世界に浸ると、かつておじいちゃんに見せてもらった火の魔法を思い浮かべる。

(ドラゴンの形をした炎が三匹、獲物を喰らうために大きな口を開けて飲み込んでいく魔法。あの時は三匹だったけど、今回は私の妄想を取り入れて数を増やそう。なるべくいっぱい破壊したほうがいいもんね。あとは遠くに飛ばしても効力が落ちないようイメージを補填して…)

 イメージを膨らませ妄想が最高潮に達した時、私は標的に向かって妄想を解き放った。

『炎の龍よ!標的を喰らい尽くせ!!』

 蒼白の光から八つの龍が解き放たれた。炎の龍はそれぞれ八方に散り、城壁の上に設置されている大砲目がけて飛んで行く。龍は火の粉を地上にまき散らし、飢えた獣のように大きな口を開けて空を進んだ。そして設置された大砲を大きな口で飲み込むと、周囲一帯をとぐろでも巻くように炎の胴体で包み込んで焼いていった。最後には空に届くような凄まじい火柱が上がり、少し遅れて爆発も起こった。きっと大砲に詰め込む火薬に引火したのだろう。爆発によって城壁上部にある通路部分が吹き飛び、予想以上に城壁までダメージを与えられた。

 私は両手を突き出して魔法を放ったポーズのまま、しばらく呆然としていた。

「……やはり、嫌な予感が的中したな。さすがに今の魔法はやりすぎだ。おじい殿もなんて魔法をえり殿に教えたのだ。えり殿はまだまだ未熟だから、力の制御も上手くできないだろうに」

 ジークフリートは火の手の上がるシャドニクスを見ながら呟く。城壁内部が騒がしくなっているのがここからでも分かる。

「ど、ど、どうしよう…。まさかあれほどの威力になるとは…。おじいちゃんの魔法だと三匹だったから、数を増やそうと八岐大蛇のイメージをかけ合わせたら、あんなとぐろを巻いて周辺まで焼き尽くすことになっちゃうとは…。逆に明確な効果のイメージまでしなかったから、八岐大蛇のイメージが妄想に反映されすぎちゃってあんな効果になっちゃったのかな」

 私は顔から血の気が引き、震える両手を見つめる。先ほどまで大砲を撃ちこんでいたのだ。確実に近くに人がいたはず。どのくらいの人が今の魔法で巻き込まれて焼け死んだだろう。

 私は今になって魔法の怖さを知った。

「ヤマタノ、オロチ…?」

「…八つの首を持つ蛇のこと。私の世界で神話に出てくるものなの。……大砲は無力化できた、けど…!?」

「えり殿!?」

 私は強烈な眩暈を覚え、手綱を握るジークフリートの腕に寄りかかった。

「…だ、大丈夫。多分能力を使った反動…。休めば治まるから」

「えり殿の能力は体にも負担をかけるものなのか!?それならますます能力を使わせるわけにはいかないな。……とりあえず一旦陣地に戻るか。今日はもうえり殿は休んだほうがいい」

「あれ。戦場で敵に背中を向けて撤退するなんて、昔の団長だったら絶対にしませんでしたよ」

 城壁に背を向けてウィンスを走らせた直後、聞き覚えのある声が背後から聞こえてきた。

(あれ…?この声って…)

 ジークフリートも私と同じ人物に思い至ったのか、ウィンスを急停止させ、動揺したようにしばらく動かない。やがて覚悟を決めたように手綱を引くと、ウィンスを急反転させて声の人物と対峙した。




「………そんな、あの日、確かに浄化したはず。本当にお前なのか、アレン」

 音もなくいつの間にか私たちの目の前に現れたのは、馬の形をした空飛ぶ機械魔族に跨った赤髪の騎士だった。過去の記憶で見たアレンにそっくりだったが、大きく違う点が一つ。それは体の所々が機械化していたことだった。

 利き腕と両足が鋼鉄の機械になっており、顔も左目から上半分が皮膚ではなく鉄に覆われていた。ダークブルーの甲冑を着ているから分からないが、もしかしたら胴体部分もどこか機械化している可能性がある。

 ジークフリートは変わり果てた姿のアレンに、再会の喜びではなく哀しみの色を浮かべる。

「ひどいなぁ団長。あんなにあなたの下で働いたオレを忘れるなんて。オレは団長のこと、片時も忘れたことはありませんでしたよ。なにせ、…オレと姫様、セイントフィズ王国全員の人生を狂わせた人なんですから!」

 アレンが表情を一変させて怒気を強めると、黒い靄と魔力が彼の体から噴き出した。その黒い靄は忘れるはずもない。かつて彼の心を蝕んだ魔族の呪いだった。

「あれって、ジークが浄化したはずの魔族の呪いじゃない!?」

 眩暈の残る頭を持ち上げて私は叫んだ。

「あぁ!聖剣の力を注ぎ込んで全て浄化したはず!何故まだ支配されているんだ!?何より、アレンが当時のまま生きているのがおかしい!アレンの魂は浄化され、あの時星へと還ったはず」

 黒い靄を纏いながら、ゆっくりとアレンは両の腰に差した剣を引き抜く。

「聖騎士でなくなったにも関わらず、あなたはまた周りに必要とされてその剣を振るっているのですね。全てを失ったオレと違い、あなたにはいつも特別な居場所が用意されている…。今はその娘が姫様の代わりですか。………団長だけ、救われるなんて許せない!団長にも味わわせてあげます!全てを失う苦しみ、憎しみ、絶望を!!」

「アレン!?」

 ジークフリートが制止する間もなく、アレンは馬を操りこちらに仕掛けてきた。何の躊躇もなく双剣をジークフリート目がけて振るう。ジークフリートもウィンスを操り防御しやすい位置取りをして魔剣で攻撃を防ぐ。

 アレンは防がれることを予想していたようで、攻撃の手を緩めず次々に違う急所を狙って攻めてくる。

 立て続けに繰り出される攻撃のせいで、とても落ち着いて話ができる状況じゃない。アレンの話をもっと詳しく聞くには、彼を圧倒して攻撃の手を止めさせる必要がある。

「すまないえり殿。庇いながらだとどうしても防戦一方になってしまう。一旦カイトと一緒にいてもらっていいか」

「うん!構わないよ!どう考えたって今私足手まといだし」

 ジークフリートはウィンスを一度上昇させてアレンから距離を取ると、素早くカイトを見つけて急降下した。逃がさないとばかりにアレンも私たちの後を遅れずについて来る。

「カイト~!しばらくの間、えり殿を頼む!」

「ジークフリートさん!?」

 驚きに目を見開くカイトに構わず、すれ違いざまにジークフリートは私を抱えるとウィンスから下ろした。

「ひゃあ!」

「おっと!」

 まだ少し高さのあるところからカイトに向けて落とされたが、下にいたカイトはちゃんと受け止めてくれた。

「大丈夫か!?一体何があったんだ?あのジークフリートさんを追いかけてる奴は?」

「ありがとうカイト…。あの人は、かつてジークの部下だった人だよ。セイントフィズ王国の副騎士団長」

「!?セイントフィズ王国の!?…ずいぶん前に滅んだセイントフィズ王国の人ってことは、彼もジークフリートさんと同じ魔族ってことか?」

「それは、わからない…。彼が魔族にかけられた呪いがきっかけとなって、セイントフィズ王国は滅んだの」

「魔族にかけられた呪い…」

 私とカイトは上空で戦うジークフリートを見上げた。

 ジークフリートは手綱を離すと魔剣を両手で構え、移動や位置取りは全て相棒のウィンスに任せた。長年の二人の絆が無ければできない芸当だ。

 大剣と双剣がぶつかり合う中、ウィンスはジークフリートが戦いやすい位置に常に移動し続けた。敵である馬の機械魔族も、アレンが不利にならぬよう考えて移動しているように見える。

「…さすがはジークフリートさんの元右腕だな。すごい剣の腕前だ。双剣を極めるのはかなりの努力が必要なんだが、あの人の腕前は文句なしだ。あのジークフリートさん相手にも引けを取っていないなんて。同じ副騎士団長なのに自信がなくなるよ」

 同じ騎士であるカイトにはアレンの凄さが特によくわかるようで、勝手に自信を喪失していた。

「あの副騎士団長アレンは、将来すごく有望な騎士だって言ってたから。多分ジークがいなかったら、セイントフィズ王国のお姫様と結ばれていたかもしれないし」

「お姫様と!?そんなに優秀な人だったのか。……ジークフリートさんが負けるなんてことはないと思うが、お互い手の内を知り尽くした相手だとやりにくいだろうな。特に部下となると」

 私はアレンを大事に思っていたジークフリートを思い出し、心に不安を募らせながら頭上で繰り広げられる戦いを見守った。




 遠い昔、訓練で何度も手合わせをしたことを思い出しながら、ジークフリートは憎しみをぶつけてくるアレンを相手にしていた。魔族になった自分だからこそわかる。目の前の男は、完全に魔族になってしまっていると。

「何故、お前まで魔族に!?あの時確かに聖騎士の力で浄化をしたはずだ!……まさか、魂が星に還る前に『ヤツ』に再び囚われたのか?」

「団長が誰のことを言っているのか知りませんが、オレが魔族になったのは間違いなく団長のせいですよ。こんな機械の体になったのはね」

 アレンは甲冑を手で叩きながら、憎々しげに言う。

「この体、パッと見は分からないでしょうが、8割がた機械でできてるんですよ。ちゃんと肉体のある魔族のあなたとは違う。オレはろくに痛みも感じない、こんな中途半端な体で生きてきた。ただただあなたに絶望を味わわせたい一心で!」

 アレンの怒りが増幅し、黒い靄はどす黒いオーラへと変わっていく。まるであの日のアレンを見ているようで、無力だった自分を嫌でも想起させた。聖騎士の力を失った今、昔のように浄化することはできない。

 低い唸り声を上げるウィンスを落ち着かせ、ジークフリートは相手の出方を窺った。

「さぁ団長、あなたにも憎しみと絶望の種を植え付けてあげますよ。決して振り払えない真っ黒な闇が支配する世界。一度心に棲みついたら最後、解けない呪いです」

 黒いオーラに赤黒い文字のようなものが浮かび上がり、アレンの双剣に纏わりついていく。直感的に、あの攻撃を一度でも受けたらマズイと感じた。

「ウィンス、気をつけろ。お前もあの攻撃は絶対に喰らうなよ」

 ウィンスは鳴きながら小さく頷く。

 アレンは馬を嘶かせると、勢いよく斬りかかって来た。ジークフリートは魔剣で受け止めるが、黒いオーラはまるで生き物のように自分に絡みつこうとしてくる。

 警戒の声を発したウィンスに従い、ジークフリートは力任せにアレンを押し返した。相手がよろめいた隙に、ウィンスはすかさず距離を取る。

「そんなに怖がることないですよ団長。もうあなたも聖騎士ではなく魔族なんですから、闇に呑まれるのなんてどうってことないでしょう」

「……アレン。ッ!?」

 二人が睨み合う中、地上から浄化の光が放たれた。蒼白の光の輪は超音波のように輪が広がり、光に包まれた魔を払っていく。不意を突かれたアレンは、左手の剣に纏わりついていたオーラを浄化されてしまった。

「クソッ!星の戦士の仕業か!」

 アレンは忌々し気に地上を見下ろし、蒼白の光をまだ纏っているカイトを睨みつけた。ジークフリートは自分から注意が逸れたその一瞬を見逃さず、一気に間合いを詰めると強烈な一撃を横っ腹に喰らわせた。咄嗟に右の剣で受け止めたアレンだったが、大剣の威力は凄まじく、軽々と吹っ飛ばされてしまった。

「うぐっ……。さすが団長、生身だったら普通に骨が折れてましたよ。…でも、甘いですね。峰打ちなんて。容赦なくぶった斬ればよかったのに。……あの日のように、後で後悔しても知りませんよ」

 アレンは不気味に微笑むと、方向転換をして突如地上に降りていく。その先にはたった今援護をしてくれたカイトがいた。

「いかん!浄化の力を持つカイトが狙いか!」

 ジークフリートは完全に出遅れ、慌ててアレンの後を追う。



「ちょ、ちょっとカイト!真っ直ぐアレンがこっちに来るよ!カイトが標的にされちゃったんじゃないの!?横から攻撃したから怒ったんだよ!」

「臨むところだ!あの黒いオーラ、間違いなく喰らったらヤバイ。聖騎士の力を失ったジークフリートさんでは浄化はできない。俺が代わりに浄化だけでもしないと!黒いオーラさえ払ったら、後はジークフリートさんに任せるさ」

 カイトは向かってくるアレンに剣を構えると、浄化の光を剣に集め始めた。

「聖騎士の真似事か?星の戦士。お前みたいな未熟な男は、神には絶対選ばれない。聖騎士は憧れなんかでなれる代物じゃないんだよ!」

 憎悪を増幅しながらアレンはどんどん近づいて来る。一度浄化したはずの左手にも、また黒いオーラが巻き付いていた。

「俺なんかが聖騎士になれるとは思ってないさ。今は星の戦士として、世界のために戦うことで精一杯だからな。聖騎士になれなくても、今は憧れの人の力になれるだけで十分だ!」

「フッ。憧れの人、ねぇ。お熱いのは結構なことだけど、オレばかりに気を取られていると足元をすくわれるぞ」

「なに!?」

 至近距離にまで迫って来たアレンに意味深なことを言われ、カイトは一層警戒心を強めた。

 すると、アレンが乗っていた機械魔族の馬がふいに口を大きく開き、そこから筒状の機械を覗かせた。みるみるうちにその筒に光が収束していく。

「レーザーか!」

「ご名答」

 カイトは咄嗟に剣で軌道を変えて防いだが、右に少しバランスを崩した。アレンはカイトに向けて怪しく笑うと剣を構える。

「カイト!」

「クソッ!」

 私が叫ぶと、カイトは苦し紛れに浄化の光をアレンに向けて放った。しかし、アレンはそれを悠々と躱すと、カイトに距離を詰め、そしてすれ違った。

「……え?」

 横を通り過ぎて行ったアレンに、カイトは始め思考が追いつかなかったが、ジークフリートの切羽詰まった声を聞いて瞬時に全てを理解した。

「えり殿!!」

「今更気づいてももう遅いですよ、団長。この女はもらいます。あなたもオレのように苦しめばいい」

 カイトをやり過ごしたアレンは、私にその憎悪の瞳を向けてきた。ぞわっと背筋に悪寒が駆け抜け、頭の奥で警鐘が鳴る。

(ヤバイ。ヤバイヤバイ!始めから狙いは私だったんだ!早く何か妄想しないと!)

 眩暈の残る体で私は必死に妄想を練る。もうたいした距離はなく、残された時間はなかった。

「やめるんだアレン!!」

 ジークフリートの悲痛な叫びが響く中、アレンは赤い文字の浮かぶ黒いオーラを私に向けてぶつけてきた。突き出された剣から発せられた黒いオーラは、私の胸目がけて矢のように飛んでくる。恐怖に駆られて無我夢中で能力を発動させたが、あっさりと私の結界は破られた。

 蒼白の光は黒いオーラによって霧散し、私の胸は槍のような形状をしたどす黒いオーラに貫かれた。

(困った時の神頼み、星頼みはダメだった、か……)

 最後の妄想を使い切った私にはもう為す術がなかった。

 黒いオーラは私の体内に入り込み、その瞬間、体中に気持ちの悪い感覚が広がった。得体の知れない何かが内側に入り込み、中からじわじわと侵されていくような感じだ。声が出なくなり、視界も目を開いているはずなのに黒く塗りつぶされていく。血が通ってないかのように全身が冷たくなり、私はそのまま倒れてしまう。

「上手くいったみたいだな。これでこの子はもうオレと同じで呪われた」

 馬で駆け抜けざまに倒れ込んだ私を掴み上げたアレンは、挑発するように追ってくるジークフリートに叫んだ。

「どうです団長、大事な者を目の前で奪われる気持ちは!あの堅物の団長がそんなに取り乱しているんだ。特別な人なんでしょう?」

「そうじゃない!えり殿は大事な仲間だ!魔王様や他の者にも、守ってやるよう頼まれているんだ」

「そうなんですか…。でも、もう彼女は助かりませんよ。オレと同じで呪われましたから。聖騎士でもない団長にはもう救えません。せいぜい後悔してたくさん苦しんでください。次に会う時は、憎悪と絶望に染まった彼女を見せてあげますね」

「待て!アレン!えり殿を返せ!」

 ジークフリートは空に逃げるアレンの後を追いながら、魔剣に魔力を注ぎ込む。そして溜めた剣圧を飛ばそうとした時、自分の周囲一帯が蒼白の光に包まれた。ガイゼルの強制武装解除だった。

 魔剣が手放され、悔し気に飛び去るアレンを睨みつけた。すると、彼は空にむけて黒いオーラを出していた。それはまるで合図のように見え、ガイゼルに指示を出しているようにも見えた。

「くっ……。そこまで計算されていたか」

 ジークフリートはしばらくアレンの後を追い続けたが、ガイゼルの能力に加えてシャドニクスの城壁からの砲撃にも遭い、追尾を断念せざるを得なかった。

「えり殿……」

 怒りと後悔、哀しみに包まれた声に、ウィンスは主を気遣うように小さく鳴いた。


 近くに感じていたジークフリートの気配が遠のき、私の中に不安な気持ちが広がっていく。心を満たそうとする負の感情に抵抗しつつも、私の意識は闇に呑まれていくのだった―――。


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