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第三幕・ジークフリート編 第一話 ペガサスの導き

 誰かが私を呼ぶ声が聞こえる。その声はまだ年若い少年のようで、心配するような、助けを求めているような声音だった。

 私はその声に揺り動かされ意識を覚醒させると、重たい瞼をゆっくり開けた。

『………どこ、ここ?』

 目の前の景色は見覚えのないもので、私は木々に囲まれた空間に倒れていたようだ。遠くには立派なお城も見え、人里からそこまで離れていないことが分かった。

 私は体を起こそうとしたところで、自分の体が透けていることに初めて気が付いた。

『え……。な、なんか体が透けてる!?なにこれ!?というか私はなんで倒れて…』

『落ち着いて。大丈夫だから』

 私は聞き覚えのある声を耳にし、声のした方を振り返った。

 私の背後には大きな泉が広がっており、その泉の上に純白の毛並みを持つペガサスが一頭佇んでいた。どうやら先ほどの少年のような声は、このペガサスの声だったようだ。

 この世界でペガサスの知り合いは一頭しかおらず、佇むペガサスの瞳を見ると、おそらく私の知っているペガサスと同一だということがわかった。

『……あなた、真っ白いけどウィンス、だよね?』

『うん。良かった。意識ははっきりしているみたいだね。ボクに残されている僅かな力でなんとか魂を繋いだから、ちょっと不安だったんだ』

『魂を、繋ぐ?』

 私は立ち上がると、泉の中央からこちらに歩いてくるウィンスに首を傾げた。

『君は今、現実ではまだ意識を失って倒れたまま。この神の加護を受けた泉の力で、サラマンダーと戦った傷を癒している最中だよ』

 ペガサスが一歩一歩進む度、水面が煌めいて輪の波が広がっていく。私は泉に目を落としながら、目を覚ます前の出来事を思い出した。

(そうだ。魔王城がサラマンダー軍に襲われて、私はサラマンダーと一騎討ちすることになって、それで……。どうなったんだっけ。…お城が崩れて、……落ちちゃったんだ私!)

 ようやく状況が少し呑み込めてきた私は、目の前へとやって来たウィンスに矢継ぎ早に問いかけた。

『傷を癒してる最中ってことは、私まだ死んでないんだよね!?体が透けてるけど幽霊になったとかじゃなく。魂を繋いだってさっき言ってたけど、ウィンスのおかげでなんとか生きてる状態なのかな!?』

『ま、待って。一旦落ち着いて。大丈夫だよ。君は死んでないから。今はボクの魂と君の魂を繋いでいるだけだから。……君に、助けてもらいたくて』

『助ける?』

「お~い!!ウィンス~!!」

 木が生い茂る林から、これまた聞き覚えのある声が聞えてきた。遠くに見える城の方向から歩いてくるようだ。

『今の声って、ジーク?』

『探してるからもう行かなきゃ。続きは歩きながら話そう』

 ウィンスについて来るよう目で促され、私はひとまず言う通りに従うのだった。




 ウィンスについて行くと、林の途中で全身白の甲冑を身に纏った騎士に出会った。体格や装備している甲冑から、その人物がジークフリートであることはすぐに分かった。

(どういうこと?いつも着ている漆黒の甲冑が白くなってる。全く同じの色違いに着替えたとかそんなことないよね)

『突然どうしたのジーク。いつもの鎧みたいだけど、色が黒から白になっちゃってるよ』

 私が駆け寄ると、ジークフリートは一切私に目線を合わせることなくウィンスの元に向かった。まるで空気のような扱いをされ、しばしショックで固まってしまう。いつも優しくされているため、ちょっとのことでもダメージがでかいようだ。

「珍しいなウィンス。指笛を鳴らしてもお前が来ないなんて。何か異変でも感じ取ったか」

 ジークフリートの問いかけに、ウィンスは小さく鳴きながら首を横に振る。

「そうか…。もうすぐ式典も近い。警備や指示出しで色々忙しくなるだろう。あまり俺を困らせてくれるなよ、ウィンス」

 ジークフリートはウィンスの鬣を優しく撫でる。ウィンスは主の言葉を理解すると、元気良く嘶いて返事をした。

(……もしかして私、ジークには見えてない?…ジークは白い甲冑だし、ウィンスは白いペガサスになってる。これってまさか、魔族になる前、人間の時のジークなんじゃ。だとしたら、ここは過去…?)

 ウィンスとジークフリートを見守るように横に立っていると、ふいにウィンスと目が合った。

『今から空を飛んで移動しちゃうから、先にボクの背に乗って。ジークには君が見えていない。このままじゃ置いて行っちゃうから』

 置いて行かれると聞き、私は慌ててウィンスの背にしがみ付く。いつもは上からジークフリートが引っ張り上げてくれるのだが、今回ばかりは自力で這い上がるしかない。鞍の突起に手と足をかけ、私はやっとの思いでウィンスに跨る。

「さぁウィンス、王様と姫様がお待ちだ。そろそろ行くぞ」

 私が跨り終わってすぐ、ジークフリートはウィンスに飛び乗りそのまま空へと走らせた。間一髪のタイミングだった。危うく見知らぬ地で置いてけぼりにされるところだ。



 私はジークフリートの座るスペースを確保するため、前のめりになってウィンスの首にしがみついて乗っていた。

 空から地上を見下ろすと、先ほど見えた立派な城とそれに続く城下町が見えた。ここ一帯は緑に恵まれた土地のようで、城と城下町を囲うように木々が広がっている。木々を抜けるとその先は草原になっており、どこかの街に続く街道が二つ伸びていた。近くには小高い丘もあり、そこにも木々が溢れていた。

(なんかこの景色、どっかで見たことあるような…。どこでだっけかなぁ)

 私が唸って記憶を掘り返していると、ウィンスの声が耳に届いた。ウィンスの声は私にしか聞こえないようで、テレパシーのようなもので喋っているらしかった。今も実際のウィンスは嘶いたりせず無言で空を飛んでいる。

『薄々感づいているかもしれないけど、今君はボクたちの過去を見ている。ボクの記憶を通してね』

『記憶を通して?』

『そう。現実のボクと君の魂を繋いで、一時的に君をボクの記憶の中に招待しているんだ』

『……ということは、私はウィンスが経験したことを傍で今追体験している。そういうことだね』

 話の理解が早くて助かるよ、とウィンスは嬉しそうな声を出した。伊達に今まで色々な漫画やゲームを読んでクリアしてきたわけじゃない。そんなシチュエーションは二次元では度々起こり得ることだった。

 私はすんなり納得したところで、先ほど聞きかけた本題を促した。

『それで、私に助けてほしいって話だったけど、何をどう助ければいいの?ここは過去だけど、ウィンスの記憶の中の世界なんでしょ。過去を変えるとかそういうことはできないよね』

『うん。ここはあくまでボクの記憶の中の世界。過去を変えることはできないし、君も記憶に干渉することはできない』

『やっぱり。…ということは、ジークにも触れないってこと?』

 私は手綱を握るジークフリートに左手を伸ばす。案の定、私の透けている手はするりと彼の腕を通り抜けた。

『君は意識だけここにいる。実体はないから触ることはできないよ。魂を繋いでいるボクにだけは今みたいに干渉できるけどね』

『…じゃあ、私は何をすれば?』

 わざわざ魂を繋いでまで記憶を見せてくれているようだが、いまいちウィンスの求めていることが分からない。

 私が?マークを浮かべていると、ウィンスが悲痛な声で訴えかけてきた。

『失われた命は戻らない。壊された故郷も元には戻らない。でも……、自ら手放した誇りは取り戻せるから。いつか、ジークが己と再び向き合う時、君の助けがきっと必要になる。そうなった時、この過去の記憶が君の力になるはず。だから一緒に見てほしい。ジークの抱える心の闇を』

『ジークの、心の闇…?』

 私はウィンスの言葉を繰り返すと、首だけを後ろに向けてジークフリートを見やる。いつものように兜を被っているため表情は窺い知れないが、不思議と纏う空気は自信に満ち溢れ、他者を包み込むような優しい空気が感じられる。

 私は以前凪の口から聞いた滅んだ王国と聖騎士の話を思い出す。

(あの時凪さんはずいぶん前に滅んだ王国に、神の加護を受けた聖騎士とペガサスがいるって言ってたっけ。………もしかして、ジークの抱える心の闇って)

 私は目的地と思われる城に近づくにつれ、胸の内に不安を広がらせていくのだった。




 ウィンスに乗ってお城の屋上に辿り着くと、そこには桃色のドレスに身を包んだ可愛らしい姫と見るからに穏やかそうな王が立っていた。

「良かったわ。無事にウィンスを見つけられたのね。やっぱり聖なる泉にいたの?」

 華奢な姫はペガサスから下りたジークフリートに近づくと、とても親し気に笑いかけた。

 姫はまだ少女で、年の頃は十七歳といったところか。薄くお化粧をしているが、すっぴんでも十分可愛いだろう。私の世界でアイドルと言われても普通に通用するレベルだ。

「はい。あの泉は神の力が宿ると伝わっています。神の使いと言われているペガサスにとって、もしかしたらあの泉は神と対話できる大事な場所なのかもしれません」

「なるほど。神と対話か。ジークフリートの考えも一理あるかもしれぬな。お前の傍にいない時はよくウィンスはあの泉にいるようだからな。何か神のお告げでも聞いているのかもしれん」

 王はジークフリートの言葉に同意した。王は体格の良いジークフリートと比べるとかなり身長さがある。見上げるように話す王に、すぐにジークフリートは兜を脱いでから片膝をついて対応する。

「王様。五日後の建国式典ですが、今回は各国からの要人を多く招きます。やはり警備を通常より多く配置したいのですが、よろしいでしょうか」

「我がセイントフィズ王国の騎士団長であるお前がそう言うのであれば、そうしたほうがよいのであろうな。お前に全て任せる。聖騎士ジークフリート」

「ハッ!では早速隊の再編成と配置換えを行います」

 ジークフリートは立ち上がって騎士の礼を行うと、すぐさま城内に向かって歩き出そうとする。

「待ってよジーク!今日は私の衣装合わせに付き合ってくれる約束でしょう。私との約束を破る気じゃないわよね」

「…モニア姫」

 ジークフリートは腕にしがみついてきた姫に困った顔を向ける。

(なんか、ずいぶんとジークに懐いてるなぁ。あのお姫様。………ジークのことが好きなのかな)

 十以上も年は離れているが、最近は年の差婚など珍しくもない。お姫様と騎士の恋などむしろ定番中の定番だろう。

 私はなんとなく心の中でもやもやしたものを感じながら、ジークフリートたちのやり取りを見守る。

「姫様、私は式典準備のため各部署に指示を出さなければなりません。当日万が一のことがあっては、各国の来賓客に示しがつきませんし、王様はもちろん姫様の御身が危ぶまれては困りますから。他人に任せるのではなく、自分の手できちんと備えたいのです。どうか、ご理解いただきたい」

「う~~。せっかく楽しみにしていたのに。そんな風に言われたらこれ以上無理強いできないじゃない。もういいわ。ジークのそういう仕事熱心なところも、私とても大好きだから」

 姫は薄桃色のロングヘアーを風に揺らしながら、ジークフリートを見上げてにっこり笑った。

 それを見てジークフリートは優しく微笑むと、まるで妹でも愛でるように姫の頭をそっと撫でた。

「お許しいただき感謝致します、姫様。…代わりと言ってはなんですが、副騎士団長のアレンを今日は共に付けますので、衣装合わせは彼に見てもらってください。私なんかよりよっぽどセンスがいいので、頼りになるはずですよ」

 頭を撫でられて顔を赤らめていた姫は、ジークフリートの言葉を聞く内にみるみる機嫌を悪くした。当の本人は姫の変化に全く気付いていない。

「も~う!ジークの馬鹿!いつもの事ながら全っ然分かってないんだから!バカバカ!」

「ひ、姫様!?急にどうなさったのです!?」

 姫は狼狽えているジークフリートに向かってポカポカと両拳をお見舞いする。

 私はウィンスに乗ったまま呆れた顔でかつてのジークフリートを見ていた。

『ジーク~。前々から少し天然要素が入ってるなぁとは思ってたけど、まさか鈍感要素も持ち合わせていたとは。どう考えてもお姫様はジークにお洒落した姿を見せたいんでしょうが。他の人に見てもらっても仕方ないんだっつーの』

 私は少女漫画的展開を見せられているようで、いつの間にか姫の応援ポジションに移動していた。私が一人で勝手に興奮していると、ウィンスが横から口を出してきた。

『確かにジークは昔から真面目で恋愛には鈍いところがあるけれど、副騎士団長を推すにはちゃんとした理由があるんだよ。…ほら、来たよ』

 ウィンスの声に導かれて城の中に繋がる扉を見ると、ちょうど一人の騎士が扉を開けてこちらにやって来た。

 年の頃は二十代前半に見え、責任感の強そうなキリッとした顔立ちをしている。短い赤髪をきちっと切り揃え、誰が見ても普通にイケメンに分類される騎士様だった。

 赤髪の騎士は王と姫に騎士の礼を行うと、改めてジークフリートに向き直った。

「団長!第一部隊から第三部隊、練兵及び定期巡回終了しました。第四部隊から第六部隊に続けて指示済みです。第七部隊から第九部隊は、予定通り警備及び雑務処理に当たっております」

「了解だ。アレン、お前は昨日話した通り、俺の代わりに姫様に付いてくれ。王様にお許しをいただけたから、俺は式典に向けて警備の強化を図る」

「は、はい!了解しました!姫様、団長に代わり、今日はこのアレンがお供します。どうぞ、何なりとお申し付けください」

 副騎士団長のアレンは恭しく姫に一礼する。彼が姫に向ける情熱的な眼差しを見て、私はすぐにピンときた。

『なるほど!あの副騎士団長は姫様が好きなんだね!はは~ん、そういうわけかぁ。ジークはあの子の恋を応援するために、自分の代わりに衣装合わせに付き合うよう指示したわけね。…ていうかコレ、三角関係じゃん!』

 私は少女漫画のお約束すぎる展開のようで思わず突っ込んでしまった。

 副騎士団長は姫が好きで、姫はジークフリートが好きだが、肝心のジークフリートは鈍感で何も気づいていないという。どこかで誰かが踏み込まない限り、この恋は決して進展しないだろう。

 私はこの先の展開が断然気になり始め、三人のやり取りに注目する。

「仕方ないわ。今回はアレンで我慢してあげる。…でも、この埋め合わせは必ずしてもらうわよジーク。私は本当はあなたに見てもらいたかったんだから。この借りは高くつくわよ」

 姫はウィンクをして悪戯っぽく笑う。その横顔を、アレンは複雑そうな表情で見つめる。

「さぁアレン!式典の衣装合わせに行くわよ!こうなったら当日、ジークが驚いちゃうくらいのドレスアップをしちゃうんだから!」

 姫は乙女の意地を見せるように意気込むと、アレンを置いて一足先に城内へと向かう。

「アレン。共にいる時間を増やせば、お前の魅力もきっと伝わる。めげずに喰らいついて行け。そこは強い敵と戦う時と同じだぞ」

 ジークフリートはアレンの肩をポンッと叩き、部下の恋を応援した。

「恋愛と戦いを同じに捉えるとは、団長らしいですね。それでは、私は姫様の共に付きます。失礼致します」

「うむ。モニアを頼むぞ、アレン」

 王の言葉にしっかり頷くと、副騎士団長は姫を追いかけてその場を後にした。

 その後、ジークフリートと王は式典の警備の打ち合わせをしながら屋上から歩き去って行った。

『う~ん。なかなか先の展開が気になるねぇ~。ジークが鈍感すぎるからお姫様の恋も応援したくなるけど、あのイケメン騎士のアレンも応援したい!全然眼中にされてないからこそ、その恋を実らせてほしい!』

 私は誰もいなくなった屋上で三角関係の恋で盛り上がる。

 私を乗せたウィンスは翼を羽ばたかせると、ゆっくり空へと飛び立った。

『ジークは去年副騎士団長のアレンから相談を受けた時に、彼が姫に恋心を抱いていることを知ったんだ。それからずっとアレンの恋を応援している。……元々姫君は幼い頃から気にかけてくれていたジークを慕っていたけれど、年頃になってからはそれが恋心へと変化した。もちろん、当のジークはそんな変化には一切気づいていないけれど』

『鈍いもんねー。さっきのやり取りだけで十分わかるよ。全然乙女心がわかってない!』

 ウィンスは上空を旋回すると、お城の中庭にある噴水広場に向かって飛行した。

『……このセイントフィズ王国は、あと四日で滅ぶ。ジークと姫君、副騎士団長を中心としてね』

『…え?どういうこと!?』

 ウィンスは中庭に降り立つと、翼をたたんで木陰へと移動する。その場所からは、城内を行き交う騎士やメイドがよく見える。中庭にある噴水のベンチには貴族の子供たちが腰掛け、仲良く談笑していた。

 こんな平和な時間が流れる国が、あと四日で滅亡する。それも、ジークフリートたちを中心に。

 私はその原因を探ろうと、ウィンスから飛び降りて城内へと駆けだそうとした。

『待って。ここはボクの記憶の世界。ボクが見た光景しか体験できない。たとえ城内に入っても誰にも会うことはできないよ』

 私は急ブレーキをかけると、とぼとぼとウィンスの元に引き返す。

『そ、そうだった。ここはあくまで記憶の中の世界だった。タイムスリップしてるわけじゃないんだよね。……じゃあ、ウィンスが過去に経験したことしか見れないから、結構情報が断片的になっちゃいそうだね。四六時中ジークと一緒だったわけじゃないでしょ』

『そうだね。ボクは基本的にこの庭園かさっきまでいた屋上、あと城の入り口近くにある厩、最初に出会った泉で過ごしていたから。ジークから呼び出しを受けない限りは自由に過ごしていたよ』

『ますます情報が限られるじゃん!う~~~。恋の行方も気になるけど、国が滅亡する原因も知りたい。それがきっと、いつか現実で助けになるんでしょ』

 私の問いかけに、ペガサスは大きく嘶いた。

 それから国が亡ぶまでの四日間。私はウィンスが見てきた過去の光景を一緒になぞった。




 その日の夜、厩にいたウィンスの下へジークフリートがやって来た。

 ウィンスから事前に聞いた話だと、毎日ジークフリートはその日にどんなことがあったかをウィンスに報告に来るのだと言う。

 魂を繋いでいる今は私もウィンスと会話ができているが、普通は人間とペガサスでは言葉は通じない。ジークフリートはスキンシップの意味もあるだろうが、自分の頭の中を整理するためにウィンスに話しかけているようだった。

「無事に隊の再編成も終わった。あとは警備箇所の再確認をして当日の配置を決めればいいだろう。明日は街の視察に行って、露店の出店確認と何か問題が起こっていないかチェックしなければな。お前も一緒に行くか?」

 ブラッシングをしてくれているジークフリートに、ウィンスは鳴いて了承の意思を伝える。

「そうか。そしたら明日の午後はここにいてくれ。迎えに来るから」

 言葉で会話はできなくとも、二人は十分心が通じ合っているようだった。ウィンスの鳴き声を聞くだけで彼にはその違いが分かるようだ。

 一通りのブラッシングを終えたところで、闇の向こうから一人の人影が走って来た。

「団長。やっぱりここにいたんですね」

「アレンか。どうかしたのか」

 ジークフリートはブラシを置くと、外していた兜をかぶり直す。

「あ、いえ…。別に急ぎの用とかではないのですが」

「……その顔は、姫様の件だな。まだ詳しい報告を聞いていなかったな。どうだったんだ、今日の衣装合わせは」

 ジークフリートが話を振ると、副騎士団長は昼間の光景を思い出したのか、わずかに頬を赤らめながら話し出した。

「どれもすごくお似合いでしたよ!まぁ、モニア姫は日を追うごとに可愛らしくなっていますから、どんなドレスやアクセサリーをつけても霞んでしまうのですが」

「ハハッ。大絶賛だな。その褒め言葉、姫様にも直接お伝えしたのか」

「……さすがに直接は。お似合いだとは言いましたけど、オレは団長みたいにさらっとそんな恥ずかしい台詞は言えませんから」

「恥ずかしい台詞?どこが恥ずかしいんだ。自分の気持ちを正直に伝えることは恥ずかしいことでも何でもないぞ」

 天然属性のジークフリートに、アレンだけでなく私も同時にため息をついた。

(ジークの感覚で言えば至極正論だけど、みんながみんなジークみたいに愛の言葉は囁けないよ)

 私は同情するようにアレンを見つめた。

「とにかく色々とオレなりにアドバイスをして、最後には姫様に感謝していただけましたが……」

「どうした」

「姫様はやっぱり、団長が一番みたいなので…」

 落胆した表情を見せるアレンに、ジークフリートは回り込んでバシッとその背中を叩く。

「お前はまたそれで落ち込んでいるのか。いつも言っているように、俺は姫様のことを妹のように大事に思ってお守りしているだけだ。恋愛感情はない。年も離れているし、お前の方がよっぽど姫様にお似合いだろう。お前はその若さで俺の次に剣の腕が立つし、責任感もあって実践においての決断力もある。俺がいずれ引退した後は、間違いなくお前が次の騎士団長だ。姫様とも十分釣り合うだろう」

 ジークフリートはそう言ってアレンを鼓舞した。まるでその様は上司と部下というより、兄と弟のように見えた。

「団長にそうやって励まされる度に今度こそ姫様に良いところを見せてやろうって思うんですけど、姫様ってば全然オレのことなんか眼中にないみたいで。毎回撃沈するんですよね」

「練兵や仕事に向き合っている時のお前は頼り甲斐があるんだが、こと恋愛になると一気に弱くなるな。決断力も鈍るし。そういうところが姫様に見抜かれているんじゃないか」

「そりゃあ比べられる相手が団長だから弱気にもなりますよ。団長はこの国の象徴、神に選ばれし聖騎士様ですから」

 アレンはまた大きなため息をつく。いくら将来が有望な若手でも、恋敵が聖騎士相手となるとお手上げのようだ。

 私は思い悩むアレンに声が届かないのは知っているが、励ましの言葉を横でかけ続けた。

「聖騎士に選ばれる条件は未だ解明されていない。お前も突然聖騎士として目覚めるかもしれないぞ。…ほら、そう腐るな。屯所で一杯くらいなら付き合ってやる」

 ジークフリートはアレンの背中を押すと、そのまま夜の闇に消えていった。




 次の日の午後。約束通り厩の前でウィンスに乗って待っていると、ジークフリートが何人かの騎士を連れてやって来た。

 ジークフリートはウィンスに跨り、他の騎士たちも厩から馬を連れて来て跨った。そして予定通り城下町の露店チェックへと繰り出す。

 城から続く広い石畳を進んで行くと、すぐにそこは城下町だった。お城に続くメインストリートはお店が立ち並んでおり、メイン通りから離れた区画が基本的に居住地区のようだ。城に近いほど裕福な貴族や商人が住んでいるようだが、見たところそこまで貧富の差は激しくない。国を治めるあの穏やかな王がよほど優れた人物なのだろう。

 ジークフリートを先頭に城下町を進んでいると、街の人々みんなが聖騎士であるジークフリートに目を奪われていた。子供は憧れの眼差しで、女性はお近づきになりたい眼差しで、男性は尊敬の、お年寄りは神や仏でも見ているようだった。中には手を合わせている老人もいる。

 私はその異様な光景に驚きつつも、ペガサスに乗って堂々としているジークフリートを見て納得してしまった。

 魔族になってしまった彼からは感じられない圧倒的なオーラが、今の彼からは感じられた。周りを優しく包み込む空気。傍にいるだけで安心感に包まれ暖かいと錯覚してしまうほどの雰囲気。どんな邪悪なモノも、その空間に入ればたちまち浄化されてしまうだろう聖気。

(これが、聖騎士の持つオーラ……。人間だった、本来のジークが持っていたもの)

 私は複雑な気持ちで聖騎士である彼の仕事ぶりを見守った。

 ジークフリートは気さくに国民の声に答えながら、露店の出店確認や式典当日の街の警備の問題確認を行う。王や姫よりも人気があるのではと思うくらいジークフリートはしょっちゅう国民に囲まれ、予定より大幅に遅れて帰路に着くのだった。




 セイントフィズ王国滅亡の二日前。この日、三角関係の恋が大きく動いた。モニア姫がついに、ジークフリートとの婚約を表明したのである。

「お、お待ちください姫!私と婚約するなど、何を考えて」

「今度と言う今度は本気よジーク!いつも私の想いをはぐらかしてきたけれど、今日こそは真剣に受け入れてもらうわ!」

 先ほどまで玉座の間で朝の定例会をしていた人々が続々と中庭の前の廊下を通り過ぎる。みんなが口々に喜びや祝いの言葉を口にしていた。

 そんな中、ジークフリートと姫だけが大声で言い合いをしている。周りの連中は痴話喧嘩としか思っていないようだ。

「……モニア姫。正直に申し上げます。私は今までも、そしてこれからも、姫様のことを異性の対象として見ることはありません。私にとって姫様は、命を懸けて守らなければならない我がセイントフィズ王国の姫です。それ以上でも、それ以下でもありません。姫様のそのお気持ちは嬉しいですが、私はその気持ちに答えることはできません」

「~~~~っ。わかっています!ジークの心が私にないことくらい!それでも、私はジークが好きなんです!幼い頃からずっと!私のことを妹のようにしか思っていないとしても、私はジークが好きなの!」

 ポロポロと涙を流して悲痛な声を上げる姫。

 中庭にいた人々や通りがかった騎士たちは空気を読んでその場から急ぎ離れていった。中庭にはジークフリートと姫、私たちしかいない。

「ジークが自分の代わりに私とアレンをくっつけさせようとしているのは気づいてますわ。この間の衣装合わせも、せっかく約束したのに土壇場でアレンを押し付けてきて。私がどれほど傷ついたかわかります?ジーク!…それでもあなたを困らせて嫌われたら嫌だから、あの時は大人しく従いました。……でも、もう限界です!そうやってずっと避けられて、逃げられて、私はもうあなたが思っているほど子供じゃない!今回は絶対に逃がさないから!」

 涙ながらに語る姫に、さすがのジークフリートも言葉を失っていた。

 部下の恋を応援していたつもりが、結果的に姫をいつも傷つける結果になっていたと、本人に言われて初めて気づいたようだった。

 姫の切ない心の叫びを聞き、私もジークフリート同様言葉もなく立ち尽くしていた。

「今度の式典で私たちの婚約発表をしてもらうようすでにお父様には頼んであります。ジークが結婚相手ならお父様が反対する理由はありませんから。……婚約中に、絶対に私に振り向かせてみせます。そして堂々と、あなたのお嫁さんになりたい。私はただ守られる姫じゃなくて、あなたの一番になりたいんです」

 最後は決意に満ちた表情で泣き笑うと、姫は自室に向かって走り出した。

「ひ、姫様!お待ちください!式典で発表とは、本気ですか!?」

 焦って呼び止めるジークフリートを振り返ると、姫は意地悪な笑みでこう答えた。

「この間言ったでしょう。衣装合わせの埋め合わせは必ずしてもらうって。借りは高くつくとも言ったわよ」

 言葉を失うジークフリートを残し、姫は自室へと帰って行った。

 ジークフリートはあまりに予想外の展開に、廊下の中央で固まったまま動かない。私は気の毒なような、勇気を振り絞って想いをぶつけた姫を称賛したいような、どっちの味方につけばいいか迷うところだった。

『この時ウィンスはどういう気持ちで見てたの。このやり取り』

『……平和な日常に闇が忍び寄って来たと。よく見ていて。ここからだんだん闇に呑まれていく』

 ウィンスの視線を追うと、廊下の角で絶望の表情を浮かべたアレンが立っていた。ジークフリートと姫のやり取りを全部見ていたのか、背中を向けたままのジークフリートを睨むような目でじっと見ている。

『ちょ、ちょっと、あれヤバくない?メチャクチャ修羅場ですけど』

 我に返ったジークフリートも自分を貫く視線に気づいたのか、バッと後ろを振り返った。

「アレン!?……全部、聞いていたのか」

 アレンは何も答えず、目を逸らすと廊下の角を曲がって走り去っていった。

 ジークフリートは深いため息をついてまたしばらく立ち尽くしていたが、騎士団長としての職務にあたるため、気持ちを切り替えて中庭を後にして行った。




 セイントフィズ王国滅亡一日前。城の裏手にある神の泉を訪れていたウィンスは、城に向かう帰り道で思い詰めた顔のアレンを見つける。アレンは一人になりたかったのか、神の泉に繋がる林道で木にもたれかかっていた。

『あぁ~。切ないなぁ~。アレンも好青年なのに。報われてほしいな~』

 上空からアレンを見下ろしていた私は、木々の隙間から黒いローブに身を包んだ怪しい人影を見つけた。黒いローブの人物はアレンに近づくと、何ごとか話しかけているようだった。

 私が直感的に嫌なものを感じ取ったのと、過去のウィンスが急降下したのは同じタイミングだった。

 ウィンスがアレンの目の前に降り立つ寸前、黒いローブの人物は霧のようにその姿をかき消してしまった。私はウィンスから飛び降り注意深く辺りを観察するが、黒いローブの人物は見当たらない。

『魔法で姿を消した…?だとしたら、今の相手は魔族』

 ジークフリートが人間だった頃が現実から何年前なのかは知らないが、人間と魔族が戦争をする前なのは確かだ。理由もなく魔族が人間界をうろつくはずはないのだが、何かが怪しい。

「びっくりしたぁ。突然どうしたんだウィンス。…団長に、何かあったのか」

 アレンは自分の中にある辛い心を押し隠し、上司を心配してウィンスの鬣を撫でた。

 ウィンスはアレンの体に異変がないことを確かめるために体全体を見回すと、最後に気遣うように頭を彼の胸の辺りに擦り付けた。

「……オレを、慰めてくれているのかい。優しいなぁ、ウィンスは。まるで団長みたいだ。神の使いも、飼い主に似るのかな」

 アレンは辛さを堪えるようにウィンスを一度ぎゅっと抱きしめると、次の瞬間にはもう切り替えて騎士の顔に戻っていた。

「もう式典は明後日だ。忙しいから凹むのは式典の後にしないとな。じゃあな、ウィンス。励ましてくれてありがとな」

 アレンはウィンスの頭を一撫ですると、城に向かって走って行った。

『彼はジークの言う通りとても優れた人物だよ。剣の腕はもちろんのこと、責任感が強く良き人格者でもある。姫君に想いを寄せているけれど、恋敵であるジークのこともとても尊敬している。ずっとジークのことを目標にしてきたから。憧れであり、敬愛しているんだよ。だからさっきも素直にジークの身を心配できた』

『確かに。ちゃんと心配そうな顔してたね。……若干哀愁漂ってたけども。て、それより!さっきの黒ローブは!?絶対魔族でしょう!さてはアイツが国を滅ぼす原因だな!』

『……明日で平和が終わる。あともう少しだけ、ボクに付き合って』

 私は最後まで見届けるため、再びウィンスに飛び乗った。




 その日の夜。城の屋上で街全体を見下ろしていると、ウィンスの下にジークフリートが現れた。彼はウィンスの前まで来ると、兜を脱いで疲れた表情をさらした。

「はぁ~~。ウィンス、俺は一体どうしたらいい。王様にもご相談したが、良い返事をもらえなかった。年は離れているが、おそらく俺が聖騎士という理由で反対する理由がないのだろう。…もっと、何か的確に断る理由がなければ。俺が姫様の結婚相手に相応しくない理由……」

 ジークフリートはウィンスを撫でながら、真剣な顔つきで思い悩んでいた。彼の瞳に映ることがない私は、ウィンスの背の上からじっとその様を見ていた。

『なんかもう見てるだけで切なさで胸がいっぱいになるね。三人ともそれぞれの想いがあって…。漫画でも三角関係の恋は見たことあるけど、ホント辛くて切ないわぁ。女性視点で見ると、ついに関係を縮めようと思い切ったお姫様を応援したくもなるけど、でもそれだと片想いのアレンが報われなさすぎだし。あぁ~~。何か良い解決策は…』

 ジークフリートと一緒になって頭を悩ませていると、過去のウィンスは喉の奥で低い唸り声を上げ始めた。

 ウィンスを撫でていたジークフリートは、その手を止めて愛馬の瞳を覗き込む。

「……警戒しろ?何を感じ取ったんだ、ウィンス」

 言葉を交わさずともウィンスの意図を理解したジークフリートは、困惑した声を漏らす。

 するとちょうどそこに、覚束ない足取りでアレンが屋上にやって来た。扉が開く音を聞いてジークフリートもすぐに気が付いたが、アレンの虚ろな瞳を見て驚きに目を見開く。

「アレン!?おい、一体どうしたんだ!」

「…………」

 ジークフリートはアレンに駆け寄ると、彼の肩を両手で揺さぶる。それでもアレンの反応は鈍く、目の焦点も定まっていない。

 私とウィンスもアレンに近づき彼の様子を観察した。よく見てみると、彼の周りには何か薄っすら黒い靄のようなものが見える。

 ジークフリートもその靄が原因だと感じたのか、アレンの頭に手を置くと精神を集中し始める。

『ねぇウィンス。アレンに纏わりつくあの黒い靄は何?あれのせいでアレンはおかしくなっちゃってるの?』

『君にもやっぱり見えるんだね。アレはおそらく神の加護を受けた者か、君のように星の加護を受けた者にしか見えない。…アレは呪いだよ。魔族がかけた呪い』

 魔族がかけた呪いと聞き、私はすぐに昼間の黒いローブの人物を頭に浮かべた。呪いをかけたとしたらあの人物しかいない。

 私たちが話している間に、ジークフリートの周りには清らかな空気が流れ集まり始めている。アレンの頭の上に置いている彼の右手は、今や金色の光を放っていた。

『アレは……』

『アレは聖騎士が神様より授けられし浄化の光。悪しきものを払う力』

 ジークフリートは手の平から金色の光の帯を幾つも出すと、アレンの体をその帯で包み込んだ。途端にアレンの体に纏わり付いていた黒い靄は浄化され、次第に彼の虚ろな瞳に光が宿っていく。

 ジークフリートは安堵の息を吐くと、改めてアレンに呼びかけた。

「大丈夫かアレン。俺のことがわかるか」

「…ジークフリート、団長……。あれ、オレ、どうして屋上に…。さっきまで外壁周りの巡回をしていたはずなのに…」

 アレンは頭を押さえると、必死に記憶を遡ろうとする。

「さっきまでお前の体には悪しき力が纏わり付いていた。俺の聖騎士の力でもう浄化したが、かなり危険な状態だったぞ。いくら呼びかけても反応がなく、その悪しき力に心を支配されているようだった」

「悪しき、力……?なんで、オレに一体何が…」

 アレンはかなり動揺しているようで、頭を押さえていない左手を見つめ震えている。

 ジークフリートはアレンの両肩を掴んで自分に向き合わせると、彼の心が少しでも落ち着くようにと優しく語りかけた。

「アレン。まずゆっくり深呼吸をして心を落ち着かせろ。大丈夫、ここには俺もウィンスもいる。神の加護を受けた俺たちの傍にいるから安全だ。訓練の時の精神統一のように、目を閉じて心を静めるんだ」

 アレンはジークフリートに促され、深く息を吸い、ゆっくり吐き出す。目を閉じながらそれを何度か繰り返すと、ようやくアレンはいつもの調子を取り戻した。

 ジークフリートは掴んでいた両手を離すと、焦らせないよう配慮しながらアレンに再度事情を訊く。

「外壁周りを巡回していたと言ったな。そこで記憶が途切れているのか」

「……第二隊と第五隊の各隊長に指示を出した後、外壁周りの巡回に向かったんです。そこで…、誰かと話した気がします。ですが、霧がかかったように思い出せない。………すみません」

 アレンは懸命に思い出そうとしたが、結局成果は得られず肩を落として謝罪した。

「いや。お前が謝ることではない。とにかくお前の身が無事で良かった」

「団長……」

 アレンはジークフリートの優しく微笑む姿を見て、心を大きく揺さぶられた様子だった。一度足元に視線を落とし、心の中の整理をつけると、笑顔を作って顔を上げた。

「団長。姫様とのご婚約、おめでとうございます。やっぱり、姫様に相応しいのは聖騎士である団長ですね」

「な…!?何を言ってるんだアレン!」

 まさかアレンの口から祝福の言葉が出てくると思っていなかったジークフリートは、信じられない目で彼を見返す。ずっと相談に乗ってきたジークフリートは、彼がどれだけモニア姫を想い、愛しているのかを知っている。責められこそすれ、祝福されるとは夢にも思っていなかった。

 アレンの笑顔を見ながら、私も今どれだけ彼が辛い気持ちを抱えながらジークフリートに祝いの言葉をかけたのだろうと胸が苦しくなった。

「まだ姫様の想いを諦めるなアレン!俺はまだ姫様との婚約を了承したつもりはない。式典までまだ時間も残っている。俺はもう一度明日王様に掛け合ってみるつもりだ。だからお前も」

「いいんです!……もう、無理ですよ。姫様が愛しているのは団長なんですから。聖騎士である団長と結ばれれば、この国の将来も安泰ですしね。オレ…、ジークフリート団長なら、姫様を取られても納得できるし。………姫様を、幸せにしてあげてください」

「アレン!!」

 アレンは自分自身も納得させるように告げると、背中を向けて屋上から走り去って行った。

 月明かりが差し込む屋上に残されたジークフリートは、今までの人生で最大の試練を迎えていると思った。次々と周りを壁で囲まれ、身動きが取れなくなっていくようだ。

「姫様との婚約も大きな問題だが、先ほどのアレンに悪しき力をかけた者も気になるな。式典はもう明後日。悪しき者がこの国に潜んでいるのなら、早急に対処しなければ」

 聖騎士として、あとジークフリートに残されている時間は僅かだった。




 セイントフィズ王国滅亡当日。建国式典前日ということもあり、朝から騎士やメイド、式典関係者が大忙しだった。各所の最終チェックに追われ、みんな目の回るような忙しさだ。

 私とウィンスは中庭で右へ左へ行き交う人々を観察していたが、すでに朝から気になる話をジークフリートから聞かされていた。


『すまないウィンス。アレンを見かけていないか。……そうか、見てないか。さっきからずっと探しているんだが、朝から誰も姿を見ていないんだ。昨日の黒い靄の件もあるから、すぐにでも見つけ出したいんだが…。ウィンス、お前も探すのを手伝ってくれ。すごく、胸騒ぎがするんだ。嫌な、取り返しのつかない何かが動き出しているような……』


 ジークフリートの言葉を思い出し、私は必死に首を動かして探し人の影を探す。

『う~ん。アレン全然いないよぉ。一体どこに行っちゃったんだろう。やっぱりこの間の黒いローブの奴に連れ去られちゃったのかな。それとも昨夜お姫様を諦めたことで心が耐え切れず、一人寂しくどこかで泣いてるとか』

『もう悲劇は始まってる。そしてこれは、誰にも止められない』

『ウィンス…?』

 私がウィンスに疑問を投げかけたその時、城の入り口に面する廊下から一人の騎士が焦った様子で駆け出してきた。

「た、大変だ!街で魔族が暴れている!」

「魔族だって!?街への侵入を許したのか!」

「侵入されたんじゃない!突然街中に現れたんだ!誰かすぐに団長に知らせてくれ!俺は王様にお伝えしてくる!」

 魔族と聞き、一気に城内は混乱し始める。

 ウィンスの話によると、この時代は野良魔族が街の外に時折出没する程度で、人を襲う魔族など滅多にいないらしい。元々魔界の戦争に嫌気がさして、ホールスポットからたまたま人間界にやって来た下位魔族ばかりのため、わざわざ人間と揉め事を起こそうと考える者はいない。

 それでも人間にとっては、自分たちと姿形の違う魔族は恐れの対象であった。

『突然街中に現れたってことは、野良魔族じゃないよね。空間転移とか魔法陣を使って、明確な目的を持って街に侵入したんだ』

『その通り。これからボクたちはジークより一足先に街へと向かうよ』

 過去のウィンスはただならぬ事態を察し、アレン捜索を中断して城下町へと飛び立った。



 空から城下町を見下ろすと、一目で異常事態が発生していることが分かった。いつの間にか街の数か所に黒い魔法陣が形成され、そこから次々と魔族が召喚されている。

 街の巡回に当たっていた騎士団の二隊が魔族掃討に動いているが、元々魔族との戦闘自体あまりないこの時代では、一体倒すのにも時間がかかる。

 また、魔法を見るのも初めてな者が多く、騎士や一般の人にも被害はどんどん広がっていた。

 魔法で街は派手に壊され、倒壊や火事などの二次被害であちこちで助けを求める叫び声が聞こえる。

『ひどい……。何で急にこんなことに……』

『ボクもこの時は敵の目的が分からなかった。だから、目の前の命を助けることで精一杯だったんだ』

 ウィンスは街に急降下しながら頭に聖なる角を発現させると、そこから金色の光を発した。浄化の光が魔族を貫き、周辺一帯の魔族がダメージを負って苦しみだした。その隙をついて、押されていた騎士たちが魔族にトドメを刺していった。

「た、助かった…。神の使いが来てくれなかったら危ないところだった…」

「ペガサス様、ありがとう!」

 騎士や街の人たちはウィンスを囲んで礼を言った。その声にウィンスも嘶いて答える。

 生存者はまだ多くいるが、それでも辺り一帯はもう血の海だった。騎士たちは隊長の指示に従い、生存者の避難誘導組と魔族掃討組に分かれる。

 倒しても倒しても魔族は魔法陣から召喚されているようで、一向に減る気配がない。魔法陣を生み出した根源を絶たない限り、この事態は好転しないだろう。

「おい見ろ!あっちの光!きっと団長が聖剣を振るった光だ!」

 騎士が指し示した方向には、一筋の金色の光が立ち上っていた。時間と共にその光は薄れ掻き消えていく。

 過去のウィンスは翼を羽ばたかせて空に浮かぶと、ジークフリートと合流するため空を駆けた。



 街の北側に行くと、ちょうどジークフリートが黒い光を放つ魔法陣を浄化したところだった。どうやら術者を倒さなくとも、聖騎士の浄化の力があれば魔法陣は消せるようだ。

「ウィンス!やっぱり街の方に来ていたか。……お前も戦ってくれていたようだな。ありがとう」

 ジークフリートは降り立った愛馬を撫でる。その表情にはいつもの優しい笑顔はなく、珍しく焦りが窺えた。

「団長!兵にもかなりの被害が出ております!城へと避難誘導を進めておりますが、いずれ城にも魔族の手が届きます!いかが致しますか!」

 隊の隊長と思われる男がジークフリートに問いただす。

「街の外へと通じる道は魔族に塞がれているんだったな…。いずれにしても、残りの魔法陣を浄化しない限り敵の数は増え続ける一方だ。ウィンス!お前は魔法陣を生み出した元凶を空から探しつつ、避難する人々を手助けしてやってくれ。元凶を見つけたらすぐに俺に知らせるんだ。それと、………アレンも見つけたら教えてくれ。場合によっては、お前の力ですぐに浄化して助けてやってほしい」

 最後の方は他の騎士たちに聞こえないよう、ウィンスの耳元で伝えた。ウィンスは了承の一鳴きをすると、早速飛び立ち行動へと移った。



 火の手の上がる城下町を隅々まで見回し、魔族に襲われている人々を助けながら元凶である魔族を探す。

 街を襲う魔族は様々な種族がいるが、それでも一番機械魔族と三つの目を持つ魔族が多かった。私はいずれこの情報が役に立つかもしれないと、しっかり頭に記憶する。

 城下町を通り過ぎたところで、今度は城の裏手から人々の悲鳴が聞こえて来た。ウィンスはすぐさま現場に急行する。

「クソッ!この先に行ければ神の泉があるのに!まさか先回りされているとは!」

 メイドや街の人々を背に、騎士たちは悔しそうに魔族を睨みつけていた。

「馬鹿め!お前たちが聖域に逃げ込むことなど最初からお見通しだ!神の聖域に逃げ込まれては魔族である我々は手出しができないが、その入り口を封鎖してしまえばそもそも逃げ込めまい」

「そこまで読まれていたとは…。貴様ら一体何が目的だ!」

 騎士が敵の注意を引いている間に、空からウィンスは浄化の光をお見舞いした。魔族たちは不意打ちを喰らい、その場にくずおれる。

「おぉ!神の使いだ!」

「助かった!これでこの先に避難させられる」

 ペガサスの姿を見て、今まで恐怖と不安に支配されていた人々の顔に光が宿る。

 ウィンスが地面に降り立つと、先頭にいた三つ目の男が不敵に笑い出した。

「クハハハハ。まさか標的の一方が自ら舞い込んでくるとは。…神の使いよ。いずれ魔族の障害でなるであろう貴様はここで消えてもらう」

 聖なる光で傷ついた体を引きずり、三つ目の魔族は両手を前に突き出し魔力を開放した。

『どういうこと!?魔族の標的はウィンスってこと!?』

 私が混乱していると、乗っていたウィンスが突如けたたましく鳴きだした。何事かと周りを見回すと、ウィンスの背中後方に剣が突き立てられていた。剣を突き立てる騎士の目は闇に染まっており、どう見ても正気じゃない。

 周りにいた人々は騎士のあまりの所業にパニック状態に陥る。

「神の使いであるペガサス様になんてことを!」

「おいお前!何をしてるんだ!早くその剣を放せ!」

 別の騎士がウィンスを助けようとするが、またそれを別の騎士が阻む。ためらうことなく剣を振りぬくと、助けようとしていた騎士は斬られてそのまま倒れた。

「キャアァァァーーーーー!!!」

「い、一体何がどうなっているんだ!?おい!味方に剣を向けるなんて…、グァッ!?」

「い、いや!こっちに来ないで!」

 正気を失う騎士が続出し、あっという間にその場は人間同士の戦場になった。ウィンスは浄化の光で魔族に操られている人間を治そうと試みたが、今度は魔族たちから攻撃魔法で狙われそれどころではなくなった。

『だ、大丈夫ウィンス!?もうあちこち傷だらけだよ!』

『……この時は本当に危なかった。魔族から魔法で集中砲火。人間からも剣で斬りかかられて。本当に、どうすることもできなかった』

 過去を思い出し哀しみに嘆くウィンス。

 目の前で魔法に貫かれる人、騎士の凶刃に倒れる人、我先にと城に引き返し逃げる人、逃げた先で先回りされた魔族に燃やされる人。まさに地獄絵図だった。

「白馬がすっかり血まみれだな。このまま大人しく逝くがいい。お前の主もすぐに『あの方』があの世に送ってくれるさ」

 三つ目の魔族がウィンスに強力な魔法を放とうとした直後、背後にある城の上階の方で、聞いたことのある声の悲鳴が聞こえてきた。

『今の声って、お姫様!?』

 過去のウィンスもそのことに気がついたのか、傷ついた体をおしてなんとか空へと飛び立った。魔族が地上から魔法で追撃してくるが、操られていない騎士が魔族に斬りかかってそれを食い止めてくれた。

『ボクを守るために、彼らは命を懸けてくれた。神の使いといっても、ボクにできることは限られている。ボクの力じゃ、全ての人を救うことはできない』

『ウィンス…』

 魔族に命を奪われる人々を残し、私たちは姫の行方を捜しに城へと向かった。たくさんの人の死を目の当たりにし、私の目にはもう涙が溢れ出していた。




 先ほどの声を頼りに外側から城の四階部分を飛んでいると、窓の向こうに逃げ惑う騎士と王族の姿が見えた。騎士たちは王と姫を背に必死の抵抗を見せている。

 私はてっきり城の内部に侵入した魔族から逃げているのかと思ったが、対峙している人物を見て言葉を失くした。

『どうして……。アレン……』

 そこには昨夜の黒い靄なんて生易しいものではない、黒いオーラに体全身が包まれた副騎士団長のアレンが立っていた。双剣使いらしく、両手には黒いオーラを纏った剣を握っている。先ほど三つ目の魔族に操られていた騎士同様、瞳は闇に染まっているが、どうやら言葉は理解できるようだった。

「もうやめるのだアレン!一体どうしてしまったのだ!何故こんなことをする!?街や城を襲う魔族を手引きしたのも全てお前の仕業なのか!?」

「……違う。オレのせいじゃ……。これは全て、あなたのせいだ…」

 アレンは一歩一歩、王と姫に近づいていく。

 普通の人間である王たちにはアレンを包む黒いオーラは見えていない。正気を失った彼が乱心しているとしか思っていないのだろう。

 護衛騎士たちはアレンの凶行を止めようと向かって行くが、ジークフリートの次に剣技に優れている副騎士団長の前では敵う者はいなかった。次々に斬り伏せられ廊下が血で埋め尽くされていく。

 窓の外でずっと力を溜めていたウィンスは、角から凝縮された浄化の光を放つと窓を突き破ってアレンに見事命中させた。

『やった!アレンに浄化の光が当たった!これで昨日みたいに浄化されるんだよね?』

 私は喜びの声を上げるが、その声にウィンスは何も答えなかった。不思議に思い浄化の光を受けたアレンに目を受けると、そこには先ほどと変わらない黒いオーラに包まれた彼がいた。

『どういうこと?悪しき力を払う力があるんじゃ…』

 アレンはウィンスに殺意を向けると、黒い剣圧を連続でこちらに向けて振ってきた。ウィンスは飛びながらそれを上手く躱していく。

「お、お父様…!ウィンスが時間を稼いでくれている間に、ひとまず屋上まで逃げましょう!きっともうすぐ街まで出て行ったジークが戻ってくるはずです!」

「あぁ、そうだな!ジークフリートさえ来てくれれば、きっと……ッヌゥ!?」

「逃が、さない……」

 アレンに背中を見せて走り出した王と姫だったが、すぐにアレンの攻撃に捕まった。アレンは右手で窓の外にいるウィンスに攻撃しながら、左手の剣で王に剣圧を飛ばしたのだ。王は背中を深く斬られ、他の騎士たち同様血を流して廊下に倒れた。

「お父様ぁ~~~!!!あ、あぁ…。どうして、どうしてこんなひどいことを…。何故なのアレン!」

 号泣して王に縋り付く姫に、真顔でアレンは近づいていく。その間もウィンスへの攻撃の手は緩めない。廊下の窓ガラスが凄まじい音を立てて割れていく。

「王様が止めてさえいれば…、誰も苦しまずにすんだのに…。尊敬する団長とも、元の関係でいられたのに…。あなたは優れた王だったが、娘に甘すぎた…。その結果が生んだ悲劇がこれだ……」

「な、何を言ってるの…?アレン、あなたまさか恋の嫉妬からこんな凶行を…!?く、狂ってる!よくも、よくもそんな理由でお父様を…!!キャアァ!!」

 涙を流しながら怒りの目を向けた姫だったが、アレンの一振りで右腕を負傷し一気に恐怖の感情に支配されてしまった。

 父親の遺体をその場に残し、彼女は足をもつれさせながら屋上へと逃げ惑った。

 ウィンスも諦めず外から浄化の光を放ちながら二人の後を追った。




 屋上へと姫が辿り着いたところで、ようやくウィンスは姫と合流した。敵から庇うように姫を大きな翼で隠す。

 少し遅れてアレンも扉を開けて屋上へとやって来た。

「邪魔をしないでくれないかウィンス…。オレは姫様と一緒に死んで星へと還るんだ…。そして今度こそ、姫様と一緒に結ばれる…。それが一番、最良の選択なんだ……」

 アレンは双剣を構えて一歩、また一歩とこちらに近づいて来る。

『もう完璧に呪われちゃってるよ。普段のアレンだったらここまで思い詰めないでしょ。ねぇ、どうして浄化の光が効かないの?』

『呪いが発動し、それも強力なものだから簡単には払えないんだ。しかも呪いをかけた張本人も近くにいるからね。呪いが強化されているんだ』

『呪いをかけた張本人?それって、例の黒いローブの奴!?』

 アレンがウィンスに襲い掛かってくるが、ウィンスは聖なる結界を作り出し必死に猛攻に耐える。姫はガタガタ震えながらウィンスの翼にしがみ付いていた。

「グフフフ。さすがは神の使い。この程度の魔の力にはビクともしませんか。それでは呪いの効力を上げ、もっと魔力を注ぎ込んであげましょう!」

 いつ何処から現れたのか、黒いローブで全身を隠した魔族が屋上の縁に立っていた。ローブの魔族がアレンに力を注ぎ込むと、アレンは先ほどまでとは比べものにならない威力の攻撃を繰り出してきた。維持していた結界は一撃で破られ、ウィンスは悪しき力をもろに喰らい倒れてしまう。

「『ウィンス!!』」

 私と姫は同時に叫び、ウィンスに縋り寄った。腹部を大きく斬り裂かれ、白い毛並みは真っ赤に濡れていた。

「グフフ。これで標的の一つは消えましたね。残る神の加護はあと一つ」

「……ひ、め……さま…」

 悪しき力が流れ込み過ぎていよいよ意識が蝕まれ始めたのか、アレンは言葉を発するのも難しいようだった。

 血塗れの剣を向けてくるアレンを見て、姫はウィンスの下を離れてアレンから距離を取ろうとする。そんな彼女の背を、アレンは闇に染まった瞳で見つめた。

『だ、ダメだよアレン!お姫様はあなたの好きな』

 次の瞬間、ズブッと肉が食い込む鈍い音がし、私の目の前でアレンは愛する人を手にかけた。



 未だかつてないほどの胸騒ぎを覚え、心臓が破けるくらい全力疾走をして駆け付けた屋上では、悪夢のような光景が待っていた。

 ジークフリートがあと三十秒でも早く屋上に駆け付けられていたら、この光景は防げたかもしれない。ジークフリートの目には、姫を刺し貫くアレンの姿が映っていた。

「姫、様……、ア、レン………」

 愛しいジークフリートの声が届いたのか、姫は最後の力を振り絞ってその名を口にする。

「……ジィ………ク……」

 剣を引き抜かれた姫は、血飛沫を上げながら地面に倒れた。桃色の髪は血で赤に染まり、顔は涙と血に濡れていた。

 目を疑うようなあまりの光景に、ジークフリートは入り口で立ち尽くしてしまった。

「残念でしたねぇ。もう少し早く来れば姫の命を救えたかもしれないのに」

 突如聞き慣れない声を耳にしたジークフリートは、声のした方向に目を向ける。そこには黒いローブで全身を包んだ魔族がいた。

「誰だお前は…。その身に纏う悪しき力…、そうか。お前がアレンを陥れた元凶だな!」

 ジークフリートは背に背負う大剣を引き抜くと、黒いローブの魔族に切っ先を向けた。

「おやおやいいんですか。ワタシの相手なんてしていて。一刻も早くその男をどうにかしないと、この国は滅んでしまいますよ」

「!?どういう意味だ!」

「その男には闇の魔力を宿す呪いだけでなく、あるとっておきの魔法をかけてありましてねぇ。その男の息の根を止めない限り、魔族召喚魔法陣が増え続けるという魔法を。ここに来るまでに黒い召喚魔法陣を浄化してきたようですが、その男を殺さない限り一定時間ごとに魔法陣は街の中に増え続けますよ」

「なんだって!?」

 ジークフリートは変わり果てたアレンに目を移して言葉を失くす。アレンはたくさんの返り血を浴び、目をギラつかせてもはや殺人鬼のようだった。

 両手の剣を自分自身に向けようとしているようだったが、自分に纏わり付く黒いオーラがそれを阻んでいた。

「愛する姫を殺して自分も心中するつもりだったようですが、そう簡単に殺しませんよ。あなたはもうワタシの手駒なのですから」

「よくも、よくも俺の大事な部下を闇に落としてくれたなぁ!!お前だけは、絶対に許さん!!」

「許してくれなくて結構ですよ。どうせあなたもここで終わりだ。その大事な部下とやらと仲良く死ぬがいい。三角関係の末路に相応しい最期だ」

 黒いローブの魔族は呪文を唱えると、空間転移魔法を使って消えてしまった。




 ジークフリートの実力ならば逃げられる前に一気に間合いを詰めて一太刀浴びせることも可能だったが、それでも先ほどの魔族からは得体の知れない力と余裕が感じられた。おそらく襲い掛かったとしても攻撃は防がれていただろう。

 ジークフリートは悔し気に奥歯を噛みしめると、低い唸り声を上げているアレンと向き合った。

「アレン……。俺はまだ、諦めないぞ。この聖剣エクスカリバーの力で、お前の中に宿る悪しき力を浄化してやる!そうすればきっと、正気を取り戻せる!魔法陣を生み出す魔法については助けた後に考えればいい。……お前をこの手で殺しはしない。姫様も王様もお守りできなかったんだ。せめてお前だけでも絶対に助けてやる!」

 ジークフリートは大剣を正面に構えると、全身から金色の光を迸らせる。神に与えられた浄化の力を全開放し、聖剣にその力を溜め込んでいく。

 その光景を地面に倒れたまま見ていたウィンスは、何かを伝えようと痛みを堪えながら懸命に鳴いた。

「ウィンス…!?何を、言っている…?」

 愛馬の叫びに気づいたジークフリートは、集中力を維持しながらその意図を汲み取ろうとする。

「無理…だと言ってるのか。アレンを救うことはできないと」

 その通りだとウィンスに一鳴きされ、ジークフリートの大剣を持つ手が震える。神の使いであるペガサスが言うのだから間違いないのだろう。それでもジークフリートは現実を受け入れられず、剣を構えたまま固まった。

『ジークフリートの聖騎士の力でも絶対浄化できないの!?悪しきものを払う力があるんでしょ』

『完成されてしまったあの呪いは無理なんだよ。アレンがあの呪いを完全に受け入れてしまったから。あの呪いには憎しみや嫉妬、怒り、哀しみ、様々な負の感情が宿ってる。おそらくさっきの魔族に唆されたんだ。姫への恋心を利用されてね。姫を殺す前だったら、まだなんとか浄化できたかもしれない。でも今は呪いと魂が結びついてしまった。もう、アレンは喰われてしまったんだよ。もはや浄化をすることはアレンの死を意味する』

『……アレン自体がもう、悪しきものになっちゃったってこと?』

『うん…。彼はもう、ほとんど魔族になりかけてる。今きちんと浄化すれば、ぎりぎり人間として死ぬことができるけど』

 私はアレンと対峙するジークフリートに視線を戻す。兜に隠れて見えないが、きっと苦悩に満ちた表情をしているはずだ。

「だ………ちょ…う………、こ、ろ………」

「…ッ!?」

 黒いオーラに蝕まれたアレンは、自分で命を絶つことすらできず、黒い瞳をジークフリートに向けて助けを求めた。自分を殺してほしいと。

 アレンを殺さなければ、どっちみち魔法陣が街で溢れかえり国が滅びゆく。ジークフリートは震える大剣を覚悟を持って握りしめると、浄化の光を飛ばすのではなく、刺し貫く構えに変えた。

『……ここから始まる。ボクらの長い、長い哀しみの闇が』

 どこで歯車が狂ってしまったのか、もう元に戻らない平和。今ここに、聖騎士の物語は終わりを告げた。



 ジークフリートがアレンを聖剣で刺し貫くと、アレンにかけられていた呪いは聖剣の力で瞬く間に浄化された。呪いと深く結び付いていたアレンは、浄化と共に体が粒子となって消えていく。

「くっ!アレン!」

「団長…。最後まで、すみません…」

「謝るのは俺の方だ!俺が昨日、あのあとずっとお前の傍にいてやれていれば!」

「……!?団長、気をつけて下さい…!せいけ」

 最後まで言葉にすることができず、アレンは体ごと消滅した。

 ジークフリートはアレンの忠告の意味について考えようとしたが、すぐにその必要はなくなった。手に持っていた聖剣エクスカリバーが、少し目を離していた隙に刀身が真っ黒になっていたのである。

「い、一体、何がどうなっているんだ……!?」

 ウィンスは慌てた様子で傷ついた体を起こすと、ジークフリートに向かって警告の嘶きを発した。

 直後、聖剣から大量の禍々しい魔力が放出される。どうやらアレンの身に溜め込まれていた魔力が、浄化をする際にそっくりそのまま聖剣に吸収されてしまったようだ。アレンが抱えていた負の感情を受けて禍々しいものへと変質した魔力は、黒い帯となって空へと舞い上がっていく。そして今度は重力に従って国全体へと降り注いだ。まるで黒い厄災の雨だった。

 ジークフリートは暴走する聖剣をどうにかしようと身の内から浄化の光を練り出すが、つい今しがたアレンを浄化するために大量の力を消費したためにもう力はそんなに残っていなかった。

「うぐぅ!…ウィンス!お前も力を貸してくれ!このままでは……ッ!?」

 屋上にも降り注いだ黒い雨からは、実体のない黒い靄の影が生まれた。それは目にするだけで不快感に襲われ、絶望や怒り、嫉妬、人間の醜い感情そのものが歩いているようだった。

 記憶の中の世界だというのに、私は気持ちが悪くなり吐き気を覚えるほどだった。

 ウィンスは聖剣の対処に追われているジークフリートが襲われないよう、怪我をした体に鞭打ち聖なる結界を張った。それでも力があまり残っていないのか、そこまで強力な結界ではなかった。

「すまないウィンス!お前の体ももう限界だというのに…!クソ!今になってわかる!先ほどの魔族の狙いはコレか!聖剣を使ってアレンを殺すよう仕向け、聖剣を汚し、暴走させるつもりだったのか!ご丁寧に魔法陣を生み出す魔法をアレンにかけ、俺が殺すことをためらわないように!………クソォ!」

 黒いローブの魔族にまんまと操られたジークフリートは、自分の未熟さに怒りを覚えた。その感情が伝わったのか、聖剣から溢れ出す魔力はさらに禍々しさを増す。

 ジークフリートの心が乱れていることを感じ取ったウィンスは、悲痛な鳴き声を上げて彼の意識を繋ぎ止める。

「……大丈夫だウィンス。俺は絶対に闇に呑まれない。これ以上、あの魔族の思い通りにはさせん!」

 ジークフリートは自分の命を燃やすように聖なる光を体から解き放つと、聖剣に巣くう負の魔力を浄化していく。

『あぁ…!ジーク!あのままじゃ、ジークが死んじゃう!』

 その光景を見るだけで、彼が命を削って力を使っているのが嫌でもわかった。

(見ていることしかできないなんて…。できることなら私の能力を使って、すぐにでもジークを助けてあげたい!こんなの、こんな結末、……悲しすぎるよ!)

 聖剣を浄化していくジークフリートだったが、命の灯を削って力を使う度に彼自身の闇への抵抗力は下がっていき、周り一帯に漂う負の魔力にだんだんと侵され始めた。白い聖騎士の甲冑は黒く変色していき、私の身慣れた姿へと変わっていく。

 命を懸けた甲斐もあり、ジークフリートの浄化の力で聖剣に溜まっていた負の魔力は消失したが、国に降り注いだ黒い雨の脅威がまだ残っていた。

 ジークフリートはすっかり光を失ってしまった黒い聖剣を手に、今度は実体のない黒い影に立ち向かう。

「…ウィンス。最後まで俺について来てくれるか」

 ジークフリートと同じく穢れて黒い毛並みに変わりつつあるウィンスは力強く嘶いた。ペガサスの象徴である聖なる角も黒く濁り、浄化の力は失われてしまった。それでもウィンスは最後までジークフリートについて行くことを決めた。

「浄化の力のないこの剣でどこまで戦えるか分からないが、セイントフィズ王国騎士団長として、この国に仇なすものは全て斬る!!」

 国中に広がった黒い影を相手に、力尽きるまでジークフリートは国と民のために剣を振り続けるのだった。




 セイントフィズ王国が謎の魔族に襲われた日から一気に場面が切り替わった。

 ウィンスの記憶が作り出した世界のため、彼の意思で思いのままのようだ。

『ここは……、もしかしてセイントフィズ王国?』

『そう…。あの日から数か月。城や街はすっかり荒れ果て、あの日ここにいた人々は、魔族や黒い影に殺されてしまった。ボクらも死に物狂いで戦い、全ての敵を倒すことはできたけど、結局誰も救うことはできなかった…』

 ウィンスの声に振り返ると、そこには抜け殻のようになってしまったかつての聖騎士が力なく瓦礫に座り込んでいた。

『…ジーク!し、死んじゃってないよね?』

『……死んでないよ。聖騎士としての心は死んでしまったけど。ボクらはあの戦いを経て、禍々しい魔力に触れ過ぎて魔族へと堕ちてしまった。ジークとしては、あのまま人間として死んだほうが楽だったかもしれない』

 過去のウィンスはピクリとも動かない主に、その心を気遣うように寄り添った。

『……まさかいつも優しくしてくれるジークにこんな辛い過去があったなんて』

 私は親切で優しい彼にいつも甘えていたが、こんな壮絶な過去を見せられては今後もう甘えられないだろう。むしろこっちが寄り添って支えてあげなければいけない。

 私が勝手に決意を新たにしていると、壊れた城の瓦礫を掻き分け一人の男がやって来た。

「ここだなぁ。ずいぶん前に強力な魔力反応があったってのは。魔界でのいざこざが忙しくてなかなか来られなかったが、ヒデェ有り様だなぁ」

 男は長く伸ばした黒い髪を無造作に一つに結い上げ、誰かさんに似た黒いマントと胸当てをしている。鋭い目つきをしてはいるが、表情は明るく話しかけやすそうな印象を受ける。

 私はその男を指さし、妙に興奮しながら隣にいるウィンスに問いかけた。

『ねぇねぇ!もしかしてあの人って魔王のお父さん!?洋服とかそっくりなんですけど!?でも雰囲気は全然違うね!魔王みたいに性格捻くれてなさそう』

『フフフ。そうだよ。あの人が先代の魔王様。この記憶は、ボクらが初めて先代の魔王様に出会った時のこと。ボクらが魔族として生きることを決めた日』

 先代魔王は抜け殻になったジークフリートに気が付くと、彼の抱える哀しみを感じ取ったのか、表情から明るさが抜けた。

 目の前に立っているというのにジークフリートが無反応なため、先代魔王は少し考えてからニヤッと笑った。

「よう、聖騎士!いや、今はもう『魔騎士』か!いつまでそうして抜け殻でいるつもりだ?お前の相棒もずっと横で心配しているぞ?……そんなんで、お前の国をメチャクチャにしたこの俺を倒せるとでも思っているのか?」

「…なん、だと…?」

 抜け殻だったジークフリートが、先代魔王の言葉に反応してゆっくり顔を上げる。兜の奥に隠された瞳には、怒りの炎が宿っていた。

「俺は魔界を統べる王。神の加護を持つ聖騎士を屠れと命令したのはこの俺だ」

「!?…お前が、お前が全ての元凶か!?お前のせいで、王様や姫様、アレンやこの国の人々が!……覚悟しろ!この国の人々の仇!!」

 ジークフリートは聖剣からすっかり魔剣へと変わってしまった大剣を手に取ると、先代魔王にその切っ先を突き付けた。

「ふむ。さすがは元聖騎士。主や国に尽くすその忠義は買いだな。あとは…、この俺の御眼鏡に適う強さがあるかどうかだ!」

 先代魔王は魔力を開放すると、ジークフリートに襲い掛かった。

 突如勃発したジークフリートと先代魔王の戦いだったが、その結末を見ることなく辺りが白く塗り潰されていく。私は何が何だか分からず、復讐の剣を振るうジークフリートを案じて彼の名を最後に叫ぶのだった。




 何度も自分の名を呼ぶ声が聞こえ、私は重たい瞼をそっと開いた。太陽の光を遮るように私の顔を覗き込む人影は、逆行になっていてもすぐに誰だか分かった。

「……ジーク?」

「良かった…。無事に目を覚ましたな、えり殿」

 兜を脱いでいる彼は、安心した表情を浮かべるとほっと息をついた。

 目を覚まさない私を心配してくれていたのか、呼びかけ続けながらずっと手を握ってくれていたようだった。

 私はまだ先ほどの決闘の光景を引きずっており、記憶を混乱させてジークフリートに飛びついた。

「大丈夫ジーク!?先代の魔王にボコボコにされなかった!?」

「ん!?せ、先代の魔王様!?……えり殿、寝ぼけているのか?」

 困惑するジークフリートを見て、私は目をぱちくりさせる。

(…あれ?私、現実の世界に戻って来てる…?)

 呆けていると、私の顔にウィンスが顔をすり寄せて来た。見てみると、当たり前だが白ではなく真っ黒い毛並みだった。

 私はジークフリートの手を借りながら立ち上がると、少し迷った末に今体験してきたことを彼に伝えた。ウィンスの過去の記憶ではあるが、ほぼジークフリートの過去を無断で見てきたことに変わりはない。後々バレて気まずくなるよりは、今言ってしまったほうが隠し事もなくなりすっきりするだろう。

 ジークフリートは私の話を最後まで聞くと、何故かやけに納得した様子だった。

「そういうことか…。やけにえり殿が俺の名を呼ぶなとは思っていたが、まさかウィンス

 の力で過去を追体験していたとは」

「エッ!?そんなに私ジークの名前呼んでた!?」

 衝撃の事実に、私は耳まで真っ赤にして硬直した。寝言を本人に聞かれるなんて、穴があったら今すぐ入っていたことだろう。

「いや、別に三回ほどしか呼んでいないが。俺の名を呼んだ後涙を流していたから、夢の中で俺が不快な思いをさせていたんじゃないかと心配していたんだ。…でもあの涙は、俺やアレンたちを想って泣いてくれていたのだな。ありがとう、えり殿」

「お、お礼を言われるようなことじゃ…」

 ジークフリートは私に優しく微笑むが、今はその笑顔を見るととても切ない気持ちになる。あの抜け殻のようなジークフリートを見た後では、この笑顔が無理に作っているものなのではと疑ってしまう。

「それにしても、先代の魔王様との出会いまで見られるとはな。幸い、その後のボロボロになった姿は見られずに済んだようだが」

「…え?……やっぱりボコボコにされたの?」

「あぁ。コテンパンにやられたな」

 ジークフリートは当時を懐かしみながら、やられたのにどこか楽しそうに答える。

「先代の魔王様は本当にお強く、そして誰よりも楽しそうに戦われる方だった。あそこまで完璧に打ち負かされると、逆に清々しくなってくる」

「へぇ~。…それで、その後先代魔王とはどうなったの?」

「先代魔王様から全てを教えられた。自分が今回の騒動の元凶だと言うのは真っ赤な嘘で、本当の元凶になった人物に心当たりがあると」

「な、なんだ。やっぱり魔王のお父さんが指図したわけじゃなかったんだね。おかしいと思ったよ。魔王のお父さんは強くて面倒見のいい人だって聞いてたから、そんな悪いこと絶対にしないと思ったもん」

「あの時は、まるで反応のない俺の注意を引くためにデマカセを言っただけだ。先代の魔王様は、あんな風に人の命を踏みにじるような非道な行いはしない」

 ジークフリートは過去の惨状を思い出したのか、顔に怒りを滲ませる。

「……ジークは、先代魔王に聞いてその人物に復讐したの?」

 普段怒ることのない彼の姿を見ながら、私は恐る恐る復讐の結果を訊ねた。

「いや…。復讐はするなと先代の魔王様に止められたのだ。その人物は狡猾な奴で、確たる証拠を一切残していない。先代の魔王様でもおいそれと罰することができないと。そして聖騎士の力を失った俺では、その人物には万に一つの勝ち目はないと言われてな。実際人間から魔族になった俺には大した魔力が宿っていない。今の俺には積み重ねてきた剣の腕しか頼るものがないからな」

 そう言ってジークフリートは自嘲気味に笑った。



 兜を被り愛馬を呼び寄せたジークフリートは、私の体調が万全なのを確認するとウィンスに跨った。

「さて、それじゃあ魔王城へと戻ろう。いい加減魔王様が痺れを切らしている頃だろう。魔王城から落下するえり殿を助けた後、えり殿の傷を癒すためにひとまずこの神の泉へと避難してきたのだが、それからえり殿を動かそうとするとウィンスが阻んできてな。魔王城に戻りたくても戻れなかったんだ」

「あぁ~。それは、私がウィンスと魂を繋いでずっと過去を見ていたからかな」

「おそらくな。この神の泉の力を借りていたのだろう。ウィンスももう、ペガサスとしての力は残っていないだろうからな」

 私はすっかり仲良しになったウィンスの頭を撫でると、ふと魔族であるジークフリートを見て不思議に思った。

「あれ?ここって聖域だから魔族は入れないんじゃなかったっけ?」

「ん?あぁ、普通の魔族ならば入れないだろうな。俺とウィンスは一応元加護持ちだから入れているだけだ。あの黒い雨が降り注いだ日も、聖域だけは侵されずに済んで、今なおここは神聖さを保っているからな」

 私はジークフリートから差し出された手を取り、いつもの定位置である彼の前に跨った。

「……ジーク。これまで私はジークの優しさに何度も助けられてきたから、今度は私が助けてあげるね!何か困ったことがあったらいつでも言って!」

 後ろを見上げながら言うと、彼は少し複雑な顔をした。

「…俺に、同情してくれているのかえり殿」

「同情だけじゃないよ。私もアレンやお姫様のこと、すっごく悔しいから!過去のことだからどうしようもなくて、ただずっと見ているだけだったから。もしあの場に私がいたら、おじいちゃん直伝の魔法で絶対にあの魔族をブッ飛ばしてやったのに!」

 鼻息荒く言う私に、ジークフリートは兜の奥で無言を貫いている。おそらく私の反応が意外だったのか、ポカンとして時間が止まっているようだった。

「過去では助けられなかったけど、現在ではいくらでも力になれるから、いつでも私を頼ってね、ジーク!」

「………ありがとう、えり殿。その言葉だけでも十分すぎるほどだ」

 ジークフリートはしみじみ言うと、ウィンスを空へと羽ばたかせた。

 風をきりながら空を駆ける中、眼下には数十年前に滅んだセイントフィズ王国の跡が広がっていた。街や城の瓦礫の残骸には緑が侵食し、まるで昔の遺跡のような感じだった。

 私がその風景に見入っていると、何度も聞いた少年のような声が耳に届いた。

『ありがとう。ジークを勇気づけてくれて。これからも、ジークを支えてあげて。…その代わり、ボクも君が危ない時は守ってあげる』

「…ウィンス?」

 私が呼びかけると、ウィンスは機嫌良く嘶く。それ以降、ウィンスの声は聞こえなくなった。

 ジークフリートには今のウィンスの声は聞こえていないようで、魂を繋いだ私だけの特権だったようだ。

 私は主想いのペガサスの頭を優しく撫でると、魔族に堕ちた優しき元聖騎士の力になろうと強く思うのだった―――。


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