第一幕・第二話 人質といえば地下牢
ピンッと張り詰めた空気。遥か頭上に位置する天井には、燦然と輝く豪華なシャンデリア。足下にはフカフカの豪奢なレッドカーペット。シャンデリアや壁際に等間隔で設置されているウォールランプの光があるにもかかわらず、ここ『魔王城』は全体的に暗い雰囲気だ。場内に漂う禍々しい気がそう感じさせるのかもしれない。
突然目の前に現れた魔王に人質として捕らえられ、私は魔王の居城へと連れて来られていた。一瞬で空間を移動する魔法は初めて体験したが、元の世界に戻る前に是非とも習得したいものだ。
「ここが、魔王の城…。お城なんて初めて入ったけど、よく洋画で見る西洋式の豪華なお城だなぁ。……天井高ッ!」
私は頭上を見上げながら叫ぶ。シンッと静まり返った場内にその声が反響した。空間転移で直接城の大広間らしきところに移動してきたようで、物珍しさから私はキョロキョロ辺りを見回す。
「おい女、騒がしいぞ。よもや人質であることを忘れてはいまいな」
魔王にギロッとひと睨みされ、私は一瞬たじろいだ。しかし、出会った時と比べて黒いオーラを纏っていない分、身体が震え出すほどのプレッシャーはない。
「人質って言われても、私この世界に来たばかりで全然状況が飲み込めてないんですけど。それに、この世界に知り合いなんかいないのに、私に人質の価値あります?」
怖いので魔王と目を合わせないよう、私はそっぽを向きながら答えた。
「フンッ。どうやら星から詳しい話を聞かずにこの世界に放り出されたようだな。まぁ、それならそれでこちらとしては扱いやすい」
「あ、扱いやすいって…」
魔王はマントを翻し私に背を向けると、大広間奥に位置する階段へと向かった。
階段は横に10人以上並んで歩けるほど横幅が広く、上った先の踊り場から左右に分かれて二階へと上る階段が伸びている。
「おい、戻ったぞ!」
魔王は階段の1段目にさしかかったところで、二階に向けて声を張り上げた。すると、すぐに男の声で返事がかえってきた。
「はいはい、ただいま参ります」
階段の目の前で待機していたのではないのかと思うほど、男はすぐに階段を下りてきた。
右手の階段から踊り場まで下りてきた男は、魔王を目にとめると薄く微笑んだ。男は銀髪の長い髪を後ろで一つに結わいており、右目には銀縁のモノクルをしている。よく見ると左右で瞳の色が違い、右目は金色、左目は青い色だ。
「ずいぶんとお早いお帰りでしたね。おや、そちらの人間はもしかして」
男は階段を下りてきながら、私を上から下まで無遠慮に見てきた。居心地の悪さから、私はとっさに魔王の背に隠れた。
「あぁ、星の戦士だ。今回はやつらと鉢合わせすることなく済んだ。おかげでこうしてすんなり人質に捕ることができた。クロロ、やはりお前の睨んだ通り、もうこの星には戦士の素養を持つ者がいないようだ。この女も異世界から召喚されたらしい」
魔王は背に隠れる私を振り返った。クロロと呼ばれた男は魔王の隣まで下りてくると、改めて私に目を合わせて口を開いた。
「いよいよ星の戦士たちも後がないということですね。異世界の人間頼りとは。……そんなに身構えなくても、取って喰ったりはしませんよ。あなたは大事な人質ですからね、今のところは」
そう言ってクロロは不気味に微笑んだ。魔王より遥かに人間らしさが感じられる男だが、彼の笑顔を見ていると自然と背筋が寒くなる。心からの笑顔ではないからか、それとも内に秘める禍々しい力を無意識に感じとっているからなのかもしれない。
「それでは人質が捕れたことを踏まえ、一度軍議を開きましょうか。各地の戦況報告とこれからの動きについて、七天魔全員を招集して話しましょう」
「全員、か…。あまり気は進まんが、仕方がないな」
魔王は眉間に皺を寄せて苦い顔をする。
「それでは改めまして。私はこの魔王軍にて参謀を務めております、クロロと申します。以後、お見知り置きを」
クロロは私に向かって一礼した。彼は魔王よりは少し身長が低いが、細身でスラッとしている。医術の心得でもあるのか白衣を着ているが、白衣の下は黒いベストに黒いズボンのため、白い白衣が妙に際立って見える。黒いベストには大小様々なポケットがついており、ポケットを覆う蓋の隙間からはいかにも怪しそうな小瓶の存在が見てとれた。
「人質相手にわざわざ自己紹介するとは。興味でもそそられたか」
「『星の戦士』としての興味はもちろんのこと、『異世界人』というのも興味がありますね。研究しがいがありそうです」
(け、研究って、何の?この人が言うと恐ろしい想像しか出てこないんだけど。解剖とか平気で言い出しそう)
「それで、あなたの名前はなんです?」
2人に見つめられ、私は物騒な心のつぶやきから我に返った。今更ながらに名を名乗る。
「神谷、えりです…」
「カミヤエリ…?長くて覚えにくい響きだな。まぁ、今まで通り女と呼べばいい」
魔王はもう興味を無くしたようで、さっさと階段を上り始めた。
(ちょ、これ勘違いされたよね?苗字の概念がない世界設定だったのか。失敗したぁ)
「あの、神谷は姓で、えりが名前なんです!」
まだ目の前にいるクロロと先に行ってしまった魔王に向かって私は声を張り上げた。
「あぁ、御心配なく。私はちゃんと理解していましたよ。姓を持つ人間の集落がこの世界にもありますから。魔王様!それで、この人間はどちらに?」
階段の踊り場まで上がった魔王は、階下の私を見下ろす。
「西の地下牢にでも入れておけ」
「地下牢、ですか…」
私にチラリと視線を向けて、クロロは歯切れ悪く言った。一瞬だったが、彼から少し気遣いのようなものが感じられた気がした。
クロロはしばしの逡巡後、右手の人差し指と中指をこめかみに当てた。
「メリィ、至急エントランスまで来ていただけますか。魔王様から直々の御命令があります」
相手の姿は見えないが、彼はどうやら遠くにいる相手と魔法でやり取りしているようだ。二、三言葉を交わし終わると、クロロは私に向き直った。
「それでは、私はこのあと軍議の準備がありますので、メリィという別の者が地下牢まで案内します。先にこれだけは言っておきますが、あなたがどんな星の力を授かったのかは知りませんが、決してここから逃げ出そうなんて考えないことです」
そこまで言ってから、クロロは突然纏う空気を一変させた。思わずゾクリと背筋を震わせた私に、彼は顔を近づけて言葉を続ける。
「この魔王城の周りには強力な魔法の結界が張ってあるのはもちろんのこと、魔王軍の幹部クラスが常時3人はいます。他にも一般兵もいますので、下手にうろつくと殺されますよ」
「こ、殺されるって、私、人質として連れてこられたんじゃ」
「あぁ大丈夫、心配はいりませんよ。私はネクロマンサー、死者を使役する力を持っています。たとえあなたが死んでも私の兵として使ってあげますからね」
(ぜ、全然大丈夫じゃないし!)
金と青の両目を細めて微笑むクロロを前に、私は心の中で全力突っ込みを入れるしかなかった。
魔王とはまた違った意味で身の危険を感じ、クロロから慎重に距離を取ろうとした時、大広間から右手に伸びる廊下からヒールを鳴らす足音が聞こえた。
大広間の床は一面大理石でできているが、その先に続く廊下からはコンクリートの床になっている。近づいてくる足音の方角に目を凝らしてみるが、廊下の方は明かりが壁に設置されている蝋燭のみのようで、とても薄暗く見通すことができなかった。
「わざわざ来ていただいてすみませんねメリィ。彼女の監視と世話を頼みたいんですよ」
クロロは廊下に歩み寄りながら暗がりに声をかけた。すると、すぐに無機質で冷たさを感じさせる女性の声が返ってきた。
「その人間が先ほど言っていた魔王様の捕らえてきた星の戦士ね。…ずいぶんと無防備で隙だらけな娘」
喋りながら明るい大広間へ足を踏み入れた声の主を私は凝視した。年の頃は20歳前後に見え、秋葉原でよく見かけるような黒と白のメイド服を着ており、金髪のボブショートヘアの頭には白いメイドカチューシャをしていた。不意打ちのメイド服にも驚いたが、一番私の目を引いたのは、彼女のむき出しの腕と足の特徴ある関節部分だった。
「紹介しましょう。彼女はメリィ。この魔王城で色々な雑務をこなしてくれているアサシンドールです」
「ア、アサシンドール!?」
(それって暗殺人形ってこと!?……て、だからあの子関節部分が人形チックなのか。え、でも人形なのに普通に意思疎通できるんだ。さすが異世界)
クロロが私の自己紹介をメリィにしてくれている間、私は物珍し気に彼女を観察していた。
クロロは一通り地下牢の件を含めて説明し終えると、軍議の準備をするためさっさと階段を上がって二階へと消えていった。
暗殺人形と二人きりにされてしまったが、先ほどの二人と比べ一応同性同士なので気持ち的には気が楽になっている。それに先ほどまであった見えない威圧感や緊張感、ピンッと張り詰めた空気もいくらか和らいでいる。
私は改めてメリィに向き直ると、遠慮がちに声をかけた。
「えっと、初めましてメリィ。私のことはえりって呼ん」
「悪いけど、人間と馴れあう気はないわ。それに、あなたは魔王軍の捕虜よ。くれぐれも行動や言動には気を付けることね。怪しい素振りを見せたら躊躇なく攻撃を加えるわ。手足の一本や二本なくても生命活動に支障はないでしょう」
食い気味に一気に話され、私は口を開けたまま固まった。
彼女の声には一切心がこもっておらず、ただただ冷たい印象しかなかった。瞬きの合間に見えるガラス玉のようなエメラルドグリーンの瞳にも、喜怒哀楽の感情が宿っているようには見えなかった。
「さぁ、大人しくついてきて。あなたの寝床に案内するわ」
大広間から西側に伸びる廊下へと歩き出し、私も黙って彼女の後をついていくしかなかった。
カツンッ、カツンッと二人分の足音が廊下に響く。等間隔で壁に蝋燭がつけられているが、明かりはその蝋燭しかなく、とても心もとない。真っすぐ伸びる廊下の途中にもいくつかの部屋があったが、どの扉もオカルトテイストに彫り込まれた木の扉で、入る気の失せるものばかりだった。
(開けたらいかにも何かが飛び出してきそうな罠感満載の部屋ばかり…。さすが魔王の城…)
注意深く辺りを観察しながら歩いていると、少し先で廊下が右に折れており、その先から日の光のようなものが差し込んでいた。暗がりを歩き続けていたので、やはり明かりを見ると自然とほっとする。
メリィに続いて廊下を右に曲がると、目に強い太陽の光が飛び込んできた。私は顔をしかめ、思わず視界を左手で遮る。
折れ曲がった先もまだ廊下が真っすぐ続いていたが、左手は建物を支える柱が等間隔で立っている以外は開放的な吹き抜け状態だった。しかも魔王城の中だということを忘れてしまいそうなほど綺麗に整えられた庭になっており、噴水や草花、たくさんの実がなっている木もある。
私は感嘆の声を上げながら、数歩庭へと足を踏み出した。
「すご~い!綺麗なお庭~!お金持ちの家みた~い」
「魔王様の城なのだから、このくらいの庭当然よ。…それより、無駄な寄り道をしてないで地下牢へ行くわよ。まぁ、そのまま庭の端まで行って、城から落っこちて死ぬっていうのも悪くはないけど」
「……え?庭の端?」
メリィに言われて庭の端に目を向けると、その先に足場となる地面は存在していなかった。ただただ青い空と無数の雲が広がっている。
絶句している私の横顔を見て、初めてメリィの表情が少し無表情から馬鹿にする顔に変わった感じがした。
「まさか、この城が空を漂う城だと知らなかったの」
「し、知らないよ!そもそもいきなり連れてこられてあの大広間に移動したんだもん。外が見えるような窓もなかったし」
落ちないよう注意しながら庭の端っこまで進むと、そっと下をのぞき込んで見た。真下にはちょうど大きな雲が広がっており地上を見下ろすことはできなかったが、確かにここが空の上であることは確認できた。
(これって、ますます脱出なんて無理なんじゃ……。いや、そもそもクロロの話だと結界も張ってあるとか言ってたし。もう、打つ手なしでしょ)
無言で遠くを見つめる私を放置し、メリィは目的地へと先に歩き出した。
「私はあなたの面倒以外にも、魔王様から頼まれていることが山積みなの。寄り道はそれくらいにしてさっさと牢屋に入ってくれる?」
私は肩を落としながら、どんどん先へ進む暗殺人形に置いて行かれないよう走って追いかけた。
吹き抜けの廊下を通り過ぎ、また右へ折れて少し進むと、左手に地下へ続く階段が現れた。階段の壁にもやはり蝋燭が設置されていたが、それでも足元はかなり暗かった。
メリィに促されてゆっくり階段を下り、彼女についてしばらく歩くと、ようやく目的地の地下牢へとたどり着いた。牢という言葉から鉄格子のようなものを想像していたが、扉は普通の簡素な木の扉だった。扉を開けたメリィにそのまま背を押されて中に入ると、そこはとても狭い空間だった。トイレに、トイレを隠すついたて、壁に直角に取り付けられた分厚い木製の大きな棚。手や顔を洗う用と見られる洗面器が設置された台。部屋の中央には小さめの丸テーブルとセットの丸椅子。床と壁は全て石でできており、窓の変わりに一か所明かり取り用の細長い隙間があるだけだった。天井には見たことがない型だが、おそらく自分の世界でいうところの小さい電気が設置されていた。
「………。え、ここに住むの?」
部屋全体を見回しながら私はつぶやいた。
「捕虜には十分すぎる環境だと思うわ」
「いや、私の世界の刑務所ですらもっと良い環境だと思うけど!ていうかベッドは?それにあそこから隙間風入ってきて絶対夜寒いし」
私は明かり取り用の隙間を目で示した。
「…あるじゃない、ベッドならここに」
トントンと木製の大きな棚を手で叩くメリィ。私はそれを見て愕然とした。
「ベッドって、この大きな棚!?こんな木の板の上寝れないよ!背中痛くて寝つけないから」
「人間は本当に弱くて面倒な生き物ね。毛布ならあるからこれに全身包まって眠ればいい」
私に茶色い毛布を二枚投げつけると、メリィはそのまま部屋から出て行った。その直後、部屋の外から鍵がかかる音も聞こえる。まるでオートロックのようだった。
「本当に、今日からここで生活するの……」
一枚の毛布を木の板に引き、そのまま粗末なベッドに腰を下す。
この世界に来てまだあまり経っていないというのに、色々な情報を得て頭の整理が追いついていない。そもそも残業帰りだったため、頭も体も疲れ切っており、まともに頭が働くはずがなかった。私はもう一枚の毛布に包まると、空腹に気づかぬふりをして眠りにつくのだった。
次の日の朝、私は部屋に人の気配を感じて目を覚ました。部屋の壁に掛けられている四角い鏡の前で、メリィが洗面器に真新しい水を入れているようだった。私の身じろいだ音が聞こえたのか、メリィがこちらを振り返った。
「昨日あれだけ騒いでいたくせに、ずいぶんと熟睡していたものね」
「熟睡なんてしてないって。これでも夜中に二回起きたから!?イ、イタタタタ!」
ベッドから身を起こそうとした私は、背中と腰に走った激痛に悲鳴を上げた。
「う、うぅ。やっぱり背中を痛めたぁ。腰も痛い~」
ベッドから立ち上がり、凝り固まった背中を両手で押す。まるで年寄りね、と冷めた目で見つめるメリィを横目に、狭い空間で体をひねってほぐしていく。その間にメリィは丸テーブルに朝食を用意してくれた。食事はロールパン二つにスープだけの質素なものだった。
「一日の飲み水はこの容器分だから、自分で考えて飲みなさい」
メリィは水が入った透明の取っ手付きのガラス容器とコップをテーブルに置いた。
「それじゃあ、私は忙しいからまた昼に来るわ」
そう言うと、彼女は早々に部屋から出て行こうとした。しかし、扉を開けた直後、思い出したようにこちらを振り返った。
「言い忘れていたわ。もし緊急の用件があったら、この糸を引っ張って。そしたら分かるから」
メリィが指さす先には、いつの間に用意されたのか、赤いリボンが結び付けられた一本の糸が天井から吊るされていた。運動を終えた私は、入り口の扉付近にあるその糸を不思議そうに見つめた。
(何の変哲もない糸だけど、引っ張ると呼び鈴みたいな効果があるのかな)
そんなことを心の中でつぶやいた直後、突然全身に得も言われぬ奇妙な感覚が襲った。全身を一瞬不思議な膜が包んだような、例えるなら、大きな蜘蛛の巣に体全部を突っ込んでしまったような気持ち悪い感触があった。形容し難い感覚に囚われ、私が周りの空間を両手でかき回していると、メリィが今の現象について解説してくれた。
「今のは人間界から魔界へと空間を移動した時に感じるものよ。直に慣れるわ」
「人間界から、魔界……?」
「そこの隙間から外を見てみればわかるわ。景色がまるっきり変わっているはずよ」
私はメリィの言う通り明かり取りから外を覗いてみた。すると、昨日までは雲や青い空ばかり見えていた景色が一変していた。
外はどんよりとした空模様で、昨日と違ってまとわりつくような空気が漂っている。遠くの眼下には紫や深い緑色をした地面が見えた。
「どうやらクロロ殿が治める領域に出たみたいね」
私より少しだけ背が高いメリィが同じく外を覗き込んでつぶやいた。
「クロロが治める、領域?」
私が疑問を投げかけると、彼女は簡単にだが説明をしてくれた。
「魔界は気候の違う領域に分けられていて、それぞれ七天魔と呼ばれる魔族がその領域を支配下に置いているの。七天魔は純粋な強さや血筋等で選ばれ、魔王様自らが任命する。だから、七天魔は魔王様にその領域の統治を任された責任のある者。己の領地に住まう魔族のいざこざの対処等、色々とやることがあるの。ちなみに、クロロ殿が治めるのは沼や湿地帯の多いこのエリアよ」
「よ、よりにもよってこんなジメジメした土地を任されてるの?」
「クロロ殿にはこれ以上ないくらいうってつけの土地よ。彼の配下は不死者ばかりだから、この地の環境が一番適している」
そう言うと、メリィは次の与えられた仕事を片付けるべく牢屋を後にした。
(そういえばネクロマンサーとか言ってたっけ。ゾンビって、ジメジメしたところが好きなのかな)
私はメリィの用意してくれた洗面器の水で顔を洗いながら、元の世界では絶対考えなかったであろうことを真剣に考えていた。
異世界から来た星の戦士を拉致してきた三日後――。魔王城のとある一室で、魔王の招集により七天魔たちが一堂に会していた。
魔王が部屋の一段高くなっている上座の椅子に座り、他の者は部屋の中央に鎮座する長机を挟んでそれぞれ左右に座っていた。その場は重苦しい空気に包まれており、皆魔界を統べる魔王が口を開くのを待っていた。
「……今回皆に集まってもらったのは他でもない。我らの敵、星の戦士について動きがあった」
『星の戦士』と聞き、何人かは殺気だった様子を見せる。
「先日現れた星の戦士にクロロが接触し確認したところ、その小僧は異世界から来た人間であったことは前回話したな。それを踏まえ、今後もし星の戦士が現れたとしても、おそらく異世界の人間であろうという仮説を立てていたが、今回それが証明された」
「するってぇと、新たな星の戦士が現れたってことだな。上等じゃねぇか。異世界からいくら人間を召喚しようが、この俺様の豪爪で嬲り殺してやるぜ」
男は右手の関節を動かしパキパキ骨を鳴らして興奮気味に言った。
男は魔族の中で獣人と呼ばれる部類で、大柄な虎の姿をしていた。いかつい鎧を身につけ、背中には人間では到底扱えぬ巨大な斧を背負っている。
「相変わらず血の気の多い獣じゃな。常に冷静沈着で頭の回る魚人の妾とは大違いよ」
「あぁ!?何か言ったか魚ババア!」
「誰が魚ババアじゃ!」
ガンッと持っているトライデントの柄を床に叩きつけて女性は叫んだ。
女性は胸元を大きな貝殻で隠し、足は人魚のように魚の尾になっている。むき出しの腕も鱗が浮き出ており、両耳は魚のエラのようになっている。水色のロングヘアーは波のようにウェーブがかかっており、頭には金でできた小さな王冠をのせていた。
いがみ合う二人に大きなため息をつき、参謀が仲裁に入る。
「まったく毎度毎度飽きませんね。レオン、ネプチューンも、魔王様の御前ですよ。抑えてください」
「お前はすっこんでろクロロ!」
「妾に命令するな、軟弱な元人間め!」
二人同時にまくし立てられ、クロロは力なく首を振って魔王を見た。二人の衝突は珍しいことでもなく、ひとまず放置して魔王は話を続けた。
「もう気づいている者もいるかと思うが、今この城の地下牢に新しく召喚された星の戦士を幽閉している」
「ようやく現れた仲間を早々に人質に取られるとは、星の戦士たちはツイてなかったわね」
「グフフフ。ようやく我々魔族が人間を蹂躙できる日が近づいてきたということですか…」
魔王の言葉を受け、真っ赤な鎧に身を包んだ女性と黒いローブ姿の男が続けて言った。
鎧の女性は兜から覗く髪の毛も燃えるような赤い色で、その瞳や唇も鮮やかな赤。高貴な空気を纏っており、凛々しい顔つきをしている。
もう一人の黒いローブの男は目が三つあり、下品な笑い声を立てている。両手の指全部に宝石のついた指輪をはめ、傍には一冊の分厚い本が空中に浮いていた。
「その星の戦士を使い、敵を罠に嵌め、一網打尽にする。星の戦士は今や8人しかおらん。人質をチラつかせれば確実に3人は動きが鈍るだろう」
「心優しい騎士様と聖女、殿様とかなぁ!」
そう言って、喧嘩を切り上げたレオンはガハハッと豪快に笑った。
「詳しい日取りや作戦内容はこれからクロロが詰める。それまで各自、自分の持ち場を頼むぞ。サラマンダーは引き続き空賊の相手を、クロウリーは霧の魔法で敵戦力の分断と攪乱をしてくれ」
「了解。またしばらくあの坊やと戯れるのね。今度こそ全機我が顎門で喰らい尽くしてやるわ」
「グフフ。竜人族族長のあなたが本気を出したら、人間界はあっという間に火の海でしょうねぇ」
ルビーの瞳を爛々と輝かせ、赤い鎧を纏うサラマンダーはクロウリーに笑って頷いた。
「ねぇねぇ、ところで捕まえた星の戦士って男?それとも女の子?」
「……それを聞いてどうする、ドラキュリオ」
「え~と、女の子だったらちょっと味見でもしようかな~って」
ドラキュリオと呼ばれた少年は、エヘヘッと舌を出して悪戯っぽく笑った。
彼はこの場にいる魔族の中で一番若い姿をしており、ブロンドショートヘアーの隙間からは尖った耳が出ていた。見た目は中学生に上がったばかりの年の頃で、これから成長するため身長もまだまだ低い。吸血鬼が身につける黒いマントを羽織り、小さい口からは似つかわしくない鋭い八重歯が見て取れる。
「いくら吸血鬼界のプリンスといえど、人質をつまみ食いしてはいけませんよ。あなたほどの吸血鬼が味見程度で済むとは思えませんから。下手したら出血多量で死にますよ」
「ひっどい言いがかりだなぁクロロは。そこまでしないよボク~」
プクッと両頬を膨らましてドラキュリオは抗議した。ご機嫌斜めになってしまった彼を、すかさず隣の席の少年がフォローする。
「まま、まぁまぁ、とにかくせっかく捕まえた星の戦士だから。用が済んだ後に吸わせてもらったら」
優しくドラキュリオを諭す少年は、人の姿をしているがその手は植物の根のようになっており、黄緑色の長髪には所々ワンポイントのように小ぶりの白い花が咲いている。和装を着ており、下は長ズボンだが上は甚平のような装いをしている。植物人の彼は、全体的に緑を基調とした服装で統一していた。
「ジャック、あまりドラキュリオを甘やかすな。最近特に我儘で生意気に育ってきた」
「な!?いつボクが我儘なんて言った?あいにく生意気なのは最初からだけどさ」
「たしかこの間貴様には、新しく現れた星の戦士を探れと頼んだはずだが?」
「あぁ、異世界から現れたこの間の男でしょ。あそこって『隠密殿様』の領土じゃん。あいつって妙に勘が冴えてるんだよねぇ。それに、男を探るとかボクの趣味に合わないんだもん」
悪びれもせず淡々と言い訳をする吸血鬼に、ジャックは隣で魔王とドラキュリオをハラハラ交互に見ていた。
「それを我儘と言うんだ。結局お前が動かないから、代わりにクロロが動いて探ってきたんだぞ」
「さっすが参謀!ボクの代わりにありがとね。……まぁ、この中で一番立場が弱いから、君が一番働いて当然だけどネ」
そう言うと、ドラキュリオは金の瞳を怪しく細めて笑った。何人かの七天魔も同様にクロロを見下して笑う。当の本人はもう慣れっこなのか、くだらないとばかりに呆れた表情で目を伏せていた。
肘掛けに肘をついて寄りかかって話していた魔王は、ため息を一つつくとゆっくり立ち上がった。その瞬間、緩んでいた空気が引き締まり、全員真顔になって魔王に注目した。
「先代魔王から続く戦いも、もう少しで終わる。我らが受けた痛み、必ずや人間どもの命で贖わせてやるぞ!」
魔王は身の内から黒いオーラを出し、七天魔全員に檄を飛ばした。七天魔たちは各々声で答えると、バラバラに立ち上がりそれぞれ自分の領地へと帰っていった。部屋に残されたのは、魔王と参謀の二人だけだ。
「ようやく終わったか……。あいつら全員が揃うと本当に疲れる」
「お疲れ様でした、魔王様。個性豊かな方たちばかりですからね。そのくせ毎回毎回同じようなやり取りばかりで」
豪華な肘掛け椅子に再度もたれかかり、魔王はうんざりした表情をみせる。その横で、クロロはどこか楽しそうにくすくす笑う。
「それはそうとクロロ、例の調査は進んでいるか」
瞳に鋭さを取り戻し、魔王は頼れる参謀に問いかけた。
「いえ……。配下の目を使い、色々調べてはいるのですが…。警戒心が強く、なかなか尻尾を掴めていません」
「フン。弱い小物ほど臆病で守りばかり固める」
「『あの方』を小物と呼ぶには無理がありますが、とにかく引き続き探ってみます。星の戦士を人質に取ったことで、色々と動いてボロを出してくれるといいのですが…。そのために今回全員を集めて『人質』アピールをしたんですから」
クロロはモノクルの位置を直しながら魔王に答えた。
窓の外には夜の帳が下り、深い闇が支配していた。魔王軍と星の戦士の長きに渡ってきた戦いが今、終息に向かって大きく動き出そうとしていた――――。