閉幕・ドラキュリオ編 血よりも甘い日常を
クロウリーとの決戦から二週間後、私は無事元の世界に戻った。のではなく、相変わらず異世界で忙しい日々を送っていた。
あの決戦の後、私とドラキュリオ軍は魔王に一連の報告を行った。クロウリーを生け捕ることができず魔王は苦々しい顔を浮かべたが、最終的には私たちに人的被害が出なかったことを安心していた。
『俺の大事な配下がクロウリーのくだらない命と道連れにされては敵わんからな。これ以上あいつの身勝手な行動で命を奪われていたら、地獄まであいつを嬲り殺しに行くところだ』
そう言ってから、魔王はこの戦争の元凶を倒した私たちのことを労ってくれた。
それからドラキュリオ軍はクロウリーの城跡地に戻り、クロウリーの遺体探しをしている。作業は難航しており、今のところクロウリーがしていた指輪が二つ現場から見つかっただけだ。ドラキュリオと魔王の話では、自爆だから恐らく肉片すら残っていないだろうとのことだ。それでも一応全ての瓦礫を撤去して検めるらしい。最後の最後まで私たちに迷惑をかける男だ。
人間側の裏切者であるガイゼル王はというと、カイトたちユグリナ騎士団とフォード率いる空賊に陸と空から攻め込まれ、能力を使って二日ほど抵抗を試みたが、籠城するも空しく結局最後は空賊に捕らえられた。
王都シャドニクスの住民たちは、捕らえられた王に助けろと叫ばれ、みんな武器も持たずに騎士団や空賊に立ち向かったらしい。幼い頃から王の命令は絶対と教え込まれ、常に家族が人質に取られているような極限状態で生活してきた彼らにとっては、例え勝負が決していても関係なく命令通りに行動してしまうようだ。ガイゼル王を捕らえた後も住民たちの抵抗に合い、完全に制圧するには更に半日時間を要したという。
現在は治安維持のためにユグリナ騎士団の一部が常駐し、更に人々の心のケアと洗脳状態の精神を解放するため、セイラも含めたディベールの聖職者たちが滞在している。
竜人族と最後まで戦っていたおじいちゃんとジークフリート、ニコの三人組は、見事な連携でサラマンダーを除く全ての竜人族を倒して撤退させたらしい。しかしサラマンダーだけはボロボロになりながらも深紅の瞳をギラつかせ、三人相手に戦い続けたそうだ。
『まったく。これ以上は戦闘狂に付き合いきれん。そんなに戦い続けたいなら、またお前さんと気の合う空賊たちを寄こすから、そいつらと遊ぶんじゃ』
無尽蔵すぎる体力に呆れたおじいちゃんのこの一言でサラマンダーも何故か妥協したようで、ひとまず三人と竜人族の戦いは終結した。
勝手にフォードを生贄に捧げるような真似をしてよかったのかとその場にいたニコに私が後で訊ねたところ、彼は悪びれもせずこう言った。
『あのフォードを犠牲にするだけで全てが丸く収まるなら、迷わず差し出すべきだね。フォードは騒がしいだけでいつも何の役にも立っていないし、たまには役に立ってもらわないと。あの人は僕と違って強運はないけど、ピンチの時だけは良いツキが回ってくるからなんとかなるんじゃない』
ニコの言葉を聞いて、フォードに対するニコの評価が限りなく低いことが分かった。二人の間で昔に私の知らない何かがあったのかもしれない。
そういうわけで、数日ごとに休みを挟みながら、人の迷惑にならないところで空賊と竜人族は相変わらずドンパチやっているそうだ。
最後に魚人族と獣人族だが、つい先日魔王が間に立って休戦となった。魔王としては和解に持ち込みたかったのだが、ネプチューンとレオンが断固として和解を認めず、お互いにこんな奴と仲良くできるかと吠えたらしい。仕方なく無期限の休戦という形で落ち着いたのだ。クロウリーはいなくなったが、まだまだ魔王軍が一枚岩になるのは遠そうだった。
そして忙しい日々を送っている私はというと、魔王に頼まれて引き続き仲介者として魔族と人間の仲を取り持っていた。
参謀であるクロロと共にロイド王と謁見したり、ジークフリートと一緒に凪の治めるヤマト国の復興を手伝ったり、定期的に戦地となった街をおじいちゃんと巡回したりしている。
事実上魔族と人間の戦争は終わったとはいえ、長きに渡る戦争の影響で魔族に対する人間の反応は依然厳しい。特にヤマト国の人間は魔族に家族の命を奪われた者が多くいる。こればっかりは長い時間をかけて一から人間と魔族の信頼関係を結んでいくしかない。
魔王城の食堂で昼食を取り終えた私は、今朝魔王に頼まれたシャドニクスの視察へと向かおうとしていた。何故魔王城の食堂で昼食を取っていたのかというと、私は今魔王の命令でドラキュリオの城から移ってまた魔王城に住んでいるのだ。どうしてそんなことになったのかというと、全てはドラキュリオが原因だった。
『おい女、今日からまたお前はこの城に住め。異論は認めん』
『えっ!?どうしたの急に?』
私はケルと一緒にジャックのところに行って魔王城に帰ってきたところだった。これからケルと共に獣人族たちに薬を届けようとしていた。
『どうしたもこうしたも、貴様がドラキュリオの城にいるせいでアイツがちっとも真面目に仕事をしないのだ』
『…え?アイツって、キュリオのこと?』
『他に誰がいる!アイツにはクロウリーの城の調査を任せているというのに、しょっちゅう抜け出してお前に会いに行っているそうだな』
魔王がギロッと睨みつけてきたので、私は久々にサッとケルの後ろに隠れた。
『しょっちゅう抜け出してって、確かに一日に何度か出先でも会いに来てくれてるけど、いつも休憩時間になったからって言ってるよ』
『一日に何度休憩するつもりだアイツは!それに一度抜け出すと最低でも三十分は戻ってこないと報告を受けている。しかもお前が毎日夕食を食べる頃には仕事を切り上げて城に帰っているらしいな』
『それ、お姉ちゃんに会うために完璧にサボってるじゃん。しかも夕食を一緒に食べる徹底ぶり。眷属や配下たちもよく今まで黙ってたね』
ケルがここにいないドラキュリオに怒りを感じていると、魔王がそれはそれは深いため息を吐いた。
『その眷属や配下たちも笑顔でドラキュリオを送り出しているのだから手に負えんのだ。それどころか、一部の者はドラキュリオと同じく貴様に会いに行っているだろう』
『え、えっと、みんなも休憩時間になったからって』
『そんなに休憩時間をくれてやるほど俺は甘くない!』
まるでブラック企業を宣言するかの如く言い放つ魔王に、私は苦笑いを浮かべた。
『いつの間にか吸血鬼一族や悪魔族とすごく仲良くなったんだね。わざわざ会いに来るって何の話してるの?』
『何の話って言っても、ほとんど世間話。後は何か困ったことはないかとか。人間でも魔族でも不当な扱いを受けた時は言ってくれとか。とにかく私を気にかけてくれてるみたいだけど』
『まだ契りを結んでいないというのに、まるでもう吸血鬼の姫扱いだな』
魔王はドラキュリオ軍の過保護っぷりにうんざりした顔をする。
長い間私と行動を共にしていなかったケルは、まさかの展開に目を飛び出さんばかりに驚いた。そして真剣な顔つきになると、本気で私を説得しにかかった。
『いつの間にそんなことになっちゃってたの!?お姉ちゃん、キュリオだけは本当に止めたほうがいいよ!わざわざあんないい加減な男を選ぶなんて!絶対苦労するよ!お姉ちゃんならもっと良い人選べるよ!』
『い、いやいやケルちゃん。私まだキュリオとそういう関係になってないから。吸血鬼一族や悪魔族のみんなも、私が命の恩人だから優しくしてくれてるんだよ』
『む~。そうかなぁ~。もしお姉ちゃんの意に反して無理矢理吸血鬼の姫にされそうになったら相談して。獣人族総出でお姉ちゃんをキュリオから守ってあげるから!』
ケルが両手の拳を握って勢い込むので、私は彼の頭を撫でながらその好意だけ受け取った。
『今度はドラキュリオ軍対レオン軍の戦いが始まっちゃいそうだから、もしそうなったら魔王に相談するね』
『そうしてくれ。これ以上悩みの種を増やしたくないからな。とりあえず、そういう訳だから貴様は今日からまたこの城に住め。さすがに魔王城にまではホイホイ会いに来ないだろう。…ドラキュリオ以外は』
魔王はいつまでたっても問題行動が無くならない吸血鬼の王子に頭を悩ますのだった。
魔王城に移ってからというもの、さすがに魔王の怒りに触れるのが怖いのか、吸血鬼一族や悪魔族は私に会いに来なくなった。ただドラキュリオだけは、魔王に文句を言いがてら変わらず会いに来ている。
私が魔王城に移った初日はそれはもう盛大に魔王と大喧嘩していた。最終的におじいちゃんが仲裁に入り、ドラストラとセバスが迎えに来て引きずられる様に彼は自分の領域へと帰って行った。住む城を移動しただけでこれだけの騒ぎになるのだ。私が元の世界に戻ったら一体彼はどうなってしまうのだろうと、考えるだけでも恐ろしかった。
おじいちゃんの空間転移でアレキミルドレア国の王都シャドニクスへと送ってもらった私は、開かれた城門から街へと入った。シャドニクスは街の中が戦場になったため、まだあちらこちらに戦いの爪痕が残っている。今も街の人たちに混ざって、ユグリナ騎士団の者が瓦礫の撤去作業や家の修繕を手伝っている。
捕らえられたガイゼル王はユグリナ国に幽閉されており、近い内に星の戦士と各国の要人を集めて対応を協議するのだという。
私は街中を進み、町の中心地にある壊れたガイゼル王の銅像の前にやって来た。そこには人々に優しく寄り添うセイラと華麗な舞を披露しているメルフィナの姿があった。
「セイラちゃん!メルフィナ!」
「あ、えり様!またいらしてくれたんですね」
セイラは話し込んでいた老婆に一言声をかけてからこちらに走って来た。
「お忙しいのに何度も足を運んでいただいてすみません」
「ううん。魔王からも様子を見て来てくれって頼まれてるし。それで、どうかな。少しは街の人たち正気に戻った?」
私の問いかけに、セイラは表情を曇らせて答える。
「それがなかなか。比較的若い方は状況が飲み込めてきたのか、少しずつ自由になったことが分かってきたようなんですが、それでもまたいつガイゼル王が戻ってきて家族を傷つけるんじゃないかと怯えてしまって。迂闊に行動できないようです。逆にご年配の方はガイゼル王が絶対という考えが沁みついてしまっているみたいで、何を言っても心に響かないんです」
「ん~、それは困ったね。想像以上に根強く洗脳されてる。それに徹底的に恐怖を植え込まれてるし。こればっかりは時間をかけてゆっくりケアしていくしかないね」
「はい…。わたくしもできる限りのことをして力になるつもりですわ。メルフィナ様もわざわざルナから来て街の人たちを元気づけてくださっていますし」
ちょうどそう話していたところで、一曲分踊り終わったメルフィナがやって来た。
「ご苦労様。アンタはいつもいいように使われてるわねー。この間はルナにも来てたし、ユグリナ王国に行ってロイド王とも会ってるんでしょう。殿様のところで復興活動も手伝ってるって聞いたけど、そのうち働き過ぎで倒れるわよ。たまには吸血鬼のカレとのんびり過ごしたら。それだけ忙しかったらデートもろくにできてないでしょ。たまの息抜きも大切よ」
「で、デートって!?」
メルフィナの言葉に動揺して私はあたふたする。オタク街道まっしぐらだった私は、生まれてこの方異性とデートなどしたことがない。おじいちゃんと散歩という名のデートはしたことはあるが、あれはおじいちゃん相手なのでノーカウントだろう。ましてやドラキュリオとは恋人同士でも何でもない。デートなどするはずもなかった。
「なんか勘違いしているようだけど、私とキュリオは恋人同士でも何でもないよ!ただの~、友…達…?」
目が泳ぎまくっている私に、セイラとメルフィナは顔を見合わせて笑った。
「いや、何で疑問形。アタシたちに聞かれてもね。そんな隠さなくたって、別にアタシたちは反対しないわよ。人間と魔族の異種族カップルでも。この間会った時だって、吸血鬼のカレは熱中症になりかけたアンタのこと甲斐甲斐しく看病してたし。そこらへんにいる人間の男よりも頼りになって優しくていいんじゃない」
「えぇ!わたくしも優しくて素敵な方だと思いました!それに確かニコ様の話だと王族の方なのですよね。それならば良識のある方でしょうし、なおのこと安心です。わたくしたちはえり様の恋、応援していますわ」
私が全力で否定するも、その後も二人は勝手に盛り上がっていた。
(決戦前夜に、戦いが終わったらプロポーズするって約束されたけど、あれから一向にそんな素振りを見せないんだよね。まぁ、お互いに毎日忙しいのもあるけど…。……別に、待っているとか期待しているとかではないけども!)
私は何だかんだ言ってドラキュリオに惹かれている自分に気づき、ブンブンと大きく首を振った。
(異世界の、しかも吸血鬼に恋するなんて、漫画やゲームじゃあるまいし。現実的に考えて障害が多すぎる。異世界の人ってだけでハードル高いのに、ましてや吸血鬼…。しかも我儘で悪戯好きで平気で魔王を怒らせちゃう問題児だし……。でも、私にはすごく優しいんだよね)
私は頭の中で彼の笑顔を思い浮かべると、はぁっとため息を吐いた。ケルの言う通り苦労する未来が見えてきた気がした。
私はその後おじいちゃんの迎えが来るまで、セイラたちと一緒にシャドニクスの人々のケアを手伝った。
次の日、私はまたおじいちゃんに送ってもらい、今度はオスロの視察に来ていた。戦争が終結してからクロロと一緒にオスロに来た時に、大体の土地勘は掴んでいた。オスロは町全体が雪化粧をしており、今日も粉雪が舞っていた。オスロは賭け事ができる小さい酒場から、スロットやカードゲーム、ルーレットやダイスで賭け事ができる大型のカジノ施設がある。大型のカジノはもはやオスロを代表する商業施設となっており、ダンスショーや食事処、子供でも遊べるダーツやビリヤードなども併設されている。雪に閉ざされた寒い土地だが、一攫千金を狙って毎日遠方からも人々が来るほどだった。
私はまずオスロの領主に会い、変わったことがないかを確認した。その後、大型カジノのVIPルームに住んでいるというニコに会いに行った。
カジノに入った途端、眩い光が私の目に飛び込んできた。オスロの中でも超一流というこのカジノは、内装からしてとても豪華だった。あちこち金ぴかで、至る所に設置されているオブジェはおそらく名のある美術品なのだろう。フロアに流れている曲やスロットマシーンから出てくるコインの音、奥で盛り上がっているダンスショーの音が混ざり合って、早くも私の耳は大音量に破壊されそうだった。
「うっるさい!まるでパチンコ屋にでもいるみたい!カジノってこんなところなの!?長時間いたら頭痛くなりそう」
私はオスロの領主に教わった三階の一室にあるVIPルームへと急いだ。
私は重厚感溢れる黒い扉に金プレートでVIPルームと表示された部屋の前まで来ると、二回ノックをして部屋の主が出てくるのを待った。
「はいはい。あ、神谷さん!ちょうどいいところに!近々あなたに会いに行こうと思ってたところなんだ」
ニコは扉を開けて私の姿を見るなり、無表情から少し喜んだ顔へと変えた。中学生手前だというのに、表情一つ変えずいつも冷静でしっかり者の神の子にしては珍しく感情が表れている。
私は部屋に招き入れられると、見るからに高そうな座り心地の良いソファに腰掛けた。さすがにVIPルームと言うだけあって、置いてある調度品や壁に掛けてある絵画などどれも高そうに見える。部屋には専用のルーレット台やカードゲーム台まで置いてあった。ここは三階で隔離された部屋なので、あのカジノの騒音も届かないため過ごしやすいだろう。
「ふぅ~。ようやく一息つける。もう騒音で耳がおかしくなるかと思った。カジノなんて生まれて初めて来たけど、こんなにうるさいところだったんだね。よくニコ君平気だね~」
「あぁ、ここは特別うるさいんだ。他のカジノや賭場はもっと静かだよ。ここのオーナーはちょっと趣味が悪くて。…それで、神谷さんは僕に何の用で?」
ニコは私に温かいココアを用意してくれた。耳が真っ赤になるほど外は寒かったので、温かい飲み物は大変助かる。
「別に特別な用はないんだけど。魔王から定期的に各街の視察を頼まれてて、今日はオスロの領主に魔族関係で何か困ったことが起こってないか聞きに来たんだ。だからニコ君の話を先に聞かせて。私に何か用があったんでしょう」
私はココアを息で冷まして飲みながら答えた。
向かいのソファに座るニコは小さくため息を吐くと、心底迷惑そうな顔を浮かべて口を開いた。
「じゃあ単刀直入に言うけど、神谷さんの恋人がうっとおしくて困ってるんだ。どうにかしてくれない?」
「……それって、もしかしてキュリオのこと言ってる?」
「もしかしなくても吸血王子しかいないよね」
即答で返すニコに、私は先ほどの騒音とは違う意味で頭が痛くなってきた。あのニコが本気で迷惑そうな顔をしているということは、もうすでに相当彼に被害をもたらしているということだ。
「ご、ごめんねニコ君。キュリオが迷惑かけているみたいで。でも一応断っておくけど、私キュリオの恋人ではないから」
「あぁ、やっぱり。じゃあ予想していた通り吸血王子の妄想か。僕には彼、恋人だって豪語してたから。彼お得意の既成事実って奴だね」
「…まったくキュリオは相変わらずなんだから。あれ、でもキュリオは今魔界で任務についてるはずだけど、いつニコ君のところに来たの?」
私が首を傾げると、ニコはテーブルに置いてあったフルーツの盛り合わせをつまみながら答える。
「最近は二日に一回は押しかけて来てるんじゃない。吸血王子って友達いないの?僕にばっかり愚痴を言いに来てるんだけど。毎回聞かされる僕の身にもなってほしいよ」
「まさかそんなことになっているとは…。本当にごめんね、うちのキュリオが」
私は身内でもないのに深々と謝った。魔王の命令を無視してこんなところで油を売っているとは知らず、これでは当分クロウリーの城での作業は終わらないだろう。
「ちなみに、キュリオはどんなことを愚痴ってたの?」
「僕は魔族じゃないからぶっちゃけちゃうけど、ひたすら魔王の悪口言ってたよ。『ボクのえりちゃんを奪いやがってぇ~』って。今はまた魔王城に住んでるんだってね」
「うん。キュリオや配下の人たちまでもが任務をサボってばかりだから罰としてね。多分私に会える機会が減ったから、その分ニコ君のところに来て愚痴をこぼしてるんだと思う」
ニコはフォークで刺した桃を頬張りながら呆れた調子で言う。
「愚痴をこぼす暇があるなら仕事片付けろっつうの。神谷さんも大変だね、あんなのに惚れられて。僕の中じゃフォードと並ぶほどの面倒な人になりかけてるよ」
「フォードと並ぶほどって、ニコ君てフォードと仲悪いの?」
「うん。お互いに嫌ってるんじゃない。あの人はいつも騒がしくて馬鹿で幾度となく会議を中断させてきたから。機械に関してだけは天才だけどさ」
「ふ~ん」
私はココアを啜りながらフォードと会った時を思い出す。
(そういえば、あの時もサラマンダーに壊された飛空艇をあっという間に持ち直してたな。見かけによらず機械には強い空賊なんだ)
私が記憶を遡っていると、ニコが思い出したように話しかけてきた。
「そういえば、この間久々にスターガーデンでラズベイルと対話したらしいね。無事に異世界に戻れそうで良かったじゃない」
「うん!話を聞くまではちょっと帰れるかどうか不安だったんだけど、無事帰れそうで良かった。それにラズベイルに直接確認したんだけど、私の能力を使えばまたこっちの世界にも来れるみたいだし、もう何も心配事はなくなったよ」
私は声を弾ませてニコに言う。
実は無事に戦争が終結した後、私と魔王とケルベロス、ロイド王とカイトは再びスターガーデンで再会した。ちょうどその時弱々しい力だったが、ラズベイルが語り掛けてきたのだ。
ラズベイルは平和が訪れたことに深く感謝し、これまでの苦労を労ってくれた。そしていつでも元の世界に戻してくれることを約束してくれたのだ。私は元の世界に戻れることを喜んだが、魔王はまだバタバタしている状態だから当分帰すつもりはないと釘を刺してきた。ロイド王たちからも、もう少しだけ力を貸してほしいとその時お願いされたため、私はまだこの世界にいるのだ。
「心配事はなくなった、か。僕は今から不安だけどね。神谷さんが元の世界に戻ったら、あの吸血王子が毎日押しかけてくるんじゃないかと」
「あ、あははは。帰る前にちゃんと注意しておくね。ニコ君に迷惑かけないようにって」
「そうしておいてよ。少し会えない今でさえこんな状態なのに、神谷さんが異世界に行って会えなくなったら気が狂っちゃうんじゃないの彼。なるべく早く帰ってきてあげてよ」
私は十分あり得そうな未来に笑顔を引きつらせながら、ニコとしばらくお茶をして過ごすのだった。
ニコと会ってから更に数日後の夜。私はそろそろ寝ようかと着替えの準備をしていたところ、部屋をノックする音で手を止めた。
返事をして扉を開けると、そこには意外にもドラストラが立っていた。
「よかった。まだ起きてたな姫候補。ちょっと大人しくついて来てもらおうか」
「ドラストラ!?こんな時間にどうしたの?」
「いいからさっさとついて来いって。魔王様にバレたら大目玉喰らっちまうだろ」
何の説明もなしに私の腕を掴んで引っ張るドラストラに眉をひそめたが、改心した彼が悪いことをするとは思えず仕方なく私は大人しくついて行くことにした。
ドラストラはそのまま私を連れて魔法陣を使って暗黒地帯の領域へと戻った。ここまで来れば行先は一つしかない。
「ねぇドラストラ。魔王に無断でキュリオの城に行ったら私まで怒られちゃうんだけど」
「何だよ!お前姫候補のくせにキュリオの味方じゃねぇのかよ!怒られてもいいからキュリオの傍にいたいとか、可愛げのあることくらい言えねぇの!?アイツってば何でこんな地味女を選んだんだか」
ドラストラの心無い一言に、私の頭にピキッと怒りの亀裂が入った。
「どうせ私は何の魅力もない女ですよ!じゃあ私はこれで帰ります。さようなら」
私が自分の能力で空間転移しようとするのを、ドラストラは慌てて止めに入る。
「ちょちょ、ちょっと待った!拗ねるなよ!悪かったって!頼むから今日はキュリオに会ってやってくれ!」
「どうせキュリオに褒められたいドラストラの点数稼ぎじゃないの。気を利かせて私を連れて行けば絶対キュリオが感謝するもんね」
「そうじゃないって!たった一言でどんだけヘソ曲げてんだよ!機嫌直せって!むしろオレはキュリオに頼まれたからわざわざ魔王城までお前を迎えに行ったんだぞ」
蒼白の光を纏っていた私は、必死に呼び止めるドラストラに免じて一旦能力発動を中止する。
「キュリオが頼んだって、じゃあ当の本人は何してるの?」
「それは~、知らねぇよ」
あからさまに目を逸らすドラストラを見て、私は表情を険しくする。
「また人様に迷惑かけるようなこと企んでたりしないよね?」
「あのなぁ!お前を呼んでわざわざそんなことするわけないだろ!確かに色々周りを困らせてきた前科があるから疑う気持ちも分からなくはないが」
「うん。完璧に信じることができないのが苦しいところだね。本人の自業自得だけど」
私は結局ドラストラの後について林道を抜け、数週間ぶりにお城に行くことにした。
お城の玄関についたところで、執事のセバスが私を出迎えてくれた。
「えりお嬢様、本日はわざわざお越しくださりありがとうございます。ドラストラ様も、お迎えご苦労様です」
「おう。それじゃあオレは帰るよ。キュリオによろしくな」
ドラストラは手をひらひらさせるとさっさと退散してしまった。その場に残された私はセバスに事の経緯を訊ねる。
「セバスさん。ドラストラはキュリオに頼まれたから私を迎えに来たって言ってたけど、セバスさんも承知なんですか?私を勝手に魔王城から連れ出したらキュリオがまた怒られるんじゃ」
「ご心配なさらず。坊ちゃんやドラストラ様は秘密裏にお嬢様を連れ出したとお思いでしょうが、わたくしが事前に魔王様から許可をいただいております。でなければお嬢様を連れて来るなどわたくしが許可致しませんよ」
ニッコリ笑う執事に、私はさすがとしか言いようがなかった。ドラキュリオにはこれぐらいできる執事が傍にいて暴走をコントロールしておかなければ、たちまち魔王の怒りを買って吸血鬼一族が睨まれてしまうところだろう。
私はセバスに案内され、とりあえずこの間まで使っていた部屋へと通された。そこには真っ赤なパーティードレスが用意されており、ドレッサーには今まで付けたこともない高価なアクセサリーや髪飾りも置いてあった。私が目を丸くして驚いていると、セバスが横から説明してくれた。
「これは全て坊ちゃんがお一人で揃えられたものです。お嬢様を想いながら一つ一つ。何でも戦いが終わったらお嬢様と約束したことがあるとかで、そのために大事な魔王様の任務を時々サボりながら集めたそうですよ。執事としては感心しない部分が多くありますが、坊ちゃんは王様に似て女性に大変尽くされる性格のようなので、今回だけは大目に見てあげましょう。その代わり、後でお嬢様の方から叱っておいてください。お嬢様に叱られれば少しは応えるでしょう」
私はセバスの話を聞きながら、胸がいっぱいになって何も言葉が出てこなかった。じっとドレスやアクセサリーを見入る。
「さぁ、お嬢様との約束を果たすためにすでに坊ちゃんは別室でお待ちです。わたくしは一旦外で待っておりますので、お着替えください」
セバスはそう言うと、一度部屋から退室した。一人残された私は、ドレスに近づくとそっと刺繍に触れた。
(約束通りプロポーズするために、わざわざこんなものまで用意するなんて…。私を想いながら選んでくれたって言ってたけど、どう考えても中身の私の方が劣っちゃうよ。こんな素敵なドレス…。アクセサリーだってすごい綺麗…。私なんか霞んじゃうって)
私は心の中でそう思いながらも、顔は嬉しさに微笑んでいた。ドラキュリオがわざわざ私のために選んで用意してくれたという事実が嬉しく、そして宣言通り約束を果たそうとしてくれていたことが分かり、私はそれだけでもう十分満たされた気持ちだった。
(何だかんだ言って、私もいつの間にかキュリオのこと大好きなんだよな…)
私は内心悔しい気分を味わいながら、このドレスを着て見せて、きっと満面の笑みを浮かべるであろうドラキュリオの姿を想像して微笑んだ。私はこれ以上待ち人を待たせないよう、ドレスへと袖を通した。
ドレスアップした私は、セバスに先導されながら廊下を歩いていた。滅多に履かないハイヒールに、私は少し慎重になりながら歩く。ドラキュリオに会う前に足を挫いたりなんかしたら、もう恥ずかしくて目も合わせられないだろう。
「それにしても、さすがは坊ちゃんのお選びになった方ですね。とてもお綺麗ですよ、えりお嬢様」
セバスは私を振り返ると、満足そうに頷いた。
私は胸元と背中が大きく開いたドレスを着ており、二の腕に赤い花をあしらった袖がついていた。折り目のついたスカートも丁寧に花の刺繍があしらわれており、所々にスパンコールのような光る装飾が施されていた。首には用意されていたルビーのネックレスに、耳にはお揃いのイヤリング、腕には金のシンプルな二連のブレスレットをしている。長い髪はアップにし、これまた用意されていた花型の髪飾りを付けていた。
着替えが済んで廊下に出ると、なんとその後セバス自ら私にプロ顔負けのメイクまで施してくれたのだった。満足そうに頷いたセバスは、きっと自分の仕事にも満足しているという意味なのだろう。
(本当にセバスさんてできる執事だよなぁ)
私は鏡を見て、自分でも見違えるほど綺麗になったと驚いた、つい数分前を思い出しながら心の中で呟いた。
「それではお嬢様、ここで坊ちゃんはお待ちです。どうぞ、楽しいひと時をお過ごしください」
セバスはゆっくり扉を開けると、私を中へと誘った。
「ここって確か、ダンスホール…」
私は以前ドラキュリオに案内された時にも訪れたダンスホールに足を踏み入れた。ホールに入ると、天井に吊るされたシャンデリアの光だけでなく、周囲にも淡い光が漂っていた。私はすぐにそれが城の外にある林道にいる夜光虫の光だと分かった。
漂う光に照らされながら、私はホールの中心に立つ吸血鬼の王子の下へと近づく。彼は本来の姿で、私に背を向けて立っていた。ヒールの音をカツンッと響かせながら、私は手を伸ばせば触れられるところまで来て立ち止まった。
私の方をゆっくり振り返ったドラキュリオは、今日は黒のタキシードを着てビシッと正装していた。吸血鬼界の王子だけあって、タキシードを着たその立ち姿だけでも十分様になっており、私はじっと彼の姿に見惚れてしまった。
少しして正気に戻った私は不自然に思われないよう場を取り繕うとしたが、私よりドラキュリオの方がもっと重症なのに気が付いた。
「キュ、キュリオ?お~い」
私はこっちを見て固まったまま動かないドラキュリオに、顔の前で手をブンブンかざしながら呼びかけた。ようやく我に返ったドラキュリオは、照れ笑いを浮かべながら私を大絶賛した。
「ごめんえりちゃん!あまりに綺麗なもんだから見惚れちゃった!きっとえりちゃんに似合うだろうな~って選んだものだったけど、やっぱり実物は想像以上だったよ!さすがはボクが選んだお気に入り☆すっごく綺麗だよ、えりちゃん」
「あ、ありがとう…。キュリオも今日のタキシード姿、すごくかっこいいよ」
予想した通り最後は満面の笑みで褒めてくれたドラキュリオを私は直視することができず、私は少し俯きながら彼を褒め返した。
「ホント!?えりちゃんに相応しいように今日はちゃんと正装しました!前回は断られたけど、今夜は一緒に踊ってもらうヨ!…それではお姫様、お手をどうぞ」
「えっ!?いや、キュリオ。前も言ったけど私ダンスなんて踊ったことなくて。それに今日はヒールが高いからダンスなんて」
「大丈夫大丈夫!ステップなんて踏まないからさ。ただボクにくっついて揺れてるだけでいいヨ」
ドラキュリオは私の手を取りもう片方の手を腰に当てると、ふわっと空中へ連れ出した。そしてスタンバイさせていたコウモリに音楽をかけさせ、照明も消灯させた。ダンスホール内は壁に掛かっている蝋燭の火と夜光虫の光だけになる。
私たちはしばらく幻想的な淡い光の中で空中ダンスを楽しむ。特に会話がなくても、二人で見つめ合って微笑みあうだけで十分互いの心は満たされていた。
曲が一曲終わり、二曲目になったところでドラキュリオが口を開いた。
「それにしても、いつもは可愛い感じなのに、今日はとびきり綺麗だネ。見違えちゃったよ。最初見た時ボク心臓止まるかと思った」
「お、大げさな。まぁでも、私も最初鏡見た時ちょっとビックリしたけど。この化粧セバスさんがやってくれたんだよ。本当に何でもできる執事さんだよね」
「エッ!?爺やがやったの!?…まさかそんなことまでできるとは。恐るべし爺や。でも、そのおかげでこんなに綺麗なえりちゃんを見ることができたし、良い仕事してくれたネ」
ドラキュリオは上機嫌で舞う。普通のダンスはステップがあって難しいが、空中でクルクル舞うこのダンスはリードしてくれるドラキュリオに合わせていればいいのでとても楽だった。
「キュリオ。セバスさんに聞いたんだけど、今身に付けてるドレスやアクセサリーとか、わざわざ私のために用意してくれたって。本当にありがとう。私を想いながら一つ一つ選んでくれたって聞いて、すごく嬉しかった」
「よ、喜んでくれて良かった!えりちゃんを想像しながら選んではいたけど、若干ボクの趣味も入ってるから、こんなドレス嫌って言われたらどうしようかと思ってたんだ」
私が素直に礼を述べると、照れているのかドラキュリオはそっぽを向きながら答える。
「確かにちょっと胸元と背中の露出が多いからね。自分じゃ絶対こんなの選ばないし」
「うっ…。別に下心とかないからネ!本当にすごく似合ってるし!」
「フフッ。別に責めてないってば」
焦った表情をするドラキュリオが可笑しくて、私は踊りながら声を出して笑う。ドラキュリオもそんな私を見て穏やかに笑った。私たちの間に良い雰囲気が流れ、次第に緊張してきた私はとりあえず適当な話題を放り込んだ。
「そうだ!私のために色々考えて準備してくれたのは嬉しいけど、これ以上任務をサボっちゃダメだよ!いつまで経ってもクロウリーのところの作業が終わらないじゃない」
「はぁ~い。これからはちゃんとやりますよー。いつまでもえりちゃんを待たせてられないしネ。今の任務を終わらせたら、魔王様に直訴してえりちゃんをまたこの城に住めるようにするからさ」
「またここに、ねぇ。結局また任務に身が入らなくなって魔王城に逆戻りという未来が訪れそうな気がするんだけど。大丈夫なの?」
私はかなりの確率で起こり得そうな未来を想像し、目の前の問題児を直視する。ドラキュリオは笑顔を引きつらせると、首を左右に振ってその未来を否定した。
「し、心配性だなぁ。もう離れ離れにされないように真面目に任務するって。それにもしまた魔王様に別居を命じられても、今度は全力で戦って阻止しちゃうから任せてヨ☆」
「コラコラコラ!全然反省してないから!もう、本当に困ったちゃんなんだから。そういえば最近ニコ君のところにも押しかけて迷惑かけてるでしょ。困っているみたいだからこれ以上ニコ君のところに長居しないようにね」
私が口を尖らせて注意すると、ドラキュリオは驚いた顔をしてからすぐに怒った顔つきになった。
「神の子め!まさかえりちゃんに告げ口するとは何て奴だ!今度会ったらアイツの好物のフルーツを全部食べてやる!」
「コラ!ダメでしょ迷惑かけちゃ!二日に一回は顔を出してるって聞いたよ。友達はいないのかって、ニコ君心配してたよ」
「な、何が友達いないのかだ!それはこっちの台詞だっつうの!会いに行く度いつも一人でフルーツ突いてるくせに!こっちの方がぼっちなのかって心配してたわ!」
ムキになって大声を出すドラキュリオに、私はまた声を出して笑ってしまう。もしかしたらお互いに心配して相手に付き合ってあげていたのかもしれない。
「じゃあどっちもお互いが初めての友達かな」
「友達じゃないってば!神の子には今までの戦争で借りがあるからネ。いつか戦って決着をつけるんだから」
「決着って、もう人間と魔族で戦うのは禁止だよ。また戦争の火種になったらどうするの」
ドラキュリオはう~んと悩んだ末、苦し紛れにポツリと呟く。
「賭け事で決着つける、とか」
「それ、戦う前から勝つこと放棄してるから。ニコ君相手に賭け事で勝てるわけないでしょ」
「う~!でも神の子に負けっぱなしは嫌なんだもん。だからボクたちは友達じゃなくて宿敵なわけ」
「はいはい。そう思ってるのはキュリオだけかもしれないけどね」
悔しそうに唸る彼に、私はクスクス笑う。長い戦いを通して、ドラキュリオとニコの間には友情のようなものが芽生えているのだと思う。でなければ出会った当初人間を軽んじていたドラキュリオが、わざわざニコに会いに行ったりはしないだろう。この世界に来てからの事を頭の中で色々振り返っていると、私はふとある事を思い出した。
「ねぇ、そういえばさ、星の戦士と魔族が手を組む前日に城が襲われたでしょ。あの時こっちの情報が敵に漏れていたって話だったけど、結局誰が敵に情報を漏らしたんだろ」
「あ~、それね。ボクも気になってたから魔王様に調査しようか進言したんだけど、魔王様からはもう片がついてるから気にしなくていいって言われた。魔王様は誰が裏切ったか知ってるみたいなんだけど、誰なのかまでは教えてくれなかった。でも魔王様がもう気にするなって言うんだから、何も心配はいらないんじゃない」
「ふ~ん」
魔王がそこまで言うのならもう心配はいらないのだろうと、私もそれ以上は追及せず納得した。
三曲目が終わると、ダンスホールはシィンと静まり返った。
ドラキュリオはゆっくり地上へ降りると、真剣な顔つきで私の顔を見つめる。私も今回は顔を逸らさず、じっと彼を見つめ返した。自然と私の胸は高鳴り、うるさいくらいに心臓の音が聞こえた。
「えりちゃん。決戦前夜の約束、今ここに果たすよ。……ボクの恋人になって、将来はボクを傍で支えるお姫様になってください。ボクはえりちゃんが傍にいてくれれば、いつも笑顔でいられるし、絶対誰にも負けない。例えそれが魔王様相手だとしても。君を傷つける全ての者から守り、ピンチの時は必ず駆け付ける。この愛を、生涯君だけに捧げることを誓うよ」
彼の口から紡がれる言葉の一つ一つが私の胸を熱くさせ、鏡を見なくても私の顔はもう耳まで赤くなっているのが分かった。心臓が早鐘を打ち、今まで経験したことがないくらい胸が苦しかった。
(今まで異性に告白されたこともないし、三次元で恋をしたこともなかった。二次元のキャラに夢中になるのとは全然違う。これが、誰かを本気で好きになるということ…)
いつになく真面目な彼から目が離せず、私は見つめ続けたまま口を開く。
「…な、なんか、恋人になるとかじゃなくて、求婚されてるみたいだね」
「そりゃあ結婚を前提のお付き合いですから。プロポーズと一緒だよ。毎日変わらぬ愛を捧げ、退屈しない楽しい毎日を約束するヨ。君が異世界に戻っている間も、離れている間もずっと君を想ってるから。だから、ボクを選んでくれる?今まで情けないところも見せちゃったけど、君を愛する気持ちだけは誰にも負けないから」
「……キュリオ」
彼の真っ直ぐな気持ちは直接私の心に響いた。思えばいつも、ドラキュリオは肝心な時はきちんと言葉にしてくれる。そこには照れや変なプライドなど何もない。飾らない言葉で彼の本心をそのまま伝えてくれる。私を傷つけて部屋に謝りに来てくれた時も、試練を乗り越えて直接謝る時も、ドラストラと仲直りする時も。普段は無邪気で軽い言動が目立つが、そういうちゃんとした時にきちんと自分の気持ちを口に出せるところは本当に尊敬している。
(そういうちゃんと言葉にしてくれる部分も、いつもみたいに無邪気にはしゃいでいるところも、王子としてみんなに指示を出してる時のかっこいい部分も、全部好きなんだよね)
私は心の中で白旗を上げた。もう私の心はすっかり彼に奪われてしまったのだ。ケルの言う通り、苦労する未来を甘んじて受け入れよう。
私は小さく笑うと、ドラキュリオにたった一言こう伝えた。
「私もキュリオの事が大好きだよ」
私の言葉を聞いて、ドラキュリオは瞬きすることも忘れて時間が止まったように固まった。私が笑顔で名前を呼ぶと、再び彼の時間は動き始めた。幸せそうに、でも少し嬉し泣きしそうにドラキュリオは笑うと、ギュッと力強く私を抱きしめた。そして彼は私を愛おしそうに見つめると、優しく唇を奪っていった。
一時は彼の本来の姿を見るだけで恐怖で震えが止まらなかったが、今は彼の腕の中にいるだけで幸せな気持ちになれる。恋とは、誰かを愛する気持ちとは不思議なものだ。
名残惜しそうに一度唇を放した彼は、悪戯っぽい笑みを浮かべて私を見る。
「たっくさんボクが愛する分、えりちゃんもボクにたっくさんお返ししてネ。甘い血なんて目じゃないくらいに、血よりも甘~い日常をボクにプレゼントしてネ☆」
「あ、甘い日常って…。た、例えばどんな」
「エ~、ボクの口から言っていいの?それって、ボクが要求したら実現してくれるって解釈でいい?」
目をイキイキさせて悪戯モード全開のドラキュリオに、私は思い切り首を左右に振った。
甘えるように私の頬にキスを落とす彼に、早くも私は恋人になったのを後悔し始める。
「愛してるよ、ボクのお姫様」
そう言って再び口付ける彼に、不覚にもトキめいてしまった自分も相当惚れてしまっているなと思う。私は目を閉じながら、これから彼に振り回され続けるであろう甘い日常を思いながら、この幸せな瞬間に浸るのだった―――。




