表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/60

第三幕・ドラキュリオ編 第五話 王に相応しき者

 アレキミルドレア国にてガイゼル王を追い詰めた次の日。私とドラキュリオは魔王城へとやって来ていた。

 昨日は戦いを終えた後、怪我人の手当てもそこそこに、捕まえた捕虜たちを魔法陣を使ってユグリナ王国まで送り届けた。捕まえた兵士たちの処遇についてはロイド王に一任し、諸々の報告や今後の作戦についてはニコから説明してもらうことにしてそこで彼とは別れた。

 それから再び魔法陣で魔界の暗黒地帯に戻ると、ドラキュリオは兵士たちを労ってそのまま解散となった。魔力を使えない戦いでいつも以上にみんな疲れており、ドラストラ以外は真っ直ぐ家路へとついた。

 ドラストラはというと、今日の戦いぶりについてドラキュリオに褒めてほしかったのか、お城で夕食を一緒に食べて散々ドラキュリオと喋ってから帰って行った。無事に仲直りしたのはいいが、ドラキュリオに対して相当な構ってちゃんを発揮しており、傍から見ていても少し迷惑がっているのが分かった。

 結局昨日は戦いの疲れもあるため、魔王への正式な報告は翌日にして休むことにしたのだった。

 そして今日、こうして私たちは昨日の戦いの報告と戦場の配置換えについて提案するため魔王城へと足を運んでいた。サラマンダー軍が魔王城を襲撃して来た日以降、私は久方ぶりに魔王城を見た。

「あんなにお庭が綺麗で立派なお城だったのに、ずいぶんボロボロになっちゃったね…」

 私は正面庭園を歩きながら、ひび割れた石畳や折れて倒れた石柱を見て呟く。

 仮の姿で私の横を歩くドラキュリオは、先にある壊れた魔王城を見ながら私に答える。

「そうだねー。どっかのバカが話を聞かず、いい気になって大砲をガンガン撃ちこんだせいでネ」

「あははは…。ちゃんとカイトの伝言をフォードが聞いてくれてたらこんなことにはならなかったんだけどね」

「まぁでも城をこんなにした責任を取ってもらうために、今じゃ魔王様が顎でこき使いまくってるらしいよ。いい気味だネ」

 ドラキュリオは楽しそうにケラケラ笑いながら魔王城の扉を開けた。

 同じ星の戦士としてフォードに同情してやりたかったが、城をこれだけ盛大に破壊していては同情の余地はなかった。

 私たちが雑談を交えながら魔王がいると思われる作戦会議室に向かって歩いていると、ちょうど反対方向からメリィが台車に木材を載せて歩いて来た。

「あら、えりとキュリオじゃない。魔王様に会いに来たの?」

「メリィ!久しぶり~!サラマンダー襲撃日以来だね!大丈夫だった?あれから大変だったでしょ」

 私は小走りでメリィに駆け寄ると、久々の再開にテンションを上げた。再会を喜ぶ私とは対照的に、暗殺人形のメリィは淡々とした対応だ。

「えぇ。度し難いほどの馬鹿が大砲を好き勝手にぶち込んでくれたおかげでね。今もこうして城の防衛をする傍ら修繕作業に追われているわ」

「あ~…。フォードはもう全ての魔族に馬鹿認定されてそうね。この木材で地道に穴とか塞いでんの?途方もない作業じゃない?」

 私は台車に乗っている木材の山を見る。外から城を見た限り、窓や壁の至る所が破壊されていた。とてもこんな木材だけで塞ぎきれるものではなかったように思える。

「いいのよ別に、その場しのぎで。この戦いさえ終わればおじい様の魔法で直せるから」

「ねぇメリィ、魔王様って作戦会議室にいる?」

「えぇ。ちょうどさっきジークと星の戦士のリーダーが来たから、その報告を受けているところだと思うわ」

「ジークとカイトが?二人は確かサキュアとクロウリーの戦場で戦ってたはずじゃ。こんな昼間にどうしたんだろ。何の報告かな?」

 私は隣にいるドラキュリオと顔を見合わせる。私たちはメリィと別れると、魔王たちのいる作戦会議室へと向かった。




 作戦会議室に入ると、メリィに聞いていた通りジークフリートとカイトが魔王と向かい合っていた。私たちを見るとカイトが驚いた顔を、魔王とジークフリートは厳しい表情をドラキュリオに向けた。

 私たちはその反応を不思議に思いながら三人に歩み寄った。

「久しぶりカイト、ジーク。二人はメルフィナの援軍に行ったって聞いてたけど、今日はどうしたの?一旦休戦?」

「いや。休戦というか…」

 カイトが言いにくそうに口を濁すと、代わりに魔王がドラキュリオを真正面から見据えて口を開いた。

「…ドラキュリオ。お前にとっては辛い話だろうが、サキュアが死んだ」

「……エ。なに?どういうこと?何でサキュアが!?サキュアの実力だったら人間に殺されるなんてことないよネ!?」

 ドラキュリオは興奮しながら詳しい説明を求めて魔王に詰め寄る。

 領域を移ったといってもサキュアは元々ドラキュリオの配下だった。その彼女が死んだと聞いて、眷属や配下たちを大切に思っているドラキュリオとしては黙っていられなかったのだろう。

「本来のサキュアの実力ならば、死ぬことはなかっただろうな。全てはクロウリーのせいだ」

「クロウリー…!!」

 怒りで魔力を膨らませるドラキュリオに、私とカイトの間に動揺と緊張が走る。魔族である魔王とジークフリートは平気だが、人間である私とカイトには怒りで増幅する魔力は刺激が強すぎた。

 私は何も言わず、遠慮がちにドラキュリオのマントの裾を引っ張った。頭に血が上りかけていた彼は、マントを引っ張った私を振り返ると、はたと気づいたように漏れ出た魔力を収めた。

「ご、ごめんえりちゃん!大丈夫!?短気なつもりはないんだけど、さすがに抑えきれなくて」

「ううん。仲間が亡くなったんだから怒って当然だよ。ただ、私には刺激が強すぎるから、別室で待ってようか。思い切り怒れないんじゃキュリオもストレス溜まっちゃうでしょう」

「エッ!?いいよいいよ!ここにいて!ボクが抑えるから。えりちゃんと離れるんだったら怒りを抑えたほうが全然マシだもん」

 その場から離れようとしていた私をドラキュリオは必死に押しとどめた。私とドラキュリオのやり取りを見ていた他の三人は、珍しいものでも見るかのような目をしていた。

「驚いたな。あの沸き上がる怒りの魔力を一瞬で鎮めてしまうなんて」

「フン。ドラキュリオは心底あの女に惚れているからな。嫌われるくらいなら自分の方を正すとは。これは今後も期待できそうだな。もしドラキュリオが問題を起こそうものなら、アイツに叱ってもらえば二度と下手な行動は取らなくなるだろう」

「えり殿はキュリオのお目付け役ということですか。そうなればもう吸血鬼一族は安泰ですね」

 三人が好き勝手なことを言っている間に、私とドラキュリオのやり取りも片がついた。結局私はドラキュリオの希望でそのまま同席することになった。全員が落ち着いたところで、そこから先はジークフリートによって説明がなされた。

「昨日から俺とカイトがメルフィナ軍の援軍に入ったのだが、敵にはクロウリー軍もいてかなり苦戦していた。それでも今朝には飛空艇で輸送されたユグリナ騎士団の本隊も加わり、一気に戦況はこっちに傾いた。しかし、突如サキュアの魔力が暴走し、敵味方関係なくかなり広範囲の者が魅了状態にさせられてしまったのだ」

「魔力の暴走?それって、かなり覚えのあるヤバイ状況だネ」

 ドラキュリオの中で、ドラストラが暴走した時の状況が頭をよぎった。

「魅了状態になった者たちは目に移る者全てをサキュアの敵と認識し、手当たり次第攻撃し始めたのだ。幸い俺とカイト、メルフィナ殿は魅了を防げたため、すぐに事態の収拾に努めた。俺は真っ先にサキュアの暴走を止めようとしたのだが、いくら話しかけても会話が成り立たず、彼女は魔王様のために人間を殺すとひたすら叫んでいた」

「メルフィナによると、俺たち人間と魔族が連合軍となることを宣言した辺りから彼女の様子はすでにおかしかったらしい」

「人間と手を組み始めた当初、俺もサキュア宛に伝令を何度も送っていたのだが、誰一人伝者が帰ってこなかった。その時点でだいぶ怪しいと踏んでいたから、ジークフリートにも今回は特に注意するよう伝えておいたのだ」

 三人の話を聞きながら、私はフンフンと頷く。

「魔王が送った伝者が帰ってこないのはかなり怪しいね。もしかしたらその時にはもうサキュアは正気じゃなかったのかも。魔王が大好きなはずのサキュアが魔王の命令をきかないなんて絶対おかしいもん!…私もずっとおかしいと思ってたんだよねー。魔王が好きなはずなのになんでサキュアが敵側にいるんだろうって。サキュアもドラストラの時と同じ、機械魔族に無理矢理おかしくさせられちゃったんじゃない」

 私は隣に立つドラキュリオに同意を求めるように視線を向けた。

「ウン。ボクもそうとしか考えられないと思う。魔王様はうんざりしていたみたいだけど、サキュアは本当に魔王様のことが好きだった。そこをクロウリーに付け込まれたに違いない。ストラの時と同じだよ」

「やはり以前報告にあった機械魔族の可能性が高いか。一応その機械魔族についてもジークフリートには伝えてあったのだが、それを確かめる前に小僧の能力で無力化できたらしいから真相は分からんな」

 カイトの話によると、サキュアの暴走で敵味方関係なく殺し合いが始まり、ジークフリートはサキュアの抑えにいち早く回り、カイトは能力を使って敵味方に掛けられた魅了魔法を解きながらサキュアを目指したという。カイトが駆けつけた時もまだサキュアは暴走しており、魔を浄化する光の能力を発動させて暴走を止めたのだった。

「暴走が止まった瞬間、彼女はプツンと糸が切れたようにその場に倒れてしまって、同時に魅了魔法が解けた敵味方もバタバタ倒れ、かなり異様な光景だったよ」

「そりゃあ数千単位の人が同時に倒れたら異様すぎるよネ。じゃあ結局君の能力でサキュアは正気に戻ったから、機械魔族の仕業かは確認できなかったわけだ。……それで、そこからどうやってサキュアは死んだの?」

 ドラキュリオは少し声のトーンを落としながらカイトとジークフリートに問いただした。

 二人は一度視線を交わすと、代表してジークフリートが口を開いた。

「サキュアが倒れると、それまで後方で静観していたクロウリーが突如俺たちの前に姿を現したんだ。そしてそのままカイトと連携しながらクロウリーと一戦交えた。あわよくばクロウリーを倒し、全ての決着をつけようと思ってな。しかし…、奴の目的は最初から俺たちではなかった。利用価値のなくなったサキュアを始末しに来ただけだったのだ」

 カイトの能力は魔力を帯びたものを全て無効化する能力で、魔法を扱うクロウリーとは相性が良い。ジークフリートと連携しすぐにクロウリーを追い詰めることに成功したのだが、最後に待っていた結末はクロウリーを助けるものだった。

「俺とカイトで逃げられぬよう一斉に攻撃を仕掛けたんだが、よりによって奴は倒れているサキュアを盾にして攻撃を防いだのだ。ギリギリまで攻撃を引き付けてから盾にされてしまったため、俺たちは二人とも攻撃を止めることができず、そのまま……」

「…すまない。俺も咄嗟のことで反応ができず、剣を逸らすこともできなかった。今思えば、俺と相性が悪いはずなのに、奴は撤退することもなく何かを狙っていたようだった。もう少し相手に注意を払っていれば、彼女を死なせることはなかったかもしれない」

「フンッ。結果的にクロウリーの手を汚さず、奴の気に入らない手駒をこちらが始末してやった形になったわけだ。まんまと手の平の上で踊り、さぞ奴は愉快な気分だっただろう」

 魔王は声音に怒りを滲ませながら述べる。

 サキュアをその手にかけてしまったカイトとジークフリートは、利用された己の不甲斐なさを悔いて俯いてしまった。

 ドラキュリオはというと、私を怖がらせないよう必死に怒りを抑えながら拳だけを震わせていた。

「ジークや輪光の騎士がそこまで気に病むことはないよ。魔王様の言う通り、全てはクロウリーのせいだ!きっとサキュアが領域を移ったのも、はじめからアイツの口車に乗せられたからに違いない!ボクの配下のままでいれば利用されて死ぬこともなかっただろうに!絶対に許せない!!アイツだけは!!」

 ドラキュリオは怒りを決意に変えると、キッと魔王を見据えて進言した。

「魔王様、クロウリー軍の相手はボクの軍にやらせて!ドラストラとサキュアの借り、この手で直接返してやるから!ちょうど今日は神の子と話し合って決めた兵の配置換えを頼みにきたんだ」

 そしてドラキュリオは昨日のガイゼル王との戦況報告と配置換えの件について説明した。

「なるほど。そっちもそっちで戦況が大きく動いていたか。…わかった。ならば小僧はガイゼルとの決戦に臨め。人間は人間同士で片をつけろ。ジークフリートは空賊がいなくなった穴を埋めるため、神の子と共にじいの援軍に行け。だが、じいがいるからと言って油断するなよ。竜人族は腹が立つほどタフだからな」

 魔王はこの間まで連日竜人族を相手にしていたせいか、妙に最後の言葉だけ実感がこもっていた。

 カイトはドラキュリオからガイゼル王の昨日の非道な行いを聞き、早くも闘志を漲らせていた。

「ガイゼル王め。自分が守るべき大事な民を切り捨て、挙句の果てに敵もろとも攻撃するとは!王の風上にもおけない!我がロイド王と同じ王を名乗ることもおこがましい!そんな奴が人間界の王になろうだなんて、必ず俺の剣で引導を渡してやる!」

「フン。その意気だ小僧。奴は母上の仇の一人でもあるからな。間違っても取り逃がすんじゃないぞ」

「お前に改めて言われなくてもわかっているさ」

 私の知らぬ間にカイトは魔王とだいぶ打ち解けたのか、臆することなく魔王に言い返した。カイトは当初魔族に対してあまり良い感情を持っていなかった気がしたのだが、ジークフリートとも普通に接しているようだ。もしかしたら騎士同士だから通じるものがあるのかもしれないと私は思った。

「それじゃあボクはクロウリー担当でいいってことだネ。すぐに準備して踊り子の援軍に行くよ」

「いや。その必要はない。クロウリーは軍を引いて自分の領域へと戻った。サキュアの暴走で敵味方両軍ともに多くの被害が出たようだからな。一度態勢を整えるつもりなんだろう。ご丁寧に邪魔が入らないよう領域内にかなり強力な結界を張っている」

「エ~!じゃあ手も足も出ないってこと!?せっかく相手の兵力が弱ってるってのに!魔界を統べる王ならそのくらい何とかしてよ魔王様~!」

「お前なぁ。こういう時だけ俺を魔王扱いして頼って」

 魔王は呆れた目で調子の良い吸血鬼の王子を見る。

 ドラキュリオはテヘッと舌を出すと、甘えた声で何とかしてと魔王にせがんだ。

「お前に頼まれんでも今魔力を溜めているところだ。あと二、三日もすれば竜人族相手に減った魔力も完全回復する。そうしたら奴の結界ごとき俺の魔力でどうとでもなる。お前は来るべき決戦に備えて兵でも整えて待っていろ」

「さっすが魔王様~☆ボクも血を飲んで本気出せば結界破れそうだけど、それじゃあクロウリーと戦う前に疲弊しちゃうからネ。結界は魔王様に任せるよ」

「フン。その代わり、必ずクロウリーを仕留めろよ。母上と父上の仇、必ずその命で贖わせるんだ!」

 もちろん、とドラキュリオは即答すると、ニッと魔王に笑って見せた。人間と魔族、どちらとも最後の決戦に向けて方針が固まった。



 それまで大人しく話を聞いていた私は、ふと他の戦場が気になって戦況を聞いてみた。

「隠密殿の方はさっき片がついたと報告があった。ネプチューン軍は全軍魔界に引き上げたらしい」

「ホント!?良かったぁ~。じゃあ凪さんも佐久間君もこれで一安心だね」

「あぁ、まぁな。ただ…、代わりに別の問題が発生している」

「え?別の問題って?」

 私は首を傾げるが、ドラキュリオはすぐにピンときたようでニッコリ笑った。

「あ~わかったぁ。不利になって撤退したってわけじゃなくて、人間はもう眼中になくなったから魔界に引き上げたんでしょ。お互い戦い慣れてる場所のほうが思いっきり暴れられるしネ」

「お互い?どういうこと?」

「この間レオン軍が隠密殿様の援軍に行ったでしょ。昔っから獣人族と魚人族は犬猿の仲なんだよ。治めてる領域も隣同士でさ、しょっちゅう喧嘩ばっかりしてるんだ。それなのに援軍にわざわざレオンを配置したのは魔王様の確信犯でしょ。最初からこうなることを見越してたんじゃない」

 ドラキュリオはニヤニヤしながら魔王を見るが、当の本人は不満顔だ。

「さすがに俺も獣人族対魚人族の大戦争が勃発することまでは予想していなかった。俺はただレオンにネプチューンの猛攻を抑えてほしかっただけだ」

「エ!?大戦争!?いつもみたいなただの小競り合い程度じゃなくて、大戦争にまで発展しちゃってんの!?」

「あぁ。オスロに派遣しているケルベロスたちを戻してくれと要請してくるくらいだ。だから今はオスロの守りはお前のところの悪魔族だけが行っている。レオンとネプチューンはしばらく放っておくしかないだろうな。数日も戦っていればお互い気が済むだろう」

 魔王は深いため息をつくと、めまいでも抑えるように頭に手を当てた。カイトはその様子を見て、魔王は意外と苦労人なのだなと同情するような目を向けた。

「でもクロウリーとの決戦に臨むならボクの配下も戻してくれなくちゃ。眷属だけじゃ人数的に厳しいヨ」

「わかっている。オスロの守りはクロロの軍の一部を当てるつもりだ。まぁいざとなったら隠密殿の戦場が空いたから、人間側からも援軍は出せるだろう」

 私は魔王の説明を聞き、頭の中で現状をおさらいした。

(残っている戦場は四つ。竜人族対おじいちゃん。ここにはニコ君とジークが援軍予定。次にガイゼル王対カイトたちユグリナ騎士団とフォード率いる空賊連合軍。そしてクロウリー軍対ドラキュリオ軍。あとは一応獣人族対魚人族が戦争中と。クロロとジャックさんは今も引き続き魔界の治安維持中で、セイラちゃんはメルフィナ軍の怪我人の手当てを今もしている感じかな。凪さんと佐久間君はレオンさんのおかげでようやく一息ついた状態か…。あともう少し、元凶であるクロウリーとガイゼル王を倒すことができれば!)

 私はようやく見えてきた終わりに希望を見出す。

 私が脳内で状況整理をしている間に、カイトとジークフリートは新たな戦場へ向かうため早々に部屋を出ていった。

「そうだドラキュリオ。悪いがルナに行ってサキュアの遺体を引き取ってきてくれないか。ジークフリートの話だと一旦踊り子の家に運び込んだらしい。肩書は一応クロウリーの配下ではあるが、もうお前の領域で埋葬してやったほうがサキュアも喜ぶだろう」

「ウン。サキュアは今でもボクにとっては大事な部下だよ。あんな奴の領域になんて埋葬させられない。さっそく行ってくるよ。魔力が溜まって結界が壊せるようになったらすぐに連絡してよネ。クロウリーの奴をソッコーでぶっ倒しに行くんだから」

 こうして私たちは魔王城を後にすると、魔法陣を使ってルナへと向かうのだった。




 相変わらず肌を焼く強い日差しが照り付ける中、私たちは砂漠の街ルナへと到着した。

 前回砂漠にやって来た時はおじいちゃんの魔法があったためそこまで暑さに堪えることはなかったが、今回は砂漠に降り立って五分と経たぬうちに根を上げてしまった。そもそも何の事前準備もせずに砂漠地帯に来たため、私はすぐに喉が渇いてしまったのだ。汗を流して顔を真っ赤にする私を見て、ドラキュリオは大慌てで私を抱えてルナへと飛んだ。そして今、無事干からびる前に街へと到着した次第だった。

「大丈夫えりちゃん!?すぐに踊り子のところに行ってお水をもらおう!ごめんネ、ボクがじーちゃんみたいな魔法が使えたら良かったんだけど」

「ううん。キュリオは最善を尽くしてくれてるよ。私が能力を使えば済む話なんだけど、この暑さで上手く集中できそうになくて」

 私は眩暈がしてきそうな暑さにやられ、私を抱えるために本来の姿に戻ったドラキュリオの胸に顔を埋めた。

「この辺りは季節によっては50℃近くまで気温が上昇する日もあるらしいから無理もないよ。ただでさえ突然来ちゃったし、人間の身じゃあ辛いでしょ。ボクが踊り子の家まで連れて行くから休んでて」

 私はドラキュリオにお姫様抱っこをされ、彼が呼び出したコウモリたちが作る日陰の中で休みながら目的地に着くのを待った。

 ルナの街は砂嵐や日の暑さで家を傷めないよう、全て木造ではなく石造りの家になっていた。街には馬の代わりにラクダがあちこちに繋がれており、移動手段として旅人や商人に貸し出されているようだった。今日は特別暑いようで、露店と思われる屋台にはシートがかけられて休業している。

 人間たちに奇異の目で見られながらドラキュリオはルナの街を飛び回り、ようやくオアシスのすぐ隣にある大きな家の前で見知った人物を見つけた。

「あ!あれは確か聖女!」

 ドラキュリオの声に反応した私は、顔を動かして進行方向に目を向けた。お付きの人に大きな日傘を差してもらいながら立っている人物は、確かに見覚えのある少女だった。

 セイラは近づいて来る魔族に気が付くと、抱えられている私を見て驚き走り寄って来た。

「えり様!どうしてここに!?どこかお怪我を!?」

「久しぶりセイラちゃん。怪我はしてないんだけど暑さでちょっと…」

「聖女!すぐに冷たい水を用意してくれ!あと休ませるところを!」

 セイラはそれだけで全てを察し、すぐに大きな家へと案内してくれた。



 オアシスの隣の大きな家はメルフィナの家だったらしく、私たちは無事に目的地へと辿り着くことができた。

 リビングに通された私は、十分に水分を取った後そのままソファーへと横になった。メルフィナは踊り子家業でとても儲けているようで、家には氷と風の魔晶石をエネルギーにして造られたエアコンのようなものが設置されていた。後に聞いた話によると、その機械は裕福な家にしか取り付けられていないらしく、普通の一般家庭には風の魔晶石が内臓された扇風機のようなものしかないらしい。

 顔が真っ赤だった私が少しずつ落ち着いてきたのを見て、セイラはほっと胸を撫で下ろした。

「脱水症状に陥らなくて良かったですわ。今日のルナは特別暑いですから。わたくしも休み休み兵たちの手当てをしているほどです」

「本当に良かったよ。寒暖差に強いボクでさえ少し暑いと感じるほどだから、人間はかなり暑いだろうからネ。えりちゃんが暑さにやられてそのまま死んじゃったらどうしようかと思った」

 ドラキュリオは部屋に置いてあったうちわで私を扇ぎながら言った。

 普段は我儘を言ったり人を困らせる問題行動が目立つ彼だが、私に関することだけは率先して色々動いてくれたり気遣ってくれる。そういうところは頼りになっていいんだよなぁと熱に浮かされながら私はぼんやり思った。

「水も持たずに砂漠を突っ切ってくるなんて。それもこの一番暑い日に。人間は魔族と違うんだからもっと注意しなさいよね」

 家主のメルフィナは砂漠の街では貴重な氷を袋に入れて持ってくると、私のおでこにそれを乗っけてくれた。

 メルフィナに注意されたドラキュリオは、ぐうの音も出ずにしょんぼりと肩を落としてしまった。

「…それにしても、アンタって七天魔の一人の吸血鬼よね?少し見ない間にずいぶん男前に成長したわね」

 セイラがドラキュリオをジロジロ見ながら言うと、セイラも隣で不思議そうに見ながらコクコク頷いた。

「あぁ。これが本来のボクの姿だからネ。二人とは一、二度しか戦ったことないけど、あの時の姿は仮の姿だから。ボクの本来の姿を知ってた星の戦士は、一番やりあってた神の子くらいじゃないかな」

 ふ~ん、とさして興味がないように相槌を打ったメルフィナは、さっさと話題をここに来た目的へと変えた。

「それで、わざわざルナに何しに来たの。今後の方針についてはついさっきカイトから聞いたわよ。アタシは待機で、セイラは怪我人の手当てが済んだらガイゼルの戦場の援軍だって」

「ボクたちが来たのはサキュアの遺体を引き取るためだよ。君とはずっと敵同士で戦っていたのに預かってくれてありがとネ」

「…いや。同じ魅了を扱う者同士、よく戦場で口喧嘩もしたけれど、本気で憎み合って戦ってはいなかったから。私も最期の瞬間を見ていたけど、可哀想な子だったわね……。出血が酷かったから、こっちで勝手に血止めして傷口も塞いじゃったわ。あと血だらけの服じゃ可哀想だったから、服もこっちで綺麗なものに着替えさせちゃったから。最後だからとびきり良い女にして送り出してやらなきゃいけないからね」

 メルフィナは柔らかく微笑みながら言った。長い間女の戦いを繰り広げてきたため、メルフィナとサキュアの間にはもはや友情のようなものが芽生えているのかもしれない。

 ドラキュリオはメルフィナの気遣いに深く感謝すると、私の体調が回復してからサキュアを生まれ故郷へと送り届けるのだった。




 ルナの街から私の空間転移で一気にドラキュリオの城まで戻って来た後、私は部屋に戻って休み、ドラキュリオはサキュアを連れて悪魔族の集落へと向かった。魔王の命でオスロから帰還していた悪魔族たちは、ドラキュリオからサキュアの最期を聞いて怒りを爆発させたらしい。来たるクロウリーとの決戦に向け、みんなの士気は十分だった。

 そして次の日の夕方、魔王がわざわざドラキュリオの下まで会いに来て決戦の日を告げた。

「明日には俺の魔力も完全に回復する。明日、俺が結界を破壊したら一気に全軍を率いて雪崩れ込め。逃げる隙を与えぬよう、最速で奴の下まで行って倒すんだ」

「了解!先代魔王様、リアナ姫、サキュアの分の無念、ボクが全てぶつけてくるよ!」

「あぁ。後で俺が直々にあの世に送ってやるからトドメは刺すなよ」

「わかってるって!クロウリーの首を取るに相応しいのは魔王様だけだからネ」

 魔王は作戦決行時間を伝えると、マントを翻して外へと向かう。城の扉を開けたところで、何故か魔王はこちらを振り返って立ち止まった。

「…サキュアは、悪魔族の集落にいるか」

「!?ウン!まだ最後の祈りを捧げている時間だから埋葬されてないよ。最後だから会いに行ってあげて。きっとサキュアも喜ぶよ」

 魔王は目だけで頷いてから城を出て行った。私は魔王の後ろ姿を見送ると、頬を緩めてドラキュリオと笑い合った。

「魔王がわざわざ決行日時を伝えるためだけに会いに来るなんておかしいと思ったんだよね~。きっとサキュアに会いに行くついでだったんだ」

「魔王様は怖い顔に似合わずメチャクチャ優しいからネ。クロウリーに利用されちゃったけど、サキュアの魔王に対する想いは本物だったから。彼女のその想いに報いるためにも最後のお別れに行くんだよ」

「……よし!明日に備えて今日は早めに休まないとね!明日で人間と魔族の長い戦争も終わりにしよう!」

 私が拳を突き上げると、ドラキュリオもオォーッと元気よく答えてくれた。




 そしてその日の深夜、私は遠足の前の日の子供のようになかなか寝付くことができなかった。決戦前夜ともなるとやはり色々心配事が頭をよぎり、先ほどから色んなシチュエーションの妄想ばかりしている。不測の事態に備えて様々な妄想を事前にしておくのは確かに良いのかもしれないが、このままでは寝不足の状態で決戦に突入しそうだった。

 私はベッドから這い出ると、気分転換にお城を少し散歩することにした。


 私は夜の薄暗い廊下を歩きながら、すっかり暗いところにも慣れたなぁと自分を感心した。

(人間の慣れって怖いなぁ。吸血鬼の城に住んでても平気になるとは。……この世界に来てからずいぶん経つけど、あともう少しで私の役目も終わりかな。この戦いが終わったらきっとラズベイルが元の世界に帰してくれるよね。……もしこれから先も私の世界とこの世界で行き来ができるのなら、キュリオやみんなと離れずに済むんだけど。せっかく仲良くなれたから、やっぱり会えなくなるのは寂しいよね)

 私は無意識にドラキュリオの笑顔を浮かべている自分に気づき、顔をブンブン左右に振って妄想を打ち消した。

(命の恩人って理由から私をすごく気に入ってくれてるみたいだけど、悔しいけどドラストラの言う通り、私なんかより美人で可愛い子なんかいっぱいいるし。わざわざオタクの地味女の私を選ばなくても…。吸血鬼で我儘で悪戯好きだけど一応イケメンの王子様だし、もっと相応しい女性がいいよね。そもそも寿命の違う人間じゃなくて同じ魔族の方がいいんじゃ…)

 私は眠るための散歩に出たはずなのに、ベッドで横になっていた時より悶々と考え事にふけってしまう。ふと窓の外を見ると、城の西塔の上に今頭を悩ませている王子が一人佇んでいるのが見えた。

(もしかして、私と同じで明日の事を考えて眠れないのかな)

 私は西塔に足を向けると、彼に会うべく夜の城を早足で進んだ。



 西塔の螺旋階段を上がりきると、そこには先ほどと変わらず本来の姿になっているドラキュリオが無言で立っていた。考え事をしているのか、珍しく私が近寄っても気づいていないようだった。

「…キュリオ」

 私が遠慮がちに声をかけると、彼は肩を飛び上がらせて驚き振り返った。

「えりちゃん!?どうしたのこんな時間に!?」

「明日のことを色々考えてたらなんか眠れなくて。ちょっと気分転換に散歩してたところ。キュリオも眠れないの?」

 私は彼の隣に立つと、塔の上から周りの景色を眺めた。

 日が昇らないここ暗黒地帯では、常に見えるのは夜の景色だ。城の先にある林道からは、夜光虫の淡い光が漏れ出て光の道を作っている。吸血鬼ではない私は夜目が利かないためこの闇を見通すことはできないが、それでも私はこの領域の景色が十分綺麗な夜景に見えた。

「ボクもえりちゃんと同じ。色々考えちゃってさ。明日は絶対失敗できないから。ストラやサキュアの借りを返すのはもちろん、ずっとボクを信じて待ってくれていた魔王様のためにもネ」

「…信じて待ってた?」

 私がオウム返しに聞くと、ドラキュリオはニコッと笑って胸の内を語ってくれた。

「えりちゃんはもしかしたら気づいてないかもしれないけど、あぁ見えて魔王様よりボクの方が年上なんだよ。見た目に騙されちゃうかもしれないけどネ」

「えぇ!?そうだったの!?偉そうだし絶対魔王のが年上だと思った!」

 私が驚いて見せると、ドラキュリオは楽しそうに笑った。

「でしょでしょ~。魔王様は寿命はちゃんと魔族だけど、成長の速さは人間の血が濃く出てて、あっという間にボク抜かれちゃったんだぁ~。昔はボクの方が見下ろしてた時期あったのに」

 ドラキュリオが心底残念そうに呟くので、私は思わず笑ってしまった。

「だからここだけの話、昔は親父の後について魔王城に行った時よく魔王様とは遊んだ仲だから、ボクにとっては今でも可愛い弟みたいなものなんだよネ。本人に言ったら絶対怒りそうだけど」

「フフフ。怒るって言っても表面上だけで、内心ではきっと喜んでそうだけどね」

 そう言うと、私たちはひとしきり笑い合う。決戦前夜だというのに、私たちの間には穏やかな空気が流れていた。

「魔王様はボクが血を飲めなくて苦しんでいる時も、特に追及せず七天魔の位も剥奪しないでくれた。ボクが自分自身に苛ついて任務をサボったり腐っていた時期も、ボクのストレスを発散させるためにお説教と称して手加減しながら戦ってくれた。本当に……、フェンリス様は器のデカイ優しい王だよ。魔族と人間のハーフなんて関係ない。魔界を統べる王はああいう人じゃないと務まらない。誰もついて行こうと思わないよ」

 ドラキュリオは笑みから真剣な顔つきになると、夜の闇を見据えながら決意する。

「ハーフという立場でずっと苦しい思いをしていたのに、ボクは今までろくに魔王様の力になることができなかった。だけど弱点を克服した今、ようやく魔王様の頼れる七天魔として働くことができる。明日は必ずクロウリーを生け捕って、今まで迷惑かけた分をお返ししないとネ」

「…うん、そうだね。ずっと黙って見守ってくれた魔王に報いるためにも、明日は一緒に頑張ろうね!」

 私はドラキュリオの決意を聞いて、自分も気を引き締め直した。

(…いつもキュリオが魔王をからかって遊んでやり合ってるのかと思ってたけど、本当はイライラのはけ口として魔王が付き合ってあげてたんだ。ホント、分かりにくいんだけど実はすごく優しいんだよなぁ魔王って。…キュリオの言う通り、フェンリスのような人が魔王じゃなくちゃ。間違っても自分のことしか考えてないクロウリーなんか絶対魔王にさせちゃいけない!)

 私が心の中で意気込んでいると、ドラキュリオがどこか不安げな声で話しかけてきた。

「ねぇえりちゃん。前にちょこっと話に出たけど、この戦争が終わったら本当に元の世界に帰っちゃうの?」

 唐突に話題を変えられた私は、一瞬虚を突かれて思考が止まった。

 隣を見ると、ドラキュリオが寂しげな表情でこちらを見ていた。目が合った瞬間、私の胸はキュッと締め付けられ、二次元に恋するのとは違う初めての恋の切なさを感じた。鼓動が早くなっていき、私は無意識に目を逸らした。

「…うん。私にも向こうの世界に家族がいるし。でも、前に話した通り私の能力で世界を行き来できるかもしれないし。まだお別れと決まったわけじゃあ」

「よっし!決めた!」

 突如大きな声を出したドラキュリオに、私は思い切り不意を突かれて飛び上がった。

「な、何突然!?何を決めたの?」

「明日クロウリーを倒して無事に帰ってきたら、えりちゃんにプロポーズする!約束!」

「え…。エェ~~~!?何いきなりとんでもない約束してんの!?プ、プロポーズって、結婚ってことじゃ」

「もっちろん!他の意味ある?」

 動揺する私とは対照的にドラキュリオは平然と答える。私は思いもよらぬ急展開に頭がついていかない。

「えっと、恋人をすっ飛ばしていきなり結婚とか言われても。とても了承する見込みはないと思われますがキュリオさん」

 私はプロポーズをしてからドラキュリオがショックを受けないように、早めに結果をお伝えすることにした。

「えぇ~!どうしてよ~!もうボクたちラブラブじゃん!すでに眷属や配下公認の恋人同士みたいなものじゃない」

「ちょっと待って!いつ私たちラブラブな関係になった!どちらかと言うとついこの間まで破局寸前の仲じゃなかった」

「イヤだなぁ。そこを乗り越えて愛が深まったじゃない。今やもう相思相愛でしょ」

 そう言って無邪気な笑顔を向けるドラキュリオに、私はだんだんと頭が痛くなってきた。ついさっき感じた恋の切なさというのも勘違いだったのかもしれない。

「私思うんだけど、キュリオが私に惹かれてるのって、私が命の恩人だからでしょ。たまたま命を救われたから頭の中で美化しちゃってるんだよ。でなければ私みたいな美人でもない色気もない女に興味を持つはずないし。この際キュリオのためだからハッキリ言うけど、キュリオは将来吸血鬼の王になるんでしょう。だったら私なんかよりもっと美人で尚且つ寿命の長い同じ魔族の女性をお嫁さんにもらったほうがいいと思う。その方が絶対後悔しないよ」

 私が一気にまくし立てると、ドラキュリオは目をパチクリさせた後、プッと噴き出して大笑いした。深夜にも関わらず大爆笑する彼に、私は何が可笑しいのかと怒った表情を浮かべる。

「アハハッ!ゴメンゴメン!ボクのことをそこまで真剣に考えてくれてたなんてネ。やっぱりえりちゃんは優しい子だね。…まだ話してなかったけど、代々吸血鬼の王族は人間の娘を妻にするんだよ。他の種族の血が混じると吸血鬼の血が薄まるから良くなくてね。昔は吸血鬼の女性を妻にすることもあったけど、元々吸血鬼一族は女が生まれにくくてね。今も一族の中には女は数人しかいない。だから基本的に人間の娘をお嫁さんにするんだ。ボクはまだ成人も済んでないから今まで人間界に行って嫁探しはしてないけど、間違いなくボクにとっての一番の女性はえりちゃんだよ」

 私の瞳を真っ直ぐ見つめながら自信を持って言い切る彼に、私の胸は大きく高鳴った。

「きっかけは確かに命を救われたことだけど、それでも始めからえりちゃんのことは気になってたよ。初めて会った時なんか、人間が魔族相手に説教してるんだもん。いくら相手がケルだとしても、普通の人間だったらまずそんなこと恐ろしくてできない。変わった面白い娘だなーって思ったよ。新しい玩具見ぃ~つけたって。そしたら次は星の戦士のくせにボクの命を助けてくれたでしょ。どんだけお人好しで優しい子なんだよって思った。まるでリアナ姫に似てるなぁって。リアナ姫も魔族とか人間とか関係なく、誰にでもお優しい人だったから」

 ドラキュリオが優しい表情を浮かべながら想いを言葉にしていくにつれ、私の胸はどんどん温かい気持ちでいっぱいになっていく。

「その後も何かとえりちゃんはボクのことを支えてくれて、男としてかっこつけたいのに情けないところばっかり見られちゃって。危険な目に合わせたくないのに戦場には絶対ついてくるし」

 ドラキュリオは少し困った顔をすると、優しく私の頭を撫でた。そして一呼吸置くと、おそらく一番伝えたかったであろう言葉を私に送る。

「……今のボクがあるのはえりちゃんのおかげだよ。怖い思いをしてもボクを支えて受け入れてくれたから。まだまだ君の知らないところはいっぱいあるけれど、ボクは君を選んだことをこの先一生後悔しない自信だけはある。だから、明日無事に帰ってきたらプロポーズするよ。結婚を前提に恋人からってことで」

 そう言うと、ドラキュリオは私のおでこに口づけを落とした。あまりに自然とおでこにキスされたため、私は反応するのが少し遅れた。キスされたことを実感した途端、頬にみるみる熱が集まり出した。

 その変化の様を見ていたドラキュリオは、悪戯っぽい笑みを浮かべて真っ赤になっている私の顔を覗き込んだ。

「エヘヘ!ちょっとフライングしちゃった☆」

「~~~~っ!」

 イケメンの吸血鬼王子はペロッと舌を出した。現実では今まで出会ったことのない悪戯好きの男性に、私は口をパクパクさせてからせめてもの抵抗としてポコポコと彼を殴った。

「イテテ!ゴメンてば!まったくえりちゃんは耐性が全然なくてホントに反応が可愛いなぁ」

「~~っ!もう!帰って寝る!」

「あ、待ってよ!部屋まで送るよ」

 私はドラキュリオの制止を聞かず、一足飛びで螺旋階段を下まで下って行った。怒っている態度とは裏腹に、私の心はドラキュリオがくれた素直な気持ちに温かく満たされているのだった。




 次の日の正午前、ドラキュリオ軍は自分たちの領域の反対隣にあるクロウリーの領域付近で整列していた。上空では魔王が魔力を溜め込み、クロウリーの領域を包み込む結界に風穴を開けようと準備をしていた。突入するのも時間の問題で、私はドラキュリオからクロウリーの治める領域について説明を受けていた。

「クロウリーが治める領域は異常気象地帯で、すごい高密度エネルギーがある領域なんだけど、とにかく気候が不安定なんだ。空は常に雷雲に包まれてるし、あちこちで突発的に竜巻が発生する。場所によっては豪雨のところや雹や雪が降っているところもある。魔族でもかなり住みにくい土地だから、機械魔族やスライム一族、あと魔力の扱いに長けている三つ目族だけが代々住んでいるんだ。ボクたちが倒すべきクロウリーも三つ目族だよ」

「な、なんかスゴイ領域なんだね。クロウリー軍と戦う以前に気象との戦いになりそう」

「な~にビビッてんだよ姫候補。オレたち吸血鬼の姫さんになるんだったらもっと堂々としてろ」

 ドラキュリオの隣に陣取っていたドラストラは臆する私に喝を入れた。

「たく。ストラ様は口が悪いなぁ。大丈夫ですよお気にちゃん。雹が降ろうが例え槍が降ろうが、オレたち悪魔族が体を張って守りますよ!」

「うむ。姫様はいつでも身近にいる者を盾にしてくれて構いませんぞ。何かあってからでは遅いですから」

「いやいや!みんなを盾にするなんてできないから!大丈夫、いざとなったらこの鏡が大活躍するから!」

 私は腰に提げていた鏡を手に取ってみんなに見せる。目くらまし効果や真実を映すだけでなく、魔法の鏡には他にもとっておきの効果があった。

「この鏡はね~、実はあらゆる魔法を反射する効果があるんだな~。例えクロウリーがすごい魔法使いでも、私が全部反射してやるんだから!」

「へぇ~!その鏡ってそんな効果もあるの!?ホントえりちゃんの能力って便利だネ」

「いや、便利を通り越してもはや反則じゃね」

 私たちが鏡の効果について盛り上がっていると、準備のできた魔王が呼びかけてきた。

「おいお前たち!無駄話はそこまでにしろ!俺が結界を破壊したら手筈通りに一気に攻め込め!おそらくこちらの動きぐらいは読んでいるはずだ。待ち構えている兵たちを倒し、クロウリーのところまで一気に駆け抜けろ!」

「「「おぉ!!」」」

 魔王が両手を広げて魔力を高めていく中、ドラキュリオ軍はいつでも戦闘態勢に入れるよう身構える。私もみんなに置いて行かれないよう、能力を使って事前に浮遊魔法を発動させた。

 強力な魔力を両手に帯びた魔王は、それを一つに合わせると一気に真正面の結界に向かって撃ちこんだ。結界はまるで雷が落ちたようなバリバリバリッという大きな音を立てると、一部分が剥がれ落ちて消えた。また新たな結界が張り直される前に、私たちは一斉に結界内へと雪崩れ込んだ。




 ドラキュリオに聞いた通り、クロウリーの治める領域はとても不安定な場所だった。すぐ近くに空に向かって伸びる竜巻の渦が見え、上空では雷がゴロゴロ鳴っている。雹や雪は降っていないが、冷たい雨が降っていた。

 私は左手で雨を防ぎながら、遠くに見える黒い影に目を凝らした。その影はゆっくりこちらへと近づいてきている。

「どうやら団体さんのようだな。向こうも準備万端ってか。……キュリオ。お前は姫候補を連れて真っ直ぐクロウリーの城を目指せ。どうせ奴なら城で高みの見物を決め込んでるはずだ。雑魚はオレたちに任せろ」

「それがいい。長く雨に打たれてお気にちゃんの体力が消耗したら大変だ。オレたちが抑えてますんで先に行ってください」

 みんながみんな、ドラキュリオと私を先に行かせようと体を張る覚悟だった。全員の意見が一致し、王子であるドラキュリオのために行動していた。我儘で問題行動が目立つ王子だが、それでもみんなが彼の実力を認め、頼りになる王子として信頼していることがよく分かった。

「わかった!みんな無理はするなよ!行こう、えりちゃん!」

 私はドラキュリオが差し出した手を取ると、みんなを残して空から一気にクロウリーの根城を目指した。下から機械魔族たちが弓矢で攻撃してきたが、ドラキュリオが上手く誘導してくれたので躱すことができた。

 雨に打たれながら遠くに見える不気味な城を目指していたが、しばらく飛んでいると気候が変化し、雨が止む代わりに辺りが霧に包まれていった。たちまち真っ白い霧に視界を奪われ、私たちは方向感覚を奪われてしまう。

「クソ!相変わらず腹の立つ領域だなぁ。雨の次は霧か。…っ!ちょっと、しかも敵で囲んでくるわけ」

 ドラキュリオは私の手を放すと、私の前に出て構えを取る。私には敵の気配を察知することはできないが、どうやら彼の言う通りなら霧に紛れて敵が私たちを取り囲んでいるらしい。

「キュリオ、囲まれてるなら一点突破しよう。進む方向なら私に任せて。『…魔法の鏡よ、クロウリーの居場所を教えて!』」

 魔法の鏡は私の願いを聞き入れると、鏡面から一筋の蒼白の光を放った。光は霧を貫通し、ずっと先まで照らしている。

「さっすがえりちゃん!この光を辿って行けばクロウリーのところに辿り着けるわけだネ!なら作戦通り一点突破して突き進もう!ボクから離れないようついて来て!」

「うん!」

 私は鏡で道筋を照らしながら、ドラキュリオから離れないようついて行った。途中敵と何度か遭遇したが、ドラキュリオの圧倒的な強さで難なく撃退できた。



 光を頼りにようやく目的地の城に到着したが、城の前には当然ながら守備兵がたくさん陣取っていた。ドラキュリオは舌打ちすると、少し考えてからある提案をしてきた。

「えりちゃん。ボクが血を飲んで覚醒して敵の気を引くから、その隙に迂回して先に城の中に潜入して。えりちゃんが中に入ったのを確認したらボクもすぐ後を追うから」

「えっ。別行動取るの?」

 私が不安な顔を覗かせると、ドラキュリオは頭を撫でて安心させるように笑った。

「大丈夫だよ。ボクが本気出したら強いの知ってるでしょ。それに、もしえりちゃんがピンチになったらすぐ駆け付けるから」

「……わかった。無茶しないでね」

 私が渋々承諾すると、ドラキュリオは懐から小瓶を取り出して一気に煽った。体内の魔力が大幅に上昇し、本来の姿へと戻る。

 ドラキュリオは敵の注意を自分に引き付けるように敵陣の真ん中にわざわざ突っ込んでいくと、自由自在に飛び回りながら守備兵たちを翻弄した。私はドラキュリオに敵の目が十分引きつけられたことを確認すると、こっそり迂回しながら城の扉へと到達した。

「よし、大成功。後は気づかれないうちに城に入れば…って、開かないし!鍵かかってる!?」

「ははは!馬鹿め!城の大事な扉が簡単に開くわけがなかろう。きちんと結界を張っておるわ」

 私はいつの間にか背後に回られていた魔族に大笑いされた。後ろを振り向くと、額に第三の目を持つ三つ目族の男が立っていた。

 男は私に狙いを定めると、躊躇なく強力な火の魔法を放ってきた。

「死ねぇ!小娘!」

「えりちゃん!?」

 私が敵に見つかったことに気づいたドラキュリオは、魔力を開放して周囲の敵を吹き飛ばすと最大速度で助けに飛んできた。しかし、あと一歩のところで恐らく間に合わないだろうことを私は感じ取った。

『魔法の鏡よ、跳ね返して!!』

 私は咄嗟に腰に提げていた鏡を取り出すと、相手に向けて鏡を突き出した。魔法の鏡は蒼白の光を放つと、炎の魔法をそっくりそのまま相手にはじき返した。三つ目族の男はまさか魔法を跳ね返されるとは思っていなかったため、防御を取ることもできずに自分の魔法で火だるまになってしまった。

「えりちゃん大丈夫…みたいだネ。本当に鏡で魔法をはじき返すとは。すごい力だね」

「あははは。私も実際初めて使ったからビックリ。上手くいってよかった。危うく私が火だるまになるところだった」

「ごめんネ。ピンチの時は助けるって言ったのにギリギリ間に合わなかった」

 落ち込んだ表情を見せるドラキュリオの胸を、私はトンッと拳で叩く。

「反省するのはあとあと!まだピンチは継続中だよ!結界が張ってあるこの扉は私の能力で開けるから、開くまでキュリオは時間を稼いで!」

「ウン!わかった!」

 ドラキュリオは扉に大挙してくる敵の守備兵たちに向き直ると、魔力を拳に乗せて次々と撃ち放った。

 私はドラキュリオが迎撃している間に精神を落ち着かせて扉に意識を集中させると、目を閉じて頭の中で扉が開くイメージを形作る。そしてゆっくり両手を扉の前にかざすと、私は目を見開いて妄想を現実に解き放った。

『扉よ、開け!!』

 私の声と共に能力が発動し、城への侵入を拒んでいた扉は蒼白の光を発しながら重い音を立てて開いていった。

「な、何!?クロウリー様の結界が張ってある扉がいとも簡単に!」

「よくやったえりちゃん!さすがはボクのお姫様!」

 動揺する守備兵たちに去り際のド派手な魔力弾を一発お見舞いすると、ドラキュリオは私を横抱きにして敵が混乱している間に城の中へと侵入した。




 正面玄関と廊下を抜けてメインホールに到達した私たちの目に飛び込んできたのは、至る所が機械仕掛けの城内だった。壁のあちこちには、回っている歯車や空気圧で動いているポンプ、一定間隔で走る光のラインや剥き出しの配線が張り巡らされていた。色んなところから響いてくる機械音を聞きながら、私は横にいるドラキュリオに問いかけた。

「まさかお城の中がこんな風になってるとは。魔王城ともキュリオの城とも全然違うね。…キュリオはここに来たことあるの?クロウリーがどこにいるかわかる?」

「ボクもここに来るのは初めてだよ。魔機士と言われるだけあって、機械の扱いはお手の物みたいだネ。もしここにクロロがいたら珍しがって大喜びするんじゃないかな。……多分いるとしたらクロウリーは上階にある玉座にいると思うんだけど、先に進むには色々仕掛けを突破しなきゃならなそうだね」

 ドラキュリオは上に通じる階段の先がシャッターに閉ざされているのを見てうんざりした顔で呟く。あらゆる分野に精通しているクロロがいれば、どんな仕掛けだろうと簡単に突破できるのだが、今は無い物ねだりをしていても仕方がない。

 周囲を探ろうと視線を彷徨わせた時、城外の守備兵が迫ってきているのをドラキュリオが感じ取ったため、ひとまず私たちはメインホールから離れて別のルートから上を目指すことにした。


 城の中はまるで迷路のような複雑な造りで、侵入者避け用の罠もたくさん設置されていた。一区画ごとに仕掛けがあり、仕掛けを解かないと進めないばかりか罠が発動するようになっていた。

 背後から追手も迫っているため悠長に謎解きをしている暇もなく、私はこういう時こそ魔法の鏡の出番とばかりに仕掛けの答えを教えるよう鏡に願った。

「見えたよキュリオ!あそこの銅像を右に向けて、そこの燭台をこっちの台座に置けば扉が開くみたい」

「了解!ちょっと待ってて」

 ドラキュリオが私の指示通りに仕掛けを動かすと、機械音を奏でながら行く手を阻んでいた扉は開かれた。

 こうしてその後もわたしたちは魔法の鏡の助けを借りて、様々な仕掛けを解きながらクロウリーがいると思われる玉座を目指した。途中出くわす敵を倒しながら、もういい加減仕掛けにうんざりしてきた頃、ようやく玉座と思しき大きな扉に辿り着いた。

 ドラキュリオは私の顔を見て確認するように一度頷き、私も無言で頷き返した。ドラキュリオは小さく息を吐くと、勢いよく扉を開け放った。




 扉の先には広い空間が広がっており、予想通り一番奥には城の主が座る玉座があった。玉座の間は機械仕掛けのこの城の心臓部になっているようで、今まで見てきた中で一番機械がひしめいていた。百キロ以上の重さがある大きな歯車から小さな歯車まで、何千という部品が狂いなく動き続けている。天井部分に広がる精密機械には膨大な魔力が集中しており、その部品の中には、機械魔族やチューブに繋がれた三つ目魔族、スライム一族がいた。

 もはや機械の一部となっているその魔族たちを見て、私の頭には最悪の考えしか浮かばなかった。

「ま、まさかあの魔族たち、ここにある機械を動かす動力にさせられてるんじゃ…」

「あぁ、そのまさかだよ。おそらく体内で生成される魔力や生命エネルギーさえも機械を動かす動力に変えてるんだ。クロウリーの奴、自分の眷属や配下たちになんてことを!」

「グフフフ。仮にも王族ともあろうものが面白いことを言う」

 突然掛けられた声に驚き、私たちは声のした玉座の方に目を向ける。すると、玉座の裏にある機械の影から黒いローブに身を包んだ一人の男が姿を現した。男の姿を見た瞬間、隣にいたドラキュリオが怒りを滲ませながらクロウリーと男の名を叫んだ。

 男の見た目は四十過ぎ位で、額にはドラキュリオに聞いていた通り瞼の閉じられた三つめの目があった。両手の指には全て宝石のついた指輪がはめられており、男の傍には一冊の分厚い本が宙に浮かんでいた。

 ようやく対面した最後の七天魔である禁魔機士クロウリーは、下品な笑い声を響かせながら焦った様子もなく私たちの目の前まで歩いてきた。

「クロウリー!初めてお前の城に来たが、なんて悪趣味な城なんだ!今すぐあそこに囚われている魔族たちを開放しろ!いくらこの領域を治める七天魔で三つ目族の長だからって、あんな非人道的なことが許されるか!」

「グフフ。何をそんなに憤っているのか理解に苦しみますねぇ。非人道的?これ以上笑わせないでくださいよ。この領域にいる眷属や配下は全てワタシのために存在するんです。ワタシがどう扱おうと自由でしょう」

 さも当然とばかりに言い放つクロウリーに、隣に立つドラキュリオの眉間の皺が更に深くなった。

「そもそも魔界は本来弱肉強食の世界。弱き者は強き者に淘汰されるのです。そうして昔から様々な種族同士が戦争を繰り返し、それぞれ領土を拡大していった。ようやく数代前の魔王が魔界を統一してから七天魔という制度ができましたが、それでも度々反乱が起こり、その度に魔王が力で魔界を統一し直してきた。……結局、魔界は強い者の意志が反映される世界なのです!弱い者は強者の言いなりになるしかない!そして、この領域で一番強い者はワタシ!だから眷属や配下をどう扱おうがワタシの自由なのですよ。彼らはワタシの手駒なのですから」

 そう言ってクロウリーは再び下品な笑い声を立てた。その不快な笑い声は、私たちの神経を逆撫でするのに十分だった。

(初めてあったけど、想像していた通りのクズ野郎ね。自分の部下たちをまるで物みたいに。きっとサキュアもそういう感覚で切り捨てたんだわ)

 私はメルフィナの手で綺麗な死に装束を着て眠っていたサキュアの姿を思い出した。

「手駒…。前々から思ってたけど、お前は、ついでに言うとお前が手を組んでいたガイゼルもだけど、自分のことしか考えてないな。ひたすら自分中心に、自分のことしか興味がない。他の者を自分が利用する価値があるかないかだけで判断してる。そんな奴が揃いも揃って七天魔や星の戦士に選ばれ、どちらも人の上に立つ一族の長や王だなんて。同じ王族として我慢ならないヨ」

「グフフ。我慢ならないのはこちらも同じですよ。吸血鬼一族は代々馬鹿らしい考えを持ち続けていますね。何でも強い者こそ弱き者を守る義務があるとか。全くもって馬鹿らしい。魔界の戦争を経験してきた同じ魔族とは思えない。よくそんなおめでたい考えを受け継いでいますねぇ。そんなだから魔王に匹敵する力を持ちながら七天魔なんかで満足できるんです」

 クロウリーは両手を広げると、ため息を吐きながら首を横に振る。

「当代魔王もそうです。人間の血が入っているせいか、他者に対する情が深すぎる。そんな奴は魔界を統べる王に相応しくありません。魔族の歴史は戦争の歴史。強き者が支配する世界。なぜ強き者が弱者を守らねばならないのです。弱者はただ強者の道具であればいいのです。ワタシがこの魔界を新たに支配し、あなたたちのような腑抜けた魔族を一掃しましょう。そして、本来あるべき弱肉強食の世界を築くのです!」

「何が弱肉強食の世界だ!せっかく七天魔制度で落ち着いてる魔界をまた戦争期に突入させるつもりか!大方ストラやサキュアに使った魔力と感情を暴走させる機械魔族を使って戦争を有利に進め、ゆくゆくは魔王の座を手にして全ての魔族をお前の道具にするつもりなんだろ!」

「グフフフフ。おや、ワタシのとっておきを知っていたんですか。特殊な透過魔法を掛けておいたので簡単にはその存在に気づかないようにしていたんですがねぇ。てっきりまぐれでワタシの唆した吸血鬼を正気に戻したのかと思っていましたよ」

 クロウリーは宙に浮かべている分厚い魔法書を開くと、特に詠唱もなしに魔法を発動させた。小さい魔法陣がクロウリーの右手元に現れ、次の瞬間いつか見た蜘蛛型の機械魔族が召喚された。

「これはワタシが最近新たに生み出した機械魔族で、憑りついた相手の魔力を暴走させ、更にその者の原動力となる感情を増幅させる能力を持っています。一度能力が発動すると、憑りついた者の命が尽きるまで魔力を暴走させ続ける優れもので、感情に至っては増幅するにつれて精神を破壊していく作用があります。我ながら実に素晴らしいものを造ったと思います」

 クロウリーは自分に酔いしれながら私たちに例の機械魔族を見せつける。

 私はその蜘蛛型の機械魔族を見ながらドラキュリオに耳打ちする。

「ねぇキュリオ。ずっと気になってたんだけど、機械魔族たちって同じ魔族に造られた存在なの?」

「あぁ。機械魔族たちは今やものすごい数がいるから一つの種族扱いしてるけど、元々は三つ目族が生み出した存在だよ。魔界統一前の戦争期に三つ目族が戦争を有利に進めるために、自分たちの魔力の一部を込めてそれを命の核にし、自分たちの手足のように動いて戦う戦士として造り出したのが最初だよ。今では色々な型の機械魔族が存在し、中には禁術を使って心を宿したものや、死者の魂を機械魔族に宿したものまであるって聞いたことがある」

「死者の魂まで!?」

 私はドラキュリオの説明に驚きの声を上げた。死者の魂まで持ち出してくると、もはやクロロと同じネクロマンサーではないか、と私は思った。死者の魂と肉体が生前のままと同じクロロのほうが幾分マシではあるが。もし生前の記憶を持って機械の無機質な体で生き返っても、かえって辛い思いをする気がする。

「…世間話はこのくらいにして、一体ワタシの城に何しに来たんです?招待した覚えはありませんが。ましてや星の戦士など。あなたは魔王が最初に仲間に引き入れた星の戦士ですね。初めて見る顔ですから」

「異世界から来た神谷えりよ。もうあなたの企みは全てお見通しよ。星の戦士ガイゼルと手を組み、リアナ姫を罠にかけて殺し、先代魔王が人間と戦争をするよう仕向けた。全ては病状を悪化させ、先代魔王の死期を早めて死なせるため。そして魔王が跡を継いでからは、更に魔族と人間の関係を悪化させ、戦争が激化し始めたところで反魔王派をけしかけ魔王を追い詰めていった。人間と魔族両方から命を狙われる状況を作り、魔王を殺して自分がその後釜に納まるために…。あなたの魔王になりたいというその身勝手な願いのせいで、一体どれほどの人の命が失われたかわかってるの!?」

 召喚した機械魔族を魔法で消し、浮遊魔法を使って私たちを見下ろしてくるクロウリーを睨みつける。

「何が弱肉強食の世界よ!あんたがみんなを玩具にする世界なんて誰も望んでない!あんたなんかが魔王になったって、一日も持たずに下の者に下剋上されて終わるわよ!」

 私が声を張り上げて吠えると、クロウリーはゴミでも見るかのような目つきで私を見た。

「まったくうるさい小娘ですねぇ。こんな何の取柄もなさそうな小娘を、魔王やあの老魔法使いまでも気に入っているんですから驚きです。…あぁ、良い事を思いつきました。あなたを洗脳し、魔王を油断させて暗殺するというのも面白そうですねぇ。それとも殺してから禁術で魂だけを機械魔族に移し替えるというのも楽しそうだ」

 魔力を高めながら楽し気に話すクロウリーに、ドラキュリオの苛立ちは最高潮に達しようとしていた。

「クロウリー。ボクの目の前で彼女を殺そうなどとよく言えたな。魔王様から生け捕りにしろと言われたが、もう勢い余って殺しても仕方がないよネ…!」

 ドラキュリオは私に下がっているよう伝えると、クロウリーと同じ高さまで飛ぶと魔力を纏って構えを取った。

「ほう…。まさかあなたもその小娘を気に入っているとは。これは断然その駒を手に入れたくなりましたねぇ。その小娘を手駒にして、今度こそあなたを殺してあげましょうか。あの吸血鬼の駒では失敗しましたから」

 クロウリーはドラキュリオを挑発するように言うと薄く笑った。

 そして彼の手元の本のページがひとりでにパラパラめくられ、空中に色々な属性の魔法が浮かび上がる。お互い睨み合っていた次の瞬間、クロウリーの魔法発動と同時に決戦の火蓋が切って落とされた。




 クロウリーは魔法という圧倒的手数の多さでドラキュリオを攻め立てる。ドラキュリオは機動力と素早さでそれを上手く防ぎながら、クロウリーの懐に入って得意の体術を繰り出す。しかしクロウリーはおじいちゃんに次ぐ魔法の使い手で、強度はないが瞬時に結界を張ることができるため、なかなか重い一撃を直接叩き込むことができない。欲張って懐に入りすぎると、今度は魔法の集中砲火を浴びてしまうため、適度に距離も置かなければならない。

 ドラキュリオが攻めあぐねていると、クロウリーはまた癇に障る下品な笑い声を上げて口を開いた。

「グフフフ。先ほどまでの威勢はどうしたんです。由緒正しき吸血鬼と言っても所詮は魔力が高いだけ。魔法もろくに使えない一族はワタシにしてみれば弱小ですよ。…そういえば吸血鬼一族の王はずっと行方知れずでしたねぇ。人間と戦争が始まってからもずっと。他種族の長を責める暇があったら自分のところの王を説教すべきでは。眷属や配下をほっぽってふらついている王も十分自分勝手な王でしょう!」

「…っ!自分のことを棚に上げてボクの親父を悪く言うな!確かに王のくせに肝心な時にいないけど、それは次期王になるボクの成長のためでもある!完全自己中のお前と一緒にするな!」

 風の刃を紙一重で避け、魔力を乗せた上段蹴りをお見舞いするドラキュリオ。クロウリーは一瞬で何十もの結界を張ったが、ドラキュリオはそれを全て叩き割ってようやく重い一撃を喰らわす。腕で防ぎながらも少し後方に吹き飛ばされたクロウリーは、初めて余裕な表情を崩した。

「……弱者の血を啜って生きてきた一族が。貴様らこそ弱者に己が牙を突き立て血を吸い、弱肉強食の世界を体現してきた一族でしょう。何を今更良い顔をして弱者を守る。己の餌を囲うためか。…弱者を圧倒し支配することを忘れた一族なんかにワタシは負けませんよ!これでも喰らいなさい!!」

 クロウリーは怒気を宿らせた目を私に向けると、おじいちゃん並に強力な氷の魔法を私に放ってきた。氷の太い槍が何本も私目がけて飛んでくる。

「えりちゃん!鏡を!!」

「わかってる!」

 私は大声でドラキュリオに返しながら、魔法の鏡を氷の槍に向かって構えた。

『全て跳ね返せ!!』

 私の願いに反応し、魔法の鏡は蒼白の光を放って氷魔法を全て反射した。もれなく氷の槍はクロウリーを標的にして戻っていく。

「何!?小娘如きが反射魔法ですって!?」

 クロウリーは咄嗟に火の魔法を放ち氷魔法を相殺させた。私を痛めつけてドラキュリオを精神的に攻撃しようとしたようだが、彼の作戦は失敗に終わった。

 しかし魔法を防いだことで彼の怒りを買ってしまった私は、ここから一気に窮地に陥ることになった。

「ワタシの魔法を防ぐとは。どうやらまずはあなたを先に殺して魂を抜いてあげる必要がありそうですねぇ。ワタシの下僕よ!その娘を肉塊にしてあげなさい!!」

 クロウリーが溜めていた魔力を開放すると、玉座の間の四方八方に様々な型の機械魔族たちが召喚された。

 クロウリーと共に空中にいたドラキュリオはすぐさま私の傍に戻って来た。

「チッ。召喚魔法か。一気に雑魚配下を呼ばれたな。さすがにストラたちが来るにはまだかかりそうだし。えりちゃん、ボクからあまり離れないように。魔法は跳ね返せるけど物理攻撃は無理でしょ」

「うん。多分レーザーみたいな攻撃は跳ね返せるけど、あいつらの矢やハンマーとかは絶対無理」

 私は周りを取り囲む機械魔族たちを見た。かつて魔王城を襲撃した奴らと同じ、両手がドリルや巨大な斧、ボウガン、剣になっている機械魔族がいた。胸の辺りにはエネルギーを蓄えられる核がついており、そこからレーザービームが出るようになっている。

「吸血鬼は後回しにして小娘を狙いなさい」

 クロウリーの号令の下、機械魔族たちが一斉に私に襲い掛かって来た。

 ドラキュリオはマントをコウモリの大群に変えると私の守りに付かせた。そして自らは私に付かず離れず、襲い掛かってくる魔族たちを倒していく。私はレーザービームだけ鏡で防ぎ、物理攻撃は上手く避けたりコウモリたちに守ってもらいながら何とか猛攻を凌いだ。

 しかし、ドラキュリオが倒しても倒してもクロウリーが再召喚を行い兵を補充するため、次第に状況は劣勢になっていった。

 敵の多さに私が焦りを浮かべた瞬間、隙が生じて敵の大剣が私の頭目がけて振り下ろされた。突然の事で反応ができなかった私を、コウモリが魔力を帯びた渾身の突進で突き飛ばしてくれた。

「イ、イテテテ。あ、ありがと…!?コウモリさん!」

 私をかばってくれたコウモリは、敵の大剣に真っ二つにされて地面に倒れていた。私はすぐに駆け寄ると、震える手でコウモリを手にのせた。

「ご、ごめんねコウモリさん…。私を守ったせいで…」

 私が目に涙を浮かべて座り込んでいると、好機とばかりに大剣を持った機械魔族がまた襲い掛かってきた。

「させるか!」

 すかさずドラキュリオが私たちの間に割り込み機械魔族を再起不能にぶち壊す。

 ドラキュリオが大剣の機械魔族を相手にしている隙に、今度はボウガンを持った敵がここぞとばかりに私の命を狙った。ボウガンに狙いを付けられていることに気が付いていない私を、またもコウモリたちが服を引っ張って助けてくれる。横に引っ張られて頭から狙いが逸れた矢は、私の左頬をかすめて壁に突き刺さった。

「えりちゃん、大丈……!!?」

「キュリオ、ごめんなさい…。私を助けるために、あなたのコウモリさんが…」

 私は見るも無残に真っ二つにされてしまったコウモリをドラキュリオに見せる。

 心優しい彼は時間が止まったように一度体を硬直させると、怒りを一気に爆発させた。今まで感じたことのない魔力量に、さすがのクロウリーも目を大きく見開いて驚いていた。魔力で髪は逆立ち、金色の瞳は強く輝いていた。

 私たちを取り囲んでいた機械魔族たちもその異常な魔力を察知したのか、全員ドラキュリオを恐れて壁際まで後退する。

 私も怒りを含んだ突き刺すような魔力に、体を小刻みに震わした。

「よくも、我の大事な女の顔を傷つけたな…。貴様ら全員万死に値する…」

 ドラキュリオはゆっくり私に近づいて来ると、目の前に膝をついて顔を覗き込んできた。

(ど、どうしよう。あの時みたいに言葉遣いが違う。また魔力が暴走して正気を失ってるのかも…。今度こそ血を吸い尽くされる…!)

 恐怖で動けずにいると、ドラキュリオは私の右頬に手を添えて顔を近づけてきた。思わずギュッと目を瞑ると、私に訪れた感覚は首に牙が食い込む痛みではなくて、左頬に触れる舌のくすぐったい感覚だった。

「…ンッ!」

 私は舌の這う感覚に胸をドキドキさせながら、傷口が沁みる痛みに声を上げる。ドラキュリオは矢を受けて一筋の傷がついた私の頬を治癒力で癒す。怒りを纏う魔力とは対照的に、壊れ物でも扱うように彼は優しく頬の血を舐め取った。

「後は我に全て任せよ。お前の極上の血を飲んだ今、もう誰も我に敵う者はいまい」

 ドラキュリオは綺麗に血を舐め取ると、優しく私の頭を撫でてから立ち上がった。

(…よ、良かった。暴走してはいないみたい。いつもみたいに優しかったし。言葉遣いは変だけど。…実は二重人格とかじゃないよね)

 私は真っ直ぐクロウリーを見据える彼の後ろ姿を見た。

 ドラキュリオは魔力の一部を眷属のコウモリたちに分け与えると、壁際に避難している機械魔族たちを倒すよう指示した。コウモリたちはそれぞれ狙いを定めると、口を開けてドラキュリオの魔力を帯びた強力な超音波を発した。超音波は機械魔族に当たると空気と音の振動だけで機械魔族をバラバラにしてしまった。

「つ、強っ!」

 ドラキュリオの魔力の一部を分け与えただけでコウモリがこれ程強くなるとは思わず、私は自然と驚きの声が口から出てしまった。

 コウモリたちの超音波であっという間に機械魔族たちは全滅し、玉座の間にはクロウリーただ一人となった。



 クロウリーは自分より桁違いの魔力を持つドラキュリオに畏怖したのか、近づいて来れないようありったけの魔力を使って次々に魔法を発動させた。ドラキュリオはそれを避けようともせず、自分の周りに漂う魔力を盾にして防ぎ、どんどんクロウリーとの間合いを詰めていく。

「…王たる者は、吸血鬼一族の信念同様、弱きを助け、その強さで皆を引っ張っていく存在でなければならない。決してその強さを私利私欲のために使うのではない。ましてや強さで下の者を押さえつけ自分の手駒にするなど、王のすべきことではない!貴様には魔界を統べる王の資格も器もない!それどころか三つ目一族の長の資格もな!」

 クロウリーは狼狽えながら強力な雷魔法をドラキュリオに向けて放ったが、ドラキュリオは顔色一つ変えずに腕一本でそれを弾いてしまう。

「グッ!まさかここまでの潜在能力を持った男だったとは!魔王が直接乗り込んで来ないから怪しいとは思っていましたが、自分が乗り込まずとも吸血鬼だけで事足りると判断してのことですか。止むを得ん。ここは一度態勢を…」

 クロウリーはあっさり撤退に切り替えると、城の仕掛けを作動させて玉座の間を煙幕で満たした。視界が真っ白に染まり右も左も分からない状態の中、煙幕の向こうでクロウリーの叫び声が木霊した。

「ギャアァァァァァーーーー!!!」

「そんな小手先の技で我から逃れられると思うなよ」

 コウモリたちが一斉に羽ばたいて煙幕を吹き飛ばすと、玉座の前で両腕が変な方向に曲がって倒れているクロウリーとその隣で涼しい顔をして立っているドラキュリオがいた。

 クロウリーの傍には先ほどまではなかった機械装置が出現していた。

「どうやらこの機械で我らを罠に嵌めている間に逃げおおせようとしたらしいな」

 ドラキュリオが試しに一つのボタンを押すと、玉座の間の四方の壁から一斉に矢が発射された。避けるまでもなく私に飛んできた矢はコウモリの超音波で撃退され、ドラキュリオも魔力だけで吹き飛ばした。

「一度態勢を立て直そうと、もはやお前が利用できる駒はない。お前と同類の人間の王も今頃星の戦士たちに倒されているはずだ。お前はもう、負けたのだ。大人しくその首、魔王様に捧げてもらおう!」

 ドラキュリオは右の拳を倒れているクロウリーに思い切り振り下ろすと、濃縮された魔力を背中に叩き込んだ。クロウリーは短い叫び声を上げ口から血を噴き出すと、そのままピクリとも動かなくなった。




 ドラキュリオは荒ぶっていた魔力を静め、逆立っていた髪も落ち着かせる。ふぅ~っと長く息を吐くと、疲れた表情でこちらを振り返った。

「ようやく終わった。これで無事にえりちゃんを傷つけた仕返しとストラとサキュアの借りは返せたかな」

「…私を傷つけた仕返しって。てっきり私は真っ二つにされたコウモリさんを見て怒ったのかと思ったよ」

 私は立ち上がると歩み寄って来たドラキュリオに言う。

「コウモリさん?あぁ、眷属たちなら大丈夫だよ。そもそもこいつらはボクの魔力が具現化した特殊な存在だから。一度マントに戻せば元通りだヨ」

「えぇ!そうだったの!?…まぁ、死んじゃったんじゃなくてよかった」

 安心する私にドラキュリオはニコッと笑うと、コウモリたちをマントへと戻した。

「それよりキュリオが暴走してなくてよかったぁ!話し方が暴走した時と同じだったからすごく心配したんだよ!」

「あ、あぁ、ごめんネ。えりちゃんが頬から血を流しているのを見たら頭に血が上っちゃって。ボクって本気で怒ると親父の真似して貫禄ある王の喋り方して相手をビビらす癖があって」

「どんな癖よ…。でも、お父さんの真似してたんだあの喋り方。へぇ~」

 私はまだ見ぬドラキュリオの父にちょっと興味をそそられる。

「それで、クロウリーは大丈夫なの?生け捕りにするって話だったけど、今ものすごくトドメを刺した感があったけど」

「ウン、辛うじて大丈夫だと思うよ。あれでも若干手加減はしておいたから。あとは魔王様に…っ!?」

 ドラキュリオは話の途中で突如顔色を変えると、床に倒れているクロウリーを振り返った。気を失っていたはずのクロウリーは目を覚ましており、床に突っ伏したまま魔力をどんどん溜め込んでいる。更にこの城の仕掛けの動力を担っている天井に溜まった濃密な魔力までもクロウリーが吸収して力に変えていた。

「アイツ!あんな膨大な魔力を溜めてどうする気だ!?クロウリーの体じゃあれ以上の魔力を扱うのは無理だ!暴走するぞ!」

「グフ。グフフフフ。その暴走するのが目的なんですよぉ。このまま捕まれば、魔王に嬲り殺されるのは必至。ならばせめて魔力を爆発させ、お前たちを道連れにして死んだ方がマシです」

「何だって!?」

 ドラキュリオは自爆する前に急ぎトドメを刺そうとクロウリーに近づこうとした。その直後、城全体が大きく揺れ始め、天井の機械仕掛けのパーツも崩落してきた。

「キュリオ!上!」

「!?うわっと!」

 破損した大きなチューブと共にスライム一族と三つ目族が天井から落ちてきたが、ドラキュリオは間一髪のところで避けた。

「あっぶなー。ありがとえりちゃん、って!?」

 ドラキュリオは礼を言うためにこちらを振り返ったが、その時私の真上でも大きな音を立てて天井が崩れてきた。

 頭をかばって後退する私のところにすぐさまドラキュリオはやって来て助け出してくれる。

「あ、ありがとうキュリオ。ぺしゃんこになるところだった」

 私は彼の腕の中でお礼を言いながら、クロウリーが倒れていた玉座付近を見やった。崩落してきた天井の残骸に隠れ、クロウリーの姿はここからだと確認できない。

「クロウリーの奴、瓦礫に潰されちゃったんじゃ」

「いや、奴の魔力は限界を超えて上昇し続けている。このままだと魔力が暴発するのは時間の問題だ。爆発する前にトドメを刺したかったけど、あそこまで魔力が膨れ上がってるんじゃ、外部から衝撃を加えただけですぐに爆発してしまう。こうなったら急いで脱出するしか……」

 ドラキュリオは私を抱えながら、天井から落ちてくる機械の残骸を避け続ける。

 この玉座の間は閉鎖空間で、最上階だというのに窓一つない。ドラキュリオは周辺の壁に視線を走らせると脱出口を探った。

「キュリオ!無事か!?」

 大きな声と共に玉座の間の扉が開かれ、最初に別れたストラたち眷属や配下たちが雪崩れ込んできた。みんなあちこち怪我をして血を流しており、かなりの激戦を繰り広げてここまで駆けつけてくれたようだった。

「ストラ!みんな!急いでここから脱出するんだ!もうすぐこの城は崩れるどころか爆発する!ここにいたら間違いなく死ぬぞ!」

「ちょちょ、どういう事ですかそれ!?オレたちやっとこ着いたばかりなんですけど!?」

「少し前から城全体が揺れ始めましたが、自爆スイッチでも押されましたか」

 合流したみんなは事態を飲み込もうと、落ちてくる瓦礫を避けながら質問する。ドラキュリオは物色していた壁の一点に狙いを定めると、手から魔力を打ち出し壁を破壊した。

「みんな!この穴から外に脱出し、できるだけ遠くに離れるんだ!追い詰めたクロウリーが魔力を暴発させて自分ごと辺り一帯を吹き飛ばすつもりなんだ!もうあまり時間がない!怪我人に手を貸しながら順々に脱出しろ!」

 自爆と聞き、みんなの顔色がサッと変わる。ドラキュリオの指示通り、重傷人に手を貸しながら次々と壊れた壁から外に脱出していく。

「なるほど。城に溜め込んでいた魔力を自分で吸収し、その魔力で自爆するつもりなのか。城を維持していた魔力も奴に吸収されたせいでこんな崩壊が始まったわけね。事情は分かった。オレが殿をするから、お前は姫候補と先に脱出しろよ。自爆に巻き込まれたら洒落にならねぇぞ」

「ボクは王子だぞ。みんなを守る義務がある。ボクはみんなが無事に脱出したのを見届けてから最後に脱出する。だからストラはえりちゃんを連れて先に脱出してくれ。先に外に出てみんなをまとめるんだ」

「エッ!?嫌だ!私先になんて脱出しないからね。脱出する時はキュリオと一緒にする。絶対ここだけは譲らないから!」

 予期せぬドラキュリオの発言に、私は真っ向から対立した。至近距離で睨みつける私を見て、ドラキュリオは肩を落としながら深いため息を吐いた。

「さすがのボクももう慣れてきたよ。えりちゃんは本当に時々頑固だよネー。そうなったらもう絶対に自分の意見曲げないでしょ」

「よく分かってるじゃない!それじゃあ一緒に最後に脱出しましょう。……どんな時も、キュリオが守ってくれるもんね」

「ウン、もちろんだよ。よっし!ストラ、先に脱出してみんなを誘導してくれ!」

 私たちのやり取りを黙って見ていたドラストラは、呆れた目で王子を見てから脱出口に向かった。

「了解。今からその調子じゃあ、絶対将来尻に敷かれるなぁ。王様にそっくりだキュリオは」

「う、うるさいなぁ。別にいいだろー。代々妻を大事にする家系なの!」

 照れながら言い返すドラキュリオに、私はこんな状況の中クスクス笑ってしまった。



 私たち以外の全員が脱出し終わった頃には、クロウリーの魔力はもう暴発寸前のところまできていた。人間の私でもわかるくらいすごい力が玉座近辺に集中している。

 私はドラキュリオの腕に抱かれながら最後に城を脱出した。ドラストラの誘導の下、遠くの空に集まっているみんなを見つけた私たちは、合流するために上昇しようとした。しかしその時、背後にある城でついにクロウリーの魔力が暴発した。膨れ上がった魔力の波が円形状に広がり、周囲一帯を飲み込み消し去ろうとしていく。

「クソッ!想像以上の爆発だ!みんな、急げ!」

 ドラキュリオは私たちより少し前に脱出した眷属や配下たちに向かって叫ぶ。後ろを振り返ると、ものすごい速さで魔力の波が迫って来ていた。

 ドラキュリオは加速して飛ぶと一気に前の集団に追いつき、その中で一番出遅れている配下の手を引いた。

「す、すみませんキュリオ様…!ですが、オレたちのペースに合わせていたら爆発に巻き込まれます!オレたちに構わずストラ様たちと合流してください!キュリオ様が本気で加速すれば全然逃げ切れます」

「バカ言うな!大事な眷属や配下たちを置いて先に逃げられるか!最後まで諦めるな!絶対みんなで生き残る!」

 遠くでドラストラの急げと叫ぶ声が聞こえるが、もうこの最後尾集団が爆発に飲み込まれることは誰が見ても明らかだった。私は緊迫した中、残り少ない時間で意識を全力で集中させる。

「キュリオの言う通り、諦めるのはまだ早いよ。あれが魔力による爆発なら、この鏡で防げるかもしれない」

 私はドラキュリオに片手で抱えられながら、ごそごそと魔法の鏡を取り出した。

「えりちゃん、さすがにその小さな魔法の鏡じゃあの爆発を反射するなんて無理だよ」

「大丈夫。私にはまだ最後の一回分が残ってる。必ず…、成功させてみせるから!」

 私は迫りくる魔力の波と向かい合うと、魔法の鏡を掲げながら妄想のイメージを膨らませていく。

(あの爆発を受け止めるほどの巨大な魔法の鏡を…!クロウリーの思い通りにはさせない!絶対みんなで生き残るんだ!)

 魔力の波が到達する直前、私は眩いほどの蒼白の光に包まれながら妄想を解き放ち、同時に魔法の鏡の効果も発動させた。

『魔法の鏡よ、全てをはじき返せ!!!』

 両手で持てる位だった鏡は、最後の妄想の力で三階建ての建物並に巨大化した。大きな鏡面で魔力の爆発を受け止めると、蒼白の光を放ちながらその力をはじき返そうとする。

「くぅぅっ!!」

 強い力で鏡が押し返されそうになるのを、私は必死に歯を食いしばりながら両手で鏡を支えて堪える。すると、後ろから別の手が伸びて来て私の左手に重ねられた。

「ボクの魔力で支えてあげる。大丈夫、ボクたちが力を合わせたら誰にも負けないヨ!」

 後ろから抱きしめて支えてくれているドラキュリオから大量の魔力が放出された。魔力は鏡を支えると、強い力で押し返し始めた。

 やがて魔法の鏡は完璧に能力を発動させると、ついに爆発を反射して逆方向に押し返した。反射した瞬間、全ての力を引き出したのか、魔法の鏡の鏡面はバリーンッと大きな音を立てて粉々に砕け散る。そしてキラキラと蒼白の光をこぼしながら跡形もなく消滅してしまった。

 反射された魔力の波は反対方向に広がると、逆方向に向けて大きく爆発した。爆発の衝撃で周囲一帯に強風が巻き起こり、遠くの空に立ち込めていた雷雲もろとも吹き飛んだ。爆発の衝撃が収まると、空からは光が差し込んでいた。

「た、助かった…。鏡は割れて消えちゃったけど…」

 放心状態で呟くと、ドラキュリオが歓喜の声を上げながら両手でギュッと抱きしめてきた。

「やったネえりちゃん!!相打ちになって鏡は消えちゃったけど、えりちゃんのおかげでみ~んな助かったよ!!」

「キュ、キュリオ!ちょっと、みんないるのに」

「お気にちゃ~ん!あんな絶望的な状況で見事あの爆発をはじき返しちゃうなんて!さっすがオレたちのお気にちゃんです!」

 配下の悪魔族はドラキュリオに抱きしめられている私に構わず、上からドラキュリオごと飛びついてきた。脅威が去った途端みんな大興奮で、どんどん飛びついてきてあっという間にすごい体重がのしかかることになった。

「お、重い~…」

「コラ!お前たちさっさと離れろ!えりちゃんが潰れちゃうだろ!」

「あ~あ~。何やってんだお前ら」

 先に避難していたドラストラが、他の眷属や配下たちを連れて合流した。ドラキュリオはくっついて離れない部下たちを一人ずつ引き剥がしながらドラストラに笑いかける。

「ストラ!みんなをまとめておいてくれてありがと。おかげで一人の被害も出さずに済んだヨ」

「別に。オレは大したことしてねぇよ。最終的には姫候補のおかげで助かったようなもんだし」

 ようやく大勢の人から解放された私は、ふぅ~っと一息を吐く。眼下を見下ろすと、城があった場所はクレーターができて、機械や鉄くずの残骸が折り重なっていた。

「それにしてもすごい爆発でしたな。姫様がいなければ今頃王子も無事では済まなかったでしょう。目の前で眷属や配下を見捨てるなど、お優しい王子にはできそうもないですからな」

「いや~、オレたちみんなお気にちゃんに助けられてばっかりですねぇ」

「そんなこと…。私だっていつもキュリオに助けてもらってるし、皆さんにも優しくしてもらってるから。おあいこですよ」

 そう言って笑いかけると、またもみんなが抱きつくような動作を見せたので私は危険を察知してドラキュリオの後ろに隠れた。

 その後もしばらくみんなと無事を喜び合っていたが、ふとドラストラがあることに気が付き水を差した。

「…オレ、冷静になってみて気づいたんだけどよ、そういえば姫候補って空間転移できるんじゃなかったっけ。あんな風に必死に脱出しなくたって、空間転移で一気に暗黒地帯まで引き上げればよかったんじゃね」

「………そ、そういえばそうだね。すっかり忘れてたけど、私空間転移が使えたんじゃん。いや~、盲点だったね。焦ってたから思い至らなかったよ」

 私は頭を掻いて苦笑いする。そんな中、ドラキュリオは別の見解を示した。

「でもまぁ、えりちゃんが能力を使える回数は残り一回だったし。もし空間転移が失敗したり、全員が転移できなかったりとか不測の事態が発生した場合、どうすることもできない状況に追い込まれたかもしれない。だから今回はみんなで脱出するのが正解だったんだヨ」

「ふ~ん。まぁ結果論だけど、そういう見方もできるわな。……それで、クロウリーの奴はどうするんだ?魔王様には生け捕りにしろって言われてたけど」

 ドラストラの一言に、全員眼下の瓦礫の山を見下ろす。あの威力の爆発では、とてもクロウリーが生き残っているとは思えなかった。

「…どうしよう。ようやく魔王様の役に立てると思ったのに。生け捕りにするどころか死体さえも残ってるか怪しい状況だヨ。絶対怒られる~。魔王様にとってはご両親の仇だったのに~」

 ドラキュリオがしょんぼりと肩を落とすので、私は慌てて彼をフォローした。

「ま、まぁまぁ。そんなに気を落とさないで。私も一緒に魔王に謝るから。でもきっと私たちの知ってる魔王なら、怒るよりも私たちの無事を喜んでくれると思うよ。仇を討つよりも、今一緒にいてくれる仲間を大事にする優しい王様でしょ」

「えりちゃん…。ウン、そうだネ!ボクらの魔王様はそういう人だ!だからボクらは力をお貸しするんだもんね。王様は、やっぱりそういう人じゃなきゃ」

 沈んでいた表情から笑顔にコロッと変わったドラキュリオは、眷属や配下たちをまとめて一度帰還する準備へと入った。

「みんな整列して~!一度魔王様に報告に戻るよ!報告した後は怪我人はそのまま解散!動ける元気な者はもう一度ここに戻って瓦礫探索!クロウリーの痕跡を探すヨ!」

 みんなに指示出しをするドラキュリオの後ろ姿を見ながら、私は心の中で一人呟く。

(キュリオも魔王と同じく、みんなに慕われている心の優しい強い人だよ。弱点も克服したあなたはもう、将来はきっと立派な吸血鬼の王様だね)

 私は笑顔を浮かべると、自分の名を呼ぶ王子の下へと飛んで行く。空から差し込む一筋の光が、長く続いた戦争の終わりを祝福していた―――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ