第三幕・ドラキュリオ編 第四話 吸血鬼と神の共同戦線
重傷を負っていたドラストラを洞窟から連れ帰って二日後。彼は無事危険な状態から脱し、今では普通に動ける程度まで回復した。あちこち骨が折れていたので、人間ならば完治まで一か月以上かかるところだが、さすが魔族だけあって再生力が高い。
私たちは元気になったドラストラを囲み、城の談話室で彼の回復を喜んでいた。
「洞窟でそのまま気を失っちゃった時はどうなることかと思ったけど、無事元気になって良かったね」
「ホントホント!さすがボクの従弟!王族の血筋の回復力は伊達じゃないネ!なんならもっとボコボコにしても大丈夫だったかな☆」
ドラキュリオは横に立つドラストラを見上げながらケタケタ笑う。今は仮の姿を取っているためドラキュリオの方が背は低いが、本来の姿に戻ればドラストラの方が背は低くなる。ドラキュリオは今現在も引き続き私を怖がらせないように仮の姿でいてくれているのだ。
「いやいや全然笑えねぇから。あれ以上血を克服したお前の攻撃喰らってたら死んでるわ」
「エェ~~~。だって、今になって色々思い出してムカついてきてさぁ。やっぱりもっとお仕置きしておけば良かったなぁって。ボクのえりちゃんの血を飲もうとしたことに始まり、眷属や配下を唆して神の子の軍を襲ったりとやりたい放題。監督不行き届きで後で魔王様に怒られるのはボクなんだからネ。それを考えたらもうちょっと痛めつけてもよかった気がして」
「キュリオ、そもそもオレがそんな暴走したのは自分のせいだってこと忘れてないか。この前の素直な謝罪はもう帳消しだな。…まぁ、お前らしいといえばらしいけど」
ドラストラは呆れた表情を浮かべるが、もうその声音にはドラキュリオに対する憎しみや怒りは感じられない。長年に渡る二人の間のわだかまりは完全になくなったようだ。
「従弟だったら王子の性格は嫌というほどご存知だろう。その度に暴走していたらきりがないぞ。せめて成人されるまでは我々が大人の対応をしないと」
「そーそー。ストラ様の方が精神的に大人なんですから温かく見守りましょう。愚痴ならオレたちがいくらでも聞きますから」
簡単にこれまでの事情を聞いた眷属や配下たちは、暴走したドラストラを責めることはせず、そのまま黙って受け入れてくれた。ドラキュリオの時もそうだったが、みんな懐の深い者たちばかりなのかもしれない。
「ちょっと!もしかしなくてもボクすごい馬鹿にされてない!?ね~、えりちゃ~ん!みんながボクをイジメるよ~」
ドラキュリオは甘えた声を出すと私に擦り寄ってくる。私は苦笑いすると、仕方なくドラキュリオの頭を撫でた。
「王子!姫様が優しいからって甘えてばかりではいけませんぞ!」
「そうだそうだ!お気にちゃんもキュリオ様がウザかったら言ってくださいね!オレたちが引き剥がしますんで」
「なんだとぉ!やれるものならやってみろ!絶対離れないもんネ~!」
私にしがみついてあっかんべーをする王子に、配下たちは若干ふざけながら黒いマントを引っ張って引きはがそうとする。私は仲が良いなぁ、とその様子を微笑ましく見守った。
私と同様にそのやり取りを見ながら、ドラストラは聞き間違いかと思い、近くの眷属にある事実を訊ねた。
「な、なぁ、さっきあの女のこと姫様とか言ってなかったか?」
「え?あぁ。姫様だよ。まだ正式ってわけじゃないけど、王子が将来姫にするって豪語してたから」
「ゲッ!マジかよ。あの女がオレたち吸血鬼の姫になるのかよ。せっかくならもっと美人で綺麗な娘にしろよな。強くてかっこいいキュリオに全然見合わないじゃん。年いってるくせに色気も全くねぇし」
ドラストラは思ったことを全部口に出し、同じ空間にいる私の耳に全て丸聞えだった。
(ひ、ひどい…。確かに仰る通りだけど。本来の姿のキュリオはかっこよくて、オタクで地味女の私は全然釣り合わないけどさぁ。本人に聞こえるよう言わなくても!凹むわぁ…)
しがみついていた私があからさまにしょんぼりしているのに気づき、ドラキュリオはすぐさま目つきを変えて従弟を叱りつけた。
「ストラ!よくもボクの大事なえりちゃんを傷つけてくれたネ!今すぐ謝らないと蹴りが飛ぶよ!」
「エッ!?んな大げさな。どんだけその女に惚れてんだよキュリオ」
「謝らないとオレたちも黙ってませんよ。オレたちみ~んなお気にちゃんの味方ですからね」
反省の気配がないドラストラに、悪魔族の配下たちが囲むように圧をかける。
「ちょ、ちょっと待った!いつの間にお前らまでその女に毒されてんだよ!おかしくねぇ!?」
「別におかしくなんてない。オレたちはみんな戦場でお気にちゃんに命を救われた身。命の恩人の味方をして何が悪い。それに、気分屋で我儘で悪戯好きな問題児のキュリオ様を優しく受け止めてくれる人なんて早々現れない。今回を逃したら一生キュリオ様は独り身になってしまうかもしれない。だから、お気にちゃんはオレたちにとって絶対必要な人なんだ!」
「そうだな。姫様のように心が広く、お優しい方でなければとても王子の相手は務まらない。それに、姫様は異世界の人間だからか魔族や吸血鬼に対する敵対心が最初からない。それも我々にとっては好印象だ。普通の人間は我々吸血鬼を恐れているからな。そう簡単に嫁になど来てもらえない。何としても姫様には将来王子と一緒になっていただかなくては!」
眷属の吸血鬼たちも加勢し、ドラストラをすごい圧で取り囲む。あっという間に壁際まで追いつめられたドラストラは、たまらず謝罪の言葉を口にした。
「わ、わかったわかった!オレが悪かったよ!言い過ぎた!…ま、オレの結婚相手でもないし、キュリオがそれで幸せならいいよ」
ようやく包囲網が解け、ほっと一安心したドラストラを見ながら、私は隣にいるドラキュリオを困った目で睨みつけた。
「ちょっとキュリオ。あなたが勝手に作った既成事実が大変なことになってるんだけど。どう責任取ってくれるの。今後私がここを出て行くって言ったらすごい勢いで止められそうなんだけど」
私は先ほどのドラストラ包囲網を思い浮かべる。全てが丸く収まり元の世界に戻れるようになったとしても、先ほど見たように吸血鬼一族や悪魔族のみんなに全力で止められそうな予感しかしなかった。
私に睨まれているドラキュリオは、頭を掻きながら悪戯っぽい笑みで私をごまかす。
「まぁまぁ、その時は覚悟を決めて大人しくボクのお嫁さんになったらいいじゃない。将来はボク吸血鬼の王だから玉の輿だヨ☆」
「玉の輿でも結構です。全て解決したら元の世界に戻るつもりなので」
「エッ!?!?えりちゃん、この戦いが終わったら元の世界に帰っちゃうの!?ていうか、帰れるの!?」
私が元の世界に帰ってしまうという頭が端からなかったのか、ドラキュリオは心底驚いた表情をしている。
正確に言うと私も帰る方法は知らないのだが、大抵こういう場合、異世界の問題を解決したら元の世界に帰れるというのが物語のセオリーなので、私もこの世界が平和になれば戻れるのだろうと勝手に解釈していた。最悪戻る方法が見つからなくても、妄想を現実にする能力で何とか戻れるのではないかと楽観的に考えてもいた。
「多分ラズベイルが何とかしてくれるんじゃない。それか私の能力を使って戻ってもいいし。空間転移ももうマスターしたからなんとかなるんじゃないかな」
「エェ~~~!はんた~い!元の世界戻るの反対!えりちゃんがいなくなったら、ボク寂しくて死んじゃうよ!」
「そんな馬鹿な。その年で我儘言わないの。私より年上のくせに。それに、元の世界に戻っても能力が使えるままならまたこっちにだって戻って来れるよ。それなら全然問題ないでしょ」
不満顔ですっかりご機嫌斜めになるドラキュリオの頬を、私は笑いながらツンツン突いた。
私たちの傍に戻って来た兵たちも少し残念そうな顔をしていたが、私にも家族がいると分かっているのでドラキュリオのように我儘なことは言わなかった。
「仕方がないですねー、こればっかりは。ずっとキュリオ様のお相手をするのは疲れますし、たまの里帰りも必要です」
「そうだな。姫様にも元の世界にご家族がいらっしゃるはず。あまり無理を強いるのはよくない」
「え~!みんな聞き分け良すぎ!ボクはえりちゃん帰るの絶対反対だからネ!もし向こうの世界で何かあっても助けに行けないじゃない!ボクの目の届くところにいてくれないとダメ!」
その後も駄々をこねる王子に、私を始めその場にいる全員が呆れた顔で彼をなだめるのだった。
私たちが談話室でガヤガヤ騒いでいると、セバスと共にある人物が入って来た。
「きょ、今日はずいぶん賑やかだね。ドラストラ君が元気になったからかな」
「あ!ジャックさん!今日も忙しいのに来てくれたんですか」
私はセバスと共に談話室に入って来たジャックに駆け寄った。
ジャックは昨日も重傷のドラストラの手当てをするためにわざわざ城に来てくれたのだ。普段は備蓄してある植物人が調合した薬を使っているのだが、戦争続きのため昨日薬を切らしてしまったのだ。そのため、急遽ドラキュリオが七天魔のよしみで城に呼びつけたのだった。
「いい、一応ある程度の量の薬を調合してきたから、今セバスさんに備蓄用として渡しておいたよ」
「ありがとジャック!すごい助かる!ジャックが手当てしてくれたおかげでストラも無事復活したし、本当にありがとネ!」
ドラキュリオが笑顔で礼を言うと、ジャックも嬉しそうに笑顔を返した。怪我の手当てを受けたドラストラも直接礼を言いに来る。
私たちがジャックを囲んでいると、遅れてもう一人の人物が談話室へとやって来た。
「フンッ。どうやらようやく色々片付いたか。これでやっとお前も本気で戦えるようだな。散々周りに負担をかけてきた分、存分に働いてもらおうか」
「ま、魔王様!?どうしてボクの城に!?」
相変わらず偉そうに鼻を鳴らして部屋に入って来た魔王は、私とドラキュリオの前に立つと早速指示を出してきた。
「色々と状況が変わった。大幅に配置換えを行う。ドラキュリオ軍は魔界の治安維持ではなく、ガイゼルの戦場に行ってもらう」
「エッ!?ガイゼル!?それって人間側の裏切者だよネ?しかも強制武装解除の能力持った。アイツ嫌いだなぁ。能力で魔力ゼロにされちゃうんだもん。完全なる腕っ節勝負じゃん。それに今ってクロウリーとの連合軍じゃなかったっけ。やるんならクロウリー単独がよかったなぁ。ストラの借りもあるし」
ゲェー、と口を開けるドラキュリオだったが、周りの兵たちも同様に渋い顔をしている。
魔王は部屋にいる兵たちを見渡しながら現在の戦況を説明する。
「ガイゼルはずっと小僧と聖女、レオン率いる獣人族に任せていたが、ネプチューン軍の攻撃で人間側の被害が拡大しているのでな、レオン軍を隠密殿の援軍に向かわせることにした。それにクロウリーだが、どういうわけか戦場を移動した。今朝になってサキュアの軍と合流している。そのせいで一気に踊り子の軍が苦戦し、今小僧が救援に、聖女が怪我人の手当てを行っている。小僧の軍全員が戦場に合流するには時間を要するため、うちからはジークフリートを援軍として送っている状況だ」
魔王の転移魔法でカイトとセイラだけ先に戦場に送ったが、さすがにカイトの率いる騎士団全軍を転移する余裕はなかったらしい。そのため、ユグリナ騎士団は今砂漠の街ルナに向かって大移動中なのだそうだ。
「なるほど。それでボクの軍が代わりにガイゼル軍と戦うってわけネ。それにしても、どうして急にサキュアと合流したんだろ。絶対何か魂胆があるよ」
「あぁ、俺もそう睨んでいる。だからジークフリートを派遣した。何を企んでいるのか知らんが、小僧もいるしまぁ負けることはないだろう。ドラキュリオ軍が抜ける分、魔界の治安維持はジャックとクロロの軍に行ってもらう。そしていい加減サラマンダー軍の相手は疲れたからな、俺は再び城に戻って一旦指示出しに戻る。その代わり竜人族の相手はじいと空賊に任せることにした」
「アハハ。さすがの魔王様も連日竜人族の相手はしんどかったか。確かに大分魔力が減ってるネ。今ならボクでも魔王様倒せるかも~」
「フン。そこまで弱っておらぬわ。つまらぬ冗談を言っていると、このまま女を魔王城に連れ帰るぞ」
魔王は私に向かってニヤリと笑った。
すると、ドラキュリオは面白いくらい簡単に挑発に乗ってしまう。
「へぇ~。そっちこそ、つまらない冗談やめてほしいな。えりちゃんを連れて行くなら本気で暴れるよ、ボク」
両者譲らず不敵な笑顔で火花を散らす。
見かねて私とセバスが仲裁に入ろうとした時、談話室の開け放たれた扉から面倒くさそうな声が聞こえてきた。
「ねぇ、いつまで僕は廊下で突っ立っていればいいの。いい加減待ちくたびれたんだけど」
声の主は廊下から顔を出すと、そのまま談話室へと足を踏み入れた。
「に、ニコ君!?どうして魔界に!?」
「何で神の子がボクの城にいるんだよ!?許可してないぞ!」
私とドラキュリオが驚きの声を上げ、吸血鬼一族や悪魔族もざわざわと騒ぎ始める。そんな中、魔王とセバス、ジャックだけは平然としていた。
「許可なら俺が出した。というよりも、そもそも俺がここまで連れてきたしな」
「許可ならわたくしも出しましたよ坊ちゃん。この度神の子と共闘することになったとお聞きしましたので」
「共闘~~~!?神の子と!?ウゲ~~」
ドラキュリオは苦い顔をすると、涼しい顔で私の横に立ったニコを睨みつけた。何度も苦戦を強いられた相手だからか、ドラキュリオはあまりニコを好きじゃないらしい。
ニコは私を見上げると、少し表情を緩めて口を開いた。
「良かった。元気になったんだね神谷さん。この間別れた時は吸血王子のせいで血の気が引いて真っ白だったから、少し心配してたんだ。…ここに来るまでに簡単に事情は聞いたよ。色々あって大変だったみたいだけど、もう吸血王子に襲われる心配はないみたいだね」
「ごめんねニコ君、心配かけちゃって。あの時はニコ君のおかげで本当に助かったよ!ありがとう!キュリオのことも解決したしもう大丈夫!それにしてもまたニコ君と一緒に戦えるなんて心強いよ!」
私がはしゃいでニコに笑いかけていると、ドラキュリオがわざわざ私たちの間に割り込んできた。その分かりやすい行動に、私とニコは揃って呆れた顔を浮かべる。
「いつぞやはボクを止めてくれてありがとう。おかげでえりちゃんの命が助かったよ。でもこれからはボクが命をかけて守るから、神の子は余計なことしなくていいからネ」
「……君は本当に面倒くさい王子だね。それで将来王になるって言うんだから周りも大変だね」
「なんだってぇ!喧嘩売ってんの神の子!?今までのボクとは違うんだからネ!今日という今日はボクが勝っちゃうよ!」
「こら、やめろドラキュリオ。今回は吸血鬼一族だけでガイゼルと相対するのは厳しいと判断し、わざわざ星の戦士に助力を頼んだのだ。吸血鬼一族と星の戦士二人もつけるんだ。これでガイゼルを必ず追い詰めろ。いいな」
魔王は有無を言わさずドラキュリオに言い聞かせる。さすがの彼も魔王にここまで言われたらただ頷くしかなかった。
「魔力を使って戦う悪魔族たちはガイゼルの能力と相性が悪いだろう。お前たちは代わりに神の子が不在となるオスロの街の防衛へと回れ。もし敵が現れたら人間たちと協力して街を死守しろ」
「…よかった。ここにいる兵も一部回してもらえるんだ。小さい犬の彼じゃ少し不安だったんだ」
ニコがこぼした言葉に、私とドラキュリオは首を傾げる。
「ケルベロス率いる獣人族数人が先に現地入りしている。…大方ケルが雪にはしゃいで遊んでいるんだろう」
「あぁ、なるほど。ケルちゃんらしい」
頭を押さえて小さくため息をつく魔王に私は苦笑した。
こうして私とニコ、吸血鬼一族は魔法陣を使ってガイゼル王の戦場へと向かうことになった。悪魔族のみんなも魔法陣を使ってケルたちのいるオスロの街へ。魔王とジャックもそれぞれ魔王城と魔界の治安維持へと向かう。長く続いた戦争も、刻一刻と終わりに近づいているように感じた。
魔法陣を使って転移すると、遠くにいつかおじいちゃんと来た時に見たシャドニクスという王都が見えた。堅固な城壁に覆われた街で、中央に城がそびえているのが見える。
今立っている平原には以前来た時より武器や鎧がたくさん落ちており、あれから多くの人がガイゼル王の能力の餌食になったようだ。
「チッ。相変わらずムカツク能力だな。魔力がゼロにされるから、いくら血を飲んでも結局無駄になっちまうし。戦いにくいんだよな!」
ドラストラは足元に転がっていた鎧を力任せに蹴り飛ばす。やっと動けるくらい回復したばかりだというのに、彼はドラキュリオの隣で戦うと言って聞かず無理矢理ついて来たのだ。どうやら昔と変わらずドラキュリオの後をついて回りたいらしい。
「この落ちている剣や鎧…。どうやらユグリナ騎士団のものみたいだね。王国の紋章が入ってる。僕たち人間相手でも容赦なしってことか。ま、今回はボクと神谷さんしか人間はいないから問題ないけど」
「ん?問題ないって?」
私はニコの言葉が理解できずに小首を傾げる。
「星の戦士の力によって発動した能力が、同じ星の戦士の力に制限を及ぼすことはないってこと。今回の場合で言うと、ガイゼル王の能力は強制武装解除だけど、その力によって僕たちの力が使えなくなるようなことはない。だから僕は普通にダイスを持つことができるし、神谷さんも普通に能力が使えるってこと」
「あぁ、そういうこと。…じゃあ例えばフォードの能力で武器に飛行能力付けたら、その武器はガイゼル王の能力の影響を受けずに扱えるってことだね!」
「理論的にはそうだね。でも、機械以外大雑把なあの人じゃ、複数の剣を同時に操ったりするのは無理だと思うけど」
ニコはそう言うと、手元から蒼白の光を放ち三つのダイスを出現させた。
すぐ前を歩いていたドラキュリオは、シャドニクスの城門が開かれて兵の大軍が躍り出てくるのを見て叫んだ。
「みんな!敵さんのお出ましだ!魔力は使えなくなるから体術勝負!どうしてもヤバイ時は能力の範囲外まで退避しろ!空も飛べないから忘れず注意してネ!」
「「「おぉ!!」」」
王子の号令のもと、眷属たちは敵に向かって一斉に走り出す。
敵は歩兵もいるようだが先鋒は騎馬隊のようで、鎧を身につけた屈強な馬に乗って突っ込んでくる。後方で支援するよう言われた私とニコは、吸血鬼たちが苦戦しないようすぐさま援護に取り掛かった。
「さて、本日第一回目の出目は何かなっと」
ニコがダイスを空中に放り投げている間に、私は腰に提げていた魔法の鏡を取り出すと敵軍に向かって掲げた。そして、魔法の鏡を現実化した時に付与した能力の一つを発動させる。
『鏡よ、光を放て!』
魔法の鏡は私の声に答えると、強烈な蒼白の光を前方広範囲に放った。こちらに向かって来ていた敵軍は、馬もろともたちまち目の自由を奪われた。さらに突然の光に驚いた一部の馬たちは、乗り手の制御を無視して暴れまわった。
「やるね神谷さん。それじゃあ続けてこれも喰らいな!」
ニコの能力によって、攻撃の出目二つと支援の出目が続けて発動する。今日の攻撃の出目は風魔法が発動するようで、能力の発動範囲に入っていた敵兵は次々と風の刃で切り刻まれていく。
「お!なんか体の奥からどんどん力が湧いてくるぜキュリオ!」
ドラストラは蒼白の光を放つ己の体を見ながら、隣を走るドラキュリオに興奮気味に話す。
「神の子の支援系の出目能力みたいだネ。今日は味方の攻撃力を底上げする効果みたいだ。敵の時は憎くて仕方なかった能力だけど、味方だとすごい楽に戦えていいネ~。よっし!みんな、えりちゃんや神の子の援護受けといて無様な戦いはできないよ!どんどん蹴散らしてガイゼルをひっ捕らえるんだ!」
「「「了解!!」」」
ドラキュリオたちは完全に出鼻をくじかれた先鋒騎馬隊に突っ込んだ。態勢を崩され目も眩んでいる兵たちはあっという間に蹴散らされていく。
敵部隊を順調に制圧していきながら、わたしたちは少しずつ前進していった。
私とニコの援護を受けながらドラキュリオ軍は着実に進軍していき、平原の三分の二を進んだところで、吸血鬼たちが戦っている地面一帯から蒼白の光が立ち上った。最初私には何が起こっているのか分からなかったが、ニコや吸血鬼たちはすぐに状況を理解したようだった。
「どうやらようやくガイゼル王のお出ましみたいだ。ここからが正念場だよ神谷さん。僕たち後方支援の力が重要になってくる」
ニコの口からガイゼル王の名前を聞き、ようやく私は先ほどの光がガイゼル王の能力発動のものだと理解した。つまり、もうドラキュリオたちは魔力が一切ない状態ということだ。ニコの言う通り、ここからがこの戦いの正念場だ。
「戦場に来る前に説明したけど、シャドニクスの城壁には大量の兵器が内臓されている。更に、ガイゼル王を守る親衛隊は魔晶石を使った独自の兵器を持っているから、頑丈な魔族でも何度も喰らったら危ない。僕たちが援護してできる限り短期決戦に持ち込まないと、こっちの被害が拡大してあっという間に総崩れになるよ」
「わかった!今まで以上に気を引き締めていこう!みんなが大怪我するところなんて見たくないもんね」
私はいざとなったら鏡ではなく魔法を現実化させて援護しようと思い、いつでも発動できるよう集中力を高めた。
「キュリオ、ようやくお出ましだぜ。臆病者の腰抜け王が。相変わらずスゲー兵の取り巻き。相手を丸腰にしなきゃ戦えない臆病者が」
「臆病者っていうか、そういう能力なんだからしょうがないんじゃない。それに人間が魔族相手に戦うんだから、丸腰ぐらい望むでしょ」
ドラキュリオはガイゼル王の能力で魔力を失ったためか、仮の姿から本来の姿へと戻っていた。
動力に魔晶石を使った銃や剣を装備している兵たちに囲まれながら、ガイゼル王はようやく戦場へと姿を現した。戦場だというのに豪華なマントを羽織っており、指には趣味の悪い大きな宝石のついた指輪をたくさんつけている。頭には王冠を乗せ、馬の引く煌びやかな荷台の上にふんぞり返っていた。
「ムッカつくなぁ~。あのふてぶてしい態度がまた。さっさと周りの取り巻き倒してあの野郎ぶん殴ろうぜ」
「だネ。あんな奴が人間界の王になるとか何考えてんだか。身の程を思い知らせてやるよ!」
ドラキュリオとドラストラを先頭に、吸血鬼たちはガイゼル王目がけて向かっていく。
今まで戦っていた兵士たちと違い、親衛隊は魔晶石を使った武器を全員が持っているため、色々な属性を纏った攻撃を繰り出してくる。強力な炎や氷を放つ銃や風を纏った剣、雷を纏った矛などもある。
今までとダメージ量が全然違い、ここまでスイスイ進軍してきたが一気に足踏みさせられることになった。更には城壁から大砲が定期的に撃ち込まれるため、敵がいない後方に下がっても油断できない状況になった。
「あの大砲反則だよ!何アレ!毎回効果が違うんだけど」
「魔晶石を使った高性能の大砲だね。その都度撃ちこむ弾を変えてるんでしょ。今のところは味方に被害が出ないように撃ってるけど、冷酷非情なガイゼル王ならいずれ味方がいるところにも撃ちこんでくるよ。幸い僕たちがいるここまでは飛んでこないから大丈夫」
「み、味方に向かってもアレ撃ちこんじゃうの!?」
「うん。ガイゼル王は自分以外には興味ないから。周りは使える駒程度にしか思ってないでしょ。神谷さんはこの世界に来たばかりだからあまり知らないだろうけど、アレキミルドレア国はすごい閉鎖的な国でなおかつ絶対君主政治なんだ。王様の言うことが絶対ってやつ。だからガイゼル王に死ねと言われたら死ななきゃいけないし、もし逆らったら代わりに家族まで皆殺しにされる。そんな国なんだ。家族がお互いに人質になってる感じかな。だからあの国の人は幼い頃から王の圧政に洗脳されていき、もう普通の感覚が麻痺しちゃってるんだよ。だから王の身代わりとなって死んでも何とも思わない」
ニコの説明に、私は衝撃を受けすぎて言葉を失う。それではまるで国民は心を持たぬ王の人形ではないかと思った。
ニコは休まずダイスを振るいながら続ける。
「この話は多分人間界でも魔界でも有名なんじゃない。吸血王子も知ってたし。ガイゼル王が人間界統一を目論んでるって知った時、だから僕たち星の戦士は魔族と手を組むことに決めたんだ。あの人が人間界の王になったらろくなことにならないからね」
「確かにそんな奴が王になったらもう悲劇しか生まれないよ。絶対ここで止めなくちゃ!」
私は敵の武器に苦戦しながら戦っている吸血鬼たちを祈るような思いで見つめた。
ドラキュリオは次から次へと群がる敵を強力な体術で次々地面へと沈めていく。王族の血筋を受け継ぐ彼は、元の戦闘能力が高いおかげで武器を持っている相手でもそこまで苦戦することはない。分家筋のドラストラも、ドラキュリオよりかは劣るが問題なく敵をさばいている。しかし、それ以外の一部眷属たちは人間の猛攻に苦しんでいた。
生まれつき基礎能力が高くない者は、血を飲んで魔力を上乗せして戦う方法に頼っている者が多い。そのため、魔力が使えず血を飲んでも役に立たないこの戦場では分が悪かった。その様子を見かね、度々ドラキュリオは押されている眷属たちの救援に向かっていた。
「おいキュリオ!仲間の救援ばっかしてたらキリがないぞ!いざとなれば神の子の回復の援護もあるんだ。今は大将首を優先しろ」
「…あぁ、わかってるよ!お前たち、神の子が回復の出目を出すまで後ろに下がってろ!」
「す、すみません王子!すぐ復帰しますから!」
ドラキュリオより少し年上の成人前の二人組は傷口を押さえながら下がっていった。
普段吸血鬼一族は体術で戦っているが、それに加えて自由に飛び回りながら縦横無尽にあらゆるところから攻撃を繰り出すのが売りだった。魔力が使えない今、空を自由に飛ぶことができないためかなりのハンデとなっている。
また、緊急回避の時も素早く空に飛んで避けるため、普段と勝手が違う防御や避け方をしているせいで怪我人もどんどん増えていた。
「ハッ!吸血鬼一族かなんか知らぬが、魔族のくせにたいしたことないな!所詮はか弱い女を狙って血を吸って生き永らえている小物か。目障りだ!さっさとワシの国から追い出せ!」
ガイゼル王は不機嫌そうに周りの兵たちに喚き散らす。
その言葉を聞いた誇り高き吸血鬼一族は、全員がサッと目の色を変えた。辺り一帯に冷たい殺気が流れ出す。
「おいストラ。群がる周りの雑魚は任せた。ボクは最短距離であのクズ王を潰しに行く」
「任せろ。オレたち吸血鬼一族を小物とか抜かす馬鹿野郎を思いっきりぶん殴って来い!お前ら!王子の行く手を阻む人間は一人残らずぶちのめすぞ!」
「「「おぉ!!」」」
ガイゼル王の一言でみんなのやる気に火がついた。属性を纏った武器攻撃にも一切怯まず、攻撃を喰らう覚悟で攻めていく。
後方にいても戦いの流れが変わったことに直感的に気づいたニコは、ダイスを振る前にしばし念を込めてから振った。すると、その念が勝負の神に届いたように、回復の出目二つと罠の出目が一つ出た。回復によって味方は活気づき、敵には武器が壊れるという罠が発動した。
「なんか敵兵が騒がしいね。ニコ君の罠が発動した影響かな」
「…こっちに良い流れがきてるね。何度も経験してるからわかる。この勝負、僕たちの勝ちだよ」
神の子は珍しく笑顔を浮かべると、遠くに見えるガイゼル王を見つめた。
ニコの能力によって、親衛隊たちの持っている武器は次々と不具合を起こした。魔晶銃の弾が発射されなくなったり、矛に雷が纏わなくなった。他にも一振りしただけで剣が折れる者もいて、兵たちは一気に大混乱に陥った。もちろんそれを見逃す吸血鬼たちではなく、隙を見せた者からどんどん気絶させていく。
ドラキュリオは眷属たちが切り開いてくれる道を抜け、真っ直ぐガイゼル王へと向かっていった。
「クソッ!役に立たないクズどもめ!あとで一族郎党全て処刑してやる!」
ガイゼル王は吐き捨てるように言うと、従者に命じ荷台を街に向けて走らせた。
「アイツ!味方を置いて自分だけさっさと逃げるつもりか!させないヨ!この吸血鬼界の王子、ドラキュリオ様がその腐った性根を叩き直してやる!!」
ドラキュリオは立ちはだかる敵を足蹴にしながら跳躍し一気に距離を詰めていくと、渾身の踵落としで荷台の後輪を破壊した。木製の荷台は大きく揺れ、ガイゼル王はバランスを崩して倒れ込む。
ドラキュリオは怒りを滲ませた目で仇敵を睨みつけると、今まで押し殺してきた想いを吐露した。
「ようやくこの手でぶん殴れる時がきたな、人間のクズ王。お前とクロウリーの企みのせいで、ボクたち魔族の大事なリアナ姫は死んだんだ。魔王様にこそお前をぶっ殺す権利があるから見逃してあげるけど、最低でも半殺しは覚悟してよネ!さっきボクら誇り高き吸血鬼一族を馬鹿にしてくれたんだから、その報いは受けてもらうよ!」
魔力は空っぽのはずなのだが、物凄い殺気とプレッシャーだけで辺りの空気がグッと下がっている。さしものガイゼル王もドラキュリオの圧に飲み込まれていた。辛うじて動く口と手で、彼は周りの兵たちに必死に命じる。
「な、何をしているお前たち!さっさとこの吸血鬼をぶち殺せ!!…くっ!」
ガイゼル王は携帯していた壊れていない魔晶銃を取り出すと、近距離でドラキュリオに向けて撃ちこむ。ドラキュリオは右手でそれを打ち落とすが、氷の弾だったため右の拳がそのまま凍ってしまった。しかし彼は顔色一つ変えずに一歩踏み込むと、凍った拳のまま思い切りガイゼル王に右ストレートをお見舞いした。ガイゼル王は口から血を噴き出して後方に吹き飛ぶと、多くの兵士にぶつかってからようやく止まった。
ドラキュリオは衝撃で氷が弾け飛んだ右手をプラプラさせながら、ゆっくりガイゼル王の下へ歩き出す。
「くそぉ。野蛮な魔族が。…いつか絶対この手で処刑してやる!」
ガイゼル王は悪態を吐くと、懐に入れていた笛を吹き鳴らした。ピィーーーーッと高い音が響き渡り、その瞬間シャドニクスの街の内側が騒がしくなった。城門から追加の軍が現れると、ガイゼル王を新しい荷台に乗せて直ちに撤退を開始する。
「あ!コラ!そのクズ王置いていけ!そいつを王に祭り上げててもろくなことにならないぞ!」
ドラキュリオは必死に追撃しようとするが、追加で出てきた兵たちが死に物狂いで妨害してくるため、結局ガイゼル王を取り逃がしてしまった。
ドラキュリオが本気を出せば人間がいくら束になって襲い掛かろうとわけないのだが、弱きを守る信条の吸血鬼としては、さすがに殺さないよう手加減するためとても突破できなかった。
こうしてガイゼル王をあと一歩まで追いつめた吸血鬼と神の子連合軍は、多くのシャドニクス兵を捕縛するに止まった。
ガイゼル王は自分が街に避難するとさっさと城門を閉めきってしまい、外でまだ戦う兵たちをいとも簡単に見捨てた。挙句の果てに味方もろとも大砲を連発し、その結果多くの人間が死んでしまった。魔族にもそれなりの被害が出たが、人間よりも頑丈なため死人が出ることはなかった。
私は遠くの地面に血だらけになって倒れて動かない多くの人たちを見て、うっすら涙を浮かべながらガイゼル王の非情さに腹を立てた。
「信じられない!自分の国の国民に向かって攻撃するなんて!自分はさっさと安全な場所に移動しちゃうくせに!あんな奴が国を治める王様なんて間違ってる!」
「ね、僕の言った通りになったでしょ。あのガイゼル王は自分中心に世界が回ってるから、敵を排除するためなら味方もろとも何のためらいもなく攻撃する。結果、こんな悲惨な光景が生み出されるんだ」
ニコはそう言うと、吸血鬼一族をまとめて戻って来たドラキュリオを出迎えに行く。
私は込み上げていた涙を拭うと、ニコの後を追いかけた。
「お疲れさま。残念ながらガイゼル王を捕らえることはできなかったね」
「…あぁ。一発思い切りぶん殴ってやったけどネ。魔力が使えてたら間違いなく首がもげてたよ。ねぇ神の子、悪いんだけど君の力で怪我人の手当てをしてくれない?最後のデタラメな攻撃のせいで結構被害が出てさ」
怪我を負っている眷属に肩を貸しているドラキュリオは、ニコのダイス能力に頼った。ニコも回復の出目が出なければ怪我を治すことはできないのだが、そこは彼の強運にかかれば自然と回復の出目が連続で出てしまうのだった。
「キュリオ!みんな!大丈夫!?」
「えりちゃん!えりちゃんこそ大丈夫だった?後方にも大砲が飛んできてたでしょ」
ニコの回復の出目で周囲一帯が癒されている中、私はキュリオに駆け寄ってお互いに無事を確認した。
「私は大丈夫。さすがにこっちまでは飛んでこなかったから。キュリオたちこそ最後に大砲の集中砲火喰らってたでしょ。大怪我した人とかいなかった?」
「いやぁ、最後のアレはホント酷かったよ。味方もろともだもん。ボクとストラで危険な状態に陥っていた眷属たちを助けながら来たから幸い死人は出なかったけど、人間側の被害は甚大だネ」
ドラキュリオは後ろを振り返り、動かぬ人間の骸たちを悲し気に見つめる。
「まったく。頭イカれてんじゃねぇのかあの野郎。同じ人間に躊躇なく大砲ぶち込むとか。こんなことになるなら、群がる人間を殺してでもガイゼルを捕まえるべきだったんじゃないのかキュリオ」
「それは多分無理でしょ。吸血王子は見かけによらず根が優しい魔族みたいだから、よほどのことがない限り人間を殺したりはしないんじゃない。……まぁ、僕が見た限りそう思っただけだけど」
「ニコ君の言う通りだよ!キュリオは優しいし誇り高き吸血鬼一族だから、弱い人間相手に本気出したりしないから」
人間のニコがドラキュリオのことをよく分かってくれているのが嬉しくて、私は笑顔でその考えを肯定した。
「甘いなキュリオは。オレだったら間違いなく周りの人間をぶっ殺して追ってるわ。ついでにクズ王の足も逃げられないように砕くね」
「はぁ~~。昔はストラも心の優しい気の弱い良い子だったのに、どうしてこんなに口の悪い気性が荒い吸血鬼になってしまったのか」
「…おい。全ての元凶であるお前が言うか。誰のせいでこんなにグレたと思ってるんだ」
ドラストラが軽くキレ気味に言うと、冗談だよ、と言ってドラキュリオは笑う。
私はドラキュリオから離れると、ニコと共に怪我人の手当てに回った。アレキミルドレア国の捕縛した兵士の中にも重傷者が何人かいたので、ニコの能力で治したりジャックの薬で手当てをした。
一通り怪我人の手当てが終わったところで、私たちはこれからのことを話し合った。
「これからどうしよっか。もうきっとしばらくガイゼル王は街から出てこないよね。キュリオからすごい一発もらって血まで吐いたらしいし」
「おそらく当分籠城の構えだろうネー。兵もかなり消耗しただろうし。かと言ってあの城門を突破して中に入るのはかなり骨が折れるよ。しばらく様子見するしかないんじゃない」
ドラキュリオは城壁に備え付けられている大砲と城門を交互に睨みつけながら言う。
みんなが同意の沈黙をする中、少し考えてからニコが口を開いた。
「…今回でかなりガイゼル王を追い詰めることができたから、ここから先は僕たち人間に任せてもらってもいいかな」
予想もしなかった神の子の言葉に、一同驚きの声を上げた。
まだ幼い少年は冷静な表情を崩さぬまま話を続ける。
「元々ガイゼル王は僕たち人間側が倒すべき敵だ。だから最後は僕たちで決着をつける。その代わり、あなたたち魔族はクロウリーという七天魔を倒してほしい。僕の方からロイド王に頼んで再度配置換えをしてもらう。ここの戦場には再度リーダーとユグリナ騎士団、そしてフォードたち空賊を配置してもらう。兵力の大半を失った今、空と陸の両方から攻めればそこまで時間をかけずに落とせると思う」
「…なるほど。それで空いたボクたちがクロウリーの戦場に行くってわけネ。でも逆に空賊を取られた竜人族の戦場はかなりの負担になるけど。まぁじーちゃん一人でもやれないことはないと思うけど」
「そっちの戦場には代わりに僕が行けばいい。元々その老魔法使いが強いなら僕一人でもこと足りるでしょ」
神の子の提案にドラキュリオは目を瞑ってしばし考えていたが、やがて大きく頷くとその提案に乗っかった。
「よし!そこまで言うならクズ王は人間に任せよう。ボクたちは裏切者のクロウリーを討つ!うちのストラの借りもあることだし、ボクからも魔王様に配置換えを頼んでみるよ」
「いよいよ、クロウリーと直接対決だね!この戦争を仕組んだ張本人!そいつを倒せばこの戦争もやっと終わる!」
私はドラキュリオと頷き合い、両拳を握り込んで意気込む。
彼は私に微笑むと、西の空を見ながら小さく呟いた。
「クロウリー。……サキュアの戦場か」
私はドラキュリオに釣られ、サキュアの戦場がある砂漠の街ルナの方角を見ると、近い最終決戦に向けて気を引き締めるのだった―――。




