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第三幕・ドラキュリオ編 第三話 憧れの存在

 吸血鬼の王城内にある広場に、ドラキュリオの眷属と配下たちが招集を受けて整列していた。

 ドラキュリオの力が暴走し戦場から戻って来て以降、ドラキュリオ軍の主だった兵たちはずっと待機状態だった。しかしついに先日ドラキュリオが弱点を無事克服できたので、晴れて兵たちにその報告ができることになったのだ。兵たちはあの日以来王子に会っていないため、不安の覗かせる者や厳しい顔つきの者が多い。

 私と仮の姿をしたドラキュリオ、セバスは揃って広場に現れると、兵たちの見つめる中小さい壇上へと上がった。

「皆さん、本日は招集に応じお集まりいただきありがとうございます。待機している間、王子の魔力が暴走した件で各々不安な日々を過ごされていたことでしょう。本日はその件について、まず改めてご説明させていただきましょう」

 セバスはドラキュリオの執事として、事の起こりから今までの経緯、そして先日の鏡の試練について順々に説明した。暴走の件について、今まで何故伏せていたのかを問いただしたい者ももちろんいただろうが、皆何も言わず最後まで大人しく耳を傾けていた。おそらくあえて問いたださずとも、王族としての権威を守るためだと皆分かっていたからだ。

「…その末、先日無事王子は試練を乗り越えて魔力のコントロールを果たしました。もう血を飲んでも暴走することはありませんし、本来のお姿に戻って存分に戦うことも可能でございます」

 セバスは一通り説明をし終えると、ドラキュリオに一礼して一歩後ろに下がった。

「みんな、ボクが不甲斐ないせいで、不安と心配をかけてすまなかった。長い間みんなに事実を隠し、あたかも血が飲めるように振る舞い続けてきたことも、本当に申し訳なく思っている。ごめん…」

 ドラキュリオは全員を見渡してから深く頭を下げた。配下たちは王子の真摯な態度に目を見開き、驚きと動揺を見せる。

 ドラキュリオはゆっくり顔を上げると、再び配下に語りかける。

「みんなの信頼を裏切ってしまった今のボクにできることは、これまで以上にみんなの期待に応え、誰にも恥じない自慢の王子になり、そしていつか……、他種族一の王になることだと思ってる!今日はその誓いもかねて、みんなには血を克服したボクを見届けてもらう!」

 ドラキュリオは高らかに宣言すると、気遣わし気に私を見た。私は一度深呼吸して小さく頷くと、セバスに目で合図をした。合図を受け取ったセバスは、私の右手を取ると手の平にナイフを滑らせる。手に鋭い痛みが走ると、新鮮な真っ赤な血がすぐに溢れ出てきた。それを見た配下たちは一斉に声を上げる。

「ちょ、まさか、お気にちゃんの血を飲むんですか!?」

「何もわざわざ姫様の血で証明しなくても!姫様、あまりご無理をなさらず。この間怖い思いをなさったばかりでしょう」

 私を心配して整列を乱して集まろうとする兵たちに、ドラキュリオは軽い嫉妬を抱きながら手で戻れとジェスチャーをする。

 いつの間にかだいぶ兵たちに気に入られてしまったようで、ドラキュリオは面白くない顔をしている。

「ほら、キュリオ。拗ねないで」

「別に、拗ねてないもん」

 キュリオはそう言い返すと、そっと私の右手を取った。そして手の平に口元を近づけると悪戯っぽく笑った。

「だって、えりちゃんは誰にも渡さないから」

「ッ!」

 手の平に沁みるような感覚を一瞬感じたが、治癒効果の働きで痛みはすぐに消えていった。

 兵たちの前で血を飲み終えたドラキュリオは、体内の魔力をみるみる増大させ本来の姿へと戻った。周囲にまで及ぶ絶大な魔力に、兵たちは思わず歓声を上げた。

「おぉ!すごい魔力だ!力の暴走もない。それでこそ王子です!」

「よかったぁ~!一時はどうなるかと思った!これでもうお気にちゃんを悲しませずにすみますね!」

 みんなの反応を見て、私はほっと胸を撫で下ろした。無事王子として受け入れられたようで、執事のセバスもほっと一安心している。ドラキュリオもみんなの喜ぶ姿を見て嬉しそうに笑っている。

「それにしても、試練を乗り越えて王子はまた一つ大人になりましたな。昔は悪戯をして何かと周りに迷惑をかけても、自分は悪くない、王族だもんの一点張りで頑なに謝るのを拒否していたというのに。先ほどはきちんと頭を下げて謝って…」

「あ!それオレも思いました!キュリオ様もついに常識を身につけたんだなぁ、と。ちょっと感動しちゃいましたよ!」

 兵たちは口々に声を上げ、まるで子供や孫の成長を喜ぶかのように目にうっすら涙を浮かべる者までいた。それほど今までのドラキュリオの普段の素行は悪かったのだろう。

「……キュリオ、どんだけ問題児なのよ。魔王城のみんなだけかと思ったら、ここでも周りに迷惑ばかりかけてたの?」

 すっかり呆れた表情をする私に、ドラキュリオは慌てて事実を否定する。

「いやいや待って!みんなが少しオーバーに言ってるだけだから!昔の幼い頃は少しあったかもしれないけど、最近はもう大人だからそんな悪い事してないよ!」

「キュリオ様ぁ~。嘘をついちゃいけませんよ。ついこの間だって、うちの悪魔族の悪戯好きと悪さしてたでしょう。昼寝していた間に両羽が紐で結び付けられてたって、被害者のダンナが怒ってましたよ」

「なんと!そんなことを!?……王子、先ほど我々の期待に応えてくださると仰ってましたな。それならば、まずその悪戯好きを直してもらいましょうか」

 うんうん、と兵たち全員が頷き、じとーっとした目でドラキュリオを見つめる。ついでに私も便乗してじーっと彼を見つめた。先ほどみんなに誰にも恥じない王子になると宣言した手前、皆の要求を拒否することはもはやできなかった。

 ドラキュリオは無言で力なく頷いた。

「いや~、よかったよかった!これで少しはキュリオ様も落ち着きますね!」

「そうだな!まぁでも、王子は自分では大人ぶっているが、魔族ではまだまだ子供の部類。成人の儀すらしていない。成人するまでは悪戯にも目を瞑ろうと思っていたが、早く卒業していただくに越したことはないからな!」

「……うぅ。みんながボクをイジメる…」

「いや。全然イジメてないから。悪戯をしてみんなを困らせてるキュリオがいけないんでしょ」

 少し大人びたが、まだ可愛い幼さが残る彼を注意する。

「さすがに昔と違って悪戯の加減はちゃんとしてるもの。少しくらい悪戯したっていいじゃない…。あ~、もう!ボクたちは退散するから後は爺やよろしくネ!みんなに指示出ししといて。これ以上ここにいたら、えりちゃんに何を吹き込まれるか分かったもんじゃない」

「…それは坊ちゃんの普段の行いが悪いせいですよ。ですがまぁ、坊ちゃんにはまだやるべきことが残っていますから、後はこのわたくしにお任せください」

 セバスは主に恭しく一礼する。ドラキュリオは兵たちに囲まれそうになっている私の手を取ると、ずんずん歩いてそのまま城内へと入って行くのだった。




 私とドラキュリオは城内を歩くと、そのまま真っ直ぐ鏡の間へと向かう。

 その道すがらドラキュリオは仮の姿へと戻った。まだ私が本来の姿の恐怖症を完璧に克服していないため、少しずつ慣らしていこうということで、普段は今まで通り仮の姿でいてくれることになっている。そういう優しい気遣いはできるのに、悪戯や問題行動がなくならないのは不思議なことだ。

 鏡の間に到着すると、相変わらず狭い部屋が私たちを迎えた。

 ドラキュリオは鏡の前に立つと、右手で真実の鏡に触れた。

「血を克服した今、ボクが最優先で当たるべきことはストラの暴走を止めることだ。今のボクなら、従兄として、王子として、今度こそストラの暴走を止められるはず。アイツが取り返しのつかないことをする前に必ず止めないと。まずはこの真実の鏡の力を使って、ストラの居場所を特定する」

 ドラキュリオは鏡に自分の魔力を流し込む。

「真実の鏡って本当に何でもできちゃうんだねー。…ん?でもこの鏡を使って居場所を特定できるなら、何で今まで使わなかったの?」

「この鏡は魔力を流し込んで使うんだけど、試練以外の失せもの探しとか、求めるものがどこにあるか探す時は、その望みのものに応じて流し込む魔力量が変動するんだ。魔力が足らないと何も映らなかったり、断片的な中途半端なものしか映らないんだ。…ちなみに魔力量の多い配下たちが今まで何回か試したけど、薄暗い場所しか映らなくてどこにいるか分からなかったみたい」

 話しながらドラキュリオはどんどん鏡に魔力を流し込んでいく。先ほど私の血を飲んで潜在能力が覚醒している分、魔力は十分豊富にあった。鏡にかなりの魔力対価を支払ってから、ドラキュリオは真実の鏡に望みを告げた。

『真実の鏡よ!ドラストラのいる居場所を映し出せ!!』

 真実の鏡は白い光を放つと、鏡面に薄暗い場所を映し出した。

「どこだろう。確かに薄暗いね。ちょっと淡い光のようなものも見えるけど…。ゴツゴツした岩場ばかりみたい」

「……そうか。あそこにいるのか」

 ドラキュリオはすぐに居場所が分かったようで、鏡から手を放した。真実の鏡は白い輝きを失うと、元の鏡に戻り私とドラキュリオの姿を映した。

「どこにいるか分かったの?」

「ウン。ストラは今この暗黒地帯にある洞窟にいるみたい。ほら、ここの領域の魔法陣が設置されている場所があるでしょ。あのすぐ裏手にある洞窟だよ」

「あぁ!確かにあるね、洞窟。すごい中暗そうだし、コウモリでも出そうだから一度も入ったことないけど」

 私は自分の記憶を掘り返しながら洞窟について述べる。

「あの洞窟はすごい入り組んでいる洞窟でね、普段あまり中に入らない者たちは迷子になることもあるよ。それにあそこは途中から造りが鍾乳洞になっていて、そのままネプチューンの治める隣の領域に繋がっているんだ。魚人族は他種族には当たりが強いから、余計なトラブルを招かないよう極力立ち入りは控えるようにしているんだ」

「ふ~ん。でも、今そこにドラストラは隠れてるんだね」

「そうみたい…。洞窟の中も調べるよう伝えておいたんだけど、ストラは隣の領域近くに隠れてるみたいだネ。さすがにみんなもそんなに奥深くまで探していないから」

 ドラキュリオに誘われ、私は鏡の間の外へと出る。

 ドラキュリオを振り返ると、彼は真剣な表情で拳を握りしめていた。最近思い悩んだり自分を責めたりすることが多く、ずっと難しい顔や沈んだ表情、真面目な顔ばかり目にしている。こういった状況なので仕方がないとはいえ、彼にはやはり無邪気な笑顔が一番合っていると思う。

「ねぇキュリオ。これからきっとドラストラに会いにその洞窟に行こうと思ってるんだろうけど、私も一緒について行くからね。先に言っておくけど」

「えっ……。ねぇえりちゃん、もう何度かこのやり取りしてる気がするんだけど、また今回もついて来るの?」

 案の定ドラキュリオは困った顔で見つめてきた。だが今まで同様、私は一歩も引く気はなかった。

「もちろん!一人で行かせたら心配だからね。また何か罠にかけられるかもしれないし。その時は今度こそ私の力ですぐ助けてあげる!それに、ドラストラをぎゃふんと言わせるところを直接見たいし」

「ぎゃふんて。この間から言ってるねーソレ。よっぽどストラに対して怒りが溜まってるんだネ。…でも罠って言っても、もう血を無理矢理飲ませられてもかえって返り討ちにするだけだし。他にボクの弱点になるものといえば、えりちゃんが人質に取られるぐらいなんだけどなぁ」

 ドラキュリオは危ないからついて来るなという視線を送ってくる。彼の言う通り、私が人質に取られるという可能性もあるかもしれない。だがもし人質に取られたとしても、私にはあの『約束』がある。

「でももし人質になっても、私のピンチの時は助けてくれる約束だもんね?約束、もう破らないんでしょ。破ったら絶交だから」

「エェ~~~!ここでそれを持ち出すの!?も~、それを言われちゃうとボク何も言い返せないじゃない。仕方ないなぁ。じゃあついて来てもいいけど、必ずボクの指示に従ってよ。何があるかわからないんだから」

「了解です!」

 私は元気よく返事をすると、ドラキュリオと一緒にドラストラのいる洞窟へと向かうのだった。




 夜光虫の綺麗な光に照らされながら、林道を抜けて魔法陣のある小さな山の中腹までやって来た。城とは反対方向の場所に、記憶通り洞窟の入り口が暗い口を開けて待っていた。外から見ても全然中まで見通せず、光源は全くないようだった。

「さすが洞窟、暗いね。鏡で見た時はもう少し明るそうに見えたんだけど」

「あぁ。あれは光ゴケが傍にあったからだよ」

「光ゴケ?」

 私はドラキュリオが持参してきたランタンに火を灯すのを見ながら質問する。

「光ゴケはその名の通り光る苔なんだけど、途中洞窟の造りが変わって鍾乳洞になると、岩壁や足元のあちこちに生えてるんだ。だからそこまでは基本真っ暗だネ。ボクは吸血鬼で夜目が利くから問題ないけど、えりちゃんはランタンの灯りがあったほうがいいでしょ」

「あ、その灯りは私のためだったのね。そういえばこの領域に住んでるみんなは、暗くても昼間のように見えるって言ってたっけ。でもこんなに真っ暗でも見えるの?」

 私は洞窟に恐る恐る一歩足を踏み入れながら訊ねる。やはり暗くて自分の手すら見えなくなってしまった。

「さすがに完璧に闇に閉ざされてしまうと、ボクらも昼間のようには見えないヨ。でも普通に歩ける程度には見えるから大丈夫。多分感覚的に言うと、えりちゃんが夜に歩くのと同じようなものなのかなぁ。ちょっと暗くて見えにくい感じ。人間になったことがないから説明が合ってるかわからないけど」

 ドラキュリオは私の隣に立つと、ランタンを持っていない右手で私の手を握った。

「暗いから足元に気を付けてネ。あと頭上に結構コウモリがいるけど、ボクといれば襲ったりしてこないから大丈夫」

 そう言うと、ドラキュリオはゆっくり洞窟を進み始めた。私も彼に合わせて一緒に歩き始める。

(コ、コウモリもいるんだ…。まぁ洞窟と言えば天井にコウモリが張り付いているイメージが確かにあるなぁ。……なんか、まるでお化け屋敷にでも入ってる感じ。威勢よくついて行くって言ったけど、早くも後悔し始めている自分がいる)

 ランタンの温かな灯りでは心もとなく、私は無意識にドラキュリオの手をぎゅっと握る。すると、隣からクスッと小さな笑い声が聞こえ、彼もぎゅっと手を握り返してくれた。

「大丈夫?怖い?」

「う~。暗くて周りがよく見えないのが怖い…。今突然何かが出てきたら、私心臓止める自信があるね」

「アハハ!それは大変だネ!…それじゃあ、気晴らしにボクの昔の話をしてあげようか」

 ドラキュリオの昔の話に興味をそそられた私は、コクコクと首を縦に振った。

 彼は私を先導しつつ、幼い頃の自分について語ってくれた。

「実はね、鏡の試練を受けた時に幼い自分とストラに会ったんだ。その頃の自分を見て、そういえばボクとストラはあんなに仲が良かったのになぁって思い出したヨ」

「昔は仲が良かったんだ。まぁ、元々従弟だもんね。今はその片鱗も感じさせないけど」

「ウン。ボクが魔星送りの儀を失敗するまでは普通に仲が良かったよ。むしろ、ストラの方がボクにべったりだった感じかな。ボクは王族の直系の血筋で、昔から怖いものなしで魔力量も多くて強かった。王族としての誇りを持ち、いつでも堂々として振る舞っていたから、三つ下のストラにとっては憧れの存在だったみたい。昔はしょっちゅうボクみたいになるんだって、口癖のように言ってたヨ」

「エッ!?全然想像できない…。そして、怖いものなしっていうか、悪戯をしても王族だからって理由で傍若無人に振る舞っていたの間違いでは?」

 私は今まで聞いた情報を精査し、的確な指摘を入れる。どうやら図星だったようで、ドラキュリオは引きつった笑みを浮かべる。

「そ、そうとも言えるかもしれないけど、でもアイツがボクに憧れてたって言うのは本当だよ!どこに行くにもボクの後ろをついてきたんだから!」

「ふ~ん。真似して悪戯っ子にならなくて良かったね。問題児なところは似ちゃったかもだけど」

 私はニッコリ笑ってランタンに照らされているドラキュリオの顔を見た。彼は隣で少しだけ拗ねた顔をしている。

「……ボクさ、ストラがボクのように強くなりたくて、色々努力していたのを知ってたのに、それを踏みにじるような酷いことを言っちゃったんだ。鏡の試練を受けるまで、その時何て言葉を言ってストラを傷つけたのか、ボクは全く覚えていなかった。キツイ言葉でストラを責めたってことだけは覚えてたんだけど…。サイテーだよネ、相手を傷つけておいて覚えてないなんて」

 ドラキュリオは思い詰めた顔をして哀し気な声を出す。これからドラストラと対峙する前に、心の整理をつけようとしているようだった。

「なるほど。それがきっかけでドラストラと険悪になっちゃったんだ。……鏡の試練、まだ継続中なのかもね」

「え…?」

 私がポツリと呟くと、隣から不思議そうな声が返ってきた。

「まだキュリオには向き合わなきゃいけない人がいるってこと。鏡の試練で自分自身と、その後すぐ私に向き合ってくれた。あとはドラストラと向き合って仲直りすること。そうして初めて試練を乗り越えたって言えるんじゃない。全部乗り越えれば、もっと自分に自信がついて強くなれるかもよ」

 私は自分の勝手な見解を述べたが、ドラキュリオは興味深そうに聞いていた。

 少し考え込んでいた彼は、ニコッと頷くと私の意見に同調してくれた。

「えりちゃんの言う通りかもしれないネ。あの鏡の試練で登場してきた人物が、今のボクが向き合うべき存在だったのかも。その全員と分かり合えれば、ボクはもう一段階上にいける。そんな気がする!」

「うん!その意気だよ!自分の正直な気持ちを伝えて謝って、また昔みたいに仲の良い従弟に戻ろう!私の時と同じ、誠心誠意自分の言葉を伝えればきっと分かり合えるよ!」

 私の励ましの言葉を受け取り、ドラキュリオの気持ちは上向いたようだった。

 私たちはその後も昔話に花を咲かせながら洞窟の奥へと進んで行った。



 迷路のような洞窟を抜けると、次第に空間が広がり、辺りに光る苔が生え始めてきた。どこからか水の流れる音も聞こえてきており、石の造りが変わって鍾乳洞に入ったようだった。

「結構歩いたねー。ようやく目的の鍾乳洞に入ったんだ」

「そうだね。ここから先はほのかに明るいから、さっきみたいに怖くないと思うよ。でも、地面が湿ってて滑りやすいから気を付けてネ。……ここのどこかにストラがいるはずだけど」

 ドラキュリオは人の気配を見逃さないよう、注意して歩き始める。私も滑らないよう慎重に歩を進める。段差を下りる際壁に手を触れると、岩はしっとり濡れていた。

(確かにこれは足元も滑りやすいだろうな。こんなところで転んだらすごい痛そう…)

 私は滑って手を繋いでいるドラキュリオまで巻き込まないよう、更に慎重に歩く。

「そういえば、最初の洞窟を歩いている間本当に迷路みたいだったけど、よく迷わずここまで来れたね」

「ん?そりゃあ、昔に度胸試しでストラと何度も入ったからネ。もうマップは頭の中に入ってるさ。他の眷属たちじゃこうはいかないんじゃない」

 少し自慢げに語るドラキュリオに、私はクスクス笑ってしまう。どこの世界の男子も、子供の頃は度胸試しというのが好きらしい。

 ランタンの灯りと光ゴケの淡い光を頼りに、私たちは所々水の流れる白い岩肌の鍾乳洞を突き進む。狭い洞窟を進んでいた時より水場が近いせいか、辺りの気温はグッと下がっていた。少し涼しいくらいにひんやりしており、薄着の私はあまり長居したくないと思い始めていた。

 それからしばらくして、足元の地面が全て水に満たされているところにさしかかると、突然ドラキュリオが足を止めた。

「うわぁ。ここから先は水の中に入らないと進めないね。私のブーツ布製だから中まで濡れちゃいそう」

 私は自分の靴を見下ろした。水深はそこまでないので、おそらく足首の少し上あたりまで水に浸かりそうだった。私が心の中で水没する靴と葛藤していると、ドラキュリオは繋いでいた手を放してランタンを私に差し出した。

「キュリオ?どうしたの?」

 ランタンを受け取った私は、無言で正面を見据えるドラキュリオに問いかけた。てっきり水で満たされた道にさしかかったので立ち止まったのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。ただならぬ空気を感じ取った私は、ついに目的の人物が近くにいるのだと悟った。



 ドラキュリオは纏う黒いマントをコウモリのような羽に変えると、濡れないよう水の上を少し進んだ。そして、道の先にある白い大きな岩の陰に向かって呼びかけた。

「ストラ!そこにいるんだろ!出てきなよ!……今日は久々にじっくり話そう。腹を割って話したいことがたくさんあるんだ」

 しばしの沈黙後、暗い瞳を湛えたドラストラが岩陰から姿を現した。以前戦場で会った時より酷くやつれており、この間ドラキュリオと戦ってボロボロになった衣服のままだった。怪我の手当てもろくにしなかったのか、まだ痛々しく傷跡が残っている箇所もある。しかし、そんなボロボロな状態とは裏腹に、ドラストラが発する殺気や魔力は漲っていた。そのあまりに異様な光景に、私は言葉を失くし、ドラキュリオは哀しみの声を上げた。

「ストラ…。一体どうしちゃったんだよ!この間戦ったまんま、ろくに手当てもしなかったの!?いくら由緒正しき吸血鬼の血筋だからって、ちゃんと手当てしなきゃ後遺症が残るかもしれないよ!それに、その異常な魔力…。明らかに君に合ってない。何があったの?」

「……何があっただと?腰抜け王子の分際で偉そうに。お前に心配されるほどオレは弱くないんだよ!」

 ドラストラは苛ついているのか、魔力を纏った手で空を薙ぎ払うと、足元の水をバシャッと巻き上げた。

「それより、こんな領域の外れまで来るなんて、もしかして配下たちに合わせる顔がなくて逃げてきたのか。この間は見事に大暴走したもんなぁ!巻き添えを喰ったら大変だから、人間の娘に噛みついたところまでしか見なかったけど、あの後お前のお気に入りとやらは…あれ。なんだ、生きてんのかよ」

 そこで初めて私の存在に気づいたドラストラは、明らかに気分を害したようだった。

 おそらく彼の計画では、私はドラキュリオに血を吸い尽くされて死に、ドラキュリオを精神的に追い詰める作戦だったのだろう。結果的に私は死ななかったが、それでも十分ドラキュリオには精神的ダメージは与えられていたと思う。

「…ストラ。ボクはお前の罠に嵌まり、みんなの前で血を飲むと魔力が暴走する弱い自分を曝け出した。眷属や配下たちには王族のくせに魔力がコントロールできず、暴走が怖くて血が飲めない王子と失望させ、ずいぶん不安と心配を抱かせてしまった」

「ハッ!自業自得だろう!ずっと周りを欺いてきたツケが回ってきたんだ!自分の力もコントロールできないお前には、もう誰もついてこない!いくらお前がオレを認めないとしても、魔星送りの儀を成功させ、力のコントロールができる王族こそ王子に相応しい!直系でなくても、分家のオレの方が優れているんだ!ざまぁみろキュリオ!お前から王子の座を奪い、オレはついにお前を超えたんだ!!」

 ドラストラは興奮が振りきれたのか、まるで壊れた機械のように高笑いを続ける。鍾乳洞にはその不気味な笑い声が反響した。彼の異常な精神状態に、私とドラキュリオは同時に違和感を覚えた。

「ボクが傷つけた言葉のせいで強い劣等感を抱くようになってしまったとしても、いくら何でもこれは様子がおかしい。ストラの発する異常な魔力が関係してるのか」

「まるで気でも触れちゃったみたいだよ。もしかしてクロウリーに洗脳でもされちゃってるんじゃないの?」

 私の発言を受け、ドラキュリオは注意深くドラストラを観察する。しかしすぐに首を横に振ると、私の可能性を否定した。

「いや。クロウリーの魔力の残滓はどこにも感じられない。少なくとも洗脳されてはいないみたいだネ」

「じゃあ…、どういうこと」

 私たちのやり取りがちょうど終わった時、唐突にドラストラの笑い声が止んだ。目を向けると、憎悪に満ちた瞳で彼はドラキュリオを睨みつけていた。

「あとはキュリオ、お前さえいなくなれば正真正銘王子の座はオレのものだ。お前が死ねば、分家だろうとみんなオレを王子に据える。お前が……。だから、ここで死ねェ!腰抜けがァ!!」

 ドラストラは激昂すると、突如ドラキュリオに襲い掛かった。ドラキュリオはいつ戦闘になっても大丈夫なように臨戦態勢を取っていたようで、冷静にドラストラの攻撃を受け止めた。

「ストラ!ちょっと落ち着け!その異常な魔力、自分で気づいてないのか!?」

「黙れ!さっさと逝っちまえよ!そうしたらオレが、お前みたいに、いやチガウ。お前を超える王子になるんだ!そうすればキュリオもオレを認めて、…チガウ。オレはみんなに強いと認められる!」

 体術を繰り出しながら、ドラストラは時折うわ言のように呟きを繰り返す。不安定な言動をこぼしながら戦うドラストラに、ドラキュリオは攻撃を防ぎながら彼の様子を探る。

「一体、ストラの身に何が起こってるんだ!?こんな精神状態じゃまともに話が通じない!」

 事態を打開する方法が見つからず、ドラキュリオはすでにボロボロなドラストラに反撃することもできず、ひたすら防御に徹している。

 私は二人の戦いを見守りながら、自分の能力を使ってどうにか状況を好転させようと考えを巡らせていた。

(こうなったら私の能力でどうにかしないと!キュリオの話だと洗脳とかはされてないらしいけど、どう見たって様子が違いすぎる。彼の中で何かが起こっているのは間違いない!キュリオの時みたいに体の時間を元に戻すイメージで妄想を発動させる?でもいつから体にこの異変が生じたのか分からない。とりあえず初めて出会った時にまでイメージを遡って体の時間を戻す?でもそれだと私の体の負担がかなり大きくなるはず。もし失敗した場合、あと二回分能力が使えるほど体力が残ってるかどうか…。それに、もし動けなくなってそれこそ私が人質にでも取られたら元も子もない)

 どういう妄想をすればいいかあれこれ考えている間に、ドラストラの異常な魔力は感情の起伏に応じて徐々に膨れ上がり、守るドラキュリオも苦戦し始めてくる。

「オラオラオラぁぁぁ!さっきから防戦一方でたいしたことねぇなァ!所詮本家という血筋にだけ恵まれた男ナンダ!…そうだ、オレが分家じゃなくて本家に生まれていれば、オレが王子で、誰よりもツヨイ、一族に認められたオトコになれたんダ!」

「グッ!もう、ストラの魔力は暴走寸前だ!力づくで意識を奪うほか止める方法はないのか!」

(どうしよう…!何が原因であんな状態になってしまったのかせめて分かれば……!そうだ!!)

 私の頭の中に一つのイメージが駆け抜けた。望んだものを映し出して教えてくれる真実の鏡。その鏡を妄想の力で手元に現実化させることができれば、この状況を打破できるかもしれない。

 私は手に持っているランタンを地面に置くと、さっそく精神を集中して妄想のイメージ固めに取り掛かった。

(本物の真実の鏡は魔力を流し込んでお願いを聞いてもらうシステムだけど、私は魔力を持たないからそのイメージは外さないと。機能的には私の世界でよくあるお話の魔法の鏡をイメージすればいいかな。どうせなら今後の戦いにおいても役に立てるように、色んな鏡のイメージと機能を付けて……。よし!)

 私は全身から蒼白の光を放つと、固めた妄想のイメージを一気に解き放った。

『出でよ!魔法の鏡!!』

 星の戦士の能力が発動し、鍾乳洞内が蒼白の光で照らされる。両手を突き出した私の手元には、強い蒼白の光に包まれながら丸い物体が現れた。

 戦闘を続けていたドラキュリオとドラストラは、能力の発動を受けて一時動きを止めた。二人の見守る中で蒼白の光が止むと、私の手には両手で持てるほどの丸い鏡が収まっていた。鏡の裏にはどこかに提げられるように、輪っかになった赤とピンクの飾り紐がついている。見た目は物語でいう魔法の鏡というよりかは八咫鏡に近い。

 突然現れた鏡に驚いた二人は、一旦私の出方を窺った。

「よし!とりあえず鏡を現実化することは成功したみたい。キュリオ!この魔法の鏡を使って、ドラストラのおかしい原因を突き止めるよ!」

「魔法の、鏡?真実の鏡みたいなことができるの?」

「た、多分…。妄想が上手くいっていれば。とりあえず試してみる!『魔法の鏡よ!ドラストラがおかしくなった原因を映し出せ!!』」

 私は魔法の鏡に呼びかけると、ドラストラに向かって鏡面を向けた。すると、鏡面から蒼白の光が放たれ、光が落ち着くと鏡には異様な魔力を帯びた機械魔族がドラストラと共に映し出された。クモの形をした機械魔族はドラストラの左肩に乗っかっており、大きさは子ウサギ程度ぐらいある。鏡では確かにその姿を確認できるのだが、肉眼では何故か見ることができない。鏡に映る機械魔族を確認したドラキュリオは、そういうことかと合点がいったようだった。

「クロウリーに洗脳されてはいなかったけど、息のかかった配下の魔族に魔力と感情を無理矢理増幅させられてたみたいだネ。ご丁寧に透過魔法までかけてくれちゃって。よくもボクの大事な従弟を玩具にしてくれたな。わざわざボクに憎しみを抱いているストラの気持ちを利用するなんて…」

 怒りと悔しさを滲ませるドラキュリオの気持ちなど露程も知らず、ドラストラはついに魔力を暴走させて思い切りドラキュリオに蹴りと拳を見舞う。ドラキュリオは両腕を交差させて攻撃に耐えると、覚悟を決めてから一気に本来の姿へと戻った。

「ストラ……。ボクのせいで長い間苦しませてごめん…。君の気持ちを勝手に弄ぶその機械魔族は破壊してやるから、ここで全て終わりにしよう。そして、十三年振りに仲直りをするんだ!」

「ウゥ…!殺す!殺す!オレの存在を否定する奴は、全員コロス!」

 お互いに魔力を開放し、激しい体術の応酬になる。

 ドラストラはまるで己の命を削るように、拳や足に魔力を乗せて攻撃する。その鬼気迫る戦い方に、ドラキュリオはすぐさま短期決着にしなければと理解した。彼はドラストラの攻撃を上手くいなしつつ、機械魔族が張り付いている左肩のみを狙って攻撃する。しかし機械魔族が命じてでもいるのだろうか、無意識にドラストラは左肩への攻撃を避けたり別の部位で庇ったりしてしまう。

 このままでは埒が明かないと、ドラキュリオは纏うマントを羽からコウモリの大群へと変える。

「我が眷属たちよ!敵を翻弄し足止めせよ!」

 浮遊魔法が解かれ、コウモリの大群がドラストラに群がっていく。機械魔族のいる左肩はもちろん、顔の周囲や手足にまとわりついて敵の攻撃を乱し、集中力を削いでいく。

 その間にドラキュリオは息を整えると、今日飲んだ分の血の力を更に開放した。周囲にまで魔力が漏れ出し、王族に相応しい強さを発揮する。

「さぁ、これで決めるヨ!」

 ドラキュリオは右拳に魔力を集中させると、コウモリに攪乱されるドラストラとの間合いを一気に詰めた。ドラストラは咄嗟に左肩を庇うため、左足を後ろに引いてパンチを防ごうとしたが、右ストレートはただの囮だった。ドラキュリオは水しぶきを上げながら空中を飛んで体を回転させると、右足を蹴り上げてそのまま濃縮した魔力を左肩に蹴り飛ばした。ゲームで例えるならば波動拳の蹴り版、剣の斬撃を飛ばす技の蹴り版だろう。

 見事ドラキュリオの技は命中し、左肩にいた機械魔族は攻撃の衝撃を受けて吹っ飛んだ。その拍子に透過魔法は切れ、クモ型の機械魔族は水の中に落ちた。ドラキュリオは間髪入れずコウモリたちにトドメを刺すよう指示し、そのまま機械魔族は二度と動かなくなった。



 力づくで機械魔族を取り除いた瞬間、異常な魔力を帯びていたドラストラは糸が切れたようにその場に倒れて動かなくなった。暴走していた魔力も霧散し、鍾乳洞には静けさが戻る。

 水の中に倒れてしまった彼を、ドラキュリオは急ぎ助け起こす。

「大丈夫かストラ!しっかりしろ!」

 ドラキュリオがボロボロのドラストラに呼びかけている間に、私も足が濡れるのも構わず傍へと駆け寄った。

「うっ…。キュリ、オ……」

 ドラストラは視界の定まらない目を薄く開けると、必死にドラキュリオの姿を探しているようだった。

 魔力を暴走させた後遺症か、彼はずいぶんと衰弱していた。ただでさえ戦う前からボロボロで怪我も治りきっていなかったので、下手したらこのまま死んでしまうのではないかと思わせるほどだった。

「大丈夫!ボクならここにいるヨ!今すぐ城に連れて帰って手当てしてあげるからな!」

 右手で体を抱えたまま、ドラキュリオは左手で安心させるように従弟の手を握った。

「……さっきの力。もしかして、潜在能力の開放…?」

「あぁ、ここに来る前にえりちゃんの血を飲んだからネ。魔力の充電はバッチリだったんだ」

「なんだよ…。いつの間に血を克服したんだ…」

 ドラストラは悔し気な、でもどこか嬉しそうに呟く。

 私は今日聞いた言動から、彼の本当の気持ちを推し量る。

(きっと、ドラストラは誰よりもキュリオに自分の強さを認めてもらいたかったんだね。そして、誰よりもキュリオの強さに憧れていた。だから、自分の力に自信を持っていた昔のキュリオに戻ってくれたことが嬉しいんだろうな)

 私は二人のやり取りを黙って見守る。

「おかげさまでストラの荒療治のせいでネ。手段は最悪だったけど、結果的にはあれがきっかけでボクは鏡の試練を受ける決意をして、無事弱点を克服することができた。そういう意味ではストラには感謝してるよ。あの出来事がなければ、ボクは今でもきっと血を飲めないままだっただろうから」

「あの頃…、いくら励ましてもオレの言葉は届かなかったのに、今更そんな形で感謝されてもな」

 痛みに顔をしかめながら、ドラストラは苦しそうに小さく笑った。

「あの時は本当にすまなかった。すごい精神的に追い詰められていたとはいえ、ストラには酷いことを言ってしまった。ストラが魔星送りの儀に成功したことでボクの心は焦ってしまって、なんだか自分だけがどんどん取り残されてしまうような気がして…。ボクに憧れて慕ってくれていたお前にも見限られてしまうんじゃないかって不安になって、ついボクはストラを否定するような言葉を言って傷つけてしまった。……ごめん、許してほしい」

 ドラキュリオは長い間謝ることのできなかった従弟に、ようやくずっと胸に抱えてきた想いを打ち明けることができた。

 私は彼の言葉を聞きながら、深い確執を持つ相手に素直に謝罪することへの難しさや、それをきちんとできるドラキュリオを立派な人物だと思った。こういう者こそ将来王になる器なのだろう。

「…まさか、キュリオがこんなに素直に謝る日が来るなんて。…明日は暗黒地帯にも日が差すかな」

「もう!そういうやり取りはいいヨ!今日みんなに魔力が暴走することを黙っていてごめんって謝った時も散々からかわれた」

 ドラキュリオは思わずへそを曲げた表情をする。

「…そっか。みんなにも謝ったんだな。じゃあ、みんなにも無事王子として認めてもらえたのか。………ようやく、これでオレの憧れの存在に戻ってくれるのか」

「…ッ!こんなボクに、まだ憧れてくれるの?」

「当たり前だろ…。キュリオは、オレにとって理想の王子で…、目標とする強い吸血鬼であり、いつまでも憧れの存在なんだよ……」

 ドラストラは弱々しい声で、でもはっきりと自分の気持ちを告げると、静かに意識を手放していった。

 目を閉じて動かなくなってしまったドラストラを心配し、私はしゃがんだままのドラキュリオに声をかける。

「ドラストラ、大丈夫だよね?」

「ウン。気を失っただけだから心配ないよ。見ての通りボロボロだけどネ。人間と違って魔族は丈夫だから、そう簡単に死なないよ」

 不安な表情を浮かべる私を安心させるように、ドラキュリオはニコッと笑った。

 彼は本来の姿を維持したままドラストラを持ち上げると、改めて私に向き直った。

「さっきはありがとう。えりちゃんのその鏡のおかげで助かったよ。まさか妄想の能力でそんなものまで現実化させられるとはネ。もはや何でもありじゃん」

「いやぁ、良かったよ上手くいって。私もキュリオがピンチの時は助けてあげたいからね」

 そう言って笑うと、ドラキュリオは少し照れたように顔を赤くしたが、すぐに笑顔を浮かべた。

「それにしてもクロウリーの奴。よくもボクの大事な眷属を弄んでくれたな。この借り、絶対に倍にして返してやるから」

「……キュリオ、少し怖いです」

 私は顔つきを変えて微かに殺気を放つドラキュリオにビビり、あからさまに距離を取ってみせる。私の呟きに気づいた彼は、慌てて殺気を引っ込めていつもの調子に戻った。

「わぁ!ゴメンゴメン!怖がらせるつもりはなかったんだけど!城に戻ったら仮の姿に戻るから、もう少しだけ我慢しててネ!」

「大丈夫。殺気引っ込めてくれれば。とりあえず私の能力で一気にお城に転移しちゃおうか。その方がすぐにドラストラの手当てできるでしょ」

「その手があったか!さっすがボクのえりちゃん、頼りになる~☆」

「誰がボクのえりちゃんですか。まったく」

 こうして無事にドラストラを正気に戻した私たちは、転移魔法を使って城へと戻った。

 この一件を境に、私たちとクロウリーとの戦いはますます加速していくのだった―――。


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