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閉幕・クロロ編 天才との恋の駆け引き

 ガイゼル王との決戦から一週間。私は今おじいちゃんに空間転移で送ってもらい、戦いの爪痕が残る王都シャドニクスに来ていた。

 あれから無事魔王もクロウリーを倒し、長きに渡るこの世界の戦争は終結した。今は各地で復興作業が急ピッチで進められている。

 王が不在となったアレキミルドレア国は、ユグリナ王国が支援して復興作業に当たっており、今はカイトやセイラ、クロロが中心となって動いている。

 ヤマトの国はネプチューン軍の戦いで近隣の村が水没被害にあったようだが、援軍に駆けつけたおじいちゃんが魚人族を蹴散らしてくれたおかげで被害は最小限で済んだそうだ。こちらは凪や佐久間、レオン軍、ジャック軍が中心になって復興作業を行っている。

 比較的被害の少なかった砂漠の街ルナと雪国の街オスロは、それぞれメルフィナとニコが各国の物資支援の窓口となって奮闘しているそうだ。

 マシックリック近郊を根城にしている空賊のフォードは、サラマンダーとの再戦に向けて飛空艇の修理と改造に勤しんでいるらしい。飛空艇を使って物資の輸送に協力してくれればいいのだが、それどころじゃないと聞き入れないそうだ。近々クロロとニコがお灸を据えに行くと言っていた。

 魔王軍の面々は、各自壊れた魔王城の修復やクロウリーが治めていた領域の管理、サラマンダーとネプチューンの監視を行っている。サラマンダーについては魔王もあまり重要視しておらず、フォードに会いに行くようなら放っておけと命じているそうだ。

 みんなが役割を与えられて動いている中、私は何をしているのかというと、魔王とロイド王に頼まれて各地を巡りながら人間と魔族の仲介役をしていた。今は主にクロロ軍とレオン軍、ジャック軍が人間界で活動しているので、両者間でトラブルが発生していないかを見回っている。また、魔王とロイド王との仲介役もしており、各々の要望や情報交換を私が代行していた。



 そして今日は、シャドニクスの復興作業を行っているクロロたちの様子を見に来たのである。

 あれから一週間が経っているが、街はまだまだ機能を回復していない。壊れた城壁の破片が家屋に飛び、屋根や壁が破損している家々がある。かなり高い城壁だったため被害は各地に及んでおり、瓦礫の撤去作業が続いていた。

 家屋の修復作業も大事だが、一番深刻な被害は国民の精神面だった。長年ガイゼル王に洗脳され続けた国民たちは、ガイゼル王がいなくなっても心の呪縛から解放されずにいた。ユグリナ騎士団が手を差し伸べても、王の逆鱗に触れるのではないかと怯えて支援物資を受け取れずにいた。食事の配給を行っても誰も手をつけないほどで、三日目を過ぎたあたりからようやく若い者から口にし始めた。年の若い者ほど洗脳期間が短いため、立ち直るのも早いだろうとセイラは言っていた。国民の心のケアについては、セイラが中心となって根気よく向かい合っていくことになった。

「う~ん。クロロはどこかなぁ」

「あ、えり様!いらっしゃってたんですね!…クロロ様をお探しですか?」

「セイラちゃん!」

 私は大通りから逸れた道で、食事の配給の後片付けをしていたセイラに声をかけられた。

「うん、クロロがどこにいるか知ってる?魔王から手紙を預かってるんだけど」

「クロロ様でしたら、先ほど機械の調整に行くと仰ってましたよ。先日開発された瓦礫を撤去する機械の馬力が足りないとか何とか」

「あぁ、あの機械ね。私の世界にあるニブラ重機よりかなり強力そうだったけど、まだ馬力求めてるんだ」

 私はクロロの技術者魂の強さにもはや呆れ顔だ。

「あの、えり様。わたくしずっとお訊ねしたいことがあったのですが…」

「なあに?」

 セイラは私の耳元に顔を近づけると、にこにこしながら訊いてきた。

「クロロ様とはもう恋人同士なのでしょうか」

「………ハ?」

 私は突拍子もない質問に、内容を理解するのに時間がかかってフリーズしてしまう。たっぷり五秒ほど時間が経ってからようやく思考回路が回り始めた。

「い、いやいやいや!何言ってんの!相手はあのクロロだよ!?私のこと色気もそっけもないとか貶してくる、研究対象としか見てないクロロだよ!?恋人とかそんなの、ありえないから!」

 私が赤面しながら両手を振って否定すると、セイラはくすくす笑って話し出した。

「そうでしょうか。最近お二人でいるところを遠くから拝見しておりますが、とてもお似合いですよ。それに、えり様はご存知ないかもしれませんが、えり様以外の女性と話される時のクロロ様はかなり温度差がありますよ。事務的と言いますか、淡々と無表情で話されます。ですが、えり様と話されている時のクロロ様を拝見すると、優しく微笑まれたり意地悪な顔をしたりと表情に変化がございます」

「…そ、そうなの?そもそもあんまりクロロが女の人と話してるところ見たことないかも」

 私は自分の記憶を振り返るが、メリィやサキュアといった主要魔族、セイラとメルフィナくらいしか見たことがない気がする。

「そうですね。用がない限りはご自分から話されることはないようです。だから、えり様はクロロ様にとってきっと特別なんですよ。もっとご自分に自信を持ってください」

「じ、自信を持つって。私は別に、クロロのこと…」

「……お嫌いなんですか?」

 私より少し背の低いセイラは、上目遣いに小首を傾げてきた。もし私の位置がカイトだったら、彼は確実にセイラを抱きしめていたことだろう。オタク女子の私には分かる。回復魔法の聖職者と騎士は結ばれる運命なのだ。

「………嫌いじゃない、と思う。意地悪で腹黒ですぐ注射器とか出してくるけど、本当は意外に優しくて気遣いできてすごく頼りになるって知ってるし」

「フフフ。私は知らない一面ばかりなので、えり様だけが知っているクロロ様の素の部分ですね。……アレキミルドレア国の出身者として、クロロ様はまだまだ復興のお手伝いでお忙しいかと思います。えり様がお傍で支えて差し上げたら、きっとクロロ様もお喜びになると思いますよ」

 セイラはそう言い残すと、配給の後片付けに戻って行った。

 私はクロロに会いに重機エリアに向かうが、セイラに言われた言葉を意識してしまい、どんな顔で会えばいいのか悩んでしまうのだった。




 西側の城壁付近にある重機置き場にクロロはいた。珍しく白衣を脱いで、工具を両手に持ちながらニブラ重機のような乗り物をいじくり回していた。重機は二つの大きな爪を持っており、その爪で瓦礫を掴んで移動させるような機械だ。復興作業が始まってすぐにクロロが六機製造した。

 ガイゼルとの決戦の際に私の能力でお金や魔晶石を大量に現実化したため、当面の復興資金は事足りていた。信じられない話だが、クロロは戦争が終結した後のことも考えて私の能力を使ったようだ。もうクロロの千里眼には恐れ入った。

「クロロ~!お疲れさま~!」

「ん?あぁ、えりさん。魔王様のお使いですか」

 クロロは作業を中断すると、軍手の甲で額の汗を拭った。

「うん。クロロ宛に手紙を預かってきたよ」

 クロロは軍手を外して私から手紙を受け取ると、すぐに手紙に目を通し始めた。

「……セイラちゃんから聞いたけど、まだ改造して馬力出そうとしてるんだって?もう十分これで作業ははかどるんじゃないの」

「まだまだですよ。大きい瓦礫を持ち上げるのには少し心もとないので、今は一度砕いて半分ほどの大きさにしてから運んでいるんです。大きい瓦礫のまま運べるようにもっと馬力を上げなくては!」

「技術者魂に火がついちゃったのね。…ところで、この後ユグリナ王国に行くんだけど、クリス君に何か伝言ある?」

 魔王からの手紙を折りたたんで懐にしまうクロロに問いかける。

 魔王城で保護していたクリスは、戦争の終結と共にユグリナ王国の実家に帰した。クロロ自身も忙しい身なので、ここ数日二人は会っていないのだ。

「いえ…。私も近々一度会いに行こうとは思っていますから大丈夫です。サイラスさんからクリスを交えて食事をしようと誘われていましてね」

「へぇ~!いいね!クリス君もきっと喜ぶよ!大好きなお父さんとお兄さんと一緒にご飯食べるの」

「……良かったらえりさんも一緒にいかがです?クリスもえりさんには懐いているようですし、私も味方が多い方が心強いですから」

「み、味方…?」

 私は意味深なワードを聞き、クロロに聞き返す。

「実はお家に招待されていまして、サイラスさんの家で食事をする話になっているんです。私はてっきり店で食べるのかと思っていたんですが…」

「あはは!人の家だから気まずいんだぁ!クロロってそういうの今まで縁なさそうだもんね!そもそも研究一筋で人付き合い下手そう!」

 ついつい好き勝手言って笑っていると、クロロがいつもの腹黒オーラを全面に出してきた。

「ほ~う。何の恐れもなく好き勝手言ってくれますね。ちょうど新しい薬を開発したところなんです。早速あなたで試してあげましょうか!」

「ぎゃあ~!ごめんなさいごめんなさい!調子に乗りました!味方として一緒に食事にお呼ばれしてあげるから許して!」

 クロロに腕を掴まれ薬を無理矢理飲まされそうになった私は、必死に謝罪の言葉を述べた。彼はしばし腕を掴んだまま残念そうな顔をしていたが、渋々私を開放してくれた。

「それじゃあ、私はもう行くね。改造ばっかしてあんまり夢中になりすぎないようにね!平気で徹夜しまくっちゃうんだから、体壊すよ」

「は、はい…。もう行くんですか」

「うん。ユグリナでジークが拾いに来てくれる約束だから。遅れちゃうと待たせちゃうからさ」

「そうですか…」

 心なしかクロロの声のトーンが下がった気がして、私は足を止めて彼を振り返る。


『私は知らない一面ばかりなので、えり様だけが知っているクロロ様の素の部分ですね』


 ふとセイラの言葉が脳裏を過ぎる。

(……実は意外と寂しがり屋だったり。私ともう少し一緒にいたかったりして、なんて思ってみる)

 私は様子を窺うようにじっとクロロを見る。すると、目があった彼は意地悪そうな笑みを私に向けた。

「おや。どうしたんですか。もしかして、私と離れるのが名残惜しいんですか」

「へ?な!?ちが!?それはクロロの方でしょ!?クロロの方が寂しそうなオーラを醸し出してたんだよ!」

「いいえ。私は別に何も。これからまた作業を再開しますし。気のせいじゃないですか。自意識過剰ですね、えりさんは」

 にこにこしながらからかってくる彼に、私は顔を真っ赤にして反論した。

「誰が自意識過剰だぁ!もういい!今度クロロが寂しそうにしててもシカトしてやるんだからね!クリス君にも言いつけてやる!」

 私は自分でも子供のようだなと思いながら、クロロに言い返してその場を立ち去った。

「本当に飽きませんねぇ、えりさんをいじって遊ぶのは。面白いくらいに表情がころころ変わりますから」

 クロロは軍手を付け直すと、工具を持って重機とまた向かい合うのだった。




 能力を使って空間転移をした私は、ユグリナ王国に到着した。ユグリナ王国には、戦争終結後に魔王と共に訪れていた。それ以降は私一人でもう何度も訪れている。

 ユグリナ王国はアレキミルドレア国と違い、とても豊かで綺麗な街だ。街全域がきちんと整備され、道には露店や花壇が至る所にある。街の移動手段として馬車が利用されており、道路は馬車がすれ違えるほど広い。カラフルな模様の石畳を歩き、私は街の一番奥にそびえるユグリナ城へと向かった。

 ユグリナ城は外壁が真っ白い城で、見た目は物語に出てくるシンデレラ城に似ていた。今や顔見知りになってしまった門番の騎士に挨拶をしてから、私はロイド王のいる玉座の間へと足を向けた。

 ユグリナ城で働くメイドや騎士の人々は皆礼儀正しい良い人ばかりで、国を治める王の質の高さが窺える。街の人々も活気づいており、ロイド王の政治手腕は素晴らしいものなのだろう。さすが星の戦士を取りまとめていた王が治める国だ。

 私は玉座の間へと入ると、玉座に座っているロイド王の前まで進んだ。

「よく来てくれた、えりよ。毎回ユグリナと魔王城を往復させて悪いな」

「いえいえ。人間と魔族の仲介役ですから、これくらいお安い御用です。…それで、その後ガイゼルの様子はどうでしょうか」

 私は気がかりだった件について最初に切り出した。

 クロロの魔法によって生きたままゾンビの魔族に変えられたガイゼルは、その後ユグリナ騎士団に連行されてユグリナ城の地下牢に捕らえられていた。

 ガイゼルは体のあちこちの肉がこそげ落ち、人間とは程遠い姿になってしまった。ガイゼルはあまりのショックに口が利けない状態になっていた。

「すっかり大人しくしている。いつも尊大で口を開けば暴言ばかり吐いていたのだが、よほど堪えているようだな。まさか人間から魔族になるとは夢にも思わなかったのだろう」

「さすがのガイゼルも肉が落ちて自分の骨が見えたらそりゃあ大人しくなりますよね。クロロの話だと、眷属の契約を解除したらまた人間に戻るらしいですけど」

「うむ。まぁもう少しお灸を据えてからでいいだろう。アレキミルドレア国が復興し、ガイゼルが人間界の王になるという馬鹿な考えを捨てるまでな」

 ロイド王はガイゼルを今回の戦争を引き起こした首謀者として、強く反省を促すようだ。

 今回の戦争では人間側も魔族側も多くの命が犠牲となった。首謀者の一人であるクロウリーは魔王に倒され、残る一人のガイゼルは生きたまま罪を償うことになった。それで死んでいった者が返ってくることはないが、それでも生きたまま苦しみ、己の罪を自覚させる必要があるだろう。

「他に魔王は何か言っていたか」

「あぁ~、なんかカイトに困ってるって言ってました。ジークをシャドニクスにお使いに出すと、カイトに捕まってなかなか帰ってこないとか」

「それは~、…すまない。カイトには私かサイラスから言っておこう。ジークフリートに出会ってからカイトは浮かれてばかりでな。彼をとても尊敬しているのだ」

「そうだったんですね。まぁ、ジークはとても紳士で騎士道精神に溢れてますからね。人として尊敬するのは十分分かります」

 私は腕組みをして大きく頷く。

 その後ロイド王から魔王への連絡事項をいくつか受け取り、私はシャドニクス城を後にした。




 ジークフリートの迎えまではまだ時間があるので、私はサイラスの家までクリスに会いに行った。

 サイラスの家は中庭付きの大きな家で、さすが国を守る騎士団長様の家という感じだ。すでに一度お邪魔したことがあり、訪ねると使用人の方に客間まですぐに通された。

「えり姉さん!いらっしゃい!」

「クリス君!また会いに来たよ!」

 クリスは部屋に入ってくるなり私の隣に腰掛けた。前回別れてからまだ四日しか経っていないのだが、彼はとても嬉しそうにしている。

「忙しいのにわざわざ会いに来てくれたんですね。すみません」

「ううん、全然。魔王とロイド王の連絡係やってるから、定期的にユグリナ王国に来る用事があるからちょっと寄るくらい大丈夫だよ。……私なんかより、サイラスさんとクロロ、両方とも復興作業で忙しいから全然会えてないでしょ」

「はい…。父さんと兄さんはアレキミルドレア国で復興作業中ですからね。…でも、以前ほど寂しさは感じなくなりました。前世の記憶が蘇ったおかげですかね。前世の方が一人ぼっちの時間が長かったから、このくらいの寂しさ全然へっちゃらになっちゃいました。母さんや使用人の人たちはいるし、一人ぼっちじゃないから。記憶が戻る前は、よくふて腐れたりしてたんですけどね」

 クリスは幼い見た目だが、精神年齢が前世の時の年齢になってしまったようだ。すっかり落ち着いてしまっている。今更ながら、後悔していないのかと不安になる。

「クリス君。記憶が戻って元の人格に影響とか出ちゃったんじゃないかな…。もし望むなら、また記憶を封印してもいいんだよ。一応クロロの了解を取ってからになるけど」

 私の申し出に、クリスはきょとんとした顔をする。首を左右にブンブン振ると、私にニコッと笑いかける。

「僕、後悔とかしていませんよ。確かに少なからず元の人格には影響が出ているかもしれないけど、前世の僕も今のオレも、どっちも魂を同じくする自分だってもう受け入れましたから。姉さんは何も気にしなくていいんです。僕ら兄弟を救ってくれた恩人なんですから」

「クリス君……。クリス君は本当に良い子だよね。クロロとは大違い」

「兄さん?…もしかして、喧嘩でもしたんですか」

 クリスは心配そうに私の顔を覗き込む。

「喧嘩とまでは言わないけど、クロロが意地悪で私をからかって楽しんでるから」

 私はさっきのクロロとのやり取りをクリスに告げ口する。

「兄さんてば…。僕が生きてた頃は女性の話なんて出たことなかったから分からなかったけど、もしかしたら兄さんは好きな人に傍にいてもらって構ってもらいたいタイプなのかな。それとも定番の好きな子をイジメて気を引きたいタイプ」

「その二択だったら今のところ断然後者では。私しょっちゅう注射片手にイジメられてますけど」

「兄さんは女性を好きになったの初めてだと思うし、どう愛情表現していいか分からないんじゃないかなぁ」

 クリスは苦笑いしているが、当事者は全然笑えなかった。注射器を出してくる時点でそれは愛情表現ではない。モルモットと対峙する研究者の目だ。

「クロロは私を女性ではなく、研究対象のモルモットとして見てるんだよ。優しくして油断させておいて、気づいたら解剖されてるかもしれない」

「な、何言ってるの姉さん!さすがにそこまでズレてないよ兄さんは!専門は機械工学だしね。人体の仕組みよりモノ作りのが好きだよ兄さんは」

「そーかなー。危ない薬とかもいっぱい作ってそうだけど」

 私は使用人さんが持ってきてくれた紅茶をすする。

 クリスはとりあえず話題の方向性を変えようと違う質問をしてきた。

「兄さんはずっとシャドニクスにいるから、最近ゆっくり二人で話せてないですよね?」

「うん?そうだね。私も魔王の用事で色々飛び回ってるし。シャドニクスにいっても、機械いじってるか人に指示出してるかでいつもクロロ忙しそうだし。邪魔しちゃ悪いからね」

「そうですよね……」

「あ、でも近々クリス君に会いに来るって言ってたよ!だからもうすぐ会えると思うから楽しみにしてて!」

「え、あ、はい……」

 私の言葉に、何故かクリスは上の空で返事をした。

 その後も時々クリスは何かを考え込んでいるようで、私が心配事でもあるのかと訊ねると、なんでもないとはぐらかされてしまうのだった。

 私はサイラス家を後にすると、時間ぴったりに迎えに来たジークフリートの愛馬に乗って、魔王城へと戻るのだった。




 それから五日後。朝食を取り終えた私は、自室に戻ろうと魔王城の廊下を歩いていた。

「おはようございます、えりさん。ちょっといいですか」

「あれ、クロロ。いつこっちに帰って来たの?」

 シャドニクスにいるはずのクロロが向こう側から歩いてきた。

「昨夜遅くに。今日なんですけど、実はこの前お話しした食事会が夜にあるんですが、一緒に同席してもらえますか」

「あぁ!サイラスさん家でのお食事会ね!いいよ!」

「よかった。……代わりと言ってはなんですが、食事会が始まるまでの間、今日は私がえりさんに付き合いますよ」

 突然のクロロの申し出に、私は目が点になった。時間があれば研究ばかりしている彼がそんなことを言ってくるなんて初めてだった。

「ど、どうしたの急に!?色々やることがあって忙しいんじゃないの?」

「今日一日は大丈夫ですよ。魔王様にも許可は取ってありますし、シャドニクスには生贄を捧げてきましたから」

「い、生贄…?だ、誰のこと?」

 物騒な単語を聞き、私は腹黒い笑顔のクロロに恐る恐る訊ねる。

「ジークです。私なんかよりジークがいたほうが輪光の騎士も喜ぶでしょう」

「あぁ~。なんか懐かれてるらしいね。すごい尊敬してるんだってロイド王が言ってた」

「ジークも私と同じで複雑な過去を抱えていますからね。輪光の騎士と接して、少しでも気が紛れるといいんですが」

「………」

 ジークフリートもクロロ同様、元は人間だった。どういう経緯があったのかは分からないが、クロロと同じで辛い過去があったに違いない。ジークフリートから話してくれるまでは、自分から聞き出さない方がいいだろう。

「でも、付き合ってくれるって言ったって、今日は特に魔王から用事頼まれてないし。どこにも行く予定ないけど」

「知ってます。今日はお休みなんですよね。…もしよかったらなんですけど、久しぶりにディベールに行きませんか。この間一緒に行った時はざっとしか見て回れなかったでしょう」

「ディベール。セイラちゃんの街だよね!ディベールは戦地とも離れてて被害が出てないから、魔王のお使いでも行ったことないんだよね」

 私はこっちの世界に来て初めてクロロと行った人間界の街を思い出す。最近は毎日色んなことがあったせいか、もうあれから何か月も経ったかのように感じる。

「あれから聖女が治安維持の強化と聖職者の教育の再徹底を行ったとかで、だいぶ治安が良くなったみたいですよ。不正の横行もなくなったそうで」

「そうなんだ!じゃあぜひとも行ってみたい!今度会った時、セイラちゃんに土産話もできるしね!」

 話がまとまり、さっそく私はクロロと一緒に魔法陣へと向かった。




 魔法陣を使ってディベールへとやって来た私たちは、まずは街の入り口に立ち並ぶ露店を覗いた。露店は立ち食い系の店が多いが、ディベールだけで扱う教会関係の小物も多く売っている。例えばロザリオや聖水、教会の紋章があしらわれたハンカチ等、有り難いものが沢山置いてある。ディベールは元の世界で言うところの、お寺の総本山だ。世界各地からご利益に与ろうと人がやって来る。その人たち向けの露店商品なのだろう。

「神の存在を信じない私としては、一生無縁なものばかりですね」

「二つ名で神がついてるくせに神を信じないとは」

「別に私が考えた二つ名じゃないですからね。周りが勝手に呼び始めただけです」

 クロロはうんざりした声でこぼす。大層な二つ名のせいで、幾度となく勝負を挑まれたことを思い出しているのだろう。

 私は頭の中で学生時代に頭の良い子たちがテストの点数で勝負していた光景を思い出す。

(……クロロが私の世界で学生やってたら、間違いなくトップ成績で周りを見下していたことだろうなぁ。そして色々開発してゆくゆくはノーベル賞とか取ってそう)

「えりさん、そろそろ商店とかの方を見て回りましょう」

 私は声をかけられて我に返ると、先を歩き出すクロロを追いかける。

「今、ぼーっと何を考えてたんです?」

「え!?……クロロが私の世界で学生やってたらどんな感じだったのかなぁって、ちょっと想像してた」

「エッ!?……もしかして、いつもそんな妄想ばかりしているんですか。考えてみれば、星の戦士の力はその人物に関係の深い能力が目覚める傾向にあります。ということは」

「ち、ちがうちがうちがう!たまたま、たまたまです!今ちょっとドン引きしようとしてたでしょ!そりゃあ、ゲーム好き漫画好き動画好きのオタクですが、四六時中変な妄想とかしてないよ?」

 私は焦って弁明するが、だんだんクロロの目を見られなくなり俯いてしまった。

(この世界にはオタクなんて文化なさそうだし、私みたいな妄想女子キモイよね。よく考えたらクロロが言うように、妄想の能力を授かるなんてそれだけでちょっとヤバくない?普通に引くよね)

 私が無言で俯いていると、そっと頭に大きな手が乗った。

「急になにをしょんぼりしているんです。別にまだいつもみたいな意地悪言ってないでしょうに」

 クロロはまるで子供でもあやす様に優しく私の頭を撫でた。

「妄想することを気にしているようですが、私は別に妄想が悪いとは思いませんよ。常に何かを想像しているということは、その分頭を使っているということですし。私も技術者ですから、いつも色んなことを想像しています。常に新しいより良いものを造り出したいですから」

「………」

 クロロは沈んだ表情の私を気遣ってフォローしてくれた。技術者の人がより良いものを造り出そうと模索して想像するのと、私の妄想は全然次元が違うと思ったが、彼が私を励まそうとしてくれた気持ちだけで心がふっと軽くなった。

「それに、えりさんの妄想なんて私からしてみたら可愛いものです。私なんてもっとヤバイものを想像していますよ。想像どころか実際に作っちゃってますけど。怪しい薬とか危ない兵器とか。私こそえりさんにもう何度かドン引きされている気がしますけど」

「……そう言われちゃうと、確かに。だって変なホルマリン漬けから作った薬とか出してきたことあるし」

「あぁ見えてあの薬、すごい火傷に効くんですよ。ドン引きしてましたが」

 ようやく目を合わせた私に、クロロは穏やかな笑みを見せた。瞬間、私の胸は鷲掴みにされたようにキュッと苦しくなり、ドクドクと大きな音を立てて鼓動が早くなった。

「さて、せっかく来たんですから、もう暗い顔はなしですよ。行きましょう」

 クロロに手を取られ、私は通りを歩き出す。

 今まで異性と手を繋いでデートなどしたことがない私は、緊張してただ黙って彼の横を歩いた。彼の優しい笑顔を見て急に意識し始めてしまい、どう言葉を発すればいいのか分からなくなってしまう。

 結局次の雑貨店につくまで一言も話せなかった。

「ここはこの間来ていませんね。えりさんこういう小物とか見るの好きでしょう。前回も雑貨とか熱心に見ていましたからね」

「う、うん。雑貨とか可愛いのいっぱいあるから。……クロロは退屈じゃない?男の人ってこういうのあんまり興味ないから、一緒に見ててもつまらないでしょ」

 私はクロロに変に思われないよう、普段通りに努めながら問いかける。

「そんなことないですよ。他の男は知りませんが、私は物を見るのが好きですから。どんな素材を使っていて、どのくらいのコストで作られているのか。作り方の工程、仕組み、改善点とか色々考えられて楽しいですよ」

「……雑貨一つでそんな楽しみ方してる人初めてだよ。やっぱ根っからの技術者で天才だわ~」

「ドン引きですか?」

 クロロが悪戯っぽく訊いてくるので、私は自然と笑顔になって答えた。

「引きません!クロロが引かないなら私も引かない!」

 私たちは笑い合うと、それから仲良くあれこれとお店を見て回った。




 ゆっくりディベール観光を楽しみ、空がオレンジ色に染まり始めた頃、クロロが最後に立ち寄りたい場所があると言って街の奥へと歩き始めた。教会や聖職者を育成するための学校を通り過ぎ、この街一番の大きな建物に向かって歩いていく。行先を察した私は、前を行くクロロに話しかけた。

「ねぇねぇ!もしかして大聖堂ってところに行くの?そこって誰でも入れる観光名所?」

「いえ。大聖堂は聖職者のみしか入れない神聖なところですよ。内部も一般公開されていません。巡礼者も外から眺めて目に焼き付けて帰っていますからね」

「そうなの?じゃあ私たちも記念に眺めに行くわけだ」

 私は大聖堂に続く坂道を元気に登りながら言う。大聖堂は街全体が眺められる高台に建っており、そこそこ傾斜のある坂道が続く。夜ご飯を食べる前に良い運動だ、と心の中で思いながら私は足を動かした。


 坂道を登り切ると、立派な造りの建物がドーンと建っていた。入り口の大きな扉の上部には教会の紋章があしらわれており、この建物が大聖堂だと一目で分かった。

 一般の人がたくさん見に来ているのかと思いきや、辺りには全然人がいなかった。私は不審に思ってクロロに訊ねる。

「一般の方は十五時までしか来られないですからね。夜の礼拝に向けて早めに人払いされてるんですよ」

「エッ!?じゃあ私たち怒られちゃうんじゃないの!?勝手に敷地に入って」

 私は周りを気にして急にこそこそし始める。

「大丈夫ですよ。私が事前に聖女から許可を得ていますので。見られても咎められる心配はありません」

「へ?なぁ~んだ。セイラちゃんに言ってあるんだね。びっくりしちゃった。…セイラちゃんと仲直りしたの?」

「まさか。前にも言いましたが、一生嫌いですよ。あの家系は。今回は利用させてもらっただけです」

 クロロは懐から年代物の鍵を取り出すと、大聖堂の扉の鍵穴に差し込んだ。ガチャンッという音が鳴り、クロロはゆっくり扉を開ける。私は彼に続いて、静けさに包まれた大聖堂に足を踏み入れた。



 大聖堂の中は閉め切ってあるせいか、礼拝用の木製の長椅子の匂いで溢れていた。中央の祭壇に続くメインの道は赤い絨毯が敷かれており、足音が全て吸収されて静寂が聖堂一帯を支配していた。正面の祭壇の背後、そして聖堂の左右の天井にほど近い壁一面はステンドグラスになっており、外の夕日が大聖堂内に降り注いでとても綺麗な光景だった。

 私は感動の声を漏らしながら、首を左右正面と忙しそうに動かして歩く。

「すごい。綺麗……。ステンドグラスを通して光の色が変わって……」

「……お気に召したようで何よりです。わざわざ聖女に頼んだ甲斐がありましたね」

 先に歩いて正面の祭壇で待ち構えていたクロロは、私の喜んだ顔を見て安堵したように言った。

「もしかして、今日はこれを見せるためにディベールに来たの?」

「えぇ、まぁ。この時間帯はちょうど夕日が差し込むので、ステンドグラスがとても綺麗でオススメだと聖女が言っていましたから」

 そう言うとクロロは祭壇の後ろにあるステンドグラスを見上げた。ステンドグラスには二人の人物が描かれ、それぞれ神と星を想像して描かれたものだと教えてくれた。左右のステンドグラスには白いペガサスや祈る人々、流星が描かれている。

 私たちはしばらく無言で、今しか見れないその光景を眺めていた。



 日が傾き、大聖堂に差し込む光がだいぶ減った頃、クロロが私の左手を取って向き直った。

「今日はこの景色を見せるだけじゃなくて、きちんと再度お礼が言いたくて誘ったんです。私たち兄弟を命を懸けて救ってくださった件の」

「え…。それなら前にも聞いたよ」

「何度言っても言い足りないくらいですよ。それくらい、あなたには感謝しているんです。だから、言葉だけじゃなくて、形にして残そうかと思いまして。……受け取って、もらえますか」

 クロロはポケットから小さい布袋を出すと、そこからシルバーのブレスレットを取り出した。そしてそれを私の左腕にはめる。

「ありがとうございました。あの時あなたがいなければ、私はクロウリーの傀儡となり、魔王様を傷つけ、そして魔王様に殺されていたことでしょう。弟を救っただけじゃない。あなたは私の魔族としての居場所を、ひいては魔王軍を救ってくださったんです。……異世界から来た星の戦士が、あなたで本当に良かった」

 心がこもった彼の言葉に、私の胸は熱くなった。見ず知らずのこの世界に来た時はどうなることかと思ったが、クロロの最後の一言で、私もこの世界に来て良かったと思えた。

「なんか、改めてそう言われると照れるね。…ブレスレットありがとう。大切にするね」

 私は綺麗な細工が施されているブレスレットに目を落としたが、一つ気になる点を見つけ、笑顔が消えてスッと真顔になる。

「……もしかしてこれ、クロロの手作り?」

「よくわかりましたね。結構凝ったデザインでしょう」

「そうだねー。とっても器用だねー。…で、ここの細長いパーツは何かな?電子タグのようなチップのような感じだけど」

「良いところに目をつけました!そこには私の魔力を込めた魔晶石の欠片が内蔵されていまして、あなたが迷子になったり、どこかで危険な目に遭っている時に、何時でもどこでも居場所が探れるようになっているんですよ」

(やっぱりまたも前回同様GPS機能付き!?プライバシーの欠片もあったものじゃない!)

 私はじとーっとした目でクロロを睨みつけると、せっかくの贈り物にケチをつけた。

「さすがに位置情報が筒抜けのブレスレットはちょっと…。これじゃあ四六時中監視されてるのと同じでしょうが」

「おや。お気に召しませんか。ビンタ免除の代わりに何度でも盾になってお守りする約束ですからね。離れていてもすぐに駆け付けられるようにと思ったのですが」

「もう戦争は終わったし、さすがに命の危険が及ぶようなことはそうそうないでしょ。とにかく、位置情報を発信するここの部分だけは外して」

「アッ!」

 私がブレスレットを外そうとすると、突然クロロが大きな声を出した。反射的に手を止めた私は、嫌な予感がして彼の顔を窺う。

「……もしかして、無理に外そうとすると」

「手首から上がもれなく吹っ飛びます」

「ちょっと!?」

「冗談ですよ。今回はさすがにスペースが足りないので自爆機能はついてません」

「驚かせないでよ!ていうか、スペースがあったら自爆機能をつけてたんじゃ…」

 意味深な笑みを浮かべるクロロに、私は怖くなって一度ブレスレットを返却した。後日GPS機能を取り外して渡してくれることになった。


 ブレスレットを大事にしまいながら、クロロは今日の感想を訊ねる。

「今日は一日どうでしたか。久々に息抜きができました?」

「ん?うん。美味し物や甘いものも食べたし、服や雑貨も見て大満足だよ!」

「それは良かったです。実は先日クリスから手紙をもらいましてね。あなたとの時間をもっと取ってあげてほしいと。あなたが寂しい思いをしているからってね」

「ヘ!?」

 私は予期せぬクリスからの援護射撃に、危うく思考が停止しかけた。私はなんとか平静を装いながら事実を否定する。

「わ、私寂しいなんか言ってないよ!クロロは最近忙しそうだから、ゆっくり話せてないとは言ったけど」

「ふ~ん。そうですか。その割には今日一日ご機嫌で楽しそうでしたが」

「それは…、楽しかったけども…。別に寂しいは言ってないもん」

 素直じゃないですねぇ、とにこにこ笑うクロロを見て、私はクロロこそ今日一日ご機嫌だと思った。

(今日はいつにも増して機嫌が良いというか、優しい気がする。途中は凹んだ私をフォローまでしてくれたし。こういう時の参謀は何か企んでいる気がする…!)

「今日のクロロは珍しく笑顔が多いけど、何か企んでない?この後食事会について行く以外にも何かあるんじゃ…」

 疑いの眼を向ける私に、クロロはきょとんとしてからニヤッと悪そうな笑みを浮かべた。私の顎に手を添えると、挑戦的な目をしてくる。

「何かとは具体的にどういったことですか。…えりさんは、何を企んでいると思います?」

 いつもの意地悪モードが発動し、私をおちょくる気満々だ。クロロはじっと私を見つめると、徐々に顔を近づけてくる。

 私は顎を手で押さえられたままなので、心の余裕がどんどんなくなってくる。

「何をって……!う、うぅ!ち、近い近い!」

 私は両手で彼の体を押し返そうとするが、見た目に反して意外に強い力で抵抗された。元は人間でも、今は魔族なので元々の持っている力が強いのかもしれない。

 吐息が感じられる距離まで近づいたところで、私は決戦前夜と同じように思わずギュッと目を瞑った。がしかし、その後いくら待てども何の状況変化もない。

「……あなたは本当にからかい甲斐のある人ですね。反応もいちいち可愛げがあるから見ていて飽きませんよ」

 パッと目を開けると、動揺して真っ赤な反応をする私を見てクロロは楽しそうに笑っていた。私の中で乙女の怒りが沸々と沸き上がってくる。

(こ・の・腹黒マッドサイエンティストがぁ~~!!!今日少しでもトキめいた私の乙女心を返せぇ~~!!やっぱリアルなどろくなもんじゃない!二次元は絶対裏切らない!私は一生二次元に生きてやる~~!!)

 怒りの炎に燃えている私を見て、またもクロロは声を上げて笑う。

「あなたは本当に感情がそのまま表情に出ますね。そんなに怒らなくても、ちゃんとお詫びを差し上げますから許してください」

「今更何がお詫びだ!もう絶対許してあげないんだから!ビンタを覚悟し…ッ!?」

 クロロは興奮する私を上向かせると、今度は寸止めすることなく私に口付けた。完璧なる不意打ちを喰らい、私の中にあった怒りの感情は一気にどこかへ消え去ってしまった。

 クロロはゆっくり唇を離すと、放心状態の私の頬を人差し指でつんつん突いた。

「よほど免疫がないんですね~。キスだけで固まるとは」

「な、な、何すんのいきなり!?どこがお詫び!?むしろ損害!?」

「損害ではないでしょう。えりさんは私のことが大好きなんですから」

「だ、大好き!?何を以ってしてそういう結論に達した!?」

「えりさんを見ていればわかりますよ。顔に書いてありますから。今日だけに限らず、ちょくちょく私のことを意識して態度や顔に出ていますからね。私、物だけに止まらず、人間を観察するのも得意ですから」

 ニッコリ笑顔を向ける天才に、もはや彼のスペックの高さを呪った。

 あまりの衝撃に怒りもどこかに吹っ飛んでしまった私は、せめて余裕を見せているクロロに一矢報いたくて勝負に出た。

「そ、そういうクロロの方が本当は私のこと大好きなんでしょ?クリス君が言ってたよ。クロロが女性を好きになったのは私が初めてだって。だからどう愛情表現をしていいのか分からなくて、ついつい私のことをイジメちゃうんだって」

「な…!?あなたはクリスとなんて話をしてるんですか!」

 動揺して若干赤面する彼に、私は心の中で密かに喜んだ。いつまでもやられっ放しの私ではない。こう見えて私は負けず嫌いなのだ。ゲームだと特にそうだと思う。

 私は油断しているクロロに、先ほどのお返しとばかりにとっておきの攻撃をお見舞いした。胸元にしがみ付くと、背伸びをして彼の唇に自分の唇を重ねた。さすがの天才もこの行動は予期していなかったのか、今度はクロロが固まる番だった。

 私も自分からキスをするなど普段の自分だったら到底考えられないが、羞恥心より今はクロロの鼻を明かしてやりたいという思いの方が強かった。

 唇を離してゆっくり目を開けると、私はどうだと言わんばかりに挑戦的な目で彼を見返す。

「クロロも十分キスだけで動揺してたねー。それに、クロロも今顔に書いてあるよ。私のことが好きだって」

「……クククッ。本当に、あなたは時々とんでもない行動力を見せますね。いいでしょう。あなたのその心意気を買って、あなたが好きだと認めれば、私の気持ちも教えてさしあげましょう」

「んん!?……クロロも存外負けず嫌いだね。ぜっったい私からは言わないからね!クロロの方が男なんだから、こういう時は男から言うべきでしょ!」

 両者笑顔で一歩も譲らず、しばし無言の応酬が続く。

「今時男だからという考え方は古いですね。今や人間も魔族も男女平等が推奨される世界。恥ずかしがらずにえりさんから言っていただいて結構ですよ」

「どんだけ私に言わせたいんだ!この勝負、神智の天才相手だろうと負けません!」

 負けず嫌い同士睨み合っていたが、どちらからともなく笑い出すと、やがて見つめ合って自然と口づけを交わした。

「……この勝負、だいぶ長期戦になりそうですね。まぁ、私は折れるつもりはありませんけど」

「私だって意地でも言わないもんねー!」

 私はクロロの差し出した手を握ると、クリスの待つユグリナ王国へと二人仲良く向かった。

 異世界の戦争は終結させたが、今度は長きに渡る彼との恋の駆け引きが始まるのだった―――。


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