第三幕・クロロ編 第五話 過去の清算
サラマンダーとの決着をつけた三日後。魔王城にて最後の作戦会議が開かれていた。作戦会議室に呼ばれたのは、私とクロロ、ドラキュリオ、サキュア、おじいちゃん、レオン、ケルベロスだった。
今回呼ばれていないジークフリートは、ヤマトの国でネプチューン軍と交戦中。ジャックは魔界で領域荒らしをしている魔族の鎮圧中で手が離せない状態だそうだ。
魔王は配下たちを見渡してから、ロイド王と相談して決めた作戦について話し始めた。
「先日サラマンダーの戦場を潰したことで、こちらの動かせる手駒が増えた。ロイド王とも話し合った結果、我々はここで一気に攻勢に出ることにした。明日、この戦争の元凶であるクロウリーとガイゼルを両方同時に叩く。皆、敵打倒に向けて力を貸してほしい」
「改めて言われずともそのつもりですよ、魔王様」
「ボクがまとめて蹴散らしてあげちゃうヨ☆」
「ハッ!そんなひょろ腕で本当に蹴散らせるのかよ」
「ただの馬鹿力のレオンに言われたくな~い。ボクの力は魔力で洗練された強さなんだヨ」
レオンにあっかんべーをしながらドラキュリオが言い返す。二人の間で喧嘩が勃発しないよう、早めにケルベロスが仲裁に入って宥めた。
「今回、ガイゼル討伐は星の戦士を中心に行い、クロウリー討伐には魔族だけで行うことになった。クロウリーはすでに魔界にある自分の領域の居城に立て籠もっているからな、わざわざ人間を魔界に連れて行くより身内で処理したほうが早いという話になった」
「そうじゃな。クロウリーの領域は異常気象地帯。人間には過酷な領域じゃろう。儂ら魔族で対処するのが妥当じゃな」
白い髭を撫でながらおじいちゃんは言った。
「クロウリー討伐には俺自ら赴く。ドラキュリオ軍とサキュアは俺のサポートとして、一緒にクロウリーの領域について来てくれ」
「ヤッタァ!本命について行けるんだ!やっぱりボクってば超優秀ってことだネ☆」
「魔王様の御身はサキュアが絶対守ってあげるから!片時もサキュアから離れないで魔王様!」
大はしゃぎする二人組を冷たく無視し、魔王は話を続けていく。
「レオン!獣人族には俺が不在の間、この城の守りを任せる。一応ジークフリートもつける予定だが、油断するなよ」
「なんだよ。戦場じゃなくて俺はお留守番かよ。せっかく暴れられるのかと期待したのによぉ」
「お前は暴れたくても他の獣人族はそろそろ休ませないとキツイだろう。ずっとガイゼルの戦場で戦い続けているからな。もしもの時に備え、兵の疲弊を回復しておけ」
まだまだ暴れたりないレオンは不満そうだったが、隣にいるケルベロスは魔王の配慮に感謝しているようだった。
「じい。お前はジークフリートと交代でヤマトの国の援軍だ。調子に乗っているネプチューンをいい加減黙らせてこい。ジークフリートには城の守りに戻すと伝えておけ」
「フォッフォッフォ。サラマンダーの次はネプチューンか。じじい使いが荒いのう。魔王様、儂にも獣人族同様そろそろ休みが必要じゃぞ」
「休みなら今日も含めて三日もやっただろう。じいならそれで十分だ。また思う存分働け」
尊大な魔王の態度はお年寄りをイジメているようにしか見えず、私はおじいちゃんを励ました。私が気遣うと、持つべきものは友達じゃのう、とおじいちゃんは上機嫌になり、もう不満はなくなったようだった。
魔王はおじいちゃんが納得したところで、最後に私とクロロの配置を説明した。
「女、お前は星の戦士としてガイゼルの戦場に行け。詳しい話は向こうでもあるかと思うが、ガイゼルを討伐するにあたって空と陸両方から攻め込むことになった。陸はユグリナ騎士団と小僧、聖女、踊り子で攻め込む。空は空賊とお前の担当だ。サラマンダーの戦場で一度空賊とは組んでいるから、もう大体勝手は分かっているだろう」
「またフォードと一緒に戦うのかぁ。勝手というか、彼の性格や人柄は把握したかな」
私は頭の中で空賊の頭を思い浮かべる。サラマンダーに盲目の彼が、彼女がいない戦場でちゃんと戦えるのだろうか。一抹の不安がある。
「安心しろ。お前一人では不安だからな。保護者として魔王軍の参謀様をつけてやる。感謝しろよ」
「エッ!?クロロもついて来るの!?」
私が嫌そうな声を上げたため、魔王が不思議そうな顔を向けてきた。心なしか魔王の隣に立つクロロも意外そうな、少しショックを受けているような顔に見える。
「なんだ。クロロは嫌なのか」
「はいはいはーい!じゃあボクがえりちゃんの保護者に立候補する~!魔王様のサポートは参謀に譲ってあげるヨ」
「何を言ってるんですか!あなたがえりさんについたら誰がドラキュリオ軍を指揮するんです」
「大丈夫☆ボクの従弟のストラは優秀だから。ボクがいなかったら代わりに率いてくれるはず」
親指を立ててウィンクするドラキュリオの耳を、スッと横から現れたケルベロスが引っ張って連れて行く。先ほどから状況がややこしくなる前にケルベロスはすぐに対処してくれるので大変助かる。
「クロロってフォードと相性悪いみたいだから。ちょっと心配なんだよね。そりゃあ、ついて来てくれたら心強いけど」
「なんだ。そういうことですか。大丈夫ですよ。馬鹿の天才はもう相手にしませんので。時間の無駄ですからね」
クロロはそう割り切っているが、実際会ったらそうはいかないのではと私は思ったが、今はとりあえず黙っておくことにした。
「クロロ。ガイゼルの能力を考えれば、星の戦士ではないお前はかなり戦いづらいはずだ。魔力は使えず、武器も使えない。だがお前には誰にも負けない頭脳がある。お前の頭脳で女の能力を生かしてやれ。そうすればガイゼルなど敵ではないはずだ」
「…了解しました。魔王様にせっかくいただいた機会です。ついでに過去の借りも存分に返してきますよ」
クロロの言葉に、魔王は大きく頷いた。
(そっか。アレキミルドレア国はクロロの故郷だもんね。私の保護者としてつけるとか言ってたけど、本当はクロロに過去のけじめをつけさせるために配置したのかな。…分かりづらい魔王の思いやりってやつか)
私は不器用な魔王の優しさに笑みを浮かべる。
「これで全員の役割は分かったしぃ、お話は終わり?魔王様。だったらサキュアが用意したお菓子を一緒に食べましょ!魔王様のためにサキュア頑張って作ったの♪」
サキュアは魔王の腕に自分の腕を絡ませると、上目遣いで魔王を見る。当然のことながら魔王は一切顔色を変えず、無言でサキュアを引き剥がしにかかる。
「まったくサキュアは懲りないなぁ。いい加減にしないとそろそろメリィがやって来てバトルになるよー。結局あとでボクが監督不行き届きで怒られるんだから、その辺にしときなよ」
「………メリィなら来ないぞ。あいつはお前たちが戦場で戦っている間に死んだからな」
「「「エッ!?」」」
私とサキュア、ドラキュリオは同時に驚きの声を上げる。他のみんなも、息を呑んで魔王に注目する。
「ど、どういうこと魔王様!?あの子が死んだって!?あんまり認めたくないけど、メリィは簡単に誰かにやられるほど弱くないわよ!しょっちゅうやり合ってたサキュアが言うんだから間違いないわ!一体どこの馬の骨にやられたのよ!」
「……メリィは、襲撃して来たクロウリーの手の者にやられた。俺を守るために命を張ってな」
「そんな…。で、でも、死んだって言っても、腕とか胴体が壊れちゃったとかなら、またクロロが修理してあげればどうにかなったり…」
私は以前魔王城が襲撃された時にメリィが破損した時のことを思い出した。あの時も壊れた人形の腕は数日後には直っていた。私はすがるような思いでクロロを見つめる。
「…どうなんです?私で直せる範囲なんですか?」
クロロはあまり期待せずに魔王に訊ねる。もしクロロの腕で直せるようなら、最初から魔王はそうしているに違いない。
魔王は首を横に振り、悔しさの滲む表情で呟いた。
「無理だ。核ごと粉々に砕け散り、体も核の消滅と同時に塵になって消えた…。もう二度と、メリィは蘇らん……」
「核ごと粉々って…。あの不愛想メイド、なんて無茶してんのよ!魔王様を守ったって、自分が死んじゃったらどうしようもないじゃない!このままじゃ、サキュアの一人勝ちで、魔王様のハートをゲットしちゃうんだから…。あんたがいなきゃ、張り合いなくて、恋の駆け引きも何もないじゃない……!」
サキュアは涙を堪えきれずに、最後はボロボロと泣き出してしまった。
「すまないな、サキュア…。俺がもっとしっかりしていれば…」
魔王は何かを堪えるような表情をすると、みんなに背中を向けて部屋の外へと歩き出した。
「各自、明日の戦いに備えて今日は早めに休め。死んでいった仲間たちのためにも、この戦い、必ず勝つぞ!」
魔王の呼びかけに、皆それぞれ返事をして答える。魔王は後ろを振り返り一度頷くと、そのまま会議室を後にした。
「城の守りだからと言って、油断はできませんねレオン様。明日は気を引き締めてかからないと」
「まさかメリィの奴が死ぬとはなぁ。アサシンドールを殺るとはかなりの手練れだぜ」
ケルベロスとレオンは、さっそく明日の守りに向けて一族で話し合うために部屋を出て行った。
ドラキュリオは泣きじゃくるサキュアについていたが、目線で私に助けを求めていたため、私はしばらくサキュアの傍についてあげることにした。いつも出会う度に魔王をめぐって喧嘩していたようだが、それでも一番仲の良い女友達だったようだ。私もこの世界に来て初めてできた女友達だっただけに、悲しい気持ちは一緒だった。私もサキュアの涙にもらい泣きし、一緒にメリィを想って涙を流すのだった。
その日の夜。私は魔王に言われた通り、決戦に備えて早めに休もうと準備をしていた。すでに明日の用意は済ませ、私専用の武器も手元に置いてある。
「よ~し。ジャックさん特製の薬も準備したし、あとはもう寝るだけだね」
指さし確認を終えたところで、部屋の扉を誰かがノックした。私は今までの経験上、ケルかドラキュリオではと予想し扉を開けた。
「あれ?クロロ?どうしたの、こんな時間に。てっきりケルちゃんかキュリオかと思った」
「ケルはまだしもキュリオってどういうことですか。こんな時間によく部屋に来るんですかキュリオは」
「最近は来ないけど、サラマンダーの襲撃前はよく部屋に来てたよ。寂しくて一人じゃ眠れない~とか言って」
私はクロロを部屋に招き入れながら言う。
「ほう。本当に手の早い吸血鬼ですね。キュリオには、明日の決戦で魔王様の盾となって消えてくれるよう祈っておきましょうか」
「ちょ、いきなり物騒なこと言わないで!……もう、誰にもいなくなってほしくないし」
私が顔を曇らせて言うと、クロロはハッとした表情になり、すぐに謝罪の言葉を口にした。
「すみません。今のは失言でしたね。私の配慮が足りませんでした」
クロロはそう言うと、しょんぼりしている私の頭を撫でてきた。クロロにしては珍しいその行為に、私は特に何も言わず、とりあえずされるがままにしておいた。
「それで、クロロは何の用で?」
「あぁ。明日のことで折り入ってご相談がありまして。明日はバタバタしそうですから、先にお願いしておこうかと」
「なあに?お願いって?」
「明日、あなたの能力で『コレら』を現実化していただきたいんです。妄想した武器をあそこまできっちり現実化できるんですから、コレも可能かと思うんですが」
私はクロロが白衣のポケットから出した物を見つめる。
事前に手に取ったり目にしているものならば、今まで通り妄想して現実化するのは可能だろう。だが、その『物』の使い道がイマイチ分からなかった。
「普通にできるとは思うけど、それを現実化して明日どうするの?飛空艇の準備とか、軍を整えるのに使うの?それだったら今日前もって能力使っちゃうけど」
「いえ、そういう用途で使うんじゃないですよ。コレらは明日、大事な局面で使うことになります。コレなら確実に奴の気を一瞬引きつけておけますからね。私が合図したら、できるだけ多く現実化させてください。もう空から大量に降ってくるイメージで」
「エッ、そんなに!?大丈夫かなぁ。試したことないけど、そういう倫理というか道徳に反したことを妄想すると体に負担がかかりそうな予感が…」
私はう~んと、首を右に傾けて渋る。あまり体に負担をかけすぎると、大事な場面で足手まといになりかねないので私は慎重になる。
「えりさんの懸念はわかります。星から授かった能力ですからね、私利私欲のために悪用したり世を乱すような妄想は体に負担がかかりそうな気はします。妄想と体への負荷についてはまだ不明な点もあり不安かもしれませんが、どうか私を信じて協力してくれませんか。もしえりさんが倒れるようなことになっても、私が必ず守り切りますので」
クロロに色の違う両目でじっと見つめられ、私は悩んだ末にクロロが持ってきたソレらを明日大量に妄想することで了承した。
「一応確認だけど、悪い事に使うんじゃないよね?あくまで注意を引きつける用?」
「えぇ。悪用するつもりはありませんからご心配なく。むしろ後々人助けにもなりますよ」
天才的頭脳を持つ魔王軍参謀は、ニッコリ笑って私に答えた。
クロロの頭の中では、明日の戦いをどう展開していくのかもう出来上がっているのかもしれない。
私はクロロの手から妄想サンプルを預かると、ベッドの横に置いてある明日持っていく持ち物に加えた。
(これでよし!明日またじっくり見てイメージを固めればいいよね。……ん?クロロ、帰る様子がないけど)
私は部屋の中央に立ったままのクロロに気が付いた。今のところ立ち去る気配がない。
(…冷静に考えてみたら、こんな時間に男の人を部屋に入れて大丈夫か私。ケルちゃんやキュリオは見た目が思いっきり年下の男の子だから気にしなかったけど、さすがにクロロは大人の男性だし…。でも、クロロはいつも私のことを色気のかけらもないとか言ってるから、変に意識しなくて平気かな)
私は心の中で開き直ると、立ったままのクロロを振り返った。
「え~っと、クロロ?」
「はい、何でしょう」
あまりにも平然と返してくるクロロに、私は逆に言葉が続かなかった。
(な、何でしょうって…。こっちが何でしょうなんだけど…)
クロロが何を考えているのか分からず、私は無言で彼を見つめてしまった。クロロも特に何も言わず、じっと私を見つめ返す。今までのオタク人生で経験したことのない雰囲気に、先ほどの開き直りは何処へやら、私は変に意識して段々頬が熱くなっていくのを感じた。
「……おや。もしかしてえりさん、私のことを意識してますか?」
それまで真剣な顔つきをしていたクロロが、私の反応を見てニヤッと意地悪な笑みを浮かべた。
「エッ!?い、いやいや何言ってんの!?自意識過剰だなぁクロロは!私はクロロが無言で見てくるから、何かなぁと思って見つめ返してただけで」
焦って両手を顔の前で往復させる私を見て、さらにクロロは目を怪しく光らせる。
「そうですか?今もずいぶん顔が真っ赤のようですから」
「これは~、その、ちょっと微熱があるのかも!明日は決戦だし、もう寝ないとね!」
「なるほど!それならちょうど良かった!えりさんのためにとっておきの薬を用意してきたんですよ!これを打てば今日はぐっすり寝れて、明日は体力全開ですよ!」
クロロは白衣のポケットから素早く注射器を取り出すと、私の左腕を掴もうと手を伸ばしてきた。私は反射的にその手を叩くと、じりっと後退して引きつった顔のまま彼を見る。
「決戦前夜になんてもの出してきてんの!私をじっと見てたのはその機会を窺ってたのか!」
「いやですねぇ。そんなに警戒しなくても。こちらは善意でやろうとしているのに」
「よっぽど質が悪いわ!そんな怪しい注射は絶対打たせないからね!」
断固拒否を主張する私に構わず、クロロは満面の笑みで注射器を構えながら距離を詰めてくる。
私は後ろに下がろうとしたが、ベッドのせいでそれ以上下がれず、そのまま足をベッドにぶつけてバランスを崩して倒れ込んでしまった。
無防備に倒れ込んだ私は、本能的に瞬時に危険を察知してすぐさま起き上がろうとしたが、クロロがその隙を逃すはずもなかった。彼は私に覆いかぶさるようにベッドに体重をかける。
「大丈夫ですよ。本当に疲れが取れてぐっすり眠れますから」
「イヤだ!その満面の笑顔は一番信用できない!」
「失礼ですね。人の笑顔を何だと思ってるんですか」
クロロの長い銀髪が落ちて私の胸元にかかる。彼が体重をかける度、ベッドが小さく軋む音が部屋に響いた。
左腕で体を支え、右手で注射器を持ちながら見下ろすクロロは、今の状況をとても楽しんでいるように見えた。
「…さてと、心の準備はいいですか」
クロロの顔がゆっくり近づき、先日も感じた恐怖のドキドキと異性に対するドキドキが重なる。
(……ち、近い近い近い!顔が近い!注射するのに顔を近づける意味ないでしょ!?)
私は心の中で混乱し、クロロの瞳をこれ以上見ていられずギュッと目を閉じる。
自分の速くなった心臓の鼓動がよく聞こえ、五感が研ぎ澄まされていく。
そして、フッと笑う彼の息遣いが聞えた後、おでこにひんやりとした感触が触れた。続いてすぐ傍で彼の声が聞こえてくる。
「本当に熱でもありそうなくらい熱いですね」
そっと目を開けると、子供の体温を測るみたいに、クロロが私のおでこに自分のおでこを当てていた。至近距離にあるクロロの顔を見て、さらに私の熱は上昇した。
「フッ…。本当に、あなたの反応は見ていて飽きませんね。……名残惜しいですが、大事な決戦の前なので遊ぶのはここまでにしておきましょうか。お楽しみは後で取っておくということで」
クロロはそう言って私の頭にポンと触れると、体を起こして扉へと向かった。
「それじゃあ明日は寝坊しないようにしてくださいよ。朝食を食べたらすぐに戦場へ移動ですから。では、おやすみなさい」
「…お、おやすみなさい」
半ば放心状態の私を残し、クロロは部屋を後にする。
私はその夜、クロロの意味深な行動や今までの彼との思い出を振り返り、なかなか寝付けないのだった。
次の日の朝。朝食を取り終えた私とクロロは、クリスに見送られて決戦の地へ赴こうとしていた。
「二人とも気をつけてくださいね。えり姉さん、危ない時はいくらでも兄さんを頼ってくれていいですから。よほどの事じゃない限り、必ず兄さんがどうにかしてくれますよ」
「フフフ。大抵のピンチはクロロがどうにかできちゃうらしいよ。クリス君のお墨付き!」
私がニコニコした笑みを向けると、クロロは困ったような笑みを返す。
「今日の戦いについては色々シミュレーションをして、あらゆる状況に対処できるよう想定していますが、何せ敵は厄介な能力を持っていますからね。不測の事態に陥ることも十分考えられます。でもまぁ、どんな危機が迫ろうと、あなた一人を守るくらい造作もないですよ」
「ヒュ~!さっすが兄さんすごい自信!それでこそ僕の自慢の兄さんだね!」
クリスは口笛を鳴らして誇らしげに兄を見た。クロロにキラキラした尊敬の眼差しを向けているところを見ると、心から兄を慕っているのがよく分かる。
「僕、将来は父さんのようなみんなに慕われる騎士になるのが夢で、父さんやカイトさんが憧れの存在なんだ。…でもね、生まれ変わっても、今も昔も世界で一番尊敬する人はクロロ兄さんただ一人だよ。だから、必ず無事に帰ってきてね!姉さんと一緒に!約束だよ!」
弟の想いと切実な願いを聞いた兄は、とても優しい自然な笑顔で頷いた。その兄弟のやり取りを見ていたら、無性に自分も元の世界の兄に会いたくなってきてしまった。
私とクロロはクリスに送り出され、魔法陣でアレキミルドレア国へと移動した。
王都シャドニクスを望む平原では、決戦に向けてユグリナ騎士団が隊列を組んでいる最中だった。城に一番遠い平原の奥には、フォードが率いる空賊団の飛空艇が停泊していた。
私はクロロについて歩きながら味方の陣地を抜け、本陣と思われる天幕へと辿り着いた。クロロは躊躇いなくその中へと入っていき、私もその後に続いた。
「戦う準備は整っていますか」
「クロロ様!えり様!よく来てくださいました!援軍、感謝致しますわ」
セイラは天幕に入って来た私たちを見てパッと表情を輝かせた。丁寧にお辞儀すると、私たちを話の輪に迎え入れてくれる。
この場にはセイラの他に、カイトとメルフィナ、フォード、そして会ったことのない騎士がいた。騎士はカイトと似た鎧を着ており、ユグリナ騎士団の人間だということは分かった。カイトよりもずいぶん年上で、堂々としているが威圧感はない。私がじっと見ていると、ふと目があってニッと笑顔を向けられた。
「最後の星の戦士、えり殿ですな。お初にお目にかかります。ユグリナ騎士団で騎士団長を務めております、サイラスと申します。以後お見知りおきを」
右拳を左胸に当てて騎士の礼をしてきたサイラスに、私は思わず大きな声を出してしまった。
「あっ!クリス君!じゃなかった。ツヴァルク君のお父さんですね!」
「え…。あぁ、えり殿は魔王城にお住みでしたな。息子は元気にしていますか。少し体が弱いところがあるので、環境が変わって体調を崩していないといいが」
「心配ありませんよ。今朝方も私がきちんと診察してきましたので。城勤めの魔族たちの邪魔をしないよう、毎日書庫室で本を読んで過ごしてますよ」
私の隣に立つクロロが代わりに答えた。ついに前世の保護者と現世の保護者が相見えた。私は内心どきどきしながら複雑な関係の二人を見守る。
「……事情はレオン殿から聞きました。元々人間だったあなたの弟だったそうですね、うちの息子は。申し訳ないが、セイラ殿から人間だった時のあなたのことをお聞きした。……神智の天才、とても将来有望な技術者だったそうで」
「…えぇ、所詮過去の話ですがね。今は魔王軍の参謀ですから。弟の話は全てが終わった後、ゆっくり話しましょう。今はガイゼルを倒すのが先決ですから」
参謀としての務めを優先するクロロに、騎士団長サイラスも二つ返事で了承した。
「えり様!お元気になられて良かったですわ!この間ここに担ぎ込まれた時は、本当にどうなることかと思いました」
「セイラちゃんが治してくれたんだってね。お礼が遅くなってごめんね。ありがとう、助けてくれて。あの時は私ももうダメかと思ったよ!本当にあちこち痛くて、もう痛みの感覚がなくなってるところもあったもん」
「クロウリーの城に潜入してやられたんだって?一体どんな強い敵と戦ったんだ?クロウリー本人か?俺たち詳しく聞いてなくて」
カイトの発言に、私はチラッと右隣に視線を上げる。クロロは罰が悪そうに視線を逸らし、一度大きく咳払いをした。
「はい!それでは作戦会議を始めますよ!このままでは全然話が進みませんのでね!今回はもう皆さんご承知の通り、陸と空二方向からシャドニクスを攻めます。こうすることで、まず一番厄介な敵の能力を分散することができます」
「強制武装解除だな。今までも軍を分散することで能力を散らしてきたが、その効果範囲を更に分散できるということだな。何日も戦い続けているが、我が軍もこの能力にはかなり苦戦している。メルフィナ殿のおかげで、今のところ被害を最小限に抑えることができているが」
「アタシの魅了の能力があれば、あんな自己中王の能力なんて目じゃないわよ。今日こそあのふんぞり返った自己中王に一泡吹かせてやりましょ」
サイラスに話を振られ、それまで黙っていた踊り子のメルフィナが意気込んだ。顔からガイゼル王に対する嫌悪感が全面に出ている。私は話を聞くばかりでまだ出会ったことがないが、よほど嫌な奴なのだろう。
「陸担当であるユグリナ騎士団と輪光の騎士、踊り子、聖女は普段通り戦ってください。できれば派手にやって敵の注意を引きつけてくださると助かります」
「今回は俺様たち空賊が主攻だからな!お前たちはせいぜい下で暴れ回って俺様を引き立てろよ」
クロロのちょうど向かいに立つフォードが偉そうに言う。
メルフィナとクロロがその物言いに苛立ちを覚えたようで、メルフィナは舞に使う扇子を、クロロは愛用のメスをフォードに向かって投げた。二人の息の合った攻撃をフォードはかろうじて避ける。
「コラァ!テメェら何しやがる!メルフィナはまだしも、神智の天才のメスは当たったらヤバイだろうが!危うく俺様のトレードマークが壊されるところだった」
フォードは額につけているごついシルバーのゴーグルを大事そうに撫でる。どうやらお気に入りの物のようだ。
「作戦会議中はあなたの発言は一切認めません。馬鹿の天才はただ黙って聞いているように」
「そーそー。あんまり偉そうなこと言わないほうがいいわよ。今回の戦い、もし負けるようなことがあれば、もちろん主攻のアンタが戦犯扱いだから。後でアタシたちから責められないように、せいぜい頑張って自己中王を倒すことね」
メルフィナは落ちた扇子を拾い上げると、フォードの左頬をペシペシと扇子で叩く。作戦失敗イコール戦犯扱いと聞き、フォードは表情を硬くしてぐっと押し黙った。
「簡単に作戦の概要を説明しますと、陸部隊が攻めている間に、空部隊はシャドニクス上空へと移動し砲撃を行います。砲撃対象は主に城壁を中心に行い、陸部隊が進軍しやすいよう道を作る予定です。さらに、今回の作戦を踏まえて、事前に私は飛空艇にある改造を施してあります」
「な!?ちょっと待て!改造って、この間の勝負の時のか!?飛空艇の性能を上げる以外に何か仕込んであるのか!?」
「はいそこ、黙ってください」
クロロは無表情で二投目のメスを投げる。フォードは小さい悲鳴を上げながらまたも躱す。このままいくと、作戦会議が終わる頃には天幕のテントは穴だらけになるのではないかと私は不安を覚える。
「どのような改造かはまだお話しできませんが、上手く成功すれば敵軍を一気に追い詰められることは間違いありません」
「クロロ様がそこまで仰るのならば、わたくしたちは信じて戦うのみですわ」
セイラがクロロに全幅の信頼を寄せるので、彼女にほの字のカイトも話を合わせて同意した。
「私の策が成功次第、空部隊は上空からシャドニクス城に潜入します。陸部隊も敵軍が混乱している隙に街の制圧、ならびに空部隊との合流を目指してください。馬鹿の天才は飛空艇に残り、飛空艇全体の指示をしてください」
「なに!?結局俺様は留守番なのかよ!?」
「あなたの空賊団なんですから、あなたが指示出しに残らなくて誰がコントロールするんです?大丈夫ですよ。この戦いが成功に終われば、私からサラマンダーにあなたがとても活躍していたと伝えておいてあげましょう」
「マジか!?神智の天才!お前危ない奴かと思ってたがメチャクチャ良い奴だな!」
単純な馬鹿の天才は、クロロの申し出をすんなり受け入れ舞い上がっていた。
私が苦笑いしていると、セイラとメルフィナが寄ってきてサラマンダーとの関係を訊ねてきた。私は二人に小声でフォードとサラマンダーの関係を耳打ちする。二人は目を丸くして驚いた後、恋バナ大好きの女子を全面に出し、戦いが終わったらフォードを捕まえて根掘り葉掘り聞くという方向で話がまとまった。
その後細かい打ち合わせをし、それぞれの持ち場へと各自解散となった。
「……あまり張り切って前線に出過ぎないようにしてください。あなたが死んだら、あの子が悲しみますから」
クロロは飛空艇に向かう直前、別れ際にサイラスに声をかけた。サイラスはこちらを振り返って歯を見せて笑うと、クロロの無事を祈って言葉を返した。
「それはクロロ殿にも言えることだな。むしろ主攻のあなたの方が命の危険が多い。十分注意なさることだ。…えり殿も、お気をつけて。よし、いくぞカイト!これが最後の戦いだ!兵に檄を飛ばしながら隊列を組むぞ!」
「はい!サイラス団長!」
私とクロロは陸部隊と別れると、後方に泊めてある飛空艇へと急ぐのだった。
空賊団の飛空艇の一つに乗り込んだ私は、緊張した面持ちで甲板に立っていた。
乗り込んですぐにクロロは各飛空艇に指示を出してくると言って、私を置いて行ったきり戻ってきていない。私は甲板の手すりに手を置き、遠くに見える王都シャドニクスの城を眺めた。
(無事にあの城まで辿り着ければいいけど。……詳しく聞けてないけど、クロロには何かとっておきの作戦があるみたいだし、きっと大丈夫だよね)
私が難しい顔をしていると、ぽんっと誰かが肩を叩いた。
「ずいぶんと肩に力が入っているようですが、大丈夫ですか」
「クロロ!もう、いきなり置いてどっか行っちゃうなんてひどいよ!連れて行ってくれればいいのに」
「……フッ。私がいなくて不安だったんですか。それは失礼しました」
クロロは少しきょとんとした顔をした後、表情を緩めて悪戯っぽい笑みを向ける。出会った当初より優しい笑みや目を向けられることが増え、私はいちいち反応して意識してしまう。
「べ、べ~つ~に~。そこまで言ってないけど。…それより、指示出しは無事に終わったの?」
「はい。問題なく。あのフォードの子分にしては、みんな飲み込みが早くて優秀なクルーばかりですから。おそらく上手くいくと思います」
「それじゃあいよいよ、決戦だね!」
どちらからともなく、前方に見える王都シャドニクスを見る。
「…過去から続く因縁の故郷。今日私の手で、アレキミルドレア国民全員を縛る洗脳の呪縛を断ち切ってみせます。先代から続く大きな借りは、現国王のガイゼルに全て返してあげましょう」
クロロは己の過去にケリをつけるため、色々な想いを胸の内に抱えながら決戦へと臨む。私はできる限り横で彼を支えようと気持ちを新たにするのだった。
陸部隊の隊列が組み終わった頃、空部隊は王都に向けて一斉に飛空艇で飛び立った。陸部隊に先行して、王都を取り囲む城壁破壊を目指して進む。陸部隊が平原で敵兵と戦闘している間に、空部隊はなるべく迅速に城壁を破壊しなければならない。城壁は堅牢なただの壁ではなく、大砲を兼ね備えた攻守一体の造りのため、クロロの話では大砲の撃ち合いになるとのことだった。
「敵の砲撃を躱しながらこちらも大砲を撃ちこむことになりますが、これについてはそこまで心配することはないでしょう」
「どうして?相手もバンバン撃ってくるんでしょ?」
「空賊団は長い間あのサラマンダー軍と空で渡り合ってきたんです。今更地上から撃ってくる大砲なんて恐れませんよ。城壁に設置されている分軌道も読みやすいですから、彼らの操舵技術だったら当たらないでしょう」
「なるほど。そりゃあそうだよね。竜人族と戦うほうがよっぽど大変だ」
私は納得してうんうんと頷いた。
地上では陸部隊も進軍し、いくつもの声が重なり合いながら敵軍と衝突していく。
すると、突如ある一帯で蒼白の光が立ち上っているのが目についた。私が不思議そうにそれを眺めていると、横にいるクロロが説明してくれる。
「あれが今ガイゼルの能力が発動しているところですよ。奴の能力の最大範囲は大体あのくらいです」
「あれが!じゃああの一帯は今武器も魔法も使えない地帯なんだね」
私はガイゼルの強制武装解除能力が発動している地帯をもう一度見る。大体効果は平原全体の四分の一に匹敵している。あの大きさならば、ちょうどシャドニクス城を丸々効果範囲にできるだろう。
「あそこで能力が発動しているということは、ガイゼル本人もあの近辺にいるようですね。フィールド系能力者は、自分の目の届く範囲にしか効果を発揮できませんから」
陸部隊が気を引いている内に、クロロは操舵室に指示を出して城壁へと急がせた。
「よぉ~し!私も頑張ってガンガン撃ちこむよ!」
「では私も、能力が発動される前にありったけの魔力を使って魔法を撃ちこみますか」
私は甲板から落ちないよう注意しながらロケットランチャーを構える。クロロも隣で魔力を練り上げていく。
ある程度城壁に近づいてきたところで、空部隊は一斉に攻撃を開始した。何十もの飛空艇の大砲が火を吹き、城壁の兵器もろとも破壊しようと途切れることなく砲弾を浴びせる。私も弾数無制限のロケットランチャーの引き金を引きまくり、次々と城壁に向けて撃ちまくる。クロロも最初から出し惜しみせず、高火力の炎や雷の魔法で攻撃していく。
敵側も猛攻にさらされながらも、空に向けて大砲を撃ちこんできた。
両者一歩も譲らない撃ち合いが続く。
「キャアッとっと…!あ、ありがとう」
「気を付けてください。結構揺れますからね」
敵の砲弾を躱すため、結構頻繁に強い横揺れが発生する。クロロが受け止めてくれなかったら派手に転んでいたところだろう。
クロロはそのまま私を支えるように肩に手を回したまま魔法を唱え続ける。私は今度こそ倒れないように両足に力を入れると、再びロケットランチャーをぶっ放した。
それからしばらくした後、私たちがいる空域一帯に蒼白の光が満ちた。その瞬間、クロロの持っていたメスや隠し持っていた刃物類が全て甲板に転がった。
「これってもしかして…」
「ここの空域一帯に能力を使われましたね。私の魔力も空になっています」
「やっぱり!……私のロケットランチャーは何ともないけど」
私は握りしめたままの武器に目を落とす。
「あなたの武器は星の能力によって生み出されたものですからね。星の戦士の能力は他の能力を侵害することはできませんから、その武器だけは例外です。遠慮せずどんどん撃ちこんじゃっていいですよ」
「ふ~ん。私は助かったとして、飛空艇の大砲は大丈夫なの?これも武器でしょ」
「大砲も問題ありません。あらかじめ全てフォードの能力を付与してありますから相殺されるはずです。飛行付与能力のおかけで大砲を捨てることはできませんよ」
「さっすがクロロ!全部対策済みってわけだね」
当然だとばかりにクロロは得意げに頷いた。
「さて、だいぶ城壁も破壊できてきましたね。地上も敵味方共にある程度の被害が出てそうです。そろそろとっておきを出してもいいでしょう」
「とっておき?飛空艇を改造したっていうアレ?」
クロロは不敵な笑みを浮かべると、操舵室を通じて複数の飛空艇に何やら指示を送る。私は城壁を攻撃しながら、悪い顔をして何かを企んでいる参謀を見守った。
クロロの指示が的確に伝わったのか、複数の飛空艇が城壁を離れて各方面に散っていく。平原やお城の方に飛んで行く飛空艇もあり、何の意図があるのか私には全く分からなかった。
『おい神智の天才!明後日の方向に飛空艇を動かしてどういうつもりだ!?まず城壁を落とすんじゃなかったのかよ!』
フォードがスピーカーで私たちの飛空艇に呼びかけてくる。クロロは面倒くさそうにマイクを取ると、フォードに向かって答える。
『城壁を落とすための下準備ですよ。作戦が成功次第、私たちは城の潜入に移ります。空の指揮官はあなたに戻しますので、後はよろしくお願いしますね』
『あぁ!?…何が何だかよく分からねぇが、空は俺たち空賊団に任せろ!』
フォードは頼もしい返事をすると、それ以上深く追求してこなかった。
クロロは甲板から指示を出した飛空艇が位置についたところを確認すると、ベストのポケットから小さな小瓶を取り出した。
「何それ?」
「これは魔力を回復する魔法水ですよ。ガイゼルの能力が違う場所に発動している隙に、魔力を回復するんです」
「へぇ~。確かに魔力を空っぽにされても、そうやってアイテムで回復しちゃえばまた魔法使えるもんね」
クロロは小瓶に入っている魔法水を飲み干す。魔力が回復したことを確認すると、クロロは船首の中央に立って魔力を高めた。
「さぁ準備は整いました。ネクロマンサーの名において、あなたを恐怖のどん底へと叩き落としてあげましょう、ガイゼル!」
クロロは魔力を開放して術式を展開する。クロロの術式に呼応して、私たちが乗っている飛空艇を含めた五つの飛空艇から空に向かって紫の光が立ち上る。紫の光はそれぞれ線で結ばれ、空に五芒星が描かれた。紫色に輝く五芒星は地上に降り注ぐと、倒れた敵味方の肉体に不気味な光を宿した。
「五芒星の魔法陣?一体どんな魔法なの?」
「この魔法はネクロマンサーのみが扱える特別な魔法で、強制的に死者を私の眷属にするものです。本来ならば魂と対話してから眷属に迎え入れるのが通例ですが、今回は魂を器に宿さずに私の命令通り動く兵として蘇らせました。通常の手順を踏んでいない分、簡単な命令しかできませんが、十分事足りるでしょう」
「この魔法陣に囲まれた一帯の死者をゾンビとして蘇らせたってこと!?かなり広範囲じゃない!?ていうか、ガイゼルの能力ですぐに無効化されちゃうんじゃないの?」
私はにわかに騒がしくなってきた地上を見ながら訊ねる。
「いえ、その心配はありません。ガイゼルの能力には致命的な穴がありまして、発動した魔法に関しては能力で防げないんですよ。それに、この魔法は魔法陣を崩さない限りずっと発動し続ける特別製。今回の策を想定して、私が先日あらかじめそれぞれの飛空艇に魔晶石を搭載しておいたんです。魔晶石に直接私の術式を刻んでおいたので、私がこの場を離れても飛空艇を撃ち落とされない限り術は破られません」
「ずいぶん前から策を練ってたんだね。さすが魔王軍参謀。御見それしました」
「いえいえ。驚くのはまだ早いですよ。ガイゼルを追い詰める切り札をもう一つお見せしましょう」
そう言うと、クロロは白衣のポケットから電子辞書くらいのサイズの箱を取り出した。箱を開けると、何やら色々な細かいパーツが入っていた。彼は慣れた手つきでその部品を組み立てていく。
「一応ガイゼルの能力を警戒して、パーツをバラバラにして持って来たんですよね。現地で組み立てようと思って」
「今度は何をするつもりなの?見たところ…、何かのスイッチみたいだけど」
私は段々クロロの手元で組み上げられていく機械を見て言った。機械は丸いボタンがついており、魔晶石と複雑な電気信号を発するような回路が中に内蔵されていた。全てのパーツを組み立て終わった彼は、私に向けてその手の平サイズの機械を示しながらニッコリ笑う。
「何のスイッチだと思います?」
「そんな満面の笑みで聞かれても…。何かを起動するスイッチだよね?」
「これはですね、若き日の私が復讐するために用意しておいたスイッチですよ」
「ふ、復讐!?ちょっと待って!それを押すと何がどうなっちゃうの!?」
「では、さっそく押してみましょうか!」
クロロは何の躊躇いもなくスイッチを押した。その瞬間、スイッチ上部のランプが赤く点滅し、六回点灯し終わった途端地上で大きな爆発音が立て続けに発生した。
甲板から身を乗り出して下を覗き込むと、各地で黒い煙が上がって敵軍の持つ兵器が壊れているのが見受けられた。城壁に内蔵されていた大砲も全て吹っ飛んだようだ。
「な、な、何が一体どうなったの!?今のは兵器の自爆スイッチ!?」
「ご名答。このスイッチはかつて私が生み出した兵器に電気信号を送り、自爆するプログラムを起動させるものです。いつか私の生み出した兵器が問題を起こした時、私の手で破壊できるようにあらかじめ仕込んでおいたもの。元は私が造り出したものですから、私の権限で好き勝手に処分するのは当然です」
クロロはざまあみろとばかりに笑って言った。
(なんかもう、さっきから好き勝手にやってクロロがイキイキしている。ガイゼルを苦しめられてよっぽど嬉しいんだろうな)
私は先ほどより大混乱している地上を見下ろす。敵軍の悲鳴がここまで届いていた。
「さて、これだけ混乱していれば城への潜入も容易でしょう。飛空艇から城壁に飛び移って城を目指しましょうか。おそらくガイゼルは自分だけでも助かろうとすでに城に撤退しているはずです」
「確かに。さっきまで戦場に発動していた能力の光が無くなってるね。一目散に逃げたのかな」
「奴なら周りの人間をいくらでも盾にして逃げるでしょうね。まぁこちらは最初から城で奴を追い詰める予定ですから問題ありません。当初の計画通り城を目指しましょう」
クロロは先ほどの強制武装解除で落としたメスや刃物類を回収すると、ガイゼルの能力が発動していない隙に、私を抱えて浮遊魔法で王都の壊れた城壁へと飛び移った。
そして敵が混乱している間に無事に街へと侵入。敵兵と交戦しながら城へと目指した。
私は高威力のロケットランチャーをさすがに人に向けて撃てないので、クロロの背に隠れながら進んだ。群がる敵はクロロが全て対処し、メスや魔法で攻撃したり、死者の兵を動かして応戦した。
「ゾンビにした兵にはなんて命令を出してるの?」
どこからともなく現れる味方のゾンビ兵を見て私は訊ねる。
「彼らにはガイゼルとガイゼルに与する者を攻撃するよう命じています。なので、必然的にガイゼルのいる城を目指して兵が集まってきている状態ですね」
「あぁ。だからさっきから味方の兵が現れるのね」
私は迷いなく突き進むクロロの背を追いながら話す。
かつて暮らしていたおかげで土地勘があるクロロは、最短距離で城を目指していく。外に大半の兵を配置していたようで、私たちの行く手を阻む者はそれほどいなかった。
ゾンビ兵の助けを借りながら城へと到着した私たちは、カイトたち陸部隊の合流を待たずに城へと突入した。
城の内部に入ると、地面から蒼白の光が立ち上っており、ガイゼルの能力が発動していた。クロロは再び魔力と武器を手放した。
「能力が発動しているということは、ここにガイゼルがいるのは間違いないですね。おそらく最上階の玉座の間でしょう。眷属と共に一気に上を目指しますよ!」
クロロはゾンビ兵を先行させると、その後に続いて走り出した。
シャドニクス城はどこもかしこもお金がかかっており、煌びやかな装飾ばかりが目についた。先ほど駆け抜けてきた市街地はどこも簡素な造りだったのに対し、ここはまるで別世界だった。城の外はゴミが溜まって不衛生な場所もあったというのに、この城だけはお金をかけて綺麗にしている。何とも不公平な話だ。クロロから話を聞いていた通り、本当にロクでもない王様のようだ。
敵兵を順調に排除しながら進んだ私たちは、ついに玉座の間の前へと辿り着いた。豪華な装飾が散りばめられた扉は、もはや悪趣味にすら思えた。
「この扉の向こうが玉座の間です。この玉座の間にはこの扉以外に二か所出入り口があります。まずえりさんには武器で、玉座の間に入ってすぐにその出入り口二箇所を塞いでもらいたいんです」
「了解!標的が人じゃないなら遠慮なく撃っちゃうよ!」
「中にいるのはおそらくガイゼルだけではないでしょう。…私の指示を聞き漏らさないよう準備しておいてください。いつでも能力が使えるように」
「うん!昨日頼まれた件ね!任せて、集中力を高めていつでも妄想できるようにしておくから!」
私の覚悟が決まっているのを確認すると、クロロは扉を押し開けて玉座へと歩き出した。
玉座の間にはクロロの予想通り、王様の他に十数人の大臣や使用人、一般市民と思われる人が怯えた様子で座り込んでいた。そして、玉座にはふんぞり返った中年の男性が一人座っている。
男性は見るからに肌触りの良さそうな赤いマントを羽織っており、両手の指には成金を思わせるような趣味の悪い宝石のついた指輪をしている。頭には王の証である王冠を乗せ、侵略者である私たちを睨みつけていた。
「フンッ!貴様ら、ワシの国でずいぶんと好き勝手に暴れ回ってくれたものだな!貴様に至っては、元アレキミルドレア国の人間だったくせにこの仕打ち。王に逆らうとどうなるか、今一度分からせてくれよう!」
「クックック。面白いことを言いますね。これほど追い詰められているのにまだそんな妄言を吐けるとは。あなたはもうここで終わりですよ。父親の分まで苦しみながら降伏してもらいましょうか」
クロロに目で合図され、私は右と左にそれぞれあった扉に向かってロケットランチャーを撃ちこんだ。扉は一撃で破壊され、周囲の壁ごと瓦礫で閉ざされる。それを目にしたガイゼルは、両目を血走らせて怒りを露わにした。
「貴様最後の星の戦士だな!よくもワシの城を破壊しおって!この代償、高くつくぞ!」
ギロリと睨みつけられ、私はサッとクロロの背に隠れた。
「お前たち、何をぼさっとしておる!さっさとワシの盾にならんか!」
ガイゼルに叱責され、大臣や使用人、一般市民たちはビクつきながら立ち上がると、ガイゼルを守るように壁となった。その様子を見て、クロロは忌々しそうに眉間に皺を寄せる。
「相変わらずのクズっぷりで。自分以外の人間は都合の良い駒としか見ていない。…盾にするのは結構ですが、どのみちあなたが不利になるだけですよ。死んだ者はもれなく私の眷属になりますので、あなたを襲う兵が増えるだけですから」
「人間から魔族に堕ちたネクロマンサーめ!死者を冒涜し、自分の手駒にするお前もワシとそう変わらんだろ!クズ呼ばわりされる謂れはないわ」
「ちょっと!クロロをあんたなんかと一緒にしないでくれる!?クロロは優れた技術者で、研究好きでちょっとヤバイ部分もあるけど、根は弟さん想いの優しい人なんだから!あんたなんかと全然違うわ!」
ガイゼルの発言にカチンときた私は、ついカッとなってガイゼルに喰いかかった。隣にいるクロロは、珍しく少し照れ笑いを浮かべてムキになる私の頭を撫でた。
「研究好きでちょっとヤバイは余計ですが、私のために怒ってくださってありがとうございます。……えりさん、今日一回目の能力をお願いします。私が注意を引きますので、その間に盾要員になっている人々を空間転移させてください。場所は魔王城の訓練場で結構です。前もってレオンやクリスには話を通してありますから」
頭を撫でながら小声で耳打ちしてきたクロロに、私は静かに頷いた。
即座に高ぶった気を落ち着かせて妄想の準備に取り掛かる。
「我が眷属たちよ!四方に散らばって包囲を狭めていけ!」
「むぅ。お前たち!そのゾンビどもをワシに近づけるな!」
ガイゼルがゾンビ兵に気を取られている間に、私は妄想のイメージを膨らませていく。徐々に蒼白の光に包まれていく私に気づき、ガイゼルは慌てた声で私を制止した。
「おい小娘!能力の発動をやめろ!どんな能力か知らんが、こちらも奥の手を出すぞ!」
「出せるもんなら出しなさいよ!もうあんたは裸の王様よ!……『空間転移!!』」
私はガイゼルの声を無視し、能力を発動させた。ゾンビ兵に立ち向かおうとオロオロしていた大臣たちは、空間転移の魔法陣によって一瞬でその場から消え去った。もはや玉座の間に残るのはガイゼルただ一人だ。
「さぁ、これでもうあなたを守る盾はいませんよ。多くの命を犠牲にしてきた報い、その身で受けてもらいましょうか!」
クロロが凄んで距離を詰めると、ガイゼルはじりじりと後退しながら乾いた笑い声を上げる。
「ハッハッハッハ!言っただろう。こちらも奥の手を出すと。ワシの盾は何も人間だけじゃない!来い、お前たち!!」
ガイゼルは玉座の背後にあるカーテンで仕切られた空間に呼びかける。すると、カーテンを引き裂きながら大型機械魔族が二体現れた。機械魔族はガイゼルを守るよう立ちはだかると、私たちに敵意を向けてきた。
「ハッハッハ!どうだ!クロウリーの奴が置いて行った機械魔族だ!これでお前らを皆殺しにしてやろう!…まずは能力が確定していない貴様からだ小娘!また空間転移を使われては面倒だからな!ぐちゃぐちゃにぶち殺してやれ!!」
ガイゼルの命令を受け、二体の機械魔族は一斉に私目がけて襲い掛かって来た。一体は両手がドリルと鉄球になっており、もう一体は両手に大剣を持っている。どちらも一撃喰らっただけで死が確定だろう。
恐怖で体が動かなくなっている私を抱えて、クロロは横っ飛びで最初の一撃を躱した。
「えりさん!武器を構えてあいつに撃ちこんでください!」
「は、はい!」
私はクロロの声で我に返り、ロケットランチャーを近くにいた一体に撃ちこんだ。見事背後に命中したが、もう一体の機械魔族がもう距離を詰めて来ていた。
「…こうなったら、お前たち!ガイゼルを狙え!生け捕りにするんだ!」
クロロの命令を受け、ゾンビ兵たちはガイゼルを捕まえようと動き出した。
「クッ!どこまでも小癪な!おい!一体はワシの身を守れ!」
クロロの狙いの意図を察しながらも、すぐにガイゼルは自分の身可愛さに守りを固めた。
「ふぅ。これでとりあえず一体に集中できますね。……あまり時間稼ぎはできなさそうですが」
「まずはあいつを早く倒さないとマズイね」
ガイゼルの守りについた機械魔族は、ゾンビ兵を次々となぎ倒していく。このままではまたすぐに二体同時に狙われることになる。
早く倒さなければとロケットランチャーを構え直した時、玉座の間にとても頼りになる援軍が現れた。
「待たせた二人とも!大丈夫か!?」
「大変遅くなりました!ご無事ですか!?えり様、クロロ様!」
セイラを連れて、カイトが玉座の間に駆け込んできた。二人は大型の機械魔族と対峙する私たちを見て、すぐに危険を察知した。
「加勢する!機械魔族相手なら俺の能力で魔を払えば無力化できる!」
「ナイスタイミングです、輪光の騎士!二体ともやっつけちゃってください!えりさん、ロケットランチャーで彼の援護を」
「了解!」
私はカイトが攻撃しやすいよう、機械魔族の顔面目がけてロケットランチャーをお見舞いする。弾丸がヒットして視界をなくした機械魔族に、カイトは魔を払う光の輪を斬撃で飛ばした。
光の輪で貫かれた機械魔族は、動力である魔力を失いその場に崩れ落ちた。
「クソッ!余計なことをしおって!生意気なユグリナの犬が!こっちに来るな!」
苦し紛れにガイゼルはもう一体の機械魔族を差し向けるが、当然カイトの能力によって無力化されて終わった。
今度こそ守る者が誰もいなくなり、ガイゼルは正真正銘裸の王様になった。包囲するように距離を詰める私たちに、彼は最後の悪あがきを見せてきた。
「それ以上ワシに近づくな!それ以上近づけば、この起爆スイッチを押すぞ!」
ガイゼルは懐から最近どこかで見たような似たスイッチを取り出すと、私たちにも見えるよう掲げてみせた。
「起爆スイッチだと?一体何のスイッチだ!」
「大方この玉座の間を吹っ飛ばす規模の爆弾のスイッチでしょう。先代の時代からあったものです。もしもの時に敵を道連れにできるようにね」
「そうだ!さすが元アレキミルドレア国の人間!よく分かってるじゃないか!このまま貴様らの好きにはさせん!捕まるくらいならまとめて吹き飛ばしてやる!」
鼻息荒く興奮しながらガイゼルは起爆スイッチに手をかける。
「えりさん!昨日頼んでいた例のモノを現実化させてください!この玉座の間いっぱいに!早く!」
私は強い声で命じられ、返事をする間もなく妄想に取り掛かった。
カイトはガイゼルにスイッチを押させぬよう、目にも止まらぬ速さで斬撃を飛ばした。斬撃はスイッチを持つ腕に命中し、ガイゼルは痛みからスイッチを地面に落とした。クロロとゾンビ兵はスイッチを取り押さえようと走り出す。
私はみんなが時間を稼いでいる間に、頭の中で頼まれた妄想のイメージを膨らませていく。できるだけ多く、全員の視線を釘付けにするような量を妄想する。玉座の間の天井を舞うソレを想像しながら、私は渾身の妄想を解き放った。
『出でよ!金銀財宝~~!!』
私の声が響き渡り、部屋一帯を蒼白の光が埋め尽くす。
そして光が止むと、天井にはお札が舞い、金の粒が雨のように降り注いだ。また、床の大理石にはいつの間にか大量の各属性の魔晶石が転がっており、この世界の人間にとってはまるで夢のような光景だった。
私はイメージ通りの光景に胸を撫で下ろすと、予想以上の体のだるさにその場に座り込んだ。
「な、なんだこれは……。金に、魔晶石がこんなに……。この量があれば、また多くの兵器が造れる!金も、当分心配しなくても」
「予想通り。やっぱり隙だらけになりましたね。あなたは金と魔晶石が大好きですから、必ず無防備になると思っていましたよ」
「うっ…!」
クロロはみんなが周りの状況に目を奪われている隙に、警戒を解いていたガイゼルの両手を拘束した。
金と青の目を爛々と輝かせるネクロマンサーに恐怖を感じ、ガイゼルは両手を振りほどこうと必死に抵抗する。
「クソ!放せ!放さんか!ワシを誰だと思っている!アレキミルドレア国国王、ガイゼルだぞ!」
「残念ですが、あなたはもう王ではなくなります。生きながらにして私の眷属となるのです!光栄に思ってください!私と同じで人間を止めて魔族になれるのですから!醜い醜いゾンビの体になってね…!」
「な、な、何を言ってる!やめろ!馬鹿な真似はよせ!……何故だ!?ワシの能力は発動しているはずなのに、何故貴様は魔法が使える!?」
クロロとガイゼルの足元に紫の光を放つ不気味な魔法陣が描かれていく。二人の間の空間に螺旋状の術式が展開され、魔法がどんどん組み上がっていく。
私とカイト、セイラはその異様な光景をただ見守った。
「この魔法には魔力を使っていません。魔力の代わりに私の寿命を使っていますので。それだけ特別な魔法ということですよ。では、人間とさよならしていただきましょう!」
「やめろ!嫌だ!放せ!放してくれ~~~~!!!」
ガイゼルの声が部屋中に木霊する中、クロロの魔法は失敗することなく発動した。
ガイゼルの体は紫色の光に包まれ、まるで体を蝕むようにその身に溶け込んでいく。ガイゼルは苦しむような呻き声を上げると、クロロが両手を放した瞬間その場に倒れてしまった。
「………これでようやく、過去の借りは返しましたよ。父親の分まで背負ってもらって悪いですが、まぁあなたも十分国民を苦しめてきたので因果応報でしょう」
クロロはすっきりした表情をしていた。自分が求めていた結果を得られ、無事過去の清算は済んだようだ。
すっかりガイゼルに興味をなくしたクロロは、座り込む私に駆け寄って来た。
「大丈夫ですかえりさん!やはり相当体に負担がかかったようですね」
「うん…。一気に体が重くなってだるくなっちゃった。……それよりさっき、色々気になること言ってなかった?ガイゼルを生きたままゾンビ化して魔族にするとか。寿命を消費して魔法を使うとか」
「えぇ。そのままえりさんの聞いた通りですよ」
けろっとクロロが認めるので、私は開いた口が塞がらなかった。そんな私の代わりにセイラが横から口を挟んだ。
「ガイゼル様を魔族にしたというのは本当ですか?一体どうやって?」
「私の魔法で無理矢理人体の構造を変えたんですよ。生きたまま一部をゾンビにして私の眷属にしました。微々たるものですが、魔力も若干宿ったはずですよ。人間を止めた影響でね。あぁそれと、魔族になったのでおそらく星の戦士の加護はなくなったでしょう。これで今後脱走しても手を焼くことはないでしょうね」
「……まだ信じられないが、あんたがそういうならきっとそうなんだろうな。これでガイゼル王は魔族になって、能力も使えなくなったというわけか。……これで、俺たち人間側の裏切者は倒せたわけだ。あとは魔王がクロウリーを倒すだけだな」
カイトの言葉にみんな無言で頷いた。
カイトはセイラと共に、倒れたガイゼル王を念のため拘束しに向かった。
クロロは座り込む私の足に腕を差し入れると、何の了解もなしにお姫様抱っこをした。私は彼の予想だにしない行動に、あたふたと慌てふためく。
「クロロ!?ちょ、下ろして!重いから下ろして!」
「こらこら、暴れないでください。それ以上暴れると静かになる注射を打ちますよ」
「ッ!?」
クロロの一言は効果てきめんで、私はピタッと暴れるのをやめて大人しくなった。
「よろしい。能力を使って体に負担をかけたんですから、大人しくしていてください」
「……むぅ。別に歩こうと思えば歩けるのに。……ねぇクロロ。寿命を使ったって言ってたけど、その…、すぐに死んじゃったりとかしないよね?」
恐る恐る訊ねる私に、クロロは優しい眼差しを向ける。
「大丈夫ですよ。魔族は人間より寿命が長いですから。それに、むしろ減ってちょうどいいぐらいです。私だけ長生きしても退屈ですからね」
クロロは私の瞳を覗き込み楽しそうに笑った。
「それにしても、今日はクロロの作戦通りだったね~。最後もガイゼルはまんまと隙だらけになったし」
「救いようのないほど金や魔晶石に執着のある人間ですからね。必ず引っかかると思いましたよ」
「あはは。さすが参謀殿。何でもお見通しだね。……魔王たちも、上手くいっているといいね」
「大丈夫ですよ、魔王様なら。きっと私の分までクロウリーをこてんぱんにしてくれるばずです」
クロロは魔王の勝利を確信しながら城の外へ向かって歩き出した。
こうして、ガイゼル王との戦いは幕を閉じたのであった―――。




