第三幕・クロロ編 第四話 天才VS天才
クロウリーによる人質事件から二日後、私は城の研究室に籠って銃の改造をしていた。これからの戦いに備えてできる限り万全の準備をするためだ。
彼女が試し撃ちしてくれたデータを踏まえて銃の調整をしていると、扉をノックしてからひょこっと見知った男の子が顔を出した。
「兄さん!今お話しても大丈夫?」
「クリス。もちろんいいですよ。ここに座ってください」
私が椅子を用意すると、前世の記憶を取り戻した男の子は嬉しそうに私の横に座った。
昨日本人から一通り話を聞き、今はユグリナ王国の騎士団長の息子として生きていることを知った。アレキミルドレア国の人間にまた生まれ変わらなくて私は心底ほっとしてしまった。新しい今の名前も聞いたが、クリスは今まで通り私には前世の名で呼んでほしいと言ってくれたので、今まで通りに接している。
「レオン伝手で父親にはちゃんと連絡できましたか?」
「うん。僕が行方不明になっていることは知っていたみたい。僕と兄さんの関係、あとクロウリーのことも説明したら、戦争が終結するまでは魔王城に住むことを納得してくれたって」
「まぁ、また家に戻ったとしても連れ去られるのが目に見えてますからね。ここが一番安全でしょう。魔王様とおじいさんの張り直した結界もありますし」
私は銃に内蔵する魔晶石を加工しながら答える。
クリスは首を伸ばして私の手元を覗き込むと、少し不安げな顔で私に訊ねる。
「兄さん、また兵器作ってるの?戦争中だから仕方ないけど…。僕は色々人の役に立つものを造っている兄さんのが好きだけどな…」
「これも人の役に立つものですよ。これはえりさん用に改造しているもので、女性でも扱いやすいよう工夫しているんです。クリスも知っているように、えりさんの能力には回数制限があります。能力を極力節約するために、別の自衛手段が必ず必要になってきます。私が傍にいる時はもちろん守ってあげるつもりですが、もしもの時に備えておくに越したことはありません」
私が真剣な表情で銃と睨めっこをしていると、クリスはにこにこしながら黙って私を見ていた。その満面の笑顔が逆に集中力をかき乱しペースを崩していく。私はじとっとした目で弟を見返した。
「…何ですかさっきから。その笑顔は。何か言いたいことがあるなら言いなさい」
「えへへ。あれだけ女性に興味を持たなかった兄さんが、一人の女性のためにそんなに真剣になってるんだもの。えりさんのこと、とても大事にしてるんだね」
「……はい?クリス、あなたは何か大きな勘違いをしているようですね。私は別に彼女のことなど何とも思っていませんよ。確かに我々兄弟を助けていただいた恩人ではありますが、それだけです。異性としての特別な感情は持ち合わせていませんよ」
私は何かを期待する弟に淡々と告げる。クリスはそれでも笑顔を変えず、なおも私の動揺を誘うように言い募る。
「え~。そうかなぁ~。思い出してみてよ兄さん。昔は女性を空気みたいに扱ってたよ。視界にすら映ってないみたいに。それなのにえりさんには普通に接してるんでしょう」
「…それは、彼女が異世界の人間だからです。異世界から来た人間など今まで出会ったことがないでしょう。人体を調べれば何か新しい発見があるかと思ったからです」
「ふ~ん。……素直じゃないなぁ、兄さんは。そんなんじゃ他の男にえりさんを取られちゃうよ。えりさんとても人気者みたいだし」
「人気者、ねぇ。例えば誰がえりさんを射止めるんです?」
私は止まっていた手を動かしながらクリスに訊ねる。
「とりあえず僕が見た最有力候補はジークフリートさんじゃないかな。昨日えりさんのところにお見舞いに訪れて、二人きりで部屋の中で長い間話してたみたいだから」
「ふ、二人きりで…。ただ世間話をしていただけでしょう。大げさですよ」
「え~。初耳だったくせに~。……チューくらいしたかもしれないよ」
「あの真面目堅物騎士に限ってそれだけはありません!」
私は即座にきっぱり言い返すと、乱されつつある心を落ち着かせようと銃の製作に集中しようとする。
「候補はジークフリートさんだけじゃないよ。昨日はジャックさんやドラキュリオさん、ケルって子もお見舞いに来てた。なかでも吸血鬼のドラキュリオさんはすごいえりさんに馴れ馴れしくスキンシップしてたし」
「またですかあの王子は。えりさんをいたく気に入ってしまって、いつも必要以上に接近しようするんですよね」
「大丈夫!昨日は僕が間に割って入って邪魔しといたから」
「ほう。さすがはクリス。良い子ですね」
「………やっぱりえりさんのこと気になってるんじゃない。兄さん」
まんまと会話に乗せられてしまった私は、大きく咳払いをして気を取り直す。
「私はただ、えりさんに悪い虫がついてはいけないと心配しただけです」
「はぁ~~~。意地でも認めない気だね、兄さん。じゃあ、僕は勝手に願掛けでもしておくよ」
「願掛け?何です?」
私は嫌な予感しかしなかったが、一応弟に企みを訊ねる。悪戯っぽい笑みを浮かべたクリスは、ご機嫌な口調で言う。
「えりさんじゃなくて、姉さんって呼ぶようにするよ。将来義理のお姉さんになってもらえるように願って」
「なっ!?やめなさい絶対に!私はあんな凶暴な女性は好きではありません!」
「凶暴って、あのビンタのこと言ってるの?あれはそもそも兄さんが先に姉さんを傷つけちゃったんだからしょうがないじゃない」
「だ、だから姉さんと呼んではならないと言っているでしょう!」
それから私は研究室を逃げ回るクリスをしばらく追いかけ回した。前世ですら兄弟で追いかけっこなどしたことがなかったのに、まさか生まれ変わった弟とすることになるとは思わなかった。
子供の体力が先に尽き、私は無事にクリスを捕獲することに成功した。しかし捕まえてみると、クリスは真っ青な顔をして具合が悪くなっていた。
「大丈夫ですかクリス!気分が悪いんですか!?」
私はクリスを抱き上げると、ひとまず手術台へと横にならせた。
「はぁ、はぁ…。実は、今日ここに来た話って、この体のことなんだ…。姉さんには会った時に話したんだけど…」
クリスは私の処置を受けながら今の体のことを話した。生まれつき体が弱く、よく風邪を引いていたこと。体力をつけようと運動をしても、途中で具合が悪くなってしまうこと。前世の魂に体が引きずられて病弱な体質になっているのではないかと、私に相談に来たのだと言う。
「それならそうと先に話してくれればいいものを。余計な話をして私をからかって追いかけっこまでして」
「余計な話ではないよ。兄さんの未来にとって大事な話だよ」
「コラ。もうその話はいいです。今はあなたの体を良くするのが大事です。…少しは楽になりましたか?」
少しだけ顔色に赤みがさしてきたクリスは、私にこっくりと頷いた。
「すごいね兄さん!さすが僕の自慢の兄さんだ!昔から色々知ってたもんね」
「一般的な応急処置をしただけですよ。大げさな。……前世の魂に肉体が影響されるなんて聞いたことありませんが、とりあえず一通り調べてみるしかありませんね」
私は弟の同意を得ると、白衣から取り出した注射でまずは採血から開始した。
瀕死の重傷を負ってから二日後。私は無事にセイラの能力により一命を取りとめた。大量の出血により貧血状態に陥っていたが、それも回復してようやく本調子に戻った。
今私は魔王に頼まれ、クロロを呼びに研究室に向かっていた。これからの作戦や軍の配置換えを話し合うのだと言う。
「…ん?何か中が騒がしいな」
私は研究室のドアノブに手をかけて、中を窺いながらゆっくり開く。
「兄さん、さすがにそれ全部をつけて一日生活するのはちょっと…」
「どうしてですか。私の開発したこれをつければ、体の全ての部位を数値化することができます。もし異常箇所があれば数値として必ず現れるはずですよ」
「だからって、これを全身にベタベタ貼るのは嫌だよ」
「いいからさっさと脱いでください。貼ってあげますから」
私はまったく事情を知らないが、クリスが嫌がっているのだけは分かったので、弟を追い詰めようとしているクロロの前に立ちはだかった。
「やめなさいクロロ!弟くん嫌がってるでしょ!せっかく数十年ぶりに再会したのに実験の餌食にするなんて可哀想だよ!」
「え、えりさん!?どうしてここに!?……ていうか、何が実験の餌食ですか。私はただ、クリスの病弱体質の原因を探ろうと体を調べていただけですよ」
「え…?じゃあ、手に持ってるそれは?」
私はクロロの両手に持っているコードの束を指さした。先端には粘着パッドのようなものがついており、そこに電気をビリビリ流すような装置に見えた。
「何でもあれを全身につけると、体が発する動きを電気信号に置き換え、内蔵されているチップに体の様々な情報が蓄積されるんだそうです。そしてその情報は最終的にあの機械に転送され、そのデータを見て、僕の体のどこに異常があるのかを調べたいんだと兄さんは言ってるんです」
「へぇ~。クロロってそんなハイテクな機械も開発してるんだ。すごいね~。…でも、それじゃあ何で嫌がってたの?クリス君のためを想ってクロロは勧めてるんでしょ」
「だって、全身つけなきゃいけないって言うので。上から下まで全部。さすがに一日そんな状態はちょっと。それに、その…、トイレもしにくそうですし…」
私はクリスの嫌がる理由にようやく思い当たり、少し顔を赤らめながらクロロを注意した。
「クロロ、さすがにこれを全身にベタベタ貼るのは可哀想だよ。いくら弟くんのためといっても。もう少し機能的な物に変えてあげたら?せめて全身に貼らなくても調べられるものとか」
「私の味方をしたと思いきや、いきなり手の平を返してきましたね。う~ん。それじゃあ別の方法を考えますか。…まったく我儘な患者ですね」
クロロはかなり残念そうな顔をして装置をしまう。まさかこの前の銃の時と同じく、弟で機械の動作を試そうとしたのではと少し疑ってしまった。
「味方になってくれてありがとうございます。えり姉さんのおかげで助かりました。兄さんて時々ちょっと強引なところがあるので」
「ちょ、クリス!その呼び方はやめなさい!」
突然大きな声を出したクロロに、私はびっくりして目を丸くする。
「ど、どうしたの?呼び方?」
私が意味を図りかねてクロロに追及すると、彼は何故か顔を赤くして気まずそうに目を逸らした。
「な、何でもありません…」
「へへ。おかしな兄さ~ん」
クリスは人懐っこく私の腕にしがみつくと、にこにこした笑顔を兄に向ける。気のせいかクロロの纏う雰囲気に微かな怒りを感じた。
「…それで、えりさんはこちらに何の御用ですか」
「あぁ!実は魔王にクロロを呼んで来いって頼まれてね。作戦会議だって」
「そうでしたか。ならばすぐに会議室に向かわなければ。クリス。あなたは自分の部屋に戻っていなさい」
クリスは聞き分けの良い子で、はい、とすぐに返事が返ってきた。
私は支度を始めたクロロに、忘れないうちに済ませておこうともう一つの用件を伝える。
「あと会議室に行く前にね、約束のケジメのビンタをさせてもらいます!体も本調子に戻ったことだしね」
私が右手をヒラヒラさせて言うと、クロロは顔を引きつらせて私から距離を取っていく。
「その話、まだ生きてたんですか。あなたの右手は破壊力がありすぎるのでやめてください。万が一私の記憶が飛んだり、馬鹿になってしまったら責任取れるんですか」
「ちょっと~、クロロだって私に二回攻撃したんだから、私だって二回お見舞いする権利はあるよ!魔王のお許しだってちゃんと出てるし。潔く頬を差し出しなさい!」
「そうだよ兄さん!ここは潔く頬を差し出して、男らしいところを見せないと!」
クリスの援護もあり、私は壁際にクロロをじりじりと追い詰めていく。よほど私のビンタが強烈だったのか、本気でクロロは嫌がっているように見える。
「わ、わかりました!ここは一つ交換条件を提示しましょう!」
「え~。さては自慢の頭脳を使い、上手いこと言ってうやむやにするつもりだなぁ。騙されないぞ!」
ビッと人差し指をクロロの眼前に突き付けると、彼は私の手を取って冷静に交渉に入る。
「騙すも何も、交換条件です。あなたのビンタを免除してもらう代わりに、私は何度でもあなたの盾となって守りましょう。この条件なら文句なくあなたの方が得でしょう。これから先も戦場に行く機会はありますし、悪い条件ではないはず」
「そ、そりゃあ、すごい良い条件だけど。何度でもって、何度でも?」
「えぇ。私の目の届く範囲にいる限りは、何度でも」
「……それって逆に、そこまでして私のビンタを喰らいたくないと?」
「喰らいたくないですね。もう二度とアレは。それほどの威力と衝撃でした」
即答するクロロに、私は意地でもビンタをお見舞いしたい衝動に駆られたが、さすがにこれ以上時間をロスすると魔王に怒られそうなのでやめておくことにした。
「しょうがないなぁ。すごく悔しいけど、その交換条件を飲むことにしますか」
「ご納得いただけて何よりです。これであなたのビンタに怯えずに毎日眠れますね」
「ちょっと!何それ!?」
私とクロロがそこからまた言い合いをしていると、ずっと傍で成り行きを見守っていたクリスがにっこり笑いながら会話に割り込んできた。
「男らしすぎるね兄さん!まるでさっきのプロポーズみたいな言葉だったよ!この先何度でも姉さんの盾となって守るって!ね、えり姉さん?」
「「エッ!?」」
私とクロロは同時に声を上げて固まる。クリスはそんな私たちを嬉しそうに見上げていた。
「ぷ、ぷろ…」
「えりさん!先に魔王様のところに行っててくれませんか?私はちょっとクリスにお説教をしてから向かいますので」
横にいるクロロを見ると、怖くなるくらいの笑顔を浮かべていた。これはもう、本気で怒っているようにしか見えない。クリスに顔を向けると、もう危険を察知して後退りを始めていた。
「そ、それじゃあ僕はこれで、お邪魔しました~!」
「こらクリス!待ちなさい!というか走るのはやめなさい!また体調を崩しますよ!」
クロロの注意も聞かず、クリスは全速力で逃げていった。
クロロはため息をついて首を横に振ると、困ったような声を出して言った。
「生まれ変わったら少しやんちゃな性格になってしまいましたかね。前世ではもっと物静かな子だったんですけど」
「まぁまぁ。でもお兄さん想いの良い子だよ、クリス君」
私がそう言うと、クロロは少し照れくさそうに笑って嬉しさをごまかしていた。
(クロロは出会った頃は礼儀正しく見えても怖い印象だったけど、今はすっかり魔族というより人間らしさが出て優しい雰囲気になったな。……クリス君の存在のおかげだね)
私はクロロに促され、一緒に魔王の待つ会議室へと向かった。
会議室に入ると、そこには魔王の他にドラキュリオとサキュアの姿があった。サキュアは魔王に抱きつこうとしていたが、魔王はドラキュリオを盾にして必死に逃げていた。
「サキュア!?どうしてここに!?確か機械魔族に洗脳されて敵対していたはずじゃ」
「あ~ら、そこにいるのは地味な星の戦士じゃない。一体いつの話をしてるのかしら。サキュアは今も昔も魔王様の味方よ!敵対なんてするはずないじゃない!ね~?魔王様♪」
サキュアはハートのウィンクを飛ばすが、魔王は無言でそれを避ける。
「実は昨日、クロウリーの城から持ち帰った例の蜘蛛型の機械魔族を魔王様にご報告したんです。それで急ぎ戦場のキュリオにも伝え、サキュアを正気に戻す手を打ちました」
「手を打ったって、どうやってあの蜘蛛を取り外したの?一度くっつかれたら簡単には離れないんだよね。それに透過魔法がかかってるんじゃなかったっけ」
「機械魔族の仕業だって分かればこっちのものだよ!機械魔族はほとんど雷魔法が弱点。本人もろとも強力な雷魔法で攻撃すればすぐに怯んで外れるよ。今回はボクが雷魔法を使えないから、代わりに超強力な魔力をピンポイントでぶつけて力ずくで外させてもらったけどネ!」
ドラキュリオはそこまで説明すると、ポケットから掛け声とともに眼鏡を取り出した。
「そして、ジャーン!クロロが開発した秘密道具!これをかければ透過魔法を無効化できるんだ!」
「へぇ~!それをキュリオがかけてサキュアを助けてあげたわけだね。…それにしても、クロロは本当に何でも作れちゃうんだね」
私がクロロの凄さに感心していると、ドラキュリオは構ってほしげに話を振って来た。
「確かにこんなの作っちゃうのは凄いと思うけどさ、どうせだったらボクはえりちゃんの服が透けて見える眼鏡が欲しかったな☆」
「エ!?な、何言ってんの!?そんなのダメに決まってるでしょ!ていうかその眼鏡もなんか怪しいから没収します!」
私はドラキュリオが眼鏡をかけながらこっちをニヤニヤ見てくるので、なんとなく居心地が悪くなって眼鏡を奪おうとした。しかし悪戯好きのドラキュリオはすばしっこく、追いかけ回しても全然捕まえられなかった。
「そんなに焦らなくても何にも見えてないよー、えりちゃん♪でもクロロなら作れちゃいそうだよネ、服が透ける眼鏡」
「そんなの絶対作っちゃダメだからね!犯罪だよ!」
「作りませんよそんなもの!私をキュリオと一緒にしないでください!」
思わぬ飛び火をもらい、クロロは焦って怒鳴り返してきた。
その後クロロが調子に乗ったドラキュリオの手から眼鏡を奪い取り、ようやく話し合いができる状態になった。
「サキュアが正気に戻ったことで、ドラキュリオ軍を丸々他の戦場に当てることができるようになった。そこで今回、大幅な軍の配置換えを行うことになった。これについては人間側のロイド王にも話は既に通してある」
「そっか。キュリオの軍を苦戦している別の戦場に援軍として派遣できるんだね」
「今回は援軍というより、新しい戦場に行ってもらうんだがな。クロウリーは数日前に戦場から姿を消し、今は自分の領域に潜伏しているようだ。これを機に、俺たちは一気に戦況を変えるため戦場の数を減らすことにした。まずは一番荒れているサラマンダーの戦場を潰す。サラマンダー軍には現在じいと空賊が当たっているが、クロロとえりもそこに参戦してもらう。全員で協力し、早急にサラマンダー軍を黙らせろ。ネプチューン軍にはジークフリートと神の子を援軍に出すが、余裕が出来次第じいを援軍に行かせたい。できるだけ早めに片をつけろよ」
魔王の命令に、私とクロロは同時に頷いた。
「次にドラキュリオ軍とサキュアには、クロウリーの領域に赴きできる限り暴れてもらいたい。戦局がこちらに大きく傾き次第、クロウリーは俺自ら討ち取りに行く予定だ。そのためにも、今から奴の戦力をできるだけ削っておいてもらいたいのだ」
「魔王様自ら討って出るの!?あっぶないなぁ~。ボクらの大将なんだから、後ろでデーンと構えてればいいのに」
「そういうわけにもいかん。俺の大事な右腕を勝手に横取りしようとしたからな。奴には直接その礼をしてやらんと」
ニヤッと笑って魔王は参謀を見た。
「魔王様…」
魔王を裏切って暗殺までしようとしたのに、魔王はクロロに対して何のわだかまりもない。それどころか、自分の大事な配下を操り人形にされた借りを返してやるという強い意気込みを感じる。こういう魔王だからみんな彼について行くのだろう。
「右腕を横取り、ねぇ。よく分かんないけど、魔王様がそこまで言うならやるっきゃないネ。正直クロウリーの領域は大嫌いなんだけど、魔王様のために頑張って働きましょー」
「サキュアも魔王様のために身を粉にして働くわ!たっくさん敵を倒してくるから、期待して待っててね、魔王様♪」
サキュアのラブラブ光線を真顔で払いのける魔王を笑いながら、私は一度戦ったことのあるサラマンダーの戦場へと思いを馳せるのだった。
その日の夕方、身支度を整えた私とクロロはおじいちゃんたちのいる戦場へと向かった。マシックリックにほど近いクロサ草原に、いくつもの飛空艇が着陸している。どの機体も焼け焦げたり溶けたりしており、酷いものはまだ煙が燻っていた。
私とクロロは飛空艇を修理している空賊たちの間を抜け、草原にのんびり腰を下ろしているおじいちゃんに近づいた。
「お~い!おじいちゃ~ん!」
「ム?おぉ!お嬢ちゃんじゃないか!クロロも待っておったぞ!いやぁ、儂一人だけではそろそろしんどくてのう。二人が来てくれて助かったわい」
私はおじいちゃんの隣にちょこんと座ると、久しぶりに会うおじいちゃんに笑顔を見せた。
最後におじいちゃんの姿を見たのは魔王城をサラマンダーに襲撃された時だった。その時のおじいちゃんはボロボロになって地面に倒れて動かない状態だったので、私はもう死んでしまったのではないかと心配したほどだった。
そのことをおじいちゃんに伝えると、あっけらかんとした言葉が返ってきた。
「フォッフォッフォ。こう見えて儂は魔王様並に強くて頑丈じゃ。たくさん痛めつけられても次の日には完全回復じゃよ」
「そ、そうなの?あんな強烈なサラマンダーの攻撃を受けてたのに?」
私がまだ心配そうにしていると、おじいちゃんは優しく頭を撫でてくれた。
「長く生きてる分、戦闘経験は豊富なんじゃよ。サラマンダーの攻撃など、先代の魔王様と戦った時と比べたら余裕じゃ余裕。フォッフォッフォ」
「先代の魔王と戦ったことあるの!?どういうシチュエーション!?」
「儂も昔はやんちゃだったからの。…ところで、お嬢ちゃんこそサラマンダーと戦って大変だったと聞いたぞ。よくサシで戦って生き延びられたのう」
「おじいちゃんに教えてもらった魔法のおかげだよ!それと、直前にサラマンダーの攻撃を防ぐおじいちゃんの結界を見たから。それを参考にして攻撃を防げたのが大きかったね」
私が感謝の気持ちを伝えると、おじいちゃんは頑張った私を褒めるようにますます頭を撫でた。久しぶりのおじいちゃんの会話に和んでいると、クロロが呆れた様子でおじいちゃんの手を払いのけた。
「もうその辺にしてください。えりさんが調子に乗ったり油断したら困るので。…それで、こちらの戦況は?」
「相変わらずお堅いのうクロロは。戦況は見ての通りじゃよ。やり合う度にいくつもの飛空艇が航行不能にさせられておる。フォードが毎度神業で修理して八割がた戦場に戻るが、それでも日に日に機体は減っておる。長引くだけこちらが不利じゃな。まぁ儂の魔法の餌食になって、サラマンダー軍の被害もかなり出ておるがの」
立ち上がって後ろを振り返るおじいちゃんにならい、私も必死に修理を行っている飛空艇たちを見た。
(戦いの度にこの量の飛空艇を修理してるなんて。素人の私にはどのくらい破損してるのか分からないけど、修理するだけでもとても大変なんだろうな。しかも修理してもまたすぐ壊されるのが目に見えてるし。モチベーション上がらなそう…)
「クロロって機械強いから、壊れてる箇所見たら飛空艇でも修理できたりするの?」
人手はいくらあってもいいだろうと思って、私は一応クロロに聞いてみた。もしできるなら手を貸した方が、その分修理が早く終わってみんな早めに休むことができる。
「そりゃあ元技術者ですから、大半の機械は直せますよ。それが飛空艇だろうがなんだろうが。機械関連の修理でいえば、私に不可能はありません」
「おぉ!さっすがクロロ!頼もしい~!だったら手伝ってあげようよ!そのほうがきっと早く終わるし」
「ちょっと待ったぁぁぁ~~~~!!!」
私の声をかき消す大音量が頭上より響き渡り、一人の男が空から降って来た。空の先を目で追うと、どうやら飛空艇の船首から助走をつけてこちらに向かって飛び降りたようだった。男は無事に私たちの目の前に着地すると、ビシッとクロロに指を突き付けた。
「今聞き捨てならねぇ言葉が聞こえたぜ。飛空艇だろうがなんだろうが直せる。私に不可能はありませんとか言いやがったかぁ!?この俺様がいるところで良い度胸じゃねぇか、魔族風情が!」
地獄耳で突如空から降って来た空賊の頭は、挑戦的な目でクロロを睨みつけた。睨まれている当の本人はすごく面倒くさそうな顔をしている。うるさい馬鹿には関わりたくないと顔に書いてあった。
「ひ、久しぶりフォード。魔王城ではありがとう。フォードがサラマンダーを攻撃してくれたから、あの時トドメを刺されずに済んだよ」
「おう!確か~、えり、だっけか?この間はヤバかったな~。俺様がいなかったら確実にお前サラマンダーのやつに殺されてたぜ。俺様に深く感謝しろよ!」
フォードはニカッと笑って親指を立てて自分を示したが、冷たい眼差しをしたクロロが彼の耳を思い切り引っ張ったので、すぐにその笑顔は消えた。
「イデデデッ!テメェ、何しやがる!放せよ!」
「何が深く感謝しろですか。結局あなたのせいで城の一部は崩壊し、えりさんは瓦礫と共に落下したんですよ。下手したら地面に叩きつけられていたかもしれない。そもそもあの日、あなたたち空賊が攻撃してこなかったら我が軍はもう少し上手く立ち回れていたんです。えりさんも戦わずに済んだかもしれない。あなたはもっと深く反省すべきです」
クロロは出会った当初のような氷の眼差しでフォードを非難する。あれだけ出だし威勢の良かったフォードも一気に大人しくなってしまった。
「し、仕方ないだろ。サラマンダーを追うのに必死だったんだから。人間誰しも失敗は付きものだぜ」
フォードはクロロの耳引っ張りから脱出すると、ひとまず同じ星の戦士の私の背に隠れた。
「んで、話を戻すが、ここにある飛空艇は全部俺たち空賊の相棒だ。部外者に触らせるつもりは一切ねぇから、勝手に修理なんてすんじゃねぇぞ」
「えぇ~。みんなで修理したほうが早く終わるのに。それに心配しなくても、クロロは間違って壊したりなんか絶対しないから大丈夫だよ。昔は神智の天才って言う二つ名まで持ってたんだから!」
「ちょっとえりさん!その名をあまり広めないでください!特にマシックリック付近では」
「へ?」
自慢げに言った私は、クロロに釘を刺されて頭の上に疑問符を出現させる。
私の真後ろにいたフォードは、何故か体を震わせて目をギラギラさせていた。
「神智の天才、だと…?冗談も大概にしろよ。あの天才は行方不明になってとっくの昔にくたばったって聞いたぜ」
「う、嘘じゃないもん。クロロが魔族になる前、人間だった頃の二つ名だよ」
フォードの見えないプレッシャーに押され、私はクロロのいる方に後退しながら答える。
「人間から魔族に…?でも、そういや確かに神智の天才の名はクロロって名前だったはず。……マジモンのモノホンかよ!あんたがあの有名な神智の天才!クゥゥ~~~!まだ生きてやがったとはなぁ!本人に会えるなんて思っても見なかったぜ!」
一人で大興奮のフォードに、私とクロロ、おじいちゃんはかなりの温度差で見守った。私が思っている以上に、クロロは人間の時すごく有名だったようだ。
「よっし決めた!神智の天才だってんなら話は別だ!ここにある飛空艇の修理を如何に正確に数多く修理できるか勝負しようぜ!あんたを倒せば、あのサラマンダーにも自慢できそうだしな!」
「全力でお断りします」
「なにィ~!?おい、勝負しろよ!お前それでも男か!?」
「勝負を受ける受けないに、男も女も関係ありません。私はサラマンダー軍と戦うための援軍に来たのであって、あなたと戯れるために来たのではありません。自分のお仲間と勝手に修理してください。早くしないと夜通し作業することになりますよ」
クロロが冷たくあしらうと、フォードが地団駄を踏んでしつこく勝負を要求してきた。クロロはこういう展開に慣れているのか、全然動じていない様子だ。
「……実はマシックリックに留学している当時、よくこういう風に勝負を挑まれたんですよね。各分野から。大層な二つ名を持つ私に挑むのが流行っていたようで。いちいち相手にしているととても自分の研究が進まないので、当時はすごく困っていたんですよ」
「なるほど。だからさっき広めるなって言ったのね。ごめんなさい。軽率でした」
私は困った様子のクロロに苦笑いで謝る。
そうこうしている間に、フォードの騒ぎを聞きつけた子分たちが群がってきた。事情を把握した子分たちはニヤニヤ笑って頭を援護する。
「神智の天才って言っても所詮たいしたことないなぁ。頭に負けるのが怖くて勝負から逃げ出すとは」
「機械に関してやっぱ頭の右に出る者はいない!なんてたってうちの頭はマシックリックで『神手の天才』っていう二つ名を持つお方だからなぁ!もう過去の人は敵じゃねぇのよ!」
「はぁ…。空賊らしい安い挑発ですね」
クロロはうんざりした様子で呟く。当然のことながら、クロロのように冷静沈着なタイプはこんな挑発に乗るわけがない。
「じんしゅの天才って?どういう意味?」
私が訊ねると、よくぞ聞いてくれましたと空賊の子分の一人が誇らしげに教えてくれた。
「神手の天才とは、どんなものでも直し、造ってしまうという神の手を与えらし者(機械に限る)という意味です!」
「なんかカッコがすごい気になったけど、要するに機械関連の天才ってことね。へぇ~。クロロのライバルじゃん」
「どこがですか。カッコがある時点で敵じゃないんですけど」
「「「なんだとぉ~!」」」
子分たちが声を揃えて抗議する。
全然相手にされないフォードたちがだんだん可哀想になってきた私は、とりあえず穏便に済ませようとフォードを褒めることにした。
「でも確かにフォードの腕前はすごいよね。この前サラマンダーの矛に貫かれて甲板に穴が開いて動力部分がやられた時も、私が戦っている短い時間で直しちゃったもん。神手の天才っていう二つ名を持ってるのも頷けるよ」
「だ、だろ~?俺様ってば機械に関してだけは、あのサラマンダーにも一目置かれてるんだぜ!とにかく天才的なセンスを持ってるんだよ俺様は」
「うんうん!じゃあその天才的な腕前で早く直しちゃおう!クロロに構ってる時間がもったいないよ!クロロは各分野を網羅した天才だけど、フォードは機械に特化した天才だから、今更比べる必要ないよ」
「そ、そうだよなぁ~!アイツは色んなもんに手ぇ出してるけど、俺様は機械一筋!他の分野に浮気してる奴なんて敵じゃねぇわな!良い事言うじゃねぇかえり!よっし!特別に特等席で俺様の仕事を見せてやる!ついてきな!」
私に煽てられて気分を良くしたフォードは、私の肩に手を回して壊れている飛空艇に案内しようとした。おそらく修理している現場を見せてくれようとしたのだろう。
私は仕方なく話を合わせて歩き始めたが、突如フォードが奇声を上げたのでビックリして立ち止まった。よく見ると、私の肩に手を回していたフォードの手が氷魔法で氷漬けになっている。
「テ、テ、テメェ!いきなり何しやがる!」
フォードは右手をかざしたままのクロロに向かって叫ぶ。
「あなたがえりさんを誘拐しようとしていたので」
「どこをどう見たら今のが誘拐に見えるんだよ!?ふざけんな!」
せっかく私が穏便に済ませようとしたのだが、何故か喧嘩が勃発してしまった。クロロはフォードの前まで来ると、あれほど拒んでいた先ほどの勝負を了承した。
「仕方がないから今回限りで勝負を受けてあげますよ。どちらが多く、正確に修理をできるかで勝負ですね」
「おぉ?なんか知らんが受ける気になったな!道具や人手はちゃんと貸してやる。俺様の子分以外にもちゃんとマシックリックの連中がいるから安心しろ。お前はマシックリックの連中から人手を借りればいい」
二人はテキパキとルールや段取りを決めていく。
私は近づいてきたおじいちゃんに両手を広げて首を傾げて見せた。
「せっかく私が勝負を受けなくても済むように話を進めたのに、結局勝負受けてるし。もう意味わかんない」
「フォッフォッフォ。男は単純な生き物なんじゃよ。小っちゃいことでやる気のスイッチが入るんじゃ。まぁ、儂らは明日の戦いに備えてゆっくり休むとしよう」
私は作業に取り掛かるため走り去っていくクロロたちを見送り、おじいちゃんと一緒に壊れていない飛空艇に向かうのだった。
次の日の朝。壊れていない飛空艇の船室で休ませてもらった私は、身支度を整えてから飛空艇を下りた。草原にはもうクロロとおじいちゃんの姿があった。
昨日別れた後から壊れた飛空艇の修理をしていたはずのクロロがもう起きているので、私は徹夜をしたのではと彼に訊ねた。
「おはよ~二人とも。クロロ、もしかして夜通し作業してたの?」
「まさか。しっかり六時間以上寝てますよ」
彼のその余裕の態度から、私はなんとなく勝負の行方が予想できた。
「ん~。聞くまでもなさそうだけど、勝負はクロロの勝ちかな?」
「聞かれるまでもないですね。当然です」
「クソォ!この俺様が負けるとは…!」
フォードの声がした方に目を向けると、そこには悔しさに打ちひしがれた彼の姿があった。
すでに勝敗を聞いたというおじいちゃんの説明によると、昨日日付が変わる前に全部の飛空艇の修理が終わり、クロロの方が二つ分多く修理していたそうだ。さらに、ただ修理しただけではなく、新しい機能や操縦性の向上、燃費の改善を行う改造まで短時間でしてしまったのだという。その事実もあり、フォードは悔しさを前面に出しているのである。
「ただ直すだけじゃなくて勝手に改造までしちゃったの!?」
「むしろただ直すだけならもっと早く終わってますよ。どうせ直すならもっと機能的にしたいのが技術者という者です」
「改造までして俺様に勝つとは…。完璧に俺様の完敗だぜ…」
フォードは完璧に燃え尽きており、朝の光が満ちる東の空を見ている。
私が苦笑いでフォードを見ていると、クロロがこっそり耳打ちしてきた。
「でもここだけの話、確かにあのフォードの腕は超一流ですよ。途中作業をしているところを盗み見ましたが、機械に向き合ってる時の集中力は高いし、手際やセンスは本人が言うように天才的です。空賊にしておくのがもったいないくらいですよ」
「へぇ~!クロロがそこまで大絶賛するなんて、本当にすごいんだね!直接本人に言ってあげたら大喜びするのに」
「絶対に言いません。馬鹿が調子に乗ると面倒なだけなので」
私はクロロらしいなと思い、後で代わりにこっそりフォードに教えてあげることにした。
そして十時過ぎ、飛空艇が全部直ったのをまるで見計らったように、空からサラマンダー軍が大挙してクロサ草原に進軍してきた。竜化したドラゴンとそれに乗る竜人族が見える。
私とクロロは同じ飛空艇に乗っており、空賊の飛空艇だが今回限りでクロロがこの飛空艇の艦長になっている。艇の進路や砲撃のタイミングは全て甲板にいるクロロが指示する手筈だ。
作戦としては、おじいちゃんは浮遊魔法で自由に飛び回り、攪乱しながら魔法でどんどん攻撃を行う。フォードは能力を駆使してなるべく飛空艇を撃墜されないようにする役割と、能力で敵を追尾して確実に砲撃を当てる役割だ。そして私たちは砲撃と魔法両方で援護する。
相手が竜人族なのでかなり厳しい戦いになるが、魔王の命令通り戦場の数を減らすために全力で当たらねばならない。これ以上、戦争の元凶であるクロウリーとガイゼル以外に時間と戦力を割く余裕はない。
私は向かってくる竜の群れを睨みつけて戦う覚悟を決めた。
「よし!このクロロが改造してくれた新しいショットガンで私もガンガン戦うよ!」
私は出撃前にもらった新しいショットガンを構えた。前回貸してもらったものより少し形状が変わっている。クロロの話では、銃身を重くして照準のブレを軽減。魔晶石の配列と量を変えてエネルギー充填速度の向上。狙いを定めやすいよう簡易的なエイム補助機能を付けてくれた。
「ガンガン撃つのは構いませんが、射程距離はそんなにないので気をつけてくださいね。それなりにこの艇に近づいてからでないと当たりませんよ」
「そ、そっか。確かにそんな遠くまで届かないよね。…じゃあ、しばらくは艇の砲撃メインかな」
「そうですね。あとは私の魔法で適度に捌きます。えりさんはよほど敵が近づいてきた時だけ援護してください」
了解、と私はクロロに敬礼で返す。
竜人族はサラマンダーを先頭に、次々に空賊の飛空艇に猛攻を仕掛けてくる。すかさずおじいちゃんは飛空艇が撃墜されないよう、サラマンダーをメインに魔法を連発して攻撃する。
サラマンダーは他の竜人族と違って攻撃を受けてもあまり怯むことがない。女性とは思えないくらい力強く、度胸があって痛みにも強い。竜化状態で例え顔面に魔法を喰らっても、牙を剥き出してそのまま突っ込んでくる。ちょっとやそっとの攻撃ではサラマンダーの進軍は止められない。おじいちゃんはなるべく自分がサラマンダーの標的になるよう、絶妙な間合いを保ちながら魔法を繰り出し続けた。
(女は男と違って出産とかあるから男性より痛みに強いって聞くけど、あのサラマンダーの強さは異常だよ。あのおじいちゃんの魔法を至近距離で喰らって耐えられるなんて。間違いなくこの世界の女性で一番最強だよ)
私は空を舞う深紅のドラゴンに目を奪われながら思う。
彼女と初めて対面した時に凛々しく気高き女性というイメージを持ったが、竜化した今も何故かそれは変わらない。雄々しく見える深紅の鱗は、太陽の光を浴びて美しく光り輝く宝石のようで、目にする者を惹きつけつつも近寄りがたい気高きオーラを放っている。炎帝のサラマンダーという名に相応しい女帝だった。
『今日こそ決着つけてやるぜ!サラマンダー!』
フォードの乗っている飛空艇から大音量の声が聞こえた。声が大きすぎて若干スピーカーの音が割れている。私は咄嗟に耳を手で押さえ、横に立つクロロを見た。一目で分かるほど不機嫌な顔をしている。
「あの人は技術者のくせに加減というものを知らないんですか。いえ、あれを技術者と呼んでは世界中の技術者に失礼ですね。あれは機械いじりが得意なただの空賊です」
「あはは。今日こそはって気合入ってるんだよ。許してあげよ」
「いえ。そんなのん気なことを言ってると、油断して鼓膜をもっていかれますよ。注意してください。……右に舵をきってください!左舷砲撃準備!灰色のドラゴンとその上の竜人族を狙ってください!」
クロロは船内に繋がるマイクで空賊たちに指示を出す。
先ほどからクロロが的確にマイクで指示を出しているが、意外にも空賊たちは手際良くスムーズに言われたことをこなしている。空賊は粗暴で短気なイメージで、頭の命令以外には反発するというイメージを勝手に持っていたのだが、きちんと統率が取れていて皆自分の役目をしっかりこなしている。フォードの教育の賜物なのだろうか。
「えりさん!囲まれそうな味方飛空艇を援護します!乱戦になると思うので武器の準備を!」
クロロに呼びかけられ、私は思考を中断した。手に持っていた銃を構え、クロロに頷いてみせる。
「とりあえず私は的の大きい竜化した人を狙うね!上に乗ってる竜人族の人には当たんないと思うから」
「もし竜人族が飛空艇に飛び移ってきたら私の背後に隠れてください。えりさんなんてあっという間にやられてしまうので」
「わ、わかってるよ!クロロという有能な盾が守ってくれるんでしょ」
私がフフンと鼻を鳴らして言うと、クロロはくすっと笑って同意した。
「えぇ。ビンタを免除していただいた分働きませんとね。契約不履行でビンタが飛んできたら敵いませんから」
クロロは前方を向いて顔を引き締めると、乱戦場に飛空艇を滑り込ませた。
戦いが始まって二時間が経とうとしていた。今のところ戦況は五分五分で、傷ついた竜人族の何人かは撤退していた。こちらもいくつかの飛空艇が航行不能に陥ってしまい、フォードの能力を解除してすでに不時着しているものがあった。
私たちの乗っている飛空艇はクロロの的確な指示と魔法による迎撃によって、そこまで深刻な被害は出ていない。燃料もまだ十分ある大型飛空艇なので、今は敵の攪乱や弱った敵を狙って攻撃していた。
「そろそろおじいさんの援護に向かったほうがよさそうですね。いくらおじいさんが化け物級の魔力量を持っていても、一度息継ぎしないと魔力と体力が持ちません」
「確かに。おじいちゃんずっと魔法連発し続けてるよね。しかもほとんど無詠唱。魔力の消費量半端ないよね」
「無詠唱は時間をかけない分魔力で補っていますからね。あの芸当は魔力を豊富に持っているおじいさんにしかできないです。…おじいさんの援軍に向かいます!ちょうど反対側にいるフォードと連携して行きましょう!向こうの飛空艇にも合図を送ってください!」
クロロの指示通り、空賊たちは信号を出してフォードの飛空艇に合図を送る。サラマンダーと対峙しているおじいちゃんたちを挟み込むように両飛空艇が前進した。
「フォッフォッ。さすがクロロ。ナイスタイミングじゃ。そろそろ小休止が欲しかったところじゃ。しばらく任せたぞ」
「お任せを」
おじいちゃんは私たちと入れ替わりで一旦自軍後方へと下がった。
『よう!サラマンダー!こっからは俺様が相手してやるぜ!』
反対側にいる飛空艇船内のフォードが、スピーカー越しに竜化したサラマンダーに呼びかけた。
サラマンダーはフォードの飛空艇を見て楽しそうに笑ったが、ぐるりとこちらに反転した。
「せっかくだけど坊や。今日は珍しい顔がいるからあなたの相手は後回しね。…さぁて、出張ってきたからには私を楽しませてくれるんでしょうねぇ、魔王軍参謀」
「……善処しますよ、炎帝のサラマンダー。…艇を常にサラマンダーの側面に回り込むよう操縦してください!正面にいるとブレスを躱すのが困難です!余裕があれば砲撃もどんどん撃ちこむように!」
クロロは迫りくるサラマンダーに無詠唱魔法を撃ちこみつつ船内に指示を出す。
私はあの夜ぶりに対峙するサラマンダーにビビりながらも銃を構えた。
「あら。あなたは、私相手に一人で立ち向かった胆の座った星の戦士じゃない。また戦えるなんて今日はツイてるわね」
「私としては全然ツイてないんだけどね。お手柔らかに!」
私はサラマンダーに向けて魔晶銃を発砲する。素人の攻撃なので避けられるかと思いきや、サラマンダーは避ける素振りなどせずそのまま銃弾を喰らいながら突っ込んできた。
「ちょ、えぇぇ!?彼女無茶苦茶なんですけど!?」
私は銃を連続で撃ちこみながら叫ぶ。
「最短距離で私たちを潰す気ですね。多少の攻撃なら彼女は気にも留めませんから」
クロロも魔法で絶えず攻撃し続ける。
私たちの飛空艇はサラマンダーに追尾されながら、なんとか必死に彼女の側面に回り込み続ける。時折砲撃をお見舞いしながらチャンスを狙うが、なかなか怯ませるような一撃を叩き込むことができない。サラマンダーの尻を追いかけるようにフォードの飛空艇が後ろにつき、能力を使って追尾型の砲弾を何発も撃ちこんでいるが、サラマンダーはその強力な爪と尻尾で防いでしまう。正に死角なしだった。
「逃げ回ってばかりでは勝てないわよ。さぁ、楽しませてちょうだい!」
サラマンダーは急加速すると、私たちの飛空艇を追い越して進路の先に回り込んだ。そして獰猛な爪を振り上げて船体を砕こうとする。
「まずい!」
クロロは間一髪結界を展開して攻撃を受け流したが、それでも飛空艇には凄い衝撃が伝わった。私は突発的な揺れに耐えきれずに甲板に尻もちをつく。
「大丈夫ですか、えりさん!?」
「うぅ。大丈夫。お尻強く打ったけど」
私はお尻をさすりながら立ち上がる。
私たちを通過したサラマンダーはフォードに威嚇のブレスを吐いた後、旋回して再びこちらに向かってきた。
「クロロ、さっさと本気を出さないと殺しちゃうわよ!その星の戦士ごとね!」
今度は両手の爪で船体を抉ろうと攻撃するサラマンダー。クロロは素早く結界を張り直すと、壊れないように魔力を注いで攻撃を受け流す。私は揺れに対処するために甲板の縁の手すりに掴まった。
「爪を防いだからって安心しないで。私にはもう一つとっておきがあるわ」
サラマンダーは巨体に似合わず一回転すると、しならせた尻尾を思い切り船体に叩きつけた。結界のないがら空きだった箇所を狙われ、飛空艇は見事に砕かれた。船体は激しい衝撃を伴いながら大きく左に傾き、私は空中に投げ出されてしまった。落下する前にもう一度手すりに掴ろうと銃を手放して両手を伸ばすが、あともう少しのところで届かなかった。
「えりさん!」
落下する私に気づきクロロは助けに来ようとしたが、私は彼の真後ろに迫る竜化を解いたサラマンダーの姿を見て悲鳴を上げた。
「クロロ!後ろ!!」
「な!?いつの間に!?」
クロロはサラマンダーの矛を結界を利用して上手く防ぎ、なんとか串刺しにされるのを防いだ。
私はクロロが無事なのを確認すると、目を閉じて精神を集中する。浮遊魔法の妄想を現実化してこのピンチを乗り越えようとしていた私は、ふいに聞こえた鳴き声に能力発動を中断した。
「この声は……、スカゴン君!」
どこからどもなくやって来たスカルドラゴンは、真っ直ぐ私に向かって急降下してくる。よく見ると、その背にはすでにクロロが乗っていた。スカルドラゴンは私の真下に回り込み、クロロが無事に私を受け止めてくれた。
「あなたという人は、よく落下する人ですね。まるであの夜の再現でしたよ」
「私だって好きで落ちてるわけじゃないし。…というかスカゴン君、どっから急に現れたの?今日連れて来てたっけ?」
「私が今ネクロマンサーの力を使って召喚したんですよ。あの飛空艇じゃ、もうサラマンダーの速さにはついていけませんから」
クロロは先ほどまで私たちが乗っていた飛空艇を見上げた。甲板は真っ二つに折れ、もう不時着準備に入っているようだった。
「ごめんクロロ。せっかく用意してくれた銃、さっき落っことしちゃった」
スカルドラゴンから落ちないよう私に魔法をかけるクロロに、私は申し訳なさそうに謝った。
「別に構いませんよ。後で回収すれば済む話ですし。ですがもうえりさんは武器なしなので、無理せず大人しくしていてください」
スカルドラゴンを上昇させクロロは前を見据えると、再び竜化したサラマンダーを睨みつけた。
「イグニス、久しぶりね。元気にしてた?クロロにイジメられたりしてないかしら」
「グゥオゥ!」
サラマンダーに呼びかけられたスカルドラゴンは、ご機嫌な様子で鳴き返した。どうやら生前の名前はイグニスと言うらしい。
「あなたの弟ですからイジメたりするはずないでしょう。私も命が惜しいですからね」
「ふふ。大げさね。…それじゃあ第二ラウンドといきましょうか。久々にイグニスと姉弟喧嘩するのも悪くないわ。イグニス、かかってらっしゃい!」
サラマンダーとスカルドラゴンは同時に咆哮し、盛大なドラゴン対決へと移行した。
クロロはできる限りハンデをなくそうと、何やら見たこともない術式を展開させた。私は彼の集中力を乱さないよう黙って見守る。
「スカルドラゴン!短時間の間ですが肉体を与えます!これでサラマンダーと渡り合ってください!」
クロロの展開した術式は紫色の光を宿し、円やこの世界の文字が複雑に重なり入り乱れたものだった。魔法が発動すると、スカルドラゴンの体の中に術式が溶けて消えていった。それと同時に、骨だけだったスカルドラゴンの体がみるみる硬い鱗に包まれ肉づいていく。ネクロマンサーの力で生前の姿を取り戻したイグニスは、興奮した様子で空に大きく咆哮した。
「すごい!クロロの魔法で戻してあげたの?」
「はい、ネクロマンサーの力でね。あのサラマンダーとやり合うのなら、骨だけでは心もとないですから」
「あぁ、それは言えてる。あの爪を思いっきり喰らったら、骨なんてバラバラにされちゃいそうだもんね」
私はサラマンダーの凶悪な爪を見て言った。
その後空を自由に飛び回りながら、サラマンダーとイグニスの激しい戦闘は続く。急加速と急降下を繰り返すため、クロロの重力魔法がなければとっくの昔に私は空に投げ出されていたことだろう。
クロロは魔力を回復させる薬を飲みながら、魔法でイグニスの援護を行っている。それでもサラマンダーが倒れる気配はなかった。
(私も武器があれば援護できたんだけど。能力で援護するにしても回数制限があるしなぁ。………そうだ!武器がないなら武器を妄想で現実化すればいいんだ!私オリジナルの武器!一度武器を現実化すれば回数制限なんて気にしなくていいし、一緒に戦える!よし!)
善は急げと早速私は集中力を高めて妄想のイメージを膨らませる。蒼白の光を放ち始めた私にクロロはすぐに気づいたが、真剣な表情で集中する私を見て邪魔をしなかった。
(まずは武器の種類だけど、近接武器は相手に近づかないといけないから却下。そもそも今空中戦だし、やっぱり飛び道具だよね。となると、さっきまで使ってた銃系統が馴染みやすいよね。さっきまで実際に撃って感覚が残ってるし。……そして~、ゲーム上で強い銃火器と言えばやっぱりロケットランチャーだよね!あれならいくら何でも何発か当てればサラマンダーも堪えるよね!よっし!方針は決まった!あとはゲームの知識や銃を撃った感覚を思い出しながら妄想を構築して…)
『出でよ!私のオリジナル武器!ロケットランチャー!!』
私が妄想を解き放つと、蒼白の光に包まれながら細長い筒状の武器が姿を現した。私が求めた通りの単発式ロケットランチャーだった。
「おぉぉ!スゴイ!正しくロケットランチャー!」
手に取り大興奮する私に、クロロは呆れた表情で振り返る。
「貴重な一回分をそんなロケットランチャーに使うとは。それ、一回使ったら終わりなんじゃないですか。外した日には無駄撃ちに終わりますよ」
「チッチッチ!これは私の妄想が生み出した特別製ロケットランチャーだよ!?そんじょそこらのロケランと一緒にしないでほしいなぁ。なんと!これは弾交換いらずの無限に撃ち続けることができる機能が備わったロケットランチャーなのだ!しかも、素人の私でも標的に確実にヒットするよう妄想を加えたもので、一度このスコープでロックオンすると、その後照準がズレても自動追尾してくれるという優れもの!もはやサラマンダー相手でも臆することなーし!」
未だかつてないほどテンションを上げて話す私に、クロロはモノクルを押さえて微妙な顔をする。
「ちょっと、なにその顔」
「いえ、ちょっと自分を省みていました。新しいものを発明した時の私も、このくらいのテンションでいつもいるのかと」
「え……。あの状態のクロロと同類にされるのは本気で嫌なんだけど」
若干凹みながら答える私に、その反応は傷つきますね、とクロロも一緒に凹んだ。
「とにかく、まずは試し撃ちしてみてくださいよ。妄想がきちんと効果を発揮しているかまだわかりませんし」
「そうだね。それじゃあ、サラマンダーに向けて一発!」
私は左手を前のグリップに、右手を引き金にかけた。スコープを右目で覗き、サラマンダーの胴体が照準に入ったところで引き金を引いた。ゴウッっという音を立てて弾頭は発射され、振動によって私は少し後ろによろめいた。よく踏ん張って撃たないと意外に衝撃があるようだ。
サラマンダーは発射された弾を一度空中で躱したが、変な軌道で旋回した弾はがら空きの胴に直撃した。
「グゥゥ!今のは…、坊やと同じ、追尾式の弾…!?」
サラマンダーはイグニスから距離を取りながら呻く。
「やったぁ!追尾してちゃんと命中したよ!」
「おぉ!威力もなかなかあるようですね」
「多分、私の中でロケットランチャーってかなり最強の武器のイメージを持ってるから、それが妄想に影響して威力に反映しているのかも」
「なるほど…。やっぱりえりさんの能力はなかなか研究し甲斐がありそうですね」
クロロのキラキラした目に悪寒を感じ取った私は、彼を無視してサラマンダーの相手に集中することにした。
「とにかくガンガン撃ちこんで、サラマンダーを降参させてやる!」
私はロケットランチャー、クロロは魔法、イグニスはブレスと爪や尻尾でサラマンダーを徐々に追い詰めていった。
私の何発目かの弾を喰らったところで、ようやくサラマンダーは竜化を解いて近くの飛空艇に着地した。私とクロロも追いかけてその飛空艇の甲板に飛び移る。その飛空艇はたまたまなのか、フォードが操縦するものだった。
「ようやく追い詰めましたよサラマンダー。大人しく観念してもらいましょうか」
「あら。私の竜化を解いたぐらいでもう勝った気でいるのかしら。私の矛の腕前は知っているでしょ。魔界一の矛使いにネクロマンサー如きが勝てるのかしら」
「死者の力を侮らないことですよ。あなたの弟君もあんなに強いんですから」
クロロの言葉に答えるように、イグニスは翼を羽ばたかせながら一鳴きした。
「今日この場で、決着をつけます。我がクロロ軍も全力でお相手しますよ!強制召喚!」
クロロは両手を広げて魔力を放出すると、ネクロマンサーの力で死者の強制召喚を行った。クロロの周囲に魔法陣が出現し、そこから次々と色々な種族の不死者が召喚される。その数六人。人間と鳥人族、魚人族、植物人、獣人族、悪魔族の不死者が現れた。何故か皆一様に複雑そうな表情をしている。
「おいおい!今メチャクチャいいところだったのに!よくも強制召喚してくれたな大将!」
気性の荒い魚人族の不死者はさっそくクロロに噛みついた。
「各自作戦中だったのに呼び出して申し訳ありません。サラマンダーを倒すのに手を貸してください」
「サラマンダーだぁ!?…よく呼んだ大将!強ぇ奴が相手なら文句はねぇ!やってやろうじゃねぇか!」
「…魚人族は相変わらず荒事好きだなぁ。僕はいつも通り回復担当で」
「じゃあオイラは空から攪乱担当ね」
植物人と鳥人族が続けて答えた。
「主の命ならば仕方ない。魚人族に遅れは取らん。参るぞ、騎士よ」
「やれやれ。クロロさんはいっつも死者使いが荒いんだから。困っちゃうよね~」
獣人族と人間の不死者が先に突っ込んでいった魚人族を追いかけて行った。
「な、なんかいきなりいっぱい集まって賑やかに…」
私が呆気に取られていると、残った悪魔族の女の子が黒い羽をパタパタさせてのん気に教えてくれた。
「ここにいる全員がクロロ様の軍の幹部。全員が別々の種族。人間、鳥人族、魚人族、獣人族、植物人族、竜人族、そして悪魔族。個性が集まってるから強い。でもしょっちゅう喧嘩も絶えない。そんな不死者軍団」
「へぇ~。そうなんだ」
マイペースな悪魔族はかったるそうに鳥人族の少年の援軍に飛んで行った。
(なんか一気にカオスな空間になったな…。でも傷ついているとはいえ、相手はあのサラマンダー。多勢でも勝てるかどうか…)
流れるような矛捌きで不死者を相手するサラマンダー。クロロも魔法やメスを投げて援護している。
しょっちゅう喧嘩をしているそうだが、不死者幹部たちの連携は見事なものだった。徐々にサラマンダーを追い詰めていく。
「フォッフォッフォ。儂も加勢してダメ押しといこうかのう」
後方で休んでいたおじいちゃんも復帰して、あのサラマンンダーの顔から余裕の笑みが消えた。
激しい攻防が続き、甲板の縁に追い詰めてあともう少し、というところで予期せぬ邪魔者が現れた。
「ちょっと待ったぁぁぁ~~!」
船内から飛び出してきたフォードは、猛ダッシュでサラマンダーの前に立ちはだかると私たちを睨みつけてきた。
「おいお前ら!いくら相手がサラマンンダーだからって、一人の女性相手に多勢に無勢すぎるだろう!お前らがその気なら、俺はサラマンダーに加勢するぞ!」
フォードの突拍子のない発言に、私たちはたっぷり三拍くらい時間が止まった。私たちは指揮官であるクロロに視線を向ける。
「……ご自由にどうぞ。あなたもろともぶっ倒しますので。皆さん、遠慮せず一斉に渾身の一撃を叩き込みましょう」
久しぶりに清々しいほど悪い笑顔を浮かべるクロロに、幹部たちも悪乗りして笑顔で構えを取る。
それを見たフォードはすぐに慌てて私に仲裁を求めてきた。
「おいー!?普通ここは攻撃の手を止めるところだろうが!何トドメ刺す気満々になってんだよ!?コラえり!同じ星の戦士の仲間だろ!?そいつら止めてくれ!」
「い、いやぁ、この笑顔のクロロは私にも止められないと思うけど」
「…もういいわ、坊や。今回は私の負けよ。このままじゃ坊やまで巻き込んじゃうし、潔く降参するわ」
サラマンダーは両手を上げて戦意がないことを示した。
「エ!?いいのかよサラマンダー!?」
「最後に弟と思いっきりやれたし、十分満足したわ。今回は私を庇ってくれた坊やに免じて大人しく降参してあげる」
サラマンダーはそう言うと、フォードの唇に人差し指を押し当ててウィンクした。傍から見ていてもフォードが赤くなって大きく動揺したのが分かった。そのまま地蔵のように固くなって動かない。
「全軍撤退よ!」
「待ってくださいサラマンダー!今日大人しく撤退してもまたマシックリックを襲おうとするのでしょう?それならこのまま逃がすわけにはいきません!捕らえて魔王様に突き出します」
「大丈夫よ。もう人間に手出しはしないわ。連日の戦で負傷者も多いし、あなたたちがクロウリーたちと決着をつけている間は大人しくしているわ」
「何だって!?じゃあサラマンダーはもう人間界に来ないのかよ!?」
やっと我に返ったフォードは、ドラゴンに乗って飛び去るサラマンダーに声を張り上げる。
「フフフ。坊やが相手をしてくれるっていうなら、気が向いたらまた遊びに来てあげるわ。次は人に迷惑のかからない海の上でどう?」
「い、いいぜ!じゃあ次はマシックリックの西の沖合で勝負だ!飛空艇直して数揃えて待ってるからな!絶対来いよ!」
妖艶な笑みを残してサラマンンダーは空の彼方へと仲間を連れて飛び去った。
笑顔で見送るフォードとは対照的に、私たちはもやもやした気持ちで空を見上げていた。
「えっと…、とりあえずは丸く収まった、のかな?」
「……まさかあそこまでの馬鹿とは。あの空賊は馬鹿の中の天才ですね。馬鹿の世界一です。これでやっと長い間ここの戦場が決着のつかない理由が分かりました。原因は全てあの男ですね」
「あははは。まさかフォードにとっては戦場が逢引だったとは。でもどっちかって言うと、フォードの片想いなのかな。サラマンダーも満更ではなさそうだったけど、まだ恋人同士になるには時間がかかりそう」
「その考察は心底どうでもいいです。あの空賊の恋など知ったことではありません。むしろこの戦で今まで大きな犠牲を払ってきているんです。いっそのこと玉砕してしまえばいい」
疲れた顔で毒を吐くクロロに、私は苦笑いをする。
クロロは強制召喚した幹部たちになんて結末だと苦情を受け、うんざりしながら各幹部を再びおじいちゃんの空間転移で持ち場に戻す。
「よぉ~し野郎ども!次の戦に向けて飛空艇の修理だぁ~!」
元気なお頭の声に、子分たちはやれやれといった感じで返事をする。どうやら子分たちはみんな事情を把握しているようだ。人望があるようで、それでも誰一人文句を言う子分はいない。
私はロケットランチャーを肩にかけ、深紅の竜が飛び去った空を疲れた笑みで見上げるのだった。
無事に生きてクロサ草原に降り立った私は、クロロとおじいちゃん、フォードと今後の話をしていた。
「魔王様とロイド王がどういうお考えかはまだ分かりませんが、おそらく空賊たちにはまだまだ働いてもらうかと思います。私としてはとても不本意ですが、いつでも出陣できるよう飛空艇を修理しておくことですね」
「あぁ!?こっちは次のサラマンダーの戦に備えて飛空艇を新型に改造しなけりゃならねぇんだ。他の戦場の援軍になんか行ってる暇ねぇぞ」
「なに!?今、なんか言いました!?」
クロロが今まで見たこともないほど不機嫌で殺気を放つ姿に、私は引きつった笑みでおじいちゃんを見る。
「ヤバいよおじいちゃん。クロロが本気で苛ついて怒ってるの初めて見たかも」
「フォッフォッフォ。きっちりした多方面の天才クロロと、一つのことに情熱を傾けた天才フォードでは最初から気が合わんよ」
「……使えない駒は必要ありません。魔王様には私からサラマンダーに殺されたと伝えておきましょう。スカルドラゴン!この男を丸焼きにしてしまいなさい!」
「おい!?やめろ!!つかなんだよ、この骨だけドラゴンは!?お前の配下か!?」
逃げ回るフォードに、スカルドラゴンは面白い玩具でも見つけたように加減しながらブレスを吐く。子ドラゴンは遊んでもらって実に楽しそうだ。
「フォード~!その子サラマンダーの弟だから、優しくしてあげなきゃダメだよ~!」
「なにィ!?本当か!?お、弟くん!一旦ブレスをやめろ!」
「スカルドラゴン、その男が戦場で使える駒に戻るまでブレスで追い立て回しなさい」
「な!?神智の天才~!テメェ~!!」
スカルドラゴンに追いかけ回されているフォードを放置し、私たちは話を元に戻した。
「これでとりあえず魔王の命令通り戦場を一個潰したね。あと残ってるのはアレキミルドレア国とヤマトの国」
「魔王様の話ですと、ヤマトの国にはおじいさんに援軍に行ってもらう予定ですね。となると、わたしたちはアレキミルドレア国の援軍に行くかもしれません。ガイゼル王の戦場に…」
クロロは顎に手を当てて考え込む。
(アレキミルドレア国って言えば、クロロの生まれ故郷だよね。大丈夫かな……)
クロロの過去を知る私は、胸の内に不安を宿した。
「それはそうと、一つお願いがあるのですが、えりさん」
先ほどまでの不機嫌はどこへやら、クロロは目をキラキラさせて私に迫って来た。私は反射的に後退る。
「な、なに?」
「あなたが先ほど能力で現実化させた武器を是非とも見せていただきたいのです!欲を言えば一度分解させてもらえませんか?必ず元に戻しますので!一体どんな構造になっているのか知りたいんです!」
「ぶ、分解!?絶対ダメ!ていうか触るのもダメ!そんな目のクロロなんかに触らせたら絶対戻ってこなくなるでしょ!」
危険を察知した私は、肩にかけていたロケットランチャーを胸に抱きしめて走り出した。
好奇心を抑えきれないあの目をしたクロロは、一番危険で厄介だということはもう学習していた。こっちの世界に来てから城でよくクロロに追いかけ回されていたので、体力もだいぶついてしまった。
「そんなことありません!ちゃんと構造を理解したら組み立て直して返しますよ!それどころかもっと機能を向上させてお返しします!」
「いや、それ改造してんじゃん!絶対元の状態で返す気ないじゃん!ぜぇ~~~ったい触らせないんだから!」
「私も今回ばかりは譲れません!星の能力で造り出した武器、必ず調べて見せます!」
「フォッフォッフォ。みんな若くて元気じゃのう」
おじいちゃんは追いかけ回る二組のペアを楽しそうに眺める。
「捕まえました!もう逃がしませんよ~!」
私は予想よりもかなり早く捕まり、後ろからクロロに抱きしめられた。私は二つの意味で驚き動揺する。
「ちょ、いつもより走るの速くない!?城で追いかけ回されていた時はもっと遅かったはず!ていうか離して!近い近い!」
「駄目です。離したらすぐに逃げるでしょう。いつもはあなたに手加減して追いかけてましたが、今回は必ず調べたいですからね。大人げないですが本気を出しました」
すぐ耳元から聞こえてくる声に、私の心臓はばくばくと音を立てて鳴り、顔には熱が集まっていた。
「お、おじいちゃん助けて!」
「フォッフォッフォ。いつの間にか二人は仲が良くなったのう」
「そんなのん気なこと言ってる場合じゃないからおじいちゃん!」
片手で抱きしめながら武器を取り上げようとするクロロに、私は武器を放すまいと必死で対抗する。
二人でくっつきながら攻防を繰り広げている私たちを見て、息を切らせたフォードがおじいちゃんの隣に座り込む。スカルドラゴンはフォードがへばってきたので一度休憩を挟んでくれているようだ。
「神智の天才め!俺様を散々走らせといて、自分は女とイチャついてんのかよ!クソ~!俺様もサラマンダーとイチャつきたいぜ!」
「フォッフォッ。お前さんの恋路はなかなか険しそうじゃぞ。でも、今回の戦で活躍すれば、サラマンダーは更にお前さんに興味を持つかもしれんのう」
「マジかよじいさん!…なら仕方ねぇ。もう少しこの戦争に付き合ってやるか」
おじいちゃんはフォードの素直な反応に、楽しそうに笑い声を上げた。
「いい加減離れて~!離れないとクリス君に言いつけちゃうんだから~!」
「それなら言いつけられないような処置を施してから解放しますよ」
「処置!?なに怖いこと口走ってんの!?」
私は異性に対するドキドキと恐怖のドキドキで心臓が爆発しそうだった。
その後おじいちゃんの助けが入るまで、私はしばらくクロロの体温と声を間近に感じながら耐え忍ぶのだった―――。




