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第一幕・第一話 魔王降臨

 何もない真っ白な空間。私の身体はただ横になっているのか、下に落ちていっているのか、それとも上に上がっていっているのか。何もわからない。ここは夢の中なのか。

 目は開いているのにどこか虚ろで、頭はぼうっとしている。しばらくすると、おそらく女性と思われる声がどこからともなく空間に響いた。

『異世界より選ばれし星の戦士よ。汝の意志を無視し喚び出したこと、申し訳なく思っています。しかし、我が星にはもう戦士の素養を持つ者がいなくなってしまいました。魔界と人間界との争いにより、多くの星の戦士が散りました』

 白い空間に木霊する悲しげな声を、私は夢現で聞いていた。

『今残っている星の戦士と共に、どうか我が星の寿命が尽きる前に、この争いを鎮めてください。この世界が、我が死にゆく前に…』

 私は声の主に話しかけようとしたが、口は動かず声も発することができなかった。自分の身体のはずなのに、まるで金縛りにでもあっているようだった。

『星の戦士はそれぞれ固有の星の力を授かります。星の力を駆使し、己の運命を切り開くのです。よくお聞きなさい。貴方に目覚めた星の力は――』




 ピーヒュロロロ〜〜。

 遥か頭上で変わった鳥の鳴き声が聞こえる。風が吹き、ザワザワと木々が葉を揺らす音。私は目を開けると、太陽の光に目をしかめながら、まだ覚醒していない頭をゆっくり起こした。

 ざっと辺りを見回しても、目に映るのは木しかない。どうやら森の中にいるということはわかった。しかし、それだけしかわからなかった。

「…えっと、何してたっけ。どうしてこんな森の中に?」

 思考がまだ働かない頭を必死に回転させようと、私は懸命に記憶を探った。

「なんかさっきまで誰かと話してたような…。確か仕事を終えていつも通り電車で帰って、その後〜、…そうだ!変な音が聞こえて、そしたら流れ星が落ちてきて…」

 立ち上がってコートに付いた土埃を払いつつ、再び辺りを見回す。何度見ても木しかない。右肩から掛けていたビジネスバッグはなく、手にしていたスマホもなかった。何かを調べようにも手ぶらではどうしようもない。

「どうしよう。流れ星以降よく思い出せない。よくある夢オチかな。それともまさか、最近定番の異世界シリーズ?主人公が異世界行って世界救っちゃうパターン!?それとも戦国時代にタイムスリップものか!?」

 ようやく頭の回転がよくなり興奮気味に言ったが、すぐに恥ずかしさが込み上げ顔を赤らめた。

「この歳になって何言ってんだか私は。どう考えても主人公ってキャラじゃないでしょ。それに25にもなってタイムスリップや異世界連れて来られても、足手まといにしかならないって。体力ないし。連れて来るんだったら10代の時にしてほしいよね」

 このまま森の中で突っ立っている訳にもいかず、私はとりあえず太陽がある方向に向かって歩き出した。

 ふと左腕の腕時計を見ると、文字盤は8時を回ったところだった。最寄り駅に着いて電車を降りたのが19時20分。それから5分ほど歩いたところで記憶が途切れている。腕時計の日付は変わっていないから、そのままの情報を信用するなら今は夜20時を過ぎたところ。

「なのに何故か太陽が…。今は夜のはずなのにぃ」

 歩けども歩けども同じ景色で木々ばかり。山道ではないが舗装された道ではないため、所々デコボコした道になっている。そこまでヒールの高くないパンプスだが、歩きにくくてめげそうになる。

「いい加減にしてほしいんですけど。お決まりのほっぺつねっても痛いし。そろそろお腹は空いたし。…この森はどこなのよ!遭難してんの私〜!?」

 10分以上歩き続けたところで、私の疲労はピークに達していた。元々一日中仕事をして残業までした帰りだ。疲れていて当然だった。


 空に向かって怒りをぶつけて叫んだ数秒後、目の前にあった木々が黒い雷のようなものを受けて消し飛んだ。あまりの威力に、周囲一帯に風が吹き抜ける。私はもの凄い突風を受けて、そのままよろめき尻餅をついた。

「どうやら、今回は星の戦士より先に辿り着いたようだな」

 木々の焼け焦げた嫌な臭いに、私は鼻を手の甲で覆いながら、声のした方に目を向けた。そこには、黒いマントをはためかせた、長身の男性が宙に浮いていた。

 男性は黒い長髪をそのまま下ろしており、髪の隙間から、よく物語で出てくるエルフのような尖った耳が出ていた。その身に纏う胸当てや服も黒一色で、唯一マントの内側は血のような鮮やかな赤い色をしていた。

(な、何あの人。明らかにやばいオーラ出てるんですけど。つか、空飛んでるし!どう考えてもタイムスリップ物じゃないねコレは)

「おい貴様、ラズベイルに選ばれた星の戦士だな」

 ダークブルーの瞳に射抜かれ、私は全身を硬直させた。男の瞳は普通の人間のそれではなかった。よく漫画やゲームで描かれるような、どちらかと言うとドラゴンを思わせるような瞳だ。

 男は無反応な私の態度が気に触ったのか、私の目の前まで降りてくると全身から黒いオーラのようなものを出して凄んできた。

「俺を無視するとは良い度胸だ。さすがは我が魔王軍に楯突く星の戦士といったところか」

(や、やばい。やばすぎる。何この黒いオーラ。凄いプレッシャー…。恐怖で、声が出ない。でも何か言わないと、このままじゃ、殺される…!)

「ラ、ラズベイルって何ですか?私、知りません」

 硬直を解いて、震える声を何とか絞り出す。男は私を値踏みするような目で見ると、フッと鼻で笑った。

「どうやらクロロが言っていたように、本当にこのラズベイルにはもう戦士の素養を持つ者がいないようだな」

 鋭い八重歯を見せて笑う男を、私はただただ見守るしかなかった。

「貴様は異世界より召喚された星の戦士だな。わざわざこの星ラズベイルに殺されにやってくるとは。運のない奴だ」

(殺されるの確定!?確かにこの状況は死亡フラグしか立ってないけど、そもそもゲームで言えば今のところ大した分岐ルートなかったんですけど!?)

 私は涙目になりながら、必死に記憶を遡った。

(そういえばさっきこの人、我が魔王軍とか言ってた。もしかして魔王様ですか、この人。ゲームで言えばレベル1で魔王とエンカウントってあり得ないでしょ!どんな無理ゲーよ!)

「フンッ。あまりの恐怖に戦う意志も見せぬか。まぁ、たった1人でこの魔王と戦おうなど愚の極みだがな。いや、そもそも攻撃的能力ではないのか?」

(能力…?そういえば、星の戦士には固有能力があるとか夢の中で誰かが言っていたような…。確か、私の能力は……)

「まぁいい。安心しろ、女。貴様はひとまず殺さないでおいてやる」

「エッ……?どうして、ですか…?」

 魔王は右手を地面に向けてかざすと、左手で空中に呪文のようなものを書き始めた。

 オタクな私は、ゲームの世界をリアルに体験しているみたいで、恐怖も忘れて食い入るようにその光景を見つめていた。

「貴様は餌であり人質だ。あの星の戦士たちの枷となれ。仲間想いの奴らのことだ。まだ見ぬ仲間であったとしても、無視することはできまい。これで少しは戦士どもの動きを封じることができる」

(さすが魔王、悪どい。いきなり人質になっちゃったよ。これは全然主人公じゃないね。よくあるゲームで、のっけからヒロインがボスキャラに連れ去られるやつだ)

 さっきまでの恐怖はどこへやら、私は心の中で冷静に情報分析していた。

 魔王は呪文を書き終えると、左手を天に掲げた。その瞬間、地面に魔法陣が現れ黒い光が私と魔王を包み込んだ。

「それでは招待しよう。我が魔王城へとな」

「ま、魔王城!?それって、どう考えてもラストダンジョンじゃん!」

 黒い光で視界を奪われながら、私は1人でツッコミを入れるのだった――。



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