表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/60

第二幕・第六話 秘密の会談

 見渡す限り色取り取りの花畑。花畑の中心には、見るからに樹齢の長そうな大きな木が、枝葉を空に向けて伸ばしていた。大きな木を中心に周囲はなだらかな坂になっており、木に向かって歩くと小さな上り坂になっている。また、地下から水が漏れだしているところが数か所あり、それが花畑の外へと続くほどの小川を作りだしていた。

 今日は雲一つない快晴で、もしお弁当を持って来ていたら絶好のピクニック日和だっただろう。

「わぁ~!ここが今日の待ち合わせ場所?すっごい綺麗なところだね~!」

 私は足元のあちこちに咲き乱れる花たちを踏まないよう注意しながら慎重に歩く。

「ここは『スターガーデン』と言って、人間たちには星の中心とも呼ばれています。ここは唯一ラズベイルの御言葉が聞こえる場所と言われているんです。あそこに見える大きな木、『星の宿り木』と言うのですが、あれを通して星と話しができるみたいですね。僕たち魔族は試したことがないので真偽は定かではありませんが、星の戦士たちはいつもここで星に助言をもらっていたようです」

 私のすぐ後ろを歩く叡智のケルベロスは、こちらから説明を求めるまでもなく一通りのことを教えてくれる。

 私は足元の可愛らしい白い花に触れると顔を綻ばせた。

「そう言えば、お姉さんが気に入りそうな話が一つありますよ。ここスターガーデンには十種類の花があると言われていて、全て別々の色を持つ花らしいです。そして、もしその花全てを集めて押し花にして持っておくと、星が願い事を一つ叶えてくれるという言い伝えがあるそうですよ」

「へぇ~!確かにそう言う話好き~!じゃあ帰る前に十種類見つけないとね。何色があるか知ってる?」

「えっと、確か白と黒と赤とピンク、黄色・オレンジ・水色・青…と~、紫…。あと一つは~」

 ケルベロスは周囲の花畑をキョロキョロ見ながら目的の色を探す。ケルベロスが思い出すのを待っていると、前方から痺れを切らした魔王の声が飛んできた。

「お前たち!いつまでのんびりしている!もう待ち合わせの刻限だぞ!こちらからわざわざ付け入る隙を与えてどうする!」

「申し訳ありません!すぐ参ります!」

 私とケルベロスは同時に駆け出した。

「ごめんケルベロス。私のせいで怒られちゃったね」

 私はすまなそうに隣を走るケルベロスに謝った。彼は首を横に振ると、ニコッと嬉しそうに笑う。

「いいえ、お姉さんのせいではないですよ。それより思い出しました!最後の色は緑色です。これで集められますね」

「緑ね!よぉし、用事が終わったら一緒に集めようね!ケルベロス」

 私はケルベロスと微笑み合う。

 今日私たちはある人と大事な約束をしている。今後の人間と魔族の行く末を決める大事な話だ。秘密裏に決められた今日の会談に何故私が同行しているのかというと、それは二日前に時間が遡る―――。




 食堂で夜ご飯を食べ終えた私は、自室に向かうためまず二階に通じる大広間へと向かっていた。廊下を歩いていると、大広間に近づくにつれて聞き覚えのある声が聞こえてきた。私は遠くから見知った小さな姿を見つけると、全速力で大広間へ走り出した。

「ケルちゃ~ん!久しぶり~!」

「あ!お姉ちゃん!!」

 私の呼びかけに気づいて振り返ったケルは、私を見つけるとすぐさま駆け寄ってきた。私は胸に飛び込んできたケルを抱きとめしゃがむと、久々にフサフサの耳と尻尾を堪能する。

 大はしゃぎして再会を喜び合う私とケルを見て、その場にいた七天魔のレオンは豪快に笑った。

「ガッハッハ!お前さんたちは人間と魔族同士のくせに本当に仲が良いな!それじゃあケル、しばらくは休みをやるからゆっくり休めよ」

「うん!レオン様もゆっくり休んでね~」

 玄関に向かって歩き去るレオンにケルは手を振って見送る。私もつられて一緒に手を振りながらケルに訊ねた。

「ケルちゃん、しばらくお休みもらったの?」

「うん!戦場がこーちゃく状態になって、睨み合いが続いてたから、交代でお休みを取ることになったんだ。ケルたちの相手は絶対服従の王、ガイゼルだったんだけど、最初に起こった激しい戦闘を境にずっと睨み合いばっかりで。たまに戦闘があっても小競り合い程度ですぐ終わっちゃって。ケルベロスはなんか時間稼ぎしてるみたいで嫌だなって言ってた」

「ふ~ん。ガイゼルってことは、例の人間側で裏切って魔族と通じてる奴だよね。何考えてるんだろ」

 私はケルの頭を撫でて立ち上がると、さっそく手を繋いで歩き出した。

「とにかくお休みならまたしばらくケルちゃんと一緒ってことだよね?」

「うん!さっき魔王様にもお休みだって報告してきたけど、そしたらまたお姉ちゃんの傍にいるようにって言われた。ケルがいなくなって、戦争も激しくなったから、毎日お姉ちゃんが退屈そうにしてたって魔王様に聞いたよ。ごめんね、お姉ちゃん」

 ケルは耳をペタッと倒して謝る。その可愛らしい仕草に、私は今までの寂しさが一気に吹っ飛んだ。毎日あまり誰にも構ってもらえず退屈な日々を過ごしていたが、明日からはまたケルが傍にいてくれると思うとそれだけで気分が急上昇した。

「そうだ、お姉ちゃん。魔王様から念のため伝えておくように言われたんだけど、明日は外出禁止日だから勝手に出歩いちゃダメだよ。食事はケルがお部屋に持っていくから。もしかしたら誰かからもう聞いたかもしれないけど」

「…ううん。誰からも教えてもらってない。そっか、明日はあの日なんだね」

 私は頭の中で、いつか会った人間の姿をしたフェンリスを思い出した。

「よかった。ちゃんと伝えられて。魔王様がもしかしたら誰からも聞いてない可能性があるって言ってたけど、魔王様の読み通りだったね」

 その後ケルにくれぐれも明日は部屋にいるようにと釘を刺されたが、私はすでにその約束を破る気満々であった。私はその日ベッドに潜り込むと、人間の姿になったフェンリスに会ったら何を言おうか考えながら眠りにつくのだった。




 次の日の夜、私はみんなが寝静まった時間にそっと部屋を抜け出した。前回と同じように足音を立てないよう能力を使って空中を飛んで移動する。そしてお目当ての開かずの間へと向かったのだが、相変わらず見つけにくい立地に部屋はあり、グルグルと城内を彷徨ってしまう。

 開かずの間を探して十分後、ようやく私は部屋の前へと辿り着いた。綺麗な装飾の施された白い扉に手を置くと、内側から鍵の開く音が聞こえる。ドアノブを回すと、前と変わらず暗い階段が私の前に現れた。

 今日はあらかじめ仲良くなった魔族のラン君からもらったランタンを持ってきており、暗闇対策は万全だ。私は壁に掛けてある蝋燭の火を借りると、ランタンに火を入れる。

「これでよし。…こうして会いに来たけど、結局下にフェンリスいなかったら笑えるな~」

 私は若干不安になりながらも、ランタンの灯りを頼りに階段を下っていく。

 階段を下りて一本道の廊下を抜けると、以前と変わらぬ幻想的な風景が私を出迎えた。月明かりに照らされた白い花々が揺れ、空中では黄色い花粉がキラキラと輝いている。花畑の中央にある石碑の前で、目的の人物は一人佇んでいた。

「やはり来たか。どうやら貴様は学習能力というものがないらしいな」

 そう言ってフェンリスは振り返ると、呆れた表情で私を見た。私は久々に見た人間の姿の彼に、思わず笑顔を浮かべてしまう。

(やっぱりフェンリスは人間の姿だと親しみがあるなぁ。雰囲気が柔らかくなって話しかけやすいし)

 私が傍までくると、何故かフェンリスは呆れた表情から不機嫌な表情へと変わっていた。

「ど、どうしたの?なんか急に機嫌が悪くなったけど」

「…貴様が何故か嬉しそうに満面の笑みで近寄ってくるからだ」

「エッ!?私そんなニコニコしてた?ていうか、何でそれで不機嫌になるのよ」

「……なんとなくだ」

「理不尽!なんとなくでそんな不機嫌にならないでよ」

 フェンリスはフンッと鼻を鳴らすとそっぽを向いてしまう。私はご機嫌斜めの彼をひとまず放っておき、リアナ姫の眠る石碑に手を合わせた。

 私が祈りを捧げ終わると、いくらか機嫌の直ったフェンリスが話しかけてきた。

「それで、俺の外出禁止令を無視してわざわざ会いに来た理由は何だ」

「何だって、ただお喋りしに来ただけだけど」

 さも当然のように言う私に、フェンリスは信じられないような者を見る目で見てきた。逆に私は彼のドン引きように驚いてしまう。

「そ、そんな目で見ることないでしょ!普段ずっと忙しそうだから、たまにはちゃんと休むようにって今日はお説教しに来たんだよ」

「なんだ、そういうことか。説教ならメリィとじいで間に合ってるぞ。話すなら他のことにしろ」

 フェンリスはうんざりした顔で腕組みをする。よほど二人からしつこく説教されているのだろう。

 フェンリスの目の下には隈ができており、魔族の姿の時より疲労感が体によく出ている。私の前だからかいつもと変わりないよう振る舞っているが、本当はかなり疲れているはずだ。

 私はよし、と心の中で気合を入れると、じゃーんと声を上げて持ってきたバスケットをフェンリスに突き出した。

「……なんだそれは」

「フッフッフ。毎日一生懸命働いて疲れているフェンリスのために、今日はとっておきのものを用意しました!」

 私はバスケットを開けてまずレジャーシートを取り出すと、お花が咲いていない石碑の近くに広げた。次に収納しておいた簡易ティーセットを取り出して準備を整える。

 私の行動がよほど予想外だったのか、フェンリスは呆気に取られて突っ立ったままだ。

「よし、準備完了。さぁ座ってフェンリス!今からジャックさん特製、疲労回復バッチリ睡眠ティーを淹れるから!」

 私が来い来いと手招きすると、フェンリスはため息をつきながら仕方なさそうに座ってくれる。

「まさかわざわざこんなものを用意するとはな。どこまでお人好しなんだお前は」

「何よその言い草は。せっかくフェンリスのために用意してあげたのに。しかもジャックさんに頼んで配合してもらった貴重な茶葉なんだよ」

 私が口を尖らせると、はいはい、とフェンリスは面倒くさそうに相槌を打つ。

「ジャックに用意させたって、いつこんなもの頼んだんだ」

「前にキュリオの戦場に一緒に行った時。フェンリスが毎日大変そうだから、疲れの取れるお茶をプレゼントしたいって頼んだら、後日すぐに届けてくれたよ」

「…戦争中だというのに貴様は俺の配下に雑用を頼むとは、なかなかいい度胸をしているな。まぁ、断らずに頼みを聞くジャックもジャックだが」

 私は茶葉に用意してきたお湯を注ぐと、ジャックに教えられた通りの時間茶葉を蒸らす。蒸らし終わったら、ティーカップにお茶を注いでフェンリスの前に置いた。

「さぁどうぞ。これを飲めば今日はきっとぐっすり眠れるよ」

 私はフェンリスの反応が気になり、固唾を呑んで彼を見守る。

「……おい。そんな見るな。飲みにくいんだが。まさか毒でも入っているのか」

「そんなわけないでしょー!ちゃんと美味しく入れられてるかなって」

 私が抗議の声を上げる中、フェンリスはティーカップを口につけてお茶を一口飲む。私はドキドキしながら感想を待っていたが、彼の口から出た言葉はひどい感想だった。

「美味しく入れるも何も、誰が入れても味は変わらんだろ。ましてやジャックが用意した茶葉なら美味いに決まっている」

「な、何その感想!ヒドイ!蒸らし時間によって風味や効き具合が変わるってジャックさん言ってたもん!ちゃんと美味しく入れるコツがあるんだからね!」

 私がムキになって言い返すと、フェンリスはフッと笑って相好を崩した。

「冗談だ。俺は魔王だぞ。茶の味も分からない、教養のない男の訳がないだろう」

「エッ。……もう、からかわないでよ」

 フェンリスはいつの間にかすっかり機嫌が良くなっており、あっという間にお茶を飲みほした。私はお替わりをつぎ足しながら彼の顔を盗み見る。

(やっぱり、人間の時のフェンリスは笑った顔が優しいなぁ。魔族の時は馬鹿にした笑みか意地悪な笑みばっかりだもん。それに……、やっぱかっこいいし)

 フェンリスと共に特製配合ティーを飲みながら、しばし月明かりに照らされて静かな夜の時間を楽しむ。


 ティータイムを堪能し、私は鼻歌交じりに後片付けをしていた。すると、私の鼻歌を聞いてフェンリスが口を挟んだ。

「ケルから聞いたが、お前は歌を歌うのが好きなのか」

「ん~?まぁ、好きなほうだね。こっちの世界ではあまり歌は歌われないみたいだけど、私の世界ではたくさん溢れてるから。良い曲は聞いてるだけでも気分が上がるよ」

「ふ~ん。こっちの世界では楽器での演奏のみが主流だからな」

 片付ける私の手元を見ていたフェンリスは、ふと思い出したように口を開いた。

「そうだ。明日言おうと思っていたんだが、ちょうどいいから今伝えておく。昨日遅くに急遽決まったんだが、星の戦士を束ねる王と秘密裏に会談を設けることになった」

「星の戦士を束ねる王様?それって裏切者のガイゼル王のこと?」

 ティーセットをバスケットにしまい終わった私は、レジャーシートを折りたたみながら訊ねる。

「いや、違う。星の戦士たちは当初、住むところも年齢も職業もバラバラで上手くまとまっていなかった。星の戦士として目覚めるのが早かったガイゼルが仕切っていた時期もあったが、周囲からの反発にあい、今はユグリナ王国の王がまとめ役になっている。そいつ自身は星の戦士の能力を持たないが、まだ若いのに人望があり、頭もそこそこ切れて決断力もある」

「へぇ~。立派な王様なんだね。ユグリナ王国って言えば、カイトがいる国か。あ、だからカイトが星の戦士のリーダーなの?」

「…いや、そういうわけではないと思うが。あいつの前のリーダーはユグリナ王国の人間じゃなかったからな」

 ふ~ん、と相槌を打ちながらレジャーシートをバスケットへと収納する。前のリーダーという単語が気になったが、特製配合ティーの効果でリラックスしすぎたのか、私はだんだんと眠くなってきてそれどころではなかった。

 欠伸をし始めた私に、フェンリスはバスケットとランタンを手渡しながら言う。

「明日の昼過ぎに向こうが指定してきた場所で落ち合うことになっている。共は一人までという条件でな。明日はケルベロスを連れて行くことにした。加えて人間と魔族の仲介役としてお前も連れてくるように言われている。だから明日、そのつもりで準備しておいてくれ」

「了解。人間と魔族の秘密のトップ会談ってことだね。これが実現するなんて、ずいぶんな進歩じゃない?よっし!それならフェンリスも明日に備えて早く寝るんだよ!それじゃあ、おやすみ~」

「おやすみ、えり」

 ランタンを振って挨拶し飛び去っていく私に向かって、辛うじて聞こえる声でフェンリスも挨拶を返してくれた。お茶の効果が少しは現れたのか、訪れた時より彼の顔色は良くなっていた気がした。

 私は部屋へと戻ると、明日の会談が双方にとっていい結果をもたらすよう願いながら深い眠りにつくのだった。




 そして時間は進み現在。私たちは約束の会談場所を訪れた。待ち合わせ場所はスターガーデンの星の宿り木の下ということで、私たち三人は大きな木に向かって坂を上っている。

(それにしても立派な木だなぁ。RPGでよくある世界樹みたい)

 木を見上げながら歩を進めていると、木の下に二つの人影が見えてきた。その瞬間、前を歩く魔王が舌打ちをしたのが耳に入る。

「どっかの女がのんびり花を見ていたせいで、相手に先を越されたようだな」

「もう!そんな言い方しなくても!確かに私が悪かったけど、別に約束の時間には遅れてないでしょ」

 魔王がツーンと明後日を向いて機嫌を損ねるので、すかさずケルベロスがフォローする。

「まぁまぁ。確かに相手より先にいて待っているほうが、待たされたという事実を相手に突き付け、待たせてしまったという負い目を与えることができます。しかし、逆に堂々と後から登場したほうが、こちらの方が立場が上で、相手は待って当たり前なのだと思わせることもできます」

「なるほど。さすがケルベロスだ。ならば、あくまでこちらの方が立場が上なのだというスタンスで行くか。相手が突っかかってくるようなら全面的に女のせいにすればいい」

「も~。またそういう言い方をする」

 そんなやり取りをしながら木の下までいくと、二人の人物が私たちを迎えた。一人は星の戦士のリーダーのカイト。もう一人は昨夜魔王に聞いたユグリナ王国の王様だろう。見るからに素材の良い厚手のマントに、王族の正装に身を包んでいる。魔王が言っていた通りまだ若く、四十前後に見える。

 私たちが目の前まで来ると、王様はにこやかに挨拶をしてきた。

「わざわざこんなところまでご足労いただいてすまなかった。儂が星の戦士たちを束ねしユグリナ王国の王、ロイドだ。貴殿が魔界を統べる王だな」

 ロイド王は魔王に右手を差し出した。魔王は相手の真意を図るようにじっと目を見つめ、やがてその手を取って握手を交わした。

「俺が魔界を統べし魔王だ。貴様のその右腕の小僧には何度か世話になっている」

 魔王はチラッとカイトに目をやると、フッと笑った。その挑発的な笑みにカイトの心は苛立ったが、王様の手前何とか踏みとどまったようだ。

「こっちは今回カイトを共につけているが、そちらの共はその者か?」

「お初にお目にかかります。魔界の番犬が一人、叡智のケルベロスでございます。つい先日まで、ガイゼルの戦場で情報収集をしておりました。以後、お見知りおきを」

 ケルベロスの自己紹介を聞いて、ロイド王とカイトは納得の表情を浮かべた。

 続けて初対面のロイド王に私の自己紹介をし終えたところで、さっそくロイド王が今日の本題へと入った。

「さて、今回この会談を秘密裏に設けたのは、星の戦士たちから個々に寄せられた話を聞き、仲介者の神谷殿が信用に値すると判断できたからだ。さらに、魔王や魔王を支持する魔族も信頼できる者だろうと思えたところによる。…そして、実際神谷殿と魔王に会ってみて、儂の判断は正しかったと確信した。特に魔王は、当初カイトに聞いていたイメージと全然違ったな。もっと禍々しいと聞いていたのだが」

 微笑むロイド王に、私とケルベロスは苦笑い。カイトは激しく首を横に振る。

「いやいや王様、普段はもっとドス黒いオーラを纏っているんですよ」

「小僧とは戦場でしか会っていないからな。それに小僧の能力は俺の神経を逆撫でするものだ。意識せずとも濃密な魔力を纏い威嚇してしまう。生意気な奴ほど力の差を思い知らせてやりたくなるのでな」

 悪い目をして笑う魔王に、カイトの正義の心が反応して火花を散らす。辛うじて剣は抜いていないが、カイトはもう臨戦態勢になりつつある。

 睨み合う二人を見て、ロイド王が仲裁に入る前に私が二人の間に割って入った。

「ほらほら喧嘩しないの!話し合いに来たんでしょ今日は。魔王も挑発して遊ばないの!カイトは責任感強くて真面目で良い人なんだから。からかうの禁止ね!」

「……俺は別にいつも通りだ。特別挑発しているつもりはない」

「それはそれで問題だね…。とにかく!必要以上にカイトに話しかけるの禁止!喧嘩になるから。王様と喋って」

 私が魔王と話している間、カイトと王様は目をしばたたかせる。珍しいものでも見るように固まる二人に、ケルベロスが笑って声をかける。

「驚きましたか。最初の頃はお姉さんもあんな風に魔王様に話すことはできなかったんですよ。魔王様の放つ威圧感に体が萎縮してしまって。ですが城で暮らすうちに魔王様の人柄を知り、怖さにも耐性がついて、今では魔王様に平気で言い返すほどに成長しました」

「…あの魔王相手に言い返すとは。よほどの度胸をつけたんだな、えりさんは」

「フフフ。確かに度胸は必要かもしれないが、彼女はただ気づいただけだ。言い返したとしても、彼ならばちゃんと受け止めて返してくれると。それだけ一人の人として彼を信じ、認めているのだろう」

 喧嘩を無事宥めたところで、まずはお互いの情報交換を始めた。改めて魔王軍の実情を話し、状況が切迫していることを伝える。ロイド王からは今までガイゼル王が関わった戦いややり取りを調べた結果の報告を聞いた。

「う~ん。意外にもガイゼルとクロウリー軍が戦ったのは二回だけなんだね。てっきり私は戦場で戦った時に情報交換でもしてたのかと思ったのに」

「ガイゼルの能力である強制武装解除は魔法使いとは相性が悪いからな。魔力がなくなってもある程度戦える獣人族か吸血鬼一族、魚人族か竜人族を派遣していた。他の戦場との兼ね合いもあり、ここ最近は専らレオンに任せっきりだったがな」

「お姉さんの言う通り、確かに戦場に紛れて使者を出し情報交換をするのはとても有効ですが、後々繋がりを怪しまれるためその手を多用することはしないでしょう。クロウリーはもっと容易で怪しまれない便利な手段を持っていますから」

「便利な手段?それは一体何なのだね」

 ロイド王に問われ、ケルベロスは如何に敵が危険な力を持っているかを語り出す。

「もしかしたら戦場で見たことがあるかもしれませんが、クロウリーは魔界で禁術魔法にあたる洗脳系の精神魔法を得意としています」

「洗脳…。俺もクロウリーの軍とは戦場で戦ったことがある。確かに七天魔のクロウリーは魔法を多用していたが、その中で精神に作用するような魔法も使っていた気がする。それは、うちのメルフィナが使う魅了の能力と似たようなものか?魅了も相手を洗脳するような効果があるが」

 違いが明確に分からないとカイトが首を傾げる。私も詳しく知らないのでケルベロスの説明に耳を傾けた。

「星の戦士の踊り子さんやうちのサキュアが使う魅了魔法は、どちらかと言えば不特定多数に効力を及ぼし、そして使い手の言葉に従い行動するか、術者のために自ら考え行動します。魔法の効果はそこまで強力ではなく、時間経過とともに正気に戻ります。対して洗脳する精神魔法ですが、これはそもそも対象が個人一人の魔法です。その分魔法の効果も高く、クロウリーほどの魔法使いならば一度かけたら簡単には解けないでしょう。また大きな違いとして、精神魔法は相手の全てを掌握してしまうため、使い手の思い通りに動かすことができる。洗脳されたが最後、意志なき操り人形になってしまうんですよ。魅了状態の時はあくまで個人の意志が残っている状態ですから、意志の強い者は逆らうことができますしね」

「な、なるほど。恐ろしい魔法だな」

 カイトは深刻に捉えながら頷きつつ、まだ幼いのに博識のケルベロスに少々驚いているようだった。ケルベロスの説明を引き継ぎ、魔王が話を元に戻す。

「つまり、クロウリーはこちらの気づかぬうちに洗脳した手駒をあちこちに潜ませている可能性が高いということだ。おそらくガイゼルとの連絡手段も洗脳した人間、もしくは魔族を使っている可能性が高い。人間側、魔族側の情報が洩れている時も、洗脳した手駒を使って情報収集しているのだろう」

 魔王は腹立たしいとばかりに鼻を鳴らす。

「この間までガイゼルとの戦場にいましたが、残念ながら洗脳された人間を見つけることはできませんでした。洗脳した人間で情報収集を行っているという僕らの読みは間違っていないと思うのですが…」

 そう言ってケルベロスは肩を落とし、耳を垂れた。ロイド王は低く唸ると、魔王に疑問をぶつける。

「その洗脳された者は、我々素人でも判別は可能なのだろうか。もし判別方法があるのなら手当たり次第探ってみるが」

「素人では判別するのは無理だろうな。元々あれが禁術に指定されたのは、洗脳されているのかが周りで判別するのが困難だからだ。洗脳されていても使い手に普段通り過ごしておくよう命令されたら普段通りに行動する。掛けられた本人でさえも洗脳されているのに気づかない。よほど大それた行動を取らない限りは洗脳されていることに周りも気づかないのだ。我が魔王城を襲撃するとかな。そこまでして初めて気づくものなのだ」

 あの時の襲撃事件の背景はそういうものだったのかと今更私は納得する。

「じゃああの時の魔族たちはみんな操られてたわけだ」

「いや、操られていたのは数人だ。他は煽動されてやっただけで。操られていた者たちも、洗脳されていると気づいていないから白を切るばかりだったが」

「ん~。厄介すぎる魔法だなぁ。素人じゃない魔王たちはどうやって見分けてるわけ?」

 私は頭を抱え、カイトはどうしたものかと頭を掻いている。ロイド王も険しい顔つきで顎に手を当て、色々考えを巡らせている。

「洗脳されている者は微かにクロウリーの魔力の残滓が残っているんです。本当に微量のものですが。ですからクロウリーの魔力を覚えている者で、魔力を読み取る力に長けている者でないと洗脳者を見つけることはできません」

 ケルベロスの話によると、魔力は人それぞれ違いがあり、魔力を読み取れば個人を特定することができるのだと言う。血縁関係者同士なら似た魔力になるが、それでも微妙に違うらしい。

 よく戦場巡りをしているおじいちゃんも、実は洗脳者探しをするために色々回っているのだとか。今までそれで数人見つけたらしいが、洗脳を解く間もなく自害されてしまったのだという。

「洗脳者を見つけ出しても自害されてしまっては、手がかりを得ようがないな…。しかし、それでも洗脳者を見つけ出すのは必要なことだ。魔族でなければ見つけることができないならば、早急に表立って協力体制を取ったほうがいいだろう。こうして会って話を聞き、貴殿が信用に値する男だということは十分に分かった。儂らも戦争を一日でも早く終わらせたい。クロウリーを止めるのはもちろん、人間界を支配したいというガイゼル王の欲望を必ずや阻止したい。共に平和のため、協力していこうではないか」

 再び笑顔で、瞳に強い光を宿しながら手を差し出すロイド王に、一瞬魔王は虚を突かれたような顔をしたが、すぐに強気な笑みを浮かべると手を握った。

「この魔王が味方をするのだ。退けられぬ悪などない。協力して表立って動くのならば、身内の不始末はもちろん、これ以上人間に被害が出ぬよう極力力を貸してやろう」



 それから私たちは時間の許す限り色々打ち合わせをし、魔王軍と星の戦士たちが表立って協力して動き始める日取りや作戦を取り決めた。

 あらかた決め終わったところで、私は持参してきていた簡易ティーセットを使って全員にお茶を振る舞った。例によってジャック特製スペシャル配合ティーだ。

「ほう。美味いなこれは。何という茶なのだ?」

「これは七天魔のジャックさん特製配合ティーで、今日のは疲れた頭をほぐしリラックス効果のあるお茶です」

「七天魔のジャック。確か植物を操る魔族か。へぇ~。茶葉を配合したりするのも得意なのか」

 ロイド王とカイトはお茶をとても気に入ったようで、お替わりまでしてくれた。

 トップ同士の会談ということで、始まる前は少し不安な気持ちがあったのだが、冷静に話し合えばやはり人間でも魔族でも話は通じるものだと改めて思った。私が心の中でそんなことを思っていると、目の前にひらひらと星の宿り木の葉が落ちてきた。私は自然と上を見上げ、さわさわと枝葉を揺らす大樹に目を奪われる。

「ねぇカイト、この星の宿り木で本当にラズベイルとお話しができるの?」

「ん?あ~…。実はもう、星の御言葉を聞くことはできないんだ」

「え?どうして?」

 私だけでなくケルベロスや魔王も気になるようで、カイトの話に耳を傾ける。

「おそらくもう星の限界が近いんだと思う。これまで魔族に人間が対抗できるようにと星の戦士をたくさん生み出してきた。そのためかなりの星のエネルギーを使ってしまったんだと思う。えりさんを召喚して少しして、星は全く話さなくなった。それまでは俺たち星の戦士を導く役割もしてくれていたのだが…」

 カイトによると、ラズベイルと交信が取れている状態だと宿り木が青白く光るらしい。しかし、私を召喚してしばらくした後、もう宿り木は一切光らなくなってしまったという。

「世界が平和になれば、いずれ星も力を取り戻す。長い休息が必要なのだよ。もはや星に頼らず、自分たちの手で平和を掴まねばなるまい」

 ロイド王はティーカップに残っていたお茶を一気に飲み干すと、カイトを促し立ち上がった。

「さて、そろそろユグリナに戻るか。あまり長居をして、作戦決行当日までに敵に怪しまれては元も子もない」

「俺たちも城に戻るぞ。片付けろ」

 私は魔王に言われ、そそくさと帰り支度をする。ケルベロスの手を借りながらティーカップをバスケットに片しているところで、私はあることを思い出した。

「あっ!お花探すの忘れてた!帰るのちょっとだけ待って!お花見たいから!」

「花ぁ?花なんて城でいくらでも見れるだろう。帰ってからにしろ」

「ダメなんだって!ここのお花じゃなきゃ」

 まだ帰りたくないと、私は魔王のマントを引っ張って懇願する。ロイド王の前でみっともない真似をするなと怒られたが、私は構わずお願いし続ける。

「ふふ。このスターガーデンには、この地に咲く十種類の花を集めて押し花を作って持っておくと、星がその者の願いを一つ叶えてくれるという言い伝えがあるのだ。神谷殿はその話を聞いたのだろう。貴殿らはもう少しゆっくりしていくといい。一緒にこの場を後にするより、少し時間をずらして帰るのも有効だろう」


 ロイド王は魔王に微笑みかけると、カイトを連れてその場を後にした。

「意外ですね。あの魔王なら否が応にもすぐ連れて帰るかと思いましたよ」

 カイトは背後を振り返り、ケルベロスと一緒に早速花探しをしている神谷えりを見る。その近くには、呆れた表情をしつつも二人を見守っている魔王の姿がある。

「ふふふ。確かに彼は魔王で恐ろしい力を持っているが、本質は責任感の強い思いやりのある優しい男だよ。目を見て言葉を交わしたから分かる」

 自信満々にいう主に、カイトはそれでもすんなり受け入れられないと難しい顔をしている。

「確かに王様の人を見る目は間違いないですが…」

「見た目は魔族で威圧感もあるが、本質はきっと人間寄りだ。彼はハーフなのだろう。調べさせたところによると、彼の母親であるリアナという女性は、美しい容姿だけではなく、誰に対しても分け隔てなく接し、心の優しい女性だったという。きっと彼は母親似なのだろう」

「う~ん。俺はまだ王様のようにすんなり受け入れられません」

 渋面のまま王様の後ろを歩くカイトは、突然アッという声を出して立ち止まった。坂をだいぶ下ってしまったため、上にいる魔王たちにはその声は聞こえない。

「どうした急に大きな声を出して」

「も、申し訳ありません。来る前にお話しした、聖騎士ジークフリートの件を魔王に聞くのを思い出して…。今更戻って聞くのもあれなので、止めておきます」

「そんなにがっかりせずとも、作戦が決行されれば今度はもっとゆっくり話す機会もできよう。その時改めて聞けばよい」

 少し残念そうにする副団長騎士の肩を、ロイド王はポンポンと笑って叩く。

「そう、ですね…」

 カイトは自分に言い聞かせるように呟くと、王と共にスターガーデンを離れるのだった。



 花の捜索を開始してから三十分後。実は心の広い魔王もさすがに痺れを切らしてきた。

「おい、いい加減にしろ。いつまで待たせる。それだけ探してないのなら、もう枯れて絶滅したのだろう」

「ちょっと!恐ろしいこと言わないでよ!う~ん、どこを探しても黒と緑のお花がない~!」

 私はだんだん四つ葉のクローバーでも探している気分になりながら、もう何度も歩き回った周辺を見回す。

「仕方がないですね。これだけ時間をかけても見つからないのなら、もうまたの機会にしましょうか」

 一緒に探してくれていたケルベロスにそう言われ、渋々私は引き下がった。

「くそ~!今度探す時はおじいちゃんたちにも協力してもらってみんなで探そう!こうなったら絶対十種類揃えてやるんだから!」

 ムキになって叫ぶ私を見て、勝手に俺の配下を巻き込むな、と魔王は呆れて呟く。

「今度ここを訪れる時は、戦争が終わって、人間と魔族が手を取り合える世の中になっているといいですね」

 私と魔王の間を歩くケルベロスは、私たちの顔を交互に見上げるとそう言って微笑むのだった―――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ