第二幕・第五話 ぶつかり合う想い
ドラキュリオにくっついて戦場に行ってから四日後。ここ連日私の部屋にドラキュリオが遊びに来ていた。彼曰く、先の戦いで負傷者がそこそこ出たので、数日間は配下たちに骨休めを与えているのだと言う。また、暴走気味のドラストラの頭を冷やすためでもあるのだとか。
そういうわけで、今日もドラキュリオは朝から私の部屋に入り浸っているのである。
「やっぱりえりちゃんといると癒されるなぁ~。ボクの城に住んでくれたら、こうしてわざわざ会いに来なくてすむんだけど」
ドラキュリオはニコニコしながら至近距離で私の顔を覗き込む。彼はクッションを抱きしめてベッドに腰掛ける私の真似をして、私のすぐ隣に座り、同様にクッションを抱きしめている。無邪気に笑うその顔は、まさに小悪魔的な魅力を醸し出していた。
「いつか機会があったら、魔王の許可をもらってお泊まりさせてもらうよ」
「エェ~。ボクはお泊まりじゃなくて住んでほしいんだけどなぁ」
ドラキュリオは拗ねて口を尖らせる。
ジリジリと距離を詰めてくる彼に、私も同じだけ距離を取る。どんどんベッドの端に追い詰められていき、私が近い近い、とドラキュリオを両手で制していると、ちょうど救いとなる来客が訪れた。
「すまないえり殿、今ちょっといいだろうか」
「ジーク!いいよ、ナイスタイミングです!」
私はクッションを置いてサッと立ち上がると、ノックをして部屋の扉を開けたジークフリートに駆け寄った。
「部屋に訪ねてくるなんて珍しいね。どうしたの?」
「魔王様にえり殿を連れて作戦会議室に来るよう命じられてな。…ん?登城してから姿を見ないと思ったら、ずっとえり殿の部屋にいたのかキュリオ」
ジークフリートは部屋に入ってくると、頬っぺたを膨らませてすっかり機嫌を悪くしているドラキュリオを見て言った。さっきまでの笑顔は何処へやら、ドラキュリオは邪魔者の騎士をシッシと手で追い払う仕草をする。
「そうだよ。せっかくの良い雰囲気をぶち壊してくれちゃってさ。えりちゃんは今ボクが独占中なんだから、魔王様の用事はまた明日にしてくれる?」
「残念ながらそうもいかない。こちらも魔王様の命令だからな。というより、魔王様からキュリオ宛の言伝も預かっている」
嫌な予感、と呟きドラキュリオはクッションに顔を埋める。
「あまりえり殿を困らせているようなら城を出禁にすると。それと、協力関係にあたる神の子の軍に被害が出過ぎないよう、部下たちを上手くコントロールできるように今から備えろとのことだ。いつまでもえり殿と遊んでいるなと仰っていた」
「ブーブー。たまの息抜きにえりちゃんと遊んで何が悪いんだよ~。えりちゃんも別にボクが遊びに来て迷惑じゃないよネ?」
小首を傾げて訊ねてくるドラキュリオに、私は目を逸らしながら曖昧な返事をする。
「それに上手くコントロールしろっていうけど、うちには一人問題児がいるんだよ。王子であるボクの命令に従わない従弟が。備えたくてもアレはもうコントロール不能だヨ」
お手上げだとばかりにドラキュリオは持っていたクッションをベッドの上に放り投げた。
「そうだとしても、もうえり殿は連れて行く。コントロール不能でも、今日のところは自分の城に戻ってできる対策でも練ってくれ」
「ヤ~ダよ!」
小さい子みたいに私の腕を掴んでくるドラキュリオに対し、ジークフリートも力ずくでそれを引きはがしにかかる。攻防の末に私は何とか自由になると、ジークフリートが壁になっている間に部屋の外へと脱出した。部屋の中からドラキュリオの駄々をこねる声が聞こえてきたが、私はジークフリートの頑張りを無駄にしないために先に作戦会議室へと向かった。
作戦会議室に入ると、魔王が一人で上座に座り、肘をつきながら考え事をしていた。私が傍までくると、思考を中断してこちらに顔を向けた。
「ん?お前一人か。ジークフリートはどうした」
「あ~。ジークなら、私の代わりにキュリオの相手をしてくれてる。すぐ来るとは思うんだけど」
私が申し訳なさそうに言うと、魔王は呆れた表情でため息をついた。
「ケルを手懐けるのも早かったが、ドラキュリオも相当手懐けたようだな貴様は。アレはあまり甘やかしすぎると我儘で手がつけられなくなるから、ほどほどにしておけよ。周りも迷惑するからな」
「うぅ。そんな甘やかしてるつもりはないんだけど。キュリオって見かけによらず押しが強いというか、意外と強引なところがあるんだよね。……ん?フェンリス、ちょっと顔色悪くない?」
私はいつもより顔色が優れない魔王を心配し、腰掛けている彼の顔を覗き込もうとする。しかし、魔王はそれを手で払いのけると、プイッとそっぽを向いた。
「別に、普通だ」
「えぇ~。絶対体調悪いでしょ。ここ最近ずっと働き詰めだし。ろくに睡眠も取ってないんじゃない。ご飯もちゃんと食べてる?いくら魔王で体が丈夫だからって、不摂生は良くないよ」
「~~~っ。貴様は俺の母親か!自分のことは自分が一番よく分かっている!そもそも、人間のお前に心配されるほど俺は弱くない。うっとおしいからこれ以上気遣うな。分かったな」
魔王は私の右頬に手を伸ばすと、少しのためらいもなく引っ張った。彼の癖なのか何なのか知らないが、いつも私をイジメる時は頬を引っ張ってくる。私は両手で魔王の腕を掴むと、引っ張られているほっぺの救出に取り掛かった。私が痛い痛いと必死になっている姿を見て満足したのか、ようやく彼は頬っぺたから手を離した。
私はジンジンと痛む頬を撫でながら文句を垂れる。
「も~。すぐ頬っぺた引っ張るんだから。……そんなに嫌がるならこれで最後にするけど、本当にちゃんと睡眠と食事は取ったほうがいいよ。たまに息抜きしたほうが集中力も増して効率が上がるから。あと、私で手伝えることがあったら手伝うよ。明らかに一人で仕事抱えすぎだからね。私じゃ不満なら、他の誰かに振るとかさ。…魔王だからって全部一人で頑張りすぎ。フェンリスはもっと周りを頼っていいと思う。魔王だからじゃなくて、フェンリスだから好きで力になりたいって言ってくれる人案外多いと思うよ」
「………貴様は本当に、能天気でお人好しな馬鹿だな」
「ちょっと!?今多分お礼言われるところで、悪口言われるところじゃなかったと思うんですけど!?」
私が抗議の声を上げると、魔王は珍しく優しい笑みを浮かべた。
そして何かを言おうと口を開きかけたところで、ノックが部屋に響きジークフリートがやって来た。
「遅れて申し訳ありません。キュリオの反発が思いの外激しく、通りすがりのメリィに引き継いできました」
「そうか、ご苦労だったな。まぁメリィに任せておけば大丈夫だろう。本当にアイツのわんぱくさには困ったものだ」
ジークフリートは鎧を鳴らしながら歩いてくると、そのまま私の隣に立った。私も改めて話を聞く態勢を取る。
「今日お前たちを呼んだのは、それぞれに遣いを頼みたかったからだ。ジークフリートはネプチューンのところへ、お前は同じ星の戦士である凪武之のところに行ってほしい」
「凪さん、隠密殿様って人のところだね」
私が確認すると、魔王は大きく頷いた。
「いつもネプチューンのところにはじい、もしくはクロロに行ってもらっているんだが、二人とも今手が離せなくてな。代わりにジークフリートに行ってもらうことにした。用件としては、攻勢に出過ぎているため少し抑えるよう伝えてきてほしい。建前はあまり暴れすぎていると多方面から援軍を出され潰されるからと言えばいい」
「…建前って?」
私が首を傾げると、魔王は少し表情を曇らせながら続ける。
「本音は人間に被害が出過ぎている。このままでは協力関係に大きな溝が出来かねない。昨日の報告では凪武之の側近を討ち取ったと聞いている。魚人族は魔族の中でも性格に少々難があるからな。父上がご健在の頃は上手く御していたが、俺の代になってからは上手くまとめきれていない。なるべく早め早めに命を出しておかないとな。せっかくの協力関係が破綻しては困る」
「なるほど。ではネプチューン殿には建前を理由に説明し、攻撃を抑えるよう伝えればいいのですね」
「あぁ、頼む。そしてお前は、中立の立場として逆に星の戦士に接触し、ネプチューンに攻撃を弱めるよう指示を出したことを伝えてほしい。協力を申し出ておいて、人間を虐殺するよう命を出していると思われては敵わんからな」
了解、と私は魔王に向かって敬礼する。
(魚人族は確か、前回戦場で見た時はかなり容赦なく人間を殺してたっけ。自分たち魚人族以外はみんな下等生物として見てるって…。殿様の側近が殺されたんじゃ、なんか会うのちょっと気まずいな…)
私は敬礼の腕を下ろしながら複雑な表情をする。その間にも魔王とジークフリートは今日の段取りを確認している。
「まずはジークフリートだけでネプチューン軍の陣営に行き、俺の命を伝えてくれ。まちがってもコイツは連れて行くなよ。魚人族の荒っぽさにかかれば簡単に八つ裂きにされかねんからな」
「や、八つ裂き……!」
私がブルッと体を震わせると、ジークフリートが落ち着かせるようにポンポンと頭を撫でてくれる。
「お前はひとまず近くに身を隠しておけ。その後ジークフリートと合流してから星の戦士を探して接触しろ。能力を発動していない状態ならば、ウィンスである程度空から探せるだろう。あと、これを渡しておく」
魔王はジークフリートに地図とメモを手渡す。私は横からそれを覗き込んだ。
魔王の話によると、これはクロロが情報収集を元にまとめた殿様の行動分布図なのだと言う。殿様がいるとしたら、この地図とメモに書かれた印のところにいる可能性が高いそうだ。ジークフリートはじっと地図を見て印の場所を頭に叩き込むと、丁寧に折りたたんで私に預けてきた。私は失くさないようにそれを上着の内ポケットにしまう。
「では、準備が整い次第行って参ります」
「あぁ、頼んだぞ。くれぐれもネプチューンの機嫌を損ねないよう注意しろ。騎士であるお前なら無礼な振る舞いなどしないとは思うが、ネプチューンはドラキュリオ並に我儘で問題児の女王だからな。難癖をつけられないよう常に油断するなよ」
「……なんか、魔王軍にいる人ってまともじゃない人多くない?」
私が呆れて言うと、魔王はため息をついて頭を抱え、ジークフリートは苦笑いをした。
二人揃って会議室を出ようとした時、ジークフリートが出口で振り返って気遣わし気に魔王に声をかけた。
「魔王様、他に俺でもできる仕事があれば残しておいてください。帰り次第片付けますので。最近満足に休まれていないようですし、たまにはゆっくり休まれてください。頼りないかもしれませんが、我々全員で魔王様を支えますので」
「…ジーク。ほ~ら!やっぱり私の言った通りでしょう!みんなフェンリスのこと心配してるから力になりたいんだよ」
私が笑顔で言うと、魔王は照れ隠しのつもりなのか黒いオーラを纏って私を威嚇する。私は鋭く睨んでくる視線から逃れようと会議室を飛び出した。廊下を駆けだす私に向かって、ジークフリートが東の訓練場に集合だと叫ぶのが聞こえた。私は後ろ手で手を振ってそれに答える。
「まったく。問題児も多いが、この城は過保護な連中ばかりだな。メリィとじいを始め、アイツやお前もな。……ジークフリート、えりを頼むぞ」
「御意」
ジークフリートは兜の下で優しい笑みを浮かべながら主君に短く答えると、そのまま会議室を後にした。
出掛ける支度を整え、私は東の訓練場でジークフリートと黒馬のウィンスと合流した。
例によってジークフリートの前に座ると、ウィンスに乗って私たちは人間界にあるヤマトの国へと向かった。以前訪れた時はおじいちゃんの転移魔法だったが、今回は空から向かうため国周辺の様子までしっかり見ることができる。
ヤマトの国は綺麗な砂浜が広がる海岸線があり、そこを抜けると竹林や林道がある。更に奥まで進むと緑豊かな山と川があり、その山に囲まれた開けた土地に立派なお城と城下町が広がっていた。お城の周りは敵の侵入を防ぐように水の入った堀があり、輪郭式を用いた二の丸、三の丸まである造りだ。
私たちはお城の遥か上空を通過すると、当初の予定通りネプチューン軍が待機している沖にある小島に向かった。
「あの島にネプチューン軍がいるの?」
「そうだ。大部分は周辺の海に潜って待機しているが、幹部クラスはあの島に上陸してネプチューン殿の傍に控えているだろう。あの島には俺一人で向かうから、えり殿は本土側で隠れて待っていてくれ」
そう言うと、ジークフリートは一度ウィンスを海岸に降ろした。
私はジークフリートの手を借りて砂浜に降り立つと、そのまま手を引かれて近くの大きい岩場の陰に隠れた。
「それじゃあ少しの間ここで待っていてくれ。ネプチューン殿との話が終わり次第すぐに迎えにくる。もし何か不足の事態が起こったらこれを使ってくれ」
ジークフリートは私の手に小さな銀色の呼笛を手渡す。装飾も何もないシンプルな笛で、私の手の平にすっぽり収まるサイズだ。
「これはウィンスにだけ聞こえる特別な笛でな、吹けばウィンスを呼ぶことができる。もしもの時はこれを使ってウィンスを呼ぶといい」
「へぇ~!すごい!じゃあ少しの間借りるね」
私はまるでお守りのように大事に笛を握りしめた。
ジークフリートは小さく頷くと、ウィンスに跨り空へと飛び立つ。私は空を舞う黒いペガサスを目で追うと、沖の小島に向かっていくのを見届けた。
ジークフリートを見送ってしばらくすると、波の音に紛れて何やら話し声が聞こえてきた。私は岩陰からそっと顔を出して周囲を見回してみるが、特に近くに人は見当たらなかった。
(あっれ~。何か男の人の声で話し声が聞こえた気がしたんだけど、幻聴…?それかもしかして、この戦場で亡くなった方の霊の声とか……)
自分で嫌な想像をしてビビッていると、突然背後から何者かに口を塞がれた。私はビックリして体を硬直させると、自分の口を押えるものを見た。しかし、そこには何の存在も確認することができない。ただ口を押える手の感触を肌で感じるだけだった。
「突然手荒な真似をしてすまぬ。今大きな声を出されると都合が悪くてな。静かにすると約束できるなら開放するでござる」
姿の見えない相手の声に、私はうんうんと何度も頷いた。すると、ゆっくりと口を押える手の温もりが離れていく。私は恐る恐る振り返ると、拘束してきた相手を探した。
(い、いない…。でも、今のって多分…)
「あ、あの、隠密殿様の凪武之さん、ですよね?」
私は約束通り小声でどこかにいる殿様に話しかけた。私がキョロキョロしていると、思っていた以上に至近距離から声が返ってきた。
「おや。拙者のことをご存知とは。我がヤマトの国の民ではないようだが、どちらの国の方でござるか?」
言い終わると同時に、声の主は蒼白の光を放ちながら姿を現した。私の目の前には侍の恰好をした青年が凛として立っていた。黒い長髪を高い位置で結わき、身分が高いことがうかがえる綺麗な刺繍が施された着物を着ている。腰には二本の刀を差し、靴ではなく草履を履いていた。
「凪さん、能力解いちゃってよかったんスか?誰にも見られず潜入するはずじゃ」
凪の真後ろからもう一人光を放ちながら姿を現した。学ラン姿の少年は、警戒しながら無遠慮に私を観察する。私は少年の服装を見て、すぐにある考えに至った。
「もしかして君、私と同じ日本から突然こっちの世界に来た人?私、神谷えりって言うの。お二方と同じ星の戦士です」
「え!?あなたがこの間聞いた神谷さんスか!」
私がペコリとお辞儀すると、二人も自己紹介をしてくれる。
「拙者は凪武之と申す。もうご存知のようだが、このヤマトの国を守護する一国の主でござる。以後お見知りおきを」
「俺は佐久間勇斗です。高校二年。あなたと同じで半年ぐらい前にこの世界に来たんスよ」
「そっか。なんとなくセイラちゃんから話は聞いてるよ。…えっと、それで二人はこんなところで何を?ちょうどこれから凪さんに会いに行こうとしてたからたまたま会えてよかったけど」
私が訝しんで訊ねると、二人は黙って顔を見合わせた。
「ここでは海に近すぎる故、一旦あの竹林まで下がってもよいか。神谷殿」
私はコクンと頷くと、二人について海岸脇の竹林に移動した。
竹林まで移動してきたところで、凪が改めて先ほどの質問に答える。
「拙者たちはこれからネプチューン軍に奇襲を仕掛けようとしていたところでござるよ。あの沖に見える小島にネプチューンが陣を構えて休んでいるから、奇襲攪乱して少しでも打撃を与えられればと思ってな」
「き、奇襲!?ていうか、まさか二人だけで!?さすがにそれは危険すぎるんじゃ。いくら星の戦士の力があるからって。魚人族は魔族の中でもかなり荒っぽい性格みたいだし、危ないから止めたほうがいいですよ」
私が心配して作戦中止を勧めると、佐久間がムッとして私に突っかかってきた。
「荒っぽいから何だっていうんスか。今更そんなこと問題じゃないッスよ。こっちはこの間の戦いでスゲー被害にあってんだ。何としてもアイツら魔族に一矢報いなきゃならねぇんだよ!絶対、許さねぇ!!」
佐久間から異常な殺気を感じ取り、私は驚いて半歩体を引く。彼は両の拳を握りしめ、怒りでブルブルと震えている。
瞳に憎しみの色を湛える少年に、私はただただ混乱するばかりだった。
(す、すごい怒ってる…。私と同じでこの世界に来た人間のはずだけど、こんなに魔族を憎んでるなんて。この間の戦いって言ってたけど、確か殿様の側近が……っ!)
私はすっかり忘れていた事実を思い出し、パッと凪の方に顔を向ける。殿様は私と目が合うと困ったような笑みを浮かべ、興奮する佐久間の頭に手を置いた。
「怯えさせてすまぬな神谷殿。先の戦いで勇斗は慕っていた剣の師を亡くしてしまって、怒りのやり場を求めて気が立っているのでござるよ」
「その剣の師って、もしかして凪さんに仕えていた側近の方ですか?」
「む?よくご存じでござるな。拙者に昔から仕えてくれていた忠臣で、勇斗がこの世界に来てからは何かと勇斗の世話を任せていた者でござるよ。だから、勇斗も心の猛りを抑えられぬのだろう」
私は事情を察して怒りでギラつく佐久間を見た。凪に落ち着くよう諭されているが、今すぐにでも魔族に噛みつきそうな感じだ。
「そういうあんたはこんなところで何してたんスか。確か魔王城にいるって聞いてたんスけど。…もしかして魔族に襲われて逃げてきたんじゃ!凪さんに会おうとしてたってさっき言ってたし!」
「ち、ちがうちがう!魔王に頼まれて凪さんに伝言を伝えに来ただけ!魔王城にいる魔族はみんないい人ばっかりだから!」
鼻息を荒くする佐久間に、私は慌てて彼の疑惑を否定する。
魔王からの使者と聞き、凪はさっそく私に用件を促した。
「実は今、ネプチューンのところにも魔王は使者を送ってて、攻め過ぎだから少し戦いを抑えるようにって伝えてるの。建前としてはあんまり暴れてると援軍を呼ばれて大変なことになるぞって警告なんだけど。魔王の本音としては、人間側に被害が出過ぎているから少しでも被害を減らすための指示みたい。ネプチューンは魔王派ってわけじゃないから、本音を言うわけにはいかないみたいで。今回は協力関係にある凪さんにこの件を伝えるために来たんだ」
「……なるほど。その話を信じるならば、今日以降ネプチューン軍の攻勢は弱まるということでござるな」
凪に問いかけられ、私はぎこちなく首を縦に振る。
「多分、ネプチューンがちゃんと命令を聞いてくれれば。魚人族は魔族の中でも異端で、魚人族以外の種族はみんな下等生物だと思っているらしくて、魔王もちゃんとまとめきれてないって言ってたから」
「なんだよそれ…。魔族の王様のくせに部下をちゃんと管理できてないのかよ。攻撃の手を緩めるように指示を出しただと…?今頃そんな指示出したって遅せぇんだよ!何今更人間のこと気遣ってるアピールしてんだよ!俺の知ってる汚ねぇ大人のやり口と一緒だ!白々しいんだよ!だったら最初から戦争自体を止めるよう命令すればいいだろ!」
「ちょ、ちょっと、何なのイキナリ…」
急に堪忍袋の緒が切れたのか、佐久間は感情を爆発させて私に喚き散らす。私が呆然としていると、凪が後ろから羽交い絞めにして私から距離を取らす。
「すまぬな神谷殿。勇斗は心に傷を抱えているようで、ようやく心を開いた数少ない信頼できる人間を亡くしたばかりで気が立っているのだ。こら勇斗!神谷殿に当たり散らしても何も解決しないでござるよ」
「だって、凪さんは平気なんスか!?そもそもこの戦争だって、魔王がちゃんと部下から信頼されてたら裏切者なんて出ないで戦争なんて起こらなかったはずでしょ!?日向さんだって死ななかったはずだ!それなのに今頃恩を売るみたいに手加減するよう命令したって…。馬鹿にしてんのかよ!!」
佐久間の凄い剣幕に私は呑まれ、怒鳴る彼に何て声をかければいいのか分からない。
(せっかく同じ世界の人間に会えたのに、ブチ切れててとても話にならない。それだけ、彼にとって側近の人が大事な人だったのかもしれないけど…)
「そもそも使者を使ってネプチューンに命令を出すってのも気に食わねぇ。そんなだからいつまでたっても部下に信頼されないんだよ!凪さんだったら大事な命令とか頼み事は絶対人任せにせず、直接自分の口から伝えてる。魔王は偉そうにふんぞり返ってるだけで、部下をいいようにこき使ってるだけなんだろ。だから下が不満を爆発させて裏切ったんだ。大人は……、そんな自分勝手なやつばっかりだ!」
「勇斗…」
ずっと佐久間の怒りを一方的にぶつけられ続けた私は、彼の話を聞いている途中で堪忍袋の緒がブチっと切れた。顔から表情が消え、自分から佐久間との距離を縮めると彼の目の前に立ち右手を振り上げた。
「ん?神谷殿?」
佐久間を押さえつけながら彼の顔を覗き込んでいた凪は私に目を向けた。それとほぼ同時に、私の平手が佐久間の左頬を捉えた。辺りにバチーンッと気持ちがいいほどの音が響き渡り、一瞬時間が止まったかのように静けさが下りた。しかしそれはほんの短い間で、すぐに佐久間の絶叫が竹林に響いた。
「イッテェェェェ~~~~!!!何すんだぁぁぁ!!!」
佐久間は涙目になって頬を押さえてしゃがみ込む。凪も拘束を解いて急いで頬の具合を確認する。
「いやぁ、これは。拙者も初めて見るほどの綺麗なもみじでござる」
「変なところに感心してる場合じゃないッスよ凪さん!イッテェ!」
佐久間はジンジンと熱を帯びて痛む頬に顔をしかめる。しゃがんだままの彼に、私は怒りをにじませた声で告げる。
「実際に魔王に会ったこともないくせに、憶測でこれ以上彼を悪く言わないで!彼はもう戦いが激化してから二週間以上ずっとろくに眠りもしないで働いている。食事も満足に取れず、各地の戦況把握や指示出し、魔界や人間界を往復してしょっちゅう出かけてる。この前に仲の良い魔族のおじいちゃんに聞いたけど、人間界で戦争してる魔族たちを把握するのも大事だけど、魔界に残っている魔族たちを把握する方が大変だって。領域を治めている七天魔が戦に出ている間に悪さする奴もいるから、何か問題が起こっていないか見回り把握するのも魔界を統べる王の役目。だからここのところずっと彼は休みなく働いている」
そこまで言うと、私はキッと佐久間を睨みつけた。自分より八つも年下で大人げないかもしれないが、今回のことだけはハッキリ言わないと気が済まなかった。
「確かに大事な人を亡くして、あなたがどれほど傷つき、憎む気持ちを仇である魔族にぶつけたいということも分からなくはないけれど、でも魔王の頑張りを近くで見てきた者としてこれ以上は黙ってられない。あなたも私と同じ世界の人間だから魔王ってすごい悪い印象を持っていると思うけど、実際の彼はすごい優しい人なの。面と向かって言ったら絶対怒ると思うけど。…確かに偉そうだけど、優しい気遣いがあって、誰よりも責任感があって、そして、魔族と人間の二つの血に悩みながらもそれに付け込まれないよう必死に戦い続けている心の強い人だよ」
私の曇りのない瞳を見て、凪は納得するように頷いた。そしてしゃがんだままの佐久間を引っ張り上げて立たせる。
「神谷殿は、よく魔王を見ているのだな。……勇斗、神谷殿の目は嘘をついている目ではない。セイラ殿の言っていた通り、神谷殿の言うことは信じられるでござるよ。確かに日向を失ったことは何ものにも代えがたく、どれほど魔族に刃を向けてもこの怒りは収まるものではござらぬが、今は私怨よりも優先されるべきものがあるでござるよ。拙者はヤマトの国を治める者として、一日も早くこの戦を終わらせねばならぬ。それには、魔王との協力が必要不可欠でござる」
「凪さん……。すんません、俺、凪さんの方が日向さん亡くしてずっと辛いはずなのに。凪さんがそう言うなら、俺は…」
佐久間はようやく冷静さを取り戻したのか、先ほどまでの暴走が嘘のように静かになっている。一発お見舞いしたおかげもあるかもしれない。佐久間は目が合うと気まずそうに会釈し、もごもごと話した。
「すんません、つい頭に血が上って。確かに会ってもないのに言い過ぎました。……でも、普通にさっきの話してくれればわかりましたよ。何もあんな強烈なビンタしなくても。あまりの勢いに首がもげるかと思ったッス」
「ご、ごめんごめん。私も頭に血が上っちゃって。つい言葉より先に手が…」
私は両手を合わせて謝る。佐久間はまだ痛む頬に手を当ててむくれる。その様子を見て凪が悪戯っぽく笑った。
「仕方がないでござるよ。あの興奮しきった状態じゃあ、たとえ神谷殿が同じ話をしたとしても勇斗は聞く耳を持たなかったでござろう。あの平手打ちは心を落ち着かせるのに最適だったと拙者は思うぞ」
「そんなぁ~、凪さん」
「そもそも女子相手に怒鳴り散らすなんて男としていただけないでござる。そんなようでは将来立派な侍になれないでござるよ」
凪が佐久間に説教をし、それを私はクスクス笑いながら見守る。
緊張していた空気が緩み、ようやく和やかな雰囲気になってきたところで、突然凪さんが腰の刀を抜いて背後を振り返った。私と佐久間も警戒してその方角を見る。
少しすると、竹林の先から地面スレスレを飛ぶウィンスが現れた。ウィンスは翼を竹にぶつけてあちこち竹を揺らしながらこっちに近づいてくる。
「黒い、ペガサス?敵ッスか?」
「あの子は敵じゃないよ!ウィンスって言って、今日はあの子に乗ってきたんだ」
凪と佐久間が警戒してウィンスに気を取られていると、ふいに私の後ろにドサッと何かが落ちてきた音がした。音に気づき全員がそちらに目を向けようとした時、それより早く私は背後から抱きしめられていた。
「よかったえり殿。怪我はないな」
「ジーク!?どうしてここに!?ていうかいつの間にどっから登場したの!?」
ジークフリートは右手で剣を構え、左手で私を抱きかかえている。刀を抜いている凪は無意識にジークフリートに向けて構えた。ウィンスは注意を向けさせるための囮役だったようで、役目を終えて迂回しながら私とジークフリートのところまで来た。
「迂回して竹を伝って真上からな。ウィンスにわざと竹を揺らして大きな音を立てながら近づけさせたから、俺の方はあまり聞こえなかっただろう。驚かせてすまなかったな」
律儀に謝ってくるジークフリートに、私はブンブンと首を横に振る。
「それより、急にいなくなって心配したぞ。ネプチューン殿に会って戻ってきたらどこにもいないものだから」
「ご、ごめんなさい。たまたま凪さんたちに会って、魔王の伝言を伝えるためにひとまず静かなところに移動したの」
ジークフリートと凪は無言で視線を交わすと、まるで示し合わせたかのように同時に武器を収めた。
「その者が先ほど神谷殿が言っていたネプチューンへの使者か」
「そう。魔王の信頼する部下の一人で、ジークフリートって言うの。ジーク、知ってるかもしれないけど、殿様の凪さんと私と同じ世界の人間の佐久間君だよ」
「ジークフリート…?」
凪はそう名前を呟くと、ジークフリートと愛馬ウィンスを交互に見た。そして顎に手を置くと、自分の記憶を確認するようにジークフリートに訊ねる。
「ずいぶん前に滅んだセイントフィズ王国に、神の加護を受けたとても優れた聖騎士と神の使いと呼ばれし白馬ペガサスがいたと聞く。確かその聖騎士の名がジークフリートと記憶しているのだが、そなたと何か関係が?」
「…………」
漆黒の鎧兜に身を包んだジークフリートは何も答えない。凪は兜で覆われた表情すら見透かすように、じっと目をそらさずジークフリートを見つめる。
(セイントフィズ王国…?初めて聞く名前。もしかしてジークが人間だった頃に住んでいたところ?聖騎士って言ったけど、ゲームの職業でよくあるパラディンってやつだったのかな、昔)
ジークフリートは背を向けると、そのままウィンスに跨ってしまう。
「俺は魔王様にお仕えする魔騎士ジークフリート。聖騎士などには縁のない魔族だ。貴殿の人違いだろう。えり殿、もう魔王様から頼まれた伝言は済ませたのか」
「あ、うん。もう説明したよ」
「なら、もうこの場に留まる理由はない。すぐに魔王城に戻るぞ。帰って魔王様の仕事を手伝わねばならん」
急かすようにジークフリートは私に向かって手を伸ばした。私は少し迷ったが、凪と佐久間に一礼をしてからジークフリートの手を取った。彼は軽々と私を引き上げると、所定の位置に私を座らせる。
ウィンスは大きく嘶くと、上手く竹林を避けながら浮上する。
「ネプチューン殿には攻撃を緩めるよう上手く伝えておいたが、しばらくは海岸付近に近づかないほうがいい。変に魚人族を刺激すれば魔王様の命令を無視してまた暴れるかもしれないからな」
ジークフリートは地上にいる星の戦士たちにそれだけ伝えると、一気にウィンスを空に急上昇させる。あっという間に凪たちは竹林に遮られ見えなくなった。
魔王城へと戻る最中、私とジークフリートの間には何とも言えない空気が漂っていた。正確には私だけがただ気まずくなっているだけなのだが。
(どうしよう。元々ジークは無口な方であまり喋らないけど、普段は全然会話がなくても苦じゃないのに、今はとてつもなく居心地が悪い。凪さんが言ってた聖騎士について聞きたいけど、さっきの態度じゃ絶対聞かれたくないことみたいだし。……ジークは元人間だった。だからその同じ名前の聖騎士は十中八九ジーク本人であってるはず。当時もペガサスと一緒だったみたいだし。あ~もう!気になるけどいつも良くしてくれるジークに嫌われたくないし、とりあえず何か別の話題を…)
「えり殿。先ほどあの二人に偶然会ったと言っていたが、あの二人は今日どうして海岸に?」
私が頭の中でグルグル悩んでいると、先にジークフリートの方から話題を提供された。私はすぐにぐちゃぐちゃになった思考を中断して答える。
「あぁ、凪さんたちは二人だけで奇襲をかけに行こうとしていたらしいよ。危ないから私がすぐに止めたけど」
「奇襲!?ネプチューン軍にか?いくら星の戦士の力をもってしても自殺行為だ。確かにあの隠密能力は強力だが、それでもただでは済まないだろう。たまたま会えて未然に被害が防げてよかった。それに、もし奇襲後だったらネプチューン殿も魔王様の命令を聞き入れなかっただろう」
ジークフリートの危惧に、私もすぐさま同意した。もし奇襲なんてされた後だったら、気性の荒い魚人族は聞く耳なんて持たずに人間を襲いにすぐ軍を興していただろう。
「佐久間君すごい怒ってた。あまり態度に出してなかったけど、凪さんもかなり魔族のこと憎んでると思う。二人にとってとても大切な人を亡くしたから。私は戦争で知り合いを亡くしたことがないから気持ちを全部理解することはできないけど、それでも、たった二人で奇襲をしようとするほど魔族を討ちたかった気持ちはなんとなく分かる。亡くなった側近の仇を討ちたかったんだよね。……私も前にドラキュリオが戦場に向かう時、今度こそ死んじゃったらどうしようって考えたことがある。そしたら私はきっと後悔して、ドラキュリオを殺した人を憎んでしまうって。本当、戦争ってどうしようもないよね…。悲しみしか生み出さないよ。戦争に勝ったとしても、それから得られるものに富や真の幸福は宿ってない…」
私が語っている間、ジークフリートは黙ってじっと聞いていた。語り終わった後も、しばらく私たちは無言で空を飛び続ける。
「争いの火種は日常のどこにでも潜んでいて、ふとしたきっかけでその火種は燃え上がり取り返しのつかない大きな炎となる。そして周囲を巻き込んで、消すことのできない戦となるんだ。……魔王様にも報告しておこう。戦争が終われば、正式に謝罪する機会もあるかもしれない」
「うん。謝ってすむ問題じゃないけど、まずその気持ちが、一歩歩み寄る姿勢が大事だもんね」
私が首だけ振り返って答えると、ジークフリートは兜の下で笑って頷いてくれた気がした。
「…えり殿」
「ん?」
「……いや、ありがとう。えり殿」
私は首を横に倒して先を促したが、ジークフリートは何故か言葉を濁してお礼を言うだけだった。私は訳が分からず、頭上に次々と疑問符を浮かべる。
「え?え?何、なんのお礼?よく分からなかったんだけど」
私が説明を要求しても、ジークフリートは笑うだけでそれ以上教えてくれなかった。私は魔王城に着くまで追及を続けたが、結局その時の彼の言葉の意味が分かるのはもっと後のことだった。
空に欠けた白い月が浮かぶ夜、ヤマトの国を治める殿様は天守閣にいた。すぐ後ろには長年彼に仕えてきた側近ではなく、同じ星の戦士が控えていた。
「凪さん、城に戻って来てから何をずっと考えてるんスか?これからの戦のこと?それとも、今日会ったあの黒い騎士のことスか?」
佐久間は、障子を開けて城下町を眺めている凪の横顔を見る。
殿様とはもう半年の付き合いになるが、とても聡明でいつも先の先を考えている人だ。そのため、時々何を考えているのか分からないことが多々ある。いつも突拍子もないことを言い出す癖があるが、それはいつも誰かの人のためになることだった。佐久間はこの世界に来てからずっとそれを近くで見て来て、凪は一番信じられる男だと確信していた。
「どちらについても考えているでござるが、やはり今一番気になるのはあのジークフリートという男でござろうか。当時、この離れたヤマトの国にさえ伝わるほどの義の男だと聞いた、聖騎士ジークフリート。黒い毛並みであったが、神の使いと言われるペガサスも連れていた。てっきり本人だと思ったのだが」
「いやいや。でもあいつ魔族って言ってましたよ。気配も禍々しくてそれっぽかったし。とても人間には見えなかった。ましてや聖騎士なんて」
ないない、と佐久間は両手を上に向けて首を左右に振る。
「う~ん。今度カイト殿にも聞いてみるか。騎士に関していえばカイト殿の方が拙者より詳しいからな。…それはそうと勇斗。今日の神谷殿に対する態度は酷かったぞ」
佐久間は肩をビクッと跳ねさせると、お説教から逃げようと静かに後ろに下がり始める。しかしタイミング悪く畳が軋み、すぐに気づかれてしまう。凪の視線に射られ、佐久間は観念してその場に正座する。
「勇斗よ、拙者の父上が遺した言葉を教えてやろう。憎しみに囚われ心が曇ると、やがて善なるものも見えなくなる。全てが憎悪の対象になり、やがて憎しみの炎はそのものを鬼へと変える。破滅へと導くその憎しみは、やがて鬼そのものを地獄に落とす。自らが他者に振りまいた憎しみの種に討たれ。…つまりは因果応報。憎しみに囚われ力を振るえば鬼になる。鬼になれば、待つのは破滅のみ。ゆめゆめ忘れるでないぞ、勇斗」
凪は佐久間に言い聞かせると、再び外の城下町へと目を向ける。天守の表に出て手すりに手を置くと、遠くに広がる点々とした小さな明かりをじっと見つめる。家から漏れるその小さな光は、彼の守る大切な民たちの命の灯に見えた。
「憎しみの鬼になってはならぬ。この国に生きる愛すべき民たちのために……」
凪は後ろにいる佐久間にも聞こえない声で小さく呟くと、しばらく月明かりに照らされながら城下を眺めるのだった―――。




