第二幕・第四話 神へのリベンジ
魔王城の一階にある食堂室にて、私は城勤めの魔族たちに混じって朝食を食べ終えた。
魔王から地下牢ではなく自室を与えられてからは、私は魔族たちに混じってここで食事を取るようになった。最初の頃はかなり警戒されたり奇異の目で見られたが、傍にケルがいたので特に何か言われたりはしなかった。
ケルがいなくなって一人で食事をするようになってからは、一人ぼっちの私を見かねてランタンを持つ悪魔のラン君やメリィが時々一緒に食べてくれるようになった。そのうちに他の魔族たちも少しずつコミュニケーションを取ってくれるようになり、今では誰かしらと並んで食事を取れるまでになった。
「さてと、今日は正面庭園の方でもお掃除しようかな」
食器を片そうと椅子から立ち上がった時、後ろにある食堂室の扉が大きな音を立てて開かれた。私だけではなく、周りにいる魔族たちも音に驚いて扉を振り返った。
「見ぃ~つけた☆おっはよ~、えりちゃん!久しぶり~、会いたかったよ~!」
朝からすごい高いテンションで現れたドラキュリオは、私のところまでやってくると躊躇なく抱きついてきた。私は短い悲鳴を上げると、嫌がる彼を無理矢理引きはがす。ケル相手なら抱きついてきても全然抵抗はないのだが、ドラキュリオぐらいの見た目になってしまうともう小さい子扱いするには無理がある。
ハグを拒否されブーブー口を膨らませるドラキュリオに、私は改めて挨拶をした。
「おはようキュリオ。会いに来てくれるの久々だよね。今日はどうしたの?」
私が訊ねると、まだ若干ふて腐れていたがドラキュリオは用件を話してくれた。
「実はね、今日はボクにとって大事なリベンジの日だから、せっかくだからえりちゃんの顔見てから戦いに行こうかなって思ったの。その方が元気とパワーもらえて思いっきり戦えそうだから」
「…リベンジ?これから戦場に行って誰と戦うの?」
「ボクがリベンジと言ったら、もちろんあのにっくきダイス小僧だよ!今度こそあの澄ました顔を崩して泣かせてやるんだから!」
胸の前で両拳を握りしめてリベンジマッチと意気込むドラキュリオだったが、燃える彼とは対照的に私は不安で顔を曇らせた。
「ダイス小僧って、神の子とか言われてる星の戦士だよね。この前能力を使ってキュリオたちに毒を盛った。またその子と戦うの?危険だよ!また毒に侵されたら……」
「そんなに心配しなくても大丈夫!アイツの能力は日替わりだからネ。今日はきっと毒じゃない効果だよ。そうそう同じ効果にぶち当たってたまるかっての。でもまぁ、万一のことに備えて今回はサポートにジャックの援軍をつけてもらってるから。一応毒対策はバッチリだよ☆」
そう言ってドラキュリオは親指を立ててウィンクした。
「う~ん、でも心配だなぁ。……ねぇ、私も一緒について行っちゃダメかな。私がいればいざという時また治してあげられるし。それに、神の子には私まだ会ったことがないから会ってみたいな。話せば分かる子だったら、この前みたいな毒で大勢殺すようなこと止めてって言いたいし」
私は真剣な表情で話すが、ドラキュリオからは呆れたため息が返ってきた。
彼は私を連れて食堂室を出ると、まるで子供に言い聞かせるように話しだす。
「えりちゃん。今ボクたちは戦争中なんだから、大勢殺すななんて説得されて、はいそーですかって敵が言うはずないでしょう。ボクたちだって今まで大勢殺してるんだし。まぁ、ボクの軍はある程度手加減してあげてるけど」
「手加減…?」
「ボクら吸血鬼一族は本来、弱い者は守り助けてやる存在だと認識しているからネ。強い者が弱い者イジメなんて格好悪いじゃない。だから誇り高きボクら吸血鬼が人間相手に本気を出すわけにはいかないってこと。よっぽどのことがない限りボクの眷属たちは手加減してると思うよ。悪魔族の部下たちは普通に戦っちゃってると思うけどネ」
ドラキュリオが自慢げに言うには、手加減していなかったら一撃で人間のひ弱な体など吹っ飛ばし、とっくの昔に人間軍なんて全滅させていると言う。ただ普段手加減していると言っても、日に日に蓄積されていったダメージがもとで死んでしまった人間も大勢いるだろうが、こればっかりは戦争だからどうしようもないとドラキュリオは言った。
「ボクもね、魔王様から裏切者の話を聞いてからは、人間相手に戦ってもしょうがないと思ってますます手加減して戦ってるんだけど、でもボクの部下全員に流して戦うように命じるのは難しくて。下手に動いて裏切者を刺激するのもマズイしね」
「でも、もうクロウリーとガイゼル王がほぼほぼ裏切者で確定なんでしょ。だったらもうお互い殺し合いなんてする必要ないのに。早く人間と魔族で手を取り合って戦えるようになったらいいのにな」
「えりちゃん…。大丈夫だよ!魔王様も色々頑張って動いてくれてるみたいだし、星の戦士側も協力してくれてるんでしょ。きっともうすぐ戦争なんてなくなるさ!」
これから戦争に赴くというのに、ドラキュリオは私を元気づけてくれた。私に会って元気をもらいに来たと言っていたのに、これでは立場が逆になってしまった。
私は心の中で自分に喝を入れると、ドラキュリオに協力するためますます意気込んだ。
「よし!キュリオに元気づけてもらっちゃったし、今度は私が力を貸すね!ピンチの時は毒だろうと何だろうと助けてあげるから!」
「んん!?まだ戦場についてくるつもりなの!?危ないからお城にいたほうがいいってば。…さては、この間ボクがやられてるところを見たからボクの強さを信用してないな!これでも七天魔なんだから、戦ったらすっごく強いんだよ!この間はたまたまだから!」
じとーっとした目で顔を覗き込んでくるキュリオに、私は慌てて首を横に振った。
「キュリオの強さを疑ってるわけじゃなくて、もうキュリオのあんな姿を見たくないというか。ただ心配なの。見てないところでまたあんなことになったらって……」
「う~~~。でもやっぱりそれってボクのこと弱いと思ってるんじゃ…。ん?それとも子供扱いしてる!?」
何故か急に違うほうにスイッチが入り、今度は子供扱いしてるんだと怒り始めた。見た目が幼いから確かに心配する要素の一つになっているが、それでも彼の反応は過剰反応だった。よっぽど子供扱いされるのが嫌いらしい。
お城の大広間で興奮するドラキュリオを宥めていると、ちょうど魔王に出陣報告をしてきたジャックが通りかかった。
「あ、えりさん。おはようございます。えっと、大丈夫ですか?」
「おはようジャックさん。ううん、あんまり大丈夫じゃないです」
ジャックはむくれているドラキュリオと私の間に入り、事の経緯を聞いた。
「な、なるほど。そこまで腹を立てることかな。別に一緒について来てもらえばいいじゃない。もしもの時にえりさんがいてくれれば確かに心強いよ。この間実際に助けてもらったんだから、キュリオ君は彼女の実力は分かっているだろう。そ、それに、仲間である星の戦士に会いたいという気持ちも分かるな。ぼぼ、僕は、彼女が同行するのに賛成です」
私は強い味方を得、重ねてドラキュリオに懇願した。長い間唸っていたが、結局最後にはドラキュリオが折れてくれた。彼は前線へ戦いに出てしまうため、援軍として来るジャックの傍を離れないことが条件となった。
私は正面庭園のいつもの場所にいたおじいちゃんに戦場に行って来ることを伝えると、ドラキュリオとジャックと共に神の子が待つ戦場へと赴いた。
二人と共に魔法陣を使いやって来たのは、辺り一面雪の大地に覆われた銀世界だった。
何の事前説明も受けずに来たため、当たり前のことながら私は寒さ対策もせず薄着だった。半袖姿でガタガタ震えている私を見て、すぐさまジャックが植物の特殊な素材を使った洋服やブーツを魔法で手作りしてくれる。
なんとか暖を取ることができた私は、白い息を吐き出しながら感想をもらす。
「すご~い!この間はおじいちゃんと砂漠に行ったけど、今日は見渡す限り雪原だね。吹雪いてないからまだいいものの、大雪だったら遭難とかしそうだね」
「ここ、この地域は一年のほとんどが雪に覆われていて、晴れている日の方が少ないんです。この雪原をずっと進んで行くと、オスロという人間の街があります。な、なんでも、カジノが有名な街らしいです」
花びらや樹皮やら色々混ぜ合わせ器用に花の帽子を作ってくれたジャックは、私の頭に積もった雪を手で払ってから被せてくれる。これでひとまず頭に直接雪が積もることは回避できた。
「へぇ~。この世界でもカジノとかあるんだ~。私は運がないからお金全部なくなっちゃいそうだけど」
「ダイス小僧はその街出身らしいけど、一度も賭け事で負けたことないんだって。とにかくすごい強運の持ち主なんだよ。だからみんな恐れと畏怖を持って神の子なんて呼んでいるんだ」
歩きにくそうに積もる雪を掻き分けて進む私をみて、ドラキュリオは私の腰を引き寄せると空を飛んで移動した。以前一緒に空を飛んでジェットコースターばりの酷い目にあったので、今度はスピードを出し過ぎないよう私はくれぐれも注意するようお願いした。
「ボクらが来る前に布陣は済ませておくよう部下たちに伝えたから、もう戦の準備は整ってるはず。ほら!アレだよ!」
ドラキュリオが右手で指し示す方角を見ると、確かに魔族の一団が二つあった。おそらく前線に布陣している一団がドラキュリオの軍で、後ろにある小さい一団が援軍として駆け付けているジャックの軍だろう。魔族が布陣しているさらに奥には、完全武装した人間たちの軍が布陣していた。もういつでも開戦する準備は万端のようだ。
私たちは急ぎ軍に合流すべく雪原を駆けた。
軍に合流すると、ドラキュリオは私をジャックに預けて前線にいる自分の軍に行ってしまった。私はジャックと一緒に後方配置されているところにいるので、その場で飛び跳ねようともなかなか戦況を把握できない。
じれったそうにヤキモキしている私を見て、ジャックは苦笑いしながら言う。
「そそ、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。キュリオ君はまだまだ若いけどしっかりしているから。争いを好まない僕たち植物人と違って武闘派だから、周りの眷属や部下も強いしね。敵の星の戦士がこの間のような強い効果のある出目を出さない限り心配いらないよ」
ジャックの出目という言葉を聞いて、そういえば詳しく星の戦士の能力を聞いていなかったと気が付いた。私は今更ながら神の子の詳しい能力を訊ねる。
「えっと、神の子の能力はダイスフィールドと言って、能力で出した特殊なダイスを振って、その出た目の効果が周囲のフィールドに反映されるんだ。ダイスは一度に三つまで出せて、今のところ六面・八面・十面・十二面・十八面・二十面のダイスがあるみたいだね。面の多いダイスの方が良い目が出にくいからこちらとしては助かるんだけど」
私は勝手に普通の六面サイコロを想像していたのだが、話を聞いてみたらダイスでも色々あるようだ。
「出目は攻撃系・回復系・支援系・トラップ系・一発系・出目指定の六種類。攻撃系・回復系・支援系が全体の面の八割を占め、残りのトラップ系が一割、一発系と出目指定が合わせて一割を占めてる。さ、さらに、出目の効果は日替わりで、例えば昨日は攻撃の出目で炎の魔法が発動したとする。でも今日は攻撃の出目を出すと風の魔法が発動する。というように、日によって彼の能力は変わるのが特徴かな」
「ふ~ん。何だか使い勝手の悪い能力だね。例えば誰かが怪我してても、回復の出目が出なかったらいつまで経っても怪我の手当てができないってことでしょ。不便だわ~」
「しし、しかも、彼の能力はダイスを振ったらキャンセルとかできないみたいだね。必ず出た目の能力が発動する。攻撃の出目が出てしまったら、途中でやっぱり攻撃したくないと彼が思っても、否が応でも能力が発動してしまうみたい」
「何それ…。じゃあこの間の毒も、もしかしたら彼の意志じゃなかった可能性もあるのかな」
私がそう問いかけると、ジャックは困ったように首をひねった。やはりそればっかりは本人に直接確認してみないと分からないようだ。
私はますます前線にいるドラキュリオと星の戦士が気になった。少しずつ前へ前へと進み、飛び跳ねながらそれらしい姿を探す。
私の様子を見守っていたジャックは、周りの部下たちに何事か指示を出してからこちらに近寄ってきた。
「もう、しょうがないから、僕が一緒に前線まで行ってあげるよ。このままほっといたら、えりさん一人でどんどん前に行っちゃいそうだから」
「ジャックさん、ありがとう!」
私は彼に感謝すると、味方魔族を掻き分け前線を目指し戦場を進んで行った。
私ははぐれないようジャックのすぐ後ろを歩きながら、吸血鬼一族や悪魔族の間をすり抜けていく。
前線からは時折悲鳴が聞こえ、悲鳴と同時に何人もの魔族が宙を舞っているのが見えた。遠くからでも見えるその異常な光景に、私は頭の上に疑問符を浮かべた。
「ど、どうやら今日のダイスの攻撃出目は、土魔法が発動するようだね。さっきから土魔法を喰らって打ち上げられてる連中がチラホラ見えるから」
ジャックはなるべく進みやすい道を選びながら前へと進んで行く。
(土魔法を喰らってあれだけ吹っ飛ぶとは、恐ろしい威力。ランダム発動とはいえ、やっぱりダイス能力侮れないな。前線に行ったら私も喰らわないように気を付けないと)
私はいざという時どう防ごうか考えながら歩を進めた。
ドラキュリオ軍の中心辺りに来たところで、突然ジャックが立ち止まった。何事か聞こうと口を開きかけたところで、彼の鋭い声が飛んできた。
「えりさん!伏せて!」
私は彼の言う通りすぐさまその場に伏せると、顔だけ上げて周囲を確認した。
私の前に立つジャックは前方に手をかざすと、地面から無数の幹や蔦を生やした。植物で即席の壁を造り出したところで、大きな衝撃が植物を襲った。植物は大きく歪んだが、何とか持ちこたえることができたようだ。私たちの周りにいた魔族たちは攻撃を防ぐことができなかったようで、何人かが雪の上に倒れていた。
私は何が起こったのか分からず、立ち上がりながらジャックに訊ねる。
「今一体何があったの?よく見えなかったけど」
「えっと、敵軍の投雪機による攻撃。大きな雪玉が飛んできたんだよ。この空模様で雪も降ってるから、色が景色と同化しちゃって、油断してると気づいた時には避ける暇がないんだ。この地域ならではの兵器だね」
「投石機ならぬ投雪機ね。そんなのも用意してるんだ。確かにこの天気じゃ、注意してないと空から降ってくる雪玉なんて見逃しちゃいそう」
私はジャックに助けてもらった礼を言い、雪が舞う空を見上げた。武器を手にして戦うだけではなく、色々な戦い方があるのだなと今更ながらに思う。
投雪機の攻撃に注意しながら先に進むと、ようやく前線で戦う兵たちが見えてきた。その中でも一際大きな声を上げながら暴れ回っている人物がおり、目を向けてみるとそれはいつか見た覚えのある少年だった。
「あれって、前にキュリオの城で見た従弟の…、名前は~」
「ドラストラ君だね。キュリオ君の次に吸血鬼一族の中で強いと言われている子だよ。最近では体術もキュリオ君に引けを取らない実力だって言われているね」
私が名前を思い出せず眉根を寄せていると、ジャックが先回りして教えてくれた。
彼の話す通り、ドラストラの体術の腕前はかなりのものだった。流れるような動きで次々と敵を倒しては、敵前線を崩壊させていく。以前ドラキュリオの城で出会った時は、ドラキュリオにひたすら突っかかってくる感じの悪い少年だったが、今はイキイキとした表情で人間相手に大暴れしている。周りにいる仲間たちも、ドラストラの奮闘を見て士気を上げているようだった。
「オラオラオラァ~!もっと全力でかかってこいよ人間でも!じゃないとすぐにあの世送りだぜ!」
ドラストラは視界に入った人間から手当たり次第に襲っていく。彼の殺気に当てられて立ちすくむ相手にも容赦なく蹴りや掌底をお見舞いしていく。その容赦のなさに、私は心の中にどんどん憤りを溜めていった。
「ちょっと、いくら戦争だからってあんなに一方的にやるのは間違ってるよ!虐殺もいいとこじゃない!キュリオは吸血鬼一族は手加減して戦ってるって言ってたけど、絶対あのドラストラは手加減なんてしてないよ!あんなのキュリオが言う誇り高き吸血鬼一族じゃない!」
我慢できずに私がその場で吠えると、ジャックがおろおろしながら私の気を落ち着かせようとする。
それでも気が治まらず、どうにかしてドラストラの凶行を止めようと考えていると、私より先に総大将であるドラキュリオが止めにやって来た。
「おいストラ!お前ボクの許可なく何暴れてるんだ!今すぐ後ろに下がれ!今日はもう前線に上がるな!」
「ハァ!?お前こそ何言ってんだよ!オレたちは戦争してるんだぞ。敵相手に暴れて何が悪い!褒め称えられるならまだしも、注意される覚えはないぞ。むしろ七天魔なんて肩書持ってるくせに、お前の方が戦わなさすぎなんだよ!この腰抜け王子!お前のせいでこっちの士気が下がるんだよ」
「なんだとぉ~!相変わらず年上に対する口の利き方がなってないな!ボクが優しいからって、いい加減調子に乗ってると痛い目みるよストラ」
ドラキュリオは殺気を漲らせると、ドラストラに向けて構えを取った。ドラストラも人間との戦いを中断して身構える。そして二人の間で見えない何かが交錯した瞬間、お互いに攻撃を繰り出し始めた。周りにいた魔族と人間はとばっちりを喰らわないよう、戦闘を始めた二人から一斉に距離を取った。
「あ、あっという間に従弟喧嘩が始まってしまった…。戦場のド真ん中でいいの、アレ?」
呆気に取られている私に、ジャックは冷静に分析して説明してくれる。
「だだ、大丈夫だよ。ドラストラ君は何も考えていないだろうけど、キュリオ君はちゃんと考えて戦ってる。多分これ以上ドラストラ君が人間を傷つけないよう、自分に怒りの矛先を向けたんだ。二人で戦っている間は、人間たちも安全だからね」
「なるほど。ただ喧嘩吹っ掛けただけじゃなくて、ちゃんと考えてたんだね。さっすが吸血鬼界のプリンスと言うだけあって、しっかりしてるじゃないキュリオは」
普段は問題行動ばかりだが、ちゃんとやる時はやる男のようだ。
二人の体格、身長差は二回りほど違うが、ドラキュリオはそのハンデをものともせず戦っている。七天魔の一人に数えられ、伊達に魔王としょっちゅうやり合っているだけはある。
派手な従弟喧嘩の最中、その二人の戦いに割って入る者が突如現れた。
外部から攻撃の気配を感じた二人は、ほぼ同時に空中へと飛んだ。すると次の瞬間、二人が先ほどまでいた地面が盛り上がり、剣山のように鋭い大地が襲いかかった。二人は攻撃を喰らわないよう、右へ左へ空中で土魔法を躱していく。近くにいた魔族たちは不意打ちの攻撃に対処できず、もろに土魔法を喰らって積もった雪と共に空へと打ち上げられた。その光景を見て、遠くから見えた、人が空に打ち上げられていたのはこういうことだったのかと納得する。不思議なことに、人間には何の被害も出ておらず、味方は巻き込まないように補正がかかっているようだった。
「戦場で魔族同士喧嘩をするなんて、ずいぶんと余裕だね。それともただの馬鹿なのかな。…まぁいいや。これ以上味方の被害が拡大する前に撤退してもらうよ」
そう言って姿を現したのは、形の違う三つのダイスを宙に浮かべた少年だった。
少年は黒のフォックスファーを被り、雪国ならではの毛皮のコートを着込んでいた。手には防寒対策に黒の手袋をし、足元も黒のブーツを履いていた。小学校高学年くらいに見えるその少年は、空から地上に降りてきたドラキュリオたちを見るとダイスを構えた。
「星の戦士のガキが!いいところで割り込んでくんじゃねぇよ!もう少しでオレがキュリオに膝をつかせるところだったのに」
「ちょっと!平然と嘘つかないでくれる!?ボクのが明らか押してたでしょ!」
星の戦士の目の前でまた言い争いを始める吸血鬼二人。少年は喧嘩をする馬鹿二人にさして興味はないようで、さっさとダイスを振り始める。ダイスは十二面体二つに十八面体のダイス一つで、それぞれお腹に抱えて持つくらいの大きさをしている。ダイスは空中でクルクル回ると、地面にそのまま落下した。出た面には何やら特徴的なマークが描かれている。
「あぁ~!なに勝手にダイス振ってんの!?」
ドラキュリオはそう叫ぶと再び空中へと飛んだ。ドラストラも舌打ちすると、ドラキュリオ同様マントをコウモリのような形の羽にかえて空へと逃げる。
ダイスはどうやら二つが攻撃の出目、一つは回復の出目だったようだ。周囲の人間たちの傷が回復し、ドラストラにやられた者たちも一気に態勢を立て直し始めた。
「すごい!これがダイスフィールドって能力なんだね。本当にサイコロの出目で戦うんだ」
攻撃の出目を喰らい、魔族の前線の一部が崩壊し始める。吸血鬼一族や悪魔族は浮遊魔法を会得している者が多く存在するが、如何せん敵の土魔法の威力が高く、攻撃を避けれる者とそうでない者がいる。
味方魔族の被害が出始めたことで、ドラストラの標的が今度は星の戦士へと変わった。
「このクソガキ!人間の分際で、この誇り高き吸血鬼一族に仇なすか!オレの手で今日こそ始末してやる!」
「あ、待て!ストラ!」
ドラキュリオの制止も聞かず、ドラストラは星の戦士目がけて急降下していった。
少年はドラストラの攻撃を予期していたのか、すでに次のダイスを振り終わっていた。ドラストラは重力を上乗せした渾身の蹴りをお見舞いしたが、見えない壁に阻まれて弾き飛ばされた。
「今のは何の効果?」
「いい、今のは支援系の出目だね。どうやら今日は結界を張る効果みたいだ」
本当に変わった能力だなぁ、と私は呟く。
そうこうしている内に、今度は次の出目効果が発揮されたようだ。周囲の魔族たちが一斉に異変を訴え始める。
「何だこの突然現れた魔法陣は!?」
「おい!魔法が使えなくなってるぞ!」
いち早く危険を察知したドラキュリオは、前線の魔族たちに直ちに魔法陣から出るよう叫んだ。
「みんな!すぐに魔法陣の外に出るんだ!その魔法陣内では浮遊魔法が使えない!敵の土魔法の餌食になるぞ!」
「もう遅いよ。みんなまとめて空に吹っ飛びな」
少年がそう告げた瞬間、攻撃の出目が炸裂した。先ほどまでとは比べものにならない数の魔族たちが、大地に突き上げられて空へと舞った。ドラキュリオとドラストラの二人はギリギリ魔法陣の外へ逃れられ、攻撃を防ぎきることができたようだった。
「あ、あの魔法陣は、おそらくトラップ系の出目効果かな。あの中にいると魔法が使えなくなるみたいだね。そそ、そこに攻撃の出目を発動させられたら防ぎようがない」
ジャックは深刻そうに話すと、倒れた仲間たちに駆け寄るドラキュリオを見た。
「さぁ、どうする?まだやるなら相手になるけど。でも、大人しく今日はもう撤退したほうがいいんじゃない。今日の出目はどれも相性がいいから、こっちは負ける気がしないよ」
淡々と話す星の戦士にイライラを掻き立てられ、ドラストラは目をギラつかせながら魔力を膨れ上がらせる。
「クソガキが!……誇り高き吸血鬼たちよ!人間相手に舐められたままでいいのか!?オレたちの方が優れた種族だということを分からせてやるぞ!全員、オレに続けぇ~~!!!」
ドラストラは周囲の仲間たちを鼓舞すると、人間軍に総攻撃を仕掛けた。ドラストラの檄に当てられた一部の吸血鬼たちも、彼に続くように人間に襲い掛かる。
「ストラめ、また勝手なことを!…眷属たち、悪魔族たちよ!怪我人に手を貸しながら一度後退するんだ!後方にいるジャックの軍には伝令を出せ!怪我人の手当てを依頼する」
ドラキュリオは怪我人に手を貸しながら次々と周りの兵に指示を出す。敵に逆上して突っ込んでいったドラストラとは対照的に、ドラキュリオは冷静に戦局を見極めているようだった。
私とジャックは頷き合うと、ドラキュリオのところまで急ぎ駆け付けた。
「キュリオ君、僕ならここにいるよ。怪我人の手当てなら任せて」
背後からかかったジャックの声に驚き振り返ったドラキュリオは、一緒にいる私を見てさらに驚いた。
「えりちゃん!?なんでこんな前線にいるの!危ないから今すぐここから離れて!」
「私のことはいいから!今は怪我人を避難させて軍を立て直すのが先決でしょ」
私は間髪入れずに言い返す。ドラキュリオは少し迷ったような表情を見せたが、すぐにジャックに向き直ると救援を求めた。
「ジャック、怪我人を一旦後方に下がらせて手当てしたい。手を貸して」
「うん、わかった。えっと、僕の力で怪我人は運ぶから、キュリオ君たちは敵の攻撃を警戒してくれる」
「わかった、守りは任せて」
ジャックは周囲にいる怪我人たちをまとめて植物で絡めとると、即席で造った大きな籠に怪我人を乗せて自軍のいる後方まで運んでいく。私はその作業を傍で見守っていたが、周りにいた魔族たちが私を獲物を見るような目で見ているのに気づき、一番安全なドラキュリオの隣に移動した。
「ボクの経験上、このままだとかなりの被害が出る。敵を追い詰めすぎたり、逆にこっちが追い詰められた時はかなりの確率で良い出目が出るんだ。早急に立て直さないとマズイ」
「やや、やっぱり七天魔の中で一番神の子に挑み続けただけあるね。敵についてよく分かってる」
ジャックは植物を操って怪我人を運びながら答える。
「それじゃあ今はあんまり敵を刺激しないほうがいいんじゃ…。ドラストラたちどんどん人間を倒していってるけど」
「まったく、アイツは何も考えず戦って。しかも眷属たちまで巻き込んで。何かあったらどう責任を取るつもりだ」
ドラキュリオは苛立たし気に呟くと、兵たちにジャックの守りにつくよう伝えた。
「ごめんえりちゃん。世話の焼ける従弟や眷属たちを連れ戻してくる。えりちゃんはジャックの傍にいて。……お前たち、彼女はボクのお気に入りだから、傷つけたら承知しないからネ」
ドラキュリオは周りの魔族にそう言い残すと、敵前線で暴れ回るドラストラの下へ急いだ。ドラキュリオのおかげで、私に向けられていた敵意のような視線は消えた。私は内心安心すると、再びジャックの傍に待機した。
ドラキュリオが前線に向かってすぐ、私以外の周囲にいる魔族たちに突如異変が起こった。皆不自然に動きを止め、信じられない表情を浮かべている。
「ん?どうしたの突然」
「か、かか、体が動きません。…正確に言うなら四肢が動かないみたいです。まるで石化魔法でもかけられたように」
ジャックは植物に手をかざしたまま身動きが取れなくなっていた。私は周囲を見回し、周りの魔族たちも確認する。全員動けなくなっているようで、各所で助けを求める声だけが聞こえてくる。
「これってもしかして、ダイスフィールドの能力!?それにしたって効果範囲広くない!?」
「ここ、これは、一発系の出目を出したみたいだね。一発系の効果範囲は彼の能力の中でも最大範囲まで及ぶものだから」
「一発系って?どんな出目なの?」
私は動けないジャックに問いかける。
「一発系は、その出目だけで一気に戦局を変える、もしくは勝負を決められる威力を秘めた出目。前回の一発系の出目は強力な毒魔法だったけど、今回は一定時間敵を拘束する魔法みたいだね」
「一定時間動けない…。そうだ!キュリオは!?」
私はジャックが止めるのも聞かず、一目散に前線へと走り出した。もうすでに前線では人間たちの狂った叫び声が聞こえる。
「いい気になって暴れ回りやがって!死ねぇ、魔族が!!」
「人間の血を吸う卑しい吸血鬼め!神の子がついている我々に敵うと思ったか!」
「冷酷非道な魔族はここで皆殺しにしてやる!」
今までの溜まった怒りを全てぶつけるように、人間たちは目を血走らせながら無防備な魔族に刃を突き立てる。魔族は身動きできず、ただ痛みに叫び声を上げることしかできない。その非道な行いに私は我慢できず、精神を集中させて妄想のイメージを急ぎ固める。
(確かにドラストラの戦い方は目に余るものだった。だけど!だからって今度は無防備な魔族を人間が殺していい理由にはならないよ!絶対に、止めてみせる!!)
私は頭の中で固めた妄想のイメージを解き放ち、無抵抗な魔族を襲う人間たちに裁きの一撃をお見舞いする。
『魔族が動けないなら、そっちは痺れちゃえ!!』
私は右手を振り上げると、いつかおじいちゃんに見せてもらった雷の槍を上空に出現させた。そのまま魔族を襲う人間たちに狙いを定めると、私は右手を振り下ろして攻撃した。雷の槍は地面に突き刺さると、辺り一帯に雷を走らせ人間たちを痺れさせた。おじいちゃんのオリジナル魔法ではかなりの威力を発揮する攻撃魔法だったが、私の妄想で攻撃性の威力は落として痺れさせるのに特化した使用に変更している。
魔族を攻撃していた人間たちはみんな雪の上に倒れ込み、私の計算通り痺れて動けなくなった。
私はドラキュリオを探そうと走り出したが、目の前に同じ星の戦士が立ち塞がった。
「まさかこの戦場に来ていたとはね。あなたが異世界から来た最後の星の戦士、神谷さん、だっけ。中立って聞いてたんだけど、まさか人間相手にあんなものぶっこんでくるとは。セイラさんに聞いてた印象とだいぶ違うね」
少年は私を見定めるように無表情でじっとこちらを見つめてくる。神の子と言われているだけあって、不思議な雰囲気を持つ少年だった。私は目をそらさず、真っ直ぐ少年を見据えて話した。
「セイラちゃんから私のこと聞いてるのね。でも一応自己紹介しておくわ。神谷えりよ、よろしくね。…今でも中立のつもりなんだけど、さっきのはさすがに見ていられなかったから。いくら魔族が強いからって、無抵抗な相手を殺すのは酷すぎるよ」
「……魔族の味方をするつもりではないってことだね。まぁ確かに、僕もアレはやりすぎだと思ったから止めてくれてよかったよ。下手に魔族の恨みを買って、魔王の逆鱗にでも触れたら協力関係なんてすぐ崩れちゃうからね」
少年は痺れて動けなくなった人間たちを見てこぼす。
「僕の名前はニコ。もう知ってるかもしれないけど、周りからは神の子と呼ばれてる。…僕の能力は日替わりでさ、このダイスを振ってあらゆる効果が発動するんだけど、その中でも一発系の出目は能力が発動するまでどんな効果か分からなくて。だから今回も魔族の動きを止める効果が発動するとは思ってなくてさ。周りの兵たちはチャンスとばかりに魔族を殺しにかかっちゃったわけ」
ニコの話によると、戦場にいる兵たちはニコが率いている兵というわけではなく、あくまで兵たちはオスロの領主が率いているらしい。なのでニコには兵の指揮権はなく、星の戦士として戦いに力を貸しているだけなのだという。
ニコの説明を受けて私が納得し相槌を打とうとした矢先、ダイスの効果が切れて魔族たちが自由を取り戻し動き始めた。
「うぅぅ、クソ!人間どもめ!動けない相手に斬りかかるとは……」
「おい!しっかりしろ!」
多くの魔族たちが無抵抗のまま刺されたり斬られたりしており、動けるようになった瞬間そのまま倒れてしまう者もいた。あちこちで地面の雪が赤く染まっており、短い間でかなりの被害が出たようだった。
「許さねぇ!!!人間如きがオレたち吸血鬼の血を流させるとは!!もう全員皆殺しにしてやる!!!」
血を流しながら尋常じゃない殺気を放ったドラストラは、痺れて身動きの取れない人間目がけて突っ込んでいく。
私とニコは同時に能力を発動させようとしたが、とても間に合うものではなかった。
「ダメ!間に合わない!」
私が悲痛な叫び声を上げた時、横からドラストラを止めにドラキュリオが現れた。ドラキュリオも肩から血を流しており、動けない間に人間に襲われたようだった。
「やめろストラ!!!無抵抗な弱き者に手を上げるつもりか!それでも誇り高き吸血鬼一族か!?」
「そこをどけキュリオ!!!なにが誇り高き吸血鬼一族だ!人間相手に血を流しておいて無様に撤退するのか!?それこそ誇り高き吸血鬼一族にあるまじき姿だ!奴らも同じ目に、いや、それ以上に惨たらしく殺してやる!!」
興奮して目を血走らせるドラストラに、ドラキュリオは瞳に冷たい光を宿らせると、今までとは比べものにならないくらい強い力で従弟を殴りつけた。本当に一瞬の出来事で、ドラストラも攻撃に反応できず、もろに腹に一発喰らって吹っ飛んだ。
私とニコがいるすぐ近くまで吹っ飛んできた彼は、お腹を押さえて激しく咳き込んだ。
「ゴホッ、ゴホゴホッ!テ、テメェ、よくも、やりやがったな!目の前にいる人間を庇って、同族に手を上げるとは!それでも王子か!」
「…ボクの命令をことごとく無視しておいてよく言うよ。そもそもストラが突っ込んで敵を刺激しなければ、ボクの大事な眷属たちが傷つくことはなかったんだ。今回の被害、どう責任を取るつもりだい」
いつも無邪気に話す彼とは違い、声音から相当怒っていることが窺える。ドラストラもその見えない迫力に気圧されたのか、無意識に数歩後退る。
「責任って…。ん?」
お腹を押さえながら後退するドラストラは、視界の端に私を捉えると、ニヤッと笑って一瞬で私との距離を詰めてきた。
「キャア!ちょっと、何するの!?離して!」
私は逃げる間もなく彼に捕まると、あっという間に背後を取られて身動きを封じられた。
「責任を取れって言うなら今すぐこの女の血を飲んで倍以上の戦果を上げてやるよ!この戦争に勝てば文句はねぇだろ。ついでに怪我した同族たちもこの女の血を飲ませればすぐに怪我なんか治る。実質被害はゼロだ」
口から鋭い八重歯を覗かせるドラストラを見て、私は彼の腕の中で全力で暴れた。
「嫌ぁ~~!!!離して!今すぐ離して!血を吸われるなんか絶対に嫌だ!」
「くっ!コラ、暴れるんじゃねぇ!」
「神谷さん!」
拘束された私を開放しようとニコはダイスを振ろうとしたが、それより早くニコの視界を横切った影があった。
「おい、誰の女に手を出してる」
怒りに満ちた低い声が聞こえたかと思ったら、私の顔のすぐ横をものすごい衝撃が通り過ぎていった。耳の横で風を切る音がし、気づいたら再びドラストラが後方に吹き飛ばされていた。
突然拘束が解けて後ろによろめいた私は、急に目の前に現れた少年に抱き寄せられた。
「よかった間に合って。ボク以外の男に血を吸われるなんて我慢できないからネ。君はボクのお気に入りなんだから」
「……キュリ、オ?」
私は自分を抱きとめる少年を見上げた。一撃でドラストラを倒した彼は、いつか鏡の中で見たドラキュリオの真の姿だった。確かその時に聞いた話では、持っている力が強すぎて普段はセーブしているという話だったが、今は本当の姿に戻っている。
いつもの中学生くらいの姿を見慣れているせいか、少し大人びた大学生くらいの姿の彼を見て私はドキドキしていた。鏡で見た時も思ったが、成長したドラキュリオは王子だけあってかなりのイケメンだった。
「みんな!怪我人に手を貸して今日は一旦撤退だ!後日仕切り直す!異論は一切認めない!直ちに撤退を開始しろ!」
ドラキュリオの命令を受け、魔族たちは大人しく撤退を開始する。反発して人間にやり返したいと騒ぎ始めるのではと思っていたが、意外にもみんなドラキュリオの命令に従っている。やはりなんだかんだ言って七天魔として率いている実力はあるようだ。
「なんで、やられっ放しのまま撤退するんだよ!お前らも、女の血を飲めば怪我なんてすぐ治る!そしたら人間どもに借りを返せるぞ!」
ドラストラはまだ立ち上がることができず、雪の上に手をついたまま仲間の吸血鬼たちに呼びかける。
「…いや、さすがにあの娘の血は飲めない。あの娘が人間どもを痺れさせてくれたおかげで俺たちは助かったんだ」
「そうだ。あの子が止めてくれなければもっと被害が出ていた」
「恩を忘れて血を飲むなど、誇り高き吸血鬼のすることではない。それに、王子が目をかけている女に手を出す馬鹿がどこにいる」
先ほどドラストラの檄でついていった同族たちも、今度ばかりは彼の言葉に賛同する者は誰もいなかった。
ドラストラは悔しそうに奥歯を噛みしめると、腹部を押さえながら低空飛行で自軍の兵の波に紛れていなくなってしまった。
「……行っちゃった。ふ~~。ようやく一段落だね。ありがとう、キュリオ。助けに来てくれて。本当の姿を生で見るのは初めてだね」
私は少し目線が高くなった彼をまじまじと見る。すると、若返るかのようにたちまちドラストラの姿がいつもの中学生くらいの見た目へと戻ってしまった。思わず私はがっかりした顔つきになる。
「え~、もう戻っちゃうの~。せっかくかっこよかったのに。残念」
「エヘヘ。そんなに本当の姿のボクに惚れちゃった?ま、吸血鬼界の王子だから惚れるのも無理ないと思うけどネ~☆」
ドラキュリオは少し照れ隠しをしつつ自慢げに言う。
私とドラキュリオが話していると、ダイスを引っ込めたニコが近づいてきた。
「怪我がないみたいでよかった。ごめん神谷さん。能力で助けようと思ったんだけど、それより早く七天魔の彼が動いたから」
そう言うとニコはドラキュリオに視線を移す。対するドラキュリオはというと、まるで天敵にでも会ったかのように嫌な顔をして最後にはべーっと舌を出した。
「当ったり前でしょー。えりちゃんのピンチを他の男に助けられてたまるか。ましてや宿敵である神の子になんかネーっだ!」
「…セイラさんに聞いた通り、どうやら神谷さんは本当に魔族に気に入られているようだね。……まぁ、一部の魔族にだけだと思うけど」
ニコは無表情でドラキュリオを見て言う。あっかんべーをしていたドラキュリオは、今度はニコに眼を飛ばし始める。
「なになに。そんなにボクのことじっと見て。喧嘩ならいつでも買ってあげるよ。サシ限定だけど」
「……いや、別に。考えをまとめていただけ。…動けない人間に総攻撃をかけることも可能だったのに君はしなかった。君は反魔王派ではなく、話の分かる魔族のようだね。なら、僕もこれ以上争うつもりはない」
ニコは踵を返すと、痺れが取れ始めた人間を掻き分け、総大将に撤退を促すため自軍へと戻っていった。私たちはその後ジャックと合流すると、怪我人の手当てもそこそこに、全軍人間界より撤退するのだった。
戦場から撤退した私は、ドラキュリオの城に招待され、セバスが作った昼食を頂いていた。前回ご馳走になった朝食同様、セバスの料理はどれも美味しかった。私は昼食を食べながら、向かいに座るドラキュリオの愚痴をずっと聞いていた。話の大半はドラストラのことで、今回の件で相当頭にきているようだった。
「大体アイツは後先考えずに突っ走りすぎなんだよ!あの神の子相手に正攻法で勝てるはずないじゃん!ただ人間を傷つければいいってもんじゃないんだよ!ボクの次に実力があるみたいだけど、その力を弱い人間に向けて憂さ晴らししているようにしか見えないヨ!」
ドラキュリオはグラスの飲み物を一気に呷ると、セバスにお替わりを要求した。ちなみに今日はアセロラジュースを飲んでいるようだ。
「相当怒ってるね~。まぁ無理もないけど。今日のドラストラは本当にひどかったもん。キュリオの命令は聞かないわ、怯えて戦う意志のない人間相手に容赦なく攻撃するわ、挙句の果てに私に噛みついて血を飲もうとして。キュリオ以上の問題児だったね」
「ボク以上の問題児って、ボクはストラに比べたら全然まともだからネ!?あんなのと同じ括りにしないでよ」
ドラキュリオは口にパスタを頬張りながら抗議の声を上げる。
「それにしても今回もまたお嬢様に助けられましたな。さすが坊ちゃんが認めし女性ですね。お嬢様は我々吸血鬼一族の恩人です。何か困ったことがありましたらいつでも仰ってください。お力になりますぞ」
「いや、そんな。今回も私は当然のことをしたまでで」
「フフ~ン。まぁえりちゃんはこのボクが認めたお気に入りだからネ。普通の人間の女とは一味も二味も違うんだよ」
何故か自慢げに言うドラキュリオに私は思わず笑った。
昼食と食後のティータイムを存分に楽しみ、私がそろそろお暇しようと席を立ったところで、例の如くドラキュリオが駄々をこね始めた。
「エェ~~~!えりちゃんまた魔王城に帰っちゃうの?どうせ向こうに戻っても大してすることなくて暇なんでしょ。だったらこのままボクのところに居たらいいよ。実はこの間えりちゃんが帰ってから、えりちゃんに使ってもらう部屋を用意したんだよネ~。次招待した時のために。だから今日からでも住んで大丈夫だヨ☆」
ドラキュリオはウィンクをしながら親指を立てて見せる。私は苦笑いしながら困った視線をセバスに送った。優秀な執事は黙ってニッコリ頷いた。
「坊ちゃん。言い忘れておりましたが、既に隣室にお嬢様のお迎えがいらしております」
「「エッ!?」」
私とドラキュリオは驚きの声を揃えて上げた。
「実は此度の戦の戦況報告を坊ちゃんの代わりにし終えたジャック様が先ほどいらっしゃいまして、隣室で昼食を召し上がっておりました」
「エェ!?いつの間に!?ていうかボクの許可なくどうやってこの領域に来たのさ」
「何でも手が離せないおじい様に頼まれて、転移魔法で送ってもらってお嬢様を迎えに来たと申しておりましたよ」
「またしてもじーちゃんの転移魔法かよ!わざわざ迎えをよこすなんてじーちゃんも余計なことを」
本気で悔しがっているドラキュリオに、セバスは呆れたため息をつく。
「坊ちゃんの楽しい時間を奪うまいと、ジャック様はわざわざ隣の部屋でお一人で食事を取ったのですよ。おじい様に腹を立てる前にジャック様の気遣いに感謝すべきです」
「エェ~~。本気で気遣うなら二、三日経ってから迎えに来てほしいネ」
むくれて言い返す主に、執事は軽いお説教モードに入る。私はしばしそのお説教を見守る。
(私より長く生きてるはずなのに、こういうところはまだまだ子供っぽいよなぁ~。長く生きてても魔族の中ではまだまだ子供の部類らしいから、やっぱり精神年齢が育ってないのかな)
その後お説教が終わると、セバスが隣室で待機していたジャックを呼びに行った。人の良いジャックはドラキュリオに申し訳なさそうに謝り、それを受けてドラキュリオも渋々納得してくれた。
ドラキュリオが領域の魔法陣使用許可を下ろしてくれた後、私はジャックと共に魔法陣を使って魔王城へと帰還するのだった。
オスロの街防衛軍とドラキュリオ軍が交戦したその夜、オスロにあるカジノのVIPルームで神の子はユグリナ王国と通信をしていた。VIPルームは豪華なソファや暖炉が置いてあるだけでなく、専用のカードゲーム台やルーレット台が設置され、隣室にはベッドやシャワールームも備わっていた。内装も煌びやかで、選ばれた者しか入れない特別感が滲み出ている。
「こんな時間に通信なんて、また何か嫌な予感でもしたのかニコ」
通信相手のカイトはモニターの向こうで不安げな表情をしている。
ニコはソファに座って、テーブルの上にあるフルーツの盛り合わせを食べながら淡々と報告する。
「今日戦場でこの間言ってた神谷さんに会ったよ。聞いていた通り、彼女は魔族に大事に扱われているようだね。そのおかげでかなり魔族に心を開いてるようだった」
「えりさんに会ったのか!?…どうして彼女は戦場に?中立の立場だと言っていたが」
「さぁ。そこまで話を聞く余裕はなかったから。でも、彼女がいたおかげで今回は助かったよ。魔族側にもそこまで被害は出なかったし、魔族が早めに戦を切り上げて撤退してくれたおかげで、人間側の被害も最小限で抑えられた。魔族側に被害が出過ぎると、せっかく協力態勢になった魔王の怒りを買いかねないからね」
ニコはフォークで刺したパイナップルを口に運ぶ。
カイトはニコの報告を聞きながら、目を閉じてじっと考え込んでいる。ニコが今度はメロンを口にしようとフォークで刺した時、モニターの向こうでカイトが口を開いた。
「……ニコは、実際にえりさんに会ってみて、今回の裏切者の話は信憑性があると思ったかい。えりさんと、魔王の話は信じられると」
カイトは真剣な表情で神の子の意見を求めた。ニコほどの強運の持ち主ならば、交渉人である彼女に実際会えば話の信憑性が分かると思ったのだ。今回の協力の申し出が魔王の仕掛けた罠ならば、少なくともニコは何かしらの嫌な予感を感じ取るはずだ。今までの経験上、そういう意味ではニコには全幅の信頼を置いていた。
ニコはメロンを堪能すると、リーダーに自分の直感を伝える。
「僕は、神谷さんは信じられると思う。ついでに言うと、今僕が一番戦ってる七天魔のドラキュリオも悪い奴じゃないね。神谷さんのピンチにすぐ駆け付けるくらいだし、味方の魔族として認識していいと思う。彼と戦う時はいつもそこまで嫌な予感もしないし」
ニコの判断を聞いて、カイトは腕組みをしながら再び考え込む。フルーツをパクパク口に運びながらニコはカイトを観察していたが、フルーツを全部食べ終えた後もカイトは深く考え込んでいた。
「とりあえず僕が報告すべきことは終わったから、特に他に話すことがないなら通信切るよ」
「あ、あぁ…。ニコの意見、参考にさせてもらうよ。王様にもご報告しておく」
ずっと難しい顔のままのリーダーに、ニコは通信を切る前に助言をする。
「一人で悶々と考えていても良い方向にはいかないよ。僕らがすべきことは、魔族を憎み、排除することじゃない。敵を見定め、一日も早く戦争を終わらせて平和を取り戻すことだ。魔を払う光を持つリーダーなら、最適な道を見極められるさ」
「…神の子がそう予言してくれるなら、きっと大丈夫な気がしてきたかな」
自分よりかなり年下なのにしっかりしているニコに気遣われ、カイトは少し肩の力を抜いて表情を緩ませた。
「だから、僕は別に予言者なんかじゃないってば。…それじゃあ、また何かあったら連絡する。おやすみ」
ニコはそう言うと、通信を切ってふぅっと息を吐いた。パチパチと暖炉で燃えている薪を眺めながら、一人ポツリと呟く。
「慕っていた先代リーダーが魔族に殺されて、そのリーダーを受け継いだカイトさんからしてみれば、今更魔族と協力なんて考えられないか。……嫌な予感がする方に、この先進んで行かなきゃいいけど」
ニコは暖炉から目を外し、昼間とは打って変わって吹雪き始めている窓の外に目を移す。これから訪れる未来を案じながら、ニコは雪に包まれる外の様子を眺めるのだった―――。




