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第二幕・第二話 すれ違う星々

 自室のベッドに寝っ転がりながら、私は一人で魔法書と格闘していた。以前書庫室で手に取った初心者用の魔法書ではなく、今は中級者向けのものを読んでいる。おじいちゃんに実際魔法自体は見せてもらったので、魔法書を見て復習しているところだ。知識も合わせて覚えておけば、妄想をイメージする時の助けになり、成功する確率も増えるからだ。だが如何せん文字が多く、難しい言い回しもあることから、文字を覚えたばかりの私は作業に難航していた。

 うつ伏せに寝て読んでいた私は、くるんと体を回転させると大の字になって読書を中断した。

「はぁぁ~~~。難しい~~。…あ~あ、なんか話す人がいないとつまんない」

 寂し気に呟いた私はそっと目を閉じた。

 魔王城襲撃事件を境に、私を取り巻く環境は一変した。

 あの日以降何故か人間との戦争が各地で激化し始め、魔王軍は兵を総動員して当たっていた。ずっと私の傍にいて名前だけの監視役を務めていたケルも、同族である獣人レオンが率いる軍に合流して戦争に参加している。何かと理由をつけて任務をサボり私に会いに来ていたドラキュリオも、姿を見せないことから今回は真面目に戦地で戦っているようだ。

 多くの兵が戦地に赴いているため、反魔王派に襲撃されたばかりの魔王城の守りが手薄にならないよう、おじいちゃんが結界を強化し、ジークフリートが愛馬ウィンスに乗って常に周囲を警戒している。そのため、城にいる者皆が忙しそうに働いており、私を構ってくれる人が誰もいないのである。

(まさかケルちゃんまで戦地に駆り出されちゃうなんて。まぁ、普段は可愛くてもケロスになったらバリバリ戦えるもんね。…おじいちゃんは別に会いに行っても邪険にしないけど、もしもの時私とお喋りしてるせいで結界が破られたら嫌だし。ジークは仕事人間だからずっとウィンスに乗って飛び回ってるし。………暇だ。テレビもない。漫画もない。ゲームもない。ネットもない。何不自由ない現代で育ってきた私についに禁断症状がぁ~~~!!)

 私はベッドの上で手足をバタつかせる。

 この世界に来てからというもの、お城の探検をしたり、魔族のみんなとお喋りしたり、自分が授かった能力を把握するため色々試行錯誤したりと毎日それなりに充実した日々を送っていた。

 しかしここにきて、ついに現代っ子の禁断症状が現れてしまった。お城全体がピリピリしているため、今までのように気軽にお城の中を歩き回ることができず、数日引きこもり状態が続いている。部屋でできることは限られているため、今まで感じなかった暇という感情が芽生えてしまった。

「戦争なんて、普通すぐ終わったりしないものだよね…。ずっとこのままだったら私、気が狂うかも…。能力でゲームでも出しちゃおうかな。あ、でもコンセントがないから充電できないのか。遊ぶんだったらソフトも必要だし。う~ん。一日三回しか力を使えないなんて不便すぎる!」

 私は魔法書をベッドサイドに置き、どうにかして暇をつぶそうと悶々と考え始めた。

 しばらくの間そうして考えていると、不意に何者かが部屋の扉をノックした。私はベッドから慌てて身を起こすと、外で待つ者に返事をする。

「はぁ~い!どうぞ」

 私の返事を受けて入ってきたのは、唯一の女友達であるメリィだった。

 ケルがいなくなってからというもの、時間を見つけては私の様子を見に来てくれている。接する態度は不愛想なままだが、今はもうただのツンデレなのだと気にしないようにしている。

「えり、魔王様がお呼びよ。一緒に来てちょうだい」

「え?魔王が私を?…な、なんか怒られるようなことしたっけ私」

 私は仕事のミスをして上司に呼び出されたような心境になり、すぐさま己の行動を振り返った。

 不安な表情を浮かべる私に、メリィは呆れた様子で答える。

「そんなにすぐ不安になるなんて、どれだけ後ろ暗いことがあるのよ」

「な、ないよ!後ろ暗いところなんて!魔王相手だと反射的に色々身構えちゃうだけだよ!」

「はいはい。いいから早く来て。魔王様をお待たせするわけにはいかないわ」

 メリィは身を翻すとさっさと部屋から出て行ってしまう。私は乱れた服や髪をサッと整えると、小走りで彼女の後を追いかけた。




 メリィに案内されたのは、いつかケルベロスにこの世界の歴史について教わった時に利用した作戦会議室だった。中に入ると、そこには魔王と戦場に行っていたはずのクロロが待っていた。心なしか、二人ともいつもと雰囲気が少し違う気がする。

 案内人のメリィは別の仕事があるのか、私を置いてすぐに会議室から出て行ってしまった。会議室には私と魔王、クロロの三人だけとなる。

 私は一段高い上座の豪華な椅子に座っている魔王の前まで来ると、少し緊張した面持ちで口を開いた。

「私を呼んでるって聞いたけど、何かあった?」

 魔王はゆっくり椅子から立ち上がると、横に控えていたクロロの隣に並んだ。

「お前に一つ頼みたい事があって呼んだ。先に断っておくが、これから言うことは今までと違って命令ではない。あくまで依頼だ。最終的にどうするかはお前の判断に任せる」

 いつになく真剣な表情で話す魔王に、私は無意識に生唾を飲み込んだ。戦争が激化してきた今、何か危険なことを言われても不思議ではなかった。

「明日、クロロが戦場に戻る際に従軍してほしい。ようやく、お前を使う時がきたのだ」

「えっ…。も、もしかして、私の命を盾に人間側と何か交渉をするつもり?」

 ついにその時が来たのかと表情を強張らせる私に、クロロは首を横に振る。

「いいえ。そもそも、敵の星の戦士はあなたの存在は認知していますが、まだ出会ったことのない者同士。確かにあなたは向こうにとって貴重な戦力ではありますが、大した情もなく、ましてや異世界の人間ですから、天秤にかけた際、多くの者を犠牲にしてまであなたを救うことはしないでしょう。ですから、あなたには人質としての価値はそこまでないんです」

 淡々と分析結果を述べる参謀に、私は途中から無性にムカムカしてきた。まるでお前は早々に仲間から切り捨てられたのだと言われたようで、無意識にクロロを睨みつけていた。

 急に不機嫌になった分かりやすい私に、クロロはフォローをしながら話を進める。

「人質にはなりませんが、その代わり、あなたは我らが魔王軍の重要な鍵となります。今後の戦争を左右する重要な鍵。戦争が長引くか、それとも終わりに近づくか。全てはあなたの働きが鍵となっているんです」

「……どういうこと。私に一体何をさせるつもり?」

 私は参謀と魔王を交互に見ると、自分に寄せられる見えない期待に自然とプレッシャーを感じた。そして、今魔王軍が直面している問題とこれからなそうとしていることを魔王の口から聞かされる。

 話を聞き終わった時、私の覚悟はもう決まっていた。




 次の日、私はクロロと共に戦場へと立っていた。

 以前二人で一緒に訪れたディベールの街から西に数キロ離れたところにある『デカント平原』に、クロロ率いるアンデット軍と癒しの聖女率いる軍が対峙している。双方とも兵力は互角で、五日前から戦い続けているらしいが、両軍とも当初からあまり兵数は変わっていない。

 クロロの軍は不死者のため、肉体をバラバラに損傷されない限りはクロロのネクロマンサーの力で復活できる。一方聖女の軍は、どれだけ大怪我を負おうとも、死んでさえいなければ慈愛の守護領域の力で怪我を完治させることができる。そのため、開戦して五日が経った今も両軍の兵力はあまり変動していないのだ。

「まもなく始まりますよ。心の準備はいいですか、えりさん」

 心臓がバクバクし、胸に手を当てて聖女の軍を見つめる私にクロロは言った。

 自分の意志で戦場に来たとはいえ、これから殺し合いの場に身を投じるとなるとビビらないほうが無理である。

 クロロは浅い呼吸を繰り返す私の肩にそっと手を置くと、珍しく柔らかい微笑みを向けて緊張をほぐしてくれた。

「落ち着いて深呼吸をしてください。あなたはそんなに不安に思うことはありません。あなたの守りは私の部下が固めますし、途中までは私も一緒に行きます。それに潜り込んでしまえば、あなたは彼らと同じ人間です。眼前の魔王軍に気を取られて誰もあなたを攻撃しようとはしないでしょう。……大丈夫ですよ」

 私は言われた通り深呼吸しながら、頭の中で昨日の作戦会議室でのやり取りを思い返した。



『お前には話していなかったが、実はずいぶん前から魔王軍の中に裏切者がいてな。水面下でそれの特定に動いていた』

『!裏切者!?それってこの間城を襲撃した、反魔王派ってやつ?』

 私は魔王の話を聞き、すぐさまその内容に食いついた。

『反魔王派、か…。奴らは使い勝手のいい手駒として利用されているにすぎん。本命は別にある。その裏切者はもう我々に怪しまれているのにも関わらず、さして隠そうともしていない。もう俺は、奴の中で反逆の準備は整ったとみている』

『それって…、もういつでも魔王軍をやっつけることはできるから、いつ裏切者だって告発されてもいいってこと?』

『そういうことだ』

 知らぬ間にかなりの崖っぷちに立たされている魔王軍に私は言葉を失った。

 魔王と言えばゲーム内ではラスボスなのが王道で、簡単には倒せない最強なイメージを持っていたのに、まさかの人間と戦う前に身内にやられそうな危機に瀕するとは思いもしなかった。

『先の城襲撃で裏切者は確定した。我が七天魔が一人、禁魔機士クロウリーだ』

 私は初めて耳にする名前と肩書に注目した。

『七天魔って、軍の幹部じゃん!魔王に任命されて魔界の領域を治める人でしょ。幹部のくせに超悪い奴じゃん!』

『そう、超悪い奴なんですよ。彼は魔界の異常気象地帯を治める者で、そこには機械系やスライム系の一族が住んでいます。先の襲撃事件の者たちの大半は、皆クロウリーの領域の者なんですよ』

『なにそれ。もうそのクロウリーが襲撃事件の黒幕確定じゃん。呼び出してさっさと裁いちゃえばいいのに』

 興奮して言う私に、ことはそう簡単ではないとクロロは言う。

『どうやらクロウリーは他の幹部にも何やら働きかけているようで、クロウリーを叩いても他の幹部が反旗を翻す恐れがあるんです。まぁそれだけならまだ強硬手段に出ても良かったのですが、クロウリーはあろうことか人間側とも手を組んでいるようなのです』

『エッ!?魔族と人間が!?』

 私は驚きの声を上げて固まった。

 そして魔王とクロロはその瞳の奥に怒りの炎を燃やしている。

『初めてその事実に気づいたのは、父上の死の間際の言葉を聞いた時だ』

 先代魔王が息を引き取る際、最期は魔王が一人で看取ったのだという。

 その時聞かされた言葉は、魔王軍の中に裏切者がいて、その者が妻リアナに人間界にいる星の戦士の話を吹き込んだのだということ。そしてまんまと人間界へとおびき出され、妻はその魔族と内通していた人間側に殺されたのだと聞かされたらしい。先代魔王がこの事実を知ったのは死の数日前で、もう自分に残された時間は少なかった。そのため、妻の無念を晴らしてほしいと息子であるフェンリスに後を託したのだという。

『俺はこの事実を信を置いているクロロ、じい、ケルベロス、ジークフリート、ドラキュリオ、メリィにだけ伝えた。そして各自に気づかれぬよう裏切者を探らせることにしたのだ。全ての元凶である裏切者を討つために』

 私はその時初めて魔王とクロロに宿る怒りの炎が誰に向けられているのかを知った。

 直接手を下した人間側ももちろん憎い対象ではあるが、一番許せないのはリアナ姫暗殺を謀った同じ魔族の裏切者だ。それさえなければそもそも人間との間で戦争が起こることもなく、魔族と人間双方とも平和な日々を送れていたのだ。

 隠されていた真実を知り、私もようやく戦うべき本当の相手を認識した。

『じゃあそのクロウリーが正真正銘魔王のお母さんの仇ってことだね!でも魔族側や人間側にも協力者がいて、何の準備もなしには下手に動けないと、そういうこと?』

『はい、その通りです。せめて人間側の協力者を特定し、尚且つその協力者を抑え込む必要があります。我々がクロウリー討伐に動く際に、人間たちをけしかけて攻め込まれたらたまったものではないですから』

 確かに、と私は大きく頷く。私が話についてこれていることを確認し、魔王が最初の本題へと戻った。

『そこで、お前には今回クロロの戦場へと赴き、そこにいる星の戦士との接触を頼みたい。奴が人間側と手を組んでいるのなら、こちらも人間と手を組むまでだ。お前には、我が魔王軍と星の戦士の橋渡しになってもらいたい』

 いつもの鋭い威圧的な眼光ではなく、真剣な眼差しで頼み込む彼を私は真っ直ぐ見つめ返した。ここまでの話を聞いて断る理由など私にはなかった。

『…分かった。そういうことならいくらでも協力するよ。クロウリーを無事倒せたら、もう人間とは戦うつもりはないんだよね』

 私は快く引き受けると、念のためその後の展望について確認する。

『人間側の協力者を人間の手で裁くというのなら、その後人間に手出しをするつもりはない。そもそも人間たちと戦い続けているのは、裏切者に色々気取られないようにするためだ。それに我々の調べでは、母上を直接殺した人間どもは、人間側の協力者の手で国ごと既に葬られていた。父上が魔界から駆け付けた時には、母上の国は炎に包まれて滅んでいたんだ』

『ですから、すでに私たちの復讐対象である人間はとっくに死んでいるんですよ。しかし、人間の間ではその国を滅ぼしたのは我々魔族の仕業だとされていて、それが最初の火種となって戦争に発展したのです。先代の魔王様も姫様を亡くして我を失っており、どこかに怒りをぶつけねば気が済まなかったのでしょう。………私たちは始めからハメられていたのです。クロウリーと人間側の協力者に』

 クロロは悔し気に呟いた。敵に謀られたことも腹立たしいが、皆に愛されていたリアナ姫を守れなかったことが一番許せないのだろう。

『そのクロウリーの目的って、魔王を倒して自分が魔界を支配したいとかそんなことだと思うけど、その人間の協力者は何でクロウリーに協力してるんだろう。何かメリットがあるんだよね?』

 私の疑問に、魔王が元の椅子に座りながら答える。

『もちろんだ。人間側の協力者はおそらくクロウリーと同じ野心家だ。クロウリーが魔界を支配した暁には、次は自分に手を貸してもらう算段なんだろう。人間界を支配するためにな』

『えっ!人間界は色々国が分かれてたと思うけど、その協力者は人間界を統一して自分が人間界の王になるつもり、…てこと?そのために魔族と手を組んだの!?』

『私たちがせっせと集めた情報によるとそうらしいですね。そんな馬鹿げたことのためにリアナ姫や先代の魔王様は犠牲となったのです。……百回殺しても足りないくらいですよ』

 ゾッとするほど冷たい声に、私は思わず背中を震わせた。

『人間の協力者はもうある程度当たりはつけてある。最有力候補はお前と同じ星の戦士、アレキミルドレア国の王ガイゼルだ。フォードという空賊も怪しいが、一番はガイゼルだな。お前は今日ここで話した内容を明日会う星の戦士に内密に教えろ。そして星の戦士サイドからも探りを入れてもらう。人間界を支配しようと考えている奴だ。星の戦士たちもそんな危険因子を見過ごせるはずがないだろう』

『明日会う星の戦士は、魔王やクロロ的には信用できる人間なんだね』

 私が問いかけると、魔王は肘掛けに肘をついて寄りかかり、すごく嫌そうな顔を私に向ける。クロロは横で思わず苦笑している。

『明日会うのは以前私が話した癒しの聖女と、星の戦士たちのリーダーである『カイト』という男です。早い話が魔王様の天敵ですね』

 楽し気に話すクロロから魔王に目を移すと、魔王はますます苦い顔をしていた。

『彼は『浄化の光』という星の能力を持っていまして、魔を払う力を持っています。なので、魔力を帯びた攻撃は全て無効化されます。魔王様を筆頭に、ほぼ全ての者と相性が悪いです。おまけに正義感溢れる好青年ですので、その点でも魔王様は好かないそうです』

『へ、へぇ~。なんかガイゼル王の能力と似てるね。強制武装解除。その二人が組んだら最強じゃん』

『えぇ。だからこそ彼には何としてもこちら側についてもらわなければ。星のリーダーは正義感が強く、人の話もよく聞く者だと聞いています。癒しの聖女も争いを好まぬ優しい性格で、交渉をするには適任でしょう。明日、私が援護し敵軍の中央まで連れて行きます。その後は人間たちに紛れ、まず聖女に接触してください。星のリーダーは私が接触し、あなたたちの下へ向かうよう仕向けますので』

 私はその後もクロロから細かい段取りの指示を受ける。

『大体の流れは分かったけど、話し合いが終わったら私はどうすればいいの?』

 そのまま戦場に置き去りにされるのではないかと私は心配して二人を交互に見つめる。

『……。良かったですねぇ、魔王様。どうやらえりさんはそのまま星の戦士たちと合流する気はないそうですよ。自らまたこの陣営に戻ってくるとは、あなたも物好きな人ですね』

『おいクロロ、そのニヤけた面を今すぐやめろ。不愉快だ。…それに、どっちかというと女がいなくなると困るのはお前だろう。大事な実験対象だろうからな』

『…フェンリスもその意地悪な笑顔やめて。私はクロロの実験の玩具になった覚えないから』

 私が軽く睨んで注意すると、魔王は笑顔を引っ込めて押し黙る。いつもと違う魔王の反応に私は小首を傾げた。

 クロロは小さく笑うと、私にそっと耳打ちする。

『久々に名前で呼ばれるものだからまだ慣れないのでしょう。先代の魔王様がご健在の時は私たちもお名前でお呼びしていたのですが、魔王を継いでからは名前でお呼びすることはなくなりましたから』

『おいクロロ、女に余計なことを吹き込むなよ』

 ギロッと参謀を睨みつける魔王。しかしその表情には少し照れが残っているのを私は見逃さなかった。恐怖の対象でしかなかった彼が、知れば知るほど怖くなくなり親しみを感じてくる。やはり人は見かけによらないものだとつくづく思う。

『帰りのことは心配するな。迎えを寄こす手筈になっている。お前はただ待っているだけでいい』

『なんだ、最初からちゃんと考えてくれてたんだ』

 放置されずに済みそうで、私はホッと胸を撫で下ろす。もう短くない付き合いなので、用済みになったらポイッと捨てるような人たちではないと分かってはいたが、一安心である。

『前にも言っただろう。星の戦士と合流したら戦場に駆り出され戦わされる羽目になると。戦いを望まぬお前を無責任にそのまま放り出すことはしない』

『えぇ。せっかく協力を申し出てくれたあなたを無下に扱うわけにはいきませんからね』

 二人の言葉に、私は頷いて笑顔を向ける。

『よし!じゃあ私も明日頑張って星の戦士たちを説得するね!味方になってもらって、一緒にクロウリーたちを倒してくれるように!』



 深呼吸を繰り返して気を落ち着けた私は、気合を入れるため両頬を一発叩いた。

「大丈夫大丈夫!絶対上手くいく!」

 暗示をかけるように呟く私に、クロロはフッと笑って傍らに置いてあった武器を手に取った。

「そんなに心配ならこれを持っていきますか。一応あなた用に持ってきておいたのですが。私が開発した女性でも扱いやすいサブマシンガンです」

 私はじとーっとした目をすると、ニッコリ手渡してくるクロロの手に軽いチョップをお見舞いした。

「いらないっちゅうの!戦いたくないって言ってる人によく笑顔でそんなもの渡してくるわね!……ていうか、クロロが背負ってるのショットガンだよね?普段クロロって自分が開発した武器で戦ってるの?私てっきり魔法で戦ってるのかと思ってた」

「私はあなたも知っている通り、元人間ですからね。元々人間は魔力を持っていません。魔族に堕ちてから多少魔力が宿りましたが、それでも少ない方です。私はネクロマンサーとして部下の使役に魔力を回す分、己で戦う際には魔力温存のため基本武器で戦うんです」

 クロロは白衣の上から背負っているショットガンに手を触れた。普段から色々開発しているのは、いざという時自分の身を守るためだったのかと納得する。

 二人で話している最中、前方から辺りに響き渡る銅鑼のような音が聞こえてきた。その音を合図に、両軍地が震えるほどの雄叫びを上げ始める。私は思わず両耳を塞いで目を閉じた。

 十秒ほど続いた雄叫びが止むと、横にいるクロロが部下に向けて突撃の号令を下す。

「さぁ皆さん!今日も元気に不死身な人間相手に頑張ってきてください!不死者の身で、聖女の加護を受けた不死身の兵士に負けることは許しませんよ!全軍、突撃です!!」

 クロロの号令を受け、不死者の魔族たちは声を上げながら人間に向かって突撃していく。人間側は第一陣のみ突撃をしたが、魔族側は始めから全軍で突撃を開始した。

 本来なら総大将であるクロロは後ろで構えて指示を送るものだが、今回は私と共に最初から前方にいた。今日の目的はあくまで星の戦士との接触だ。そのため、私は早々に人間側に潜り込んで癒しの聖女に接触する。クロロはわざと前線に姿を現し、自分を囮にしてもう一人の星の戦士のリーダーをおびき出す作戦だ。

「いつも策を弄す私が全軍突撃させたことに相手も驚いていることでしょう。虚を突かれ、全軍突撃に何か罠でもあるのかと考えているはず。敵の思考が後手に回っている間に一気に行きましょう!」

 私は周りの喧騒に掻き消されないよう大きな声で返事をすると、クロロと一緒に敵軍へと走り出した。



 癒しの聖女の軍は剣と矛、弓を使う兵がおり、途中上空から矢の雨が降ってきた。私が怖がって足を緩めそうになると、横を走るクロロが私の手を引いてそれを許さなかった。事前に知らされていた通り、私に降りかかる火の粉は全てクロロの部下が処理してくれた。斬りかかってくる敵は元人間の不死者が倒し、空から降ってくる矢からは鳥人族の不死者が守ってくれた。私は走りながら色々な種族の不死者がいるのだなと思う。

 かなり前線までやってくると、人間たちの攻めはすごいものだった。戦争をしているのだから当然と言えば当然だが、この前おじいちゃんと戦場を見た時とはやはり全く違った。外から見るのと内で見るのとでは訳が違う。総大将であるクロロは人間たちに面が割れているようで、前線に行けば行くほど執拗に命を狙われた。

「だ、大丈夫クロロ!?さっきからすごい攻撃されてるけど」

 クロロは敵の矛を躱し、白衣の懐からメスを取り出すと躊躇なくそれを投げた。メスは敵の目に突き刺さり、苦痛に顔を覆っている間に獣人族の不死者がそいつに飛びかかった。

(め、メス投げたぁ~!?メスがまさかの飛び道具!メッチャ投げ慣れてる感じだし!あの白衣の懐にメス常備してるの?やっぱクロロって危険すぎる…)

「全く本当に倒しても倒してもキリがないですねぇ。これだから聖女の不死身軍団は嫌なんです」

 クロロが愚痴をこぼしている間に、周りで重傷を負って倒れていた敵軍の兵士たちがむくむくと立ち上がった。地面を見ると、星の戦士の力が発動していることを示す青白い光が立ち上っていた。敵の兵士たちの傷がみるみるうちに治っていく。

「……それ、不死者を率いてるクロロが言う台詞じゃないと思う。ていうか、メスじゃなくてショットガン使わないの?せっかく持ってるのに」

 私はクロロの背に隠れて進みながら訊ねる。

「これは弾が限られていますからね。全弾使ってしまうと充填されるまでしばらく時間がかかります。リーダーと遭遇するまでは念のため温存しておきます」

 最前線へと到達する直前、クロロはあらかじめ用意しておいた煙幕を取り出した。

「では、ここからは別行動になります。私が煙幕を放ったら、えりさんは煙に乗じて敵軍に紛れてください。念のため空から私の部下もつけますのでご安心を。聖女の能力はフィールド系なので、味方を癒すために前線のすぐ後ろあたりにいるはずです。紛れたらそのまま聖女のところに向かってください」

「わかった!クロロも気を付けてね。星の戦士のリーダーにやられないように」

 クロロは苦笑しながら頷いてみせると、煙幕を思い切り前方の地面に叩きつけた。クロロ御手製の煙幕は勢いよく煙を噴き出すと、あっという間に周囲を白い煙で覆った。

 私は口元にハンカチを当てながら、クロロの部下が切り開いてくれる道を真っ直ぐ進んで無事に敵軍前線に紛れ込んだ。突然の煙幕に敵軍は慌てふためき、統率が取れず大混乱していた。誰かが毒が含まれているのではと声を上げたら、その不安が伝播して収拾のつかないことになってしまったようだ。

 私は逆行しながら進んでいるため、いちいち武装した兵士にぶつかり何度かバランスを崩して転んでしまった。しかし、転んでいても、戦場に女である私が紛れ込んでいても、敵軍は煙幕騒動に気を取られて誰にも気づかれなかった。

「イテテッ。もう、私よりガタイが良くて背が高い人が多いからなかなか前に進めないし、聖女さんがどこにいるのか全然見えない」

 私が背伸びしようと顔を上げた時、前方の上空でクロロの鳥人族の部下が旋回しているのが見えた。そこに聖女がいるという合図に違いなかった。

 私はクロロの優秀な部下に心の中で感謝すると、ぶつかりながら人をかき分け進んで行くのだった。




 クロロは星の戦士のリーダーであるカイトをおびき出すため、わざと最前線で戦い続けていた。

 敵の布陣は自分たちから見て、左に癒しの聖女、右にリーダーであるカイトがそれぞれ分かれて左右の兵の指揮を執っていた。先ほどまではえりを聖女の下へ向かわせるため左の最前線にいたが、今は横移動して右の最前線へとやって来ている。

 元々この戦場は、癒しの聖女一人が任されていた戦場だった。しかし、星の戦士と交渉するのに聖女一人では心もとない。できれば星の戦士のリーダーも交渉の場に引きずり出したかった。そこでクロロはここ数日休みなく出陣し、聖女が援軍を求めるよう仕向けたのである。

 カイトはユグリナ王国という国の副騎士団長で、普段は別の戦場で騎士団と共に戦っている。騎士団はかなりの実力者揃いなので、聖女から救援を求められればその場を騎士団に任せて己だけでも援軍に駆け付けるだろうと踏んだのだ。

「正義感溢れる熱血野郎は思考が読みやすくて助かりますね。……ねぇ、星の戦士のリーダー『輪光の騎士』」

 クロロはメスをしまってショットガンを構えると、剣を構えて騎馬している騎士と対峙した。

 騎士は茶髪を短く切りそろえ、年の頃は二十歳そこそこに見える。意志が強く、キリッとした顔立ちをしていた。

「久しぶりだな、参謀クロロ。俺が出陣するといつもなら真っ先に撤退するのに、今日は珍しく退かないんだな。何か策でもあるのか、それともついに投降する気になったか」

 カイトは馬上で剣を油断なく構えると、意識を集中して体から青白い光を発する。星の戦士の能力を発動させる合図だ。

「あなたの力はすこぶる私と相性が悪いんですから物騒なことはやめてくださいよ。今日ここであなたを待っていたのは、一言お伝えしたいことがありまして」

「……伝えたいことだと。いつものその胡散臭い笑顔を浮かべておいて、何を伝えるつもりだ」

 いつでも攻撃できる態勢を崩さないまま、カイトは怪訝そうな表情をする。クロロは一度周りの部下を下がらせると、慎重にカイトの間合いに入る。

「胡散臭いとは失礼な。この顔は元からですよ。……お伝えしたいのは、魔王様の言伝です。交渉がしたい、と」

「!?!?交渉、だと…」

「ただし、直接交渉するのは私たちではありません。交渉の場に立ちたいのなら、今すぐ聖女の下に向かうことですね。今すぐ向かえば十分間に合うはずです」

 聖女という言葉を聞き、カイトは即座に隣の戦場に目を向ける。その一瞬の隙を見逃さず、クロロはすぐにカイトの間合いから離脱した。そして下がらせていた部下を自分の周りに配置する。

「お前!彼女に何をした!」

「ですから、一足早く交渉の場についていただいているだけです。心配なら今すぐ向かえばいい」

「カイト様!ここは我々にお任せを!あなたは一刻も早く聖女様を!」

 カイトは周りの兵たちの声に押されると、クロロたちに一振り剣を下ろしてから聖女の下へ向かった。カイトの剣から発せられた青白い光を喰らったクロロの兵たちは、浄化の光によって肉体が崩れ落ちてしまった。

「あ~あ~。だから嫌いなんですよあいつは。私の兵と相性最悪ですからね」

 クロロのネクロマンサーの力で蘇っていた兵たちは、カイトの魔を払う力を使われると為すすべなく死んでしまう。そのため、今まではカイトが出陣してきた場合すぐに撤退していたのだ。

「さて、ここまでは作戦通りいきました。後は任せましたよ、えりさん」

 クロロは向かってくる敵兵にショットガンとメスを浴びせながら後退する。魔王軍の未来を託した異世界の娘の成功を祈って。




 上空を飛んでいるクロロの部下を頼りに、私は人の波をかき分け進んで行く。前線から遠ざかるにつれて、兵たちの隊列は乱れたものから整列したものに変わっていく。さすがにそこまでくると私の姿は目につきやすく、早々に兵に引き止められた。

「おいあんた、こんなところで何してる!」

「何で兵士でもない女が戦場何かにいるんだ?」

 二人の兵士に通せんぼされ、私はとりあえずクロロから用意されていた台本通りに答える。

「私、異世界からこの世界に来てずっと、魔王軍に捕らわれていた星の戦士です。人質としてこの戦場に連れてこられたんですけど、さっき隙をついて逃げてきて。ここに私と同じ星の戦士がいますよね。保護してほしいんですけど」

「な、なんと!あの最後の星の戦士か!魔族に連れ去られたと聞いていたが、よくぞご無事で!」

「私、異世界の人間なので右も左も分からなくて…」

 私は心底困っている風を装う。

 一人の兵士は私に同情すると、すぐに聖女の下へ案内しようとした。

「待て!まだその女が本当に星の戦士か分からないぞ。敵は不死者を率いるネクロマンサーだ。その女も敵の不死者かもしれん」

 冷静なもう一人の兵士に言われ、私は再び通せんぼ状態に戻る。

「た、確かにそうだな。魔王軍の参謀たる男だ。星の戦士と偽って聖女様に直接暗殺の兵を送ってきてもおかしくない」

(もう少しのところだったのに、この兵士余計なことを~。でもまあ、私は正真正銘本物の星の戦士だから問題ないけどね)

 警戒心を露わにする兵士二人組に、私は意識を集中させて星の戦士特有の青白い光を体から発した。能力を発動させると一回分損してしまうので、その手前で留めておく。

「異世界から来て困ってるって言ってるのに、ずいぶん酷い扱いね。そんなに心配しなくてもこの通り私は星の戦士よ」

「おぉ~!まさしくその光は星の加護!大変失礼しました!すぐに聖女様の下へご案内致します」

 最初に案内しようとした兵士が喜んで先導してくれる。疑った兵士は罰が悪そうにその場で深々と頭を下げた。

(まぁ、この人の推理もあながち間違ってなかったけどね。クロロに差し向けられて聖女のところに交渉に行くから)

 私は置いて行かれないよう先導する兵士を追いかけた。



 私が青白い光を発したのを多くの兵士が目撃し、聖女の下へ向かう間私は兵士たちに熱烈な歓迎を受けた。口々に喜びの声を口にし、この戦の勝利を確信しているようだった。その熱狂ぶりに私は恐怖すら感じ、魔王が懸念していた自分の意志に関係なく戦に駆り出されるという意味を肌で感じた。

「お待たせしました。ここに我らが守り神、癒しの聖女様がいらっしゃいます。……聖女様!魔王軍に捕らわれていた星の戦士様を保護致しました!」

 四方を目隠しするように衝立で囲まれた本陣と思われるところに入ると、そこには聖女と呼ぶに相応しい綺麗な女の子が立っていた。

 女の子は腰まである金髪のストレートヘアーをそのままおろし、自らの透き通るような青い瞳と同じ石を持つサークレットを額につけていた。クロロが前に話していた大司祭の娘らしく、黄色い紋様があしらわれた白い法衣を身に纏っていた。物凄い西洋美人だがまだ少し幼く、二十歳手前のように見える。

「まぁ!よくぞご無事で!たったお一人で魔王軍に捕らわれ、さぞ御辛かったことでしょう」

 聖女は胸の前で手を組み、心から私の無事を喜んでいるようだった。瞳にはうっすらと涙を浮かべている。

(み、見た目も超美人だけど、声が、声がまるで声優さんだよ!何その可憐で可愛い声はぁ~!)

 駆け寄って私の手を取る聖女を見つつ、心の中で私は大絶叫していた。

「申し遅れました。わたくしは癒しの聖女と呼ばれております、『セイラ』と申します。同じ星の戦士として、これからどうぞ宜しくお願い致します」

 流れるような所作で一礼するセイラに見惚れ、私も一拍遅れて挨拶をする。

「私は異世界から来た者で、神谷えりと言います。よろしくお願いします」

「勇斗様と同じ世界の方ですよね。星から最後の戦士を異世界から召喚したと伺っておりました。ですが、召喚されて早々魔王城に連れ去られたと知り、ずっと心配しておりました。助けに行こうにも魔王軍との戦争が激化しており、また魔王城が常に空を移動しているため、正確な位置が割り出せず…。申し訳ありません…」

 頭を下げて謝るセイラに、私は慌てて顔を上げるよう言った。

「そんな、セイラちゃんが謝ることじゃないから。それに私、そこまで酷い扱いとか受けてないし。大丈夫、気にしないで」

「え、えり様…」

 セイラは瞳にたくさん涙を溜めて私を見つめる。潤む瞳を見て、私は男だったらこの瞬間落ちているのではないかと関係ないことを考えてしまった。

「えり様はお強いのですね。全く見知らぬ世界に来て、訳の分からぬ間に魔族の捕虜となったのに、そんなに気丈に振る舞えるなんて。勇斗様も強くて勇敢な方ですし、異世界の方は総じてそうなのでしょうか。…あ!勇斗様というのは、えり様と同じく異世界から召喚された方で、今は別の星の戦士のところに身を寄せているのですが」

「うん、知ってる。凪さんって殿様と一緒にいるんだよね」

 話を遮って私が答えると、セイラは案の定不思議そうな顔をした。

 私はセイラに大事な話があると告げると、今までの事の経緯を説明するため人払いしてくれるよう頼んだ。本陣には当然のことながらセイラを護衛する兵士が十人以上おり、これから話す魔族の話を一般の兵には聞かれたくなかった。

 私が頭を下げて懇願すると、セイラは何かを察してくれたのか、兵たちに席を外すよう命じてくれた。兵たちはかなり渋っていたが、聖女が鋭く一喝するとそそくさと出て行った。見た目はか弱く儚い感じがするが、意外と芯は強いのかもしれない。

「それではお聞かせくださいえり様。人払いするほどの大事な話を」

 私はセイラを真正面から見据えると、この世界に来てから魔王城でどう過ごしていたのかを手短に語り始めた。




 自軍の兵の間を馬で駆け抜け、カイトは大事な仲間である癒しの聖女の下に向かっていた。道を開けるよう大声を張り上げ、味方の兵を轢き殺さないよう巧みに馬を操る。

 魔王の参謀の言葉を信じるならば、今セイラの下には何事か交渉するため魔族の遣いが訪れているらしい。しかし、あの策士の言葉をそのまま鵜呑みにするわけにはいかない。交渉と言いつつも、セイラを人質にとって理不尽な要求をしてくるつもりかもしれない。セイラは星の戦士の中でもサポートに特化している仲間だ。自分では戦う術を持っていない。

「セイラ…、無事でいてくれ…!」

 祈るように呟くと、カイトは馬のスピードを上げた。

 セイラの本陣に近づくにつれて慌ただしくなるかと思いきや、全くそんなことはなく、周りの兵たちは落ち着いたものだった。セイラの本陣に着くと守備兵たちが何故か外で陣取っており、馬で突っ込んでくるこちらに気づくと大急ぎで道を開けた。

「セイラ!無事か!」

 馬で本陣に駆け込むと、そこには無邪気な声で話すセイラと見たことのない女が二人で立っていた。

「ではえり様は、魔界の村にも行ったことがあるのですね!すごいですわ!」

 セイラの好奇心に押され気味の女は、カイトと目が合うと安心したような笑みを向けた。



 セイラにこの世界に来てからの身の上話をしていて分かったが、彼女はとてつもなく好奇心が旺盛のようだ。それについては私も大概だが、彼女ほどではないだろう。

 私の話にグイグイ食いついてくるセイラにたじろいでいると、嘶きながら一頭の馬が本陣に駆け込んできた。入り口に顔を向けると、シルバーの鎧に身を包んだ騎士が馬に乗ってこちらを見つめていた。

(もしかしてこの人がクロロの言っていた星の戦士のリーダーかな)

 クロロの作戦は上手くいったのだと思い、私は一安心してその騎士に笑顔を向けた。

「あら、カイト様。どうしてこちらへ?」

「ど、どうしても何も…。敵の参謀に交渉がしたいと言われ、セイラの下に向かうよう言われたんです」

「交渉……?」

 セイラは首を傾げたが、思い出したように私に向き直った。

「そう言えば、最初に大事な話があると仰っていましたね。もしかしてカイト様が言う交渉と何か関係が?」

「うん、その通り。でもまず、彼に挨拶してから本題に入るね」

 私は馬から下りた騎士に近づいた。まだ若いというのもあるが、同じ騎士であるジークフリートと比べたら小柄なようだ。それでも日々鍛錬をしているのか、ガッシリした体格をしている。

「初めまして。同じ星の戦士の神谷えりと言います。佐久間って人と同じ、異世界から来ました」

「!!君が、最後の星の戦士!ずっと魔王城に捕らわれていると聞いていたが……!そうか、君が奴の言っていた交渉相手ということか」

 私は首を縦に振ると、彼の自己紹介もそこそこに早速本題へと入った。

 カイトに簡単に魔王城でどんな日々を送っていたのかを話した後、魔王軍が置かれている状況、この戦争が手を結んだ人間と魔族によって仕組まれたもので、このままでは魔界が悪い魔族に支配され、人間界も裏切った星の戦士に統一されてしまうことを掻い摘んで話した。カイトとセイラは最後まで黙って私の話を聞いてくれる。全て話し終わると、カイトは目を閉じて難しそうな顔をし、セイラは胸の前で手を組み深刻そうな顔をしていた。

「いきなりの話でついていけないかもしれないけど、でも本当のことなの。この間魔王城も襲撃されちゃって、そのクロウリーって奴を倒さないと、後々この人間界も協力者である星の戦士に統一されちゃうんだよ」

 必死に説明する私を、カイトの手が無言で制した。

「あなたの話は分かりました。目を見る限り、えりさんが嘘をついているようにも見えません。……しかし、その話全部を鵜呑みにするわけにはいかない」

「な!どうして!私が嘘をついてないって思ってるんでしょ!」

 険しい表情のカイトに、私はたまらず声を上げた。

「嘘はついてないでしょうが、あなたは異世界から来た人間だ。この世界のことを何も知らない。勇斗から聞いたが、あなたたちの世界では魔族は存在しないそうですね。だから魔族がどういうものか知らない。そんな都合の良い人間なら、断片的な情報を与えていくらでも良い印象をあなたに植え付けることができる。あなたはたまたま当たり障りのない良い魔族に囲まれて過ごしたから分からないでしょうが、本来魔族は残忍で冷酷で狡猾な生き物だ。戦争が始まってから多くの人間が命を奪われ、多くの星の戦士が散っていった。戦場で魔族と戦ったことのないあなたにいくら説明されようと説得力がないんだ」

「っ!」

 カイトの言葉に、私は咄嗟に何も言い返せなかった。彼の言っていることは暴論でも何でもない。至って正論だ。以前ケルベロスにこの世界の歴史について教わる時にも注意を受けた。私は何も知らないから、嘘を吹き込まれても判別できない。警戒心を持つべきだと。

「…確かに私は異世界の人間で、この世界については知らないことばかりだけど、良い人と悪い人の区別くらいはできるわ!戦場で魔族と戦ったことはないけど、おじいちゃんに連れられて戦場は見て回った。確かにネプチューンや魚人族は躊躇なく人間を殺して残忍そうだったけど、凪って殿様も十分躊躇なく魔族の命を奪ってたわよ!中立の立場から見たらどっちもどっちだった」

 言いくるめられた私が負けじと言い返すと、カイトもムキになって私に応戦してきた。

「凪様と魚人の魔族を一緒にするな!凪様はご立派な方だ!国を統べるお方でありながら、先陣を切って魔族と戦っておられる!そんなお方を、人間をゴミのように扱うあの魚人と同列にするなど!」

「国を立派に治めてようが、魔族からしたら見えない隠密殿様にバッサバッサ仲間を斬られて殺されてたら同じ残忍な印象しか持たないわよ!戦場を見てた私でさえ強すぎてドン引きだったもの」

「凪様を、残忍だと…!」

 始めは冷静だったカイトも、私が遠慮なくどんどん言い返すため静かな怒りを湛え始める。その様子を見て、ここまでずっと口を挟まなかったセイラが代わりに口を開く。

「落ち着いてくださいカイト様。怒りは心の目を曇らせます。…えり様、先ほどのお話では、戦いのきっかけとなった先代魔王の妻リアナ様は、生まれ故郷の王子に殺されたというお話でしたが、人間界に伝わっている話は違います」

「えっ。何て伝わってるの?」

「無理矢理魔王の妻にさせられたリアナ様は、何とか魔王の手から逃げ延び生まれ故郷に戻ってきますが、脱走したことに腹を立てた魔王の手により国ごと滅ぼされたと」

 セイラの話を聞き、私は思わず間抜けな声を出す。

「ハァ?事実と全然違うじゃん!一体誰よ、そんなデタラメ広めたの!」

「何がデタラメだ。あなたが魔族から聞いた話がそもそもデタラメなんだ。先に魔王がリアナという女性を誘拐したんだ。絶世の美女だったらしいしな」

「だ・か・ら!そっちが嘘なんだってば!魔王軍を陥れるために人間側の協力者が嘘を広めたんだよきっと!人間と魔族が戦争するように!」

 私とカイトが一歩も譲らず睨み合い、セイラが隣で困った顔でため息をつく。

 睨み合いを続けながら、私は今まで会った魔族を頭に思い浮かべた。彼らが私と接した時の態度や気持ちは演技などではなくて、ありのままの姿と彼ら自身の本当の言葉だった。せっかく頼ってくれた人のためにも、ここで折れるわけにはいかなかった。

「………確かにね、カイトの言うことも分かるよ。正論ばっかりだからね。魔族と戦って大切な仲間とか失ってたら魔族が憎く思えるのも分かる。でも、人間に悪人がいるように、魔族にも悪い奴がいて、人間にとっても良い人がいるように、魔族にも良い人がいるんだよ。魔族だからってだけで、頭から全部否定しないでほしい」

 睨みではなく私が真剣な眼差しで訴えると、カイトも平静を取り戻して私に答えた。

「…良い魔族、ですか。俺にはあのクロロという参謀がそこまで良い魔族には見えませんが」

「まぁ、実験好きのちょっと危ない面もあるけど、そこまで悪い人じゃないよ。前に私とディベールって街に行った時、私が小さい男の子を庇って聖職者と揉め事を起こした時も、何だかんだいって助けてくれたしね。それに、今は魔族だけどクロロは元人間じゃない」

 私は助けられた礼として採血されたことはややこしくなるので伏せておいた。

「も、元人間!?あの参謀が!?そんな馬鹿な!人間がどうやって魔族に!?」

「あれ?知らなかったの?私も詳しくは聞いてないんだけど、人の道に外れるようなことをしたら魔族になったとか何とか言ってたっけ。ごめん、詳しくは知らない。でも、病気にかかるみたいに誰でもそんなホイホイ魔族にはなったりしないって言ってたよ」

 カイトは初めて知った事実に顎に手を当て考え込んでいる。

「もしかしてその聖職者の方は、毒を持ってこらしめたのではありませんか」

「そうそう!クロロがあらかじめ毒を塗っておいたお札を賄賂として渡してた。毒って聞いて私も驚いたんだけど、次の日にセイラちゃんが戻ってくるからどうせ手当されて死ぬことはないだろうって言ってた。クロロ的にはお灸を据えた感じだったんだろうね」

 私にその時の真相を聞いて、セイラはようやく合点がいったと微笑んだ。

「なるほど、そういうことでしたか。強力な毒に侵されていてあの時は理由が分かりませんでしたが、ようやく納得がいきました。あの者は他にも色々余罪がありましたから、あの時に街の者に聞き取りを行い、きちんと裁かせていただきました。その節は幼き命を助けていただき、誠にありがとうございました」

 セイラはまた丁寧にお辞儀をする。礼儀正しい彼女に、私は当然のことをしたまでだからと照れながら首を振る。そのやり取りを見守っていたカイトは、おもむろに口を開いた。

「えりさんの話がもし事実だったと仮定した場合、さっきの話だと内通している最有力候補はアレキミルドレア国のガイゼル王という話だったな。フォードさんも怪しいらしいが、俺も彼はないと思う。自由気ままな空賊のフォードさんにそこまでの野心はないだろう。だが……、ガイゼル王か……」

 カイトは難しい表情を作り、腕を組んでそのまま固まってしまう。不安を煽るその態度に、私はセイラへと顔を向ける。彼女も悩ましい表情をしていた、

「ガイゼル王はプライドが高く気難しい方で、星の戦士の会合の際もよく意見が衝突することがあります。もしえり様のお話が真実であり、ガイゼル王がこの人間界全ての王になろうとしているならば、とても見過ごせない事態です」

「プライドが高くて気難しくて意見も衝突って、あんまり良い王様じゃなさそうだね。唯我独尊タイプ?」

 私は唯我独尊と口にして無意識に魔王を頭に思い浮かべる。

(いや、確かに偉そうで俺様で意地悪だけど、そこまで突き抜けてないかな。分かりにくいけど思いやりはあるっちゃある)

 私は心の中で自己完結すると二人との会話に戻る。

「アレキミルドレア国は独裁主義だからな。それに秘密主義で外交や貿易も限られている。何か企んでいたとしても俺たちでさえ容易には掴めないだろう」

「そ、そんなぁ~。…でも、駄目元でもいいから探ってみてよ。無理なら目を光らせておくだけでもいいから。この問題が解決すれば、人間と魔族の戦いも終結するしさ」

「それはあくまでえりさんの話が本当だった場合だろ。やっぱり、俄かには信じられないさ」

「まぁまぁカイト様、最悪を想定して動くことも大事ですわ。えり様の話が本当だった場合、すぐにでも手を打ちませんと大変なことになります。魔族側の反逆者はもう準備が整っているということですし、秘密裏に協力してもこちらにデメリットはあまりないかと」

 セイラに諭され、カイトは不承不承納得した。話を鵜呑みにするわけではないが、一応協力して動いてくれることを約束してくれる。

 交渉を終え、魔王とクロロがこの二人をセットで交渉相手に選んだ理由がなんとなく分かった気がした。



 交渉後、クロロに頼まれた通りいくつか細かい点を二人に伝えた。

 今や魔王軍は一枚岩ではなく、協力関係になったとしても戦場では戦の手を緩めることはできないということ。魔王軍の実情を知っているクロロの軍は流して戦うことはできるが、他の戦場を任せている七天魔にはクロウリーに怪しまれる可能性もあるため今まで通り戦わせること。クロウリーとガイゼル王が手を組んでいることが確定し、魔王軍とクロウリー軍が戦いになった場合、ガイゼル王を始め人間の軍が魔王軍の背後をつく時は助太刀することなどを伝えた。

「…交渉と言いつつ注文が多いぞあの参謀。協力を請うならいっそのこと休戦にすればいいものを」

「先ほど聞いた通り、魔王軍が一枚岩でないならば、たとえ魔王が休戦を表明しても反発に合うのではありませんか。居城を襲撃されるくらいですから」

 セイラの言葉に、うんうんと私は頷く。

「クロロもそう言ってた。下手したら、今反魔王派じゃない人まで魔王を腰抜け呼ばわりして敵に回る可能性もあるって」

「はぁ~。魔界を統べる王のくせに意外と人望ないんだな、魔王は。何度か戦場で刃を交えたことがあるが、その時は黒いオーラを纏って何者も寄せつけない圧倒的な強さを感じた。てっきりその強さで全ての魔族を従えているのだとばかり思っていたが」

「……しょうがないよ。魔王だって色々と複雑なものを抱えているから。私も始めはカイトと同じように魔王は最強なんだと思ってたけど、今は人間と魔族の血を引きながら魔王として懸命にみんなを引っ張っていこうと苦悩しているように見える。私にはそんな素振りあまり見せないけど、本当は人間としての自分と魔族としての自分で板挟みになって気持ちが追いつかなくて苦しんでる時もあると思うんだ。そういうハーフの辛さって……、本人にしか分からないけど、できる限り力になってあげたいの」

 私が素直な気持ちを伝えると、二人は目を大きく見開いて固まっていた。私が右手を二人の目の前にかざして振ると、ようやく二人は呪縛から解放されて次々に声を上げた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!魔王は人間と魔族のハーフなのか!?」

「まさか、人間と魔族が結ばれていたなんて…!」

 二人揃って口々に驚きの声を上げるので、私も目を丸くして二人とは違う意味で驚きの声を上げる。

「いや、今更!?先代魔王とリアナ姫の関係については知ってたんでしょ。何で今更驚いてんの!?今の魔王は先代魔王とリアナ姫の子供だよ。ハーフに決まってるじゃん!」

「いやいや。俺はてっきり先代魔王はリアナさんを側室にしたのかと思ってたんだ。王族だとよくある話だし。だから現魔王は魔王の正妻である魔族との間にできた跡継ぎなのかと思ってたんだ」

「わたくしは、今の魔王は先代魔王とは血のつながりはなく、実力で魔界の王の座を勝ち取った者だと教わりました」

「………もしかして、これも敵側に情報操作とかされて人間界にデタラメが広がったのかな。魔王に人間の血が流れてたら、ちょっと見る目変わりそうだもんね」

 私の推測に、カイトとセイラは唸って考え込む。

 一体どこからどこまでが敵に仕組まれたものなのか分からない。だが、ここまで追いつめられるほど敵は最初から用意周到に準備してリアナ姫暗殺を行ったようだ。

 私たちの間に深刻な空気が漂っていると、本陣の外から兵たちの騒ぐ声が聞こえた。兵たちの間から上空を警戒する声が聞こえ三人揃って上を見上げると、そこには見覚えのある翼の生えた黒い馬と漆黒の騎士の姿があった。

「あれは、ジークとウィンス!」

 ジークフリートはウィンスを操ると、迷わず癒しの聖女本陣に急降下してくる。

 外にいる兵たちは急ぎ本陣へと駆けこむと、武器を構えて臨戦態勢を取った。弓兵はいち早くジークフリートたちに狙いを定め、次々と矢を射かける。私は短い悲鳴を上げると、すぐに弓兵たちに向かっていき攻撃を止めるよう声を張り上げた。

「待って!攻撃しないで!みんな止めて!!」

 大きな声で取り乱す私に、弓矢を構える兵たちは困惑や驚きの表情を示す。

 私が兵を押さえている間に、ジークフリートは一気に加速し地上への距離を詰めた。地面に激突する勢いで突っ込んでくる馬を見て、巻き込まれないようカイトは兵に距離を置くよう指示を出す。

 兵に背を向けて振り返った私は、すぐそこまで迫っていたジークフリートと目が合った。言葉は発さなかったが、こっちに来いと言われたような気がした。危ないと制止する声が聞こえたが、私は馬に轢かれる恐怖も感じず迫りくるウィンスに一歩二歩近づいた。

「星の戦士えりは、また俺たち魔王軍が貰い受ける」

 ジークフリートは巧みにウィンスを操ると、地面スレスレを飛行し、左手を伸ばして私を抱きかかえた。そしてそのまま止まることなく駆け抜け、また空へと急上昇する。

「イ、イカン!またしても星の戦士様が魔族に攫われた!」

「クソ!あの黒騎士め!」

 地上から人に当たらないようウィンスに向けて矢が放たれたが、上空で待機していたクロロの部下が叩き落とした。

「ジークフリート殿!ここはオイラにお任せを」

 鳥人族の不死者は風を巻き起こすとしつこく狙う矢を散らしていく。

「……ジークフリート、だと?」

 カイトは自分の耳に届いた名前を半信半疑でこぼす。

 そんな彼の隣で、セイラは遠くなっていく黒い馬に向かって精一杯叫んだ。

「えり様ぁ~~~!クロロ様にも街でのこと、宜しくお伝えくださいませぇ~~~!!」

 お上品なお嬢様に見えたが、意外と大きな声が出せるものだと感心し、私は返事の代わりに笑顔で手を振った。両手を口に当てて叫んでいたセイラも、それに気づくと私に向かって大きく手を振り見送ってくれたのだった。



 無事戦場から離脱した私は、ジークフリートに支えられてウィンスに横乗りをすると一息ついた。前と同じく手綱を握るジークフリートの腕の間にすっぽり収まる態勢だ。

「ありがとう、ジーク!まさか魔王の言っていた迎えがジークだったなんて。私はてっきりクロロの部下の人が来てくれるのかと思ってたよ」

「実は、人間と交渉することを決めた日に魔王様より直々に頼まれていたんだ。えり殿が交渉役を引き受けるか決まっていない段階でな。きっと魔王様は、えり殿なら引き受けてくれるだろうと思っていたのだろう」

 相変わらず兜を装備しているため表情は直接見えないが、声の調子から優しく微笑んでいることが分かる。

 決して口には出してくれないが、少しは魔王に信頼されているようで私は照れ笑いを浮かべる。

「俺からも礼を言わせてもらう。さっきは弓兵の前に立ち塞がって攻撃を止めてくれただろう。あれのおかげで迅速に最短距離で迎えに行くことができた。ありがとう、えり殿。…同族である人間相手に躊躇なく行動を起こせるとは、えり殿は勇敢だな」

 心のこもった礼とべた褒めしてくるジークフリートに、わたしは顔を赤らめながらブンブンと首を左右に振った。

「別に、私は当然のことをしたまでで!私を迎えに来たせいで、ジークやウィンスに矢が当たって怪我したら嫌だから。……ウィンスも、助けに来てくれてありがとね!」

 私は気恥ずかしさからウィンスに話しかけ毛並みを撫でる。ジークフリートの手できちんと手入れされており、触り心地は抜群だった。賢いウィンスは私の言葉を理解し、ちゃんと鳴いて返事を返してくれる。

「その当然と思っていることをきちんとできるのもまた立派なことだ。……ところで、交渉の方は首尾よくいったのか?」

 ジークフリートに訊ねられ、私は魔王城に戻るまでの間今日の交渉の成果を説明するのだった。




 魔王城東側にある訓練場に降り立つと、待ち構えていたように魔王が姿を現した。その隣にはいつの間に戦場から戻ったのか、参謀のクロロも立っている。

 私はジークフリートの手を借りてウィンスから下りると、走ってクロロの下へと向かった。

「何でクロロが私より先に城に戻って来てるの!?あの軍の総大将じゃないの!?」

 私の開口一番の質問に、クロロはモノクルに手を当てながら答える。

「確かに総大将ですが、元々今日は流すつもりでしたからね。星のリーダーをえりさんに差し向けた後はさっさと引き上げましたよ。部下たちにはキリのいいところで撤退するようにあらかじめ伝えてありましたし」

「わ、私が戦場に残って必死に交渉に当たっていたというのに、クロロはとっくに城に帰ってたのね!この裏切者~!何かトラブルがあった時はどうするつもりだったのよ~!」

 ポカポカとクロロを叩くと、彼はいつになく爽やかな笑みを浮かべてさらりとこう告げる。

「大丈夫ですよ。上空に私の部下をつけておいたでしょう。それに…、もしもの時はあなたの骸を回収して私の眷属にする手筈は常に整っておりますので。不測の事態ならいつでも大歓迎です」

「な、何の準備整えてんのよ!そんな準備いつでも万全にしとかなくていいから!もっと違うことに備えてよ!私が言ったトラブルってもっと別のことだから!」

 私とクロロがいつもの調子でギャーギャーと騒ぎ始めると、魔王がため息を吐いてから大きく咳払いをした。私たちはピタッと言い合いを止めると、魔王に顔を向ける。明らかに苛ついて不機嫌な表情になっていた。

「え~と、では、早速報告を聞きましょうか。今後の方針なども決めたいですしね」

「そ、そうだね。ジークには帰りがてら話したんだけど、順を追って報告するね」

 私は魔王の苛立ちの圧に押され、真面目に今日の交渉結果について報告した。魔王とクロロは適度に相槌を打ちながら話を聞く。全て聞き終わると、魔王はニヤリと口の端を上げて笑った。

「やはり俺の睨んだ通りだったな。あの小僧は聖女を噛ませれば交渉に乗ってくると」

「えぇ。魔王様の言う通り輪光の騎士は聖女にホの字でしたか」

「え?え?ホの字ってまさか」

 私が魔王とクロロに交互に顔を向けると、二人は悪役のように意地悪な笑みで答える。

「なんだ、気が付かなかったのか。あの小僧は聖女に惚れてるんだ。何度かやり合っているが、奴はいつも聖女の援軍に駆け付けるのだけは異常に速い。他の仲間の援軍に駆け付ける時はそうでもないんだが」

「聖女が戦う術を持たないサポート系能力者だというのももちろんあるとは思いますが、それにしても速いです。恐ろしく。…まぁ、彼女はあなたと違って美人で育ちも良く、か弱いお嬢様ですから、男からしたら守ってあげたくなる存在でしょうね」

 クロロの棘のある言い方に、私の怒りゲージが少し増加した。ところが暴言はそこで止まらない。

「こいつは馬鹿で間抜けなお人好しの変人で、尚且つ色気も魅力も皆無だからな。子供っぽさが抜けていないからケルやドラキュリオのような子供に懐かれるのだろう」

 魔王の鋭い言葉のナイフに抉られ、また怒りゲージが上昇する。

「なるほど。精神年齢が近いから心が通じやすいんですね。いや~、見た目も良くて中の上ですし、聖女に勝てるところが一つもないですね!えりさん」

 ニッコリ笑うクロロがトドメだった。

 私は顔を真っ赤にして怒鳴って反撃しようとしたが、それより一瞬早くジークフリートが言葉を発した。

「お二人とも、いくら何でも女性相手に酷い物言いだ。他人と比べる必要などどこにもない。えり殿はえり殿だ。二人の言った言葉など気にすることはない。俺は、えり殿は十分魅力ある女性だと思う。優しく、思いやりがあり、いつも話すと元気をもらえている。先ほど参謀殿は聖女に一つも勝るものがないと言っていたが、内面の美しさで十分えり殿は勝っているさ」

 兜越しに私を励ましてくれるジークフリートの優しい言葉を受け、私の怒りゲージは一気にゼロになった。

(今まで生きてきた中で、こんなにも男の人に優しい言葉をかけてもらったことがあっただろうか…!いやない!ジークこそ内面が美しい優しい騎士様だよ!)

 私は感動に打ち震えジークフリートに擦り寄る。

「ジークゥ~!やっぱり私の味方はジークとおじいちゃんとケルたちだけだよ!ありがと~、味方になってくれて!」

 目を潤ませながら喜ぶ私を見て、ジークフリートは小さく笑いながら私の頭を撫でる。その様子を見て魔王はつまらなそうに鼻を鳴らした。

「フンッ。つまらん。ジークフリートとじいはすぐアイツを甘やかすな」

「フフッ。羨ましいなら魔王様もたまには甘やかしてみたらどうです?」

 クロロは魔王に提案したが、見たこともないほど嫌な顔をされた。

「そんな顔をするほど拒絶しますか…」

「くだらん。俺はもう行くぞ。他の戦場も注視しなければならん」

 魔王はマントを翻すと、私たちをその場に残し城の中へと入っていった。

「そうだクロロ。セイラちゃんがお礼言ってたよ。この前一緒に街に行った時、男の子を悪い聖職者から守ったでしょ。ありがとうだって。アイツ他にも余罪が沢山あって、あの後裁かれたんだってさ。良かった良かった!」

「あぁ、やっぱり毒で死なずに助かっちゃったんですかアイツ。残念でしたね~」

「何が残念でしたよ。最初から本気で殺すつもりなかったくせに~。天邪鬼なんだから」

 私がそう言うと、そんなことないとクロロは目を逸らしたが、私とジークフリートは顔を見合わせると笑い合った。

 この城でみんなと過ごし、少しずつみんなの性格や人柄がわかってきた。今回の交渉で、少しでもそのみんなの役に立てたのなら良かったと私は思う。これで早く戦争が終結し、魔族と人間双方に平和が訪れるようにと、心の中で私は切に願うのだった―――。


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