開幕 物語の始まり
――変わり映えのない毎日。朝起きて、会社に行って、同僚とお弁当を食べる。残業をして、クタクタになって家に帰る。休みの日は寝坊をして、起きたら携帯アプリで遊んで、動画を見たり、漫画を読む。そんな、変わり映えのない毎日。退屈な日常。いつになったら、変われるのだろうか…。
雲一つない澄んだ空が広がる昼下がり、私は会社の食堂室でお弁当を食べていた。食堂室といっても、学生の頃と違って定食や軽食を注文したりはできない。ポットや電子レンジが備えられているただの休憩室だ。
「もう12月かぁ〜。この歳になると1年があっという間で怖いわぁ」
食堂室に設置されているテレビに一番近い3人掛けの簡素な長机に陣取り、私の隣に腰掛けている先輩がぼやいた。
「時の流れが早いですよねぇ。もう今から年末を迎えるのが憂鬱です」
私はおにぎりを口に頬張りながら答えた。
この会社に勤めて20年以上になる先輩の田岡さんは、超ベテランのアラフォー女子だ。結婚や子供に興味はなく、自分の趣味や時間を大切にしている。
「神谷さんは確か去年の年末、ご両親とご兄弟、その恋人の皆さんで年越ししたんだっけ?」
「そうです。どうやら今年もそうなるようで、今から面倒くさいんですよね。長男は今年結婚したからもう恋人連れじゃなくて奥さんですけど」
私『神谷えり』は、実家暮らしの25歳。三兄弟の末っ子で、7つと5つ歳の離れた兄がいる。自分で言うのもなんだが、今時のオタク女子で、2次元にしか興味がない。漫画や動画、ゲームが好きで、20代も折り返しだというのに一切恋愛に関心がない。男兄弟で育ったせいか、幼い頃から身近にゲームや漫画が溢れかえっていた。よく兄がしているゲームを隣で見て楽しんでいたものだが、この歳になると親がうるさくなってくるものだ。
「兄弟が女連れだと、自分も恋人いないと肩身が狭いもんねぇ。お酒が入ると親が小言を言ってきてうるさいし」
「もう最近男作れ、結婚しろってしつこくて。興味ないって言ってるのに。それに今時30過ぎに結婚する人なんてざらなのに」
「1人娘だから心配なんでしょう。私も昔はよく言われたけどね。でもうちは姉さんが出戻ってきちゃったから、それからはうるさく言われなくなったよ」
クリスマスデート特集が流れるテレビに目を移し、先輩はコーヒーをすすった。
子供の頃は12月になると、クリスマスプレゼントや冬休みがあって楽しみで仕方がなかったのに、今はもうクリスマスや年末は肩身が狭いだけでしかない。恋愛や恋に興味がない私は、これからずっと1人このままなのだろうか。
残業をしてようやく仕事を片付け、いつも通り会社を後にする。いつもの電車に乗り、一回乗り換えて実家の最寄り駅で降りる。そこからは家まで約15分。駅の改札に向かう渡り廊下を歩きながら、お気に入りの携帯アプリゲームをいじる。
「歩きスマホはいけないと知りつつ、ランキングイベント中はついつい気になっていじっちゃうよねー」
寒さで白い息を吐きながら、私は他の人よりゆっくり歩く。家路へと急ぐため足早に歩く人とは対照的に、私は携帯ゲームの操作に意識を向けているため、どんどん歩みが遅くなる。ようやく改札へと達し、駅を出てすぐ目の前の踏切を渡る。
私の地元は昔は山だったのか、坂道が多く、自転車での移動となると登りはかなりキツイ。坂の高台に位置する場所からは、晴れの日は遠くの山がとても綺麗に見えるところで、少々田舎だが悪くはない。
家に向かう坂道を下りながら、ゲームをやめて音楽に切り替える。お気に入りのアニソンがイヤホンから流れてきた。口パクで歌を歌いながら、いつもの坂道を下る。自分の口から漏れる白い息を見つめ、そして白い息が上っていった星空を見上げてみる。真っ黒な闇に点々と煌めく星がある。
何気なく見上げていたその瞬間、イヤホンから流れていた歌が急にブツ切りになり、そしてザザァッという雑音に変わった。
「キャアッ!?な、なんなの!?壊れた?それとも、心霊現象?こんないつもの帰り道で」
驚いて外したイヤホンを、そっともう一度耳に近づける。スマホの画面は音楽が再生されているが、イヤホンからは何も聞こえてこない。
「…何故か壊れた。最悪。あ〜、もう!」
イヤホンをコートのポケットにしまい、悪態を吐きながら顔を上げる。すると、真っ暗な空に先ほどはなかった蒼白い星が浮かんでいるのが目についた。蒼白く輝く星は、どこか儚げで、この世のものではないようで、少し不気味にも思えた。
寒さからなのか、光景の異質さからか、ぶるりと身体を震わせた私の耳に、再度ザザァッという雑音が聞こえてきた。
「な、何この音!?どこから聞こえてくるの」
私は両手で耳を抑えながら辺りを見回した。
それはまるで、テレビの砂嵐が一定間隔で鳴り響いているようなものだった。謎の音が鳴り響く中、頭上でもまた異変が起こっていた。
蒼白く輝く星が、謎の音と連動して光の明滅を繰り返している。そしてその星は徐々に光の強さを増しながら、高度を落として私に向かってきているようだった。
「一体、何がどうなってるの。気持ち悪い…」
耳元で鳴り続ける砂嵐音に気分が悪くなり、私はその場に座り込んだ。
私の目に焼きついている最後の景色は、蒼白い流星が自分に降り注いでくるところだった……。
これは、私と『彼ら』が出会い、初めて恋に興味を持ち、私が異世界で絆を深め成長していく物語――。




