春色と君の距離
授業が終わった頃の教室。
部活に向かう者。友達と話し始める者。残って勉強する者。
そして、私は友達のサポートの下、日番日誌を書いていた。天気以外は空白地帯だ。
「…今日、一限目って何してたっけ…?」
「ほら、あれ。ベクトルの内積がどうたらって。」
「あー。」
そんなやり取りを繰り返し、三限目まで書き終えた頃、
「ごめん、そろそろ部活行くね!頑張って!」
「うん。手伝ってくれてありがとね〜!」
そこからは一人での作業だった。
いつの間にか、教室に残っているのは私だけで、物理的にも独りだ。
もの寂しさを紛らわすように、鼻歌交じりに鉛筆を進める。
やっと書き終えた頃には、陽はすっかり傾いていた。
日誌を提出して校門を出ると、そこには見慣れた男子が立っていた。
心臓が高鳴る。
顔が熱くなる。
それはきっと、夕日と夏の暑さのせいだ。胸のなかに「なにか」が引っかかったのは気にしないことにした。
「…ど、ぅしたの?」
普通に話しかけるつもりが、声が裏返ってしまった。
「待ってた。一緒に帰ろうと思って。」
「…そ。」
その言葉で頭が真っ白になって、素っ気ない返事を絞り出すのがやっとだった。
それからは他愛もない話をしながら歩いた。
眩しい笑顔に目を奪われる。
時折魅せる真剣な表情に頬が熱くなる。
不意に肩や手が触れるたび、
心臓の鼓動が痛いほどに速くなる。
「…!?!?」
不意に手を引かれる。前から来た自転車に気づかなかったらしい。握られたままの手がだんだん熱くなってくる。
「大丈夫?」
真剣な眼差し。直視できない。でも、目を逸らせない。ドギマギしながらも、なんとか頷くことは出来た。
なら良かった、と再び歩き出す。
手は繋がれたままだ。
細い腕、しなやかな指、綺麗な爪。
なよなよしくて、弱々しい印象すら覚える。
それでも、ずっと車道側を歩いてくれたり、歩くスピードを合わせてくれたり、ぼーっとしていた私を心配してくれたり、優しくて甘えさせてくれたり、
(あっ…!)
彼の顔が赤くなっている。
「赤くなってるね。」
「え!?」
彼は照れ隠しのように、手の甲で口元を隠す。
「ふふっ、照れてるのー?」
「て、!れて、、ない!」
彼の声は上ずっていて、動揺は見て取れた。
こんな時間がずっと続けば良いのに。
もっと彼と一緒に居たい。
胸のなかの「なにか」がストンと落ちた気がした。
私は多分、この感情の名前を知っている。
それはずっと憧れていたもの。
そして、彼も多分…。
思わず笑顔がこぼれた。
わたしは君が「好き」なんだ。
だけど、、
まだ気づかないフリをしていよう。
もう少し、この微妙な距離感を独り占めしたいから。
どーも。イルミネです。
箸休め。単作話です。
御愛読ありがとうございました。