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5.一応のボーイミーツガール


 状態異常にあたる『毒』が、僕の体力を削っていく。


 《ディメンション》を使い始めて十五分ほど経った頃、ランク1のモンスターとの戦いが発生した。

 ずっとモンスターを避けていた僕だったが、偶然に動かないモンスターを発見してしまったのだ。その敵はランク1であり、見たところ眠っている様にしか見えなかった。


 《ディメンション》を使用していなければわからないであろう瓦礫の下、微動だにしない大きめの蛙。名前もビッグフロッグと単純だったため、危険もなく例の経験値を稼げると思い、剣を使って潰したのだ。


 そして、潰した際に体液が飛び散った。


 その一撃でビッグフロッグ自体は絶命したが、体液が僕の身体に付着してしまった。

 ここで重要なのは、いま僕の身体はボロボロで、傷口が身体の至るところにあったということ。こうして、傷口に入り込んだ体液によって、僕は状態異常の毒に陥ってしまった。


 ステータスから毒を確認した僕は青褪め、すぐに道具から解毒薬を使用した。

 が、毒は解除されない。


 残った解毒薬の詳細を確認して、事態の深刻さに気づく。



【解毒薬】

 市販されている一般的な解毒薬。ポイズンビーの毒攻撃に対して調合されている

 それ以外の毒に対しては5%の確率で解毒が成功する



 急に呼吸が苦しくなる。


 『表示』通りならば、解毒薬にも種類があるらしい。 

 つまり、いまの僕にはこの毒を消す手段が5%しかないということだ。案の定、その5%には当たらず、全ての解毒薬を使い切ってしまい――


「――や、やばい。やばいやばい」


 もはや余裕はなくなった。

 大量の発汗と、目減りしていく体力。

 魔法アイスの氷を口に含んで、水分を補給しているものの、システム上のHPを回復する手段はなし。


 堪らずステータスを確認する。



【ステータス】

 名前:相川渦波 HP17/51 MP61/72

 レベル1

 筋力1.12 体力1.01 技量1.03 速さ2.02 賢さ4.00 魔力2.01 素質7.00 

 状態:混乱1.09 出血0.21 毒1.00



 HP17/51。

 一時期は30近くまで自然回復していたHPが、いまや17である。

 数分毎に1ずつ減っていく毒は、現実的な体力だけでなく焦燥感で精神も削っていく。


「はぁっ、はぁっ、はあっ――!」


 息が荒れ、意識がぼやけていく。


 このままでは死んでしまう。


 僕は頭の隅で、解決方法を思案する。

 ただ、案だけならばいくつもあるが、その成功確率はどれも低い。

 案をいくつか取捨選択し――余っているMPを犠牲にして、《ディメンション》をより強く重ねがけにすることに決める。


 これは《アイス》で水分補給をしていた際に確認した方法だが、同じ魔法でも条件によっては効果は異なるようで、こめた力の強弱やMPの消費量で効果が強まるようだ。


「――ディ、《ディメンション》!!


 何倍にも膨れ上がっていく知覚範囲。

 特徴的なモンスターたちが溢れる中、解決策に繋がるものだけに意識を割いていく。


 そして、知覚範囲が五十倍ほどまで拡がったあたりで、回廊に大きな違いがあるところを見つける。


 その回廊は整備されていた。

 ある程度だが床はならされ、何か別の鉱物でコーティングされている。

 一定間隔ごとに灯りが設置されていて、まるで人工の道だ。


 そこを中心に、さらに感覚を拡げる。

 すると、その整備された道を、数組の人間が歩いていることがわかった。


 すぐに《ディメンション》を打ち切る。

 残りのMPは一桁まで消耗されていた。



【ステータス】

 HP16/51 MP9/72



「っぷはぁ! はぁ、はぁはぁ……」


 人を見つけた。

 それも、その人たちは別の集団とすれ違い合っても揉め事になっていなかった。


 おそらくだが……あの道が、いま僕が歩いている道とは別物であるからだろう。

 僕が襲われたときの会話内容を思い出す。あの男は「迷宮、それも『管理領域外』に――」と言っていた。つまり、いま僕がいる道は管理領域外だから争いが起きて、あの道が管理領域内だから争いは起きない。その可能性は十分にあると予測する。というよりも、その可能性に賭けるしかない。


「最低限の《ディメンション》で、あそこまで一気に行く……!!」


 整備された道に向かって、全力で歩く。

 目減りしていくHPを確認することも止めて、ただ人を探して歩く。


 僕が解毒薬を手に入れたのは死体からだ。

 貰うにしても、奪うにしても、まずは人に会わないことには話が始まらない。


 目が血走らせ、意識だけは手放さないようにして、足を動かし続けた。

 そして――



 ◆◆◆◆◆



「――今日は10階層まで進んでみようか?」

「いいな。最近、調子が良いからな。そのくらい行ったほうが、儲けが出るだろう」

「俺も賛成だ」


 物陰から男たちの会話を盗み聞く。

 会話の内容から、この三人の男たちは迷宮で生計を立てているようだった。


 しかし、その風貌は三人とも堅気の人には見えない。

 僕の世界ならば、ヤクザでもやってそうなコワモテの男たちだ。

 なけなしのMPを使い、強めの《ディメンション》で先に会話を拾って正解だった。


 ちなみに、これで僕の残りMPは4である。


 僕は整備された道の近く、物陰で思考し続ける。


 僕としては一対一での対話が望ましい。さらには、年下、女性、お人好しそうな外見――いずれかの条件に当てはまる人がいい。しかし、高望みばかりもしていられない。いまもなお、毒によってHPは減っている最中だ。


「……――魔法《ディメンション》」


 僕は最後のMPを使い(とはいってもMPを0にするのは怖いので、1だけは残す)、《ディメンション》で条件に近い者を探し始める。


 ざっと周囲200メートルほどを索敵し、見つけたのは四パーティー。

 まず、先ほどの男三人組。次に、男女混成のバラバラな装いをした五人組と男女混成の銀鎧で身を固めた四人組。最後に、女性の二人組。


 即決で、女性の二人組に決める。

 様子も物静かで優しそうだったため、話し合いの内容によっては助けてもらえるかもしれない。


 ただ、途中で五人組と銀鎧集団を挟んでいるので、物陰でやり過ごすことにする。

 息を潜めて、このままやり過ごすことにした――かったのだが……、


「――おい。そこで身を潜めている者、出てくるがいい」


 銀鎧の集団に隠れていることを看破されてしまう。

 バラバラな装いをした五人組には見つからなかったが、なぜかこの集団には死角にいる僕のことがわかるらしい。


 心臓の鼓動が跳ね出す。

 しかし、優先順位としては二番目になっていた集団だ。僕は気を持ち直し、会話を頭の中で組み立てる。

 そして、片手剣を物陰に置いて、ゆっくりと整備された道に出る。


「ふむ。ただの物盗りか?」


 銀鎧の男の一人が、何でもないように問いかけてくる。


 銀鎧の身に包んだ四人は、いままで出会った人間たちと違い、とても裕福そうに見える。

 ただ、四人の内で一人だけが少女であり、恐ろしく目を引いた。


 年の頃は僕と同じほどで、背も近い。そして、恐ろしく――そう、恐ろしいという言葉が相応しいほどに、美しい。金砂が流れているかのような長髪に、人形にも再現ができそうにない整った顔の作り。


 すぐに少女から目を逸らす。

 少女は身に持つ非現実感をもって、僕の現実感を奪っていくからだ。


 仕方なく僕は、最も背が高くて誠実そうな男に目をつけて話しかける。


「その、僕は物盗りではありません……。体調が優れなかったので、休んでいました」

「それならば、『正道』で休めばいいだろう。すぐわかる嘘をつくんじゃない」


 すぐに僕の話は男に否定された。

 そこには少しばかりの怒気も感じる。


 どうやら、この整備された道は『正道』と呼ばれ、休むのに適しているらしい。警戒に警戒を重ねて、整備された道に入らなかったことが逆に仇となってしまった。


 初手にて間違いを起こしてしまい、血の気が引いていく。


「せ、『正道』で休めない理由がありました……。害意はありません。信じてください」


 嘘は逆効果と判断して、誠実に訴えかけることにする。

 目の前の彼は、僕が嘘をついたことに腹を立てているように見える。

 見た目通りの誠実な人間であるならば、それに合わせたほうがいい。


「……ふむ。確かに、待ち伏せするにしても一人ではな」


 男は顔を少し和らげた。

 その対応に、他の男たちも同意していく。


「子供一人だ。何にしろ、問題ない」

「大方、迷い込んだか、無謀にも挑んだか。もしくは、荷物持ちで手伝っていたパーティーが全滅して、一人だけになったのだろう」


 勝手に都合良く解釈してくれる男たち。

 そもそも、ボロボロの僕一人では大した脅威と見なされていないようだ。


 できるだけ事が大きくならないように、その様子を僕は見守り続ける。


「あまり子供を怖がらせるなよ、ハイン。我らの騎士道に反するぞ」

「……わかってる。だが、細心の注意を払うべきだろう?」


 仲間内で、おどけた空気も出てくる。

 『騎士道』という言葉が聞こえ、この人たちがお人好しにあたる部類であることを僕は期待する。裕福そうな出で立ちから余裕も窺える。賭けに出るのならば、いまかもしれない。


 僕は意を決して、毒について相談をしようと声をかけようとして――


「あ、あの――」

あなた・・・面白そうですね・・・・・・・


 その言葉は、近くにいた少女によって遮られた。


 いつの間にか、少女は僕の方に寄って来ていた。

 そして、その幻想的な黄金の瞳が僕を捉える。

 美しすぎて、僕の色々なものを削っていく瞳だ。 


 男たちは少女の突然の行動に驚き、声をかける。


「え、えっと、お嬢様……。何か要望でも……?」

「あぁ、すみません。大したことじゃありません」


 そう言いながらも、少女は僕に近づいて来ている。

 大声を上げたかった。

 僕に近寄るんじゃないと叫びたかった。

 しかし、喉は渇いて、張り付いて、言葉にできない。


「ちょ、ちょっと待って下さい……! 他の探索者との接触は控えてください!」


 男の一人が声を荒げた。


「このくらい、いいじゃないですか。他の何も触らせてくれないんですから、ちょっとお話ぐらい」

「それはそうですが……」


 少女の言葉に男たちも納得するものがあるのか、反論が途絶える。

 こうして、少女は僕の手の届くところまで近寄り切り、


「あなた、本当に面白いですね――」


 そう僕にだけ聞こえるように囁いた。


「面白い。羨ましいくらい。本当に……。本当に、妬ましいくらい……」


 その囁きは僕だけにしか聞こえない。


 ふと少女の顔を見る。

 顔が歪んでいた。

 僕を本気で妬んでいるとわかる表情。

 角度的に、僕しかそれを確認できない。

 ゆえに、男たちはそれを見守っているだけだった。


「いいな……。いいなあ、いいなぁいいなぁ……――」


 そして、呪うかのように少女は囁き続ける。

 その女神のように整った口から、呪詛が呟かれ続けるのを僕は耐えることしかできない。


「ど、どうかしましたか? それとも、『その目』で何か見えました?」


 痺れを切らした男が問いかける。


 それを機に、少女の顔が無表情にスッと切り替わった。

 少女は笑顔になって、男たちのほうに向かって振り向いた。


「ええ、そんなところです」


 さっきまでの呪詛なんて嘘のように、晴れやかな声をあげる少女。


「ああ、そうでしたか。で、何か面白そうなスキルでも持っているので?」

「いえ、そうではありません。どうも、この方……毒にかかり体力も少ないようです。回復魔法をかけてあげようかと思いまして」


 僕は「え?」と声を漏らした。

 凍りついた身体が陽に照らされたように、血が巡り出す。


「なるほど。そうでしたか」

「じゃあ、すごーく優しい私は、人助けをしますねー」


 そう言って少女は僕のほうに向き直り、魔法を詠唱し始める。


「――『撫でる陽光に謡え』『梳く水は幻に、還らずの血』『天と地を翳せ』――」


 純白の光がふわふわと少女の手から溢れ出し、僕の身体を包んでいく。

 それと共に、身体にまとわりついていた倦怠感や痛みが和らいでいく。

 いままでの出来事が嘘だったかのように、身体が軽くなり始めた。


 その様子を僕は見つめることしかできない。

 回復魔法をかけてくれているという話である以上、僕が抵抗する理由はない。


「――魔法《キュアフール》。っはい、終わり」


 少女は光の噴出を止め、僕に笑顔を向けた。

 その表情の中に、先ほどの妬みのような感情は一切ないように見える。


 そして、少女は「どれどれ」と僕の様子をさらに窺ってくる。


「ふーん、へー、ほー。その『混乱』、バッドステータスじゃないんですね。面白いです。あっ、あと火傷は処置が遅かったようなので、跡が残りますから」


 少女は感心したように頷いている。

 『混乱』と言った。言葉通りならば、僕は――



【ステータス】

 名前:相川渦波 HP51/51 MP1/72

 レベル1

 筋力1.12 体力1.03 技量1.03 速さ2.02 賢さ4.00 魔力2.01 素質7.00 

 状態:混乱1.00



 混乱という文字が残っている。

 そして、少女もこの『表示』が見えているのか?

 同じものではないかもしれないが、少なくともなんらかの形で知覚していそうだ。


 そんな僕の様子を見て、少女は薄く笑い、小さく僕だけに聞こえるように喋る。


「また会いましょう、アイカワ・カナミ。私の名前はラスティアラです」

「……お嬢様? 何かありましたか?」


 そこで回復魔法が終えたのを確認した騎士たちが合流する。


「いいえ、なんでも。ああ、人助けは気持ちいいですね。さあ、奥に行きましょう。時間もありません」


 ラスティアラと名乗った少女は、これ以上することはないと言わんばかりに僕から離れていく。

 咄嗟に僕は声を絞り出す。


「あ、ありがとうございました……」

「いいんですよ。すぐ・・返してもらいますから」


 ラスティアラは獲物を狙う肉食獣のような笑みを張り付けて応えた。

 もちろん、その顔は僕にしか見えない角度だ。


「それじゃあ、坊主、またな。気をつけろよ」

「まっすぐ帰ることだ」

「違いない」


 他の男たちも、小さく笑っている。

 けれど、男たちからはラスティアラのような害意を感じない。

 それは弱きものを守ったことに対する安心感や達成感の笑みだろう。


 騎士たちは構わない。

 しかし、このラスティアラとやらからは、できるだけ早く離れよう。


「はい、助かりました。それでは、みなさん、また――」


 そう言って僕は整備された道――『正道』を、少女たちとは逆方向へ進んだ。

 こちらが出口で合っているはずだ。

 僕を見送る男たちも疑問なく手を振っていた。


 それに愛想笑いを浮かべて応え、その集団と僕は別れた。


過去の『5.一応のボーイミーツガール』の『読者さんからの感想』と『投稿者による感想返信』は、

http://novelcom.syosetu.com/impression/list/ncode/360053/index.php?p=594

あたりになります。

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