3.異世界のシステム
狼を倒したあと、急いで僕は周囲を調べ始める。
まず狼に切り裂かれたであろう死体を二つ見つけた。
その死体を漁り、僕は食料や道具を手に入れる。
罪悪感はなかった。それが必要なことだということもあったが、それ以上に感覚が麻痺していた。僕は震える身体で、何も考えずに、生きるための最善を尽くしていく。
奪えるものは全て奪う。
この死体が持っているものは、ここで必要なものであると判断したからだ。
奪った手袋を手にはめて、外套を服の上から羽織り、皮袋を腰にさげる。
変わった形のナイフ(おそらくは手投げ用なのだろう)をジーンズのベルトに挟めるだけ挟み、片手剣を手に持った。
ただ、死体が二つに対して僕は一人。
持ちきれない物も多々あった。
最後に、死体へ向かって手を合わせる。
そして、例の炎のないほうへ足を進める途中、ふと狼が消えたところに目をやる。
大剣が無造作に転がっていた。
これを使いたいところではあるが、片手剣の二倍もの重さがあるものを持ち歩くのは現実的ではない。大剣は諦めようと心に決めたとき、視界の端に光るものが映る。
輝く翠の石だ。
死体の持ち物の中にも、こういった宝石みたいなものは多かった。
現状では重いだけの代物だ。無駄な物を持つことは命を脅かすと判断して荷物には入っていない。
ただ、この石の色は、あの狼の毛並みに似ていた。
はっきり言って、感傷だ。
あの人間たちに襲われた同士で、親近感が生まれたのかもしれない。
最後に僕は、その石を拾ってポケットに詰め込んだ。
「さあ、どうしようか……」
できることは全て終えた。
何らかの敵対生物が現れても、迎撃する手段もある。
決めるのは、ここで『待つ』か『動く』かだった。
太ももの切り傷は思ったよりも浅かった(おそらく、反射的に身体を引いていたのだろう)。
ただ、圧迫の止血でいくらかましになっているものの、歩くのも億劫な状態だ。
『動く』を選択すれば、出血は増していき、体力を失っていくのは間違いない。
ただ、『待つ』のが恐ろしいのも確かだ。
誰か助けてくれる人を『待つ』には、先ほどの体験は恐ろし過ぎた。
狼もだが、何より――助けを求めた人間に斬られたことが心に根付いている。
だから、僕は『動く』ことに決める。
「……この剣を杖にして歩くか」
片手剣をついて感触を確かめる。
あまり、杖には向いていない。
「もっと良いもの……。いい『道具』、何かないかなぁ……」
そう言いながら、またあたりを見回して――
【Item】
Empty
と、宙に『表示』されているのが見えた。
「え……? なに、これ……?」
また非現実感が加速する。
そして、乾いた嗤い声が出る。
まるで網膜に張り付いたゴミのように、はっきりと『表示』されている。視界を動かしても、その『表示』は視界から消えない。
「は、ははっ、まるで――」
まるで『ゲーム』。
薄々は感じていたワードだった。
幻想。迷宮。モンスター。巨大昆虫。巨大狼。冒険者。剣士。魔法使いの炎。死後の光。宝石――どれもがおとぎ話の中の存在で、王道ゲームに頻出する存在だ。
色が反転するような錯覚と地面にぶら下がっているような眩暈が、僕を襲う。
だから、すぐにそれを僕は認めた。
認めることで楽になるところがあった。
夢のように視点が遠くなるのを感じるが、それで恐怖が和らぐのなら、それでもいいと思った。
「それなら……まず、僕について。僕を『表示』してくれ」
とりあえず、適当に言葉にして望んでみる。
【Status】
Name:KanamiAikawa HP4/51 MP72/72 Class:
Level1
Str1.01 Vit1.03 Dex1.01 Agi2.02 Int4.00――
「わ、わかりにくい……。もっと読みやすくならないのかな……」
【ステータス】
名前:相川渦波 HP4/51 MP72/72 クラス:
レベル1
筋力1.01 体力1.03 技量1.01 速さ2.02 賢さ4.00 魔力2.00 素質7.00
状態:混乱1.01 出血0.52
経験値:805/100
装備:鉄の片手剣
異界の服
エルフェンの外套
革の手袋
焼け焦げた異界の靴
呪印の入った手投げナイフ
「あ、日本語になった」
なんとなく呟いた文句に『表示』は対応した。
英文字と比べると少し不恰好だが、わかりやすさのほうが大切だ。この日本語表記のまま、僕は『表示』を読んでいく。
まず何よりも気になったのは先ほどの『ItemEmpty』だ。
素直に言葉を受け取れば、いま僕は何も持っていないと認識されているということになる。
「干し肉とか、水とか、腰にぶらさげているんだけど……」
それにも関わらず、こうなる。
【持ち物】
なし
再度確認したが、やはり僕は何も持っていないらしい。
「まあ、大体の方向性はわかるけど……。ゲーム、好きだし……」
要は条件を満たしているかどうかだろう。
稚拙で、ゲーム的な――それも融通の利かない条件がそこにはあって、それを僕は満たしていないのだ。
「おそらく、装備品は直結して戦いに影響するもの……。いわゆるパラメーターを左右するもので……」
パラメーターが変動するようなもの以外は『装備』すべきではない気がした。つまり、身につけたり、持ったりするべきではない――
「よくある無限に入る袋とかそういうのがあるのかな……?」
僕は再度身につけているものを確かめる。
袋や、空いているポケットに対して、色々と出し入れしてみる。
だが、何も起こらない。
「じゃあ……」
入れぇー……。
そう祈りつつ、僕は何もない空間に対して、実験として干し肉を一つかざしてみた。
すると、空間がぐにゃりと捻じ曲がり、干し肉が呑み込まれた。
「――っ!? こ、こわっ……!」
咄嗟に僕は手を引いた。
生理的に恐怖を抱く光景だったが、おそらくはこれが正解なのだろう。
「よし。また『持ち物』を――」
【持ち物】
干し肉
「ははっ。うん、すごくゲーム的だね」
笑いが半分に、恐怖が半分の結果だった。
しかし、これで『持ち物』のルールが一つ把握できた。
入れようとする意思を持って宙にかざすことで、どこかへ入れることができるのだろう。
うん。
どこかへ……。
「……これで、かなり楽になる」
先ほど諦めてた死体の食料や道具を、再度漁ることができそうだ。
僕は試行錯誤を重ねながら、次々と物を宙のどこかに入れていく。
ちなみに冒険者の死体や小さな虫は入らなかった。
大きすぎたか――それとも、生物だからか。何らかの条件で弾かれたようだ。
こうして、僕の『持ち物』は――
【持ち物】
干し肉 水袋 止血薬 油 痺れ針 解毒薬 鑢 オーリアの大剣 革の手袋 革靴 布の服 木の弓 鉄のナイフ 無印の矢 ライター スマートフォン 小石 枝 十位魔法石 九位魔法石
となった。
ちなみに、ライターとスマートフォンは着ていたジーンズに入っていたため、出し入れの安全を確認したあと、『持ち物』に入れた。
スマートフォンは通信を試みたが、当然のように繋がらなかった。最後に確認した時間よりも数年ほど時間がずれていていたので、スマートフォンは衝撃で故障している可能性がある。ただ、ライトや時計機能が生きていたのは助かった。
「色々入るなあ……。何より、よくわからないものに名前がついているのが助かる。ゲームとして難易度が下がっているんじゃないかな、これ。いや、助かるんだけど……」
ただの粉にしか見えなかったものに『解毒薬』と表示がされたときには自然と顔が緩んだ。
「まだ、色々と試せそ――」
「――、――――――――ッッ!!」
さらに本腰を入れて試そうと考えたとき、回廊に獣の咆哮が響く。
「た、試すのは後にしよう……」
あまりに都合の良いことばかりが起きていて失念していたが、まだまだ僕は危険の最中にいる。
優先順位の高い『止血薬』を使用し(使い方がわからなかったので、水洗いした傷口に塗りたくった)、咆哮から遠ざかるために剣を杖にして歩き出す。
焦らず、身体に負担をかけないように……。
注意深くあたりを窺いながら、道を進む。
『表示』で自分のステータスを確認すると、出血が緩和しHPは自然回復していた。
命の危機が少し遠ざかったのを感じつつ、僕は迷宮の中を歩いていく。
過去の一章の感想欄は
http://novelcom.syosetu.com/impression/list/ncode/360053/index.php?p=595
あたりになります。