宗一郎
目が覚めるとベッドの上だった。あたりを見回せば、誰もいない。というか見えない。窓の外も真っ暗なので夜だ。僕は病室にいるようだった。僕は瞬いた。目がしばしばする。今度は手や足を動かしてみた。少ししか動かせなかった。首を動かして頭の向きを変えてもみた。思い通りに動かせなかった。僕は自分の身体の重さがしみじみと思い知ったのだった。
「遅かったじゃないか。」
「ごめん。」
弟は小さく微笑んだ。会話が途切れた。
弟は手を伸ばし、僕の左手を握った。
「…痩せたね。」
「お前もな。」
弟はまた笑った。
「…がっかりしてる?生きのびてさ。」
僕は首をかしげてみせた。
「死にたかった?」
「…あの人は?僕が助けた人。」
「助かったよ。犯人も捕まった。兄さんのおかげだよね。」
そうか。僕にもできたらしい。
「終わったのか……」
僕は手のひらを見つめた。乾いた、大きな手だ。自分の手じゃない気がした。それから死んでいったメアリーを思い出した。
「なんだか不思議な気分だよ。」
独り言のように言った。
「……こんなのはもうごめんだからな。」
弟の顔はみるみる歪んでいった。僕の手が痛いくらいに強く握りしめられた。
「おい。」
僕は手を振りほどこうとしたが、力強く引き寄せられた。弟の手はぶるぶる震えていた。僕は痛みに耐えらしかなかった。
「一体何してんだよ!ちょっとは俺のことも考えてくれ!いつもそうだ、俺がどんなに追いかけても、行くなって叫んでも、見向きもしない!一人でどこか行ってしまう!俺は!俺は兄さんを、あ、愛してるんだ。愛してる!兄さんは僕のことなんかどうでもいいかもしれないけど、僕は兄さんが心配で、心配で、心配でたまらないんだ!」
弟の涙が目尻からこぼれた。弟は涙を拭った。それでも涙はとどまることを知らないかのように流れ続けた。
「…時間をくれ。」
弟は僕を見つめた。僕も目をそらさなかった。
「整理がしたい。………それから、そうだな、話でもするか?」
細く長い息をついた。落ち着け。僕は初めてのことを言ったのだ。でも悪くない気分だ。
「うん…僕もどうしたらいいのか分からないんだ。生まれたばかりの赤ん坊みたいなものだからな。」
「は?」
「色々とあったんだ。」
僕は瞳を閉じた。瞬間頭に浮かぶのは、母と父とメアリーの像だ。懐かしく、もう遠い人達。ゆっくりと目を開ける。僕の傍には弟がいる。
「お前が僕のことを心配だと言うのは分かったよ。」
僕はベッドに仰向けで自身を横たえた。
「それと、長いし、嫌な話だよ。鬱陶しい話でもあるかもな。僕にとってはもう随分昔のことなんだけど、でも僕という人間を説明する上でとても大事な話だ。それをお前に話すよ。」
「どうして?…僕に。」
「そうだな……お前僕のこと、ちっちゃい時からずっと見てただろ。だから理解が早いかもしれない、それが理由だよ、たぶん。」
弟も僕も黙った。僕は静かに両手を胸で組んだ。心音が手を伝わってきた。
「僕、生きてる。」
ここまで読んでくださり有難うございました。
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。




