真夜中に
車を走らせていた僕は、茂みの中から飛び出して来た女に出くわした。暗闇の中で女の身体が白く浮かび上がっている。女の後から飛び出して来た大柄の男が、女を後ろから羽交い締めにして茂みの中に引きずり込もうとした。僕の全身に電気が震えた。背筋まで何かが駆け上がる。すぐに道路脇に車を止めた。車から飛び出て、女にまたがる男に突進する。女の悲鳴が耳をついた。僕は男を女から引き剥がした。仰向けの女に逃げろと大声で叫んだ。女は起き上がって転びそうになりながら駆けていく。
僕は目の前の男に集中した。僕は一つ息を吐いた。
ついにきたのである、この時が。男は激昂した。訳のわからない言葉を怒鳴り散らしながら殴りかかってきた。男の一発は強烈で、僕は地面に押し倒されてしまった。それからは一方的な暴力だ。身体の痛みに今まで発したことのない悲鳴をあげてしまった。焦燥感がみるみる膨れ上がる。頭に血が上っていた。
負けるわけにはいかない、今こそ踏ん張りどきなのだ!闘うんだ!闘え!
僕は口の中に溜まった血を男の顔面に向けて一気に吹き出した。隙をついて起き上がり今度は男を押し倒す。それから男を打ち倒すべく拳を繰り出す。痛い。指の骨が折れそうな気がした。すると男の手の内で何が煌めいた。すぐにわかった。咄嗟に両腕で身体を守ったが、パックリと割れた皮膚から血が流れはじめた。その次に、腹に衝撃をうけた。刺された部分が熱くなって、それから血が流れ出す。血はどす黒く見えた。男は怒鳴りながら一発僕の顔を殴った。倒れ込んだ僕を蹴り飛ばすと、罵詈雑言を叫びながら走り去った。
両手から血が溢れでた。
ああ、なんてことだ。
僕は自分の車まで這った。とりあえず道路の真ん中から逃げたのだ。とにかく痛かった。僕が今まで経験した中で一番、痛いと思う。血で指が滑った。
僕は死ぬのだろうか?
なんとか緊急を要請し終えると携帯が手から滑り落ちた。限界だ。僕は車の横に倒れ込んだ。仰向けになって僕は眼前に広がる星々を見た。いつも以上に輝いている気がした。
あの女はどうなったんだろうか。無事に逃げることができていてほしい。
木々をざわめいた。夜風が僕の涙を拭うように頰を撫でていった。ふと風にのって音楽が聞こえる。そうだ、車の中でラジオを付けっ放しにしていたのだ。ほんの少し前にはクラシック音楽を聴いていたのだ。高らかなトランペットの音が僕の鼓膜をうった。雄々しく、晴れ晴れしい音色が流れ出す。
僕は胸が詰まった。自然と涙がこぼれた。
「自分のことを考えると弱くなるの。でもね、この音楽を聴いてると私強くなれるのよ。」
メアリーの言葉が思い出された。
僕は鼻をすすりながら泣いた。自分を思って泣いた。ここで死ぬのもいいと思う。いや、今までよくやってきたと思うし、今ここで死んでおいた方がむしろいいのかもしれない。僕はメアリーのように祝福されたい訳ではないのだと気づいた。もう考えるのはやめよう。
それよりもなんて美しい夜空だろう!




