真夜中に
僕の話も終わりに近い。
イギリスに戻ってから僕は祖父母達とうまく付き合おうとしたけれども、うまくいかなかった。僕と彼らとの間にある心の距離というのは果てしないように思われた。僕は諦めた。色んなことに挑戦するのもひどく体力と気力のいることだったから。大学進学を機に家を出た。祖父母やリジー達は最後まで僕を引きとめようとしていた。大学卒業後は教師として、片田舎で十数人の子供達を相手にして働いた。僕は大人より子供が好きなので割と充実した生活を送っていた。
何年か後にメアリーと再会した。また数年後には同居し始めた。僕達は、結婚を夢見る関係などではなかった。その実態とは単なる共同生活だ。これまた数年後にメアリーは死んだ。川で溺れた子供を助けようとして、命を落とした。幼い、五歳の少女は一命をとりとめた。僕は肉親を失う悲しみより何年も苦楽を共にした同士を失う悲しみの方が勝るものだと思っている。だが、彼女の死を沢山の人が悼んだ。ニュースにもなったし、近所の人々は皆メアリーの善行を讃えた。少女の家族がこぞって涙しながら、お礼を言いに来た。意図せぬ死によって、メアリーは苦しみから逃れることになった。幼い子供を助けた為に赦されたのだ。僕はメアリーを失ったことに、身を裂かれるような苦しみを味わったが、一方果てしない旅の行く末を見つけたような気がした。
「メイ?プレゼントありがとう。うん…うん…大変だね。……そうか。おばさんは?……
へえ、大変だな。………やるじゃないか。」
数日前が僕の32歳の誕生日だ。毎年誕生日の前後には、律儀にメイからの誕生日プレゼントが届く。今年は手袋だ。冷え込んできたので丁度いい。メイについて特筆すべきこととしては、彼女は今や結婚して二児の母親であるということだろうか。祖父と祖母が癌でたて続けに亡くなってから、メイの家族は実家を引き継いで、そこで生活を営んでいる。
リジーもヘンリー氏もウィリアムも、カムラもダニエル氏、アレクもチャールズも皆どこかで元気にやっていると聞く。
メアリーが死んでから、僕は弟や義母とも会うようになった。定期的にイギリスにやってくる二人をイギリスの家族に紹介もした。僕達三人は以前よりは幾分マシな関係を築いているのだろう。10代の頃に感じていた苦しみや悲しみは思春期特有の物にだったのかもしれない。あれから倍もの時間が過ぎて、僕は不思議な感慨を覚えている。
あの時の僕は誰にも救われずに死んだのだ。それから生きてきた僕は別人でありともすると、得体のしれない何かなのかもしれない。
「愛してる。」
「そういうのには興味ないから。」
弟は低く唸った。
「……お前も懲りない奴だな。」
僕の言葉を物ともせず、これまで弟は夢見がちなことをいい続けていた。弟の視線が僕を射抜く。頭蓋の裏まで突き抜けるような、強烈な視線だ。だからなんだというんだ。心は凝り固まったように動かない。
窓の外を見れば雪が降っている。今年はとりわけ寒さに厳しい冬である。庭には大きな雪だるまがあった。弟と僕で作った雪だるまだ。僕が懸命に作るのを弟は笑いもせずに手伝ってくれた。
「兄さん、ご飯だよ。早く来て。」
弟に声をかけられ、僕は席についた。今晩の予定は義母と弟との1年ぶりの夕食だ。声を立てて大げさに笑う弟と静かに微笑む義母。歪だと思った。僕自身に関して。僕はこうした食事会に出席し続けていた。
夜が更けて静寂が訪れる。耳をすませば、心臓の音が聞こえた。
あと何話かで最終回です。




