見えない世界
義母はいなかった。弟もいなかった。父はいた。
そして、静香さんがいた。
静香さんは美しい人だった。美しいというより可憐だというのが正しい。歳は30前半といったところだろう。彼女は父親の愛人だ。
僕はというと奇妙な葛藤が生まれた。
父親の女癖の悪さを訴えた方がいいのではないかという思いと、この父親をどういう風に愛しているのかを揶揄したい思いがせめぎ合っていた。結局思いは腹の中におさまった。父親は静香さんをいたく気に入っているらしく、彼女の側を離れようとはせず、何かと話しかけて、彼女の気を引こうとしていた。
「嶋村静香です。お父さんとお付き合いしてます。」
彼女は僕にそれだけ言った。基本的におとなしい、無口な人だった。快活な僕の母、献身的な義母、次はつれない愛人というわけだ。
僕は父親のだらしない姿を見た。
静香さんは無表情であったが、僕には彼女が喜んでいるように見えた。
義母は家を出て行き、弟も連れて行ったという。そのことを父親は気にくわないらしい。
「あいつが景を手放さない。景はあいつのことが心配なんだとさ。母親思いは結構だがね……」
静香さんに寂しさを訴えていた。
「すぐに会えるわ。」
静香さんはそう言っていた。
僕は早々に自室に篭って、弟に電話した。




