天井の裏
眼が覚めると居間だった。あのまま眠ってしまったらしい。
「宗一郎。」
メアリーも眠ってしまっていたらしい。彼女は眠たそうに目をこすりながら言った。
「どうするの?」
僕は何も答えられなかった。
夫妻を見つけた途端に口をついて出た。
「父は?」
ダニエル氏もカムラも僕の質問に戸惑ったりしなかった。僕は続けた。
「父は母を愛していたんですか?」
「私達はそう思っとった。」
ダニエル氏が言った。それから、カムラが言葉を繋いだ。
「分からないわ。貴方にとってのお父さんと私の知っている和正は別人のようだもの。」
「父は母を愛していないと思います。」
僕は断定した。夫妻は黙ってきいている。
「父は母を懐かしく思ったり悲しんだりしません。僕に優しくしてくれません。家のどこにも母がいた証はありません。僕はずっと考えていました。さっき分かったんです。……愛って行動で表すものですよね。だから父は母を愛していなかったんだと思います。」
メアリーが姿を現した。頼んでおいた僕の荷物と自分の荷物を持って。目頭が熱くなってきた。泣きそうなのをグッとこらえる。
「少しでも母のことを気にかけてくれましたか?」
カムラの頰を涙が伝った。
「正直に言うわ。手紙でも電話でもね、おかしいと思ったことは沢山あったの。でもキャシーは、私の知っている彼女は本当に強い人だったから、ちっとも心配なんてしていなかった。和正もいい人だと、キャシーは幸せになったんだと信じてたのよ。」
ダニエル氏が言う。
「私達は気づかなかった。彼女の、救いを求める声に。今でもそれを後悔しているよ。」
僕とメアリーは別荘を出た。この悲しみを分かち合える人間がいなかったからだ。母が死んだのはカムラやダニエル氏のせいでもないのは分かっていた。ただ母が可哀想で、そして僕が可哀想で。暗く気持ちの沈んだ僕にメアリーは何もしなかったし、何も言わなかった。僕はそのことに安心した。連れて来たのがメアリーで良かったと思った。
「私の家においでよ。」
僕は黙って頷いた。涙が溢れそうになって、鼻をすすった。顔を上げた。灰色の雲しか見えない。まるでそれらが僕達を押しつぶそうと重く垂れてきているようかのようだった。メアリーも顔を上げた。
「嫌な空ね。」
彼女はそう呟いてから目を手で隠した。それを見習って僕も手で顔を覆った。
僕達は恐ろしい世界に生きている。悲しみに飼いならされて生きている。死を克服なんてできない。僕達は弱いからだ。色んなことを誤魔化して、見ないふりをして、知らないふりをして、そうして心が擦り切れていく。僕もメアリーも分かっている。自分の寿命を。遠くない未来に自分達が動かなくなること、死ぬことを知っているんだ。




