天井の裏
「メアリー?僕。頼みがあるんだ。君に助けてほしい。僕一人じゃ怖いんだ。……うん。待ってる。…………じゃあ、うん、また。」
僕はカムラに会いに行くことにした。カムラの別荘近くのボランティアに応募して、一週間家をあけるということにした。メアリーと合流し、手帳を見てもらった。
「つまり、ここに書いてあることが本当かどうか確かめたいわけね。」
「そう。僕が祖父母に聞いてることと全然違うから。それに、僕自身カムラのことが気になるんだ。」
「お母さんは姉と恋人に裏切られ、お父さんと結婚して、勘当されたんですか。」
メアリーが要約してくれた。カムラには事前に連絡を入れていないから、突然の訪問だ。僕は彼女の電話番号を知らないためだ。しかし、カムラが夏の間別荘にいることは聞いていたので、そこに賭けようというわけだ。
電車やバスを乗り継いでいき、別荘についたのは夕方だった。カムラとダニエルは僕達を快く迎え入れてくれた。僕はメアリーを紹介した。僕の恋人としておいた。カムラが振舞ってくれたのは日本料理だった。ダニエル氏がよく好んで食べるそうだ。僕が祖父母やリジー達と滞在していた一ヶ月間一度も日本料理は出てこなかった。
就寝前になると堪えきれなくなって、僕は夫妻の部屋に訪れた。既に寝入ってしまったダニエル氏を部屋に置いて、僕達は居間に移動した。
「本当なんですか?この手帳に書いてあることって。」
「ええ。」
カムラは真剣な顔つきで語り出した。お喋りな印象とは違って大人しそうな印象を受けた。
「昔の話よ。昔は皆仲が悪かったのね、キャシーがいなくなってからは皆仲良しよ。」
「その言い方って……」
カムラは静かに語り始めた。
「私だけは違うわよ。キャシーのこと、あんな酷いこと何もなかったことに出来ないもの。キャシーはね、眩しいくらいに輝いてる人だったわよ。自信家でいて努力家、それからすっごく頑固ですっごく優しい人だったの。イギリスに来て右往左往する私を励ましてくれたのは彼女よ。それから仲良くなってね、ふふ。」
メアリーが姿を現した。僕は彼女を招き寄せた。カムラは何も咎めなかった。
「キャシーはね、ヘンリーと大学時からずっと付き合ってたそうよ。私全然分からなかったの。いつも彼を揶揄って遊んでたけど、それって彼に夢中だったってことね。でも、ヘンリーはリジーを選んだわ。」
カムラは一息ついた。
「ヘンリーにとってキャシーは付き合いづらかったのかもね。おしとやかなリジーの方が良かったのかしら。そのあと彼女の両親はキャシーに見合いをさせてばかりだったの。キャシーは疲れ切っていたから、パーティーを開いたわ。そこで貴方のお父さんに出会ったのよ。和正はいい人よ。私の知る限りではね。二人はすぐに恋に落ちて結婚を決めたの。キャシーは両親と大喧嘩してこの別荘によく来てたわ。和正が一度日本に帰って、キャシーは粘り強く説得したけれど駄目だったわ。彼らは保守的な人達だったからよ。キャシーは家を出たわ。それから永遠にイギリスに帰ってこなかった。」
カムラは鼻をかんだ。彼女の両目は潤んでる。
「日本に行ってしまった彼女から、何度か連絡はあったのよ。手紙だって届いたわ。ちょっと待って。」
カムラは立ち上がって、金庫を取り出した。中には手紙の束や写真が入っていた。カムラはそれらを一つ一つ見せてくれた。僕はある一枚の写真に釘付けになった。母の写真だ。彼女は赤子を抱いていた。
「これ誰ですか?」
「貴方よ。」
カムラは目元を拭いながら答えた。
「この数日後にキャシーは天に召されたのよ。」




