悲しみよ、こんにちは
これからも更新遅れます
随分空いてすいませんでした。
美術館以来、僕とメアリーは何かと二人で遊びに出かけた。手を繋いで、キスをして、ハグをして、僕は満たされた。愛されるって、愛するってこういう事なんだと思った。メアリーと過ごす時間が増え、父の存在、リジーや祖父母との関係、弟からのしつこい電話について考える時間が減った。僕は毎日を、実り豊かに送っていたのだった。
「ねえ、彼女できたんでしょ。」
家にやって来た叔母一家とアフタヌーンティーの時間を過ごして時のことだった。メイから発せられたこの発言に、僕は即座に答えた。
「いないよ。」
「嘘よ。だって、おじいちゃんとおばあちゃんが言ったんだから。もう隠さなくていいわよ。」
メイはふてくされたようで、乱暴にクッキーをかじった。側で聞いていたリジーは静かに微笑んでいる。僕の向かいに座っていたウィリアムが身を乗り出して言った。
「どんな子なの!教えてよ!」
「いないってば。……おじいちゃんとおばあちゃんがそんな事言ったの。」
「そう。貴方変わったって、最近誰かと遅くまで出掛けてる、あれは彼女でも出来たんだろうって」
メイの瞳が爛々と輝きだした。してやったり、という感じだ。リジーが楽しそうに言った。
「うふふ、別にいいじゃない。若いうちにたくさん恋愛しないとね。」
「そうですね。でも僕にはそんな相手いません。」
「いるわよ!私の勘がそう言ってるんだから、間違いないわ!」
僕はそっと心の中でため息をついた。そんな僕の肩をウィリアムが叩きながら言った。
「可哀想だなあ!メイは思い込みが激しいから大変なんだよ。」
僕は本物の溜息をついた。それを見てメイは怒ったようだった。
「何よ!コソコソしなくていいじゃない!いるくせにいないって言うんだもの、変だわ!」
「いないって言ってるだろ!」
僕は少し強い言い方をした。僕とメイの間に緊張が走った。それをリジーが見兼ねて会話に無理やり入ってきた。
「はい!今日はこれでお開き!お喋りも終わりにしましょう。さあ、メイにウィリアム、家に帰るわよ。立って立って!」
メイはリジーに引っ張られらようにして部屋から出ていった。何も気づいていないウィリアムは姉の前で僕に手を振りながら後に続いて出ていった。
「メイ!またね!ウィリアムも!」
僕が後ろ姿に声をかけると、メイは振り向いて僕を睨み付けてきた。
3人が出ていってちょっとするとリジーが帰ってきた。僕の姿を射止めると言った。
「ごめんなさいね。またくるわ。」
「ええ、」
僕は立ち上がってリジーと一緒に玄関へ向かった。車の中に乗り込んでいたメイは僕の顔を見ようとしなかった。メイの隣のウィリアムは無邪気に手を振ってくれた。リジーがメイをつついたけれども、彼女は完全に無視した。
車が見えなくなるまで僕は見送ったけれども、内心はとても苛々していて舌打ちをした。静かな怒りが全身を巡り、僕はそれを持て余していた。家には入らず、辺りを散歩しながら僕は昂った気持ちを沈めようとした。そしてメアリーの事を教えまいとする気持ちが一層硬くなった。
………夜に弟からの電話があった。
「こんばんわ、もう寝る頃かな?」
「ああ。」
「あー、いいなあ。ねえ、何か喋ってよ。」
「はあ。」
「ふふ、ごめんね。困るよなそんなこと言われると。でもあんたの声ってさ…なんかこう、クるんだよなあ。俺好きだわ。」
「そうか。」
「あはははは!……ねえ、聞いたよ。メイと喧嘩したんだって?」
「してない。」
「彼女が出来たって?」
「いない。」
「またまた。」
弟はからかうような口調で話しかけてきた。僕は舌打ちをした。一体全体何なんだ、お前達に関係ないだろう。僕の中で残酷な気持ちがくすぶり始めた。
「いないって言ってるだろう。」
「怒らないでよ。俺ね、さっき、女の子に告白されたんだよ。それでね…」
「だから?」
「もう、ちゃんと聞けよな。その子さあ、髪が長くて、足が綺麗で、あと胸も大きい、それで…」
「何の話だよ。」
「女の子の話。」
「どうでもいいんだけど。」
「そっちは?どんな子がいい?胸は大きい方?小さい方?顔は?美人がいいかな?男なら彼女欲しいよな。そうだよな。」
「何でそんな話をお前としなきゃいけないんだよ。」
「はっ、別にいいじゃん、教えてくれたって」
宗一郎と呼び捨てにされた。僕は注意してやろうかと思ったけれども、グッとこらえた。電話の向こうに、弟の名を呼ぶ声が聞こえた。
「誰かいるのか?」
「うん。まあね。……うっ…あっ、ごめんね、煩くて、今パーティだから。」
「じゃあ、切るぞ。僕と話しなんかしてると良くないしな。」
「切らないで!」
「は?」
「ねえ、メイとは、仲直りできそう?」
「仲直りも何も喧嘩してないってば。今何時だと思ってるんだ、お前高校生だろう。あっ、お酒飲んでないだろうな。」
「お前って、ふふふ。」
弟は一人で笑いだした。様子がおかしい。僕は会話に耳をすませた。
「あはは。ねえ……お前…ってさ、宗一郎っていつから俺の名前呼ばなくなったんだっけ。」
「呼んでるよ。」
「嘘つき。俺のこと嫌いだから、だからっ、呼んでくれないんだろ。」
「嫌ってない。」
「じゃあ呼べよ、今。」
「は?お前……」
「景!呼べよ!」
弟は怒鳴った。それから息を整えるようにしているのか大きな呼吸音が数回聞こえた。
「名前だよ。もう一回呼んで。そしたら電話切るからさ、俺のこと嫌いじゃないんだろ、景って呼べよ。」
弟の声は涙声だ。困った。僕は警戒していたけれども、弟の名前を呼んでやることにした。それくらいは出来るようになったのだ。
「……景…景、何回呼べばいいんだ?」
「もっと。」
「景。景。景…」
弟は泣き出してしまった。嗚咽していた。僕はなぜ泣いているのかとか、何かあったのかとか聞こうか聞くまいか随分悩んだ。そしてそのことで悩んでいる自分に気づくと、愕然とした。僕は自分を奮い立たせて、ただ弟が泣き止むまで呼び続けた………………………………




