悲しみよ、こんにちは
メアリーが学校に来た。彼女はほぼ1週間学校に来ていなかった。彼女が教室に現れた時、思わず声をかけそうになったけれども、堪えて放課後になるのを待った。いつものように図書館に行くと、メアリーは先に待っていた。
「カフェに行きましょ。いいとこ知ってるの。」
「うん。」
彼女の選んだカフェは、アンティーク調のこじんまりとした店だった。紅茶の専門店らしい。中に入ると、既に何人かの客がいた。ひとり客が多い。人の話し声の代わりに、店内には緩やかな音楽が流れていた。僕らは端の席に座った。メアリーはアッサムティー、僕はダージリンを注文した。注文を終えてからしばらく沈黙が続いた。僕は店内を見渡して、メアリーはそこら中に並んである小物を眺めていた。お茶が運ばれてくると、ようやくメアリーと僕は、顔をつき合わせた。お互い先ずはお茶を頂く。美味しい紅茶だった。
「私、このお店好きなの。」
「いいお店だね。」
その会話を最後にして、僕らは静かになった。二人とも黙ってお茶を口に運ぶだけだ。僕は何か話す気にならなかった。この穏やかな時間をメアリーは過ごしたかったのだと、メアリーの表情から感じたからだ。
1時間ほど過ごしてから席を立った。
暗くなると、メアリーは僕の腕をとった。僕らは寄り添って歩いた。メアリーはようやく気がほぐれたようで、話し始めた。
「ほんと、昨日は最悪でね」
「うん。」
「お母さんが暴れたの。ふふ。」
「それは……」
「お父さんは助けてくれないのよ。家をすぐにでてっちゃって、私頑張ったわ。」
「……何でそんな事になったの?」
「成績が悪かったの。成績表見られてしまったの。」
「うん。」
「言うとおりに勉強してないって、頑張ってないって、何で言うことを聞かないんだって、言ったの。それでね、怒ったの。」
「うん。」
メアリーは僕の腕を強く握った。僕は彼女を助けなければと思った。
「ふふ。家の壁に穴が空いたわ。戸棚のガラス扉も割ったの。掃除は私がしたわ。」
「そんな怒ることないだろ。」
「……もう病気なの。我慢が出来ないんですって。」
「え?」
「医者にかかってるの、お母さん。」
「そう。」
「私怖かった。お母さんすごく怒ってて。私口答えしたから、それで余計怒らせちゃって。 はは。」
メアリーの笑いは弱々しかった。僕は立ち止まってメアリーの顔を見た。メアリーの顔は笑みが張り付いたままだったが、彼女の瞳は違った。僕はメアリーの肩を抱いた。彼女は僕にもたれかかるようにして歩いていた。
メアリーと駅で別れるとき、メアリーの手を握ってあげた。彼女の手は僕の手のひらより小さくて、僕はなんとかメアリーの力になりたいと思った。メアリーはぎこちなく微笑んで、優しく僕の手から自分の手を抜いた。
「あのね、内緒にしてね。さっきの話。本当は言っちゃいけないの。」
「言う人いないから。言う必要もないし。」
「そう。でも、心にしまってて。」
メアリーの目は潤んでいた。彼女の視線は刺すようで、胸が痛かった。
「うん。誰にも言わないよ。」
それでもメアリーが安心していないのだということがわかった。
「じゃあ、また。」
メアリーは僕にハグをした。僕もハグし返した。
「メアリー。また、明日。」
僕は小さくなっていく彼女の背中をずっと見つめていた。




