新しい僕
電話があった。彼女からだった。彼女はお茶を誘ってきた。僕はすぐに待ち合わせのカフェに向かった。カフェに着くと彼女は先にいた。僕が先に着くと彼女はコーヒーを買いに行った。僕はゆっくり店内を見渡した。落ち着いた内装にアンティークの調度品。疎らな人の数や子供の姿がないことから、彼女には何か真剣な話でもあるのかと思った。彼女は戻ってきた。
「どう?イギリスには慣れたかしら?」
「はい。すっかり慣れて毎日が楽しいです。メイもウィリアムも僕と仲良くしてくれます。彼らの他にたくさん友達ができました。学校の授業は難しいけれど、スミス先生がちゃんと教えてくれます。あと、おじいさんおばあさんは優しかしてくれます。僕はイギリスに来て良かったと思ってるんです。」
僕がまくしたてると、彼女は満足げに頷いた。
「よかったわ。あなたが楽しそうで。」
彼女は一度言葉を切った。
「あのね。………貴方のお父さんとお母さんがね……離婚するそうよ。」
僕は何も言わなかった。はい、そうですか。とは言えまい。
「どうする?一度家に帰りたい?」
「いいえ。」
僕がそれだけ言って何も言わないのをみて、彼女はそれ以上何も言わなかった。どうして彼女があの人達の離婚を知っているのか、僕は知りたかった。祖母から聞いたんだろうか。すると、彼女はバッグから薄汚れた紙切れを取り出した。
「それとね、これ。貴方のものよね。」
それは弟から貰った連絡先だった。ここにないはずのものだった。
「私の車の中に落ちてたわ。それ、景君の連絡先よね。」
「……そうですね。」
「きっと不安に思ってるわ。電話でもしてあげたらどうかしら。」
僕は彼女の目を見つめた。
「電話しなければならないんですか。」
彼女は首を振った。
「そうじゃないわ。貴方の家族は大事にしなきゃいけないわ。電話してあげなさい。」
家族!僕は呆けて彼女を見た。
「……わかりました。」
僕は紙切れを受け取った。こんなもの捨ててやる。僕はそうおもった。
それからはたいした話もせず、彼女とは別れた。家に戻ると祖父母が居間で僕の帰りを待っていたようだった。
「おかえり。」
僕は二人の顔を今新しい思いで眺めた。この人達は父親の離婚を知ってる。ほぼ確定的なことだ。彼女から悲しい知らせを聞いた僕の様子を伺っているんだ。生憎、僕は日本について全く思うことはない。祖父母が急に他人に見えた。それからどうしようもなく悲しくなった。
僕の家族は貴方達だけなんだ。日本のことは忘れてしまいたいのに、傷ついた記憶は忘れてしまいたいのに。僕はそう訴えたかった。しかし、言えなかった。
僕は祖父母ににこやかに挨拶をしてから自室に戻った。そのまますぐにベッドに潜り込むと顔を覆って泣いた。




