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ハーミット・ブルー  作者: 狐宮
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序章『シアル・ラン防衛戦』 終

第五話 『星巡り』


やや強い日差しが、乾いた風を更に乾かせ、天仰の谷へと吹き下りていく。

 その先では、完全包囲の窮地に陥ったラムザ軍を救うべく、

 ブルー達から先行して現れたセリスが奮戦するも、後一歩、今一つ決め手に欠けた状態である。

もし、この場にアーネがいたならば、暴君の爪で打破も可能なのだろうが、

 それは味方をも巻き込む、ブルーでは殲滅力に乏しい。ならばそろそろアタシの出番か…と。

そう思い、崖っぷちへと足をかけた矢先、向こうにいる筈のクリアネルとユゼの姉妹剣が、

 エステシアの喉を捉えていた。 明らかな殺意を向けて。

 「この状態で何故邪魔するんだい?」

 「…」

黙して語らず。ちらりと崖の下を覗くも状況の好転は望めそうに無い。

 はぁ…と、溜息を吐くと判った判った、そう言いながらネルの一瞬の隙をつき

 細剣を左手で握り、ずい…と顔を近付けた。その瞳は紅く、覗ける心情は烈火そのものである。

 「一年一合、アンタから破るとは、余程の事だろうがね。

   こっちもこっちでワケアリなのさ」

 「…君の理由など知る必要も無い」

ピシ…と、足元の地面に僅かな亀裂が入ったのは、気の所為だろうか。

 いや、気の所為どころか、エステシアの周囲に陽炎のようなものが、揺らめき、

 周囲の風と砂を巻き込み、ただの気合いでクリアネルを弾き飛ばした。

その僅かな隙を逃さず、飛び降りようとしたが、舞い上がった砂埃から、

 一筋の光が彼女の顔目掛けて下から突き上げてくる。一瞬、面食らったエステシアが僅かに

 かわし損ね、右頬に血の筋が走り、一陣の風が砂埃を払う。

そこに現れたのは、地面スレスレの位置から細剣を突き上げたクリアネルと、

 視界ゼロの状態から、紙一重で上体を斜めに反らしたエステシアが、互いを睨みつけていた。

言葉は無い。行動も無い、ただその場で互いの次の一手を読みあっているのだろう。

 どうやって崖に降りようか。

 いかせはしない。

理由は単純明快だが、それに反して多くの選択肢が彼女達の脳内を奔りまわっている。

 互いに身動きが取れなくなった中、大乱戦の後方から、砂煙を上げてかけてくる者が見てとれた。

その瞬間、クリアネルは剣を収め、満足そうに後から現れた彼を見ている。

 さぁ、魅せてみろ。ユーストリアの力、星巡りとやらを。

あの時の君の剣技では、この状況の打破は叶わない。さぁ…早く。

 「ふ、ふふ」

不敵に笑うクリアネルの後ろで、肩を竦めつつ、こりゃ重症だわ。と、溜息を吐いた。

 「ネル、それじゃまるで恋する乙女じゃないか」

 「恋? これが恋というものなのか…? ふむ、恋とやらも、斬り合う事を望むのか」

 「いやいやいや! それは無い、断じて無い。…アンタに色恋沙汰を振ったアタシが馬鹿だったよ」

怪訝そうに首をかしげると、視線は再び淡い期待とともにブルーへと。

 その隣で、心配そうに、苛立ちを露にして、現状を見守るエステシアも、ブルーを見やった。


****

黒い装束に身を包み、鋼鉄の甲冑を着込んだ騎士達が、何かを取り囲み…恐らくはセリス達だろう。

 どうする、今、私が飛び込んだ所で何が出来るとも…!?

たった一人、包囲から外れた所で剣を腰に収めたままの黒髪の男がこちらを見ている。

 その目は見開かれ、驚きに満ち、また喜びをも露にするかの様にゆっくりと、こちらへと。

 「ふ…、貴様もこの世界に生まれ変わったか? 再び、この信長を討ってみせるか?」

 「私は貴方と面識はありません、人違いでしょう」

 「記憶を持たぬ…か、残念よな…光秀」

 「私は、ハーミット・ブルー。ミツヒデという方ではありません」

 「で、ある…か。然し、仕草、容姿に加えて、言葉遣いまで瓜二つ」

そう言うと、腰に差してある片手剣を引き抜き、ブルーに向け名乗る。

 「なれば、名乗ろう。我は信長。貴様の求める首は、ほれ…此処ぞ」

戯れに左手で自身の首を掻き切る仕草をし、不敵に笑う。

 対するブルーが、これが敵の大将…ここで私が討ちとれば…と、淡い期待を胸に馬から下りた。

正直な所、馬上戦闘は無理だ。かえって邪魔にしかならない。

 ならば馬を降り、父の技にて、ノブナガを…討つ。

油断も油断、やる気もなさげなノブナガが、片手剣を左手で弄ぶ。

 その隙を逃さず、ブルーは父の技を仕掛けるべく、姉妹剣を抜き放ち、無構えのまま駆け込んだ。

 「…ほう、貴様、忍の者であるか」

先行する黒い影、それを見たノブナガは、あたかも分身の術を思い出させた。

 何かに思いを馳せている彼は、ブルーの虚の一撃目を軽々と打ち払う。

然し、感触が全く無い、その違和感を意に解さず、反転し、袈裟斬りを仕掛けた。

 あたかも舞うようにブルーの左肩から、右脇腹へと、浅くはあるが斬り裂いた。

 「う…ぐぁ」

 「児戯よの」

斬心を残す気は無いのか、そのままゆっくりと大上段に片手剣を構え、

 何の躊躇も無く、ブルーの頭上へと振り下ろされるが、辛うじて姉妹剣の腹で受け止める。

然し、受けた傷の痛みと、押さえつけられる側、敗北は明白である。

 父の技が全く通用しない…いや、私が未熟なだけだ。どうすれば…。

いや、まだ手はある。…しかし『喚べる』のか? ユーストリアの力…賭けてみるしかない。

 そう思い、静かに目を閉じ、意識を強制的にある場所へと飛ばした。

当然、跳ね除ける力も失われ、このまま両断されるしか無い。そう、思われた。


****

 「おい、ネル。はは、懐かしいなぁ」

 「…」

何が起こったのか、この場な置いて詳しく知る者は、

 ブルー・エステシアと恐らくはクリアネルも知っているのだろう。

彼女達の視線の先には、今まさに自身に斬りかかろうとする男に、

 微笑みを浮かべるブルーの姿をした別の何かが、両断された。

 が、その横で、柔らかな物腰の女性と見紛うブルーが静かに佇んでいる。

それを見たエステシアは、辛抱たまらず崖から跳躍し…どんな足腰しているのか、

 落ちたら死ねる高さを、超重量の両手剣を抱えて飛び降りた。

大轟音と共に土煙をあげ、着地した直後、その場に居た全員の視線を当然集める事になる。

 「紅の戦鬼」

 「まさか…ラシュティエートの援軍…か? 崖の上から…おい、アレはまさか」

ノブナガ軍の一人が、崖の上にもう一人いる事に気付き、震えた声と手で指をさした。

 「ク…ク…クリアネ…ル」

 彼女を視認し、指差した男は、腰が砕けたのか、その場に座り込み、絶望を露にした。

 エステシアだけでも手におえない化物だというのに、それがもう一人。

こちらに援軍としてくるという情報は無い、ともすれば敵である事は明白。

 今まで維持してきた士気が完全に消失し、中には既に逃げ場を探す者までいる。

それを見たエステシアが、軽く肩を竦めると、両手剣を肩に背負い、事の成り行きを

 見守る事にした。内心は、最早『彼女』が現れた以上、出る気はなかったがつい…である。

 「テシア、相変わらず人からかけ離れた方ね…」

一言、彼女をテシアと呼んだ、ブルーでは無い誰かが、エステシアに微笑み、

 視線をノブナガへと移す。

 「さて、ノブナガさん、二つの選択肢です。どちらの去るを選びますか?」

つまりは、この場を去るか、この世を去るか、選べ。そう言うことだろう、

 彼は一度、周囲を見回すと完全に士気を失った兵を見、軽く鼻で笑う。

 「是非も無し」

そう言うと、ブルーへと再び、右からの袈裟斬りを見舞うが、ブルーの幻影を斬ったのみ。

 「仕方、ありませんね。十二星将、星巡りが剣技。お受けなさい」

ゆっくりと、上段に細剣を構えたブルーに、あらぬ方向から一筋の剣閃が奔り、

 それをすらも打ち払う。

 「ネル、邪魔をするのですか?」

黙して語らず、ただ二人の間に割って入り、無構えでブルーを見た。

 それに対し、軽く首を振ると、彼女は静かに眼を閉じ、戻ってくる事はなかった。

かわりに目を覚ましたブルーが、周囲を見回すと、二人の姿を見てただ驚いている。

 「な、何故エステシアさんにクリアネルさんがここに?」

 「とある爺さんから頼まれてねー」

…。僅かだが、静寂が訪れ、ノブナガの大きな溜息が漏れた。

 「興が、冷めた」

そう言い捨てると、身を翻し、その場を去ろうとする。

 何処へ行く、そう呼び止めようとしたブルーをエステシアに止められた。

 「今のアンタじゃ、手も足も出ない。それが判って命もあるんだ、それ以上は贅沢だよ」

 「で…ですが」

 「はぁん!? このアタシに口答えとは、数日の間にデカくなったもんだねぇ坊や」

 「あ、いや、その。…すみません」

 「判れば良し」

何故、貴方はノブナガを討ってくれないのですか? と、尋ねたくなる衝動に駆られつつも、

 押し黙る。 その後に、アーネはどうした?と聞かれたが、馬に酔ってしまい、

 ここに来る道中の小屋で目を回しています。そう答えると、エステシアは顔を右手で覆い、

 大きく首を左右に振った。

シアル・ラン防衛戦は、辛くもラシュティエートの勝利となる。

だが、ノブナガを討ち損じた事が、後に彼を後悔させる事になる。

 ノブナガ自身が言ったように、今回の戦は戦では無く、児戯、戯れであると。

種を植えて十年の歳月を経た花の収穫。ただそれのみであった。

 それを知る者は彼のみであり、ラシュティエートの多くの者は勝利に喜び勝ち鬨を挙げた。

そんな折、物言わぬ屍となった兄弟の傍で跪き、ノブナガ討伐の誓いを立てる壮年の騎士の姿があり、

 その横で、口元から血が滲み出る程に、歯を食い縛り、耐えるセリスが居た。

それぞれの思惑を胸に秘める中、

 退路で待ち構えていた兵を悉く打ち破り、帰路へとつくノブナガより後日、ラシュティエートへ

 書状を持った使者が送られてきた。


 その書状にはこう書かれている。


 シアル・ランでの戯れ、中々に楽しめた。 次なるは藍色の兄弟の村を焼く。


 短い文章ではあるが、明らかな宣戦布告であり、オリニス・セザルカの故郷は、

  遥か遠い。その間、ラシュティエートの守備は手薄となる。

 かといって、彼等の故郷を見捨てるわけにもいかず、二面作戦を強いられる形となる。



  序章『シアル・ラン防衛戦』 終了


 

   次回 弟一章『ラシュティエート強襲』

 



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