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ハーミット・ブルー  作者: 狐宮
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序章 『シアル・ラン防衛戦』Ⅳ


第四話 『謀り』


**ラシュティエート側**

 連峰シアル・ラン東部に比較的平坦な場所が点在する。

  攻める側にも守る側にも要所となる場所。そこを先ずは明け渡す事。

 その指示が書かれた手紙に、白髪の混じった金髪を短く切り整えた壮年の男が眉を潜めて頭を掻く。

  「あの爺さん、ついに耄碌したか? 要所を明け渡せなど…」

 事実、ここで拠点を作られてはたまらない。すぐソコに川が流れており、水にも困らない。

  一時、水を塞き止めようにも上流へ行く事は不可能に近いと言える。

 一体何を考えて…一つ、溜息を吐き、手紙の続きを読む。

  成程ねぇ、罠と見せかける為であり、嫌でも調べに来る。

  そこに罠が無いと知り、当然拠点を作り始める。当然、警戒はしているが…。

  「前言撤回、あの爺さんやっぱ色々エグいねー」

 兵力はほぼ互角、士気も互角といっていい現状、先ずするべき事は士気を落とす事。

  士気を落とすには、楽をさせろ。同時にこちらの兵は、背水の陣を敷くべし…か。

 小競り合い無しの一発勝負…か。さて、そう上手くいくかねぇ…。

  癖なのか、悩み事があると、自分の頭を音を立てて掻くラムザは、不意に夜空を見上げた。

 天候は悪くなる気配無し…と。

  「団長、本当に此処を明け渡すのですか?」

  「ああ、そうしろと、シェジェの爺さんが言うもんだからなぁ」

 藍色の髪をした青年が、セリスと似た色合いの鎧を纏い、ガチャリと音を立てて、近場の岩に

  腰を落とす。その顔は何処か不安を浮かべている。

 顔色から悟ったのか、ラムザは青年に祖国と雌雄を決するのは辛いだろう、と尋ねた。

  明らかに無理をした作り笑顔でラムザに大丈夫です。そう答えたが、やはり堪えているようだ。

  「オリニス、無理はいかん、いかんよ? 早死にするだけだ」

  「…。俺も故郷がかかってますんで、頑張りますよ」

 …ここも妙な話だ。十年程前、ほんの一時ではあるが、エル・グラナより停戦の申し出があった。

  その際に、書状を持ってきたのが彼であり、同時にこの国に尽くすようにと命ぜられていた。

 当然、いまも間者として見られてはいるが、良く働き、良く尽くしてくれている。

  怪しい所なぞ何一つ無い、いや隠し事の出来ない真面目な好青年だ。

 それはこの十年で誰もが知る所であり、信用するに値する騎士である、と。

  問題は、彼が時々口にする、故郷がかかっているという事である。

 まぁ、多分にこちらへ仕官すると、故郷へ少なからずの援助金が行くのだろう、そう思っている。

  こちらとしても、優秀な部下が出来て嬉しい限りだ…が、話が旨過ぎる。

  旨過ぎる話は必ず裏がある、なんとしても裏を暴かねばならんな、オリニスの為にも。

 そう思い、調べて既に八年が過ぎ、杞憂だったかと思うようにもなってはいる。

  向こうへ調べに出せば、彼の故郷には十二分に援助金が出されていた。

 敵国=悪 という考えが邪魔しているだけだろうか、軽く首を振る。

  さて、そろそろこちらも準備をしないと…な。

  「総員、拠点撤収準備が整い次第、天仰の谷へ後退する!」

 そう言いつつ右手を翳すと、その場にいる全員が既に準備は出来ています、と返答する。

  一瞬、膝の力が抜け、カクリと姿勢を崩すが、慌てて姿勢を立て直し、

  優秀な部下を持つと、楽でいいわぁー…と、頭を掻く。

 早速、こちらの最後の砦といえる場所、天仰の谷へと移動を始める。

  文字通り、思わず天を仰ぎたくなる程、狭く、高い。登る事も先ず不可能に近いときた。

 だが、その入り口付近は見通しが良く、拠点作りには申し分無い。言うなれば最終防衛線である。

  この総力戦での緒戦が最終防衛線とは、なんとも。

 一度、周囲を見回すと、皆に不安の色が確かに見てとれた。

  味方を不安にさせてどうすんのか、あの爺さん。こっちの士気が落ちたら本末転倒だろうよ。

 こちらの数は4000、向こうもほぼ同数だろう。で、と次の指示はなんだったか?

  騎馬兵を馬から下ろし、騎馬に旗を取り付けさせる…と。成程。

 天仰の谷の狭さと高さを利用して、視界を狭め、旗の数だけ増やす事でこちらの数を

  …成程。後は弓兵と槍兵で凌ぎ、時を待つべし。

 いや、時を待つべしって爺さん。こっちは姫さんも留守…ああ、姫さんが合流するまで待て…か。

  暫し考える。不安の元は確かにある、いや多過ぎる。

  だが、そこへ後から、あのラシュティエートの守護堅姫が現れて、激を飛ばす…か。

 ご丁寧に居た場合、居なかった場合の二通りのシナリオを書いてくれちゃってまぁ。

  ま、お偉いさんの言う通りに動きますかねー…と。

 さて、そちらはどう攻めてくるかね、血気盛んな暴君、ノブナガ・エル・グラナ。

  こちらの布陣は完了し、後はお相手が攻め入るのを待つばかり…と。


 **エル・グラナ側**


明朝、エル・グラナ側から、シアル・ランへと向かう多くの兵の中、

 その先陣にて黒い馬に乗る黒髪を後ろで大きく束ね、黒のチュニックに鋼鉄製の鎧を着込み、

  その上に、特注で作らせた金刺繍の羽織を纏う男が馬を止めて訝しげに山をみやる。

 視線の先から、一人の騎士が駆け寄り、先の情報を伝える。

 「…何? 剣の受け皿に在る筈の拠点が…無い?」

 「はい。間違いなく確かな情報で御座います」

 …ふむ。要所を棄て背水の陣にて士気を高め、緒戦にて雌雄を決する気…であるか。

  同時にこちらの兵に楽をさせ、士気を落とす…。と、見せかけ挟撃を狙う…か。

 「罠…でしょうか」

 「罠であろうと、なかろうと、この道を進まねばシアル・ランは越えられぬ」

 この山は険しく、進む道、休む場所は限られている。だからこそ、罠も張りやすく

  それを察知しやすい。単純に言うなれば小細工が余り出来ないという事である。

 岩を落とそうにも、絶壁の上に登るのは至難の技であり、確実に死者も出る。

  兵数がほぼ互角という状態で貴重な兵を無為に減らす。それは士気を落とす事にも成り得る。

 ノブナガは、敢えて策に乗り、剣の受け皿にて拠点を設けるべし、と、考えた。

  暫く戦は無く、恐らくは天仰の谷が決戦の場。そこまで油断する者が居たならば

  即座に首を撥ねよ。そう伝令兵に伝え、前進を開始した。

 

 此度の戦は戦に在らず、幼少の頃に捲いた種が花開き、それを毟り取る…ただの、児戯。

  そうとも知らず、背水の陣とは、滑稽なりラシュティエート。

 我が軍略、武田の者にも劣らず。知らしめてやりたい所ではあるが…。

  ノブナガは僅かだが視線を天へと向け、空ろな眼で軽く溜息を吐いた。

 願わくば、この世で我に匹敵する兵が在らん事を。

  願わくば、内にも、外にも、其が存在する事を、切に、願う。

  叶わねば、天下布武、掲げる気にも、なれぬわ…。

 「人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり、

  一度生を享け、滅せぬものの、あるべき…か」

 思わず口から零れたソレは、生前に詠ったソレとは意味がまるで違うモノと成り得た。

  人生は短く、天の寿命に比べれば、儚く、そして短く終わった。

  然し、今一度、生を受けた今、最早、我に滅ぼせぬ者など存在しない。

 彼は、確固たる自信を確信に変えるべく、シアル・ランへと進み往く。


**ブルー側**

明朝、テリゼットの村を後にした三人は、馬を駆り、シアル・ランへと旅路を急ぐ。

 やはり人間の足より、遥かに早く、快適だ。惜しむらくは、シェジェ老より頂戴した馬が

 レゼントよりも劣るというのが…、いや、仕方無い。これほどの馬はそうはいない。

人にも天才が居るように、馬にも当然居る。天馬とまで言われる程の…。

 やや後方に居る視線をブルー達に移すと、彼は馬に乗るのが始めてでは無い、

 そう取れる、中々に見事な乗馬を披露している。その後ろにアーネが相乗りしている。

  「お馬さんはやーい!」

  「アーネ、ちゃんとしがみついて無いと、振り落とされるから」

少々、不安はあるにせよ、この状態を維持出来れば、遅くとも二日後には辿り着ける。

 勿論、爺やと出会った時点で既に彼の策は合わせて変更され、

私達が辿り着く頃には挟撃…と、なるわけだろう。だが、これは殲滅を目的とした挟撃では無く、

 士気の増減を見越した挟撃だという事。ならば私も相応の振る舞いをせねばならない…か。

三人は、出来るだけ速く、目的地へと向かう事になる。


**ラシュティエート側『天仰の谷』上部**


狭く、高い谷間を背に、拠点を設け、そこに4000の内の半分を配置。

 騎馬兵は馬から降り、馬にも旗を取り付け、後方にて隠すように待機させている。

残る2000は、挟撃では無く、敵の退路を断つ為、往く事の難しい道を往く。

 この道はラシュティエートの者しか知らない獣道。吉と出るか凶と出るか…。

 「僅か2000で、約4000の兵を相手取る、笑えない話だねぇ、全く」

谷の高い頂点は、やや平坦になっており、人は歩く事が可能ではある。

 だが、そこに行く事が困難である事に変わりない。だというのに、左右に一人ずつの人影。

愚痴を零したのは、左側の崖の上で座り込み、現状を観察している緋色の髪の女。

 ラムザの所に行かせた矢先、シェジェ老の書状がエステシアに届いた。

 

 紅の戦鬼殿、ラシュティエート並びにエル・グラナの永きに渡る争いに、

  ついに終止符が打たれる時が参りました。ご無理を承知で、お力添えを願いたく、

  この書状をお送りする次第に御座います。


へりくだるわけでもなく、簡潔に助力の要請のみである。その書状を見たエステシアは

 緋色の蓬髪を右手で弄りつつ、苦笑い。

 「あの爺さん、断れないと判ってる辺りが、気に入らないねぇ」

アーネがまだ物心つく前、ラムザに助けられた恩。それをラシュティエートに返していない。

 彼の地に赴かせる事で、それを返すつもりで居たのだろう。

だが、事態が思いの方、進んでおり、彼女もまたシアル・ランへと向かっていた。

 その折、クリアネルにも声をかけ、大事な未来の好敵手、その初陣の情報を流そうと。

 「やーネル。また良い情報を持ってきたんだが」

相変わらず、何を考えているのか、運河に視線を落としつつ、何も返答しないクリアネル。

 「かー…。もう少し愛想良くならないもんかい全く、まぁいいさ、多くは語らない。

   近々、シアル・ランにて両国の大規模戦闘が行われるようだ」

 「…弱者の馴れ合いに興味があると?」

 「アンタ、エクシオンの力は見たんだろう? そして破れた」

 「…否定はしない。だが、次は通用しない」

 「まぁそこは良い。エクシオンの力は見たが、ユーストリアの力はまだ見て無いんだろう?」

その言葉に、思わず運河から視線をエステシアに向け、細く長い目を見開いた。

 運河の先に居た伝説のフェンサーの力に思慮を奪われ、それと同等の力を持つ種の存在を

 考えから外していた。

 「…使えるのか? あの少年が?」

彼女の質問に、視線をわざとらしく外し、両肩をすくめる。

 「少なくとも、ベルの力をも受け継いでいる。それが見れるかどうかは、

   敵であるノブナガ次第だねぇ」

 「あの狂人に、ぶつける。…手に余るな」

だろうねぇ。今のブルーとアーネでは、ラシュティエートの堅姫様と共闘したとしても、

 まず勝てる見込みはゼロだ。 …最悪、アタシ達が出しゃばるしかないねぇ。

少し前のネルとのやりとりを脳内で反芻しつつ、視線を反対側の崖の上にいる彼女に向ける。

 眼下に居る大勢の兵を、訝しげな表情で見下ろしている。

おそらく、何故群れて戦う必要があるのか? そこに疑問でも抱いているのだろう。

 相変わらず、自分の考えが全てだねぇ…と、一つ溜息。

まぁ、兎に角、現状は成り行きを見る他ないさね。

 そう思い、事が始まるまで身を潜める二人。


****


このシアル・ラン防衛戦は、ラムザ率いるラシュティエート軍、

 ノブナガ率いるエル・グラナ軍、ブルー・アーネ・セリスの三名の別働隊と、修羅二人。

大きく分けてこの四部隊が各々の策を持ち、戦う事となる。

 

僅かながらの時がながれ、翌日の明朝、いまだ朝日の届かない天仰の谷、その正面に黒で統一された

 ノブナガ率いる4000の兵が士気を一切落とさず、ラムザ率いる2000の部隊の前に現れた。

谷を背に鶴翼の陣形を採るラムザを見て、訝しげにノムナガは顎を右手でさする。

 「ふむ。迂闊に飛び込めぬ…か。剣や槍、弓。そのようなモノであれば…」

右手をゆるりと翳し、掛け声を一つ。

 「構え」

そう言うと、ノブナガの両脇に居た兵が、長い筒のようなものを背中から取り出し、

 腰を下ろして、的に狙いを定めるかのように身構え、その後ろにいる兵が火種を構えた。

本来、この世界にまだ在るべきでないソレが存在する。恐らくは彼が創らせたのだろう。

 「狙え」

火縄銃。その数はたった十丁程ではあるが、弓を超える武器はこの世界では脅威となり得る。

 それを構え、狙いを定め、火種を火縄に近付け、この合図と共に火を付けた。

 「撃て」

耳を塞ぎたくなる轟音とともに、ノブナガの左右に居た兵が暴発に巻き込まる。

 十丁中、八丁が暴発に終わるも、残りの二丁は確かにラムザ軍へと届く。

それを見て、見様見真似ではこの程度…か。と、さしたる興味も無いように、顔に酷い火傷を

 負った兵を一瞥し、ラムザ軍へと視線を移す。

 「ふむ。混乱はしておる…か」

当然ではある、正体不明の攻撃により、僅か数名といえど負傷者が出た。

 これによりラムザも警戒心を高め、迂闊に動かず防御を固める事を強いられる。

元よりノブナガにこの戦いはあくまで児戯。彼の目的は別に在るのだ。

 動く動かないはどうでも良いようだ。然し、早速に花を摘み取ろうともしない。


****


 「団長! 謎の攻撃により負傷者3名」

 「なんだぁ、ありゃぁ。あっちが爆発したかと思った矢先、こっちの兵の腕や足に

   風穴あけてしまいやがった」

白髪の混じった短い金髪を音を立てて掻きつつ、次の行動を考える。

 盾兵を全面に出し、当面は防御に徹する。幸い、向こうも動く気配が無い。

このまま均衡を保てば、挟撃のチャンスは必ず訪れる…が、不気味だ。

 こちらの出方を伺っているのか? 何か、嫌な予感がする。

 「戦だってのに、全く戦う意思が見えない…」

鶴翼の陣形といえど、攻め方などはいくらでもある。それを行わない辺り、

 向こうも切り札を隠している。そう考えるべきか…。


****

 「ふ。やはり挟撃待ち…であるか」

ノブナガは敵陣の奥に、隠す様に立ち昇る御旗を見て一つの確信に至る。

 アレはかつて我も使った。二番煎じなど通ずるものか…と。

 「セザルカ」

 「は、はい。何用で御座いましょう」

 「汝に命ずる。 単騎で敵陣に往き、名乗れ」

その言葉は、つまりセザルカという名の藍色の髪をした青年に死ねという意味だろう。

 だが、そこに何の意味があるのか、ただ犬死を強要させるだけなのだろうか。

 「…ノブナガ様?」

当然、セザルカも何故?と疑問を――。

 「名乗り、オリニスを…、汝が兄を―――討て」

 「―――なっ!!!」

 「汝等が故郷を想うならば、是非も…無く」

…。暫しの沈黙の後、黙って頭を垂れ、馬に跨り、駆ける。

 彼は、彼の目は怒りと悲しみに満ち溢れていた。今まで尽くした結果がコレかと。

 然し、逆らえば故郷が危うい。間違いなくあの男は、故郷を焼くだろう。

ならば、兄を生かし、この屈辱を晴らして貰うのみ…。

 「兄さん、僕の代わりに、必ず、必ず…うぁぁああああっ!」

死ぬ恐怖を掛け声で打ち払い、単騎でラムザ軍の真正面に躍り出た藍色の青年は、

 黒の合戦着を死に装束とし、名乗り出た。

 「我はセザルカ・ウル・クラムス! 

   敵国に身を売った愚兄、オリニス・ウル・クラムス、名乗り出よ!!」

愚兄と称するは、敵意を抱かせ、僅かでも後に苦しまぬ様との想いからだろう。

 ラムザ側がざわつき、その視線が正面に居たラムザ、その側にいるオリニスへと収束する。

その視線の意味は、当然ながら、往くな。である。兄弟で殺し合う事に何の意味があるのかと。

 だが、彼等に無くとも、兄弟にはそれが在る。故郷を守るという大義名分ともいうべきソレが。

ラムザの制止を振り切り、弟のもとへと駆け出したオリニス。

 「俺は、国を裏切ってはいない! 何を吹き込まれたんだセザルカ!!」

 「黙れ、黙れ売国奴が!! 貴様はこの手で…討つ!!!」

売国奴という最大級の侮辱を発する口に反し、目は涙で溢れるセザルカを見た瞬間、彼は悟った。

 故郷と俺を天秤にかけられたのだ…間違いない。おのれ外道が!!! 

だが、全てが己の思い通りになると思うな、貴様もただの人である事に変わりない。

 貴様の十年に及ぶ策、この、セザルカが打ち破る!!

 「往くぞ、愚兄!!」

 「…応!!」

オリニスが馬を下り、セザルカへと片手剣を向け、駆け出す。

 また、オリニスもセザルカへと両手剣を前に突き出し、突撃する。

生死を賭けた一合は、瞬く間に互いの制空権へと辿り着き…。

 互いが、互いの胸を刺し貫いていた。

 「兄さ…ん、何故、わざと…これでは」

互いに心臓を刺し貫き、命が尽き果てようとする最中、弟を肩に抱き断末魔とも呼べる

 魂の叫びを上げた。

 「ノブナガ…ノブナガ…ノブナガァァァァアッ!!!

   貴様の思い通りにはさせん、させんぞぉぉぉおおっ!!!」

既に五体満足に動く筈も無いオリニスが、セザルカの駆る馬に乗り、ノブナガの元へと

 特攻を仕掛けた。

事の顛末を見たノブナガは、つまらなさそうに、右腕を翳し、一言。

 「一命を賭けて修羅と化したか…撃て」

左右に残された火縄銃から放たれた鉛玉二発の内一発が、無慈悲にもオリニスの左目に命中する。

 大量の血液と、白い液体が顔面から飛び散り、馬上にて大きく状態を反らす。

 「う、がぁぁぁぁあああああああっ!!!」

だが、止まらない。馬は無傷。そして鉛玉では怒れる魂を止める事は出来なかった。

 瞬く間に先陣にて立つノブナガへと間合いを詰め、両手剣では無く、弟の片手剣を振り下ろした。

ノブナガの眼には余りに酷く遅い、稚拙な剣筋に見えた。然し、避ける気が無いかのように

 彼を見据える。もし、銃弾が彼の左目を撃ち抜いていなければ、討ち取れたかも知れない。

ただ浅く、ただ力なく、左肩に僅かに食い込んだ片手剣から紅い血液が滴り、

 静寂の中、オリニスと共に血へと落ちた。

 その様をさしたる興味も無いかのように、見下ろし…。

 「見事な武者振りであった」

果たして、彼は兄弟の故郷を焼き払うのか…それはノブナガ当人にしか今は判らない。

 彼の魂の一撃を甘んじて受けたあたり、期待は持てそうではある。

その直後、地鳴りかと思える程の怒号が天仰の谷を振るわせた。

 人の命をなんと心得る!!この外道が!! よくも弟分を!!

それぞれの想い在る怒りが、ラムザの指示を聞かず暴走し、彼等が突撃してくる。

 十年とは短いようで長い、その間に育まれた友情、もしかしたら愛情も在ったかもしれない。

ノブナガの最大級の挑発が、彼等の自制心を失わせてしまう。

 それを見て、興が乗ったかノブナガが鶴翼の陣形を指示し、迎え撃つ。


Vの字に広く展開された陣形の正面ほぼ中央に、ただ一人不気味な笑みを浮かべて立つ男がいる。

 怒り狂う敵兵の総攻撃。その身一つで受け止めようとでも言うのだろうか。

 「来い。信長の首はほれ、此処ぞ」

あからさまに敵を包囲するべく立つノブナガではあるが、己が犠牲になる気なぞ毛頭無い。

 ただ試したいのだ。今一度の生を受けた際に授かった混血種としての力を。

父は人族にして、王族、そして母は、正妻ではなく、妾である風の民との混血児。

 人族にさしたる特徴は無く、風の民もまた『風詠み』と呼ばれる力。

だが、問題は其処では無く、混血児として持って生まれた力である。

 瞬く間にノブナガへとラムザの兵が殺到し、ノブナガの兵も今が好機と包囲を開始する大乱戦。

ラムザもまた、不本意ながらその大乱戦に参戦する他無く、狙いはノブナガの首一つ。

 幸か不幸一番槍の栄誉を得た騎士四人が、ノブナガを囲み一斉に片手剣を振り下ろす。

そのイメージがノブナガには視えていた。ほぼ同時ではあるが、同時では無い。

 振り上げる順番に先ず、片手剣で胴を薙ぎ、そのまま次へと斬り抜け、続けて横腹を刺し貫き

 残りの一人諸共に斬り裂いた。 頑丈な鋼鉄製の鎧、諸共に。

息もつかせぬ連撃を持って、一人二人三人…と、移動と斬撃双方を備えた正確無比な攻撃を続け、

 軽く敵の包囲を突破してみせた。いや、それ以前に鋼鉄製の鎧を容易く両断出来るものなのか。

そこに彼の混血児としての力が潜んでいるのだろう。

 かなりの血糊がついた剣を振り払い、つまらなさそうに虚ろな眼で周囲をみる。

  「弱い、脆い。どれもが凡夫。どれもが愚図」

完全に包囲されたラムザ達は、挟撃の機会を完全に失い窮地へと立たされ、

 興味が無くなったとばかりに剣を腰に差しその場を離れようとするノブナガ。

恐らくは、彼の心中はこうだろう。

 

  此処に求める者は何も無い。ただ、それだけを胸に秘め、ただ一言。


  「蹂躙せよ」

完全に兵力・士気ともにノブナガ軍が上回り、既に勝敗は決してしまったのだろうか…。

 勝ち鬨と共に、残りのラムザ軍を撃滅すべくノブナガ軍の兵達は剣を振るう事となる。


****

 「あー…殴り殺してやろうかいあの外道」

行き所の無い怒りを露にしたエステシアが、拳を握り、苛立っている。

 彼に面識は無いが、やり方が気に喰わない。敵の冷静さを奪う手腕は大したものだ。

それは認める。認めるが、やり口が余りに外道。 

 ふと、あちらの反応が気になり、ネルの方をみやる。

相変わらず感情を表には出していないが…、どうやら斬りたいようだ。

 細剣のグリップを人差し指でなぞっている。

まぁ、中々の強さだ、それに加えて狡猾。アレの眼鏡に適わない筈が無い。

 それはまぁ良いとして、アーネ達が間に合いそうに無いという事だ。

いや、現状着たとして…馬の蹄が妙な所から。彼女は慌てて谷を覗き込んだ。


 「往け! レゼント!! 天馬足る所以、とくと見せてやるがいい!!」

アタシの眼が腐ってなければ、馬が地面ではなく、ほぼ垂直の崖を駆けている。

 敵の包囲を垂直の崖から越え、大きく跳躍する最中、太陽が丁度谷間を覗かせ、

 光を帯びた一閃が地に落ちた。 一体何だ? 崖を駆ける馬もそうだが、

 先に落ちて着た何かが、敵兵の胸元に深々と突き刺さっている…十字剣だ。

あろう事か、いままさに敵陣のど真ん中に降り立った騎馬兵は、帯剣していない状態だ。

 馬鹿かこいつ…と、思わず失笑が零れそうになるが、この一言がそれを許さなかった。


 「貴様等如きに剣なぞ不要! 我はティセリス・ラシュティエート!

   大将首は、此処に在る!! 来るが良い!!」


狙っては居ないだろうが、ノブナガと似たような挑発をするセリス。

 一国の姫君が首級とあれば、その武勲はいかほどのものか。

優勢の中ではあるが故、彼等は決してすべきでは無い事をしてしまう。

 現状、優先すべきは、敵兵の数を減らし、勝利を磐石とする事。

剣を持たない=殺傷能力が無い。放っておいて然るべきではあるが、

 ラシュティエートの名と、丸腰、更には女で在ると言う事。

それが彼等をセリスへと向かわせた。確たる勝利。その幻を胸に秘め。

 先程のノブナガは攻撃的に包囲を斬り抜けたが、セリスは違う。

その身に迫る白刃全てを盾で弾き、いなし、また、レゼントが蹴り飛ばし、踏み潰す。

 彼女が一枚の盾ならば、レゼントの強靭な足は槌である。

セリスが剣を棄てたのは、防御に徹し、レゼントを守る為だった。

 そして、レゼントも主を守ろうと、その脚を生かした攻撃を繰り出す。

人馬一体となったその攻防を見て、ラムザがほっと胸を撫で下ろして叫ぶ。

 「盾姫様のご到着だ! 押し返せぇぇぇええっ!!」

完全に士気を失った彼等は、傷だらけの身を奮い起こし、強引に包囲の突破を試みる。

 それを遠くから眺めていたノブナガに僅かな笑みが零れた。

 「見事な馬術。まさに人馬一体、ようやく現れたか…兵が。然し、足りぬな」

二重、三重に包囲された分厚い壁を突破するには、まだ足りない。

 いかに彼女の防御が優れていたとしても、倒せないのではいずれ押し返される。

そろそろ、頃合かねぇ? と、重い腰を上げ、どうやって持って上がったのか、

 巨大な両手剣を肩に担ぎ、眼下の戦闘に降り立とうとした瞬間、

 エステシアの喉元に、ヒヤリと冷たい感触が伝わった。


 「アンタ…アタシを此処で止めて何をする気だい?」

 「…」

ただ何も言わず、表情も変えず、乾いた風の吹く最中、

  クリアネルはエステシアの喉元に細剣を突きつけていた。

 



 

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