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ハーミット・ブルー  作者: 狐宮
3/12

序章 『シアル・ラン防衛戦』Ⅲ

第三話「セリスの秘密」



 ノウェル大森林を北東へと抜た直後、彼等の視界に広がるのは、果てしなく広がる草原だった。

  森を囲うように伸びる道が枝分かれし、北東へと伸びている。そこに立ててある立て札に確かに刻まれた街の名前『ラシュティエート』

 二人は一度立ち止まり、軽く深呼吸すると互いの顔を見合わせ、一歩踏み出す。

  大陸中央部までは、長い道のりになるだろう。それほどまでにこの大陸は広大なのだ。

 遥かに見える地平線を望みつつ、ブルーはふと思う。馬が必要だな…と。 然し、そんな値の張るモノなぞ持ち合わせる筈も無く。

  余りに遠い目的地に、少し心を折られそうなる。その上、竜刃種も生息していると来た。

  「こういう意味でも、道のりは遠く険しいものだね…」

  「遠いしねー…。 でもでもブルーと一緒なら辛くないよー?」

  「…はは、ありがとう」

 恥ずかしい台詞を容易く言い切るアーネに笑顔で応えるブルーの表情が、僅かに強張る。理由はそう、危惧していた存在が目と鼻の先で

  こちらを睨んでいるのだ。四つん這いの低い姿勢で、唸り声を僅かに上げつつ。

  「早速…か」

  「下位の竜刃種だねー。確かウルファーって…」

 狼のようであり、青白い蜥蜴のようでもある。敏捷かつ強靭な体に鋭利な爪と牙を持つが、単体でいえばそこまで強くない、現に今アレは単体だ。

  二人は顔を見合わせた途端、真紅のマントを翻し、地を駆けた…が、後方から彼等を止める声が聞こえた。

  「君達止まりなさい! ソレは…罠だ!!」

 罠!? と、慌てて急ブレーキをかけ、声のする方へと振り返る。彼等の目に入ったのは、白馬の腹だった。

  見事に鍛えられた後ろ足で、嘶く白馬が見てとれた。そして、その白馬に跨る金髪の麗人である。

 細く、鋭い眼差しに、蒼い瞳。透き通るような白い肌。短く切った髪が風に靡く。

  青と白のチュニックに部分的にプレートを付け、右手に大きな白銀の十字盾、それに仕込まれた十字剣を携えたいかにもな騎士だった。

 白馬を駆り、瞬く間にブルー達の正面に立ち、白い盾から左手で十字剣を抜き放つ。

  「君達は、戦えるのか?」

  「え? えぇ。 多少は…」

  「いけるよー!」

  「そうか…ならば敵は私が引きつける。その後、君達は左右からの挟撃を」

 有無を言わせぬリーダーシップで戦術を提示した騎士は、白馬を駆りウルファーへと駆け寄り、剣の腹で激しく盾を叩く。

  「さぁ来るが良い! 貴様等の敵は今――此処に居る!!」

 打ち鳴らされた盾に釣られたのか、道の脇にある木陰に隠れていた複数のウルファーがのそりのそりと現れ、彼女を包囲する形となった。

  五体それぞれが異なる方向から、低い唸り声を上げつつ騎士ににじり寄る。

  「五匹か…相手にとって不足無し。 いざ、参られよ!!」

  「ぐるぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 更に相手を挑発し、全てのウルファーの爪牙を自身に向けさせた。彼らの一斉攻撃に怯む事も無く、飛び掛る爪や牙を盾で受け流し、或いは剣で払い退けた。

  防御特化した技術にブルーとアーネは一瞬だが見惚れてしまうが、アーネが先に我に返り、左側へと駆け抜ける。

 その後を追うようにブルーは右へと走り、ふと考えた。それはアーネが丸腰であることに…だ。

  「ウルファー如きじゃ勿体無いけど、ボクもイイトコ見せるよブルー!!」

  「良い所って…如きって…」

  「燃え盛る暴君の爪を喰らうのだー!! イ ア イア フルル クルフ ル!!」

 この時、ブルーと騎士は驚愕の余り、一瞬思考を止めてしまう。アーネの両手には轟々と燃え盛る炎の爪が現れていた。

  イフリタとしての力か、センティアとしての力か、その両方か。分からない、だが、その威力は十分に見て取れた。

 アーネは一度、強く地を蹴る。黒煙と轟炎を両手に纏い高く跳躍する。

  その在り様、大空へと駆ける翼、火竜の双翼が如し。一気に間合いを詰め、左側のウルファーの上空へと。

  「喰らうのだー!!」

 非常に明るく暢気な気合いとも居えない掛け声と共に、右の燃え盛る爪を一度払う。すると空を焦がしつつ炎の爪痕が地を削る。

  続いて左の爪も払い、同じく左の地を削り焦がす。巻き込まれたウルファーは強靭な体も意味をなさず、三等分に焼き裂かれた。

  その時のアーネの顔はとても楽しそうで…どこか恐ろしくもある満面の笑顔、加えて…。

  「ニャッハーッ!!」

 眼前に燃え盛る炎が照らし出す彼女の笑みは、狂気を称えたようにも見てとれた。そんな轟炎に半ば巻き込まれた形になった騎士は慌てて盾を身構える。

  高温が周囲に広がる中、彼女は寒気すら感じ、一つの確信へと至る。

  「くっ…凄まじい火の技…いや、まさかアレは…」

 五匹のウルファーを有り余る殲滅力が尚も襲い続け、文字通り消し炭と化したその時、ようやく炎の爪の連撃は収まった。

  騎士の周りに夥しい数の爪痕を残して。余りの威力が浮く力でも生んだのか? アーネは技を出し続ける間、空に浮いていた。

 その様はまるで巨大な火竜がその真紅の爪で幾度も敵を切裂くようにも見えた。

 そして、出し終えた後、クルリと一回転して、見事な着地。

  「ふー…すっきりすっきり」

  「あー…アーネ?」

  「あ、ごめんごめん。全部やっちゃった」

 自分の頭を軽く小突きテヘペロをする辺り、無邪気なものだが、やった事は相当にえぐい。肉片残さず一切を灰燼に帰したのだ。

  まさに暴君の爪と言うに相応しい残虐さでは無いか…名付け親は…エステシアさんか…と、一人ブルーは頷いた。

 一方、アーネはどうだどうだと言わんばかりのドヤ顔で騎士に歩み寄る。…張り合ったのか。

  「恐るべき力をお持ちだ…ああ、心配しなくて良い。 私は混血種に理解がある方だ」

 口に出さないといけない。それ程に溝は深いのだろう、騎士なりの気遣いを軽い笑みでアーネに向けた。

  「あり? あー!!」

 何かに気づいたのか、騎士の羽織る白いマントの紋章を指差すアーネは、懐かしそうにジロジロと見ている。

  「白十字の紋章を知っているのか…?」

  「うんうん。ラムザおじさんも同じのつけてたし」

  「だ…団長の知り合いだったのか…。ならば、この道を進むとなれば…」

  「うん、おじさんに会いに行くんだよー」

 のほほんと語るアーネに騎士は剣を正面に掲げる、彼等の敬礼なのであろう。

  それを見たアーネは剣も無いのに、仕草だけを楽しそうに真似ている。

 その後方でただ唖然と場の成り行きを見守っていたブルーは、一歩前に出て礼を言う。

  「危ない所をありがとうございます。 私はハーミットブルー。この子はグランディアーネと申します」

  「アーネでいいよー? コッチはブルーって言うの」

  「本当に危なかったのか疑問だが、これも騎士の務め、礼は不要。申し遅れたが、私はティセリス。セリスと呼んで欲しい」

 少々互いに遅れた自己紹介を済ませると、なんとも人懐っこいアーネは白馬の名前を尋ねていた。

  「ああ、この子はレゼントと言う名だ」

  「レゼント…かっこいい名だねーよろしくねー?」

 と、アーネが言うとレゼントは主人の命令もなく、大きく嘶いた後、アーネの頬に首をすりつけた。それにセリスは驚きを隠せずにもいた。

  この子は人に懐き難い人見知り。そうか、驚く事もない。この娘はセンティアの血を引いているのだと。

 何かに納得し、セリスはラシュティエートまでの道のりの同伴を申し出て、彼等もまた心強いと承諾する。

  再び、人族の住まう街へと歩み始める三人。その最中、セリスは色々と尋ねていた。

 団長との関わりとアーネの事。そして何より、見たことも無い種族だろうブルーの事も。

  長々と続く会話の中、ついに日は落ちて夜となる。 道中にある小さな街まではまだ二日かかる、そこまで無理はせず体力は常に

  温存して行こうと、セリスは言い、彼らもまたそれに従った。

 道端で薪のかわりになるモノを集め、焚き火を起し囲むように座る。その後ろではアーネに余程興味があるのか、

  レゼントが彼女の真紅の蓬髪を…藁か何かと勘違いしているのか噛んでいる。

  「むいー…ソレは食べ物じゃない。食べ物じゃないよー」

  「はは、藁か何かと勘違いしているな」

  「ブルー!? 女の子の髪を藁とかひどっ!」

 見事に野放しなソレは確かにそう見えなくも無い。笑いを堪えつつ、嫌がるアーネを見ながら、これからを考えていた。

  エステシアの手紙を団長さんに渡して、私達はどうなるのか…だ。 一つの不安と安心が交錯する中、不意にセリスへと視線を

  移す。それに気づいたのか、優しい微笑みで返して来る…が、疑問があった。彼…いや、彼女なのか? と言う疑問だ。

 麗人というに相応しく、仕草のソレが余りに気品のある女性であった。名前は女性だが、もし…。

  部分的とはいえ、鎧を身にまとい、厚手のローブとチュニックが女性らしさを見事に隠している。

 何故そんな事を気にするかというと、女性なら女性の対応というものがあるのだろう…そう彼は考えていた。

  が、そんな悩みをいとも容易くアーネは解決してみせた。トンデモな方法で。

  「セリスのここ、かったーい!」

  「なっ!?」

  「…」

 ローブに覆われたセリスの胸部はブレストプレートを付けており、ソコを右手で軽くガンガンと叩くアーネ。どう弁解しようかと慌てるブルーは、

  絶望的なまでに露骨に肩を落とすセリスを見て理解した。女性であり、そこにコンプレックスを抱いていると。

  「よ、鎧をつけているから…と、当然硬いさ」

  「動きにくくないー?」

  「身を守る為に必要なモノだから…」

 防御を主にしたセリスの戦闘技術には必要不可欠なのだろう。だが、アーネはその対極なのだ。

  攻撃に邪魔なモノは一切身につけない、そんな彼女だからセリスの装備が気になって仕方ないのだろう。

 そのまま彼等は、たわいも無い会話をしつつ、セリスの持っていた干し肉を食べ、見張りをつけて寝る事に。

  見張りはブルーが名乗り出たが、セリスが頑として拒否し結局アーネと共に寝る事になる。

  「一緒に寝るー…」

 有無を言わさず寝転がった彼の胸元に転がり込み、しがみ付く。

  「こら…人前で」

  「いーやーだー」

 今まで邪険にされた分、とこのとんまで甘えるつもりだろう。そんなアーネの頭を撫でつつ彼も静かに目を閉じ…。

  「ふふ。仲の良い事だ。端から見れば本当の姉妹のようだな、君達は」

 …目を閉じようとしたブルーの耳にあらぬ誤解の言葉が飛び込んできた。目を丸くして彼は私は男だと言うと、セリスも同じく目を丸くする。

  「き、君…男だったの…か?」

  「正真正銘の男です」

 すると、無言のジト目でブルーを見続けている。本当に男なのか…? と、彼女にしてみれば疑いの眼差しのつもりだった。

  だが、ブルーにしてみれば、女性に見張りをさせて女の子を抱きしめて寝ている…? 男のキミが? という眼差しに思えた。

 慌ててブルーは、疲れからか早くも完全に熟睡しているアーネから抜け出し、セリスの傍へと歩み寄り、見張りを代わります…と。

  「いや、それには及ばない。君も休み給え」

  「いえ、どの道、寝付けなさそうなので…」

 そう言うと二人は黙ったまま、満天の星空を眺めていた。 何か語りかけようかとブルーは考えていたが、セリスの方が話題を振ってくる。

  「そういえば、気になっていたのだが…」

 セリスの視線はブルーの腰に挿してある一振りの小剣へと注がれていた。その目は好奇心に満ち、是が非でも知りたい。

  そう、無言で訴えているようにも取れる。視線の先から彼女の考えを察したブルーは、小剣を腰から外し、膝の上に置いた。

  「ネーレイドのクリアネルさんより、賜りました」

  「や、やはりユゼの姉妹剣だったのか」

 どうやらセリスはこの姉妹剣を知っている様子。クリアネルには内容を誤魔化されたように思えていた。

  ならばこの機会にこれを知るべきだと、ブルーは軽く頷き、口を開く。

  「この剣の名前すら、私は知り得ておりません。セリスさんは、この剣の事を?」

 セリスは当然とばかりに大きく頷き、どこか羨ましげに、けれど、心配も含めた神妙な顔付きで答える。

  「それはユゼの姉妹剣。既に亡くなった国に二つの鍛冶屋が在った。

    そこには互いを商売敵と認識する、仲の悪い姉妹が居た。互いが剣を打つも常に技術は拮抗したそうだ」

  「仲が悪い…ですか、それでも相手を認めているからこそ、技術の向上に繋がった、という所ですか」

 軽く頷いたセリスは、視線を夜空へと移し、淡々と続きを語る。

  「良くも悪くも…ね。そして、ついに最後の一振りとなる剣が創り出された、それがユゼの姉妹剣」

  「最後…ですか。」

  「ああ、同じ姿形で、性能も何もかもが同じ小剣を遺して、ユゼの姉妹が居なくなってしまったのだからね」

  「諦めたのでしょうか?」

  「彼女達は修羅道に堕ちた者と聞く、ならばそれは在り得無いな」

 視線を再びブルーに戻し、軽い笑みを浮かべると、最後に一つこう言った。

  「その剣には一つ、誰が流したのか、こんな噂がある」

  「悪い噂でしょうか?」

  「どうだろうね。悪く取るかは君次第さ、噂は一つ。修羅だけしか認めない修羅の剣。だそうだ」

 …私はそこまで強さに拘っているのだろうか、いや、噂は噂。私が振るえた以上、でまかせだろう。

  そう判断したブルーは姉妹剣を腰に戻し、セリスに礼を言った。

  「ありがとう御座います。この剣の由来、良くわかりました」

  「いや、それよりも…だ、何故、君がクリアネル様から剣を頂けたのか、興味がある」

 そういい終えると、無言で立ち上がるが、気持ちよそうに寝ているアーネを見て、溜息を一つつき、座り込んだ。

  「流石に起しては可哀想だな」

  「え、…戦う気でした? 私は剣の技術はありませんし、ただ父親と母親の技のみを使えるだけですから」

  「剣は素人、その両親の技のみで、あのクリアネル様に…? ますます興味深いな」

 剣の由来、そのお礼もあり、ブルーは入手までの経路を出来る限り細かく伝える。

  それに納得したのか、幾度も頷いて、羨ましそうにブルーを見据える。

  「成程、西の…。技だけならばクリアネル様をすらも凌駕する…か」

  「いえ、油断されていただけですよ。一年後は、恐らく通用しないと思います」

  「ふふ、その言葉を得ようと、一体何百何千の強者達が挑んだ事やら」

 その後、夜が明けるまで彼等は、他愛も無い会話をし、時に母方の方も聞かれ、知り得る限りは話した。

  然し、セリスはエクシオンとユーストリアという種族の存在は眉唾モノとして認識している程度だった。

  何故なら、彼女にしてみれば、御伽噺にだけ出てくる空想的存在であったからだ。

 セリスは、そのまま黙って御伽噺を静かに思いだす。


 誰が伝えたのか多くが知る御伽噺、ワールド・エンド・ティアーズ。通称、滅世の涙。


 それは、まだこの大陸。いや、星に人が存在しなかった頃まで時は遡る。

  ユーストリアの民達は、大きな船でこの星へとやってきた。安住の地を求めて。

 同時に、それを追い、この星へやってきたエクシオンの民は、戦いを求めて。

  

  一方的な戦いは、五百年続き、ついに現状を打破しようと考える若い男女が現れました。


 エクシオンの少年 フェイオートと、ユーストリアの少女 クリアスベル。

  二人は手を取り合い、この無益な争いを止めようと互いの長に願い出ました。

 二人は死を覚悟していました。けれど、事は思いも寄らない方向、婚約へと。

  彼は考えました、二種族の架け橋となれるなら。

  彼女は考えました、何故、誰もが肯定するのか…と。

 それから季節が一つ巡る頃、二種族総出で式は執り行われました。

  クリアスベルの心配は現実のものとなる。双方共に考えた事は同じ。

 

 幾度説得しても聞かない野蛮な種に全滅の誅を下す為。

 幾度戦いを挑んでも、逃げるばかりの腰抜けを根絶やしにする為。


 二人を利用し、ついに両種族の総力戦闘が式の最中に行われ、

  それをすらも止めようと、互いの種族の前に身を晒すも、二人は、説得も空しくその生涯を閉じました。

 彼等の流した涙が止め処なく溢れ、流れ、大陸のあらゆる全てを押し流し、大陸に一つの大きな河を生み出しました。

  辛うじて生き残った黒と白の種族を西の大陸へと、閉じ込めました。

 此処より東は渡る運命にある者しか渡れない。 争いを望まぬ者にしか渡れない。

  幾人かを除き、白の民も最早、渡る事は出来ませんでした。

 

 奇跡的に渡れた者達は、自身への戒めと、西の地を平穏の大地とするべく願い込め、この星にこう名づけました。

  

  クリアスヴェル――と。


 ――。ふと、御伽噺。いやもう創生神話と呼んでいいこの古い物語。その若い男女の名を思い出したセリスは、

  ブルーになんとなく、両親の名を尋ねてみた。

  「ブルー。君の両親の名、聞いても大丈夫かな?」

  「父はフェイオート。母はクリアスベル…古いお話の名と同じでしょう?」

 その言葉に、頷くもまぁ、古の人物の名を子につける親も居る。そう思う。

  それよりも、伝説級の種族の混血児…か。と、そちらの方にばかり関心を抱くセリス。

  「一度、手合わせ願いたいものだ…。我が家の防御術が何処まで通じるか」

 軽く両手を顔の前で交差させて、慌てて私では敵いませんとブルーは言うが、セリスにしてみれば、

  謙遜のそれにしか見えていなかった。 そんな二人のやりとりを地平の彼方より昇る朝日が照らし出す。

  「む、夜明けのようだ。中々に有意義な時を過ごせた。ありがとう、ブルー」

  「いえ、こちらこそ、ユゼの姉妹剣の情報、ありがとう御座いました、セリスさん」

 さん付けされたセリスは、少し嫌な顔をして、呼び捨てにしてくれ…と。

  何か嫌な思い出でもあるのか? 不明だが、黙って頷いた後、セリスと言いなおした。

  「よし、それでは出発するとしよう」

 ゆっくりと立ち上がったセリスに続き、ブルーも立ち上がり、気持ち良さそうに寝ているアーネを揺すり起し、 

  三人は再びラシュティエートへと、向かう事になる。


 *****


  ラシュティエートへの道のりは、まだまだ遠い。地図で見れば少し頭痛がしなくも無い。

   地図から視線を進む方角へと向けてみれば、大きな山が連なって行く手を遮っている。

  連峰『シアル・ラン』は直線に連なっているのではなく、やや弧を描いていて、ラシュティエートと、

   その敵国であるエル・グラナを挟んでいる。このシアル・ランのお陰で今まで大きな戦は無かった。

   逆に言えばこれの所為で終わる事の無い、小規模な戦いが続いているとも言える。

  はぁ…と、溜息をつくブルーに疲れたか? 素直に寝ないからそうなる。と、セリスの視線が彼に刺さる。

   その視線に気づいたのか、ブルーは慌てて首を振り、

   何故、戦い続けるのだろうか、という疑問をセリスにぶつけてみたが、彼女はあっさりとこう答えた。

   「相手が止めないから、こちらも相手するしかあるまい。専守防衛が我が国、ラシュティエートだ」

   「エル・グラナが止めないから…、まるで黒と白の民みたいですね」

   「確かに。そこに君が現れた。滅世の涙でも起してくれるのか?」

  その言葉に眼を丸くして、首を振り、それを見たセリスが冗談だとクスリと笑う。

   そんな二人のやり取りを隣で見ているだけのアーネは、露骨に口元を膨らませて仏頂面を披露している。

   二人が仲良くしているのもあるが、距離が距離、いつまで歩くのー? というのが大半のようだ。

  それを見たセリスが夕方には、小さい村に着く、そこで今晩は泊まる事にしよう、と。

   「夕方までかかるのー!?」

   「何を言う、ラシュティエートに着くには、あの山、シアル・ランを越えなければいけないんだぞ」

   「なんっですっとぉー!?」

  眼前に広がる広大な野原の先に、これでもかと続く高い山々、アーネは一瞬、立ち眩みを覚え、ふらついた。

   セリスはアーネの反応が少し面白いのか、シアル・ランの険しさを出来るだけ詳しく教えたりもする。

   「見た目以上に越え難い山だ。絶壁になっている部分も多く、加えて岩肌が鋭利、無理に登ると怪我ではすまない」

   「んにゃー…聞きたくないー行きたくないーやだー」

  早くも初志がシアル・ランによりへし折られたか、猫耳がヨレッと左右に萎れた。

   「私はもう、あの山を幾度も往復しているものだが…、要は慣れだよ、アーネ」

   「そんなの慣れたくないー」

  これより夕方まで、アーネの駄々が炸裂し、さらにそれをからかうセリス。そんな二人をただ見ているブルーの旅は続く。


 ** テリゼットの村 **


  木製の家が所々にあり、総人口50人にも満たない小さな村。特産物も無く、周囲で取れる裳の、時折来る行商人から

   香辛料などのここでは手に入らない物を物々交換で補っている。同時にセリスの守衛区域の端に位置する村でもある。

  畑もそこそこあり、そこで一日の農作業を終えた老人が、セリスに気が付くと、遠くから手を振り、挨拶している。

   それに対して、右手で応え、老人の傍へとレゼントを歩かせた。

   「シェジェ老、お久しぶりです。最近は何か変わった事はありますか?」

   「お久しぶりですのう。セリス殿の庇護のあるこの村は、変わらず平穏。ありがたい事ですが…良からぬ噂は耳にしています」

   「…よからぬ噂? それはどのような?」

  内容を聞こうとしたが、シェジェと呼ばれた老人が、長い眉毛を片方つりあげて、

   少し離れた所で周囲を見ているブルーとアーネを見やる。

   「ああ、彼等は団長の知り合いだ。彼等をラシュティエートへと連れて行く所です」

  彼等の持っている紹介状を書いた人物の名前を出すと、今度は眉毛を両方吊り上げ、目を丸くした。

   「なんと、あの戦鬼殿のご息女であらせられましたか…確かに緋色の髪なぞ、そうはいませんが…」

   「おや? シェジェ老は人を見た目で判断するような人物では無い。そう認識しておりましたが」

   「無論、そのような事はありません。禁忌の民が外に出てくるのは非常に珍しい事でありますから」

   「確かにその通り。もしかしたら、歴史が動くのかも知れませんね、噂通り」

  その言葉に、老人は大きく頷き、セリスに近寄り、小さな声で『ある噂』について耳打ちした。

   「…。そうか、あの暴君が…、ありがとう。ならば早急に知らせねばいけませんね」

   「その必要はありません。既に使いは出しております」

   「流石、ラシュティエート一の外交官。千里の先まで届く目と耳は健在ですね」

   「元を付け忘れておりますぞ。今はただのしがない農夫です」

   そう言うと、ついにご友人が出来ましたか…と、感慨深く呟いた。

   然し同時に、素性を隠したままでは、信頼関係は築けませんぞ? と、一つ。

   「あ、ああ。…判っている。判っているが…それで距離を置かれてしまわれそうで…」

   「戦においては勇猛果敢。然しながら対人関係…特にご友人を作るのはとんと駄目駄目ですのう」

   「じ…爺や!ひ、人には得手不得手というものがあるでしょう!?」

   「おや、暫く聞けなかったその呼び方を聞けましたな」

   「全く…、貴方には敵いません。それより噂の出所は確かなのですね?」

  大きく頷き、信憑性の高い情報である事を告げ、同時にそちらにセリスが居なかった場合、

   こちらでも探し、情報を伝え、先ずは元外交官であり、戦術家のシェジェの布陣に従って下さい。

   と、伝令を出していた。いつ終わるとも判らない小規模の戦闘に、多大な功績を挙げていたシェジェだからこそ、

   双方ともに合意するとみなしての迅速な対応なのだろう。  

  セリスも信用しているというよりも、それが今、採りうる最善の策だと言う事は理解している。

   同時にこちらには、あのクリアネルから『一年一合』を得た少年と、恐るべき力を持つ、戦鬼の愛娘がいる。

   これを勝機と言わずなんと呼ぶものか、知らずの内に右の拳を強く握り、戦いの決意を固める。

  そのまま、老人に深々と頭を下げ、永きに渡るこの争いに終止符を打って参ります。

   そう伝え、老人を後にし、老人もまた深々と頭を下げているが、地を向いた顔から水滴のようなモノが数滴落ちた。

  自分の代で止められなかった悔しさか、オムツを換えた事まであり、最早、孫とも言っていい彼女の成長に対する嬉しさか。

   或いはその両方からか、止めようとも止まらない涙は、ぽつりぽつりと、地へと滴り落ちていき、声ならぬ声で呟く。


   「ワシや王の世代まで果たせなかった夢…。どうぞ掴み取って下され。…ティセリス・ラシュティエート様…」


 *****


  その夜は、シェジェ老の用意してくれた家で休む事にした三人は、色々な意味で気が楽になっていた。

   ブルーとアーネは、老人が用意してくれた馬が使えると言う事。

   セリスは来るべき決戦に、これ以上無いというぐらいの助力が得られる可能性が高い事だ。

  勿論、断られる可能性も否定出来ないが、団長と会う以上、必然と戦に巻き込まれる。

   本来ならば、連れて行く事はしたくない。したくないが…二人を連れていけば、あの戦鬼の助力すらも…。

  そうなれば一騎当千の強力な助太刀を得られるわけではあるが、それ以上に高名な戦士の戦い振りを見られる事もある。

   ここまで戦に心が高鳴る事はいままで無かった。 彼女の中では、もしかしたら既に勝敗は決しているのかも知れない。

  だが、これから起こるソレは彼女の想像を絶する事となる。相手は異界の小さな島国で、業火に焼かれ討ち取られるも、

   さながら不死鳥の如く転生し、クリアスヴェルに記憶を持ったまま生まれ変わった天下無双の大うつけ、その人である。


 

   凄惨極まる地獄にて、彼等と対するは、生まれた時より僅か数日で共通語を理解し、自身の名前を改めさせた才児。

 

         改められた名は、ノブナガ・エル・グラナ


       険しき連峰『シアル・ラン』を舞台に、序章の幕は開かれる。

   

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