泥船、厄災、地獄
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あ、タイトル考え中です。
無意識の世界から意識が浮上してくると微かに呼び掛けられている気がした。次に腹部に何か重たい物が乗っている感触がある。新月か?
そう思ったが寝ぼけ眼を無理矢理開ける、目に飛び込んできたのは黒いフリルと金のリボンに覆われた小さくはないが大きくもない至って平均値の胸元だった。
見上げるとあどけない寝顔が目に入るが元から今の新月は声が出せない。
ということは声の主は一人しかいない。また目を瞑ると手探りで腹部に手を動かす、馬乗りしていた物体を持ち上げその反動を使って起き上がった。
「おはよう。ハリス」
「やっと起きた、クロス様! 今日は絶対に俺の練習見てください!」
「……分かった」
「やったあ! じゃあ約束ですからね?」
「ああ、ところでハリス、このハンモックの重量制限どれぐらいだと思う?」
「は! わっ、わ、お、降ります! 降ります! 下ろしてください!」
重量制限と聞いてハリスが騒ぐので抱えて降りる。時刻を確認するとまだ五時半過ぎだった。
私と新月は確か日の出で開いた城門に入り真っ直ぐに帰ってきて、このリビングに設置したハンモックで寝ていた筈だ。時間からして全く睡眠をとっていない。私は必要無いが。
「それにしても今日は一段と早起きだな。いつもはもっと寝てるだろ」
「クロス様がおじさんみたいに早起きなだけです。
昨日クロス様が飲み歩きに行っちゃったから早めに寝たんですよ。しかし飲み過ぎて門限に合わなかったって何やってなんですか?!」
「あ~……色々と?」
「記憶無くなるまで飲みますか普通、あと宿の窓から吐いたそうじゃないですか? 吐くまで飲む馬鹿が何処に居るんですか?! ここにいますけど!」
部屋の明るさに未だ慣れない目を細めて答えると弟子であるはずのハリスに寝間着のズボンを引っ張られて怒られる。ちらりと上に目をやると新月はハリスに指を指されても全く起きる気配が無い。このまま寝かせておくか。
「ってちょっと聞いてるんですか?!」
「ああ……聞いてる聞いてる」
「それの何処が……って、頭撫でて誤魔化さないで下さいよ! 寝惚けてるんですか!」
「あははは―――」
頭を撫でるとゼウスと同じようにたじろぐ様子が面白いのでそのまま撫で続ける。
はにかむ姿を面白がっているときっちりと佇まいを整えた二人が部屋から出てきた、新月を残して朝食を食べ終えると未だに起きない新月は放っておいてハリスと外へ出る。
「じゃあ見ていて下さいね、……『ウィンドストーム』!!」
出て早々食後だというのにハリスは元気に上級魔法を放つ。打たれると同時に出現した『ウィンドストーム』要するに暴風だった。
これがまた威力が強く墨で書き殴った筆跡によく似ていた。それまでは良かった。
ハリスが作り出した暴風は勢いそのままに私、を素通りしてゲルに当たり叩き潰されたような音を上げて垂直に跳ね返る。
二人して空を見上げていると遥か上空で何かに当たったようだが雲に遮られて分からない。そのまま傍観していると雲の上から巨大な影が見え始めた。
『特殊スキル【エンパス】が発動しました。危険です回避してください』
不味い、【エンパス】が鳴った。どうにかしたいところだが上空の影はこの城を覆い被さる程巨大だ。
『インフェルノ 【種族】亜人 【Lv】567』
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【インフェルノ 】
別名泥船、厄災、業火、マッドスドン、地獄 元はNo,4949の世界と呼ばれる異世界の化け物。
普段はNo,4949の世界で世界中の上空を徘徊している。が、稀に何者かの手により異世界に出没することがある。
頭蓋骨のない赤く染まった頭部が三つ、体は一つの厄災。
目玉があったと思わしき部分からは涙が滝のように流れるのでインフェルノが通った天空では紫色の雲が渦巻き地上では涙が落ちて大雨となり口の中は無数の手が蠢いている。引き込まれたら最後この世とは思えない光景を目の当たりにする。
体は骨と皮膚のみで異様に痩せ細った体は腐り奇妙な形に伸びた腕や手、足などには棘が生えている。
インフェルノはその手足だけでも一般的な王都を包み込む程大きく胴体は海深くに沈めても頭が出る程巨大だと言われる。
インフェルノと呼ばれる要因ですが遥か上空から伸ばした手が死火山を撫でるだけで大噴火や地滑りが起き、
足が海に浸かるだけで大津波に、
両腕が国を覆うだけで疫病が起きるといったことなどから“地獄”を表す【インフェルノ】と呼ばれる。
浮遊して移動し続けるため動きはとろいがレベルが上がるごとに巨大化する。レベルが300になると一体のみで子を成す。子が産まれると大厄災と呼ばれる。
大厄災となってしまったインフェルノに立ち向かうことは束になった英雄でなければほぼ不可能。
備考だが厄災、地獄と呼ばれるインフェルノですが骨は最高の武器素材に、血は使い方で毒にも薬も変わりますのでご注意を。
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「これはマズイでしょ―――!!!」
「マズイでは済まされないがな。遥か上空を浮遊していたこいつにお前の魔法が当たって降下してきてるんだろうな。喜べハリス、お前の技術が発達してきているぞ。あとは魔力の貯蔵タンクを増やせばもっと伸びるだろうな」
「冷静に解説しないで下さい! こんなの俺対処出来ないですよ!」
城内の人間もこの異常に気が付いたらしく遠く離れたこの場所まで悲鳴が届いた。
その間にもゆっくりと雲から顔を出すのを止めないインフェルノに顔面蒼白で足を竦ませるハリスを撫でてやる。
が、ここで撫でるな、と避けられた。
ここで褒めるのは駄目だったのだろうか?―――そうか今はインフェルノがいるから後で褒めてくれと言いたいのか! なら早くあれ を殺して褒めてやろう。
「え、クロス様今笑いました?」
「笑ったか?」
「はい、一瞬だけ」
「分からん、とりあえずこいつ倒すぞ。ハリスお前はしっかりと捕まってろ『ウィング』」
「へ、う、うぉぉぉおおおお―――!!!」
顔面蒼白に驚きを足すという芸をやってのけるハリスの言葉が気になるがまずはこちらを倒そう。
風属性の魔法をかけて指を二回鳴らすと体が軽くなる。いきなり軽くなった体に戸惑いを隠せないハリスがいたが今説明するのも面倒だ。もうそのまま抱えて進んでしまえ。
「い、いや俺は遠慮して「飛ぶぞ」ぇぇえええ―――」
逃げ腰になるハリスの腕を掴み助走をつけるとゲルから少し離れた場所に位置する城壁まで来てしまった。……まあ踏み台にはなるか。
足を揃えて踏み込む、さらに城壁を踏み締めて上へと飛び上がり空地の抵抗を味わいながら雲に飛び込む。
空気がぶつかって来るので寒い。目の前が灰色で何も見えん。
不透明な視界の中でハリスを手放さないようにしっかりと掴み直す、と真上に腐った骨と皮出て来た胸骨が見えた。これがインフェルノだろうか? 考えていたよりも大きい図体をしていた。
このまま行けば心臓辺りにぶち当たるだろう。試しに拳を握り上に掲げてみる。
YOOOoooo――――
ぶにょりとした感触がしてすぐに硬い胸骨に当たった。頭の上で悲鳴が上がる。悲鳴が雲の中に響き渡るとゆっくりと巨体が浮上していく。
『神通力を使います。神通力を戦闘、日常生活などあらゆる分野で使えます。ただし、使用した規模に見合うだけの魔力を消費します。現在使える回数はあと17回です』
消えかけていた『ウィング』の代わりに神通力を自分とハリスにかけて追いかける。
雲を抜けると全体が分かった。とてつもなくでかい、ハリスはグロいと叫んで顔を背けた。それ程までにグロテスだった。
「に、にげ、逃げましょ……! む、むにです!」
「逃げると言ってもな……こいつは別世界から来ている訳だ。それはつまり―――
十中八九なくあいつらが関係してるだろ。今見逃せばもっと危険性が増すぞ?」
真っ白な顔で涙を流す灰色の髪を撫でる。
うん、いつも嫌がるハリスを毎日風呂に投げ込んでいるおかげで柔らかで毛艶がいい。
この世界にも体を洗うということはする、殆どは沐浴や川での行水が一般でお湯に浸かったりといったことが多いけど。農民からしてみればハリスの髪は滑らかだった。
それに伸ばさなければ直毛にならない癖のある私や、軽く天然パーマがかかている新月に比べて短髪で直毛のハリスが伸ばしたら触り心地が良さそうだ。多分新月辺りがやりそうだな。
「い、いつまで触ってるんですか!」
「ん?ああ、すまん。考え事をしていた」
「よくこの状態でよく出来ますね!!! 下は雲より高い位置にある足場がない状況、周りは空気が薄い上空、目の前にはインフェルノなんですけど!!」
「まあ、こんなこともあるさ」
「あってたまるか!!!!」
「現在進行形で起こっているんだがな。さっさと片付けるからお前は離れてろ」
暴れるハリスを下ろすと絶叫が響きわたる。
落ちるとでも思っているのか? しっかり神通力をかけてやったのに。
「ハリス、神通力をかけたのだから落ちはしない。空を飛ぶイメージが出来れば移動は出来るぞ」
だから大丈夫だと言えばぴたりとハリスは動きを止めて私の腕から離れる。
普通に浮いてるな。
「え、あ、本当だ」
「離れて観戦でもしてろ」
「はーい」
もう色々と悟るようになったらしい、ハリスは大人しく犬犬かきをして離れていく。それを何処にも見当たらない眼球で追っていたインフェルノは我に返ったようで慌てて手を伸ばした。
「何を勝手に私の弟子へ手を伸ばしているんだ化け物風情が」
「「「Yuooooーーーー?!」」」
泳ぐハリスに伸ばされた手を蹴り飛ばすと腕が逆方向へ曲がり三つの口が叫んだ。言葉にするなら
「「「嘘――?!」」」
といったところか。声が重なったということは頭が三つ分あるが考えることは同じらしい。では一つ頭が無くなったらどうなるだろうか?―――試してみるか。
「『我が力の一滴を捧げる。悠久なる人類の栄光、歴史の末席に座する叡智よ、虚無の刃をここに【アルマ・クリエテェド】』」
意識を集中させて手へと向ける。新月のように物が出てくるかと思った。だが全く出てこない。
失敗したかと手の平を見つめた途端血が噴き出したかのように鮮血の渦が巻き起こる。渦は温められた飴のように引き伸ばされて型を形成すると鮮血の波が花開くように割かれる。出てきた物はやはりとしかいえなかったが大鎌だった。
黒い柄に黄金色の刃、凄く斬れ味が悪そうな第一印象だ。試しに振ってみるかと構えた時下から声が、しかも離れた場所から複数聞こえたので動きを止める。
「出たぞ!!」
「ここに厄災がいるのか!!」
「見つけたわよ!」
「………!!!」
「………」
……………………
…………
……
そう言って人間、エルフ、魔族といった物が出てくる。殆どは翼を持つ魔族や魔法が得意なエルフが多かったが人間もそこそこいる。
私の近くからは長髪の男、こいつは確かハンス=ヨアヒム・ロレンダーシアという近衛隊長の男とイルメアというあの女騎士が馬に翼を生やさせてご登場なさった。
雲から上がってきたやつらはまずインフェルノの姿に驚き次に私の姿に二度驚いていた。
「「「あ、貴方は!!!」」」
面倒なことになった。まあ無視してさっさと終わらせるか。
折れた腕を足場に三体のうち一番左端の首目掛けて振り下ろす。初めのうちはスッと入ったがすぐに骨に当たって止まった。切れたのは首の四分の一程度だけだった。
上手く切れない。
やはり見た目通り斬れ味が悪い代物だった。もう一撃、とは思ったが無事な頭二つが口から何か人の腕のような形をしたものが伸びてきたので止む終えず降りる。
あれは舌か何かなのだろうか? とはいえあの腕もこの鎌では無理がありそうだ。
さてどうするか……と考えていると肩を叩かれた。振り向くとあの長髪隊長が顔面蒼白を通り越して紙のように白くなっており持っているレイピアが小刻みに震えていた。
「あ、貴方は確か勇者拓也様のお師匠とお見受けしましたが……」
「ああ、そうだ。だが生憎今は取り込み中だ。お前は他のやつらと一緒に避難でもしてろ。あれはお前達で太刀打ちなど出来ない化け物だ」
「し、しかし!」
「私の弟子と一緒に避難してろ」
震えが治らないというのに騎士としての誇りか何かなのか自分より格上の魔獣にも剣を向けている者が多数、顔に絶望と書いてある者が多数いる中。遠く離れた場所で浮いているハリスを指差すと9割のやつらは藁にも縋るように目をハリスに向けて飛び去って行く。
「で、でも!」
「そ、そうです! 貴方は我が国の客人、貴方だけに任せる訳には……」
「そうは言っても馬は正直だぞ。それにお前達は敵わないと理解出来ていない訳ではないだろう」
馬―――多分ペガサスを撫でてやると震えが私にも伝わった。敵わないと自覚しているのだろう。賢明な判断だ、臆病な性格をしているとも言えるがまあ馬だ仕方ない。
賢い馬に対しそれでもと食い下がろうとする騎乗主のイルメラと長髪隊長の意見を切り捨てる。
二人は唇を噛み締めた。諦めたかと思ったその時蝙蝠のような翼を生やした魔族らしき人物、多分女。がインフェルノの飛び込んで行くのが見えた。
静止の声をかけるが既に後の祭りだ。インフェルノは飛び込んできたのが私ではないと理解すると口腔から再度腕を出して魔族を絡めとり、焦る声がここまで響く。
その様子にすぐ近くで見ていた魔法で浮いていた人間が剣を振り上げる。
「魔族なら死んでも大丈夫だ! 今のうちに倒すぞ―――」
どうやら捕まった魔族を囮に倒す算段のようだ。興奮状態の男が私が先程折った腕目掛けて何やら大技のような台詞を吐いて飛びかかる。
馬鹿か、あれは食われるぞ。
冷めた目で眺めていると案の定魔族の女のように腕に絡めとられ四方八方に腕が引き合う。
男は四肢が脱臼したのか苦悶の表情を浮かべ声にならない悲鳴を微かにあげた。その光景に周りの視線が一箇所に集まるのを肌で感じる。勿論視線の先にいるのは私だ。
本当に困った時だけ都合良く神に拝むな人間は。何故私が自分から餌になったやつらを救わねばならんのだ?
溜息から呆れが出て行くが先に倒そうと決めてしまったのだからやるしかない。構え直して再度インフェルノに立ち向かう。
私を捕まえようと伸ばされた腕を刈り取り勢いそのままに魔族が捕まっている側の腕も切り取る。
腕が木っ端微塵になったことにより翼が自由になった魔族は直ぐその場を離れていった。
次は脱臼した男だ。ズルズルと獲物を口腔内部へ運んで行く腕に焦点を合わせる。舌をなくし危険度が薄れた頭を踏み台に加速を付けるとこちらも一気に引き裂く。
支えが無くなり落ちて行く男は追いかけていったイルメラに任せ、呪文は唱えていないが『スプライト・プロムノン』と『ティアズサニー』を背中に落とし蠢いている間に初めに切り込みを入れた傷口を抉る。
そこにもう一度、本気で鎌を振り下ろし傷口を半分程広げることに成功する。見た目からして首が取れそうというよりぶら下がっている、といった表現が正しいようだったが落ちることはなかった。
しかしこの大鎌は使い勝手が悪いな、“コレジャナイ感”があるし何度も言うが斬れ味が悪い。
スタシスで本気を出せば大地か、空間が裂けて世界に穴が開くのに、加減を間違えても大丈夫な所は評価するのだがな……
反撃としてか口だけでなく体の至る場所から腕が生えてきたので空間を切る感で鎌を振ると目に見える斬撃が飛び出た。……ん、こちらもやはりと言うべきか骨に当たってあまり切れない。
黄金色の鎌とインフェルノを交互に見る。かたや金を使った式典用というに相応しい武器。かたや全身から腕を生やした最早地獄ではなくただの化け物と化した魔獣を交互に見る。
分からん。斬れ味が悪いのはこの大鎌のせいかインフェルノの固すぎるのかはたまたそのどちらもなのか。
もし鎌が悪いなら切りまくるしかないがインフェルノ自体が硬いなら内側から切ってみるか。
その後は死体の時を止めて試し切りの材料にしてみるとしよう。
「……な、なにやら品定めするような目付きでインフェルノの見上げておられますよ隊長!」
「……ええ、あのお方はインフェルノを倒したその後を既に考えられておられるのでしょう。お強いお方です!」
「聞こえているぞ」
「「わっ!!」」
コソコソと話し合いをする背後二人の会話を割って入ると肩が跳ねた。仲がいいことで、
二人にちょっかいを出したところでインフェルノが全身の腕を手招きさせて一歩、また一歩と私へと泳いで進む。
イルメラと長髪隊長は既にその場から離れ他の冒険者らしきエルフ、国の騎士でありそうな鳥の獣人の娘、骨だけの翼を広げた魔獣の女が散り散りになって逃げて行くのが視界の端で映る。
「クロス殿!!」
「何をやっておいでなのです?!! 早くお逃げください!!」
二人がペガサスを操りながら叫ぶ。だが私はそのまま動かずインフェルノが目と鼻の先まで近づく。手が伸び、
老いた腕、
子供の腕、
女、
男、
何か、
様々な腕が絡みつく。
悲鳴が上がる。逃げろ、と女の断末魔も聞こえる。私がいなくなったら誰があいつを倒すんだ、何か策があるのではないかと。
「「『naaaasyuuu――……?oMaaaaEEENaaaaaDaaaaa―――」」』
喋った??!!! という声が上がる。
二つの首と皮一枚で繋がった首が口を揃えて叫びをあげる。“なんだ、お前は何者だ”とでも言うように。
「「『WLLLaaaaJii―――CUUUU、ooooozoooo EEEECAAAA―――?」」』
“我らは地獄、恐ろしくないのか?”
身体中に巻きついた腕が力を入れて問う。骨だけで性別不明な指が頰を滑る、なんとなく冷たい陶器の感触を思い出した。
「地獄などもう既に味わっている」
aaaaaAAAAA########――――
問いに答えるとあるはずのない眼球が六つ私の目を覗く。歓喜の絶叫が響くと中央の頭が首を傾け口を裂けんばかりに開き腕を回収する。
勿論私の身体はそのままなので自然と持っていかれる。
ずりずりと手招きされるような動きで鉄錆の匂いが強く香る内部へと招かれる。様々な種族の声が聞こえるなかバックリと口は閉じた。
するすると腕は中へ中へと誘い椀が川へ流れて行くように進んで行く。腕に込められた力は口が閉じてからほぼ触っているような力しか込められていない。
暇だ内部の様子でも書くか。
暢気かもしれないが内側からの方が楽かもしれないから外のやつらには待っていてもらおう。
ゆっくり過ぎるので【無限の胃袋】に入れていた紙とペンを出してインフェルノの体内の考察を踏まえた観察分析判断レポートを書き記す。
外見は大体のことが分かっているインフェルノだがこの巨大な体内の構成は正体不明の地獄が広がっているのだから調べておきたい。
流れに従ったままペンを動かし色をつけていく。
まずは口腔、薄汚れた牙が何本かあるがあまり使われた形跡は無し、殆ど舌替わりのこの腕が獲物を引き千切って喉の奥へと運んでいるのだろう。唾液などは分泌されていないので汚れない。
内側の粘膜は焼け爛れたケロイドのようである。光が差していない筈だが何故か明るい。
喉頭へと続く、ここで私が抵抗しないからか絡み付いていた手が全て離れて行く、代わりに食道にびっしりと生えた大量の手が下へ下へと手招きをしていた。
ここから先は長そうなので時間を止めて前へと進むことにしよう。
時を止めて招く形で固まった腕や手の平を足場に進むと30分程かかった。食道の長さは役この動きで進むならば約2㎞ほどで手で運ばれていたらもう少し時間がかかるだろうと予想する。
一旦来た道を戻り邪魔な場所を切り崩す。(体内は骨が当たる場所が少ない分切りやすかった。)
進むと肺らしき場所に出た。コンクリートで作った洞穴が無数に開いたような見た目をしており、所々に食い千切られた手足が引っかかっていた。
進んで行くと壁の手という手が握手している形で行き止まりになっていた。ここは下部食道活約筋だろうか? 咀嚼物が来ないと緩まない場所だ。これでは先に進めない、止む終えず刈り取り先を進むと胃へと来たのだが何故インフェルノと呼ばれるかが分かった気がする。胃の内部が血の池地獄だった。
胃液が血の色をしていて腐臭がしているのか虫も多い。
血の池では時が止まっているから浮いている人間と何かは動かないが通常時なら正に地獄だろう。天井を見上げると灰色の筋肉の中央に目玉が開いたまま止まっていた。
このまま飛び込みと何が起こるの分からないため目玉の部分に穴を開けて脇道を作る。
途中方向を間違えて心臓まで近づいてしまったが、でもあれは心臓というより脳だった。もしかしたらあいつらが言葉のような声を発せたのはここに脳があるからでは無いだろうか? 外側だと頭部が無かったし。
試しに切り取って行くと大きなコアがあったので駄賃代わりに貰って行く。そのまま何度か往復してやっと十二指腸にたどり着いた。
もう切り過ぎて何処を切ってないのか分からない。とりあえず時を動かしたら墜落するということは分かる。
鎌を振り回しながら先へと歩くがどうやっても革靴の底で寄生虫を踏み潰しながら歩くことになってしまう。特に丸い球体が多い。新種の生物だろうか? あとで解剖してみよう。
「そろそろいいか。出よう」
粗方書いたので紙を仕舞って時間を進めるとすぐ―――
ギィシャッ、
ブクッシュッ、
グシャ、
ギッジュ、
…………………………
………………
……
しばらく止めていた時間を動かすと断末魔がそこかしこで起こり足下の寄生虫も奥へと引っ込んでいった。
後ろを振り向くと切り口から赤い胃酸が流れてくる。不味い逃げよ―――
「っう!!」
横穴を開けようと切り開いた途端切った箇所から真っ青な血を浴びた。
鉄臭い。ついでに血に含まれた猛毒が働いたのか体力がジリジリと削られ始めた。
もう一回腹の内を切ると今度は滝かと言いたくなる量の血を思いっきり浴びる。骨が無い分切り易いが疲れる。途端寄生虫の何匹かが飛びかかってきたので蹴り飛ばし薄い筋肉の束目掛けて魔法を放つ。
―――『水火 』、
確かこれは水と火を同時に起こすもので術者の力量でものが変化するらしく私が出したら洪水と火災が筋原繊維がブツブツと千切れていき外の光が差し込んだ。
そこをさらに切り裂いていくと奇声が上がり申し訳程度の黄色い脂肪が内側へと侵入し始めたのだ強引に両手で切った部分を広げる。
外だ、躊躇いなくそのまま飛び降りる。
あ、足場が無かった。
「『光のカケラは地を、常盤の蝶は先を示す【グラス・ストァケス】』」
呪文を唱えると空中に鏡のカケラが道を作り蝶が舞う。
多分そこに佇む私は真っ青な血や何かに全身だけでなく金色に輝く大鎌までべっとりと塗れた姿は周囲では化け物のように写っていることだろう。
まあいいだろう。それより疲れた、主に腕が。
「クロス様―――わぁぁああ!! お化け!!」
「誰がお化けだ」
ホッと一息ついたところでハリスが飛んで来て逃げる。襟首を掴み頭を軽く柄で叩くとべジャリ、と粘つく音がしてハリスの頭が汚れた。
すまん、と軽く謝ると「あれを見ろ!!」という声聞こえた。
顔を上げるとインフェルノが魚のように呼吸しながら雲の海へと転覆して行く。周囲では被害が拡散しないよう対策が既に始まった。
だが面倒だったので私が【無限の胃袋】屍を放り込む、驚かれた。
ポカーンと呆けた顔のインフェルノ討伐参加者全員が地上に降りると神聖カルットハサーズでは既にお祝いムード一色になっていた。
だがここでも降りてきたエルフ、獣人、魔族と化け物状態の私に場の空気が一転し悲鳴が上がる。
特に青い血と黄色い脂肪に濡れた私への悲鳴は凄まじく、10人体制の医者や魔導師の団体が血に含まれた毒を消したり魔法で穢れを取り払ってくれるまで叫ばれた。
礼にと運ばれたご馳走を空きっ腹へ流し込んでいると新月とツァスタバ、ロザリアント、さらに召喚者一行にアデリーナを含む王族がやってきた。この辺りで一体どこから来たのかありとあらゆる国の記者がやってきて各騎士と冒険者に話を聞き始める。
終始新月は泣いて離れなかったため邪魔だったが送られてくる安堵の声を見て我慢する。
私とハリスには様々な記者が群がりそうになったがツァスタバとロザリアントが完全に避けてくれたおかげで落ち着いて食べることが出来た。
名を売りたいわけではないし別に問題はないだろう。うん、
場が落ち着くとインフェルノをどうするかと言った話に移る。私はコアと一体分の頭と体を報酬として貰いたいと主張すると何故だ、と抗議の声が上がった。
素直に試し切りにしたいこと、あと興味から解剖と剥製を作りたいと話す。そこから何故か脱臼男から大激怒された。
何故ここで抗議の声が上がるのか分からない。
倒したのは私だ、お前達は動いていないだろう? 横から掠め取るのがお前達の礼儀か。第一独占するとは言っていないんだ。なのに何故反対の声が上がる。
そこでぼそりと脱臼した男、面倒だ脱臼男が何故助けなかったと吐き捨てたので助けてはやっただろうがと付け加える。さらに話しを付け加える。
「先陣を切った(のは私だが)魔族を囮に手柄を上げようとしたくせに助けられて当然だとお前は言うのか?
自分が出来ていないことを私ならなんでもかんでもやってくれると考えるのか? 都合良く私を扱うな、礼の一つも言っていない癖して。
ああ、今更礼をしろとは言わん。脱臼したことは事実だからな。しかし分け前に不満があるなら全て私が独占でも構わんぞ。切り分けるのも億劫だからな」
公衆の前できっぱりと言ってやると参加していた騎士、冒険者から氷のような視線に差し潰されていた。
結局インフェルノの頭二人は分けられるのだからいいだろう。どうせインフェルノの頭だけでも大きいし、と私の主張は殆ど通った。まあ動いたのは私と魔族の女、脱臼男だけだからな。
私の鎌で数時間かけて切り分け魔族の女と脱臼男に多めに渡し、その場はお開きとなり参加者は各国に帰っていった。
話が纏まると他のやつらから働いていないのに貰えるのはありがたい。私が一人で倒さなければ自分は死んでいたと感謝された。
金ピカの馬車に乗って帰るとロザリアントが既に風呂の用意をしていたおかげで風呂へ直行出来た。いやさせられたというか、ハリスはツァスタバとロザリアントに抱きしめられていたので入れるのはしばらく先になりそうだったが。
脱衣所で服を脱ぎ風呂場の扉を引く。浴槽に貯められた水は色付いていたのでロザリアントが薬草風呂にしたのだろう。濃厚な香草の匂いもする。
一般のものより大きい浴槽へ体を沈めると全身の力が無くなっていった。
「疲れた……『お背中お流ししまーす♡』謹んでお断りします」
頭を浴槽の縁に預けると勢いよく扉が開いた。もしかしなくてもあのアホだ。
「疲れているんだゆっくり……『マッサージ付きでエステも真っ青のサービス付属してあげる♡』……好きにしろ」
言葉に本気が混ざっているのを感じ取った。これはテコでも動かないな。
鼻歌を歌いながら様々な道具を持ち込んで入って来たのはバスタオル一枚の新月だった。
『お邪魔します♡』
バスタオルを外し入ってきた。お湯が溢れる。
足の間に座った白髪は湯の中に浮かんでいた左腕を手に取りマッサージを開始した。手のひらの揉む細い指先は絶妙な加減で握る、揉む、流す。
あ――――眠くなってきた。
『ぐはっ! クロの筋肉♡♡』
「黙れ痴女」
インフェルノ、無茶苦茶でかい。
クロノスが描いた観察レポートは高額で城の宮廷魔導士どもがコピーさせてもらった。
新月容疑者はその後、マッサージと称したセクハラをしたためお縄にかかりました。
あ、マッサージ自体は上手だったそうです。ハリスはパイオツに包まれて窒息死しました。




