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うれしくって、苦しい

「お母さん……いつもありがとう!」


良い天気の昼下がり。

なんだか朝から千裕がソワソワしてるな~~と思っていたら、ティータイムにプレゼントを渡された。

喜ぶよりもまずきょとんとしてしまった。私の誕生日はまだまだ先だから誕生日プレゼントではないはず。


「あのね、今日はお母さんにかんしゃする日なんだって!騎士さまがおしえてくれたの」

「チヒロが自分で作ったんですよ。マナさんにあげたいって」


にっこり優しく笑うディーさんの言葉に渡されたプレゼントに鼻を近づけると、甘い良い匂い。手作りお菓子をプレゼントしてくれたらしい。

そうか。この世界にも母の日があるのか~。まだ千裕は母の日になにかくれたことがなかったから、すごく新鮮だ。

今日母の日だよ~なんて自分で言うのはどうかなって感じで、私は今まで祝われた事がない。もう少し大きくなったら祝ってくれたら嬉しいな~ってぼんやりは思ってたけど。


「そうなんだ……チヒロありがとう!うれしい!」と私が言うと、千裕は照れ臭そうにはにかむ。手作りお菓子とか嬉しいじゃん!突然どうしたんだ千裕~こんな粋なことして!


「騎士さまがてつだってくれたの。でも騎士さまりょうりにがてなんだよ~ね~!」


千裕の暴露に、「それは内緒だって言ったのに」と恥ずかしそうにしながら千裕を小突くディーさん。千裕はきゃっきゃと笑っていて罪悪感なしだ。

きっとディーさんが千裕に「母の日だから何かプレゼントを用意しよう」と言ってくれたに違いない。

理人は子供を促すとかそういうのを一切しないし、母の日や私の誕生日に何かくれたこともない。だからそんな父親を見てる千裕からプレゼントを貰える日も来ないかもなぁ……と思ってたから。すっごく嬉しい。


「マナさん」プレゼントをじっと眺めているとディーさんに名前を呼ばれ、顔を上げると。目の前に色とりどりのお花。


「これは私からです。いつもお母さんとしてとても頑張っているマナさんに」


千裕の顔くらいの大きさの、可愛くラッピングされた花束を差し出される。パステルカラーの見たことのないお花だけど、派手じゃなくて見ててほっこりするような可愛らしさのある花束。

びっくりして固まる私に、「鉢植えごとラッピングしてあるので、このまま置いておけますよ」と貰う側にも素敵な心配りをするディーさん。そっとその花束を受け取る。とっても良い匂い。


「ありがとう……」

「花は苦手ではなかったですか?」

「苦手じゃない……すごく可愛いね!」

「良かった……。自分で女性へのプレゼントを選ぶのは初めてだったので」

「お母さん!おれのやつたべてみて!」

「うん!嬉しいな~~お母さんほんとうに嬉しい!」

「チヒロ、やったね。サプライズ成功」

「騎士さまありがとう!おれ騎士さまもお母さんもだいすき~っ」


ニコニコする千裕をほんわかしながら見る私とディーさん。

なんだろうこれ。むず痒くてあったかい。顔がゆるんでゆるんでどうにもならない。


ディーさんはちょっとしたイベントとして、千裕に母の日を教えてついでにお花を用意してくれただけかもしれない。 なのに大げさな私はとんでもなく感動してしまった。

よく世間では「自分の母親に感謝する日で嫁に感謝する日じゃない」とか言われるのも目にするし、理解できる。でも父親が教えなければ子供は母の日に母親に感謝しようとか思わないし、誰にも感謝されずに普通の日と同じく終わるちょっと切ない日だった。


うちは養っていてくれる理人に父の日は毎年ありがとうの気持ちとプレゼントを渡していた。千裕にもお手紙とか何か作って渡すのとかどう?と誘って。

感謝してたからだ。私たちが幸せに暮らせるのは我が家の大黒柱のおかげだよ~と。

別にその見返りに母の日も祝えよと思っているわけではない。でも寂しいなとは思う。お母さんとして毎日やってることは特に感謝するようなことではないんだな~と。


今は理人のことを好きじゃないしむしろ嫌いと思ってしまってるけど、毎日お疲れ様と労っていたし本当に感謝していた。だから父の日とかイベントの時にありがとうと伝えていた。

仕事していないぶん自分も頑張らなきゃと思って、理人に小言を言ったり文句を言うのはなるべく避けたし、飲み会や遊びが盛んでも自由にしてもらったし、千裕の様々なことはできることは全て私が一人でやった。

専業主婦だから当たり前なんだけど。


当たり前のことしかしてないんだけど。

でもやっぱり、お母さんとしての頑張りを認めてもらいたいとか、たま~に「いつもありがとう」って言ってもらいたいとか、そういうことは思ってたと思う。考えないようにしてたけど。

理人が浮気するまで、感謝されないから仲が悪いとかは別になかったんだけどね。ちょっと寂しくても家族三人で過ごす毎日は幸せだったし、理人の事も本当に好きだったからそのくらいのことはまあしょうがないよねって流せたし。ただまあ……いつもありがとうってたま~に言ってもらえたり、ちょっと感謝されたり、私って大切にされてるなぁ~と実感できていれば、今もまだ理人とやっていきたいと思っていたんじゃないかな。

私はそうやって大切にされる程の存在ではないんだなって思ってしまってた。


だから今。

なんだかちょっと泣きそうだ。

「頑張ってる」ってディーさんに言ってもらえて。お花まで準備してくれて。

相手はずっと家族としてやってきた理人じゃなくディーさんなわけだけど、でもその言葉に飢えていたような気がする。だからすごく感極まっている。

泣いたらまた千裕に「お母さんダサい」って言われちゃうかな。


滲んでくる涙をごまかすように匂いを嗅ぐふりして、花束に顔を埋めて「二人ともありがとう!」と言った。





その日の夜、幸せなようなしんみりするような感情を抱えながら、隣で眠る千裕を眺めていると、初日からずっとセミダブルベッドで寝ている理人がこっちのベッドに乗り上げてきて「やる?」と聞いてきた。


それはあれでしょうか。ここ数か月ご無沙汰だった夫婦の営みの誘いでしょうか。

離婚届が出せない場所にいるってだけで私達もう離婚してるようなもんだって何度も言ってるじゃん。と思いつつもなんだか口に出すのは口論になりそうで憂鬱で、「悪いけど眠い」と言って背中を向けたまま目をつむる。一回舌打ちをして、理人がセミダブルベッドに戻って行く気配。あいつが浮気してるのが発覚してからやりたいと思った事なんて一度もない。


せっかくの幸せな気分がさっと消えていく。もっと余韻に浸っていたかった。

薄目を開けて、寝室の窓際に飾ったお花を見る。きれいで純粋で可愛いお花。ディーさんがくれた。千裕と一緒に母の日のプレゼントを用意してくれた。シャルルちゃんのことが本気で好きな千裕。シャルルちゃんのためにとっても頑張っている千裕。

ここに来るまでは親子二人で新しい生活を始めてがんばろうって前向きな気持ちだったのに、今はなんだか足元が不安定でぐらぐらしていて前が見えない。未来が見えない。迷子の子供になったような気分になって不安でしかたない。私たちは元の世界に戻ってちゃんとやっていけるんだろうか。

千裕、シャルルちゃん、ディーさん……。なんだか胸が重くて苦しいよ。お母さんなのに……お母さんだからちゃんと真っ直ぐ立ってしっかりしてなきゃいけないのに。


あと60日。

60日たったら、私たちは元の世界に帰る。




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