息子の一目惚れ
次の日、理人は昼から兵士さんに付き添ってもらって訓練所や王城内の見学に出かけた。
私と千裕は、騎士のディーさんと中庭を見に行くことになった。
中庭はあの、お化け屋敷から突然移動していたあそこだ。美しいあそこ。
あの時は何があるとかどれくらい広いかとかわからなかったが、どうやらとても広いらしい。
温室やお茶会を開けるスペースや子供が遊べる草木の迷路や恋人達がひっそりと逢瀬をできる小道など。とりあえずすんごい広いのはわかった。城すげぇ。
千裕のリクエストで迷路に入ることになった。
迷路は外側から眺めるだけでもかなり広そう。壁は全て草木でできていて所々にお花も植えられていてすごくメルヘンチック。さすがお城手が込んでるなぁ~。
ディーさんは「広いから着いて行きますよ」と言ってくれたけど、出口を知っている人を連れて行ったらズルしちゃいそうだし、千裕も自分でやってみたいと言うので付き添いはお断りした。ちょっと心配そうな様子のディーさん。大丈夫大丈夫~母親の私が一緒なんですから。思う存分迷ってきますのでディーさんはちょっと休憩してお茶でも飲んでたらいいよ!
30分後。
なんだこれは……出られない……。
私と千裕は完全に迷っていた。ちょっとお庭に作ろっか~とかそういうレベルの広さじゃない。さすがお城。うわあのバラのアーチさっきもくぐったぞ!ぐるぐる同じところを回ってる!?
次第に無言になりひたすら歩く私たち親子。メルヘンチックな空間なのに空気はどよ~んと重い。……私達……ここから出られなくて死ぬのかな……とか考え始める私。なんてことだ。素直にディーさんに着いて来てもらえばよかった。
「お母さん。迷路あきた」
「飽きたからって出られない。それが迷路」
「も~~出口!はやく!」
「知ってたら出てるから。お母さんだって出たいから」
「お母さんおとななのになんで出口わかんないの?」
「大人がなんでも知ってるとか思うのやめな」
「も~~~~」
「あんたが迷路入りたいって言ったんじゃん!ぶーぶー言ってないで進みな!」
「つかれた~~」
軽く喧嘩みたいになって更に空気が悪くなる私達親子。
大体この迷路はなぜギブアップ通路がない。そして壁の高さが2メートル以上あるから上からちょっと出口確認とかもできない。詰んだ。これ詰んだ。
めちゃくちゃ不安だけど息子もいるからあんまり「死ぬのかな」「出れないと思う」とかネガティブな言葉出せないし。
でもこの迷路あれだよね。あのキング原作の映画に出てくる迷路に似てない?真冬のホテルで管理人やることになった親子が頭おかしくなった父親に斧で襲われる……あれ……シャイニングに出てくる迷路みたいだよね……。えっていうかほんとこれシャイニングの迷路じゃん広さとか作りとか……雪はないけど私達しかいなくてシーンとしてるし振り返ったら斧持ったあいつが……やだこわい!妄想しすぎてもうホラーな考えしか頭に浮かばない!
千裕と手を繋ぎながらちょっと早足で進む。もうほんと早く出たい!と曲がり角を勢い良く曲がると、突然目の前にでっかい不気味な銅像が出現して、「ぎゃーーーー!!」と絶叫してしまった。
行き止まりの所に斧を持った兵士の銅像があった…。このタイミングで斧…。
「お母さんさけぶとかダサいね」と千裕が偉そうに言う。いやあんたも銅像見てビクッとしてたじゃん!手繋いでるんだからわかるんだよ!…まあ叫ぶよりは恥ずかしくないけどね。恥ずかしいのは私だよ。
結局そこでもだもだしてるうちにディーさんが迎えに来てくれた。ず~んと落ち込みながら出口まで誘導される私。
付き添いはいらないとか言って結局迎えに来てもらったうえ絶叫して迷惑もかけるし、申し訳ないし恥ずかしいし。でも懐の広い男ディーさんはニコニコ楽しそうに笑って「休憩しましょう」と庭にあるテーブルセットにお茶とお菓子を用意してくれた。
細かい細工のスイーツがたくさん並んだお皿を見て「かわいい!」とか言ってすぐはしゃぐ私。誰か私を殴って止めて。
「なんかほんと…うるさくてごめんなさい…」
「マナさんは元気な方ですね。私は煩いなんて思いませんよ」
「でも迷路でも叫ぶし…」
「お母さんのギャー!すごかったよね騎士さま。ダサいよね」
「あんたはまたそうやって母親を小バカにして!」
「だって~かっこわるい~」
「もうあんたほんと黙って」
くすくす笑いながらディーさんはケーキやお菓子を取り分けてくれる。お礼を言って受け取る私と千裕。落ち込んでたくせに目の前にスイーツが出てきただけで切り替わる自分が恨めしい。
「格好悪くなんてないですよ。あの迷路は慣れた人間じゃないと大人でも迷って出てこられなくなるんです。みなさんそうですよ」
「でもあんな絶叫する人はさすがにいないよね…」
「気にしないで下さい。マナさん達の護衛になってから毎日新鮮で私も楽しいです。ここでの生活を楽しんでくれているようで安心しました」
やだ~~。ディーさんほんと良い人。この世界の男の人ってみんなこんな感じなのかな?だったらすごいな異世界。でもこのお城にいる人たちってたぶん身分の高い人が多いよね。だから育ちが良いのかな?…住む世界が違うなぁ。
「あの騎士さま」お茶を飲みながら、千裕がディーさんにおずおずと声をかける。いつも遠慮なしなのに珍しい。
「このお城って大人ばっかりなの?」ああ~~それね。それお母さんも気になってたよ。こうやって毎日私やディーさんと遊んでも、小2だしやっぱり同じくらいの子と遊びたいよね。でも私達は特殊な事情でお城でお世話になっているし、100日たったら帰らなきゃならないし。ちょっと難しいよねぇ……と考えていると、ディーさんが「チヒロが良ければ、私の姪と会ってみる?」と申し出てくれた。
「いいの?」と目を輝かせる千裕。
「この王都に住んでいるから明日連れてこよう。歳はチヒロと同じだよ。お互い気が合えば100日間いい遊び相手になると思うよ」ディーさんは姪っ子がいるらしい。それも千裕と同い年!
女の子だからちょっと不安そうにしてはいるが、ディーさんから姪っ子ちゃんの話を聞いてニコニコしている千裕。
ディーさん何から何までありがとう!
「異世界やべぇ」
お城探検は思いの外楽しかったようで、理人はご機嫌だ。
寝る前、風呂上がりに髪の毛に香油を塗り込みながら、あれを見たこれが面白かったと話す理人に相づちを打つ。
この香油は、こっちに来てからトリートメントがなくて髪が広がって大変だった私を見て、ディーさんが用意してくれた物だ。これを塗り込んでから寝ると、次の日さらさらヘアーだ。匂いもフローラルな感じで、ちょっときつめだけど嫌いじゃない。
理人は明日も何か見に行くと言っているし、お互い早めに就寝した。
この調子でずっと出掛けててくれと思う私であった。
次の日、理人が出かけた後ディーさんが姪っ子ちゃんを連れて部屋を訪ねてきた。
「シャルロットともうします。マナさん、チヒロさん、どうぞよろしくおねがいいたします」とこちらの世界のものらしい丁寧な礼をとった姪っ子ちゃん。栗色のふんわりとしたロングヘアーに菫色の瞳で、お人形のように可愛い美少女だ。それにとってもお行儀がいい。小さなレディ!
千裕もこの小さなレディに釘付けになっている。顔が真っ赤で目がぼんやりしている……おいおいこれはあれじゃないか?一目惚れとか初恋とかそういう甘酸っぱいやつじゃ?
「私の兄の娘で7歳です。少し人見知りをする子ですが、とても優しい性格なんですよ。チヒロ、仲良くしてくれるかな?」とディーさんが言うと、千裕は姪っ子ちゃんを見つめたままがっくんがっくんと首を縦に振る。お前はあかべこか。姪っ子ちゃんもそんな千裕を見て少し笑っている。
……やだ~~笑うと更にかわいい~~!異世界美少女とんでもないな!
「家族からシャルルと呼ばれています。マナさんもチヒロも、良ければそう呼んでやって下さい」
「いいのかな?シャルルちゃんって呼んでも」
「は……はいっ」
「ありがとう!じゃあシャルルちゃんもこいつのことはチヒロって呼んでね」
「チ……チヒロ?」
恥ずかしそうにシャルルちゃんがチヒロと呼び捨てにすると、我が息子はヘラヘラと嬉しそうにしている。……あれ完全に惚れてんな!
子供二人を食事したりお茶したりするときに使うテーブルセットの席につかせ、私とディーさんは少し離れたソファーで様子を伺う。
最初はお互い恥ずかしそうにしていたが、すぐにチヒロが色々話しかけ、手遊びを教え合ったり学校の話をしたり楽しそうに過ごしはじめた。
「心配なさそうですね」「うん、二人とも楽しそう」とディーさんと笑みを交わす。
しばらくすると、二人が庭の迷路に行きたいと言い出したのでディーさんが付き添って行った。私は今日は留守番することにした。
あんまり私が見てると千裕がシャルルちゃんと遊びづらいかもしれないし。もうディーさんのことは信用できる人間だと思っているし、この部屋は二階だから庭が眺められるのだ。庭めっちゃ広いから全部は見えないけど。でもまあ昨日も行った場所だし大丈夫でしょ。
なにをするでもなくのんびりと過ごす。部屋の片付けも掃除も何もかも召し使いの人がやっちゃうし、主婦なのにやることがない。本当にバカンスに来たような気分になってしまう。
そうして少しの間一人でだらだら過ごしていると、あの初日に説明をしてくれたローブ姿のおじいちゃんが部屋を訪ねてきた。たしかセドリックさんて言う名前で偉い人だってディーさんが言ってたよね。
「どうですかな、何か困ったことなどはないですかの」
「ないですないです。すごく良くしてもらってます」
「そうかの。お食事は口に合いますかの」
「毎日美味しいですよ!豪華だし!」
「それは良かった。食事の要望があれば何でも言っていいんじゃよ」
のんびり~~したおじいちゃんの空気に流され、うふふ~~と和んでしまう私。ソファーに座ってもらい、召し使いさんが淹れてくれたお茶を二人で飲む。
せっかくだから気になったことを聞いてみることにした。こんな遊んで暮らしてて本当にいいの?とかお城の中をうろうろして迷惑じゃない?とか。
「お主たちはお客人ですからの、この世界を楽しんで下さればそれだけでいいのじゃよ。護衛騎士が駄目だと言う場所以外はどこでも見て回ってくだされ」と言われる。「退屈はしていないかの」と心配され、護衛騎士さまが息子や私の相手をしてくれているから大丈夫だと答える。なんかほんと、精霊さまがやっちゃったこととは言えこんなに良くしてもらって悪いな~。
おじいちゃんとの会話は予想外に弾み、気付けば夫婦の微妙な感じとかも喋ってしまっていた。
「そんな感じで色々あって、本当は離婚しようとしてたところだったんですよ~」とか世間話みたいに喋る自分。
「息子がおるから一人で育てるのは大変じゃろう?」
「そうですね~私は両親が他界しているのでやっぱり大変だと思うんですけど。でももう決めたんですよ、別れて息子と二人新しく頑張るって」
「ご両親が亡くなっておるのか」
「そうなんですよ~結婚してからすぐ母が病気で亡くなって、父もショックが大きかったみたいでどんどんやつれてしまって、最後は脳梗塞で。あっ脳梗塞って頭の血管が切れてしまう病気なんですけどね、それで。まあ両親がいても離婚したらどっちにしろ大変ですから、腹くくるしかないかなって~。チヒロも理解してくれてるんで頑張ります」
「そうじゃったのか。お主は強い娘じゃのぉ。まだ若いというのにのぉ」
「やだ~~おじいちゃん、もう28歳ですよ!日本人は若く見えるだけですよ」
「いやいやワシから見たらぴちぴちじゃからの」
「もう~~おじいちゃんぴちぴちとか恥ずかしい!でもありがとう!」
「ほっほ。それじゃあ、お主たちを三人一部屋にしたのは良くなかったかの?」
「う~ん…今までも一緒に暮らしてたので大丈夫ですきっと」
「そうかの。いつでも違う部屋を用意することはできるからの、遠慮するでないぞ」
「何かあったときは甘えますね!」
「今すぐでもいいんじゃぞ」
「嬉しいけど、それやると理人が怒りそうなので、もう少し様子見ながら頑張ってみます。今までやってこれたのでなんとかなると思います~」
「そうかの。お主は根性があるのぉ。息子と一緒にずっとこの世界におってもいいんじゃぞぉ」
「また~~おじいちゃん!嬉しいことを!」
すっかり仲良くなった私たちは、元の世界に帰る前にまた絶対お話ししようねと約束してお喋りを切り上げた。おじいちゃんは現役引退しているとはいえ、色々忙しいお方なのだ。
部屋から去る時に「護衛騎士のディアンは独身じゃぞ」とか言い出すじいちゃんに「仲人みたいなことするのやめて!」と言い返しておく。も~~おじいちゃん絶対悪乗りしてる~~。あんな色男で性格も良いディーさんがこんな子持ちだしバカだしうるさいしな女を相手にするわけないのにね!