28歳一児の母、はしゃぐ
自己紹介が終わると、騎士さまが兵士の訓練所へ息子を誘ってくれた。
さっき言っていたように魔法を見せてくれるらしい。魔法もだけど、兵士とか騎士とかの単語にも激しく反応する息子の千裕。
男子だね~。日本には騎士とかいないしね。ファンタジーって感じで男子的にはたまらないんだろうね。
「マナさんとリーヒトさんもご一緒にどうですか?」と騎士さまに聞かれるが、スマホの充電が切れた理人は機嫌が悪いらしく、寝不足だから寝てると言って断った。
私はもちろん行く。こんな知り合いいないとこで息子だけで行動させるとか無理だから。騎士さま一緒だけど。でも騎士さまもまだ会ったばかりだから人柄とか信用できるかとかわかんないし。……いやすんごいいい人そうだけどさ、でもねぇ…わかんないじゃんね…とりあえずお母さんは着いていきます!魔法も見たいしね!
広い城の中を騎士さまが誘導するまま着いていく。
用意してもらったこっちの世界の服に着替えているから、私達昨日ほど目立ってないと思う。まあ騎士さまは女性からチラチラ視線貰ってるけど、単に良い男だからってだけだろうね。
そしてなぜか千裕は騎士さまと手を繋いで歩くという。なぜお母さんと繋がない。
二人は歩きながら城のことを話ながら楽しそうに笑いあっている。
……お父さんといるときよりも「父と息子」って感じだな。とちょっと思ってしまい、慌てて変なヴィジョンを振り払う。
ごめんなさい騎士さま。勝手に我が家のお父さんとして妄想してしまってマジでごめんなさい。騎士さまって素敵~息子のお父さんになってほしいな~、とか思ってませんから!ちょっと仲良く笑って並んで歩く姿が「父と息子」に見えてしまっただけですから!
となぜか心の中で言い訳しまくる私だ。
兵士の訓練所に着いた。
屋外に繋がっている広い場所で、兵士たちが訓練に励んでいる。
舞う汗の雫。ぶつかりあう雄々しい肉体。男達の咆哮。筋肉、筋肉、筋肉筋肉筋肉筋肉。
「魔法の訓練ができるのはこの奥の野外訓練所です」騎士さまの声にビクッとする。
やばい今頭の中が筋肉に支配されていた…。筋肉素敵…。戦う事なんてない現代日本人とは比べ物にならない、鍛え抜かれた筋肉。はあ筋肉。
野外訓練所は、筋肉兵士達がいたところより使用者が少なかった。訓練というより、実験みたいなことをしている人の方が目立つ。
ちょっと不思議な光景に、千裕と二人で釘付けになる。
あっちの人は地面からちょっと浮いて目を瞑っている。そっちの人は淡く光る魔方陣みたいなものを地面にいくつも書き記しては消している。向こうの人は杖でぽんぽんと丸い火を出して空中に並べて、それを一つにぎゅっと集めて一つの大きな火の塊にしている。
「ちっチヒロ!あの人!あの人浮いてる!」
「あああお母さんあれなに光ってるよ!あの人なにしてんの!?あれなに書いてんのおれもやりたい!」
「まってチヒロ!あの人は火を!でかい火を!」
「うわ!どうするのあれなげるの!?お城もやすの!?」
「え!?お城が燃えちゃう!?」
燃えるリッヒト!?
興奮からのパニックを起こす私達親子を、笑いながらなだめてくる騎士さま。
「落ち着いてください、あれは投げませんお城も燃えませんよ」と言われ「よかった~お父さんもえるかと思った~」と答える千裕。さすが私の息子、同じこと考えてやがる。
その後は、騎士さまが魔法を見せてくれた。
騎士さまは水とか氷の魔法が得意らしく、水でシャボン玉みたいなのを作って渡してくれたり、粉雪を頭上に舞い散らしてくれたり。
跳び跳ねて大興奮の千裕と、きゃーきゃー騒ぐ私。28歳なのにはしゃいじゃった……氷で雪の結晶作れとかかき氷食べたいとか言っちゃった……。「しょうがないですね~」とか言って騎士さまが調理施設のある場所に連れてってくれてほんとにかき氷作ってくれた……千裕と食べ散らかした……。
そんなお母さんのくせに大人気ない私を見ても、引かずになんでもしてくれようとする騎士さまの包容力ったらない。何時間か一緒にいて、慌てたり怒ったりするところを一度も見なかった。穏やかな気質なんだと思う。
千裕は筋肉兵士の訓練も見学して、すっかり魔法と騎士の虜になっていた。その二つを備えた魔法騎士という職業の騎士さまを見る目が尋常じゃないほど輝いている。
部屋への帰り道では、もうすっかり騎士さまになつき倒していた。
騎士さまも口調がくだけ「チヒロ」と親しげに呼び捨てし、ニコニコしながら嫌がりもせず千裕の脈略のない話を聞いている。……いやまあ本当に嫌がってないかはわかんないけどね、仕事だしね、でもね、この年齢の子供の遊びやお話にびっちり付き合うのは結構大変なものなんだよ。子供が好きじゃないとどっかで絶対「もうわかったから~」みたいな空気が出るんだよ。でも騎士さまは全くない。すごく楽しそうだ。だからこそ千裕も絡むんだけど。
この騎士さまはきっと、元々子供が好きなんだと思う。そしてすんごく懐が広い。これだけ息子を可愛がって遊んでくれてるんだもん、もう疑いとか持たず、めっちゃいい人!それでいいんじゃないかと思う私だ。
私もはしゃぎ倒してすっかり騎士さまと打ち解け、帰り道に色々な話をする。
どうやら騎士さまは27歳らしい。年下には見えない…でも外国人みたいな容姿だし、大人っぽく見えるのかもしれない。日本人は童顔が多いし。
もう意識しないうちにため口になっちゃったし。年下ってわかったからかな?人当たりの良い雰囲気だからかな?騎士さまも「そうして話してくれた方が接しやすいです」と言ってくれて、甘えてしまった。
「チヒロが暇するからたまにお城の中や庭を歩いてもいいのかな?」と聞くと、100日間はこの護衛の仕事だけ請け負うことになっているから遠慮せず自分を連れて歩いてほしいと言われた。
お城はとても広いし迷子になってしまう心配もあるらしい。
「ディーさんがいいならお願いします!」とぺこりと頭を下げる。
ディアンやディーと好きに呼んでくださいと言われたから遠慮なく呼ぶことにした。ちなみに千裕は「騎士さま」と呼んでいる。騎士かっけええええ!状態で騎士リスペクトしてそう呼びたいと主張したのだ。
すっかり仲良しになった私達がテンション高めに帰宅すると、待っていたのは仏頂面の理人。
「遅かったじゃん」と言われるが、気にしないふりをして大きなふかふかソファーに寝転がる。久々にたくさん歩き回ったから足が限界だ。
ちなみにディーさんは中まで着いてこないで扉の外で兵士さんと交代で待機したりしてるらしい。
「お父さん、まほうすごかったんだよ!お父さんもこればよかったのに~」とご機嫌な千裕に言われて、「どんなやつ?」と聞き返す理人。
「なんかね~、浮いたりとか、でっかい火をだしたりとか!」千裕の言葉に続けて私も「あとディーさんの雪とかね!」と言う。「騎士さまかき氷もつくってくれた!」
ムッとした顔の理人。
「お前あの人のことディーさんって呼んでんの?」
「え?そうだけど。それでいいって言われたし」
「チヒロは騎士さまって呼んでんのに?」
「チヒロはさ~騎士リスペクトしてるからあえての騎士さま呼びだから」
「お前の呼び方馴れ馴れしくない?甘えすぎ」
「これから100日間お世話になるんだから仲良くしておいた方がいいよ。ねぇ?」
「うん騎士さまとまいにちあそびたい!」
「…あんまり迷惑かけるなよ」
「かけてないよね!ねぇお母さん!」
そこには苦笑いの私だ。
千裕は7歳だからまだしも……私は迷惑かけたかもしれない。はしゃぎすぎないように気を付けよう。
「お父さんもお城の中見てくればいいのに。まだまだ日にちあるんだから暇じゃん。せっかく異世界なのに」と私が言うと、「ん~…そうだな。明日はちょっと見てくる」と言う理人。
スマホもテレビもないと引きこもってても暇で死にそうになるからね~。
その日の夜は特に理人と話し合いをすることもなく就寝した。
理人は相変わらずセミダブルベッドで早々に寝はじめたし、私と千裕も遊んで疲れてたし。
もうたいして言うこともないしね、今日から離婚した気分だしね。でも早く離婚届出したいなぁ。理人には言ったけど、でもやっぱり法的手続き完了しないとちゃんと別れたって感じしなくてもやっとする。
100日……長いなぁ。理人と同じ部屋で100日……。あ、あと99日か。
でもこの世界ご飯は美味しい。もっと色んな料理食べたいな。たまになんだこれ?て食材は出るけどまあ大体いける。あとお菓子も洋風でおいしい……。
そんなことをつらつら考えながら、眠った千裕を抱き寄せて眠りについた。