100日間の異世界生活
最後にお化け屋敷入りたい。
と息子の千裕が言うので、三人で入ることになった。
なんでお化け屋敷……。
しかもその「最後に」ってどういう意味で言ってるんだろうか。
「乗り物で最後に入りたい」?それとも「家族で最後に入りたい」?
怖い……小2の息子の考えが謎で軽く怯える。離婚しても引っ越し先の家が見つかるまでは旦那とこのまま住まなきゃならないから、まだ息子に離婚のことは言ってないのに。
「チヒロ」名前を呼ぶと「なに?」と普通に普通の顔で返事をして見上げてくる。
その顔をじーーっと見るが、悲しいとかそういった感情はなさそうな普通の顔だ。
黙って見ていると「お母さんもしかしてお化け屋敷こわいの?ダサいね」と言われた。
いや怖くないからね、お母さん大人だからねこんなちょっと寂れた子供だましの遊園地のお化け屋敷でビビったりしないからね。
特に離婚を知ってしまって悲観しているような様子がなかったから、気を取り直して到着したお化け屋敷に入る。
薄ぼんやりとした暗い通路をゆっくり歩く。千裕がぎゅううと繋ぐ手の力を込めるから、元気付けるようにぎゅっぎゅっと握り返す。
入りたいとか言うけど怖がるんだよね。まあまだ7歳だからこんなもんだよね。
何度か入ったことのあるお化け屋敷だけど、すっかり仕掛けを忘れて、突然近くに降ってきた生首に「うわっ」と声をあげてしまった。
「お母さんダサい~おれこわくないよ~」と笑う千裕。いやあんたは真ん中歩いてるから!だから仕掛けがすぐ近くに来ないから平気なだけじゃん!と大人げなく言い返しそうになるが、ぐっと我慢する。そんなこと言って拗ねたら後が面倒だからね。
旦那はそんな私達に何も反応せずぼーっと歩いている。さすがにお化け屋敷の中でスマホは見てないが、心ここにあらずって感じだ。
もう本当にお前来なくて良かったわ!と心中でキレる私。
……ダメだ。旦那とでかけると無駄にイライラしてしまって嫌な女になってしまう。
お前どうせあれだろ。彼女のこと考えてんだろ。私達と出かけんの面倒くさいんだろ。とか考えちゃうし。
ダメだこんなんじゃ。せっかく千裕と遊園地来てんのに。とギスギスした気持ちを振り払う。
「ね~ここすっごい暗いね?チヒロ大丈夫?ビビってる?」とからかうように明るく声をかける。
「こわくないって!…でもほんとくらいね~」と少し不安そうな声が聞こえる。
うん暗い……ていうか……ていうかほんとちょっと暗すぎない?もう全然景色が見えないんですけど。まさか電灯の故障とかじゃないよね?だって本当に仕掛けもなんも見えないよ!
恐る恐る進むが壁がどこかもわからない。もうスマホでライト点けようか、と片手で鞄を漁ろうとした時。なんだか……よくわからないがなんとなく空気が変わった気がした。
真っ暗で不気味なのに、ふっと爽やかな風が吹いてきて不思議な……動物のような……でも臭いとか嫌な感じのしない不思議なにおいがした。
真っ暗だったから、いつの間にか目を閉じていたようだ。
千裕の「おかあさん…」という不安げな声に、目を開いた。
「……あれ、お化け屋敷は?」
私達三人はなぜかお化け屋敷ではなく、とても美しい庭にいた。
こんな普段は使わない「美しい」なんて言葉が自然と出ちゃうくらい、ものすごい華やかで、上品で、芸術的で、手入れの行き届いた庭。
千裕はちょっと怯えながら私と旦那の手を握っている。旦那は私と同じくきょろきょろ辺りを見回して、スマホを取りだしている。
なにこれは。ここはどこ。
「おかあさんっ」さっきと違って焦ったような怯えたような声で千裕に呼ばれて、はっとする。
なんか足音が近付いてきている。バタバタゾロゾロと、大人数の足音だ。
そして身構える間もなく、庭から室内に繋がっているらしい大きな扉が開いた。
なんだこの人たち?扉から現れたのは、金髪やら明るい髪色の外国人達。年齢は様々、服装は鎧とか派手なチョッキとか……なんか……なんか変なやつ。外国の歴史映画とかで見たことあるやつ!
そんなおかしな人間達が私達を取り囲むもんだから、中腰になって千裕を腕の中に隠すように抱きしめる。
変な服の人達の中の一人が喋りかけてくるが、よくわからなくて理解できない。確実に英語ではないと思う。単語ひとつも聞き取れなくて、思わず「はぁ!?なにあんたたち!?」と叫ぶ。
すると人垣の中からローブを着た白髪のおじいちゃんが一人ゆっくり出て来て、私達に向かって杖みたいな短い棒をひょいひょい、と降った。
「聞こえますかの?」
えっ!と驚く私。だってさっきまでなに喋ってるかわかんなかったのに。
「迷いビトで間違いなさそうじゃの」とおじいちゃんがまた言う。
「どこですかここ!?」と聞き返すと、おじいちゃんが満足げに頷く。
「魔法は問題なく効いたようじゃの。まあまあとりあえず中に入りなさい。ゆっくり説明してやるからのぉ」お、なんか友好的。手荒い真似はされなそうだとほっとする。……ていうか待ってこのおじいちゃんなんて言った?まほう?まほうってあれか、ファンタジックなあれか?
「すみませんここ電波ないんですか?」私が混乱していると、旦那が場違いな発言をした。お前……お前こんな……こんなわけわからない状況で電波て。子供や自分の身の安全を心配する前に電波て。
旦那が肌身離さず持っているスマホを今すぐ遠くにぶん投げてやりたい。
すでに背中を向けて扉に向かっていたおじいちゃんは旦那のアホな質問はスルーである。私と千裕もスルーでおじいちゃんに着いていく。
「なあ、お母さん。電波ないんだけど」次は私にふってくる。いや私もそんな電波事情とか知らないからね。お化け屋敷から突然庭に移動しててびっくりしてるからね。
「あの人説明するって言ってたじゃん」とだけ答えて気にしないことにした。
応接間なのかソファーとテーブルがある部屋に通された。
庭からちょっと建物を見上げたが、城みたいにでかいと思った。入ってみて、これは完璧に城だと思った。
なんかね……なんかねここ日本じゃないと思う。中世時代をちゃんと知ってるわけじゃないけど、そんな感じの、イギリス中世みたいな雰囲気の内装で、ドッキリのセットとかそんなんじゃなくて、内装や全てが精巧に作られていてアンティーク一点物!みたいな感じなの。
そして広いのとんでもなく広いの!
そして人が!いっぱいいる!!現代とはかけ離れたきらびやかで高そうな異国風の服装の人が、建物と合わせてみると何の違和感もない人が!どっちかって言うと私たち三人のが違和感あるわ!
もうなんなんだろうここは!混乱の極み!
「さて、まずはこちらが把握していることを説明してもよろしいかの?」
「はい。お願いします」
私達三人は一つのソファーに並んで腰かけ、おじいちゃんが向かいに腰かけ対面する。この部屋には他にも鎧を着た見張りっぽい人や召し使いっぽい人や書記官っぽい人が何人もいるが、みんな立っている。
召し使いっぽい人はお茶とお菓子を出してくれた。
「この国には、はるか昔から〃迷いビト〃と呼ばれる存在が現れることがあっての、その者たちは異世界から迷い込んでくると言われておる。ある日突然、大抵この国の中心…この王城にの」
「い……異世界?」
「そうじゃよ。お主たちは何という国から参った?」
「日本です。ジャパンです。和の国です!」
「そんな国はこの世界にはないのぉ」
なんてことだ。
言葉も発することができないくらい驚いて変な顔になってしまう。息子の千裕も変な顔だ。旦那もだ。絶句する私たちを気にも留めず、おじいちゃんはのほほんとした口調で説明を続ける。
この世界はたくさんの国があって、魔法や魔術なんかも存在する。この国は特に魔法に特化した国で、はるか昔から国を守護している精霊さまが数十年に一度、気まぐれに他の世界の人間を連れてきてしまうらしい。特に目的などがあるわけでもなく、気まぐれだからなんとなくやっちゃうらしい。
「じゃあ俺達は意味もなくこんなところに?」
「そうじゃのぉ。今までもそうだったからのぉ」
「お母さん精霊さまってなに?」
「えっそんなのお母さんも知らないよ…なんか妖精みたいなやつじゃないの?ティンカーベルみたいな」
「この国の守護精霊さまはのぉ、とても美しい獣の姿をしていると言い伝えられているのぉ」
「お化け屋敷で、動物のにおいした」
「あっそれお母さんも。真っ暗の時ね?」
「俺はしなかったけど」
したよね~と言い合う私と千裕に、旦那が否定する。あんたはぼーっとしてたから。あと花粉症だから鼻詰まってたんじゃないの知らないけど。
「それは精霊さまがお傍にいたからじゃの。ありがたいのぉ」とおじいちゃんが笑う。
いやありがたくないから。精霊さまなんとなく私達選んで、なんとなく連れてきちゃった感じなんでしょ?有難迷惑ですから!
「精霊とかよくわかんないんですけど。元の場所に帰りたいです」旦那が淡々と言う。
信じられないような話だけど、否定できないくらい不思議なことが起きているから、まあそう言うしかないよね。旦那明日仕事あるしね。息子は学校だしね。私は離婚届出しに行かなきゃだしね。
「悪いんだがの、お主らが帰るには100日待たんとならなくてのぉ」
「は?100日?」
「言い伝えでのぉ、きっかり100日目に帰還の儀式をせねば、同じ状況で帰ることができぬと言われていての、ずうっと昔から迷いビトにはそうしてもらっているのじゃ」
「すぐその…帰還の儀式ってやつをしたら、帰れないってことですか?」
「どの日時に行ってしまうかわからないとか、他の世界に行ってしまうとか、消えてしまうとか、まあそういった逸話が残っているようじゃのぉ」
「…100日目に儀式をすれば、確実に帰れると?」
「そうじゃの。同じ日時に戻れると言われておるの。まあ帰った人間は二度とこの世界には戻ってこられないからわからんがのぉ。しかし精霊さまのご加護があるからの、安心せい」
もう100日待つしかなくない?と私は思った。下手して帰れなくなったら嫌だし、同じ日時に戻れるなら別にいいかなって。だってしょうがないじゃんね。精霊さまがやっちゃったんだからね。よくわかんないけどね。でもその間の生活がどうなるのかは聞いておかなきゃ。
「あの…この世界にいる間私達はどうしたらいいですか?」
「迷いビトは精霊さまが連れてきてしまったわけだからの、100日間この国で手厚く持て成すことになっておるから生活の心配は無用じゃ。できる限りの要望は叶える所存じゃが、住む場所はこの王城の中と決められておる。外は危険がないわけではないしのぉ」
衣食住の保証はあるらしい。そっか。なら私は別にいいや。100日なんてあっという間だよね。異世界とかなんかちょっとわくわくするしちょっとした休暇みたいな感じで楽しんじゃおうかな?
ちょっと明るい感じの思考になってたのに、「100日長いな。早く帰りたい」とため息交じりに言う旦那。
……いや私だって今すぐ帰れるなら帰りたいからね!そんで離婚届出したいからね!そう言ってやりたいけど、息子がいる前じゃ言えない…。
なんかさ、明日離婚するって思ってたのにこのまま100日過ごしちゃったらさ、またあやふやになっちゃいそうだよね。すでに一年近くあやふやで来ちゃったのに、ケジメつけれずもや~としたままで嫌だな。息子と新生活始めて頑張ろうって思ってたのにな。
あやふやにしないためにも、ここで過ごす間も、もう夫婦としてやっていくつもりはない離婚届は出せてないけど離婚してるようなもんだからとちゃんと言おう。
「それではとりあえず部屋を用意させてありますので案内させます。みなさんは家族でお間違えないですかの?他の質問や説明はまた追々。召し使いにも何でも言ってくだされ」とおじいちゃんに言われ、移動を促される。
私は思わず「部屋は三人で一つですか?」と聞いてしまう。だって離婚する予定なのに。なんかちょっとやだなって……。
「三人一緒ではない方がよろしいかの?」とおじいちゃんが言うと、旦那が「一緒で大丈夫です」と答えてしまった。
えっまさか明日離婚届出すって言ったの忘れてる?それともわかってるけど面倒くさいからいいや~みたいな?
まあ100日間だしいいけど……いややっぱり嫌な気がする。
そんな葛藤を知るよしもないおじいちゃんは王様に報告すると出ていってしまって、私達も召し使いの人に促されて移動が始まってしまった。
「ここに泊まるの?」と聞く息子に「しばらくいなきゃいけないんだって。でもお母さんもお父さんも一緒だから大丈夫だよ」と答えながら、心中はとても複雑で荒れている私である。




