心の平和が訪れない
迎えに来たディーさんと一緒に部屋に帰れば、すでに新しい部屋が用意されていた。
私達が住まわせてもらっている客室がある廊下の奥に扉があり、その向こうに女性や子供だけが滞在する客室があるらしい。
ディーさんはそこに部屋を用意するよう手配してくれたようだ。許可のある男性しか入室できないから大丈夫ですよとにっこりされたが、ちょっと大げさじゃないかと思ってしまう私だ。
DVされたわけじゃないのにこの対応……。でもディーさんがにっこにこだから口出しせずにありがとうと言っておいた。
「お父さんは~?」
「ちょっとねぇ、住む部屋別になったの。でもすぐ近くにお父さんの部屋あるから遊びに行けるよ」
「そうなんだ~今度あそびにいこっと~」
千裕が悲しむんじゃないかとドキドキしたが、案外あっさりした様子だ。
「お父さんいないなら部屋でけんのすぶりしてもおこられないね!」と笑顔。……うーん、子供って順応性高いね!素晴らしいね!
「一緒にやろうな」とディーさん。ディーさんや……あなたほんとはリーヒト嫌いだったんかい?めっちゃ楽しそうだ……。
それからはとても平和な日々が始まった。
部屋が別になったことで理人は何も言ってこないし、たまに廊下でばったり会うことがあってもあっちは無視。怒ってる様子だけど絡まれないから平和。
それに、理人は若い召し使いさんと一緒に行動していることも多いし、そういう時は空気読んで話しかけないようにしている。
他人。まじ他人。
私はというと、なんだかやっと解放されたような気分になって、のびのび暮らせるようになった。
10年近くの結婚生活で理人と暮らしてきて、最後はドロドロで。千裕と二人で過ごす日々は余計な気遣いなんていらなくて心が楽チンだ。
働きながらの生活になったらまた違う大変さもあるんだろうけど、今はすごく楽しい!
そんな私は、最近ちょっと困っていることがある。
毎日楽しいんだけど、ディーさんが……ディーさんがあれなの。……なんかすっごい私にかまってくるの!
前からそれなりにあったスキンシップも更に多くなったし、困っていたら些細なことでも飛んできて、とても大切に扱われているような気がする。
……いや前から大切にしてもらってたとは思うんだけど、でもそれよりもっと。
私は理人と初めて付き合ってそのまま結婚してるし、理人は細かい気遣いをするタイプじゃなかったから、こうやって大切に優し~くされるのは本当に慣れていない。だから無駄にドキドキしてしまう。苦しい……ドキドキしすぎて息苦しい!助けて!
取り巻く環境は平和なはずなのに心が平和じゃないよ!
少しでも重いものを持っていたら「貸してください、どこへ運ぶんですか?」と素早く手伝われ。
ちょっとそこまで~と部屋を出ようとしたら「一緒に行きます」と付き添われ。
ちょっと暇だな~と思ったらすぐに「どこか行きませんか?」と気遣われ。
転ぶほどでもないちょっとしたふらつきも「捕まって」と手を差し伸べられ。
……私はお嬢様か!?それとも子供か!?それとも……それともディーさんは私の事が、わ、私の事が……好きなのか!?
いやいや自惚れるな自分!と戒めながらも「ディーさんは私をダメ人間にするつもり?一人でなんにもできない人間になっちゃうよっ」と訴えたら。
「そうなってくれると私は嬉しいです」
と良い笑顔で言われた。
びっくりして固まったけどすぐに慌てて「そんな人を勘違いさせるような発言はよくない!」と言う私に「勘違いじゃないです。マナさん、私がいないと駄目になってください」と言い放つディーさん……。
…………きゃーーーー!!
なんだこれなんだこれ意味がわからないーー!
ソファーに突っ伏して亀のようになり動かない私にそっと寄り添って「ごめんなさい、でも好きなんです」と囁く極悪ディーさん。
…………もうーーーー!!
もうやめてーー!今すぐお家帰りたい!いや帰りたくない……とりあえず一人になりたい落ち着きたい!
機械だったらショートしてるくらい大混乱でジタバタする私をニコニコしながら宥めるディーさん。
……千裕いない日でよかったよ……。こんなかき乱される母親の姿見せらんないってーの。
ディーさんはきっと、本気じゃないのにこんな風に迫ってきたりはしないと思う。長い期間一緒に過ごしたわけじゃないけれど、毎日見ているから人柄もこれが素だとは思う。思うんだけど……。
でも……でも浮気され破局したばっかりの私は男が信用できない。
だって、だって理人も前は浮気するようなタイプじゃなかったんだよ。ちょっと言葉や愛情表現は少ないけど嘘ついたりひどいことはされたことなかった。そんな理人も子供がいても浮気しちゃったのに……独身で美形でモテモテなディーさんが浮気しないわけ……、ていうかそもそも!ディーさんが私みたいな子持ち28歳に本気とかそこが信じられない!美女も若い子もより取り見取りだろうによりによって私……。しゅ、趣味悪いなディーさん。
でもほんとね。ほんとディーさんって誠実で穏やかで良い人なんだよね。しかも外見も素敵だし千裕のことも大切にしてくれるし。二人きりの時に見せる表情がなんだか色っぽくてエロくて格好良いし。
こんな……こんな人に大切にされて愛を囁かれて。こんなの……こんなの好きになっちゃうじゃん……。どうしようどうしよう私はどうしたらいいの……。
告白してきてからも、押してはくるけど決して無理強いはしないディーさんの紳士さに、もう毎日ときめきメモリアルな私。
きゅんきゅんしすぎて心臓ねじ切れる。
なんか私って……私ってチョロすぎるよね!今離婚とかでモメてて子供もいるのに、アタックされたらすぐ好きになって。なんなんだ私は!しっかりしろ!
でもそういえば……高校生の時理人と付き合い始めた時も、誘われるままにのこのこ部屋に行ってあれよあれよという間にチューされ、「簡単に男の部屋ついてきちゃダメじゃん。お前チョロすぎるから」って言われた覚えが……。
私……私昔からチョロかった!今に始まったことじゃなかった!
それでも今回は。あと数十日で元の世界に帰ることになるわけで。流されるままに好きになってそれで……それでどうなるんだろう。どうなるとしても。ただ流されるんじゃなく自分で考えなきゃいけない。私が自分で。
どうしてここは異世界なんだろう。
どうしてディーさんは同じ世界の人じゃないんだろう。
夜中不意に、苦しくてたまらなくなる。




