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向日葵にのぼる少女  作者: 沖崎りい
9/14

ひまわりを埋める

 

 廊下に出るとそこに少女が座っている。それなのに絵本は開かれたままページが捲られない。

 少女は頭を垂らし座っている。忘れられた公園に咲く向日葵のように少女の頭も枯れて垂れている。

 僕はそれが嫌だなと、思う。


 ポケットの中で僕の指がナイフを撫でる。僕の目は少女を見ているのに僕の指はナイフを撫でている。その指からナイフの柄で固まった血の塊の不自然なおうとつが伝わってくる。

 僕はそれも嫌だなと、思う。



 廊下は暗く、窓を見ても太陽の位置が分からない。だから僕は光を求めナイフをきつく握りしめた。きつくきつく握りしめ、それからそっと刃の裏をなぞっていく。そこから冷たい感触だけが指に伝わってくる。

 ポケットの中のナイフは隠れていて見えていないのに、きっとナイフは光っているんじゃないかと思えた。あの日僕が見た光みたいに、ポケットの中のナイフは光って眩しいに違いない。あの日僕に希望を与えてくれた光みたいに、ポケットの中の今のナイフも僕に光を与えてくれるに違いない。

 それともやっぱりあの日と同じで、一瞬の偽りの光なのだろうか? すぐに消えてしまう幻なのだろうか? 僕には分からない。


 少女は変わらず頭を垂れて座っている。


 ポケットの中で、ジャリッ、と音をたてナイフが少し開く。ゆっくりと指を滑らせ、先端を探る。


 少女は変わらずに頭を垂れて座っている。


 刃の裏をなぞっていた指が先端までたどり着き、そこでチクリと痛む。そのまま刃の表をなぞっていく。動きに合わせ指がスゥーと切れ、キンとした痛みが走る。それは親指だろうか? 人差し指だろうか? 僕には分からない。答えを求め指を滑らせていく。指から出ていく僕の体の中の液体がナイフを濡らしていく。それは赤いのだろうか? 黒いのだろうか? 暖かいのだろうか? 冷たいのだろうか? 僕には分からない。


 それでも少女は変わらずに頭を垂れて座っている。


 少女に近づき、声を掛けようかどうか考えた。同時にポケットからナイフを出そうかどうか考えた。


 少女は変わらず頭を垂れて座っている。


 僕には分からない。



 天井で音がした。

 見上げるとそこに鳩がいた。くちばしが動いているけど、僕には鳴き声が聞こえなかった。鳩はクックッと鳴いているのだろうか? 僕には分からない。少女の身体に綺麗なフンを落とすのだろうか? 僕には分からない。

 今日の鳩は少し顔が違う。いつもと違う鳩なのか。動きもおかしい。羽だって汚れている。いつもと違う鳩なんだろうか。そうに違いない。だからきっとこの鳩は綺麗なフンはしないだろうなと思った。汚れたフンをするに違いない。

 きっと、吐き捨てられ歩道に貼り付いたガムの上にフンをする鳩に違いない。 少女は誰かが吐き捨てたガムではないのだから、鳩にフンをさせてはいけない。

 僕は鳩を睨む。ぐっと強く睨んでやる。鳩は驚いて、天井高くどこまでもどこまでも逃げていった。

 僕が鳩を睨んだのは初めてだ。生まれて初めて鳩を睨んでやったんだ。鳩は睨んでもフンをする事は無かった。睨んでも鳩は何もせず鳴く事もなく逃げていったんだ。僕は愉快になった。とても愉快な気分になった。そのまま愉快な気分で少女を見た。


 それなのに


 少女は変わらず頭を垂れて座っていた。


 僕は嫌だなと、思った。

 まるで段ボールの中のようだなと、思った。



 突然、段ボールの中で怯えていた僕のようにポケットの中のナイフも怯え、僕の指をグサリと引っ掻いた。ズキズキと指が痛む。

 あの頃の僕と一緒で、今の廊下で頭を垂れて座っている少女と一緒で、ポケットの中の血で錆びたナイフと一緒で、そのナイフで切れた指と一緒で、僕の全てがズキズキと痛む。


 その痛みは僕のやるべき事を思い起こさせた。


 少女を土に埋めてあげなければいけない。



 僕はナイフを出しながら少女に近づいていく。


 少女は変わらず頭を垂れて座っている。


僕を見る事も無く、絵本をめくる事も無く、声に出して読む事も無く、向日葵に水をあげる事も無く、向日葵を見上げる事も無く、向日葵に登る事も無く、少女は頭を垂れて座っている。




 僕は少女を土に埋めてあげなければいけない。




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