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向日葵にのぼる少女  作者: 沖崎りい
6/14

黒く枯れて下を向く

 

 少女は絵本を開き、ひらがなの多いその短い文章を声に出して、カビて湿気た貧乏な壁を明るく楽しくするように、一語一語ハッキリと、たまに間違えながらも大きな声で空まで届くように、暗く寂しい廊下で絵本を読んでいた。それを僕はフワフワと雲に浮いている様な気持ちで聞いていた。


 夜中にコツンコツンとハイヒールの音がして、僕は眠りにつく。その靴は見なくても分かるから、僕は安心して眠りにつく。

 優しく綺麗な色。安物だけど強く逞しい形。少女をすっぽり包み込むほど大きくて愛情ある靴。

 僕はその音を聞いて眠りにつく。廊下の少女もすでに部屋で眠っている。靴音は、薄い毛布を少し蹴飛ばし足を出して寝ている少女の傍に寄り、毛布を直し微笑み背中をさすり眠っていく。


 今も少女は向日葵を登っているのだろうか、母親に背中を押してもらい、暖かさを感じながら登っているのだろうか。

 きっと少女はまた毛布を蹴飛ばすのだろう。向日葵を登る度に毛布を蹴飛ばし、はにかみ笑うのだろう。






 あの日、少女はオシャレをして母親と出掛けて行き、夕暮れが落ちて暗くなった頃に帰って来た。母親と手を繋ぎ、そして別の手も見知らぬ男の影と繋がっていた。


 あの日から少女の部屋に男の影が住み着いた。

 その日から心地良かった夜中のハイヒールの音が不規則に変わり、僕の眠りも不規則になり、そして少女の絵本を読む声も変わっていった。



 今日もシワついたシャツを着て、僕は公園に行く。少女が廊下で絵本を読んでいる。夏の日差しが強いからだろうか、少女が少し暗く見えた。

 けがれ無く無垢に明るかった少女に影が射し、夏の終わりに萎れて枯れていく向日葵と同じように廊下にポツンと寂しく咲いているように僕には見えた。


 僕が廊下に出ると少女は読むのを一旦止めて、はにかんだ顔をくずしてからまた絵本に目をやり読み始めた。大きな声で何度も何度も読んだ。いつも間違える箇所が同じだった。

 それがだんだん間違える箇所が多くなり、読む声が小さくなっていった。


 向日葵はある程度成長すると太陽を追いかけなくなる。東から西へ動く太陽を追うのをやめ、東だけを見るようになる。西へ沈んで行く太陽は見たくないから、昇る太陽だけが見たくて東を見つめているのだろうか。


 廊下へ出るといつも僕に微笑んでいた少女も、だんだんと僕を見なくなってきた。成長した向日葵のように、少女も僕を見なくなっていった。少女も成長したのだろうか? 僕には以前より少女が小さくなったように見えるのに。



 夜中にコツンコツンとハイヒールの音がする。その酔ったみたいにふらつく不規則な靴音で僕は眠れなくなる。あの日から変わった靴音に僕の心は乱され眠れなくなる。

 薄い毛布に縮こまる少女も眠れなくなる。あの日から少女も眠れなくなる。向日葵にも登れない。

 不規則な靴音が部屋に入ると、廊下から声がする。ボソボソと小さく途切れ途切れに声がする。短い文章をウトウトと目をこすりながら絵本を読む少女の声がする。

 同じところを何度も読んで、微かな寝息と傾いていく体の音を交えて、少女は廊下で絵本を読まされる。耳を塞ぎ体を丸くして眠りながら絵本を読む。


 枯れた向日葵のように少女が絵本を読んでいる間、部屋からは母親と男の影が妖しい声を出している。


 あの日から少女は夜中に廊下で絵本を読む。一人寂しく絵本だけを見つめて眠りにつく。




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