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向日葵にのぼる少女  作者: 沖崎りい
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少女と豆の木

 

 「坊や、この豆とその牛を交換しないかい。これは魔法の豆なんだよ」


 ジャックは喜んで交換しました。

「すごい! すごい! 魔法の豆だ!」


 なんと、その豆は植えるとグングンと育ち、雲の上まで伸びていきました。本当の魔法の豆です。ならば豆の木を登ったこの上には宝物があるはず。ジャックは豆の木を登りました。空高くどこまでも伸びている豆の木を登り続けました。


 いつの日か雲の上に着き、悪い巨人が持っている宝物を手に入れ、お母さんと一緒に幸せに暮らす為に、いつまでもいつまでも高くどこまでも高く伸びている木を登り続けました。

 いつまでも……

 いつまでも……



 薄暗い公園で、高く伸びた向日葵を僕は見ていた。いつも少女がしている様に僕は向日葵を見ていた。

 向日葵は大きく育っていたけど僕より少し高いくらいで、いつも少女が見上げてる様に僕には見上げる事が出来ない。だから登るなんて事はなおさら出来ないでいる。

 少女はいつも見上げている。毎日、毎日、見上げている。そして、キャラクターの剥げた靴で向日葵を登り始める。毎日、毎日、登り始める。けれどいつも雲の上までは行けずに降りてくる。そして布団で眠り、また明日、向日葵に登る。


 僕は向日葵の茎を指で摘まみ、顔の近くに手繰り寄せた。

 黄色い花びらが丸く輝き楽しそうだ。けれど、その上に階段は無かった。雲の上まで伸びる階段は無かった。


 指を離すと向日葵はまた天を向き真っ直ぐになる。黄色い花びらを揺らし上を向く。その向日葵を明日も少女は見上げ、登っていく。幸せを掴みに登っていく。


 僕にも見えていたのだろうか。子供の頃に向日葵を見上げてれば、雲まで続く階段が見えていたのだろうか。

 僕には見えない。雲まで続く階段は今の僕には見えないでいる。子供の頃の僕には見えていたのだろうか。

 子供の頃からずっと僕は俯いていた。だから空の高さを知らない。階段があったかどうかなんて分からない。




 僕の靴に水がかかる。壁が跳ね返した小便のように、僕の靴に水がかかる。でもそれは臭くも汚くも無く、キラキラしている。魔法の水のようにキラキラしている。


「もっと大きくなる?」

 水を撒きながら少女が聞いてくる。


「なると思う」


「雲の上まで?」


「たぶん……」


 少女ははにかんだような顔をくずし、笑って向日葵を見上げる。その瞳に向日葵が映る。

 少女は僕を置いて向日葵を登り始めた。

 どこまでも……

 どこまでも……




 今日もシワついたシャツを着て、部屋を出る。

 夏の日射しがジージーと五月蝿かった。

 隣の部屋から少女のはしゃいだ声が聞こえ、この日薄暗い廊下には少女の絵本を読む姿は無かった。



 アパートを出て僕はハローワークへは行かず、公園へ向かう。アンモニアの臭いのする、あの場所の前を通るのが嫌だったし、近寄りたくなかったので、向日葵が太陽を追いかけていくのを見ていようと思い、公園に行きベンチに腰を降ろす。

 ブランコと滑り台と砂場しかない公園の、砂場の奥、公園の隅に誰かが植えた向日葵が咲いている。東を向いて咲いている。夏が終わると刈り取られ違う花が咲く。けれど毎年夏になると、誰かが埋めた向日葵が雲を目指し育っている。この町の誰かが雲まで登り、幸せを掴んでいるのかも知れない。その誰かが悪い巨人が降りて来ないように刈っているんだろうか?

 少女は毎日、向日葵を見上げ登っている。毎日水をあげている。けれど少女が向日葵を刈っているのは見た事が無い。



 昼前になって、少女と母親が手を繋ぎ何処かへ出掛けていく。キャラクターの剥げた靴と違い、綺麗な靴を履いている。洋服もいつもと違う。顔も違う。

 歩きにくそうに、どこかギクシャクしてる。しきりに母親の顔を覗き、何か話している。だからかだろうか、公園には見向きもしないで道の向こうに消えていった。

 まだ向日葵に水をあげていないのに、少女は母親と手を繋ぎ何処かへと出掛けて行った。

 喉が渇いた向日葵は、それでもいつもの様に東を向いている。


 いつまでも蝉が濁流のように鳴き続けている。這い出す前の蝉の幼虫までもが鳴いている。 太陽は傾き、影は位置を変えている。なのに向日葵はずっと東を向いていた。

 育ち始めの向日葵は太陽の動きに合わせ向きを変えるけど、ある程度育った向日葵はもう向きを変えないらしい。僕は知っていた。何故だか知らないけれど知っていた。でも、この向日葵はまだ育ってなんかいない。背も高く、立派な花を咲かしているけれど、雲まではまだ届いてはいない。もっともっと育つはずなのに、向日葵は東を向いたまま動かなかった。

 僕には見えないだけで、もう雲まで届いているのだろうか。僕には分からない。



 日が沈む前に蜘蛛の巣だらけの外灯に灯りがつく。意味も無く、チカチカと辺りを照らす。その先に少女が現れる。母親と手を繋いでいる。顔が少し緊張している。でもどこか楽しそうだ。綺麗な靴が浮いている。とても長く浮いている。少女の手は母親とは違う別のもう一人の手とも繋がっていた。二人の間で手を繋いだ少女は、靴を浮かしユラユラと揺れながら、ぶら下がっていた。


 三人は公園を通り過ぎアパートへ入っていく。陽が沈み夜になる。それでも向日葵は東を向いていた。



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