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向日葵にのぼる少女  作者: 沖崎りい
2/14

埋められる魂

 

 動かなくなった親子の猫を抱え、近所の公園に行くと、そこに幼い少女が向日葵をじっと見上げて立っていた。

 まだ明るいというのに電気が点いた蜘蛛の巣だらけの街灯のせいだろうか、その景色は薄いオレンジ色をしていて、聴こえて来る音は一つとして無かった。

 数日前に枯れて黒くなってしまった、頭を垂れた向日葵を少女はじっと見上げてる。車の音も電車の響きも街の雑踏も何一つ聞こえない夕暮れの公園で、少女は身動き一つせず、その風景に溶け込んでいた。


 同じ景色をいつの日か見た気がする。誰かが書いた風景画だったろうか。それとも、いつか読んだ事のある誰かの詩集の中に描かれてあった挿し絵だったろうか、けれど思い出せない。夢だった気もする。いやむしろ今の方が夢かも知れない。

 僕は頬をつねってみようと手を動かす。けどつねる前に腕の中の物がずれたのか動いたのか、猫の足の爪が僕の皮膚を引っ掻いた。それは痛みを伴い、僕のやるべき事を思い起こさす。僕は猫を埋めなければならなかった。

 

 少女から離れた場所で、僕は猫を抱いたまま穴を堀り始めた。

 猫を二匹埋めるのだから結構掘らなければいけない。スコップがあればな、と思う。

 手近にあった木の枝で掘っていく。いい枝が無く、すぐ折れてしまう。それに猫を抱いてると意外と大変だった。

 穴はまだ少ししか掘れていない。どうしたものかと思案していると僕の目の前に


「はい……これ」と太い枝が差し出されてきた。


 目だけを動かしそちらを向くと、公園の土の上に少女の足が見え、少女が履いてる二つの靴が見えた。

 その靴は、長いこと履いているのかキャラクターの絵が剥げていて、顔が分からなくなっている。けれどその靴は輝いていた。オジサンの靴底よりもハトのフンよりも、派手なお姉さんのハイヒールよりも隣の尖ったお兄さんのスニーカーよりも、ずっとずっと輝いていた。



「そのネコ、どうしたの?」


 少女がしゃがんで僕に問いかける。


「車に轢かれちゃったんだ」


「死んじゃったの?」


「動かなくなった……」


 少女は手を伸ばし、猫に触れた。


「まだ暖かいよ」


 出来れば少女に猫を触れさせたくなかった。誰にも見られず猫を埋めたかった。でもそれはもう叶わない。僕は少女がくれた太い枝で、また穴を掘り始めた。

 少女は僕に問いかけてくる。


「どうするの?」


「埋めてあげるんだ」


「死んじゃったの?」


「あぁ……」



「お空に行くの?」


「空……?」


 そうか……死んだら空に行くのか。土に埋めるのに空へ行くって不思議だな。どうやって行くんだろ? やっぱり這い出すのかな? それとも死んだら直ぐに魂が抜け出して、空へ行くのかな。だから魂が抜けた体は埋めちゃっても大丈夫なんだ。

 じゃあ……生き埋めにされたらどうなるんだろ?

 土の中にずっと魂が残っているのだろうか……。ミミズやモグラや、幼虫のまま死んでしまったカブトムシなんかはどうなるんだろう? それらの魂はずっと土の中なのだろうか?



「お空に行くの?」


 少女は猫と僕の顔を交互に見やりながら聞いてくる。


「行けたらいいね」


 そう答えると、少女は不意に立ち上がり、膝をついてもいないのに手で膝小僧辺りを払って、音も立てずに走り去って行った。


 僕は、また一人で穴を掘り始める。抱えていた猫を下ろして、掘る度に魂が舞い上がっていく気のする土を、公園の片隅で掘り続けた。


 あの少女は、いつも廊下で絵本を見ていた。薄暗い廊下の電気の下、少女は夢中になって絵本を見ていた。

 僕はずっと不思議に思っていた。なんで廊下で見ているのだろう? あんなに夢中になれる絵本てなんなんだろう? と。

 あの時の疑問が甦り、あれやこれやと考えた。考えながら夢中になって穴を掘り続け、掘り続けながら絵本を読む少女の姿を思い浮かべていた。

 薄暗いアパートの廊下の電気の下で少女が絵本を読み、その隣で僕が猫を抱え穴を掘っていた。


「一緒に掘ってもいい?」


 突然、少女がプラスチックのスコップを持って僕の前に座り、僕を見上げ、僕に向かって言ってきた。


 少し驚いたけれど僕は声を出さずに頷いて穴掘りを続ける。

 少女も喋る事をしないで掘り始めた。

 無言のまま二人は、猫の為の穴を掘り続けた。


 よく見ると少女の持っているのはスコップではなくクマデだった。クマデで五回ほど土を掻くと、それほど掘れてもいない土を手ですくいあげ、その土を横に置き、またクマデで五回ほど土を掻いた。

 時おり猫に手をあて、よしよしと叩き、またクマデで掘り始める。少女の小さな手にも足りないくらいの土をかき集めそれを横に置き、クマデで五回、土を掻く。

 僕は太い枝で穴を掘り、少女は子供用のカラフルなクマデで穴を掘る。まるで二人で砂遊びでもしているかのようで少し楽しい気分になった。しかし僕達は猫を埋める為の穴を掘っている。ふざけた気持ちで掘ってはいけない。少女は真剣な眼差しで掘っている。

 僕は厳かな気持ちになり、少女と二人で神聖な儀式を執り行う様に、その後も無言で穴を掘り続けた。



 ようやく猫を埋めれるくらいに穴が掘れた時には、オレンジ色の公園が暗くなっていた。

 少女が掻き集めた土を横に置き、細い腕でオデコの汗を拭う。


「よし、もう大丈夫かな? 猫を入れよう」


 僕が猫を持つと少女も手を添える。そして二人で猫を穴に入れた。

 最後に少女が、よしよしと猫の頭を撫で、二人で掘った土をかぶせていく。

 二匹の猫を空へ送る為の、僕と少女による共同作業がようやく今終わった。




 完全に土を被せ終わると少女は土の上をパン、パンと無造作に二回叩いた。それまで、よしよしと撫でるように叩いていたのとは違い、あまりにも乱暴に思え、僕は少し幻滅した。神聖な儀式が台無しになった気分だ。

 そんな事も知らず少女はバンバンと叩く。どこか楽しそうにも見えた。そこを叩き終わると、キャラクターの剥げた靴を半歩だけ動かして、また別の場所を叩きだす。僕はただ見ていた。少女は何度も移動して、何度も叩いていた。


 座ったまま移動して、また少女は土を叩き出す。けれど今度は乱暴ではなく、むしろ緩やかな叩き方だった。緩やかというより心ここに在らずといった風だ。叩く場所もずれている。

 三度目に手を下ろした時は自分の靴を叩いていた。それにも気づいてない感じだ。

 少女の顔を見てみると、澄んだ瞳が公園の外に向いている。公園から国道へと続く、今は暗くて見えなくなっている道の先を少女は見詰めていた。僕にはその先が見えないでいる。けれど少女には何か見えているのかも知れない。

 また少女が暗い道の先を見詰めながら、土を叩く為にゆっくりと手を上げていく。僕はその手を見詰めていた。しかし、その手は降り下ろされる事無く、途中で止めたまま少女は突然立ち上がり

「お母さん!」と

声をあげ走り出す。右手にはカラフルなクマデをしっかりと握り、僕を振り返る事も無く、公園の外に走って行ってしまった。

 暗闇の中からは母親らしき人影が現れ、その足に少女は抱きつく。そして少女は母親を見上げた。

 まるで向日葵が太陽を見上げるように、少女は母親を見上げている。その顔は向日葵のようにまぶしい。

 母親は少女の頭を、よしよしと撫でてから、その手を少女に差し出す。少女は何か話しながらその手を握る。暗くて母親の顔は見えないけれど、少女と繋いだその手はとてもまぶしかった。



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